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今の文明が滅びなければならない理由

2012.02.03.16:13

 久しぶりに『週刊現代』を買いました(今週号はなかなかの力作記事揃いです)。

 その中に、いわゆる金融トレーダーが登場する記事が二つあって、その言い分が面白かったので、まずその話からさせてもらいます。
 一つは、「ギリシャは破綻へ『世界恐慌』私の読み方」の中のアレッシオ・ラスターニなる人物(34歳)の話で、もう一つは、その次の「大金を稼ぐ仕事は幸せか」と題した記事に登場する匿名の日本人ファンド・マネージャーの話です。

 どちらもこの手の職業の人がする自己正当化の見本のような言い分なのですが、ラスターニ氏の方は、「ギリシャの国債危機に乗じて大儲け」したそうで、彼は「トレーダーとして、大恐慌が起きることを三年前から祈ってきた」とのこと。当然、大儲けする千載一遇のチャンスが到来するからですが、経済がクラッシュする局面で、いわば“逆張り”して大儲けすることは金融トレーダーの腕の見せどころであり、誇りなのです。

 彼が言うには、「トレーダーとしての自分と、普通の人間としての自分」がいて、「もちろん普通の人間としては大恐慌が起きてほしくないと思っている」そうですが、その真っ向から対立する“分裂人格”への苦悩や葛藤はあまりなさそうです。でないと「市場はこれからどんどん悪くなっていく。私は楽しみにしている」なんて言葉は出てこない。要するに、後者の「普通の自分」はあるようなフリにすぎないのです。非常に目立ちたがりの雄弁な人であるらしく、「最後に、経済恐慌を引き起こすのが我々のようなトレーダーだという人がいるが、それは間違いだと指摘しておきたい」として、今のヨーロッパの信用不安は、ヨーロッパに「信用がない」から、市場がそれに反応しているまでだ、という弁解をしています。

 「つまり、トレーダーは意図的に市場をクラッシュさせるために何かをしようとしているのではない。特定の市場や経済が信用を失くしたときに、自然と資金が流出するから、そこでクラッシュが起こる。トレーダーがクラッシュを起しているのではなく、危機の結果としてクラッシュが起きているということだ」

 と“明快”に説明するのです。その「資金の流出」と、結果としての「クラッシュ」が自分たちの投機的行動によって何十倍、何百倍にも増幅されてしまうのだということは棚に上げ、また、通貨の空売りや、今は企業や一国の経済の破産に備えて勝手にかけられた保険のような金融商品(無関係な者が単独で購入できる、要するに、他人の家に勝手に火災保険をかけて、その家が消亡するのを待つようなもの)というものまであって、それを買うことによって大儲けできるというような不道徳この上ない金融システムが問題なのだということは、どこかへ行ってしまっているわけです。

 大体が、話が単純な場合でも、投機には不道徳性がつきまとうことが少なくない。バブル経済で日本中が投資ブームに沸いていた頃は、僕のようなその方面に無関心な人間のところにまで証券会社の営業マンがやってきて、熱心に先物取引などを勧めたものです。あるとき、仕事中に電話がかかってきて、事務の取次ぎに、「仕事中だから断れ」というと、「緊急で、どうしてもと言って聞かないんです」という。仕方なく電話に出たら、上ずった声で、「今こそ絶好のチャンスです!」と叫ぶ。さっぱりわけが分からないので聞くと、どこかの国で深刻な冷害だか旱魃だかが起きて、その地方一帯の耕作地は壊滅状態に陥った。これでトウモロコシ価格の暴騰は確実だから、今こそ買い時だと言うのです。話を聞いているうちに、僕はだんだん腹が立ってきました。そこの農民たちはそれで塗炭の苦しみを舐めねばならなくなるのです。そうした他人の不幸をダシに、何で金儲けなんかしようという気になれるのか? そんなに儲かるんなら、あんたが勝手に買えばいいでしょうと言って電話を切ったのですが、不快この上ありませんでした。有望と見込んだ産業なり会社なりに投資して、それが伸び、その見返りとして投資した側にも配当があるというのならわかります。相手の成功に賭け、成功したので応分の見返りがあるというのなら、どちらもハッピーだからです。こういうのはしかし、それとは全く性質が違う。

