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若者の労働環境

2011.09.26(18:02) 113

 日曜夜遅く、元塾生で今年四月に就職した子から、一本のメールをもらいました。延岡の子は概して温厚、真面目、善良で(だからなおさらあの高校の過剰管理に腹が立つのですが)、マナーもよく、大学入学後も塾に遊びに来てくれる子が多く、就職のときもわざわざ挨拶に来てくれたりします。そのたびに生徒たちはお菓子にありつけるので喜んでいるのですが、この元生徒は就職後も一度メールをくれていました。
 しかし、今回のメールは深刻でした。プライバシーに触れるので、具体的なことは一切書けないとして、毎日帰りが終電で、日曜も出勤して遅くまで働き、このところ一日中胃が痛むようになって、毎日泣きながら家に帰っているというのです。パソコンが本格導入されて、仕事が少しは楽になるかと思ったら、逆にこなす量が増えてハードになってしまった。自分は要領が悪く、他の人の迷惑になってはいけないと一生懸命なのだが、もう限界のような気がする。「私は社会を甘く見ているのでしょうか? 働くってこういうことなのでしょうか? もう辞めたいです」で終わっているのです。

 僕はそれを読んで、叫び出しそうになりました。まぶたにその子の姿が浮かんで、かわいそうでならなかったからです。許しがたい! その子がではなく、彼女の会社が、です。

 僕は返事を書いて、とにかく一度休みをとって医者に行くよう言いました。ストレス性の胃潰瘍か十二指腸潰瘍になっているのはほぼ間違いない。だから一日中、胃がシクシク痛むのです。そんなことは言わないと思うが、仮に上司に休みを申請して、そんなヤワなことでどうする!と叱られたとすれば、そんな会社にいると殺されるから、さっさと辞めてパートでもやった方がマシだ、命あってのものだねだから、とも言いました。
 誰でも仕事を覚えるまではドジの連続です。だからそんなことは気にしなくていいが、問題はそれがいつまで続くかです。仕事を要領よく片付けられるようになったら、連日終電や休日出勤は免れるようになるのか? 周りの様子を見れば大体そのあたりのことは見当がつくだろうから、それを見て、スキルが上がればまた追加の仕事が増えるという悪循環になりそうなら、会社を辞めることを考えたほうがいい、と書きました。その会社は労働基準法を完全に無視しているのです。

 もとより、かんたんに会社を辞めろなんて、言うべきことではありません。今の経済情勢では代わりの仕事はおいそれとは見つからず、入社後半年で辞めたなんていうとなおさら、本人の性格に問題があるのではないか(安易すぎる仮定ですが)と疑われてしまうでしょう。見つかったとしても、前の会社よりもっと条件の悪いところになりかねない。
 僕は専門家ではないのでよくわかりませんが、ときおり耳にする話から総合して、概して今の日本の労働環境がかつてないほど劣悪なものになっているのはたしかなようです。どこも余裕がなく、人減らしで一人当たりの労働時間はさらに長くなり、忙しすぎたり過重なノルマが課されたりで、職場の人間関係もギスギスしたものになりやすい。過労死や過労自殺も増え続けています。
 就職難の時代というのは、運よく就職できた者たちにとっても苦しい時代なのです。パートや派遣の若者たちの窮状をニュースで見るたびに、辞めると一切の身分保障を失ってああいう大変なことになる、だから歯を食いしばってでも…ということになるわけで、会社としても、ときには露骨に、「代わりはいくらでもいるから、文句があるなら辞めろ」なんて言うこともあるでしょう。
 親の方も、自分の若いときの職場環境を基準にして考え、「おまえが甘いからだ、弱音を吐くな」なんて、ろくすっぽ詳しい話も聞かずに言ったりするわけです。とくに父親にそういう人が多いのではないでしょうか。ましてやそれが人もうらやむ有名企業だったりすると、それがひそかな自慢だったので、社会的体面上もまずいわけです。

 しかし、過労死や過労自殺に追い込まれるようなら、辞めた方がずっといいのは明らかです。「こういうことを続けていると、いずれは殺されるな」と思ったら、先のことはまたそのとき心配すればいいと腹をくくって、決断を下すしかないでしょう。
 一番いいのは、むろん、辞めずにその職場環境を改善することです。そういう会社は人を消耗品扱いしているので、大方の人は数年で“消尽”されてしまう。そんな会社が業績を伸ばすことはありえないと僕は思いますが、こういう長期不況・就職難の時代になると、上に見た事情も手伝って、「ここまではいい」という許容範囲がなしくずしに広がる、つまり、人間的な生活という観点からすれば過酷すぎるものになってしまうのです。そのために、仕事選びの基準も、「どっちがいいか」ではなく「どっちがマシか」の方になる。
 企業も今は採算ギリギリのところに追い込まれているのだから、それも仕方ないじゃないか、海外移転して雇用が失われるよりはマシだろ、と言う人がいるかも知れません。それについては僕は言うべき言葉をもちませんが、給与体系を見直して、大して会社に貢献しているわけでもない中高年世代の給料を下げ、そしたら若者をその分多く雇うことができるから、人手が足りなくて忙しくなりすぎる問題も解消して、かなりの問題が解決できるのではないかと思います。それで社内の士気も上がって、業績が回復すれば、それを従業員に還元すればいいのです。そしたら景気刺激策にもなる。
 これはむろん、零細企業なんかには適用できません。役員であっても気の毒なほどの給料に、とっくの昔に下げているはずだからです。しかし、比較的大きなところでは、給与体系の見直しによって雇用を増やし、職場環境を改善する余地はまだかなり残っているのではありませんか。こういうのは専門家には「素人特有の安易な俗論」でしかないと笑われるかも知れませんが。

