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人類の底知れぬ愚かさ~『新・映像の世紀』を見て

2015.10.28(17:42) 354

 日曜夜に途中から見る羽目になり、「しまった!」と思ったので、NHKのドキュメンタリー『新・映像の世紀 第1集 百年の悲劇はここから始まった』をゆうべ再放送で見直しました。最初のシリーズからもう20年もたったのかと驚いたので、年を取ると時間がたつのが早くなるというのは本当です。子供の頃や若い頃の数倍の速さになる。

 僕はあの番組の加古隆さんの音楽(「パリは燃えているか」)が非常に好きでした。今回もそれは使われていますが、悲惨な近現代の人類史があの憂愁に彩られた音楽の調べに乗せられて胸に迫ってくるので、基調低音としてはぴったりです。

「物言えば唇寒し」の籾井NHKでもまだこういう番組が作れるのかと、皮肉を言いたくなるような面白さでした。僕の周辺でも「もうNHKの浅薄なニュース番組の類は見るだけ無駄なので見ない」という人が増えている(程度の高い人ほどそうなので、NHKはそのあたり、もう少し深刻に考えた方がいい)ので、いいところはカットされまくって、毒にも薬にもならないようなお粗末なものになっているのではないかと心配しましたが、日本批判、安倍政権批判には結びつかないものだったからなのかどうか、少なくとも今回の放送分ではその種の愚かしい「籾井カット」は入らずに済んだようです。

 次の第2集は「グレートファミリー」で、戦争で肥え太る一方の文字どおりの「死の商人」、巨大財閥の動きが中心になるようですが、今回もJ.P.モルガンなどの財閥が裏で糸を引いて、「連合国に貸した金を回収するため」アメリカを参戦させたり、やがてヒトラー政権を生むことにつながる巨額賠償金を敗戦ドイツに課したりする様が描かれていて、「ウォールストリート政権は昔からだったのだな…」と、そのあたり興味深かった(経済学者のケインズはそのことを激しく非難した)のですが、哀れなのはそういう連中にいいように翻弄された一般民衆です。第一次世界大戦は5年も続いて、死者だけでも2千万人に達した。このあとまたすぐ第二次世界大戦になって、悲惨の上塗りになるわけです。

 映画『アラビアのロレンス』のモデル、イギリス軍の情報将校、T.E.ロレンスの「裏切りの英雄」ぶりも描かれていて、王子ファイサルは「アラブ民族独立」の約束を反故にされ、いいように利用されるだけに終わった。オスマン帝国を内部崩壊させ、それを英仏が分け合うための道具に過ぎなかったのです。ロレンスはそうなることを知りながら、英軍の一員として謀略に加担して彼らを欺いたのでした。それは彼の心に重くのしかかり、生ける屍状態になった彼は、やがてバイク事故で命を落とす(このオックスフォード出身の教養豊かで頭脳明晰な青年は、スピード狂でもありました)。

 レーニンの共産主義革命の裏側も描かれていて、こちらは帝政ロシアを崩壊させるためのドイツの謀略として、あれこれお膳立ての上送り込まれ、ドイツの全面的な支援を受けていた。スターリンは異常な恐怖政治を行ったが、レーニンは「まとも」だったという神話の嘘も暴露されていて、彼は政敵を排除するための残忍な大量殺人も辞さない男だったのです(中国の毛沢東も、僕は彼の伝記を高校時代、二冊ほど読んだのですが、実のところそれはきれいごとの嘘もいいところで、実際は異常心理学の対象となるような人間――控えめに言っても境界性パーソナリティ障害で、サイコパスと呼んでも不当ではない――であったことをその後知りました)。この世には「偽りの聖人・英雄」の何と多いことか。

 それにしても、人間というのは一体何なのでしょう? 僕はもとより「善にして全知全能の神が人間を自らに似せて作った」なんてたわごとは全く信じていませんが、あまりにもひどく、お粗末すぎます。この「知能の高い出来そこないのサル」は、高度な科学技術を生み出した。第一次世界大戦でも、「大空へのロマン」に魅せられたライト兄弟の考えた飛行機は戦争のために実用化され、新たな脅威となった。化学的に固定窒素を合成する方法を考え出し、肥料としてのアンモニアを作って世界の食糧生産に貢献したドイツの天才科学者、フリッツ・ハーバーは、戦争用の毒ガスを初めて作り出し、化学兵器のパイオニアとなった(化学の分野で女性初の博士号を取得した美しく聡明な妻のクララはこれに反対して拳銃自殺。夫は「戦争を早期に終わらせるためだ」と主張したが、事実はそれが執拗な毒ガス戦の始まりとなり、逆効果となった。また、彼はユダヤ人でしたが、第二次世界大戦時のナチスによる「ユダヤ人問題の最終解決」としてのホロコーストで使われた毒ガスは彼の開発したもので、同胞殺害の手段を提供する皮肉な結果ともなったのです)。

