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無能だから周囲への迷惑を考えて早めに辞めるというのならわかるが…

2013.01.25.14:53

 地方公務員の退職金減額が決まった各地方自治体で、教員や警察官の「駆け込み退職」が相次ぎ、現場に混乱が起きている、というニュースを見て、「そこまでやるか…」と僕は思わず笑ってしまいました。

 何でも、新規定が発効して引き下げになる直前の月に辞めれば、150万だかの減額を免れるという。それで今年で定年になる教師や警察官の中には職場の迷惑を顧みず、3月ではなく1月か2月に辞めて、“満額”ゲットする算段をする者がいる、というのです(一、二ヶ月早く辞めれば、その分月給は減るはずですが、差し引きすれば、70万ほどトクなのだという)。

 これ、そもそも何で退職金が減額されるかというと、今の地方公務員の退職金は民間と較べて高すぎるからなのでしょう? 減らしたといっても、ふつうの感覚からするとまだ「もらい過ぎ」だと思われている(ある試算によれば、教員の場合、減額後でも2500万前後はある由)のに、何とも浅ましい感じがするので、彼らのそれは全部国民・市民の税金なのだから、生活保護の不正受給と似たようなものです。「もらえるものはもらえるうちにもらっとかないと損だ!」みたいな感情が丸出しで、卑しいというか何というか、人としてのプライドや公徳心はないのかなと不思議に思います。

 こういうの、どこでも発行している自治体の広報に、「以下の人たちは、退職金引き下げの改正規定発効の前月に退職しました」として、氏名を掲載したらどうですかね? 教員なら教員、警官なら警官と分けて、最終役職も氏名の後ろに付けて。「公務員人事」でもあり、事実を告知するだけなので、何ら法律的には問題がなく、市民の「知る権利」にも奉仕する貴重な情報だと思いますが。そうすると、「ふーん。あの人は150万がそれほどほしかったのだな」とわかって、仮に僕みたいな性格のよろしくない人間が知り合いにいると、「じゃあ、あいつにその分を全部吐き出させてやろう」と派手な退職祝いの宴会でも何度か企画して、「よおっ、太っ腹!」とかおだてて、その人に全部支払いを押し付けるでしょう。そうするとそれなりに“経済効果”もあって、周囲が潤うわけです。それでこそ「公共に奉仕する」公務員のお手本というものです。

 良いアイディアでしょう。「駆け込み退職地方公務員」が知り合いや友人にいる方は、ぜひお試し下さい。「ほんま、あんたはエラい人でんな。それ、全部東日本大震災の被災地に寄付するつもりでっしゃろ? さすが、公務員だけあって、心がけがわしらとはまるで違う。ほな、今から一緒に銀行の寄付金の窓口に行きまひょか」とか言って、銀行に連れてゆき、「皆、見てみい、この人は退職金の150万分を、被災地に送るんや! 誤解したらあかんで、早期退職したのはこのためやったんや!」と大声でよばわり、“進んで”寄付するよう仕向けるなども、よい方法です。

 僕は公務員の早期退職そのものには反対ではありません。学校の先生などには、「早く辞めてくれないかな…」と生徒や保護者に“熱望”されている人もいて、僕は四月になると新しい教科担を生徒に聞くのをつねとしていますが、青くなって「○○になってしまいました…!」と答える生徒もいるのです。それは「あれに当たったらもう終わり」と言われている、むやみと宿題が多いだけの、無能と出鱈目と粗雑・鈍感が渾然一体と化しているので有名な教師で、およそ授業のていをなしていない。年が年だけに高給取りながら、全部自習にしてくれた方が百はマシという教師なのです(無意味な宿題だけよけいなので、そしたら塾でももっと効果的な対応ができる)。
 「まあ、もうじき定年だから、他校には引き取り手がないようだし、それまで君らが我慢してやるしかないね」と僕は毎度慰めてきたのですが、喜ばしいことに、今年からはもう同じセリフを言わずにすむのです(どういう意味かはおわかりになるでしょう)。

 そういう先生の場合は、定年を待たずに、五年でも十年でも早く辞めてくれた方が「公共の福祉」の観点からも助かるのですが、公務員の世界では、そういうのにかぎってしぶとく辞めず、頑固に居座るから困るのです。五年ほど早くやめても、退職金はたっぷりあって、年金がもらえるまでの生活に困ることも全くないわけだし、その人の給料分で若い優秀な先生が二人は雇えるのです。どんなに大きな社会貢献になることか!

