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ユーモアについて

2013.07.06(17:22) 225

 昨夜の男子準決勝、ジョコビッチ(セルビア)対デルポトロ(アルゼンチン)の五時間近くに及ぶ熱戦は、どちらが勝つか全く予測できない、真に見応えのあるものでした。こういうのを毎晩やられたら仕事にならないので困りますが、幸い(?)あと二日で終わります。

 試合中、微笑を誘うシーンがいくつかありましたが、中でもアウトの判定に、デルポトロが、「おまえがアウトって叫んだから審判がそれに引きずられてアウトって言ったんじゃないの?」「え? そんなことないよ。あれはほんとにアウトだよ」みたいなやりとりがあったのは笑えました。二人はこれまで十回以上も対戦していて、仲のいい友達なのでしょう。「あれを返すのか?」とジョコビッチが驚いて、デルポトロを賞賛するように、ラケットを拍手するように叩いて見せるシーンも数回あって、互いの力を認め合った者同士の、実に気持ちのいいやりとりでした。

 NHKのスポーツ中継は、アナウンサーや解説者が落ち着いていて、よけいなことを言わないから試合そのものに集中できてよいのですが、中で「ジョコビッチは選手の物まねが得意で、別の部分でもお客さんを楽しませている」というのがあって、真面目な(?)スポーツ観戦者である僕は、あの試合中の「孤高の剣士」然としたジョコビッチにそんなひょうきんな一面があるのかと驚きました。後でネットで調べてみると、それは有名な話らしく、いくつもモノマネ映像が出ていて、これが爆笑を誘うていのもので、コメディアンとしても十分食っていけるほどの才能です。中にはシャラポワと一緒の映像もあって、そのやりとりも笑える。考えてみれば、これは別に不思議なことではなくて、観察眼が鋭いからモノマネもうまいのだし、そういうユーモアがあるから、冷静な自己観察や柔軟な状況把握もできて、勝負強さが生まれると言うこともできるわけです。

 大体において、ヨーロッパの選手にはユーモアのある人が多い。前に「女王」と呼ばれていたドイツのグラフが試合中、サーブのためにトスを上げた瞬間、客席から「Marry me!(ボクと結婚してくれ)」という大声が飛んだことがあります。緊迫した場面で、これでは台無しですが、調子を狂わされて打ち直しになったグラフは苦笑して、その声の主に向かって「あんた、お金もってるの?」と英語で切り返したので、会場は爆笑に包まれました。そういうのが咄嗟に出るところがいい。

 こういうのは文化の重要な一要素です。僕が受けている印象では、たとえばイギリス人とアメリカ人のユーモアでは、少し違いがあるようで、僕は少し屈折した、ブラック的な要素の濃いイギリス人のユーモアの方が好みなのですが(これはむろん個人差があって、アメリカ人にもブラックユーモアの巧みな人はいます)、たとえばしばらく前に、ガーダム(英国人)の本を訳していて、「自国語で書くのはつねに悪意ある外国人の悪しき習慣である」という箇所が出てきて、真面目な叙述の中に突如そういうのが出てくるので笑えるのですが、日本人が日本語で、フランス人がフランス語で書くのはあたりまえですが、そのおかげで文献を読むのに苦労させられる、ということをユーモアをまじえて言ったものです。名文家として知られる経済学者のガルブレイスはカナダ人でしたが、彼の文章にもときどき同じような不意打ちじみたシニカルなユーモアが出てきて、読む者をにんまりさせてくれます。

 昔、雑誌か何かで次のような話を読んだ記憶があります。イギリスの議会で、ある野党議員が質問に立ち、それに対してある大臣がそっけなく切り返した。むっとした野党議員は、「ふん、獣医のくせに」と呟いた。その大臣は元獣医だったのです。こういうの、日本の政治家なら、「侮辱だ! 大体、それは獣医という職業に対する差別発言ではないか、断じて許しがたい!」なんて言い出しそうですが、その元獣医の大臣は、再び立ち上がってマイクに顔を近づけると、真面目な表情でひとこと「あなたも診てあげましょうか?」と言ったので、議場からドッと笑いが起きた。勝負あり、というわけで、政治家にもそういうユーモアがある、という話です。

 参院選の選挙運動が始まって、各候補者たちはあちこちで絶叫調の演説を始めているようですが、「政治改革に命を賭ける」なんて大げさな言葉や、嘘にまみれた選挙公約の話ばかりでは聞く方は退屈してウンザリさせられるだけなので、今少しユーモアのセンスを、と思います。わが国の政治家の場合、あまりにも非常識・低レベルな失言によって失笑を買うことは少なくないとしても、知的に平板すぎて、生きた教養としてのユーモアがなさすぎるように感じられるのです。それでは外交もうまく行くはずがないのではないでしょうか?
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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