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今どきの政治の恐ろしさと空虚さ

2012.11.17(16:03) 178

 先夜テレビで中国の習近平率いる新指導部発足のニュースを見ながら、七人の新首脳部「チャイナ・セブン」の面々を眺めて、僕はある疑問をもちました。

 それはハゲが一人もいなかったことです。習近平は59歳、平均年齢は62歳だそうですが、皆「豊かな黒髪」をたたえています。共産党幹部御用達の中国漢方の“秘伝”か何かの可能性も排除できないとはいえ、あれは大方カツラまたは人工植毛なのではないかと疑われるので、それを全部外したらどうなるかと、頭の中で颯爽と立つ七人の映像をあれこれいじっていたら、そのニュースが終わってしまいました。

 「プロならあれを見抜けるかもしれない」と思いながら、今もそんなことが気になっているのですが、わが国でも昨年の原発事故の際、一時テレビによく出ていた原子力安全保安院の西山審議官はカツラだったそうで、それが社内に愛人がいて、職場やホテルで事に及ぶ際、そのカツラが旧式でシャツを脱ぐと外れてしまうので、つねに上半身は着衣のままで行なうのだという週刊誌報道には皆笑いましたが、「そうか、よく観察しておこう」と思ったら、更迭されてしまって、見られなくなってしまったのは残念でした。社費(官費)で愛人の食い扶持をあてがうというセコさのみならず、自分の娘を東電に入社させていた、という事実などもさらによろしくなかったのでしょう。その程度のことではお役人はクビにはなりませんが。
 中国共産党の幹部たちも、公私混同甚だしく、汚職や不正蓄財が蔓延していて、中央がそれなら当然それは地方役人も見習うところとなって、ひどいことになっているようですが、共産党の一党独裁が続くかぎり、その解消は困難でしょう。昔ながらの縁故社会の“伝統”が強く残っているようなので、なおさらのことです。

 何を書くのかと思ったら、いきなりハゲの話で、おまえはもう少し“高尚”な関心をもって政治を眺めることができないのかと叱られそうですが、僕はちかごろ、真面目に政治ニュースを見るという意欲を失っています。先頃のアメリカ大統領選なども、あれは「どっちがマシか」という、アメリカ大統領選史上最もシラけた選挙だったという話ですが、「チェンジ!」を合言葉に初当選した当時の面影は、今のオバマにはありません。大統領が板についたというより、顔つきが目に見えて卑しくなってしまったので、僕は当初、オバマ暗殺をかなり真面目に心配していましたが、そんな心配は始めから無用だったようです。深い部分(金融・軍産複合体などの影の権力)に手を突っ込むような気は、彼には初めからなかったのでしょう。民主党の色はついていたものの、お飾りの帽子の役割を無難に勤めたという印象で、今度の選挙もただの陣取りゲームみたいに見えました。

 わが国でもとうとう衆院解散、総選挙と相成りましたが、こちらも輪をかけた茶番のように見えてしまうのは、僕の性格がよろしくないせいなのでしょうか? 

 民主党はその後も離党者が続出しているそうですが、自民党の安倍総裁は「政権奪取」の鼻息荒く、「暴走老人」石原慎太郎氏は「第三極の結集」を自信たっぷりに宣言しています。何でも、ご老体によれば、今度の選挙は「関ヶ原の戦い」なのだそうです。既成政党の「旧勢力」と、石原氏率いる「太陽の党」や「維新の会」「みんなの党」「減税日本」などの「新勢力」との“大決戦”なのです。全然そんなふうには思えないのは、僕が現実認識を誤っているためかも知れませんが、老人の誇大妄想だということも大いにありそうな話です。とくに石原氏なんか、僕の目には「旧旧勢力」にしか見えないのですが、政治家の言語というのは概してこういうもので、共産党の書記長は「濁流の中の一本の清流」に自党をなぞらえていました。大真面目にそんなことが言えるという感覚も政治家ならではのもので、政権とは無縁の万年反対野党、零細野党だから「清流」を気取っていられるだけの話ではないかと、ふつうは思うでしょう。権力のないところには誘惑の手も伸びず、おかげで無事でいられるだけなのです。