 別の記事のファンドマネージャー氏の場合はどうか。記事にこういう箇所があります。

〈彼らは、自分たちの報酬(この人物の場合は年収一億を下らない)が「不労所得」のように言われることを嫌う。
 「だって働いてるから。ウォール街のデモもそうですが、世界中に『金融屋が諸悪の根源だ』とする風潮が広がっている。勘弁してほしいと思う。虚業だと言われますが、我々には『カネの流動化』を起すことで実業を支えているというプライドがある。
 私に言わせれば、お年寄りに投資信託を買わせて、『こっちの方が率がいいですよ』と次々に乗り替えさせて、その都度2%の手数料を取るような証券マンや銀行員の方がよっぽど悪質ですよ。あれこそ不労所得で、日本のガンだ。売る側が何のリスクも負っていないのだから」〉

 しかし、この言い分にも「ホントかな?」というところはある。僕は先日、ドナルド・ドーア著『金融が乗っ取る世界経済』(中公新書)という本を買って読みましたが、その中では「金融業のどれぐらいの割合が、ベンチャー・キャピタルも含めての生産的実体経済に対する融資になっているか」も検討されていますが、イギリスを例に取ると、「1996年から2008年まで産業投資のGDP比は安定して一割ぐらいだった」が、「銀行の貸付の中で実体経済への貸付は、総融資額の30%から10%へとだんだん少なくな」り、「代わって膨張したのが、不動産業者や金融業者への貸付」で、「金融業企業がイギリスの主要企業100社の利益の30%を占め」るようになった、というのです。要するに、実体経済に回るより、マネーゲームに回るお金が増えただけだということです。

 他にも、有名な「シリコン・バレーの起業家」たちが「豊富な資金を提供するベンチャー資本家のおかげ」だけで成功できたとするにはかなりの疑問符がつけられるという話や、日本企業の場合、「資本の供給はベンチャー資本市場からではなく、会社内の内部留保や減価償却の形で生れたキャッシュ・フローによる」という記述も見られるので、詳しくはそちらを読んでいただきたいのですが、トレーダーたちの「『カネの流動化』を起すことで実業を支えている」という自己宣伝は、かなり眉唾な話でしかない、ということです。「世界金融資産の総額は1980年には12兆ドルだったのが、2007年には200兆ドルに達している」そうなので、その「世界総生産や国際貿易総額よりはるかに膨張率が大きい」資金がどれほど破壊的な影響を実体経済に及ぼしてきたかは明白であるように思われるのですが。

 もう一つ、この種の人たちがよく口にする、「自分でリスクを取って稼いでいるのだから文句を言われる筋合いはない」というセリフに関しても、ドーアは「二重のモラル・ハザード」構造として、次のような辛辣な批判を加えています。

〈第一に、個人トレーダーにとって、成果主義のボーナス制度は、リスク・テーク取引をさせるインセンティブ[誘因]でしかなく、過度のリスク・テークに対する制裁・調整のメカニズムがない。賭けに勝てば、ボーナスが膨れ上がり、自分のリスク・テークの失敗で会社が潰れても、何年間も生活に困らない。…(中略)…第二に、会社の役員にも、トレーダーのリスク・テーク行動を牽制するインセンティブがないのは、「大きすぎて潰せない」というメカニズムによる。ギャンブルに勝つ度合いが大きいうちに、他社より大きく儲ける。失敗しても、国によって公的資金で救われるから、倒産の心配がない、というわけだ。〉

