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アベノミクスと朝三暮四

2014.12.20.20:22

 選挙は大方の予想どおりの結果に終わり、「党首が変わるのは自民ではなく民主の方」という僕の予想もそのとおりになりましたが、民主はこれを機に態勢を立て直し、来春の統一地方選、再来年の参院選では魅力ある候補を多く立てて(この前も書きましたが、結局選挙区は候補者の個人的ファクターが大きい)、安倍政権の暴走にストップをかけてもらいたいと思います。共産党が頑張っているとはいえ、野党の柱になれるのは、やはり民主党でしょうから。

 有権者は、しかし、この「自公圧勝」の結果には喜んでいないようです。安倍政権の広報紙、読売ですら、選挙結果について世論調査したところ、「よくなかった」がほぼ半数を占めたと書いているのだから、推して知るべしです。

 ことに秘密保護法、集団的自衛権、憲法改正に関しては、自民党支持者ですら疑問を持つ人が少なくないようですが、とにかくさしあたっての経済のことでは、アベノミクスに成功してもらわないと困る、という人が多かったのでしょう。投票率は「戦後最低」だったそうですが、ともかくそれが与党勝利の最大の要因だったのだと思われます。ネトウヨの票などは、“正直な極右”次世代の党の悲惨な負けっぷりからしても、高が知れたものだとわかるので(今回の選挙では、その減少分が共産と民主に移った計算です)。

 しかし、その頼みの綱のアベノミクスも、暗雲が垂れ込めているようで、見通しが明るいとは到底言えないようです。この様子では再来年の参院選では、今回やったような「まだ地方にはアベノミクスの恩恵が十分及んでいない(実際はどこにも及んでいない)ようですが、これからですよ!」なんて甘言はもう通用しなくなっていることでしょう。それで、「安倍では選挙に勝てない」ということになって、自民党内部に権力闘争が勃発することも十分考えられます。

 以下は、一昨日見た「10月の『実質賃金』、3.0%減に下方修正―現金給与の上げ幅も縮小」と見出しのついた「マイナビニュース」の記事です。

 厚生労働省は18日、2014年10月の毎月勤労統計調査(事業所規模5人以上)の確報を発表した。それによると、10月の現金給与総額(1人平均、以下同)は前年同月比0.2%増の26万7,212円となり、上げ幅は速報値の0.5%増から下方修正された。増加は8カ月連続。
 現金給与総額に物価変動の影響を加味した実質賃金指数は前年同月比3.0%減となり、速報値の2.8%減から下方修正された。実質賃金の減少は16カ月連続となる。
 所定内給与は前年同月比0.1%増の24万1,834円で、上げ幅は速報値の0.4%から下方修正。残業代などの所定外給与は同1.2%増の1万9,825円で、上げ幅は0.4%から上方修正。所定内給与と所定外給与を合わせた「きまって支給する給与(定期給与)」は同0.2%増の26万1,659円で、上げ幅は0.4%から下方修正。ボーナスなどの「特別に支払われた給与」は同0.1%減の5,553円で、速報値の同6.0%増からマイナスに転落した。
 常用雇用者数は前年同月比1.6%増の4,707万9,000人となり、上げ幅は速報値と変わらず。このうち、一般労働者は同1.0%増の3,297万5,000人で、上げ幅は1.5%から下方修正された。一方、パートタイム労働者は同2.8%増の1,410万4,000人で、上げ幅は1.7%から上方修正された。これは中小企業のデータが追加され、パートタイム労働者の比率が上昇したためとみられる。


 第二次安倍政権が発足してからもうじき丸二年ですが、スタートから半年たった段階で実質賃金は低下し始め、それがその後もずっと続いていることになります。この記事では僅かな名目賃金の増加分も残業の増加によるところが大きいということで、いずれにせよ一貫して「景気は悪化」しているのです。

 要するに、今回の選挙での与党の勝利は、「今後への期待感」だけによってもたらされたものだということになります。円安と株価の上昇で潤ったのは輸出大企業とごく少数の投資家、プラスその周辺の人々(それで賃上げやボーナスアップがあった大企業の従業員)だけで、原材料輸入の中小企業や、賃金はそのままで物価だけ上がるのを見ている一般庶民は、円高、デフレの時代が懐かしいということになるのです。

