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感動のオオサンショウウオ

2013.05.12(14:16) 214

 最近、久しぶりに根を詰めて“お勉強”しているので、今日はちょっとこの話で一服させてもらいます。民主党が「公開大反省会」なるものを開いたというニュースも昨夜テレビで見ましたが、「反省だけならサルでもできる」し、大体あのおちゃらけぶりは「反省」なんてものではない。この分では民主党が政権に返り咲くのは絶望的で、次は零細政党の仲間入りをして、自民党の事実上の“独裁”を許す結果となり、安倍政権は改憲へとまっしぐら…という展開になりそうです(アベノミクスがコケたら、このかぎりではありませんが、それでも民主党が信頼を回復するということにはならないでしょう。にしても、菅さんというのはほんとに懲りない人ですねえ。菅・鳩山・小沢が民主党壊滅の三大“功績者”であることは衆目の一致するところであるにもかかわらず、です。ああいう何とも言えない鈍感さと無責任さ、他者への責任転嫁に終始する悪癖は、あの世代の一部に見られる目立ちたがり屋たちの顕著な特徴なのかも知れません。自己反省能力というものが根本的に欠落しているから、恥というものを知らず、経験からほとんど何も学ばないのです)。

 だからそういう鬱陶しい気分にさせられるだけの話はうっちゃっといて、今回は自然の偉大さを示すこちらの話です。まずはこの堂々たる勇姿をご覧下さい。産経新聞電子版の記事です(画像の部分をクリックすれば拡大できます)。

 前にいるのが幼稚園児だからなおさらですが、それにしてもデカい! 同じオオサンショウウオでもここまで大きいのはめったにいないのではないかと、僕は感動にうち震えました。この軽薄短小のIT時代にも、自然界にはその影響を受けないこのような立派な生きものが実在するのです。

 僕は生きたオオサンショウウオを目の前で何度か見たことがあります。一度は高校時代の話で、同級生の一人が夜釣りに行って、お目当てはウナギだったらしいのですが、強い手応えがあって、必死にリールを巻いたら、獲物はウナギでもスズキでもウグイでもなく、そもそも魚ではなかったのです。暗闇の中だから何が釣れているのかわからないわけで、目の前に来たとき初めてその異様な姿が見えた。ずんぐりした幅広の胴体に、何と手足がついているのてす!「何!?」と思う間もなく、その巨体が抱きつくようなかっこうで顔面を直撃、無理もないことながら、彼は恐怖のあまり絶叫したそうです。
 天然記念物なので捕ってはいけないことになっているからすぐリリースするが、珍しいのでゆうべから大きな金だらいに入れて飼っているというので、物好きな僕はこれは見逃すわけにはいかないと、すぐ彼の家に見に行きました。サンショウウオは元気で、図体が大きすぎて自由に泳ぎまわるというわけにはいかないが、悠然とからだを動かしていました。全長五十センチくらいある。だんだら模様で見た目はガマガエルの親戚みたいだが、さわってみると肌はツルツルで、気持ちがいい。姿がどことなくユーモラスだし、これで見納めかと思うと、残念な気がしました。あれはほんとは食べてもたいへん美味だそうで、昔はだから、そのまま人間の胃袋に納まっていたわけです。こうして見ていると殺すには忍ばないが、毎日見ていても見飽きないだろうなと思いました(僕は子供の頃、とってきたウナギを何匹も飼っていて、学校から帰るたびにその姿に見とれていたものです。囚われの身になったウナギは餌を食べないからやせてしまうので、さっさと調理してしまえとよく親に言われたものですが)。

 このあたり(というのは僕が高校時代を過ごした紀南の海辺の町のことですが)の川にはだから、ときたまオオサンショウウオがいたわけですが、それだけでなくオオウナギもいた。これまた半端でなくデカい。体重が十キロを超えるのも珍しくないほどです。橋の上を歩いている子供たちが、偶然オオウナギが川を遡上しているのを見つけて、「何、あれ?!」と大騒ぎになったなんて話もあって、丸太みたいなのが川を泳いでいるのだから、かなり遠くからでも見え、見れば誰だってびっくりするのです。こちらも個体数が少なく天然記念物で捕獲禁止になっているのですが、下宿の近くの町役場にはフォルマリン溶液漬けのオオウナギが展示されていて、これは誰かがつかまえて、死んでしまったからそういう措置が取られたもののようでした。僕はよくその前に行って、その姿をうっとりと眺め、こんなデカい奴に川で潜っているとき遭遇したら、粟を食って溺れてしまうのではないかと思ったものです。ど迫力で、オオサンショウウオに劣らぬ魅力と貫禄がある。

 子供の頃、僕は祖母から「五郎島」の話を聞いたことがあります。それは明治時代の話のようでしたが、郷里のそれほど大きくない川の真ん中に島のような大きな岩があって、その下の淵に大きなウナギがいるらしいというので、ゴロベエという人がそれを釣り上げると豪語して穴釣りの道具を用意して向かった。彼はそれきり二度と戻らなかったそうで、その代わり、以後その巨大な岩の下からは「ゴロコイ、ゴロコイ」という不気味な呟きのようなものが聞えてくるようになった。それは「五郎来い、五郎来い」と聞えて、以来その巨大な岩は「五郎島」と呼ばれて恐れられるようになった、というのです。
 僕は祖母からその五郎島があった場所も聞き出しました。当時もそのへんには大きな岩がゴロゴロしていたが、もっとずっと大きな岩が昔はあったというのです。
 ずいぶん時がたってから、不気味な「ゴロコイ、ゴロコイ」に悩まされていた人々は水量の少ない冬場、その岩を発破で粉砕することにした。その爆発で川は一時堰き止められ、水が涸れたその下から、一匹の巨大なウナギが出てきた。それは僕が思うに、こちらのブログに紹介されているこれ(場所も同じ町内です)ぐらいの大きさだったのかも知れません。ゴロベエの遺体が見つかったかどうかは定かではありませんが、ゴロベエ氏はそのウナギを釣り上げようとして、逆に淵の中に引きこまれ、帰らぬ人となったのです。そうにちがいないという結論に、人々は達した。

