「テロとの戦い」は聞き飽きた

2015.01.26.07:23

 今回の「イスラム国(Islamic State)」による日本人人質事件への安倍政権の対応は、お粗末の一語に尽きるものでした。

 そもそもの話、政府は二人が「イスラム国」に拉致されていることは事前に承知していたはずです。「イスラム国」が平気で人質を殺害する集団であることも知っていた。それを知りながら救出に動いた形跡はなく、「そんなのは自己責任だ」とばかり、財界のお歴々を従えて呑気に中東歴訪の旅に出て、得意満面、昨年来の「ISIL(イスラム国)の弱体化、壊滅を期待」する旨の演説をぶち、「ISIL対策として、日本が総額2億ドルの新規支援を行う」と表明したところ、その返礼としてあの脅迫ビデオが出てきて、「お前も十字軍(Crusade)に与(くみ)すると言うのなら、同じ2億ドルをこちらにも支払え」と言われたのです。

 それで「政府の責任を問われては大変」と、あわてて「あの2億ドルは人道支援のためのものだ」と言い出し、テレビなどのマスコミもこれに歩調を合わせたが、上記の「ISIL対策として、日本が総額2億ドルの新規支援を行う」は外務省ホームページの「安倍総理大臣のイスラエル訪問(1月18~20日)」の項から採ったものなので、別に「イスラム国」がその趣旨を誤解したわけではないのです。ごまかそうとしたのは安倍政権の方。

 あの狼狽ぶりからして、今回の件は安倍総理とその取り巻きにとっては「青天の霹靂(へきれき)」だったようです。架空の有事話などは、およそありそうもない設定も含めて、雄弁に語るくせに、さしたる想像力も必要としない足元の「ありうる事態」については、全く何の想定もしていなかったのです。例の集団的自衛権や憲法9条改正の主張には、「日本国民の生命と生活を守るために不可欠」という理由づけがなされていますが、ほんとはそれはただの付け足しに過ぎないのではないかと疑われるので、「お里が知れる」とはまさにこのことです(ご自慢の日本版NSCなるものも、何の役にも立たなかった由)。

 盟友のアメリカからは「絶対にカネは払うな」と言われるし、かといって何の助けもしてくれず、交渉の糸口すらつかめないまま、時間は空しく経過、今度は一人は殺害した、もう一人を助けたければ、カネはもういいから、ヨルダンで拘束されている女性死刑囚(アンマンのホテル自爆テロ事件の犯人の一人)を釈放しろ、そうすれば残る人質一人は解放する、という趣旨の新たなメッセージが出されたのです。

「言語道断だ!」と怒って見せるが、「あのイスラム国なら、それぐらいのことは十分するだろうな」というのが大方の人の感想でしょう。怒るなら、見通しの甘すぎる自分に向かって怒れ、と言いたくなるようなものです。

 十日ほど前ですが、僕は『イスラム国 テロリストが国家を作る時』(ロレッタ・ナポリオーニ著 村井章子訳 池上彰解説 文藝春秋)という本を買って読みました。一テロリスト集団がどうしてあれほど力をもちえたのか、それが疑問に感じられたからです。それでここにその感想を書こうと思っていた矢先、あの事件が起きた。

 それで感想文もとりやめになってしまったのですが、この本では、ニュースのコマギレ情報では決してわからないことが順を追って説明されているので、その方面に関心のある方にはお薦めの一冊です。訳もこなれていて、読みやすい。それで僕にある程度わかったのは、イスラム国というのはたんなるテロ組織ではなく、「カリフ制国家」の建設を理念として掲げるもので、一定の統治能力もあり、スンニ派住民の支持をかち得る努力もしている(この本に書かれている支配地での「数々の社会改善プログラム」は先進的で、かなり驚くべきものです)からあれほど強力になり得たということと、今の中東の勢力図、権力関係は複雑をきわめている、ということです。

 アホな対アフガン、イラク戦争を起こしてそこにカオスを呼び込んだアメリカには、むろん事態がこうなったことへの大きな責任がある。シリアの混乱に関しては、独裁的なアサド政権を支援してきたロシアも一枚かんでいるわけですが、イスラム国はそうしたことによって生じた混乱と、権力の空白に乗じて、勢力を拡大したのです。

 僕は以前から、「テロとの戦い」という言葉には胡散臭いものを感じています。それは、この言葉を文字どおりの「馬鹿の一つ覚え」で繰り返したのがあのジョージ・ブッシュ・ジュニアだったこともありますが、一方でテロリストの量産につながる原因を既存国家が作り出しておいて、自らは紳士淑女の集まりであるかのごとく、テロリストを頭ごなし人非人扱いして事足れりとするような態度には違和感を感じないではいられないからです。

 こんなことを言うと、「あいつはテロリストのシンパだ」ということで公安警察が調べに来るかも知れませんが、げんにカウボーイ気取りの前アメリカ大統領ブッシュが起こした二つの無益な戦争(ニセ情報をまき散らして世界を欺き、突っ込んだイラク戦争の「大義の不在」はよく言われますが、アフガン相手のあれも、国際法上違法な戦争です)のせいで、世界の無秩序が一気に拡大しただけでなく、何十万という人が命を落とす羽目になったのです。そこにはむろん、何の罪もない一般市民が大勢含まれている(難民も激増した)。彼がオサマ・ビンラディンや「イスラム国」のカリフ、アル・バクダディより悪質でないとする理由は何ですか? 僕にはそれがわからないので、そのあたりを納得のいくように説明する能力のある人は誰もいないだろうと思います。