「後回しになっているだけで、そのうちよくなりますよ」と安倍政権は言うのですが、それはほんとでしょうか? 黒田日銀は何が何でも2%のインフレ目標を達成したいそうで、それが自己目的化している感じですが、単純に考えるなら、「異次元緩和」でいくら貨幣流通量を増やしてインフレにしようとしても、今のように実質賃金が低下するばかりの状態では、購買力は落ち、その分買い控えするので、モノは売れず、作る側は値段を上げられないから、つねに「デフレ圧力」というやつがかかり続けることになるわけで、仮に無理にインフレにしたとしても、それは景気改善を伴わない「悪いインフレ」、庶民泣かせのインフレでしかないことになるでしょう。

 僕は大学受験生の頃、社会科の選択科目を政治経済にしていました。文系なのに暗記が極端に苦手で、社会科よりは数学の成績の方がマシなくらいでしたが、ともかくそういうわけで年号や固有名詞がからきし憶えられないので、政経なら年号は1929年の世界大恐慌だけで足りるからという安易きわまりない理由でそうしたのですが、そのとき経済分野のところは必要な範囲でかじったので、インフレにも色々な種類があるのだということを知りました。僕が今でも憶えているのは、コストプッシュ・インフレとか、ディマンドプル・インフレとかいった言葉です。これらは cost push と demand pull のことなのだろうと思うのですが、その名の通り、前者は生産側のコストが高くなってそれが物価の押し上げ要因となるインフレ、後者は需要が供給を上回って、それが物価を引っ張って生じるインフレです。景気がよくなるときのインフレは、この後者のディマンドプルが働くときでしょう。

 しかし、そんな兆しがどこかにあるのでしょうか? かつての高度経済成長の始点とされる1955年は、日本中がまだ貧乏で、足りないものだらけでした。収入が増えさえすれば、買いたいものがたくさんあった。だから収入の増加がそのまま需要の拡大に結びつき、物が売れるから雇用も増え、給料も上がり、それがまた旺盛な需要を喚起する、という経済の好循環が成立したのです。子供や若者の数も、1973年まで続いたとされるあの高度経済成長時代は今とは比較にならないくらい多かったのです。

 今は、しかし、モノはひととおり行き渡っています。テレビも、電話も、パソコンも、洗濯機、冷蔵庫も、クーラーも、電子レンジも、ほとんどどの家庭にもある。おまけに少子高齢化で、高齢者は消費意欲に乏しく、本来消費の牽引役である若年層は数がひどく減った上に、非正規労働の比率が高くて、概して貧乏です。昔も若者は貧乏でしたが、その後はそうでなくなるという見込みがあり、遠い将来の心配なんかはしていなかったので、貯蓄の観念に乏しく、割と気前よく使ってしまっていたのが、今の若者の最大の関心事は、異性でも車でも、海外旅行でもなく、「貯蓄」だという時代です。それというのも、昔みたいな年功による給与の伸びは期待できないし、年金なんかは全くアテにならなくて、事実上すでに崩壊しているという話を聞かされているからです。

 要するに、「需要はない」のです。より正確に言えば、「今ある以上の需要はない」ということです。demand pull にはなりようがない。

 ここらへんをアベノミクスはどう考えているのだろうと、僕にはそれが不思議なのです。たぶん安倍、というより、彼にアイディアを吹き込んでいる経済ブレーンたちは、GDPの2.5倍にも膨らんでいる途方もない赤字国債残高をこのまま放置すれば、いずれ確実に国家破産に追い込まれるので、どんな手を使ってでも経済成長を促して税収を増やし、まず赤字国債の新規発行をゼロにして、その後は残債の規模を縮小しなければならないと考えているのでしょう(彼らがまともな思考の持ち主なら、ですが)。最大の人口比率を占める団塊の世代があと十年ほどで全員後期高齢者入りし、そのときの年金や医療などの社会保障費は莫大なものになるので、このままでは新規国債の発行をゼロにするどころか、今より低く抑えることですら困難です。大体、そこに行き着く前に財政破綻が起きてしまう。

 日本の赤字国債は90%強が国内で消化されているし、国民の金融資産がまだそれを上回っているから大丈夫だなんてよく言われますが、これはたとえてみれば、大酒飲みでギャンブル狂の亭主が毎年収入の倍以上の浪費をし、その借金の穴埋めを奥さんや実家が必死に続けて、救いようのないレベルにまで借金を膨らませてしまったというのと同じでしょう。国民の金融資産と差し引きすればまだ余裕がある、というのも、その馬鹿亭主が勝手に一族の財産を当てにして、いざとなったらそれと相殺するからかまわないんだとうそぶいているのと同じです。

