Time flies!

2012.12.30.17:33

 年末でバタバタしているうちに大晦日になってしまいました。やっと正月休みに入ったので、締め括りに一本書いておきたいと思います。

 年齢とともに時間がたつのが早くなるというのは本当で、これは一体どういうわけなのだろうと、塾生のお母さんからもらった餅(まだ柔らかくておいしい)を頬ばりながらこれを書いているのですが、よくわかりません。たぶん、感受性が低下して、一つ一つの出来事が弱い印象しか残さず、その分時間が早く過ぎるように感じられるからなのでしょう。認知症の老人が昨日のことと二十年前、三十年前のことをごっちゃにしてしまったりするのも、わかるような気がします。昔の印象と、昨日の印象とで、大して銘記の度合いが違わないのです。かえって昔のそれの方が強かったりする。

 小学生の頃だったと思うのですが、公民館で『無法松の一生』という映画を見たことがあります。昔の田舎には「巡回映画」というのがあって、時々映画が地域の公民館で上映されたのです。それが来るときはしばらく前から公民館の前にポスターが貼られ、子供たちは「あと何日…」とそれを指折り数えながら待ったものです。当時はだから、一日一日が長かったわけですが、それにはチャンバラ映画(娯楽時代劇)が多く、僕は大川橋蔵の熱狂的なファンでした。筋書きはたいてい決まっていて、悪代官などが乱暴狼藉を働いて、「正義の味方(見た目は素浪人や旅の渡世人、実は偉い人)」が彼らをやっつけるのですが、ヒーローは最後の決定的な瞬間に、白馬か何かに乗って颯爽と現れ、悪を一網打尽にするのです。
 パカラッ、パカラッというひずめの音とともに、砂塵を巻き上げながら彼が向こうの道をやってくると、大人も子供もにわか仕立てのスクリーンに向かって拍手喝采するので、「やっぱり来てくれた!」と田舎の単純な子供の見本のような少年だった僕は、感激の余り泣かんばかりでした(その映画を見たあとは、しばらくそのヒーローになりきってチャンバラごっこなどしたもので、皆主役をやりたがるので大変でした)。

 恋愛ものの現代劇などは、子供には皆目面白くなかったので、記憶に残っているのは大川橋蔵主演のチャンバラ映画が主なのですが、大友柳太朗の『快傑黒頭巾』なども、それで見たと記憶しています。しばらく僕は「黒頭巾」になりきって、冬の棚田をおもちゃの銃を懐に、手製の刀を片手に持ち、覆面して飛び回っていた気がするからです(他に『紫頭巾』というのもあって、こちらは今調べてみると、片岡知恵蔵主演でした)。

 昔の子供は寝るのが早かったので、僕はたいてい夜の八時過ぎには寝ていました。九時を過ぎてもまだ起きているなどというのは「不良」以外の何ものでもなかったので、小学三年の時、家にようやく白黒テレビが入って、何曜日か忘れましたが、それで一頭のシェパードが主役の『名犬ロンドン』というのをやっていたことがあって、それが九時からの三十分番組でした。どうしてもそれが見たかったので、母親に頼み込んで、それだけは許可してもらったのですが、家族は全員寝てしまっていて(両親は仕事で朝が早く、夏場なら朝の四時半にはもう起きていた)、僕一人でそれを見ていたので、何か罪悪感めいたものが伴ったものです。

 巡回映画が来る場合には、しかし、大体開始が夜の八時くらいで、「田舎時間」だから、「皆さん大体おそろいですか。ほんじゃ、まあ…」みたいなテキトーな感じで始まる。しかも、その映画は業者の人があちこち回って、山奥の集落なんかに来るのはかなり後の方だったに違いないので、やたらと途中でフィルムが切れてしまうのです。それでつなぐのにまた時間が食われたりして、終わりが下手すると十時台になってしまう。子供にとっては起きているのが不可能な時間帯だったので、その日は、子供たちは学校から帰るとすぐに仮眠して、それに備えたものです。気軽にレンタルDVDなんか見るのとはインパクトが違うので、それは当時の子供にとっては一大イベントだったのです。

