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絶対鈍感~佐村河内式「化けの皮」のはがれ方

2014.02.09.23:44

 ひさしぶりに週刊文春を買いました。この件についてはテレビニュースでも連日報道されましたが、「全聾の作曲家はペテン師だった!」という巻頭スクープを読むためです。

 「現代のベートーベン」を騙(かた)っていた佐村河内(さむらごうち)守(50歳)という人物を、僕は「名声欲にとりつかれた虚言症患者」と診断しますが、あとで考えてみれば、いかにもできすぎた話だったのに、「感動的な美談」に弱い僕ら日本人はまんまとそのペテンに引っかかったのです。

 この人が典型的な虚言症だと僕が判断する理由は、昔自分がそういう人に実際に会ったことがあるからです。周りの大方の人間がそれに騙されてしまった。僕はそれに反する事実を知っていましたが、だんだんと自分が以前聞いていたあの話は、間違いだったのではないかと、あまりにも嘘のディティールがよくできていて、周りの人間が信じ込み、小道具(マメな彼はそういうものも用意した)も揃っていたために、自信がなくなってしまったのです。しかし、嘘がだんだんエスカレートしてきて、どうにも首をひねらざるを得なくなったので、調査に乗り出しました。といっても、彼の過去の正確な事跡を知るためにあるところに電話を一本入れただけですが、「調べて折り返しこちらから電話します」という返事で、その電話がかかってきたとき、すべてが明らかになったのです(彼自身の話と明らかになった真実との間には、虚構を信じていた人たちを唖然たらしめる他ないような大きな落差がありました)。

 僕は彼をひそかに別室に呼びました。そのとき彼は自信たっぷり、まだその嘘を演じていましたが、「悪いが、調べさせてもらったよ」と言って、判明したあられもない真実を彼に告げると、とたんに今までの勢いはどこへやら、おどおどした不安げな表情になって下を向いてしまいました。「青菜に塩」とはまさにこれを言うのだろうな、という感じでした。

 僕はそのとき、彼を叱りつけることはしませんでした。哀れに思ったからで、彼は苦い困難な現実から逃れて、自分の「バラ色の未来をもつヒーロー」という妄想の中に逃げ込んだのです(そんなことをしても、現実の困難が増して、自分が損をするだけだったのですが…)。虚言症の人の特徴というのは、自分の妄想の中に深く入り込んでしまって、じっさいにその妄想を現実であるかのように生きようとすることです。自分がつくり出した幻想に酔ってしまって、臆面もなくその嘘を演じる。他を欺いているという罪悪感は背後に追いやられて、「素晴らしい偽りの現実」を生きる快感に支配されるのです。
 だから見抜くのが難しくなるので、周りの人たちは大方が騙され、振り回されてしまう。しかし、それがどんどんエスカレートしてゆくので、「いくら何でもそれはおかしいのではないか?」と疑う人間が現れて、事実が暴かれ、虚構は崩されてしまうのです。

 佐村河内守の場合も、ゴーストライターが名乗りを上げなくても、いずれ嘘はバレていたでしょう。「悲劇の芸術家」の美談を次々つくり出すうちに、ご本人の気づかないところで不自然すぎるところが目立ちはじめ、疑いをもった誰かがそれを調べて…という展開になるだろうからです。

 彼は聾者を演じて、障害者手帳までだまし取っていたわけだから、それだけでも立派な犯罪ですが、虚言症の人なら、その程度のことは平気でやらかすとは言えるでしょう。それは彼にとっては妄想がエスカレートするプロセスで必要になった小道具の一つにすぎないので、その自伝『交響曲第一番』にも、事実を知る人には「よくもまあ…」と呆れるような大嘘が満載だそうですが、自己神話化に夢中になった虚言症の人は臆面もない嘘をつき、しかも、彼らは妙に嘘のディティールにも凝るので、それだけ読んだのでは嘘を見抜くのは難しいのです。彼らはいわば「現実を舞台に小説(自分がヒーロー、ヒロイン役の)を書いている」人たちなのですが、ふつうはそんな人間が実在するとは思わないからです。

 僕は結果としてペテンに加担する羽目になった新垣隆氏(43歳)には同情しています。組んだ相手が悪かったので、「(18年前)初めて佐村河内の申し出を聞いた時、私は彼のアシスタントになるという認識でした」(文春記事)という言葉に偽りはないでしょう。
 「けれど最初の曲が完成した時に、佐村河内は『この作品はぼくの名前で発表したい。君の名前は演奏家としてクレジットするし、将来必ず引き上げるから、しばらく協力してほしい』と言」い、そこでゴースト役を新垣氏に押しつけ、「将来必ず引き上げるから」という約束は反故にしたまま、実作者としての名誉を横取りし続け、欺瞞に耐えかねた新垣氏が「もうこんな世を欺くようなことはできません」と言うと、「妻と一緒に自殺する」というメールまで送って寄越す始末だったのです。

 僕のような優しくない人間なら、「勝手に死ねや。自分個人のケチな名誉欲のために世間に顔向けできないような嘘で固めたのはおまえの方で、事実を暴露されたら生きていけませんなんて、あたかも自分が被害者みたいなことを言って人を脅すとはどういうつもりだ!」と言い返して終わりになってしまうでしょう。男の風上にも置けない奴です。

 文春の記事によれば、「佐村河内はセラフプロデュース(要するに自己宣伝)と楽曲のコンセプトワーク(ゼロを一にする能力)に長け、新垣は、それを実際の楽曲に展開する力(一を百にする能力)に長けている」ということですが、初めからそれを明らかにして二人三脚をやっていれば、何の問題もなかったわけです。佐村河内は楽譜も全く書けず、「ピアノだって、私たち(=プロ)の常識では『弾けない』レベル」だそうですが、音楽はわからない人間ではなく、新垣氏のすぐれた才能を見抜き、それを自分のものと偽れば大きな名声が得られそうだと思い、その誘惑に屈したのでしょう。そして虚言症特有の「自己ドラマ化」の衝動に従って、「悲運の天才音楽家」の姿をセルフプロデュースし続けたのです。

 ともあれ、佐村河内の「化けの皮」がはがれたのは幸いなことでした。彼が自作と偽って出した音楽CDのいくつかは驚異の売り上げを示したそうですが、それは彼の「セルフプロデュース」の効果もさることながら、その音楽自体に魅力があるからだと思うので、実作者の新垣隆氏の作品として、あらためて売り出せばいいのではないかと思います。新垣氏ご本人は強い自責の念をもち、「自分は共犯者だ」と記者会見でも語っていましたが、そうなった経緯には大いに同情の余地があり、虚栄心の類が珍しいほどなさそうな、控えめで優しい人だからこそ佐村河内のような手合いの餌食にされたのではないかと思えるので、その音楽への情熱と才能からしても、今後も活躍していただきたい人です。

 佐村河内に関しては、ああいうのは病気なので、幸いそれで人が死んだというようなこともなかったわけだし、「世の中にはこういう人もいるので、いくらか尤もらしさの過ぎる『いかにも!』という感じの人にはとんでもない嘘つきもいるから気をつけましょう」ということを世に知らしめてくれたという“功績”はあったということで、世間の片隅で静かに暮らしてもらうようにすればいいのではないかと思います。身障者を偽装したことなどに関しては、法的な責任を取らせられるでしょうが。

 それにしても、人間の名誉欲や権力欲というやつは厄介です。僕も以前、ある人物を、これは理想のために無私の心をもって尽くしている偉い人なのだろうと思っていたら、無私どころか卑小な虚栄心と名誉欲が人一倍強い幼児人格者で、そのダシにそれを使っている(ご本人にその自覚があるかどうかはともかく)だけなのではないかという疑いが生じて、それは相手を買いかぶった自分が馬鹿だったのですが、半端でなく失望させられたことがありました。こういう場合、人間は自分が投影するイメージに重ねて相手を見てしまうものだから、時々「どうもおかしいな」と思うことがあっても、深くは気に留めないものです。しかし、だんだんとその「おかしいな」が増え、それが一定レベルに達すると、全く違った文脈でそれらを見直さざるを得なくなり、そうするとその理解に整合性があるのに気づいて、自分が相当ズレた思い込みをしていたのだと悟るのです。そういう経験が愉快なはずはありませんが、それはまあ、オウムの麻原を信じた信者たちのケースのように、悟った神のごとき人だと思ったのが、実はサイコパスまがいの下賎な詐欺師にすぎなかった、というようなのよりはずっとマシでしょう(実際、幹部信者の多くはそれで凶悪犯罪の片棒を担がされる羽目になったのですから)。

 佐村河内にしても、内実を知らない人が見れば、外観は完璧だったわけです(「出来過ぎ」という欠陥はあるものの)。嘘八百の彼の自伝には被爆二世としての「被爆体験の継承と核廃絶への思い」なども書き込まれており、それを読んで感動した広島市長との出会いから、『交響曲第一番HIROSHIMA』が世に出る。しかし、それは実はずっと前に広島や原爆とは無関係に新垣氏に頼んで作らせていた楽曲であり、音楽は文字ではないからそのあたり都合よく“転用”できたのです。

 また、佐村河内を取り上げた昨年の3月13日のNHKスペシャルでは、「被災地へ贈る鎮魂歌『ピアノのためのレクイエム』の作曲」過程が取り込まれることになり、佐村河内はその番組の中で被災地の人々の苦しみに共振して「苦悩するゲージュツ家」の姿を熱演した。むろん、これも新垣氏に依頼して作ってもらったのだから、彼の“演技”とその曲は実は何の関係もなかったわけです(他にもディレクターの知人が見つけた「津波でシングルマザーの母親をなくした小学生の女児」を出して、「自分にできることは、まずは彼女の、そして彼女のママの魂を救うこと。僕には、一人しか救えませんよ」などと大真面目で恐ろしくクサいことを言ったりしたのだとのこと)。

 子供と言えば、フィギアの高橋選手がソチで使用する『ソナチネ』は佐村河内の曲(むろん、実際には新垣氏の作)として有名ですが、これは「12年、当時11歳だった『みっくん』と呼ばれる義手のヴァイオリニストの少女に佐村河内が献呈した曲」で、有名な“美談”の一つです。元々は佐村河内の側から「テレビでみっくんの姿を見て、自ら接触してきた」そうですが、その後、「私のおかげでテレビに出られたのに感謝の気持ちがなさすぎる」とみっくんの家族にメールをし、「お世話になったことは感謝しているけれども、わが家から娘をテレビに出してほしいと頼んだことは一度もない(それは事実でしょう)」と返信すると、「激怒した佐村河内からその後、様々な無理難題を突きつけられ、結果的に絶縁状態にされてしまった」とのこと。

 要するに、こうした“美談”のすべてには醜悪きわまりない「楽屋裏」が隠されていたということなので、こうしたことを彼が善意からやっていたとは解釈できない。裏には全部「売名のための打算」があって、表面意識で彼自身がどう思っているにしても、そちらが真の動機だと理解する他はないでしょう。しかし、その裏を知らない僕ら「一般国民」は、表だけ見せられて、「世の中にはすごい人がいるものだな」と感心させられたのです。彼の「黒装束にサングラス姿、左手には白いサポーター。全聾の上に様々な困難を一身に背負う男は『絶対音感』を頼りに作曲を続けてきた…」(週刊文春の小見出し)という“神話”をあやうく信じかけたのです。

 今となっては馬鹿馬鹿しいかぎりですが、サラリーマン社会にも、恥じることもなく部下の手柄を自分の手柄として上に報告するような腐れ上司は少なくないでしょう。逆に失敗した場合には、企画段階では「熱烈賛成」しておきながら、あれは自分のアイディアではありませんでしたなどと“正直に”報告するのです。そういう手合いが出世する会社は早晩潰れるでしょうが、それは個人も同じ、「化けの皮は、どう取り繕ったところでいずれはがれる」ということを示した点で、これは大変に教訓的な事件かも知れません。

 「名誉名声をほしがる卑しい人間には、それは永遠にやってこない」とは、歴史家ブルクハルトの名言です。人は誰が見ていようといまいと、偽りの看板を掲げたりせず、自分の仕事を誠実に、きちんとやればいいだけです(こう書いたからと言って、僕がリッパな人間だと思うようでは、すぐ人に騙されますよ、念のため)。
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