 だからテロリストは免罪されると言っているのではありません。元アメリカ大統領ブッシュも、テロリスト並みか、それ以下だと言っているだけです。ブッシュだけではない、大国の指導者たちはあれほど露骨ではないまでも、皆似たりよったりのことをしていると言えるので、その勝手を許している僕ら大国の民も、何らかの責任はあるのです。

 そのせいで世界にテロリスト集団がはびこることになった。先の本、『イスラム国』によれば、それは腐敗や不正によって、不満分子がそうした組織を作ったり、そこに参加するよう仕向けているだけではない、もっと直接的な関係もあって、「今日の多極化した世界では、同盟関係は流動的であり、テロ組織を支援する国家や政治組織はいくらでもある」というのです。こういう記述もありました。

「シリア内戦は、武装集団に多数の国や組織が金を出す、おなじみの代理戦争の現代版と言える騒乱である。シリアの体制転覆を狙うクウェート、カタール、サウジアラビアは、多数の武装組織に気前よく資金援助を行っており、『イスラム国』もそうした組織の一つにすぎなかった。ところが『イスラム国』はスポンサーのために戦うことをあっさり放棄し、その資金を使って、シリア東部の油田地帯など収入源となりうる戦略的な地域に本拠地を築いたのである。」

「イスラム国」のリーダーは、そのあたり大変頭がいいということですが、「シリアの武装集団に気前よく資金援助」をしているこれらの国々は、第一次安倍内閣の時も含めると、全部安倍総理が訪問して「にこやかに談笑」してきた国ばかりで、日本政府が仲良くするのは石油の問題があるからですが、これを読むと、「イスラム国」もそれらの国々から資金援助を受けたことがあるということで、興味深いのです(ついでに言うと、安倍総理はオバマとは仲が悪いが、ブッシュとは仲良しだったらしく、第一次安倍内閣の時は、アメリカを訪問した後、中東に行ったのですが、「ブッシュ大統領ご夫妻とも個人的な親交を深めることもできた」とエジプトでの記者会見で誇らしげに述べています。両者の会談時間は計6時間にものぼったというのだから、よほど「意気投合」したのでしょう。僕だと、本人を前にすれば殴りつけずにはいられないだろうと思うのですが、二人の「波長」が合うのは何となくわかる気がします)。

 話を戻して、何を言いたいかというと、それほどテロ組織や武装集団と中東の国家との利害関係は複雑に絡み合っていて、既存国家はまともで、過激派集団は異常だなどと、かんたんに区分けはできないということです。この18日、安倍総理はエジプトで演説し、「今回私は、『中庸が最善(ハイルル・ウムーリ・アウサトハー)』というこの地域の先人の方々の叡智に注目しています。『ハイルル・ウムーリ・アウサトハー』、伝統を大切にし、中庸を重んじる点で、日本と中東には、生き方の根本に脈々と通じるものがあります」とやって拍手喝采を浴び、上機嫌でしたが、それは暗にイスラム過激派は「中庸」を逸しているがゆえに悪だと述べているかのようです。しかし、利己的な既存国家支配層の「現実主義的な無節操」が「中庸」の中身だとすれば、それはそんなに自慢できるようなものなのでしょうか? ある意味でそれが「イスラム国」のような先鋭集団を生み出したのです。

 人質の話からは脱線しましたが、僕が言いたいのはジョージ・ブッシュ・ジュニア的な独善的、ご都合主義の「正義」からは何も生まれない、テロリストが生まれる背景にもう少し思いを致し、翻って自分たちのしていることを反省するのでなければ、テロリストの拡大再生産に歯止めはかけられないだろうということです。それ抜きに勇ましく「テロとの戦い」をいくら怒号しても、倒す先から新しい過激派集団、テロ組織が出現して、その無限連鎖の中で世界は荒廃と混乱を深めてゆくだけでしょう(よく指摘されるように、「グローバル化に伴う格差と貧困の拡大」が「イスラム国」に世界中から若者が引き寄せられる理由の一つになっているのです)。

 安倍総理の「期待」に反して、目下のところ「イスラム国」が「壊滅」する兆しはないようです。米軍と有志連合軍の2千回近い空爆にもかかわらず、奪い返せた土地は僅か1%にとどまり、依然としてシリアとイラクにまたがる、四国と九州を合わせたほどの面積を支配下に置いているという話です。自分たちは「善」で、「イスラム国」は「悪」だという決めつけに基づいて「上から目線」で叩き潰そうとするより、欧米も周辺国も、話し合いのテーブルに着くよう要請した方がいいのではないかと、僕は思います。あれはナイジェリアのボコ・ハラムなんかとはだいぶレベルの違う集団だと思われるので、話が通じないとはかぎらない。戦闘が長引くと、いたずらに死傷者が増えるだけです。テロもやまない。

 残る後藤健二さんの救出交渉でも、「上から目線」で行くと、誇り高い彼らには通じず、間違いなく失敗するでしょう。こう言えば、「侮辱だ!」と安倍総理は怒るでしょうが、『イスラム国』という本を読んだ僕の感触では、リーダーのアル・バグダディは相当な切れ者で、胆力もあり、サシで安倍総理が彼と対面したとすれば、位負けしてしまうのではないでしょうか。今回の中東歴訪中の妙な舞い上がり方や人質事件での読みの甘さからしてもそれは間違いないと思われるので、傲りをすっかり捨てて対処した方がいい。後藤さんの無事救出を願っています。
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