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愛すべきカエルの話

2013.06.02(07:40) 218

 遠くに近くに、カエルの大合唱が聞えるこの季節になると、ああ、梅雨に入ったんだなと実感します。人間にとっては梅雨はじめじめうっとうしいものですが、田んぼは梅雨がなければ困るし、元気に鳴きかわすカエルたちはほんとに嬉しそうです。聴いているこちらにまでその楽しそうな気分が伝染してくる。

 そこで、カエルの話を少々。子供の頃はよくカエルをつかまえて遊んだものですが、今でも子供たちに最も人気のあるカエルはトノサマガエルでしょう。あれはつかんでもイヤなにおいがしないし、すべすべのおなかをさわると気持ちがいいし、見た目も立派で、ジャンプ力がすごい。小学生の頃はあれの胴体に糸を巻きつけて、犬を散歩させるみたいにして、ピョンピョン飛ばせて喜んでいたものです。

 トノサマガエルよりもっとすごいのは、ウシガエルです。僕の田舎にはあれはいなくて、外来種だからむしろそれは当然ですが、高校のときにそれに初めてお目にかかった。下宿のそばでヴォ、ヴォ、と大きな声で鳴いているのを聞いて、初めは一体あれは何の声だと不気味に思ったものですが、その声の主がウシガエルだったのです。あるとき、巨大オタマジャクシに遭遇、ふつうのオタマジャクシは(あれも可愛いものですが)少し力を入れれば潰れてしまうのに、おそろしく頑丈で肉厚です。それがウシガエルのオタマジャクシなのだという話で、オタマジャクシの段階でこれでは、成体がデカいのも道理です。

 ウシガエルは、しかし、ガマガエルなんかと違って見た目のグロテスクさはなく、トノサマガエルをデカくしたようなかなりスマートな体型で、非常に魅力的です(別名「食用ガエル」で、食用にされるのはかわいそうな気がしますが)。

 延岡にもウシガエルはいて、息子が小学校低学年のとき、祝子川の河川敷でよく二人野球をしていたのですが、川の淀みにカメや鯉に混じって大きなウシガエルが何匹もいることに気づき、夏になったらあれをつかまえようということで、準備万端整え、「ウシガエル捕獲大作戦」、別名「オペレーション・ウシガエル」を決行したことがあります。網まで用意して、かんたんにつかまえられそうに見えたのですが、彼らはえらく俊敏で、ジャンプしたり、泥の中に潜ったりで、父子は一時間も悪戦苦闘したにもかかわらず、一匹もつかまえられずに終わりました。今度こそはと思っても、いつも最後のところで裏をかいて巧みに逃げられてしまうのです。彼らは頭もいい。その様子を他人然とした冷たいまなざしで眺めていた母親は、カエル相手に泥だらけになってそんな大騒ぎをして、しかも一匹もつかまえられないなんて、そこらで見ている人たちに恥ずかしいとは思わないのかと、軽蔑しきったような顔つきで言いました。一番運動神経が鈍いくせに、そんなら自分がつかまえてみろ、と言うと、まともな人間はそもそもそんなつまらないことに興味はもたないと、ひとり文化的な人間ぶりたがるのです。悪うござんしたね、原始的で。

 話は僕の高校時代に遡りますが、学校の図書館のそばに、一つ池があって、その池は周りが埋め込まれた岩に囲まれるようなかたちになっていて、上から見下ろすようなかっこうになっていたのですが、そこに黒々とした立派なウシガエルが二匹いました。誰が最初に気づいたのか、とにかくそのウシガエルたちは3年生のうちのクラスのヒマな連中の人気者になりました。糸の先にトンボなどをつけて上から垂らすとジャンプしてそれに食いつこうとするので、その姿が愛嬌たっぷりに見えて可笑しく、毎日、昼休みにそうやってエサをあげていたのです。すると、昼休みになると彼らは催促して鳴くようになった(ホントですよ)。それで、昼食をすませるとウシガエルのエサをとってくるのが日課みたいになってしまい、僕も何でこんなことしなきゃいけないんだと思いながら、毎日校庭でトンボを追いかけ回す羽目になったのです。

 ところが、ある日の昼休み、いつものようにそこに行ってみると、親愛なるウシガエルの姿が見当たらない。一体何事があったのかと皆騒然としたのですが、そうしているところにとんでもない情報がもたらされました。何と、二年生の生物部の男子が解剖実験用にそれを捕ってしまったというのです! 続報によれば、その生徒は汽車通学だったのですが、一匹は駅のホームで隙をついて脱出、そばの沼地に無事逃れ去ったということでした。それはよかったが、もう一匹はどうなったのか? あわれ彼はオタクじみたその生物部生に自宅で解剖され、文化祭用の生物部の展示の一つに加えられるべきものとして、変わり果てた姿で生物室に保管されているというのです。何たること! そのオタク後輩は、そのウシガエルたちが「恐怖の3D(中には僕のような品行方正な者もいましたが、個性豊かな問題児の巣窟だった)」の異名を取る先輩たちの大事なペットになっているということも知らず、かかる暴挙に及んだのです。

 許しがたい、ということで、その後輩はわがクラスの悪ガキ数人に呼び出されて鉄拳制裁を加えられる羽目になったようですが、良心に満ちた僕も、あえてそれを止めなかったということは告白しなければなりません。「よくもあの可愛いウシガエルを…」という憤りはいかんともしがたかったからで、ウシガエルの無念を晴らすためにも、二、三発パンチを食らわしてやるのは正当なことのように感じられたのです。

「おまえ、オレたちが可愛がってたウシガエルをどうしたって?」
「い、いや、ボクはただ生物の勉強のために…」
「やかましい! そんな言い訳が通用すると思っているのか!」

 てなわけで、ポカポカやられてしまったのかと思うと、気の毒な気もしますが、カエルが原因で先輩に殴られるなんて、前代未聞というか、ほとんどありえない話です。

 塾でこの話を生徒たちにすると、彼ら、とくに女の子たちは、その次元の低さとヒマさ加減、そして乱暴さに呆れてしまうようですが、彼らだって日々ウシガエルとの心温まる交流をもっていれば、気持ちはわかるのではありませんかね。

 ついでにその頃、その池には小型のトノサマガエルみたいなのもいたのですが、ある奴がカエルはおなかを撫でてやると寝るのだと言って、それをつかまえて実演してみせたことがあります。たしかに、白いおなかを軽くこすっているとウトウトしたようにカエルは目を閉じて、それをそっと水の上にのせると、しばらく仰向けになってそのまま寝て浮いているのです。それから、はっとしたように起き出して、通常の体勢に戻って泳ぎだす。その様子がユーモラスで可笑しい。僕も真似してやってみたら、同じ結果になる。おなかをそうやって軽くこすることには催眠作用があるのかも知れません。こういうのも見方によっては一種の生物虐待かも知れませんが、撫でられているときほんとにカエルは気持ちよさそうなのです。あれは一体どういうわけなのでしょう?

 最後に一句。

 つゆぞらや 四方(よも)を領する かわず声

 盗作と言わずに、「本歌取り」と呼んで下さい(元はむろん、「しずけさや 岩にしみいる 蝉の声」という芭蕉の有名な句です)。
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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