「脳内幻想を見て現実を見ていない」議論

2015.05.26.02:49

 以下、読売新聞の記事です。

《首相、野党の批判に「木を見て森を見ず」と反論(5月25日 20時29分)》

 安倍首相は25日の自民党役員会で、安全保障関連法案に関し、野党が自衛隊員のリスクが高まるとしていることについて、「木を見て森を見ない議論だ。自衛隊員のリスク以前に安保環境が厳しくなり、国民の安全リスクが高まっている」と反論した。
 その上で、「切れ目のない法整備で抑止力を高め、国民の安全リスクを低くしていく」と法案の意義を強調した。


「自衛隊員のリスクが高まる」のはあたりまえですが、それとひきかえに「国民の安全リスクは低くなる」かどうかが問題で、僕はそれは両方高まると見ています。

 アメリカが今回の一連の「安保法制」案を歓迎しているのは、日本がこれまでは個別的自衛権の制約からできなかった「アメリカの戦争への参加」ができる道筋が立つようになるからで、これが通れば、あとあと何かと便利になると見ているからです。つまり、今はそんなことはしないと言っていても、いずれそうすることになるからで、でなければメリットはないのです。

 それはアメリカには好都合でもわが国には不都合です。こう言うと、おかしな「正義論」を振りかざす人たちは、「自国の利害だけ考えていればいいと言うのか! アメリカと双務的な軍事同盟を結んで、互いに守り合うのが筋で、共に世界平和の実現のために協力するのはあたりまえではないか」なんて言いそうです。

 しかし、対アフガン戦争も、イラク戦争も、「正義の戦争」などでは全くありませんでした。大義名分があったのは、皮肉なことに、70年前の日本相手の戦争でした。二発の原爆までは余計でしたが、あれがなければ本土決戦⇒民族自滅(「自決」ではなく「自滅」です)を主張する軍部内の強硬意見(あそこまでやられてもまだそんなことを言う連中がいたというところがすごい!)を抑えられなかった可能性すらあるので、わが国はついこないだまでそういうイカれた国だったのです。全然今の北朝鮮を笑えない。

 そうしたイカれた過去の歴史をどうしても正当化したいというのが安倍晋三で、「安保環境が厳しくなり」と彼は言うが、どこがどう「厳しく」なっているのか、彼はそれを全然説明していません。米国艦船に日本人が救助された時に助けに行かなくていいのか、とおよそ非現実的なたとえ話で脅迫してみたり、そういうことはまずありえないと指摘されても、「嘘のたとえ話ですみませんでした」と謝罪するわけでもなく、全くもってアホらしいことしか言わない奴なのです(さも重大な問題であるかのように言われている「シーレーン(海上交通路)の機雷除去」などにしても、そういう事態が生じる可能性はかなり低い)。

 彼はたぶん、尖閣で発砲事件が起こるとか、北朝鮮がミサイルをぶっぱなすとか、テロリストが日本国内で爆破事件を起こすとか、その手の事件が起きることをひそかに心待ちにしているのでしょう。「日本が危険になった」という恐怖心を国民に起こさせて、だから「安全保障に万全を期さねばならない」という乱暴な議論に同意する方向にもっていきたいのです。それが役に立つかどうかの検証などは、そうすればうやむやにできる。

 ブッシュは「テロとの戦い」を合言葉のようにして、アフガン、イラクと次々戦争に乗り出したのですが、おかげでテロ集団は強力になり、あるいは世界に拡散して、あげくはイスラム国みたいなものまで出現してしまいました。軍事行動は世界に平和をもたらすどころか、かえって無秩序・混乱と、新たな戦争をもたらしたのです。そんなものに「協力」して、「国民の安全リスクを低くしていく」ことがどうしてできるのでしょう?

「マッチポンプ」という言葉がありますが、ブッシュ以降のアメリカは露骨にこれをやってきたのです。ウィキペディアの説明を借りれば、それは…

「マッチで自ら火事を起こして煽り、それを自らポンプで消す」などと喩えられるように、問題や騒動について、自身でわざわざ作り出しておきながら、あるいは自身の行為がその根源であるにもかかわらず、そ知らぬ顔で巧妙に立ち回り、その解決・収拾の立役者役も自ら担って賞賛や利益を得ようとする、その様な行為を指して用いられる表現である。

 というものなので、そのマッチポンプのアメリカの驥尾(きび)に付して、「世界は不安定になった、危険になった。だからアメリカとの軍事同盟を強化するための集団的自衛権容認や、新たな安保法制、憲法9条改正が必要だ」と煽り立てている馬鹿が安倍晋三なのです。

 彼はすでにいらざる妄言で(そういうのは石原慎太郎だけでたくさんですが)中韓を刺激し、マッチポンプぶりをいかんなく発揮しているのですが、いずれはテロ集団相手のアメリカその他の戦争に本格的に協力して、それを恨みに思ったテロリストに国内でテロ事件を起こさせ、「それ見たことか、やはり世界は危険になったのだ! この上は国内の不穏分子の取り締まりも強化しなければならない」とか何とか言って、例の盗聴法や秘密保護法を拡大解釈して、それを戦前戦中の治安維持法代わりに使おうとするでしょう。彼自身がやらなくても、いずれそういうことを考える奴は出てくる。

 だから、一体どこがどう危険になったのか、そしてそうなった理由は何なのか、軍事同盟の強化によって安全が担保できるという根拠は何なのか、「世界の平和」なるものはそのようなもので守れるのかどうなのか、ごまかしを許容せず、そういう根本のところをきっちり詰めて説明させる必要があるのです。野党はその意味で、細かい規定にばかりとらわれて、「木を見て森を見ない」議論に持ち込まれてしまうことを最も警戒しなければいけないでしょう。

 安倍の言う「危険」は、外部にではなくて彼の「脳内幻想」にあり、集団的自衛権も、新たな安保法制も、憲法改正も、彼の「脳内幻想の中での解決策」にすぎないのだということを、国民の前に暴露するような国会審議をやってもらいたいと思います。

 でないとこの国は本格的におかしな方向に行ってしまう。僕はそれを一番危惧しています。
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