 無茶苦茶言うな、とこれを読んで思う人もいるでしょうが、それはその教師の実態をご存じないからで、生徒たちや僕が怒るのも無理はないのです。ご本人にふつうの感覚があれば、生徒の迷惑を考えて、とうの昔に“早期退職”していたはずなのです。しかし、公務員は原則として違法行為が発覚しないとクビにできない。並外れた無能さやいい加減さは解雇理由とはならないのです(教師の場合、それでその担当教科がまるでわからなくなれば、生徒は半端でない不利益を受けるのですが)。

 昔はサラリーマンを評して、よくこう言われました。会社にとってどうしてもいてくれないと困る社員が2割、6割はいてもいなくても同じ(つまり、代替可能だがふつう)で、残り2割は明白にいない方が会社にとって有難い社員だと。
 今はサラリーマン社会もシビアになって、この最後の2割はクビにされることが多いでしょうが、公務員社会は変わっていなくて、僕の感触(高校だけですが)では、公立の学校の先生では「いない方がマシ」なのは2割程度ではすまないのではないでしょうか。逆に「いてくれないと困る」優秀な先生は2割もいない。「まあまあ(ふつう)」が残りというわけです。これは大いに甘めの採点なので、生徒もあんまりひどいのにばかり当たっていると、「ふつう」でも「素晴らしい」と錯覚してしまうようですが…。

 もう一つ僕が面白いと思うのは、学校側が「いてくれないと困る」と考える教師が生徒や保護者にとってはいい教師だとはかぎらないということです。何であんな人格的にも大問題のある奴がボス面していつまでも居座っているのだ!と、傍目には不思議でならないケースもある(非難ごうごうのそうした一例を前に「延岡の高校」に分類した記事の中に書いておきました)ので、その内輪の評価に客観性がないのはしばしば驚くほどで、学校というところの“タコツボ性”には世の常識を超えたものがあるのです(そのあたり、教委は把握できていない)。逆に、生徒たちの評判がよく、保護者にも信頼されている若手(今は全体に高齢化しているので40代半ばまで含む)の先生が僅かな年数で転勤してしまい、「何で!」と生徒たちから失望の声が上がることもある。その学校のボスに嫌気がさして、自ら転勤を願い出たのかも知れませんが、それならそのクソボスを飛ばしてくれた方が皆の利益にはなるわけです。そのあたり、「民意」が全く反映されないのが今の学校というところなのです。

 「駆け込み退職」の話から脱線しましたが、そういうさもしい根性の人たちは、つねひごろ「いない方がマシ」と周囲に思われていた公務員だったろうと考えられるので、最後の最後まで「公共の福祉」に反することをしてくれたわけです。おやじギャグを言わせてもらうと、「公務員」というよりは「セコぉ務員」です。

 だからせめてもの「善行」をさせてあげるために、上記のようなことをさせるのは望ましいことだと思うので、皆さんお試しになって下さい。そのような地方公務員は、袖の下あたりまえの中国の腐敗公務員あたりを引き合いに出して、「あれと較べれば自分はなんぼ良心的か!」と反論するかも知れませんが、合法でありさえすればいいというものではないので、とくに教師は、生徒の手前よくそんな“立つ鳥後を濁す”真似ができるなと感心させられるのです。その後はボランティアで学校にやってきて、子供たち相手に「かしこい財テク講座」でも開いてくださるのでしょうか?
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大野龍一

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