 戦争が国を挙げての総力戦となり、また機械力とテクノロジーの粋を集めたものになるにつれて、それは途方もないカネがかかるものとなっていったので、巨大財閥、国際金融資本の支配力はさらに強まり、モルガン、ロスチャイルド、ロックフェラーなどの謎めいたごく一部の「闇の権力」が国際政治を裏から操るようになっていく。そのあたりは第二集以下でさらに詳細に語られることになるのでしょうが、彼らはまさに「悪魔の代理人」の名にふさわしいのです(幕末以降のわが国の政治にもそうした勢力が大きく関与していたことは、別に陰謀論の愛好者ではなくても、いくらか政治方面の詳しい知識をもっている人にはよく知られたことです。戦争にはつねにスポンサーがいて、そのスポンサーは金儲けのためにはどこにでも資金を出す。戦争という鍋で煮られるのも、その利子付き資金回収のために戦後搾り取られるのも、裏のことは何も知らない僕ら民衆なのです)。

 グノーシス主義では、この世界の真の主宰者、支配者は、悪神デミウルゴスです。その現代版代理人が「グレートファミリー(少数の巨大財閥)」で、各国の政治指導者はその使い走り、僕ら庶民はそれにいいように翻弄され、食い物にされる哀れな奴隷のごとき存在です。この悪神はもとより目に見える存在ではありませんが、人間の無意識の奥に巣喰って、人とこの社会を操り、人間世界に恐怖や悲嘆、絶望や憎悪を飽くことなく作り出し、それを栄養源として肥え太り、生き延びるのです。そのあたり、映画『マトリックス』から連想するとわかりやすい(あれに出てくるMr.スミスが何者に該当するのかは各自の判断にお任せします)。人間は悪夢の中にいるのですが、それを悪夢と自覚させず、その悪夢から目覚めさせないようにすることがデミウルゴス最大の戦略なのです。哲学者ヴォルテールは諷刺小説『カンディード』を書いて、「神のつくり給うたこの世界は能うかぎり完全なのであるからして、起きることはすべて最善である」と説く家庭教師のパングロス先生を登場させ、忠実な教え子のカンディードに戦争の「地獄にもないほどの美しさ」など、数々の災難を体験させるのですが、これはキリスト教カトリック式、ライプニッツ式の自己欺瞞的な「予定調和」説を皮肉ったものだと言われています(ブラックユーモアを解する人にはあんな笑えるものはない)。

 見たところデミウルゴスは健在で、むしろ以前よりさらに強力になりつつあるようです。この分では第三次世界大戦もそう遠くはないでしょう。過去の大戦の記憶も薄れ、おぞましい歴史的事実は「民族としての誇り」を損なうものだとしてこれを退け、悪夢を悪夢として見る力をすっかり失ったわれわれ日本人は、またぞろデミウルゴスとその手先の策謀に乗せられ、大混乱のなか国家運営に行き詰まった挙句、安倍の言う「美しい国」を守るための「美しい戦争」(巨大テクノロジーのおかげで破壊力を増したそれはカンディードの牧歌的な戦争の比ではない)にいずれ乗り出すことになりそうです。

 この番組の中で、作家のH.G.ウェルズは、第一次世界大戦を「あらゆる戦争を終わらせる最終戦争」になったはずだと“前向きに”捉えようとしていたと紹介されていましたが、それは第二次世界大戦を準備する戦争となり、今に続く中東紛争の火種を用意する戦争でもあったのです。その伝で言うなら、低能ブッシュが始めた先のアフガン、イラク戦争は、第三次世界大戦の序曲のようなものだったという位置づけになるかも知れません。彼は悪魔、デミウルゴスの使い走りのそのまた使い走りにすぎなかったとしても、です。

 来たるべき第三次世界大戦こそ、ウェルズのいう「最後の戦争」になるでしょう。そこから人類が教訓を読み取り、悪夢から覚め、知恵と良心によって金輪際デミウルゴスの支配を許さなくなるからではありません。どこか文明の支配がまだ及んでいない未開の地に住むごくわずかな少数民族だけ残して、文明世界の人類は絶滅してしまうだろうからです。

 人類にとってのその悲惨な結末は、残余の自然にとっては横暴な支配者からの解放となり、祝福(blessing)と受け止められるかも知れませんが、人間の一人としては何ともはや…です。

ともあれ、この番組は自称「万物の霊長」が何をしてきたのかをよく示す、出色の出来栄えと僕には見えました。

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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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