FC2ブログ

どんなホラー小説よりもこわい!~堤未果『沈みゆく大国 アメリカ』雑感

2014.11.29.15:28

「これは、しかし、ホントの話なのかね?」

 読みながら、途中何度も僕はそうひとりごちました。アメリカがひどい状態になっているのはわかっているつもりでしたが、認識が甘すぎたというか、まさかここまで悲惨なことになっているとは知らず、愕然とさせられたのです。

 これは21世紀の先進国に出現した、巨大な奴隷制国家です。そう評する他ない。

 話はオバマ大統領の医療保険制度改革、いわゆるオバマケアを軸に展開されるのですが、それを通して今のアメリカ社会がどういう構造になっていて、どういう不具合が生じているのか、あぶり出されるようになっているのです。

 これは有名なリンカーンの言葉をもじっていうなら、「一握りの金持ちの、一握りの金持ちのための、一握りの金持ちによる政治」が行われている国家で、大多数の人間はあの手この手で搾取を受けて貧困層へと突き落とされ、そこでさらに「貧困ビジネス」の餌食にされ、最後は家さえなくしてロクな治療も受けられないまま、トレーラーハウスか何かで苦しい息を引き取るのです。

 医療保険制度云々の前に、僕がびっくりしたのは医療費の高さです。何より薬代が「目ン玉が飛び出るほど」高い。だから月々の保険料も馬鹿高いので、ほとんど無意味に近い最低の医療サービスしか受けられないような最低レベルの保険(すべて民間の保険会社が提供する)でさえ、わが国の国民健康保険の平均的な割当額より高いほどなのです。

 これと較べるなら、わが国は医療の天国です。僕はこの前、「必ずしもいいことづくめではない」と書きましたが、あれは“基準”が高すぎたと言うべきで、北朝鮮人民と較べればわが国庶民の生活は「天国」と呼べるのと同じで、アメリカの医療システムと較べるなら、日本のそれは「天国」に近いのです。

 アメリカでは医療費が払えなくて破産する、いわゆる「医療破産」が破産理由のトップになっているそうで、しかもそれは無保険者だからそうなるというのではなくて、支払額を極力低く抑えたい保険会社があれこれ難癖つけて支払いを拒むものだから、結局治療費が全部自分にふりかかってきて、高い保険に加入しているのにそうなってしまう。そういう話はマイケル・ムーア監督の『シッコ』でもやっていましたが、オバマケアでそのあたり改善したのかと思いきや、全然そうはなっていなくて、製薬会社と保険会社はこの法案を使い物にならない穴だらけのものにして、全体としては前より事態は悪化してしまったのです。

「なるほどねえ」と僕はその巧妙さに感心(?)しました。どんな善意の制度でも、骨抜きにして、さらなる搾取の道具にしてしまう。オバマケアに期待した人たちはものの見事に裏切られ、たとえば、この本に登場するある50代の中年夫婦の場合だと、この人たちは以前からちゃんと保険に加入していたのですが、同じサービスを受けるのに前と較べて保険料が2倍になり、かつ、自己負担額が増えるのを知る羽目になった(具体的に言うと、この夫婦の年収は日本円にして約650万で、月々の保険料が6万円だったのが、12万になるという話なのです。医者にかかった時の自己負担分も含めた年間医療費はトータル約130万だった。まだマシだったという“以前でも”ですよ。とくに大きな病気もなく、時々医者にかかる程度で、こんなに医療費を払っている人が日本にいますか?)。

 ともかく「改革後」のそれだと支払い能力を超え、高い薬が必要な病気になれば破産は目に見えているので、それなら保険は買わない(=保険に加入しない)ことにすると言うと、今回の法改正でその場合は罰金を支払わねばならなくなり、この罰金は年々上がることになっているので、2016年段階でおたくの罰金額は16万円になります、と言われる。無保険で病気になれば全額自己負担というリスクを冒す上に、さらにこんな罰金まで課せられてしまうのです!

