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全原発停止で困るのは原子力ムラだけ

2012.05.06.11:41

 前から「たぶんそうなるだろう」と言われていたとおり、昨日北海道の泊原発3号機が定期検査のために停止し(午後11時頃出力ゼロになった)、これで日本で稼働中の原発は一機もなくなったそうです。
 奇しくも昨日は「こどもの日」で、その日の終わり頃ギリギリで原発が止まったのは、何か暗合めいた出来事のような印象を受けます。きわどいところで未来が救われるかのようなシンボリックな意味をもつものと、少なくとも僕には感じられました。

 何度もニュースで繰り返し報じられていたように、「国内で原発の稼働がゼロになるのは1970年以来、42年ぶり」だそうです。42年ぶりに愚行が改められるのかと思うと、実にめでたい。

 そう言えば、何を馬鹿なこと言っているのだ、これで夏場の電力需給は逼迫して、せっかく持ち直しかけた景気が冷水を浴びせられるかっこうになり、企業の生産活動は収縮、このままでは工場の海外移転はさらに加速化するおそれがあるし、一般家庭でもクーラーが使えず、熱中症で亡くなる人が続出するかも知れない。病院などでも停電になると大変困ったことになるだろう、と言う人がいるでしょう(先走ってそんなことを並べ立てる人にかぎって、「放射能の影響を過大に吹聴するのは悪質な煽りだ」なんて言うのは興味深いことですが)。げんに、そんなことを書いている新聞もあるようです。

 よく言うよ、とそういうのを見ると逆に思ってしまいます。今は企業の自家発電能力も高くなっているそうですが、そういうのは不利な条件でしか売れなくして、他の代替発電の開発・普及も必死に妨害してきた(だから間に合うようになっていない)のが独占企業体であるわが国の電力会社でしょう。原発が止まれば困るようなシチュエーションをせっせと作っておいて、よくもそんな勝手なことが言えるものです。

 原発のコストには、原発事故による被害の損害賠償費用はもとより、立地自治体への様々な名目の交付金や、廃炉の費用、使用済み核燃料の処理費、等々は含まれていないので、トータルだとこんなに高くつくものはないので、経済原則から言っても到底ペイするものではないということは、今回の福島原発の事故をきっかけに多くの人が認識するようになりました。事故が起きれば、カネなんかでは解決のつかない悲惨な事態になるし、そもそもの話が、使用済み核廃棄物は(処理後も)行き場のない危険極まりないお荷物として蓄積され続けるのです(ウラン鉱山での深刻な環境汚染や人体被害もここに含めなければなりません)。人類がこれまで作ってきたものの中で、これほどまでに無責任で投げやりな技術は他に存在しない。そうとわかったからには、やめるのがベストです。

 歪んだ異常なシステムを作ると、社会システム全体もそれに順応しておかしくなるので、改める際に一時的に困難が生じるのはあたりまえです。それは困るというのでその病的なシステムを維持し続けようとすれば、いずれもっと深刻な事態、破局的な事態が避けられなくなるでしょう。おかしな脅迫はやめてもらいたいものです。

 よく「ピンチはチャンス」だと言われますが、脱原発が省エネ技術にしても代替発電システムにしても、新しい技術開発に結びつき、それが長い目で見れば新たな仕事と雇用の創出につながることは確実でしょう(スマートグリッド構想などは、社会の性質、人間関係などまでよい方向に変えそうです)。個人の人生の場合でも、その人にとってのチャンスや潜在能力の発揮の機会はピンチのかたちをとって現われるものです。人間は怠惰な生きものなので、そういうことでもないと必死にならないからです。面倒だの、自信がないだのとは言っていられない、全力を挙げて何とかするしかないとなったとき、人はそれまで自分でも思ってもみなかった力を発揮し、そういうことがあって初めて本当の自信がもてるようになるものです。人材はそうして育つ。危機の時代や乱世と呼ばれる時代相に大人物が多く出てくるのは、そういうことがあるからでしょう。

 だから、僕はそんなに心配していません。かつての技術立国ニッポンが再び蘇るきっかけにこれがなることも、大いにありそうなことです。既得権益をひたすら守ろうとする原子力ムラの住民たちがあれこれ妨害にこれ努めるのを厳しく監視し、連中の妨害を排除しさえすれば、危機は乗り越えられるだろうと、その点は楽観しているのです。

 むろん、技術的能力ゼロの僕などは何も貢献できませんが、おかしな嘘を平気でつく奴や、論理のペテンが目につけば、それを嘲笑罵倒して、「妨害の妨害」を行なうぐらいのことはある程度できるかも知れないので、本来の「円満な人格」(誰も信じてくれませんが、ほんとはそうなのです)を隠して、そうしたことに微力を尽くしたいと思います。

 今回の福島原発の事故をきっかけに、「飼い犬」然としたマスコミもすっかり信用を失いましたが、それを回復したければ、そうした監視を怠らず、国民にしっかり情報を伝えることです。馬鹿の一つ覚えみたいに、「電力の逼迫」がどうのと下らんことばかり言っていないで。新しい試みについての報道も重要で、そういうことの中に、何が阻害要因になっているか、国民が一番知りたいと思っている情報も自然含まれることになるでしょう。
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