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2013センター国語を解く

2013.01.20(16:36) 194

 「オヤジの冷や水」で国語も解いてみました(縦書きなので、こちらはパソコンの画面では無理と見て“紙”の方でやりました)。

 今年は論説文の出題が小林秀雄だということで、十代末から二十代半ばにかけて、小林秀雄全集を穴があくくらい読んだ僕としては、「楽勝でしょう」ということで臨んだのですが、やってみたら、その第一問で二箇所ミス(失点12点)、第二問の牧野信一の小説でも二箇所しくじり(失点13点)、第三問の古文でも二箇所(失点15点)、第四問の漢文では一問ミス(失点6点)ということになって、総得点は154点に終わりました。

 おまけに、頭におかしな蜘蛛の巣が張ったような感じになって、非常に疲れ、一時間ほど昼寝する羽目になりました。古文漢文は、これ、かなり難しくありませんか? 設問がではなく、出題文が、です。現国が終わった段階で、「何じゃ、これは?」という感じになっていた僕は、そこに辿り着いたときはもはやまともに出題文を読む気力と集中力を失っていて、設問を先に読んで、関係箇所の前後だけ読むという作戦に切り替えていた(だから短時間で片付いた)のですが、得点を見ると、そういういい加減なやり方をした古文漢文の方が失点が少なくてすんだのです。本文を読まなくても大方解けてしまうというのも、何だかヘンな感じです。

 それにしても、問題を解きながらあらためて思ったのは、わが国の国語教育の珍妙さです。聞かれていることがいかにもつまらないというか、こういうの、内容の理解そのものと、どの程度関係があるのですか? 国語力というよりは、ただの要領の試験という気がしたので、学校の授業もこういうのに対応したものだと、それはさぞやつまらないものでしょう。「頭の使わせ方が間違っている」という気がするのです。

 塾教師のくせに、試験問題の悪口ばかり言うな、と叱られそうですが、国語はとくに、こういう客観式テスト、与えられた選択肢からえらぶというのは向いていない気がします。傍線を引いた箇所について、これはどういう意味(含み)のものだと思うか、自分の考えたことを書け、みたいな試験だと、考える力や表現力も問われ、採点する側も、「この子はなかなか面白い見方をするな」などと楽しめる気がするのですが、そんなことでは大量の答案は処理できないので、こういうことになってしまうのでしょう。大体、採点はコンピューターが機械的にやるのだから、「発想が面白い」だの「読みが深い」だの、出る幕はないのです。解釈をめぐって激論がたたかわされることもない。

 しかし、こんなのは国語力とはほとんど関係がない。そう断じていいのではありませんか? 受験生はそれにつきあわざるを得ないとしても、です。それが僕の感想でした。
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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