 何にせよ、子供や若者を守り、育てる力を失った社会や国家は必ず滅亡します。それは次の大人世代の劣等化を招くため、悪循環の中にはまり込んでしまうからです。
 今の時代、社会のどの方面を見ても、大きな問題の一つになっているのは“既得権益の壁”です。それにしがみついていられる人たちと、そうでない人たちとの間で差が出すぎている。その中には原発問題みたいに、その権益自体が望ましい改革を妨げているから破壊すべきだというものもあれば、右肩上がりの経済成長の時代にできた年功序列賃金のように、それ自体は別に悪ではないが、バランスを失しているので見直しが必要なものもあります(年金問題なんかもその典型です)。
 それぞれの分野、それぞれの持ち場で、考えて手を打たねばならないことが今の大人にはあります。その場合に重要なのは、公平の観念と、弱い立場に置かれた人たちへのシンパシーではないかと思います。僕はかねて、今の大人全般に見られる社会性の欠如には驚くべきものがあると感じています。なるほど、政治経済一般に関しては立派なことを言う。しかし、自分の身近にある問題に関しては、そこに問題があることにさえ気づかない人が少なくないのです。正規・非正規社員の問題などもその一例でしょう。自分は正規だからと威張っていても、それは採用試験を受けてパスしたのだから当然と言わんばかりで、同じような仕事をしていたり、ときに面倒なことはそちらに押し付けたりしさえするのに、非正規の人たちの悪すぎる雇用条件には無関心で、罪悪感を感じることもないのです。敏感に反応するのは、直接自分の利害に関することだけで、これは重要な問題ですが、その組織の本来の目的に照らして会社なり役所なりのシステム、やり方に大きな問題があっても、それを改革することには恐ろしく気乗り薄なのです。
 そういうのを見るにつけ、これはもうアカンな、と僕は思うのです。真の意味での当事者意識というものがない。自分はこの社会に、その現場に責任があるのだという感覚がないのです。それでは見た目は立派な市民でも、内実は利己的なガキにすぎません。
 ハートがあれば、見て見ぬふりはできないなと感じれば、行動に移るでしょう。そういうことの積み重ねでこの世の中はよくなっていくものだと思うのですが、今はあなた任せの人間が少しばかり増えすぎたように思うのです。

 何もたった一本のメールで、僕は若者の労働環境が劣悪だと決めつけるつもりはありません。それぞれの職場で千差万別でしょう。条件がいいところもあれば、悪いところもある。しかし、新入社員にそのような働き方をさせて恥じない会社があるということに、僕は腹が立つのです。周りも見ていればわかるでしょう。どうして優しい言葉の一つもかけてやらないのだ。自分のことで手いっぱいで、ひとのことどころではないのか?

 延岡の高校のことで僕が怒るのも同じなのです。目の前に生徒の疲れた顔がある。それも一つや二つではないわけです。なのに、何も感じないのか? 毎日のことだから慣れてしまった? 今の教師が忙しすぎるというのは僕にはよくわかっています。しかし、何のためにそんなに忙しくなっているのだ? そこをよく考えろと言うのです。ただただ忙しくしていれば、給料分の働きはしたと思うなよ。無駄に自他を疲労させるだけなんていうことも、今の世の中にはザラにあるのです。

 僕はその元塾生に、また連絡するよう言いました。自分が会社でもやっていれば、無理にでも空きを作って雇ってあげるのですが、その力がないのが情けないところです。できるのは言葉による精神的なサポートだけで、それが何か役に立つのか、大いに疑わしいところですが、可愛い自分の教え子が潰されたりするのは堪えがたいことなので、何とかして彼女に明るい表情が戻るのを待ちたいと思います。

【追記】この問題、おかげで改善を見たようです。今は土日は休めるようになり、平日も夜8時には帰れるようになったという本人からの喜ばしいメールが、先日届きました。同様の悩みを抱える人は、問題を一人で抱え込まず、まずは周囲に相談してみることです。まずは、一安心(11.17)
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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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