 以前、わが国でも不動産バブルの崩壊後、大銀行に「公的資金」が投入され、「モラル・ハザードを招く!」と騒がれましたが、この前のサブプライムローンの破綻後、アメリカでも同じことが行われた(額はさらに大きい)ので、僕のような素人は、「アメリカも日本並の馴れ合い国家になったのか?」と驚いたのですが、経済全体への影響からそうせざるを得ず、モラルもへったくれもないことになってしまったのです。

 大体、この記事に出てくる年収一億のトレーダーだかファンドマネージャーだか知りませんが、いくら「働いている」からといって、そんな稼ぎになるのは社会的公平の観点からしておかしいというのはわかりきったことです。システムが異常だからそうなるのですが、そのシステムの異常には目をつぶって、システム上合法だから問題はないというのは、まともな人間の論理ではありません。これは「嫉妬」とは何の関係もない。一方で毎日長時間働いても食うだけがやっとで、失職すればとたんにジ・エンドという恐怖の中で暮らしている人が今はかつてないほど増えているからです。これは個人的な才覚がどうのといったレベルの話ではないでしょう。差があまりに大きすぎるからです。

 この夜郎自大で破壊的な「金融産業」をどうすれば「規制」できるのかは素人の僕にはわかりませんが、各国が協力して早く規制してほしいものです。ドーアのこの本によれば、一流大・大学院卒の優秀な頭脳が金融業界に流れてしまって、本来なら研究の世界や実体経済にとって有為の人材となるであろう人たちがそちらに奪われてしまうのも大きな問題になっているとのこと。

 この本には、「21世紀の憂鬱」というサブタイトルがついていますが、たしかにこれは「憂鬱」な話です。思うに、しかし、いくら給料が法外にいいからといって、ふつうに考えればおかしいとわかっているはずなのに、カネに釣られてそちらに行ってしまうという「優秀な若者」も情けない。こういうのは時代錯誤な思い込みでしかないのかも知れませんが、エリートというのは本来、「世のため人のため(とりわけ社会的弱者のため)に自分のもてる才能を使おう」という志をもつ人たちのことでしょう。これでは、ただの「頭がいいだけの、ジコチューなクソガキ」でしかありません。

 金融業に限らず、今は老いも若きもとにかく「自分だけ可愛い」人が目立ちすぎるようで、苦しいときは一緒に苦労し、よくなればその喜びをわかちあうという精神がひどく衰退しているようです。

 僕は若い頃から「可愛げのない合理主義者」みたいに見られてきた人間の一人ですが、実はけっこう迷信深いところがあって、こういうのを見るにつけ、「人類はそろそろ滅びるだろうな…」と思うのです。だって、こんなもの生かしておいたところで、自然の他の生物の害になるのはもとより、人間の世界でも、善良な人たちを苦しめるだけにしかならないはずだからです(この前の福島原発の事故にしても、あれが広義の「モラル・ハザード」の結果もたらされた「人災」であることは明白です)。利己的な人間、自分の利己性に傷つかないような人間が、精神的に成長する例を、僕はいまだかつて一度も見たことがありません。人間はただ生きていればいいというものではないので、精神的に成長しないのでは、生きていても何の意味もないと、少なくとも僕は思っています。そういう人間の方が多くなれば、自然は、神は、人類を滅ぼすでしょう。いきなりヘンなことを言って恐縮ですが、人間が公正や愛に基づく社会づくりを放棄したときに、世界は(人間以外のものは別として)滅びるのです。そしてそれは、何ら悲しむべきことではないでしょう。それは与えられた生命を裏切った、当然の報いにすぎないからです。

 目先のことではなく、自分は何のために生きているのか、この際僕らは真面目に考え直してみた方がよさそうです。『週刊現代』はきたるべき「巨大地震」についての特集を組んでいますが、そのときどうやって生き延びるかということより、「生きるに値する人生」を自分がもっているかどうかを検証し直すほうが先決ではないかと思うのです(僕自身は、いつ死ぬかは運命が決めることだと思っているので、そのようなことには何の備えもしていません。自分がいつ死のうと、それは大した問題とは思われないからです)。
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