テンプル騎士団気取りの“金髪の殺人鬼”

2011.07.25.17:41

「一人を殺せばただの人殺しだが、百人殺せば英雄になる」――この金髪男の頭にはこの言葉があったのかも知れないと、最初このニュースに接したとき思いました。

 ノルウェー、オスロでのあの爆弾テロと、それに続くウトヤ島というところでの大量射殺事件のことです。英語圏ではこのニュースはどういう扱いになっているかと日曜の午前中、グーグルのニュースサイトのUKとUSをクリックしてみると、どちらでもトップニュースになっていました(月曜の今も変わらず)。

 犯人はアンネシュ・ブレイビク(32歳)。いくつか斜め読みした英文記事からこのmass killer(大量殺人者)の人物像を要約すると、男は「クリスチャンで保守派」を自称しており、オスロのフリーメーソン・ロッジの会員でもある「中産階級出身」の男で(農場経営は爆弾製造用の化学肥料の大量入手が目的だったとのこと)、「ヨーロッパからのイスラムと共産主義の根絶を要求calling for the eradication of Islam and Marxism from Europe」している、「極右the right-wing extremist」です。マッチョを志向する熱心なボディビルダーで、銃と狩猟の愛好家だというのだから、アブナイ条件が全部揃っています。

 彼はまず官庁街に自動車爆弾を仕掛けて爆発させた後、その足で南部ウトヤ島に出向き(周到にも警官の制服持参で)、そこで与党労働党青年部主催のサマーキャンプに来ていた若者たちを、目撃者の話によれば一人ずつ(one by one)、確実に死ぬよう二発ずつ撃ち込んで、現段階で判明しているだけで86人を殺したのです(行方不明の若者がいるので、死者はさらに増える可能性があるとのこと)。「乱射」という日本の新聞にある表現は、だからあまり適切ではない。獲物を探すようにして移動しつつ、隠れている者は「警官だから安心して出てきなさい」などと言っておびき出し、至近距離から一人ひとり狙い撃ちにして殺したようだからです。ときに皆殺しだと叫び、笑いながら…(その後、彼は殺傷能力を高めるべく、体内で破裂するような特殊な弾丸を使用していたことが判明、それがこれほどまでに死者数が多くなった原因の一つだと言われています)。

 このハンティングのような殺人は一時間以上にわたって続いた。爆弾テロで亡くなったのが7人と伝えられるので、現段階で犠牲者はすでに93人にのぼっているのです。

 「イスラム過激派の犯行か!?」と皆とっさに思ったのが、皮肉にも狂信的な反イスラム主義者の犯行だったわけです。しかも、単独犯と見られる。彼は犯行直前に1500ページにも及ぶ長大なmanifestoをインターネットに公開して、“大義”を主張、「第二次大戦後政権を握ってきたノルウェーの与党、労働党は、ヨーロッパのイスラム化the Islamization of Europeにつながる政策を実行してきた責任があり、(彼のような“生粋の”ヨーロッパ人からすると)逆賊に等しい」と断罪したのです。

 爆弾は首相や閣僚を狙い、ウトヤ島では「次世代の労働党のリーダーたちを根絶」するのが狙いだったと見られるので、そのあたりは見事に“一貫”しているのです。

 弁護士に語ったところでは、彼は犯行は認めているが、何も悪いことをしたとは思っていないそうで、裁判も公開を求めています。そこで彼は自分の“意図の正しさ”を詳述したいと思っているのでしょう。彼は「テンプル騎士団の騎士」に自分をなぞらえ、イスラム相手の“聖戦”を二十一世紀の今、戦っているつもりなのです。志ある者たちよ、自分に続け!と。

 何が恐ろしいといって、この手の“信念に凝り固まった狂人”ぐらい始末に負えないものはありません。彼に著作を引用されたというオスロ在住のあるライターは、困惑して、completely insane(完全にイカれている)と書いていましたが、この殺人鬼はかなりの読書家でもあるらしく、7月17日、ツイッターにジョン・スチュアート・ミルの次のような言葉を引用して見せたという。 “One person with a belief is equal to the force of 100,000 who have only interests.”(信念をもつ一人の人間は、たんなる関心程度のものしかもたない十万人の力に匹敵する)。