 実に恐ろしい話ではありませんか? この本には類似の(というより、これよりもっとひどい)残酷話がこれでもかというほど続出するので、だから「どんなホラー小説よりも怖い」と言ったのです。しかもこれは、フィクションではなくて、全部実話なのです。

 アメリカ国民でなくてよかった!と胸をなでおろしていたら、「安心するのはまだ早い」ということで、アメリカのハゲタカ外資は虎視眈々と日本市場を狙っている、という話が最後に出てくるのです。

 2014年1月のダボス会議で安倍総理は、「非営利ホールディングカンパニー型法人制度」について言及し、投資家たちに日本に新たに生まれる新市場をアピールした。名前の頭に「非営利」とついているが、重要なのはその下にある〈ホールディングカンパニー〉という部分だ。

 詳しくは本書を直接お読みいただくとして、「投資家たちにアピール」するのは儲け話に決まっているから、それがロクでもないものなのはこの段階でわかろうというものです。こういうのも、アベノミクスの何番目かの「矢」には含まれているわけです。全体、アベノミクスというのは株価などの経済指標を上げることばかりで、経済の内実を問うものではない。それがわかっていない人が多いようなので、そのあたりをきっちり見ておかないと、何もかもが「アメリカ並」にされてしまいかねないのです。

 話を戻して、今のアメリカでは患者である一般国民が理不尽医療制度の被害者になっているだけでなく、医師も被害者なのです。どうしてそうなってしまうのかということは本書の第2章「アメリカから医師が消える」に詳述されていますが、これまた読んで憤りを禁じ得ない内容で、この現代の巨大奴隷制国家においては、医師も奴隷の一部なのです。本業そっちのけで投資で儲けていれば別として、アメリカの医師はもはやかつての「尊敬を受ける裕福な専門職」などでは全然ない(日本もこうだと、医学部進学希望者は激減して、「最も入りやすい学部の一つ」になってしまうでしょう)。

 他にもオバマケアの導入でどうして短時間パートが激増する羽目になったのかなど、興味深い(というより、これまた恐ろしい)話がたくさん出てくるのですが、そうしたあれこれについては直接お読みください。僕が最後に書いておきたいのは、この本全体から見えてくる今のアメリカ社会の透視図です。

 リーマンショック以後、金融機関の規制は進むどころか、巨額の税金投入で救済されたウォール街の大手金融会社はかえって焼け太りして、さらに支配力を強化したというのは有名な話ですが、今のアメリカはそうした金融機関と、投資家、この本に出てくる製薬会社、保険会社などの巨大企業のトップと幹部たちのためにだけ存在し、一般の労働者はその搾取を受けるためだけに存在しているかのようです。政治家は支配層の使い走りにすぎない。

 かつてアメリカが元気だった頃は、分厚い中間層が存在して、その代弁者としての産業別組合も元気でしたが、今やその組合も風前の灯のようです。労働者はバラバラにされて交渉力を失ってしまった。昔、法学部の不良学生だった頃、民法のテキストで、「民法上、社員とは株主のことを指すのであって、わが国で通常『社員』と呼ばれているものは、法律的にはたんなる労務者にすぎない」という記述を読んで苦笑したことを憶えていますが、今のアメリカはこうした法律用語に忠実に、「社員」たる株主への配当を増やすべく、必死になって利潤を上げ、「労務者」の賃金、福利厚生などは、「経営効率化」のために削れるだけ削って、かぎりなく奴隷の労働に近いものにしてきたのでしょう。そうして経営陣は、経営効率化と利潤増大に努めた見返りとして巨額の給与、ボーナスを懐にして、たんまり配当を得た投資家たちとにっこり笑って握手するのです。彼らは「同志」です。一般従業員は、彼らに奉仕すべく存在する奴隷でしかない。

 今のアメリカでは医療も教育もビジネスです。刑務所ですら民営化されてビジネスになっていて、ビジネス化されると、そこで働く者はすべて自動的にこの新種の奴隷制度に組み込まれることになるのです。サービスを受ける側も当然ただではすまない。それはビジネスに見合った性質のものへと変容するのです。究極的にはそれはサービスを受ける側のためにあるのではない、それを通じて儲ける側のために、投資家の利益に貢献するためにあるのです。つねに利潤が、その仕事本来の目的に優越する。

 製薬会社にとっては薬代は高ければ高いほどよい。原価の何百倍と吹っかけても、そんなことは一向気にしない(とうの昔に良心なんてものはなくなっている)。利潤こそすべてなのです。だから彼らはそれを高く維持できるようにするために、契約相手から価格交渉力を奪い去るために、巨額の資金を使ってロビー活動を行う。そうやってオバマケアも骨抜きにされ、彼らに好都合な内容に変えられたのです。保険会社もその点は同じ。従来から彼らは、加入者の医療費請求をできるだけ多く拒否できるように、従業員に山のようなノウハウを教えてきました。それで拒否件数が多ければ、「よく頑張った」ということでボーナスがもらえるのです。同じ労働者である顧客が電話の向こうでその理不尽に泣き、破産、自殺しても、そうしないと会社から評価されないのです。病院の医師に対しても同じで、煩雑極まりない書式の診療費請求書を押しつけて、かんじんの医療業務に支障が生じるほどの膨大な手間をかけさせ、やっとそのフォームを埋めて提出しても、あれこれ難癖をつけてその支払いを拒もうとする。患者に対してであれ、病院・医師に対してであれ、拒否件数が多ければ多いほど、出費は減って会社の利益は増大するからです。