 こういうのはむろん、伝説でしかありませんが、糸が切れなかったと仮定しても、そんな大きなウナギを独力で釣り上げるのはまず不可能です。僕は四、五十センチのウナギは子供の頃穴釣りで釣り上げたことがありますが、ウナギというやつは尻尾の力が半端でなく強くて、それをどこかの出っ張りに引っかけて頑張られると、引きずり出すのに苦労するのです。それが一、二メートルもあるようなウナギだと、完全に力負けして、力自慢の大人でもまず勝ち目はない。ゴロベエ氏は愚かにも無謀な戦いを挑んだのです。

 サンショウウオに話を戻すと、ふつうの人はこのオオサンショウの方を思い浮かべるでしょうが、手のひらに乗るスマートな体型の可愛い奴もいるのです。あれは小6か中1の頃だったと思うのですが、僕は川の上の雑木林の斜面の落葉の下をつつき回っていました。延岡でもこれは同じ名前で呼ばれているようですが、カンタロミミズという群青色(グンジョウイロと読む)の大型ミミズがいて、それを探していたのです。ウナギはあれが好物なので、餌にするつもりでいたのですが、落ち葉の下で円筒形の艶やかなからだが光るのが見えたので、すぐつまみ上げました。むろん、カンタロミミズだと思ったのですが、やけに短いのです。おまけに手足がついているのが見えた。僕は「わっ」と言ってそれを投げ出しました。そんなもの、見たことがなかったからです。しかし、肌がつるつるしていて、トカゲやイモリの類とは全然違うので、僕はもう一度それをつまみ上げると、手にのせて、明るいところまで出てあらためてよく見てみました。からだにぼかしのような光彩があちこちにあって、神秘的な美しさを放っている。そして、何とも言えず姿が可愛らしいのです(ついでに言うと、僕は淀んだ水にいるイモリが大の苦手で、とくにあの赤いおなかを見ると寒気がしてきます)。
 友達に聞いても何かわからなかったので、僕はそれを連れて帰って、祖母に聞きました。それでそれがサンショウウオだということがわかったのですが、サンショウウオと言うとオオサンショウのことしか知らなかったので、「これはあれの子供?」と間抜けなことをききました。祖母は笑って、そうではない、種類が違うもので、こちらはふだん山の落葉の下などにいて、一年のある時期、夕暮れどき(記憶が定かではありませんがそう言っていたような気がします)一斉に川に出てくることがある(産卵のため?)、というような話でした。僕のように年中山や川をうろつき回っている子供でもそれまで見たことがなかったので、かなり珍しいものだったのです。可愛らしく美しいので、それを飼いたいと思いましたが、どういう世話をすればいいかわからないので、結局元いた場所に戻したのですが、今でもあんな可憐な美しい生きものはめったにいないなと思うほどです(あれは何種類もいて、また個体によって模様もかなり違ったりするようですが、僕が見つけたのはこういうのだったような気がします。場所が紀伊山地なので、カンタロミミズっぽい色のこちらの種類だった可能性もありますが、僕の記憶では前者に近い)。

 しかし、悲しいことにこうした立派なオオサンショウウオも可愛いサンショウウオも、オオウナギも、絶滅危惧種なのです。いや、ふつうのウナギ(これにも種類は模様や背ビレ胸ビレの態様、体型の違いなど、複数あるのですが)自体、稚魚の乱獲で、昔は全国の川にあんなにうじゃうじゃいたのに、激減して消滅しかけているのです。多くの生きものが、種類も個体数も激減している。人間より他の生物に愛着をもつ僕としては、それは人口減よりはるかに由々しい問題だと思えるのですが、そうした生きものが絶滅してしまって、つまらない人間どもだけが生き残ったとして、この世界に何の魅力があるというのでしょう? 中国なども、経済発展のかげで自然破壊が急激に進み、ひどいことになっているようで、かつて僕は東京池袋のサンシャインビルで「大爬虫類展」が開かれたとき、喜び勇んで見に行きましたが、そこには開催日直前に中国で偶然捕獲されたという白い巨大スッポン(もちろん、生きていた)などもいて、あの大陸には実際何が生き残っているか知れたものではないなと感心させられたのですが、淡水のジュゴンともども、そういうのも近い将来絶滅してしまうのでしょう。悲しいことです。人類はそのような自然に対する蛮行のツケをいずれ支払わされる羽目になるでしょう。

 物珍しさからでもいい、子供たちがこういうオオサンショウウオなどを見る機会が増えれば、そこから自然全般についての関心も芽生えて、自然を大切にしなければならないという思いも強くなるのではないでしょうか。お父さんたちも、休日はパソコンで株価の変動ばかりチェックしていないで、わが子を連れてこういう不思議な生物がいる水族館や、実際の川や海に出かけて広く自然と接触させる機会を持ってはいかがですか? これからはちょうどいい気候になる。子供たちが大喜びするのは請け合いです。
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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