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これなら安心! 原発存続のための一提言

2011.09.22.07:03

 先日19日に、北九州市で原子力学会の秋の大会というのが行われたとのこと。そこでは色々な「反省」が語られたそうですが、集(つど)われた学者先生たちは原発推進という点では揺るぎないようで、一般世間との温度差がかなりあるようですが、僕は一つ「これなら一般市民も安心できるだろう(原発がそこにあっても)」という案を思いついたので、謹んでここに“発表”させていただきます。

 自分で言うのも何ですが、これはかなり「画期的」なものです。原子力村の学者先生たちにも一般市民にも、どちらにもプラスが大きいものなので、野田総理にはぜひ実現のためにご尽力いただければと思います。

 それは、原発の半径二キロ以内に、本物の“原子力村”を作ることです。大体、原発は地方の風光明媚なところに建設されています。周囲の自然も豊かで、子育てには絶好の環境です。ですから、そこに原子力研究者たちが家族と一緒に暮らせるように、庭付きのマイホームを建設してお迎えするのです。年配の研究者のことも考えれば、三世帯住宅も必要でしょう。

 “職住接近”というのは、働く者、研究者にとっては願ってもない条件です。僕なんかも、自転車で15分(信号無視をして飛ばせば8分)のところに職場があるので、日頃便利さを実感しているのですが、その恩恵を原発研究者にも及ぼすのです。

 自宅や研究所が原発と至近距離にあるというのはたいへんなメリットです。現場で働く人たちもすぐ連絡がついて、何か困ったことがあったら偉い先生に助けに飛んできてもらえるし、研究者はしばしば現場に出かけて、自分の研究を現実の裏づけたっぷりなものにできるからです。理論や図面だけだとよくわからないことも、実際の原発施設と照らし合わせれば、「なるほど、ここはこうなっているのか。ならば、ここをこうすればいっそう安全性が高まるだろう」などと、研究の能率も上がるのです。ケチなおもちゃの原子炉みたいなものではなく、本物の、巨大な原子炉の様子をモニタールームから刻々観察することもできます。

 「しかし、われわれは学生の指導も行わなければなりませんから…」
 心配ご無用! 大学院の研究室も併設するのです。学部の授業なんかは、ひよっこに任せておけばいい。大学院レベルになると、こちらに引越しさせて、“本格的な”勉強をさせるのです。「いいか、諸君はまだ本物の原発がどういうものか知らんのだ。ここで研究してこそ一人前と言えるようになる!」云々。

 家族も安心です。日頃「原発は安全だ」と自信たっぷり語る頼もしい夫または父、あるいは祖父がそこにいて、原発の“守護神”となっていてくれるのですから。各種の機械トラブル、人為ミスが起きても、彼は必ずや大事に至る前に処置してくれるでしょう。

 むろん、基本的に原発は安全なのです。この前の福島第一原発の事故などは例外中の例外であって、地震や津波に対する評価が少し甘すぎただけで、そこをちょこっと考えて措置すれば、事故なんて起きる方が不思議なのです。自民党の石原幹事長も言われたように、こういう事故がたまたま起こると、無知な一般人は「集団ヒステリー」状態に陥って冷静な評価ができなくなるから困るのです。

 住民はもちろん、大いに安心します。今までは口先だけに思えたが、家族やお弟子さんまで引き連れて、近くにやってきてくれた。それ自体が「安全の証(あかし)」です。その安全性に対する確信の深さが、行動によって示されたのです。でなければ、原発がすぐそこに見える浜辺や小川で、可愛いわが子や孫を遊ばせるなんてことができるでしょうか?

 こういうふうになると、大阪の熊取くんだりで、おもちゃの原子炉みたいなもの相手に「研究」して、「安全な原発などない」などと腹立たしいことを繰り返し言っている某大学のK助教なんかをすっかり黙らせることもできるわけです。これまでは「あれはあくまでも未曾有の地震による例外的なケースで…」とか「とにかく心配はいらないんです」とか、意味不明のことしか言えなかったのが、「安全だからこそ、私は原発のすぐそばでこうして心安らかに暮らしていられるのだ」とキッパリ言えるのです。「原発がないと電力需要はまかなえない」などというほころびの出た嘘で苦しい反論を試みる不自由さからも解放される。別に、だからといって「絶対安全だ」という科学的根拠にはなりませんが、「絶対的な自信があるからこそ、家族と一緒にそのすぐそばに暮らすことができるのだろう」と、一般人は説得されるのです。