 『自由論』の著者もこういう男に自分の言葉を引用されたのでは、草葉の陰で泣くしかないでしょう。ミルは「多数派による圧政」を阻止せよとは述べたが、だからこそこの犯人とは逆に「多文化の共存」を擁護していたはずなので、一体どういう本の読み方をしているのかと驚くのです。「信念」が反対の方向を向いているのにはおかまいなし。しかも、手段がこれなのです。

 しかし、そのライターが書いていましたが、ノルウェーのみならず、今のヨーロッパではイスラム系の移民が増え、その家父長的&女性蔑視の価値観がかなりの摩擦を生んでいることはたしかなようです。おおっぴらにそれに対する批判ができないような雰囲気があって、そういう妙な風通しの悪さが背景にあることは否めない。続発するイスラム過激派のテロに対する恐怖や怒りもあるでしょう。

 僕は今「多文化の共存」と書きましたが、中心的な価値観が衝突する場合、相互に寛容な態度を維持することはそれほどかんたんなことではない。狭量な人間にとっては自分の価値観に反するそれをもつ人間が周囲に存在すること自体が脅威であり、憎悪の対象になるので、この金髪男はイスラム系移民の増加を見て、「このままでは国が乗っ取られる!」と勝手に危機感を募らせたのかも知れません。

 これまでもアメリカやヨーロッパでは、不況になるたび移民排斥運動が起きていたし、ナオナチなどの極右民族主義者も増加しました。移民たちはうっぷん晴らしの恰好のスケープゴートにされたのです。

 この犯人は明らかに精神病理学の対象となる病的なパーソナリティの持主なので、こんな狂った人間を擁護する連中がそんなに多くなるとは思いませんが、世界同時不況の今、こういう異常人格者がこの種のとんでもない事件を起こすというのは、ある意味象徴的です。アメリカの前大統領ブッシュも、キリスト教原理主義の“信仰”をもつ、カウボーイ気取りの幼稚な善悪二元論者で、彼が始めた愚劣なアフガンとイラク相手の戦争は深刻な悪影響をもたらし、かえって対立を激化させてしまいましたが、この犯人はいわば“純化されたブッシュ”という感じで、両方を合体させればヒトラーができてしまうでしょう。

 舵取りをちょっと間違えると世界恐慌に発展しかねないようなデリケートな局面に、今の世界経済はあるようですが、仮にそうなったら、おかしな連中が人々の欲求不満や恐怖を背景に政治の表舞台に出てきて、テロがテロを生み、戦争が戦争を呼ぶというようなことにならねばいいがと、つい心配してしまいます。

 ちなみに、ノルウェーには死刑はもとより、終身刑a life sentenceもないそうなので、最高でも21年の刑だろうということです。

(僕は犯人の精神分析をしてみたいと思いましたが、1500ページもの声明文を読んだりするのは骨なので、それは専門家に任せたいと思います。病的な人間が「思想」を悪用してどのようにして自己の歪んだ内面を正当化するか、理解しておくのは重要なことなので、それはやるだけの価値のある作業でしょう。)

【追記】その後、ウトヤ島での死者は86人から68人に下方修正され、オスロの爆弾テロによる死者は逆に一人増えて8人に修正されました。計76人(多数の負傷者は除き)で、当初の見込みより少なくてすんだようです。裁判は被告に「思想宣伝の機会」を与えないため非公開になる由。南仏在住の元外交官の父親(76)はインタビューに答えて、「多数の人を殺すより本人が自殺すべきだった」と息子の犯行について悲痛な面持ちで語ったとのこと。親子関係がどうなっていたのか、彼の経済生活がどのようにして成り立っていたのか、そのあたりのことはまだわかりません。(7.26)
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