 その中でひときわ大きな注目を集めるのは、やはり橋下徹氏でしょうか。石原老人によれば、二人は「肝胆相照らす」仲だそうで、僕がこれを書いている今頃、二人はどこかで会ってカンタンアイテラシながら「第三極の結集」について話し合っているのだと思いますが、僕はかねて小泉純一郎と橋下徹には似たところがあるなと思っているので、したたかな橋下氏は、いずれにせよ選挙に有利だと判断した道を選択するでしょう。石原氏にはどこか“純情”(方向を間違えたそれほど傍迷惑なものはありませんが)なところがあるが、橋下にはそれはない。彼は天性のマキャベリストです。一般の人気とは裏腹に、多くの人が彼に言い知れぬ不気味さを感じるのは、彼は弁護士らしく理詰めの議論をし、対応も相手に応じて硬軟うまく使い分けるが、人も理念もまるで信じていないところがあって、彼の心の奥底にあるのは“虚無”そのものではないかという印象を受けるからでしょう。こう言えば、橋下ファンには怒られるでしょうが、彼にはどこかオウムの麻原に似た感じもある。コワモテと人たらしの両方の才能を豊かにもち、それで周囲をコントロールするのです。それでどこに連れてゆかれるのかはわからない。おそらくご本人も知らないのでしょう。

 週刊朝日は「ハシシタ、奴の本性」というタイトルの記事を載せて、いかにもそれは不用意すぎたので、彼の猛反撃を食らい、完敗を喫しましたが、週刊文春11月15日号の「後見人がついに怒った! 橋下維新への『絶縁状』」という記事は興味深いものでした。これはミキハウス社長の木村皓一氏の聞き書きですが、それは橋下徹の政治家人生がどのようにして始まったのか、その裏の物語を教えてくれるのです。僕自身はそれを知らなかったので、ご存じない人もいるかと思い、ついでだからご紹介しておきましょう。

 木村氏は堺屋太一氏と長年付き合いがあって、「2004年に関西の経済人を集めて『堺屋経済塾』を発足させ」、「その流れを汲んで10年に『経済人・大阪維新の会』を立ち上げた」そうです。つまりこれは、別に橋下を真似たものでも、その「付属団体」でもないのですが、木村氏の言うところでは、その関西経済人の集まりが目指したのは、「第一に大阪、関西圏の経済の活性化。そのための府と市の二重行政の解消」だったのです。

 「二重行政解消は大阪の長年の懸案でした。関淳一市長(03~07年)はそれをようわかっていたけど、相方の太田房江知事(00~08年)とはソリが合わなかった」ということで、木村氏は「関氏と手を取り合って二重行政解消に邁進してくれる知事候補を堺屋さんと一緒に探して」いたのです。

 最初は西川きよし氏に声をかけたが、断られてしまった。「そこで、茶髪弁護士としてテレビ番組で売り出していた橋下に目をつけて口説」くことになったのです。西川きよしの次はなぜ彼だったのかといえば、「大阪はタレントやないと通らへん」からだそうです(そう言えば、前に横山ノックが府知事だったこともあります。選挙カー中のセクハラ行為で失脚したと記憶していますが)。

 「しかし、出馬要請した時、彼が最初に発したのは『知事ってナンボもらえますねん』の一言」で、「呆れた私が知らんというと、『ボク、三億円稼いでるんですよ』と最初は断りよった」とのこと。

 「当時まだ三十八かそこらですよ。まあ、それでも堪えて口説き落とした。皆が手弁当で政治資金パーティを開き、一人一万五千円ずつ集めて当選したんです」

 しかし、ここで問題が発生。相方になるはずの「関氏は橋下氏が知事になる三ヶ月前の市長選で平松邦夫氏に敗北」してしまったのです。

 それからはご存知のとおりで、「知事になった橋下氏は『大阪維新の会』を立ち上げ、平松市長を徹底的に攻撃。知事を辞職して昨年十一月のW選挙に臨み、『維新』は知事と市長の座を手に入れた。木村氏を始めとする大阪の財界人たちも、勝利の美酒に酔いしれた」のです。

 つまり、「大阪の二重行政解消」は別に彼の頭から出たアイディアでも何でもなかったわけで、その後の知事から市長への鞍替えも、外から見るとかなり思い切ったことに見えたが、そうした関西財界人の思惑と支援あってのことだったのです。

 しかし、その後、橋下はマスコミが作り出した国民的な人気を背景に露骨に国政に色気を見せ始めて、一人歩きし始めるのです。

 木村氏はこう言います。「確かにブームに乗って『大阪維新』というブランドは名を上げた。でも国政に出る実力もないし、ビジョンもない。まずは足元の大阪でしっかり実績上げた上で、『ああ、凄いな、あいつらようやりよったな』と評価されてから国政に出るんやったらいいけど、まだ何も成していない」

 ご尤も、と僕なども思いますが、今は「国政に出る実力もない」のに国会議員をやっている人だらけという気もするので、こういう戒めは戒めにはならないのでしょう。

 ついでのついでに言うと、前宮崎県知事の東国原なども全く同じです。橋下は自分は市長の座にとどまると言っているからまだマシかも知れないので、身の丈に合わない野心にとりつかれた東国原は何もしないうちに知事職を投げ出し、自民党から声がかかると「総裁の椅子」を要求し、国政に出ないと政治は変えられないと能書きを垂れておきながら、都知事選に出てみたり、今度は猪瀬氏有利と見て都知事選出馬は見送り、衆院選に維新の会から立候補するそうですが、節操もクソもあったものではないので、宮崎県民は温厚なので何も言いませんが、僕の周囲の大人で彼を評価している人なんて一人もいません。その「元気すぎる」下半身でみっともない週刊誌ネタはたくさん提供してくれたようですが、他には一時土産物屋が潤ったくらいで、何の貢献もしていないのです。おまえ、出るのならこっちの選挙区で出てみろよ、と言いたくなるようなものです。宮崎県民もそこまでお人よしではないと思うので、そのときは思い知るでしょう。

 しかし、そういうとんでもない「カンちがい男」でも、タレント的な人気と口先があれば当選してしまうので、それが今の政治の恐ろしいところです(東国原の立候補地は東京か福岡になるだろうとのこと)。

 橋下徹に話を戻して、彼には弁護士時代の「銭ゲバ」的な逸話もありますが、そのときどきの風向きを読んで方向転換する能力は抜群ながら、一体本当は何をしたいのか、それがよくわからないのです。先の記事を読んでも政治に初めから関心があったわけではなさそうだし、大阪改革の思想も所詮は人からの借り物だったわけです。そして、「国政へ」という声が出ると、今度は「国家改革(グレート・リセット)」を叫ぶ。その都度ブレーンはいて、要領よくそこからアイディアは吸収するが、ゲームに勝ち抜くことが第一で、思想だの信条だの、人々の生活だの、ほんとはそんなことはどうでもいいのではないかという気がするのです。

 そこに集まってくるのも、橋下人気にあやかりたいだけの連中が大半で、彼はそこから都合がよさそうな人間をその都度取り込む。そのときはよくても邪魔になるようになったら、今度は平気で排斥する。信義や思想に基づいてそうしているというのではなく、損得計算からそうしているように見えるので、理屈をこねるのは商売だから尤もらしいことは言うが、「空気を読みながらのうまい理屈」としか思えないところがあるのです。

 小林秀雄は昔、ソクラテスと当時のアテナイのデマゴーク政治について語って、「精神のない人間ほど強いものはない」と書いていましたが、究極のデマゴーグとは、すぐに前後矛盾に陥って尻尾を出すおつむの弱い扇動政治家ではない。政治ゲームに長けた冷徹な、心に大きな虚無を抱えた人間です。ヒトラーがそうであったように、そういう人間は最悪の場合、国家国民を巻き添えに自滅する(それが虚無の要請なので)のですが、橋下徹がそのような恐ろしい人間ではないことを、人気が人気だけに、僕は祈るのみです。

 結局今度の衆院選はどうなるのか? 石原氏言うように「小異を捨てて大同につき、結集」できれば、その「第三極」政党はかなりの当選者を出すかも知れません。それは打算と権力欲の要請によって結びついた寄せ集め集団でしかないので、早晩ゴタゴタが始まり、そのうち「用済み」と見て橋下に切られた石原老人は、「橋下よ、おまえもか」という言葉を残して憤死(?)するかも知れませんが、自民も今度は善戦しそうなので、仲良しの公明(これは創価学会票なので必ず一定数は行く)プラス「第三極」で政権を握り、という展開になるかもしれません(それでは「関ヶ原」だったことにはなりませんが、「野合」批判を回避するための適当な名目はいくらでも立てられるでしょう)。民主は連合や日教組の組織票に頼るしかなくなり、半減以下になって、弱小政党に逆戻り。他は共産、社民の他、新しい零細政党の議員がぽつぽついるというようなことになるのです。

 そして政治の行く先は? そのあたりまで考えて、僕は馬鹿らしくなってしまったので、シュミレーションをやめました。
 入れたい政党も候補者も見つかりそうにないので、今度は棄権するかも知れません。「そのようなネガティブな反応が政治を悪くするのだ」と叱られるかも知れませんが、選択肢にロクなものがなければ、他にどうしろと言うのですか。死票になるのを承知で、いくらかマシに見える零細政党にでも投票しますか。

 ちなみに、僕は野田首相は割と評価しています。ケーハクでお馬鹿な“失言”の連発にイライラさせられないだけでも精神衛生上よかったので、あの難しい状況であれだけ頑張れたのは立派だと、結構買っているのです。鳩山、菅よりもずっとよかった。

 安倍、石原、橋下あたりが「結集」すれば、それは「極右」内閣になるでしょう。「愛国心」教育のさらなる強化と、憲法改正、自衛隊の軍への昇格、等々。それだけは何とか阻止したいと、僕は思っているのですが、今はそれを歓迎する向きも少なくないようなので、この先どうなるか、知れたものではないのです。
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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