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「未曾有」の連続

2011.09.06.17:46

 熱帯低気圧になった台風12号は今も北海道に大雨を降らせているようですが、今回一番被害の大きかったのは奈良・和歌山の両県にまたがる紀伊山地で、文字通りの「記録的豪雨」だったようです。熊野川の水位は1959年9月の伊勢湾台風時の16.4メートルを大幅に上回を上回る18.77メートルを記録し、「過去最高を更新」したが、「以降は観測不能となりさらに上昇した可能性が高い」という。今は3メートル台になっているようなので、どんな途方もない水位になったかがわかります(橋が完全に“水没”してしまったところもあったとのこと)。

 降雨量についても同様で、途中で観測不能になってしまった箇所がいくつもあるらしいので、テレビのニュースで報じられていたより、もっと降雨量は多かったので、2000ミリ前後の雨が降った地域が複数あるようです。僅か二、三日で一年分の雨が降ったのです。

 テレビを見て、「あのあたりは大野さんの故郷じゃないんですか?」と心配して電話やメールをくれる人がいましたが、実家とは今も連絡が取れないままになっています。まず停電し、次に電話がやられた。道路は新宮市からのルートも、田辺市からのルートも複数個所で寸断され、県境で奈良県に近いので、そちらはどうかといえば、ニュースで十津川村の状況が何度も取り上げられ、土砂崩れによる“天然ダム”があちこちにできて危険な状態にあると言われている通り、そちらのルートが一番ひどくやられているのではないかと想像されます。よってそれらに挟まれた地域は陸の孤島と化してしまっているのです。

 金曜日に、「直撃を食らいそうだから気をつけるように」と母に電話をした段階では、こんなすさまじいことになるとは全く予想しませんでした。四国に上陸したのに、紀伊半島か一番激しい豪雨になったのは気象条件によるもののようですが、足が遅くて長時間風雨が続くとしても、最大風速は大したことがなそさうだし、あまり心配はいらないだろうと高を括っていたら、百年に一度もないような集中豪雨に見舞われたのです。

 僕が心配になったのは、奈良県の十津川村で家が流されて死者・行方不明者が出たというのと、新宮市の全域に避難指示が出されたというニュースを見たときでした。僕の郷里はその間にあるので、だんだん悪い予感がしてきて電話をしたら、もう通じなくなっている。日曜午前中のことで、それからすぐに和歌山市近郊に住む弟に電話をしたら、平野部の雨は大したことはなかったが、まだ電話がつながっている段階で母と話したとき、「こんな大雨は記憶にない」と言っていたというから、山間部は半端な雨の降り方ではなかったのです。

 彼も情報を得ようと八方手を尽くしていたようですが、道路は寸断され、電話も通じないという状態では警察や行政も事態がほとんど把握できない。従って情報もないということになってしまうので、もとより自分で様子を見に行くこともできないし、なすすべがないのです。僕の実家は熊野川の支流流域にありますが、川からはずっと離れているので家が流されるような心配はまずありません。氏神様の社と隣り合せで巨大な岩盤の上に立っていて、昔から地震の際の避難所代わりになるような位置取りなので、地盤が崩壊して崩れ落ちる心配もあまりなさそうですが、これまで一度もそんなことはなかったとはいえ、背後の斜面が崩れる可能性はないとは言えない。今は「深層崩壊」なんてことがよく言われるくらいです。そうなると斜面に家が点在する集落全体がやられてしまう。絶対安全な場所というのはいずれにせよ、存在しないわけです。当初僕が心配していたのは台風の風の方で、「親父もおふくろも目方が軽いから、川まで飛ばされてそのままお陀仏になりかねないから、絶対に外に出るなよ」などと軽口を叩いていたのですが、大きな災害というのはたいてい予想しないかたちでやってくるので、今回はそれを思い知らされました。

 幸い、ゆうべ深夜に弟から電話が入り、衛星電話か何かを使って連絡を試み、状況を外部に伝えてくれた人がいたということで、集落の人たちが全員無事らしいのがわかりました。“陸の孤島”状態であるのは変わらず、郵便も宅配も止まっていて、地元の農協や商店にも物資が入らなくなっているのは同じですが、安否だけは確認できたのでほっとしました。兼業農家で、米と味噌と梅干、野菜類だけはあるだろうし、電気・ガスが止まっても薪の備蓄があるから、しばらくは何とかもちこたえてくれるでしょう。わが集落は、今は田辺市に編入された本宮町というところにあるのですが、その中でもひどい僻地の山奥なので、新宮や田辺の方から道を直しながら復旧を進めたとして、それが“到達”するには、途中の被害状況にもよりますが、ひと月以上かかってしまう可能性があるというのが弟の見立てで、「そんなにもつかな?」と二人とも不安になってしまったのですが、いざとなればヘリコプターによる物資輸送という手もあるし、病気になったり怪我をしたりしないでいてくれさえすれば、原発事故による放射能汚染なんてものは考慮しなくてすむので、何とかなるでしょう(あれが福島の被災地の人たちにとってどんな悩ましいものになっているかは、いくら言っても誇張にはならないでしょう)。

 それにしても、今年は一体何という年なのかと思います。「激甚災害の当たり年」と言ってしまえばそれまでですが、次から次へとこういう大きな災害が起こると、まだ何かあるのではないかと、ついよけいな心配をしてしまいます。迷信的になるのは愚かなことですが、大地震の可能性はまだいくつもあるようだし、できる範囲の備えだけはしておいた方がいいかも知れません。

【これを書いている途中で従兄の一人が両親の安否を心配して電話をくれましたが、ついでに自衛隊が救助に活躍してくれているらしいという話を聞きました。道路が使えない状態では大助かりだと思うので、お礼を一言申し述べておきたいと思います。】
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