「輪廻転生」制度をめぐる攻防

2014.09.11.05:32

「話が読めない」とはこのことです。一昨夜9月9日、ネットのニュースサイトで「輪廻転生制度廃止を」とダライ・ラマが語ったという、次のような記事を読みました。

【チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世(79)は9日までに行われたドイツ紙ウェルトとのインタビューで、生まれ変わりを探す方法で実施されてきた伝統的な後継者選び「輪廻転生制度」について、自分が死んだ後は廃止するべきだとの見解を示した。
 ダライ・ラマは2011年9月にも、制度の存続を再考する必要があるとした声明を発表している。今回は制度の廃止にまで踏み込み、自身の意向をより明確にした。
 ダライ・ラマは「5世紀近く制度を続けてきた」と指摘。自分は非常に人気が高いとし「人気のあるうちにやめるべきだ。弱いダライ・ラマになったら制度を傷つけることになる」と語った。
 さらに「チベット仏教は一個人に依存しているわけではない。われわれは非常に優れた組織を持っている」とも述べた。
 ダライ・ラマは1959年のチベット動乱でインドに亡命。89年にノーベル平和賞を受賞した。(共同)】

 これはどういう意味なのか? もしも輪廻転生が「仏教的真理」で、かつてのチベットで行なわれていたお告げや占星術を駆使した「生まれ変わりえらび」が絶対的な真実性をもつものだと、少なくともダライ・ラマその人がそう信じているのであれば、このような発言は出てこないことになるでしょう。「人気のあるうちにやめるべきだ。弱いダライ・ラマになったら制度を傷つけることになる」というある意味えらく露骨な言葉は、それは単なる「制度」にすぎないので、彼の「生まれ変わり」とされた子供が長じてサエない不人気な人物になったとすれば(その可能性は大いにあるとダライ・ラマは案じているということになります)、目も当てられないことになるから、ここらが「やめどき」なのではないかと考えている、ということなのかと、僕は一応解釈してみました。

 しかし、翌日、産経電子版に次のような記事が出たのを見て、「なるほど、そういうことなのか…」と、ようやく話が見えてきました。
 以下、「ダライ・ラマ14世の転生『廃止』発言 後継選定を主導したい中国政府『秩序損なう』と猛反発」という見出しの記事の全文です。

 【北京=矢板明夫】チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世(79)が、ドイツ紙ウェルトとの会見で、自身の後継問題を踏まえて、「チベット仏教の転生制度を廃止すべきだ」と述べたことが、波紋を広げている。中国外務省の華春瑩報道官は10日の記者会見で、「発言はチベット仏教の正常な秩序を大きく損なうもので、中央政府と信者は絶対に認めない」と反発し、転生制度の維持を求めた。
 ダライ・ラマを含む活仏の転生制度は、チベット仏教の輪廻(りんね)観に基づく。高位の活仏は死後、教義に沿った生まれ変わりの霊童探しで後継者が選定される。転生制度の存否は、亡命先のインドで高齢を迎えたダライ・ラマの後継選定、さらにはチベット問題の行方に直結するものとして、これまで注目を集めていた。
 中国政府は、無神論を信奉する共産党の一党独裁ながら、チベットでの転生制度を容認。高位の活仏だったパンチェン・ラマ10世が1989年に死去した後は、ダライ・ラマ側と競う形で後継の霊童探しが展開され、中国政府「公認」の候補が「パンチェン・ラマ11世」となる一方、ダライ・ラマ側が選んだ別の少年は行方不明〔引用者注:これは中国政府のしわざでしょう〕となった。
 中国当局はさらに2007年に「チベット仏教の活仏輪廻管理条例」を作り、チベット仏教の後継者選びと最終認定に当局が参加することを明記した。チベット仏教への政治介入と批判されるが、最大の眼目はダライ・ラマの後継を中国政府主導で選定することにある。「ダライ・ラマ15世」を親中派の宗教指導者に育成することで、チベットの安定統治を図る考えだ。
 亡命中のダライ・ラマの発言は、この中国政府の策略を熟知したもので、転生制度の廃止という重大決断を今回初めて明示したが、今後、中国当局とチベット亡命政府の新たな確執を招くことは避けられない。(引用、ここまで)

 ダライ・ラマはチベットの宗教指導者であると同時に、亡命チベット政府を率いる政治指導者でもあって、この記事を読むと、これは「政治的綱引き」の問題なのだなと、よくわかります。「チベット侵略」は中国共産党政府の“拭えぬ汚点”ですが、チベットの再独立を認める気がないのは当然として(それでは自分の非を認めたことになる)、暴動の頻発など、思うように服従させられないので苦労していて、苦肉の策として考えついたのが、“傀儡ラマ”の擁立だったのです。要するに、今の邪魔なダライ・ラマなき後は、その「生まれ変わり」を自分たち主導で見つけ、それを中国に都合のいいように教育して手なづけ、その「権威」をチベット支配に利用しようというのです。