 弱肉強食の仁義なき資本主義も行き着くところまで行き着いたという感じで、これはもう人間の世界の話ではありません。しかし、それが今のアメリカという国なのです。「自由と民主主義」が聞いて呆れる。

 念のためにお断りしておきますが、僕は別に「アカ」ではありません。問題は巨大資本とその所有者たちがフリーハンドを得て、「最大利潤」を目指し、制度や社会構造をカネと権力で自分たちの都合のいいものに変えてしまったことです。そして各界のエリートたちが、それに仕える走狗と化してしまった現状です。

 かくして古代の奴隷制は復活したのですが、ややこしいのは、見た目にはそれがそうとはわからないことです。オバマケアだって、本書には何度もオバマ自身の誇らしげな言葉が引用され、いかにもそれは「民主的」で「国民に優しい」医療制度改革案に見えるのですが、その法案の成立には資本の意を受けたプロが深く関与していて、細かい規定を見ていくと、それはオバマの説明とは全く違う結果になるよう仕組まれているのです。

 医療や法律の専門知識がないふつうの人には読んでもそれが現実に何を意味するのかわからない。「適用」段階で、それがオバマの説明したものとは、自分たちが期待していたものとは似ても似つかないものであるのを初めて知るのです。

 権力も財力も、専門知識も、それは持てる1%の側にあって、持たざる99%の側にはない。前者は後者に向かって「これはあなた方のためにすることなのですよ」と親切顔で言いつつ、実は自分たちに好都合なように法律、システムを変えてしまう。そうしたペテンの積み重ねの果てに、アメリカは今のような奴隷制国家になってしまったのです。

 メディアの重要な役割は、その欺瞞を暴いて人々に警告を発することですが、今や主要メディアも巨大資本の支配と統制の下に置かれ、御用メディアになり下がった。その御用メディアに、御用学者、御用文化人が登場し、人々を騙すことに一役買うのです。これはわが国の原発問題にもはっきり見られたことです。

 資本・権力が良心と自制を欠き、このまま暴走を続けて、人々が有効な抵抗のすべを失ったまま、奴隷制がさらに強化されるようだと、行き着くところは大規模な暴動とテロでしょう。アメリカはアルカイダや「イスラム国」だけでなく、自国内部に誕生した自前のテロリスト集団をもつことに早晩なるのです。それはむろん、一般国民を幸福にすることにはつながらないでしょう。破壊と殺戮の応酬の中で、社会は崩壊してゆくのです。

 アメリカの巨大資本(一般国民ではなくて)は、TPPでさらなる「規制緩和」をわが国に迫り、「奴隷市場」の開拓にやる気満々だと伝えられています。医療分野もその一つで、それでアメリカの金融・保険会社や製薬会社が大儲けできるようなものにして、実質的に今とは全く違うものに変えてしまおうと目論んでいるのです。

 実にお楽しみな話ですが、今の安倍政権だと、「外資を呼び込んで経済を活性化させる」などと、たんなるその使い走りにされていることも知らず、胸を張って言いそうです。そうして「善良な国民」はそれを信じる。それで見かけの経済指標は一時的に多少よくなるかも知れないが、その果実は全部外資の懐に入り、国民は保険料の大幅アップとサービス低下に苦しみ、「アメリカ国民の悪夢」を共有する結果となるのです。そのとき「やっとこれでわが国もアメリカ並になった!」と喜ぶのは、経済学者の竹中平蔵ぐらいのものでしょう。

 著者の堤未果さんは、続編の「日本版」を計画しておられるそうなので、周到な現状分析と未来予測を、僕らはそれで読むことができるでしょう。

 何はともあれ、この本は示唆に富む「全国民必読」の本です。まだの方はぜひお読みになって下さい。

堤未果『沈みゆく大国 アメリカ』(集英社新書 720円+税)

プロフィール

大野龍一

Author:大野龍一

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR