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自分のケチなメンツのために国益を害する馬鹿

2013.12.27.14:08

 こういうのは戦時中の軍部のお偉方と精神構造が同一です。無責任体制の中でなし崩し的に始めた戦争を、勝ち目がないことが明白になってもまだ彼らはやめることができなかった。あれで何十万という死ななくていい日本人が死んだ。つまらない自分のメンツが、主義主張が、国家の命運や国民の命より大事だったのです(僕の伯父の一人は、戦争末期に最下等の兵士として南洋に送られ、二度と帰りませんでした。戦闘で命を失ったのではなく、補給のことなど露ほども考えていない軍部の出鱈目な「作戦」によって飢死したのだと伝えられています。同じような兵士が実にたくさんいたのです)。

 無責任そのものですが、そのあたり、靖国に合祀されているA級戦犯たちと安倍晋三の精神構造は同じものだと言ってよいでしょう。

 前に腹くだしで政権を投げ出した第一次安倍内閣のとき、靖国神社に参拝できなかったのは「痛恨の極み」だと彼は言ったとか。苦労知らずの三代目政治家のボンボンがそのような大げさな言葉を使うということ自体、僕には鼻白むことですが、ネトウヨレベルの観念的愛国心しかもちえない彼にしてみれば、「靖国参拝」は自分の沽券、メンツに関わることで、「どうだ!」というところを示さないではいられなかったのでしょう。

 僕は二十年ほど前に、自分の父親を靖国神社に案内したことがあります。父は参拝を終えて、「これで肩の荷が降りた!」と晴れ晴れした顔で言いました。父は年の離れた優しい兄(上に書いたのは母方の伯父なので、こちらは別人。妻と幼い子供二人を残して戦場に赴いた)と、子供時代の遊び仲間を数人、戦争で失っていました。彼は体格が貧弱だったのと、右腕の変形(小さい頃、骨折したものを医者にも行かずくっつけてしまったのでそうなった)のために兵役を免れましたが、そうでなければ彼もまた末期の戦線に投入され、おそらく帰らぬ人となっていたでしょう。
 高校の頃だったか、お盆の墓参りに同道したとき、今は亡き友人の墓に「暑いやろ」とやかんの水をかけて回りながら、「こいつも、こいつも、こいつも、みーんな父さんの子供の頃の連れだ。皆戦争で死んでしまった。かわいそうなことをした」とふだんは無口な父が何ともいえない表情で語っていた姿を、僕は今でも昨日のことのように憶えています。だから父は、政治的なこと(あれは愚かな戦争だったという明確な認識を彼はもっていました)とは全く別に、一度靖国にお参りしたいと思っていたのです。

 そういう心情は僕には理解できます。しかし、心情ならぬ国家主義的な「信条」によるそれを、僕は薄汚いものとみなします。

 元々靖国神社にはA級戦犯は祀られていませんでした。それを、1978(昭和53)年、新たに宮司になった松平永芳(ながよし)が自身の偏った政治思想に基づいて“勝手に”合祀したのです(これまでの言動からして安倍晋三が同種の政治的信条の持主であることは明らかです)。昭和天皇がこれ以後一度も靖国に参拝しなかったのは、そのことに対する暗黙のレジスタンスではなかったのか、という保阪正康氏の見解を僕は支持します。本来は国会で討議され、国民レベルで議論しなければならない大きな問題を、一宮司が独断で決めたのです(ちなみにいえば、保坂氏の『「靖国」という悩み』(中公文庫)は靖国問題についての必読書です)。

 そういう恣意的なことが行なわれたのも、「政教分離」の今の原則の下では、靖国といえども一神社で、国家の機関ではないからですが、それが事実上は国家の組織のように扱われているところに問題があるのです。よく、「ヒトラーの墓にドイツの首相が参拝したらどうなるか?」と言われますが、靖国は東條英機をはじめとするA級戦犯の合祀によって、それに参拝することが同じ意味合いをもつことになってしまったのです。政治家の場合、「それは個人の心の問題にすぎない」などという言い訳が通用するはずがない。