 むろん、その「生まれ変わり」なるものは、中国政府がそんなことまともに信じているはずはない(「活仏輪廻管理条例」という名称は笑えます.「ペット管理条例」の転用か)ので、政治的意図からつくり出すものしかありません。ダライ・ラマはそれを阻止しようとして、「制度の廃止」を提案しているわけです。

 これは昔、日本軍が傀儡の「満州国皇帝」をでっち上げたのと同じ手口で、中国政府はそのひそみにならおうとしているとも言えます。古ーっ、と思いますが、けっこう大真面目みたいなので、ニセブランドで一儲けしようとするのは、何も中国の商人だけではなく、中央政府も同じなわけです。ニセダライ・ラマをつくってしまえばこちらのものと、本気で思っているとすると、かなりこわい。いっそ名前も、カイライ・ラマ(英語名はFake Lama)と正式に変えると、わかりやすくていいのではないかと思いますが、そういうブラックユーモアを解するような雅量は今の中国政府にはなさそうです。

 それにしても、中国政府はそういう傀儡ラマでほんとにチベット人を従わせられると思っているのでしょうか? 今はインターネットの時代で、あれこれ姑息な手段を使っても、それは暴露されてすぐに世界中に伝わり、権威づけの尤もらしい“襲名”儀式なども、かえって物笑いのタネにされてしまうだけでしょう。そんなものを、チベット人が有難がるはずはない(いくら閲覧制限を加えてもそれは外から伝わる)。

 ダライ・ラマも今は国家としての独立まで求めているのではなく、一定の自己決定権をもった真の「自治区」たることを要求しているだけなので、「チベット仏教の正常な秩序を大きく損な」っているのは明らかに中国側なのです。世界の他のどの国も、ほとんどがそう思っている。いくら言い繕ったところでそうした認識を変えることはできないのだから、中国政府は譲歩するしかないように思えますが、旧ソ連と同じように、中国そのものが内部崩壊をひき起こすそのときまで、それは認められないということなのでしょうか。

 そうしたこととは別に、ダライ・ラマの「輪廻転生制度の廃止」は、いい考えだと僕も思います。仮に生まれ変わりという現象があって(僕はそれはありうると思っていますが)、よしんば正確にその生まれ変わりを突き止められたとしても、前世の続きをまたやれ、なんてのは、あまりよいことだとは思われないからです。身分制度の廃止や、教育機会の均等は重要な民主主義原理の一つですが、これはそれにも反する。

 ダライ・ラマ14世は、あるいはこう考えておられるのかも知れません。生まれ変わりがどうのと言う以前に、もしも一人一人の子供が本当に大切にされて(これは甘やかすというのとは違います)、人格を陶冶するよい教育を受けることができれば、百人千人のダライ・ラマが出現したとしても、不思議ではない。そうしたよい教育を皆ができるだけ平等に受けられるよう心がけて、その中でもとくにすぐれた人物を民主的な手続きで指導者にえらべばいいのだと。「制度としての生まれ変わり」に頼るより、そちらの方がずっと望ましい結果が得られる。「チベット仏教は一個人に依存しているわけではない。われわれは非常に優れた組織を持っている」という言葉は、そういう含みをもつものと解することもできるのです。

 そうしたことを行なう文化的な独立性と自治権を与えよと、ダライ・ラマは言いたいのではないでしょうか。「超絶的」と形容したくなるほど、上から下まで官僚腐敗の進んだ今の中国に、そうした高い道徳的権威の選定に関与するような資格はないし、すぐれた人物を選び出すほどの能力もない。それはチベットの人たちの「自治」に委ねるべきなのです。

 しかし、物質力、政治権力や軍事力で、中国に抗うような力はチベットには全くない。強大な物質力と精神的な権威では、勝つのは前者になる。それがこの世界の習いなのです。

 あるいは中国政府はこう考えているのかも知れません。どうせ傀儡ラマは長続きはしない。しかし、他でもないそのことによって、チベット人の信仰心・宗教心を希薄化させ、内面を空洞化させ、世俗的な物欲しかない人間に変えることができれば、それをコントロールすることは今よりはるかに容易になる。傀儡ラマはそのようにして、チベット人の精神性を破壊するのに役立つので、それこそが真の狙いなのだと。

 そうなのだとすると、その悪知恵は半端なものではないことになりますが、そう見ておいた方がいいのかも知れません。でないと、中国政府は先にも見たように、あまりにもお馬鹿なことをしていることになって、それではかえって不可解だからです。

 だとすると、ダライ・ラマは「悪魔の策略」と戦っているのだということになります。首尾よく制度を「廃止」して、中国側のおかしな目論見をうち砕くことができればよいのだが、と僕は願っています。
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