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恐怖の「殺人幇助学校」の話

2012.07.12.17:06

 昨年10月の大津市の公立中のいじめ自殺事件、再び騒動になっているようです。大方の人はすでにご存じでしょうから委細は省きますが、信じられないような話が次々出てくる。

 ネットには、いじめグループ3名の名前と顔写真、その悪行の数々、さらには主犯格の子供の父親はPTAの会長(前)で、母親は「大津市地域女性団体連合会」なるものの会長だとか、もう一人の子の親もPTA役員、さらにその祖父は病院に“天下り”した滋賀県警OBで、赤の他人を装ってブログにいじめ擁護の“論説”を展開中であるとか、呆れるような情報がいくつも暴露されています【追記参照】。さらに、「やりすぎるなよ」などと軽く言って、止めるどころかむしろいじめグループにおもねり、悪質きわまりないいじめを放置していた担任教師は、僕は彼は虚弱な教師で、いじめグループの生徒たちを恐れるあまり、事なかれ主義に逃げ込んでいたのだろうと想像していたのですが、「虚弱」どころか広島修道大学の元アメフト部員で、頑丈そのものの体躯の持主(保健体育担当!)だったというので、びっくり仰天させられるのです。それなら止めようと思えばいくらでも止められたはずで、要はPTAの有力者の子供を叱るなんて、出世に響きそうなことはしたくなかっただけなのでしょう。

 そして、自殺した生徒の父親は、昨年三度も地元の警察に被害届を出しに行ったのに、「立件するのは難しい」などとその受取りを拒否されたというのだから、開いた口がふさがりません(ひどい暴行が日常的に行なわれていたのは明らかだったのに、です)。市教委の情報隠蔽に関しては、毎度のことなのでとくに驚きはしませんでしたが、多くの人が疑っているように、これは学校・PTA・教委・警察の四者が、要はそこの地域全体が、グルになって事件の隠蔽・矮小化をはかっていたのではないかと解釈されても仕方がないのです。鳴り物入りで当選したあの女性法律家市長も、「私もいじめられたことがあります」などと涙ぐんで言っていたわりには何もしなかったので、大津市はとんだことで全国に恥をさらす結果となったのです。

 どこでもPTAの役員と学校は“仲良し”です。これは要するに、馴れ合いの関係が成立しているということですが、教委もむろんそれに一枚噛んでいる(現場教師が教委に転出したり、また戻ったりする)ので、これに警察まで加えると、守りは鉄壁でしょう。それで多くの生徒・保護者は沈黙を守り、事件はもみ消しに等しい扱いをされそうになったが、今はインターネットがあって、それでゲリラ戦を挑む人たち(子供を含む)が出てくる。それが一定レベルの注目を集めるまでになると、マスコミも無視はできないわけで、そういうことも関係して、今回再びマスコミに大きく取り上げられるようになったのではないかと思います(警察と市もやっと重い腰を上げて「捜査」に乗り出したようです)。

 いじめ問題ではありませんが、僕もこのブログに「延岡の高校」というコーナーを設けて、学校相手のゲリラ戦をやっているので、マスコミで取り上げてくれないかなと思うことがあるのですが、学校側の自己満足としか思えないような常軌を逸した管理・押しつけ(実質はだらだらした平常授業の延長に過ぎない「課外」と称する長すぎる授業時間の拘束と、無意味に量だけ多い宿題)のせいで疲労困憊の極に達した生徒にとうとう自殺者が出てしまった、というようなひどいことにでもならないかぎり、それは無理なのでしょう(何せいわれなく生徒たちを「放射能」呼ばわりするようなイカれ教師が処分を受けるどころか逆に“昇格”あそばすというような非常識がまかり通る世界なのです)。僕はむろん、そうなってからでは遅いので、早く改善すべきだと言っているのですが(最近またそのコーナーへのアクセスが増えていることからして、学校のやり方に強い疑問をもつ生徒や親御さんは今も減っていないのです)。

 話をいじめ事件に戻します。そのいじめの内容がどんなにえげつなく、執拗なものであったかは、吐き気を催すほどなので、あらためてここに書く気はしませんが、あのガタイの大きな体育の担任教師が悪ガキどもに「何やっとるか!」と早い時点でストップをかけていれば、何ということもなく片付いていた問題でしょう。その意味で彼は実質的には殺人幇助(ほうじょ)の罪に相当します。頭が悪いとか、感性が鈍すぎるとかいうレベルの話ではこれはないので、それとも彼は図体に似ない“タマなし”だったのでしょうか?

 昔から、映画や小説には地方のボスの子供が、親の権力をカサに着て乱暴狼藉を働き、学校や教師も親の権力を恐れてそのクソガキにちやほやし、それがどんどんエスカレートして…というような話は珍しくありません。今回の事件はそれを地で行ったようなもので、何とも言えない不快感を与えるのは、その点にもあります(事件の首謀者の少年は、親がすばやく手を打って、京都の中学に転校させたそうですが)。

 それにしても、日本という国はいつからこれほどまでに理非曲直のけじめのない、だらしない国になってしまったのでしょう? 例の「原子力村」の場合もそうですが、上から下まで「していいこと」と「してはならないこと」のけじめがまるでなく、理不尽なこと不正なことがあっても、相手が権力者だと後難を恐れて口をつぐむとか、学校の場合にはとにかく面倒なことは避けたいという心理と、“共同無責任”体質から、見て見ぬふりを決め込むのです(そして事後にはきまって「いじめとは認識していなかった」という学校と教委のコメントが発表される。生徒が自殺するようなケースでは、そのいじめは学校中で有名になっているものがほとんどなので、「認識していなかった」のならたんなるアホです)。

 こういうのを「終わった社会(国)」と言うのです。「終わった社会」は「終わった人間」によって構成される。
 しかし、学校も教委も、そして警察も、全部税金によって運営されているのです。そこで働く人たちは「公務員」で、民間よりも身分保障が厚く、待遇もよい(とくに教員は)のは「市民のために挺身する」ことが期待されているからです。しかし、こうした事件を見ると、その「市民の付託」に応えるどころの話ではなく、かんじんなときは何の役にも立たなくて、平気で助けを求める人を見殺しにし、社会の安全喪失と道徳低下に「挺身」するのみなのだから、何のために雇われているのが、全くわからないのです。

 僕は腰掛けのつもりで始めた塾商売でもうのべ四半世紀食ってきましたが、塾でもいじめが起きることはあります。ことに中学生相手の集団塾(僕がいたのは一校舎150~200人規模の塾ですが)などではそうで、そういうところで校長なるものをやっていたこともあるのでよくわかるのですが、子供を預かっている責任があるので、一度もそういうものを放置したことはありません。そして、全部解決はつけてきた。昔も今も、僕は人の自主性を重んじる主義なので、生徒にも講師たちにもゴチャゴチャ細かいことを言ったことはありませんが、許されることと許されないことの最低限のけじめは明確にしてきたつもりなので、それができないのなら、子供相手の仕事になど携わってはならないのです。

 どんな仕事でもそうですが、ときには「からだを張る」ことを余儀なくされることがあります。何事も平和的に行けばいいが、この世にはときどき心得違いの人間がいて勝手なことをやらかしてくれるので、それを正そうとすれば波風が立つのは避けられないからです。子供のいじめや悪さもその一つなので、僕は生徒に怪我をさせたことは一度もありませんが、一度だけ口で言っただけでは通じない“難敵”に当たったことがあって、そのときは授業の後(大津の事件と同じギャング・エイジの中2男子でしたが)廊下で取っ組み合いになってしまったことがあります。拳は一切使わず、レスリングスタイルでやっとのこと相手を組み伏せたのですが、息切れがしてしまって、「もう年だな」と情けなく思ったものです(二十年も前の話ですが)。彼は別に体の大きな生徒ではありませんでしたが、動きがすばしこく、力も強くて、なるほど図体のデカい連中を子分に従えているだけのことはあるなと感心させられたのですが、そのあと二階の窓越しに、「あのセンコー、ヤッベー!」という大声が聞えたのには笑ってしまいました。彼は子分を引き連れてお帰りになったのですが、まさか聞えているとは知らずに、外に出るや、そう叫んだのです。ヤバいのはおまえらの方だろうがと言いたくなりましたが、察するに、あれだけ悪いのに、親からも学校の教師からもまともに叱られたことはなかったのでしょう。今でも生徒に暴力をふるう教師はいますが、僕の見るところ、彼らはどういうわけだか歯向かってきそうもない“無難な”生徒ばかり殴るので、かんじんの一発かましてやった方がよさそうな連中には何もしないのです。だから、ワルがのさばる(ちなみに、ワルどもをおとなしくさせたいのなら、そのカシラを叩けば足ります。後は金魚のフンだからです。こういうの、昔は先輩から後輩へと、喧嘩の心得として伝えられていたものなのですが…)。

 よくあるいじめに、“プロレスごっこ”を装ったものがあります。こういうとき注意すると、減らず口を叩くクソガキは「ボクらはただ遊んでいるだけですよ」とさも心外だというような顔をして見せ、いじめられている子に向かって「なあ」と同意を求めたりするものです。

 男の子にはプライドというものがあるので、こういうとき、「いや、違います。ほんとはいじめられてます」なんて口が裂けても言えません。だから「うん」というように頷いてみせる。

 今どきの学校教師は、こういう状況に遭遇したとき、「そうか、本人もそう言うのだから、遊んでいるのだな」と思うのでしょうか? そう思った方が好都合なので、そう思うことにして、後で「いじめだという認識はなかった」などとのたまうのです。