 個人投資家のある友人によれば、国債をほとんど国内で消化しているというそのこと自体が、こんな膨大な財政赤字を作ってしまった原因の一つなのだと言います。どうしてかというと、海外の投資家による買いの比率がもっと高ければ、赤字比率が高くなると買い手がつかなくなって暴落してしまうので、それを恐れて政府は財政規律というものに神経質にならざるを得ないからで、もっとずっと早い段階で歯止めがかかっていたはずだというのです。

「戦時国債と同じで、政府の狙いはハイパーインフレで、それでまたチャラにしてしまうつもりなんだよ」というのが彼の見通しですが、たしかに政府は戦後すぐにハイパーインフレと預金封鎖という無茶な手法で、それをチャラにしてしまったのです。あのときも、国債は国内で消化できているから安心、わが国は先進工業国なのだから多額の赤字があってもそれで経済基盤が揺らぐなんて心配はゼロ、などと調子のいいことばかり並べ立てていたそうですが。

 僕は経済の素人ですが、そういう意見には「なるほど」と思うのです。経済成長→税の大幅増収→財政再建、というアイディアそれ自体はわかる。しかし、アベノミクスのその計画が成功するとは思えない。需要がないから経済成長は見込めず、「景気回復なきインフレ」のみが進行して、途中でそれが制御不能のハイパーインフレに変わって、そのおかげで赤字国債の「償還」が可能になる、というかたちで決着するしかなくなるように思われるのです。

 それによって現出するであろう社会の地獄図絵について、僕は想像をたくましくして語りたいとは思いません。できればそれは回避したいというのは誰しもが願うことです。先の友人によれば、「消費税を30%にまで上げないと無理」という話ですが、いくら何でもそれは高すぎるので、食料品などの生活必需品は別として、20%までならよしとする。あとは徹底的に無駄を削って、たとえば国会議員の数などは半分に減らし、高すぎる議員歳費も半額にカットする。政党助成金もなしとする(受け取らない共産党を見習え!)。それくらいは当然です。予算にも名目倒れの無駄が多いから、怪しげなものは全部削ってしまう(震災復興予算ですら、ドサクサ紛れ何?というようなことに浪費されているのです)。資産の多い高齢者の年金もカット。累進税率を上げる。公務員の退職金の大幅減額。

 こう見ただけでも、できることはいくらもありそうです。消費税がたとえそれより高くても、それで国民全員の最低保障年金(月7~8万)をきちんとまかなうというような話なら、僕は反対しません。それをベースに、年金制度を組み直すことにする。そうすれば若い世代の疑心暗鬼は解消されるから、残ったお金は安心して使えるようになって、消費は今よりむしろ伸びるでしょう。アベノミクス、黒田日銀が頼る「インフレターゲット」論が無効である理由は、未来に希望がないからです。それを無視して、インフレになれば早くお金を使った方が得だ(貨幣価値がどんどん下がるので)と考えるから消費が増える、なんてのはたんなる机上の空論にすぎないので、たとえ目減りしても貯金がないと不安だと思うから、財布の紐は緩まないのです。賃金が上がって収入が増えても、将来のために貯金を増やしておかないとと思うから、やっぱり消費は伸びない。人間心理の読みが浅すぎるのです。

 原発再稼働と同じで、ここらへん、アベノミクスという奴は先々への見通しは何も示さず、とにかくインフレにして、経済成長を何とか実現して、というような話ばかりです。「何のために」そうするのかという視点が欠落しているのです。

 僕はこの一文に「アベノミクスと朝三暮四」というタイトルを付けました。そろそろその意味をご説明しておきましょう。これは年配の人なら大方ご存じでしょうが、中国の古典、『荘子』や『列子』に出てくる有名な話で、昔、宋の国に、猿が好きでたくさん飼っている老人がいました。ところがにわかに家計が苦しくなって立ち行かなくなったので、餌にあげるトチの実を減らそうとして、嫌われないよう猿たちの顔色をうかがいながら、「朝に三つ、暮れに四つではどうか?」と問いかけたところ、「少なすぎる!」と彼らは激怒した。それで少し間を取ったあと、「それでは、朝に四つ、暮れに三つではどうか?」と言うと、「増えた!」と言って猿たちは大喜びした、という話です。