 また、こんなことを言う元技術者もいます。ふつうの技術と違って、原発にはシビア・アクシデント(過酷事故というのはヘンな日本語なので、重大事故としておきますが)が起きた場合、安全に収束させる方法がない。ふつうは、幾重にも事故防止策を講じて、それがすべて失敗した場合でも、「この範囲で収まる」という見通しがつけられるが、原発にはそれがない。だから、そんな技術は技術として成り立たない(元某メーカー原子炉設計技術者G氏)。

 これに対しても、よほどの構造上及び人為ミスが重なっても、必ずや一定レベルで食い止められる、だからこそ自分はそこで暮らしているのだ、と胸を張って言うことができるでしょう。

 この前の事故の場合、たしかに見通しが甘く、かつ非常用電源を別々のところではなく、同じ地下に置いておいたなんてのはお粗末すぎる(そもそも法令違反)が、逆に言うと、だからこそあんなことになったので、そのあたりに気をつけさえすれば、シビア・アクシデントなんて超新星爆発が近くの星雲で起きるような天文学的な頻度の出来事でしかないので、そのようなことが起きる確率はかぎりなくゼロに近い。

 何? もうじき実際にその超新星爆発が起きるって? 地球から640光年離れたオリオン座の巨星ベテルギウスが爆発して、地球からもそれはよく見え、しばらくは「太陽が二つ」状態になる?(幸いその地軸が地球に対して垂直になっていないので、ガンマ線に直撃されて保護膜のオゾン層が破壊される心配はないとのこと)。わかった。例を変えましょう(よりによってそんなもの、違うときに起こればいいものを…)。地球人口約70億人に1人にしか起きないようなことが起きる。その程度の確率でしか、今後シビア・アクシデントは起きない。少なくともそうなる前に必ず阻止できる。これでどうだ。

 とにかくふつうに注意を怠りさえしなければ、あのような事故はレアのレア、そのまたレアのケースでしかないので、だからこそ私はここに暮らしていられるのだ、と反論できるのです。いくら安全だと言ったって、ふつうの人は、それはおまえらがメシのタネを失うのを恐れてそんな無責任なこと言ってるだけだろうとしか今は思わないので、日々原発のそばに暮らしている研究者の言うこととなれば、説得力はいや増すのです。

 それでこそ、われわれ一般市民も安んじて原発と同居できるというものです。素人の悲しさで、危険だと言われれば危険なのかと思ってしまうし、安全だと言われれば、専門家がそう言うのだから安全なのだろうと思ってしまうのですが、こういう恐ろしい事故が実際に起きると、とても安全だとは思えなくなってしまう。むしろ「いつ起きても不思議ではない」と思ってしまうのです。

 そこで、このような“本物”の原子力村が原発施設のすぐそばにできて、ついでに電力会社も社宅をそこに建設するようになれば、僕みたいな人間は、「そうまでするからには本当に安全なのだろう」と、原子力関係者と認識を共にできるようになるのです。

 今後も原発を続けるという場合には、ぜひそのようになさって下さい。でないと、明確な科学的根拠を示して説明してくれるのなら話はまた別として、僕は原子力村の先生たちの言うことは信じないでしょう。素人にもあやしいとわかる、とても科学者の言葉とは思えないような没論理な話ばかりだからです。

 ほんとに安全なら、僕はそれぐらいのことはできるはずだと思うのですが…。冒頭にも述べたように、これはメリット満載の方策だと僕には思われるので、むしろそうしない理由の方がわからないくらいです。

 尚、原発の「死の灰」についても、その自宅敷地の周辺あたりに“無害化”して“安全に”置ける方法を考えて下されば、さらによいと思います。ほんとにそばに置かねばならないとなったら、例のプルサーマルみたいな「机上の空論」(膨大な予算を無駄にしているけれど)を振り回すことはできないから、そのあたりも真剣に考えられるようになると思います。

 でなければ、僕は小出裕章先生(先ほどの「K助教」とは、言わずと知れた先生のことです)と違って、“運頼み”の甘いところがあるせいで、「連続してまたあんなひどい事故は起きないだろう」という希望的観測に基づいて、すぐには無理でも、順次廃炉にして10年内外で原発をゼロにするのがいいと思っていますが、その考えは改めないでしょう。喉元過ぎれば…で、そのうち時間がたてば一般国民は忘れるだろうなんて思ったら、大間違いですよ、原子力関係の学者先生たち。

(書いているうちに夜が明けてしまったので、これをアップして、寝ることにします。)
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