 僕も同じ状況に遭遇したことがありますが、何が腹立たしいといって、弱い立場の人の心理を悪用してそういう白々しい居直りをする奴ぐらい腹の立つものはないので、こういう場合、その悪ガキは大目玉を食うことになったのです。僕はふだん生徒には優しい教師です。それは大方の人に認めてもらえるでしょう。しかし、こういう腐ったガキは許せない。「ほう。だったら先生とも“遊ぼう”じゃないか」と言って迫れば、たいがいの子供なら真っ青になってしまいます。僕はからだは大きくないし、やせていますが、戦闘モードに入ると、少なくとも当時は相当な迫力になったので、ふつうならそう言うだけで十分だったのです。その上で、「今度やったらどういうことになるか、わかってるな?」と言えば、二度と起きない。塾外でも「バレたらどうしよう!」と思うから、自然に慎むようになるでしょう(いじめがほんとにやんだかどうかは、いじめられていた子の表情を観察していれば大方わかります。だんだん表情が明るくなって、元気になってくるからです)。

 思うに。元大学のアメフト部員なら、これに近い真似ぐらい朝飯前だったのではありませんか? やせっぽちの僕にすらできるのですから。それをしない・できないというのは、“悪しき公務員体質”がそこにあるからだとしか思えないのです。

 そういう荒っぽいことは全く駄目な教師でも、必死にいじめを止めようとするなら、それはそれ自体がいじめられている子にとって大きな心の救いになるし、悪ガキどもにも何か通じるものがあるでしょう。非力な教師にとっては、文字どおりそれは「命がけ」の勇気です。自分たちが面白半分やっていることを、そうまでして止めようとするのは大変なことだと、ある時点で彼らは気づくでしょう。それは教師が生徒に対してなしうる最大の貢献だと言っても過言ではありません。片々たる教科書知識よりずっと大事なものがこの世界にはあるのだということを、その先生は教えてくれるのですから。

 女性教員の場合は、周りの男ども、失礼、男性教諭たちが助けなければなりません(男性教師が担任の場合でも、そうした教師間の連帯は大切だと思いますが、女性の先生ならとくに助けが必要です)。最近は女性の方がずっと勇気があったり、思い切ったことができるようですが、男性軍は股間にぶら下げたものの名誉にかけても、その先生を助けるべきなのです。女子中高生のスカートの下を盗撮したり、更衣室を覗いたり、下着ドロなどという情けない方面にばかりそれを“活用”するのではなく(そういうのも、今どきの学校教師にはちと多すぎるようです)。

 あの大津市のいじめ自殺事件の場合には、いじめっ子の親がPTAのVIPだった(地域の顔役でもあった?)ことから、ナアナアの関係をこわすことになるので、担任教師も学校も市教委も、事を荒立てたくなかったのでしょう。それは全くの腐敗・堕落です。親が誰だろうと関係ない。クソガキはクソガキで、むしろ親がPTAの会長や役員ならなおさら、「あんた方は一体どういう子供の育て方をしているのだ!」と厳しく注文をつけてもよかったはずですが、今どきのヘタレ学校とその教師たちはそれとは逆の対応をするのです。

 子供というのは大人の足元をよく見ているものです。権力にヘイコラして、是非善悪のけじめなど平気で後回しにするような教師は、子供にナメられるのです。今の教師には、生徒には威張り散らすくせに、上には揉み手してうまくやろうとする手合いが少なくありません。生徒にも、どういう親かによって対応に大きな違いが出るのです。こういうのは教育者のやることではありません。ところが、安定した身分と終身雇用が今でも保障されている(どんなに無能でもクビにはならない)というので、それが目当てで教師になりたがる連中には、シビアな民間で勝負しようとする人と較べて、保身一途の骨なしがとくに目立つのです(そのくせエラそうな能書きだけはやたら垂れたがるのですが)。

 だから、日本の学校教育制度は一度根本から考え直した方がいい。PTAや教委が「ない方がマシ」だと思っている人は、今では多数派ですが、おかしな馴れ合いでかえって学校運営を深刻に害しているのです(通常の場合でも、現状を見るなら、そこには生徒・保護者の“民意”はほとんど反映されていない。たんなる馴れ合い組織なのです)。今回のような事件からも、それははっきりとわかる。

 僕は古くからの学校民営化論者ですが、それも含めて考え直すべきときです。

 もっと書いてみたいことはありますが、今回はこれぐらいにしておきます。子供が自殺に追い込まれるまで放置しておいて、今さら「捜査(調査)」しても手遅れですが、今後のことがあるので、中途半端なところで「手打ち」などせず、とことんやってもらいたいと思います。この事件は、総合的に見るなら、立派な殺人です。一人の子供を殺し、三人の子供の暴走を許して、実質的な殺人にまで走らせてしまった大人の罪は深刻です。腐ったオトナどもにはきっちり責任を取らせるべきでしょう。

【追記】これらの情報には虚偽がいくつか含まれているようです。①PTA会長は父親ではなく、母親の方。②その母親が「大津市地域女性団体連合会」会長というのは間違い。③「ブログにいじめ擁護の“論説”を展開中の滋賀県警OBの祖父」は、姓が同じところから生じた誤解、であるとのこと。事実に反する誤情報を載せてしまった点、お詫びします。
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