 その巡回映画で見たものの中に、僕の記憶違いでなければ、『無法松の一生』はあった。それは単純なチャンバラ映画ではなくて、ウィキペディアにもその解説が出ているように、

【福岡県小倉(現在の北九州市)を舞台に、荒くれ者で評判だった人力車夫・富島松五郎(通称無法松)と、よき友人となった矢先、急病死した陸軍大尉・吉岡の遺族(未亡人・良子と幼い息子・敏雄)との交流を描く。
 か弱い吉岡母子の将来を思い、(身分差による己の分を弁えながらも)無私の献身を行う無法松と、幼少時は無法松を慕うも長じて(自身と松五郎の社会的関係を外部の視点で認識するようになったことで)齟齬が生じ無法松と距離を置いてしまう敏雄、それでも無法松を見守り感謝の意を表し続けてきた良子との交流と運命的別離・悲しい大団円などが描かれている。】

 …というもので、小学生に理解できるようなものではなさそうですが、これは僕に強烈な印象を与えたのです。無法松のこの「無私の献身」は、亡き陸軍大尉への友情である以上に、未亡人・良子に対するプラトニックな、文字どおり天使か女神かと崇め奉るような純粋な思慕に根ざすのですが、最後に無法松が死ぬシーンで、走馬灯のように過去の記憶が再生される、それが圧倒的な臨場感をもって僕に迫ってきたのです。

 後で祖母にその話をすると(僕は有名なおばあちゃんっ子でした)、人は死ぬときにはそんなふうに、生きていた間のことを全部思い出すものだ、と説明してくれました。夜、短時間で長い夢を見るのと同じで、息を引きとる前にもそのようなことが起こるのだ、という話で、僕にはそれは不思議でもあれば、厳粛なことのようにも思われたのです。

 『荘子』に「一炊の夢」というのがありました。細かいことを忘れてしまったので、試みに広辞苑を引くと、「唐の盧生(ろせい)という青年が趙の都の邯鄲(かんたん)で道士の枕をかりて五十年の栄華の夢を見たが、覚めてみれば炊きかけの粟(あわ)がまだ煮えきらないくらいの短い時間であったという故事」と説明されています。そうそう、そういう話だったのです。貧しい青年の盧生は夢の中で、自分の名声が上がり、権力と財を得て人が群がり集まってくる栄華の絶頂を経験したが、覚めてみればそれは束の間の夢で、元の貧書生の自分がそこにいたのです。

 人生それ自体が一場の夢だったとするなら、どうなるか? この場合、死んだときが夢から覚めるときだということになりますが、彼に枕を貸してその夢を見させたその道士は、いわば「生きながら夢から覚めた」人物だったので、そうなれば同じものが見え、経験されても、その人にとってはその質が違ってくるということを彼に教えようとしたのかも知れません。

 時間は謎です。幼い頃は、人は誰でも夢幻の世界に生きています。それから時間の観念が徐々に形成されて、その縛りは次第にきつくなり、前後関係、時間にきっちり規定された世界を生きるようになって、現実もそれに応じたソリッドな、絶対的なものとして立ち現われる。老年になると、再びその支配はゆるんで、夢幻に似た世界に入って、やがてこの生を終えるのです。そして終わりに臨んだとき、無法松が経験したように、全人生は文字どおり「一炊の夢」として、巨大なパノラマとして回想される。

 空想と現実の境目のない幼児や老人の世界を僕らはわらいますが、夢の中にすっぽりはまり込んでいるのは、実は僕らの方なのかも知れません。

 という、わかったようなわからないような話で、今年の記事はおしまいです。
 皆さん、よいお年をお迎え下さい。

(英語を勉強している子供たちに一言。タイトルにした“Time flies”は、「時間は矢のように飛び去る=光陰矢のごとし」という意味の有名なことわざです。)
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