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南海トラフ地震について

2019.05.22(13:58) 633

 ネットのニュースサイトに次のような記事が出ていました。西日本新聞です。

日向灘 周期地震警戒を M7.1級 30―40年で発生 津波増幅の恐れも

 この中の次のような箇所は、延岡市に住んでいる者としては大いに不気味です。

 日向灘の地震に詳しい京都大防災研究所宮崎観測所の山下裕亮助教(観測地震学)は「日向灘のプレート境界地震の震源域は、宮崎県延岡市沖の北部と、宮崎市沖の南部に分けて考えるべきだ」と提唱する。
 北部震源域は1662年と1968年にM7.6前後の大地震を起こしており、46年の南海地震(M8・0)の震源域にも近い。今年3月27日にM5.4の地震が発生しており、岡村氏も「この震源域で大地震が起きれば、南海トラフにつながる可能性を簡単には否定できないかもしれない」と話す。


 先には「地震予知失敗、100回中99回 南海トラフで学者回答」という見出しの、次のような記事(共同通信)も出ていました。

 南海トラフ巨大地震について、事前に発生する時や場所、規模を正確に言い当てる直前予知を100回試みても99回程度は失敗すると日本の地震学者が考えていることが、林能成関西大教授(地震学)が行ったアンケートで19日、分かった。
 観測データを基に危険性を判断するのが地震学者で、予知の実用化が不可能に近いことを改めて示す結果となった。
 林教授は、予知の難しさが市民や行政担当者に正しく伝わっていないと指摘。「突然の地震でも被害を少なくする防災を進めるのが先。予知を防災の前提としてきた過ちを繰り返さないようにすべきだ」としている。


 要するに、南海トラフ地震はいずれ起こるが、「いつどこに、どのようにして」を正確に予測することは専門学者でもほぼ不可能ということで、責任をとやかく言われないように「アテにしないでください」と“予防線”を張っているのですが、「言われなくても、そんなことはわかってますよ」という感じがしないでもありません。データをあれこれ入れ込んでシミュレーションしても、カウントされていない要素はつねにあって、それらが関与した場合、地震のメカニズムは複雑なので、予測とは違った結果になるのは当然だからです。

 だから、霊能者の「地震予知」の方がまだしも信用できそうな気もしますが、それも甚だアテにはならないことが証明されているので、昔、あれは僕が上京した年の冬だったから、1973年から74年にかけてのことだったと思うのですが、ある霊能者が「東京に直下型の大地震が起きる!」と日時まで指定して断言し、「外れたら腹を切る」とまで言っていたので、よほど自信があるのだろうと思って、僕はその時間(夜中の何時だったか忘れましたが)、深夜営業の喫茶店に待機して、本を読みながらその「決定的瞬間」を待ち受けていました。元々東京は地震が多いところですが、あいにくなことに予告されたその晩は微細地震すら起きなくて、その霊能者は行方をくらまして逃走したという話でした。僕は当時新聞配達をしながら浪人していたので、中途半端に寝ると起きられなくなるとそのまま徹夜して、眠い目をこすりながら朝刊の配達に出かけたのですが、あれは一体何だったのか。その後「富士山大噴火」なんて予知本を出して大儲けしたオッサンもいましたが、そういうのも大ハズレだったのです。

「災害と不幸は忘れた頃にやって来る」なんて言うので、学者先生や霊能者の皆さんに「起きる起きる」と脅され続けて、その都度身構え、だんだん疲れてアホらしくなって警戒心が薄れたところでドカン、ということになるのかも知れません。

 ついでなので、僕もその尻馬に乗って物騒な「予知」を一つご紹介しておきましょうか。今ある本を訳しているとこの前書きましたが、その中に「地球規模の大異変」について色々な人のヴィジョンや夢の描写が次々出てくる章があって、それは全部「これから先起きること」として語られているのですが、その中にJapan が出てくる箇所が一つあったのです。そこだけ引用すると、

 …She has also seen “a ring of fire to the left of Japan”. Beginning in the northern hemisphere, the Earth’s axis will shift, she has been told, causing “a lot of depression and chaos” unless people work to become “grounded” and “deeply connected with the Earth”.

 まず最初の文は、「〈日本の左側に炎の輪〉が見えた」ということですが、この to the left of Japan というのが、「日本列島の左側の部分」なのか、「日本列島の左隣」なのか、用法としてはどちらもあると思われるので、はっきりしないのですが、ここは前者だとして、地図を見ればわかるとおり、「左側」とは西日本です。巨大南海トラフ地震が起きれば、霊視の類では西日本全体が「炎の輪」に包まれるというイメージになっても不思議ではない。そして、続きはこうなっています。「北半球から始まって、地軸がシフトし、それは、〈多大な落ち込みと混乱〉を惹き起こすだろう(と言われた)」。ここのdepressionも、心理学なら「抑うつ状態」、経済学なら「不況」で、どちらなのか両方なのかわからないのですが、地軸が動くとなると、当然それは世界的な大異変につながるわけです。

 しかし、地震と地軸移動が関係するのか? そう思ってネットで検索してみると、National Geographic 日本語版の記事(2010.03.02)が最初に出てきて、そこにはこう書かれています。