「第2次政権の発足からちょうど1年にあたる26日の参拝は、同氏の信念の表れとみられている。参拝後には記者団に対し、『尊い命を犠牲にされたご英霊に尊崇の念を表し、御霊(みたま)安らかなれ、と手を合わせた』と語り、『中国と韓国の人々の気持ちを傷つける考えは毛頭ない』と強調した(ウォールストリートジャーナル日本版)そうですが、彼の言葉の中の「ご英霊」にはA級戦犯が含まれているのであり、そこには「極東軍事裁判は勝者が一方的に敗者を裁いたもの」であり、それは不当なものであるから、A級戦犯を差別するいわれはないという、平気でミソもクソもごっちゃにする右翼特有の粗雑な論理が隠れているのであり、「中国と韓国の人々の気持ちを傷つける」のみならず、心ある日本人の心をも傷つけるものであることがわかっていないのです。

 こういう安っぽい馬鹿を総理に戴いているというのは、時が時だけにほんとに危険なことだと僕は思います。靖国に参拝しようとしまいと、中国と韓国の敵対姿勢は変わらないからそうしたのだろうと評されていますが、これでこじれはさらに深くなってしまったのであり、全く何をしているのだという感じです。もっとマシなブレーンをもてよ。おまえらの「仲良し右翼クラブ」で国をおかしな方向にもっていかれたのではたまったものではない。戦争になったらおまえらがまっ先に戦場に行けよ。うしろの安全地帯でふんぞり返って出鱈目な「作戦」など立てていたりしたら承知しないからな。

 ついでに、“右翼”の産経新聞がこんな記事を載っけていました。

【安倍晋三首相が東京都千代田区の靖国神社に参拝したことを受け、日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は26日、「日本のために命を落とした英霊に敬意を表するのは当たり前」と語り、安倍首相の参拝を支持した。
 外交上の影響については「僕は一国の外交の責任を負うトップは外交的配慮をする必要がある考えているが、昨今の中国、特に韓国の態度や振る舞いをみれば、靖国参拝について配慮する必要はない。日本国内の問題だと言い切ればいい」と述べた。
 橋下氏は南スーダンで国連平和維持活動(PKO)に参加している韓国が陸上自衛隊から銃弾1万発の無償提供を受けながら「遺憾の意」を表明していることを特に問題視し、「あの態度はない。まずは礼をいうべきだ」と批判。「安倍首相も(参拝を)ずっと我慢をしていたけど。吹っ切れたんじゃないでしょうか」と推測した。】

 馬鹿も休み休み言え、という感じですが、維新は、橋下自身の「従軍慰安婦・風俗活用」発言で墓穴を掘ったが、最近安倍・橋下会談がもたれたという話で、安倍にこういうかたちで秋波を送って再浮上のきっかけを作り、いずれは連立政権に加わり、なんて策謀をめぐらせているのかも知れません。用心、用心。橋下は「日本のために命を落とした英霊」なんてかんたんに言っていますが、愚かな国家権力のために命を落とすのと、国のために命を落とすのはイコールではないので、そこらへんの歴史知識を学校はちゃんと教えておかなければならないので、子供たちにはそこをきちんと学んでもらいたいと僕は思っています。でないとこういういい加減なデマゴーグたちに政治を預けることになって、また悲惨な結果になる。

 最後に、前回「今は地方紙にしっかりしたオピニオンが多い」と書きましたが、この件に関しても、複数の地方新聞が正論を述べています。中でも周到な議論だと思ったのが、西日本新聞のこの論説です。URLを付けておくので、お読みください。こういうしっかりした記事を読むと、僕は少しほっとさせられます。

 ・西日本新聞12月27日「首相靖国参拝 平和の歩みを軽んじるな」
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