 そのやりとりを想像すると可笑しいので、昔から僕はこの話が好きなのですが、アベノミクスがやろうとしているのは実質的にこれと同じなのではないでしょうか。まず2%のインフレにする。それで暮らし向きが悪くなったところで、賃金を少し上げてやれば、「増えた!」と言って国民は大喜びして、それでお金を使い出し、景気がよくなるだろうというのですから。

 人間はサルではないのだから、そうは問屋が卸しません。誰でも小学低学年並の算数はできるし、未来を想像する力が人間にはあるからです。何らまともな青写真も示さず、目先のことだけで人を釣ろうと考えるのは、考える方がサル並だということです。

 原発再稼働の問題もこれと同じなので、「廉価で安定的なコア電源」なんていまだに言っているのは、アホと評するほかありません。福島のこの前の事故で、どれほど莫大な経済的損失が生じていることか。その収束のための費用は、これから先も何十年とかかり続けるのです。それは電気代で回収するのでなければ、税金で賄われるのです。どちらにしても国民にかかる負担は同じです。仮に事故が起きなかったとしても、行き場のない放射性廃棄物の処理費用、廃炉にする際の途方もない費用など、トータルで見れば天文学的な巨費がかかってしまう。それを今回の事故を通じてまともな日本人は学習したのです。経済面だけで見た場合でも、原発は全く引き合わない。海外に輸出するなんて、言語道断です。

 なるほど、原発立地自治体は原発が止まって経済的な苦境にあえいでいます。それは原発に依存せざるを得ないような経済環境をつくってしまったからですが、だからといって地元のその場しのぎのご機嫌とりに順次再稼働というのでは、ただたんに問題を先送りしたにすぎません。放射性廃棄物はさらに増え続け、廃炉の費用は将来世代が負担すればいい、大事故が起きた場合は、そのとき何とかしろ(できるわけありませんが)というわけです。この問題を悪化させながらの無責任な先送りは自民党の伝統的な手法です。安倍はそれにきわめて忠実なので、「戦後レジームからの脱却」が聞いて呆れます。要は憲法改正して、「戦前レジーム」に戻したいだけの話なのです。

 こういうのは全部、目先のことしか考えない「サル並思考」ではありませんか。国土強靭化がどうのと言って、昔ながらの道路、土木工事(全部が無用だとはむろん言いません)、東北大震災の被災地の苦悩はよそに東京オリンピック用の建設工事と、「儲からないのは経営者がよほど無能か、運が悪いからだ」とのたまう麻生副総理の麻生セメントなどは、そうした「特需」で大儲けしているそうですが、やってることが田中角栄の時代と同じです。今はその種の公共事業の経済波及効果は少ないと言われているのに。そしてそれらの費用は、みんな問題の赤字国債の増発で賄うわけです。「景気がよくなりさえすれば、こんなものはすぐに返せる」と甘言を弄しつつ。

 そんな無思慮な政治家に国の未来が託せますか。電力問題に関しては、エネルギー効率のいい火力発電施設も含めた新電源の開発・設置など、そういう未来志向的な事業に予算を投入する方がずっと有意義でしょう。未来に希望が持てるだけでなく、そちらのほうがイノベーションでも、雇用創出面でも、はるかに効果は大きいのではないかと考えられるからです。そうしたものも含めた地域分散型のコンパクトシティ構想など、その方面で具体的なアイディアを出している人はいくらもいるのに、そういう話には耳を貸さないのです。アベノミクスが「浦島太郎の経済学」と揶揄されるゆえんです。

 僕は経済政策以前に、彼のネトウヨ的な政治体質を何より危険視する者ですが、こう考えてみると、安倍政権の取柄などというものはほとんどゼロです。野党もおいしいことばかり言ってないで、どこをどうするかという具体案をきちんと練って、正面から対峙できるようになってもらいたいものです。再来年の参院選で野党がまた負ければ、いずれえらいことになってしまうでしょう(経済と安全保障、両面で)。有権者も「インフレに賃金が追いついてきた」なんて安倍政権の自慢話を聞かされたときは、さっきの「朝三暮四」の話を思い出していただくことです。
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