 2010年2月27日にチリで大地震が発生した。そのすさまじい破壊力によって地球の軸が移動し、1日の長さが短くなった可能性があるとNASAが発表した。
 今回の地震マグニチュードは、アメリカ地質調査所(USGS)の発表によると観測史上5番目の規模となる8.8だった。この地震によって地球の自転速度が早まり、1日が”100万分の1.26秒”短縮したという。カリフォルニア州にあるNASAジェット推進研究所の地球物理学者リチャード・グロス氏が最新のコンピューター・モデルで算出した数値である。
 なお、2004年12月に発生したマグニチュード9のスマトラ沖地震では、同じモデルで1日が100万分の6.8秒短くなったと確認されたという。


 してみれば、そういうことは実際にありうるのです。上の英文、最後も訳しておくと、それにはこういう「条件」が付いています。「もしも人々が地に〈足を着け〉、〈地球と深くつながる〉ようになるよう努力しなければ」。

 これは、“X”の部分がその人の語った言葉そのままという意味ですが、誰のヴィジョンかと言えば、アメリカ北東部の都市に住む45歳(当時)の二人の娘をもつ主婦のものです。彼女はある存在たち(the beings)にえらく生々しい映像またはイメージを見せられながら、そういう説明を受け(she has been told となっているのはそのため)、「人類はこういう勝手なことばっかりやってたのではあきまへんで」(彼らに関西なまりがあったとは書かれていませんが)と警告を受けたというのですが、これは山のようにある、多数の人が受け取った類似の警告の一例にすぎません(実はもっと恐ろしいのもある)。

 最後の unless を僕は「if …not と同じ」と塾では教えることが多くて、訳ではそれで差し支えないのですが、文法書の類では「例外的な条件」に多く用いられると書かれていて、この文だと、「そうする見込みはあまりなさそうだが、仮にあんたたち(ここは日本人ではなく今の文明人全体を指す)がジコチューで破壊的な自然搾取(と人間世界での卑劣な弱い者いじめやその見て見ぬふり)をやめて、心がけを改めれば回避は可能かも」と相手は考えている、ということになります。

 こういうのは現代科学では「迷信」ということにされているのですが、この前の『リターン・トゥ・ライフ』にもそれに関連する込み入った議論が一部に出てきたように、物理学の最先端では「物質と精神」の境界が実は不明確になっていて、意識または精神が先にあって、物質はその後になるという、従来の考え方(たとえば、意識だの心だのは物質としての脳の電気化学的な反応の副産物にすぎない)とは逆の主張が、科学の側からも行われるようになってきているぐらいなので、それを嘲笑する方がむしろ「時代遅れ」かもしれないのです。

 そのメカニズムはまだ解明されていないとしても、心のありようと外部現実は関係する。ここらへんは難しいので、たとえば不正な経済システムの中で貧乏人が増えたとして、それはその歪んだシステムが悪いのであって、「おまえらが貧乏なのは心がけが悪いからだ」なんて1%の金持ちが99%の貧乏人(アメリカの猿真似ばかりしているといずれ日本もそうなる)にお説教するのは筋違いというものなので、その場合はシステムをもっとまともなものに変える必要があるのですが、そういう「頭の悪すぎる」議論とは別に、たしかに関係するなという部分はあるように思われるのです。

 この前の東北大震災に伴う福島原発の事故でも、あれはいまだに「収束」とは程遠い(東京オリンピックなんかやってる場合か!)ようですが、あれで「東日本壊滅」とならずに済んだのは、実は「奇蹟」に近かったらしいので、慈悲に満ちた何らかの存在がきわどいところで助けてくれたのだと考えることもできる。これはむろん、被害に遭った人たちは「心がけが悪かった」というのではなく(そんなアホなことを言うのはあの石原慎太郎という救い難いじさまぐらいです)、逆に「日本人の悪しきカルマ」を引き受けて犠牲になってくれたのかも知れない。とにかく、日本人全体の問題として、「こういうことをやってていいのか、もうちょっとおまえたちも考えるように…」ということで、セカンド・チャンスを与えられたのだと考えることができるわけです。にもかかわらず、それで反省するどころか、性懲りもなく原発再稼働なんてやっているのを見ると、「この国の政治家や財界人にはほんとにロクなのがいないな…」と僕は呆れるので、「地球意識」はこういう有様を眺めて、「あんなアホな民族は生かしておいてもロクなことはない」というので、地下の大ナマズに、「もう遠慮なくどんどん暴れていいから」なんて許可を出して、首都圏直下型大地震に、南海トラフ大地震と、立て続けに起きて、原発も倒壊、放射能汚染まみれでわが日本民族は地上から姿を消す、というようなことにならないともかぎらない。

 今の「地球意識」というのは、僕ら個人の意識もほんとはそれに乗っかっているので、ただ、先の引用文にもあったように、それと「つながる」のをやめてしまったので、わからなくなっているだけなのです。だから、深い部分から言えば、その場合、僕らは進んで「自壊行為」または「自己処罰」を行おうとしているのだということになる。自分から進んで惨事を呼び求めているのと同じことになって、「地震よ、早く来い。それも超弩級のが来て、日本が壊滅しますように」と祈っているのと同じになるわけです。今の日本社会のありようから考えると…。

 そういうことはないでしょうかね? 僕は適度に「迷信深い」人間なので、そういう関連はありそうに思うのです。大惨事になるように自ら仕向けて、僕ら今の無責任なオトナがそれで「絶滅」するのは自業自得みたいなものでノー・プロブレムだとしても、罪のない子供たちにはいい迷惑ではありませんか? 要するに、防災訓練より、ハートの部分で今の日本人が忘れかけている、何かもっと大事なことがあるのではないかということです。

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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


2019年05月
  1. 南海トラフ地震について(05/22)
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