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原田芳雄、逝く

2011.07.20.18:42

 俳優の原田芳雄さんが19日、亡くなられたとのこと。僕は若い頃、この人のファンでした。顔も、声も、かもし出す雰囲気も、こんなカッコいい男がいるかと思うくらいで、映画『龍馬暗殺』は今も記憶に鮮やかです。

 初めて画面で見たのがいつだったのか、はっきりしないのですが、高校のとき『冬物語』という連続ドラマがあって、浅岡ルリ子との共演だったと思いますが、それを下宿のテレビで毎回欠かさず見た記憶があるので、たぶんあれかと思います。フォー・クローバーズの哀愁に満ちた主題歌もよくマッチしていて、レンタルビデオ店にあれがないか探してみたことがあるのですが、当時は評判だったはずだし、今でも出せば若いファンがかなり獲得できそうに思うのですが、見当たらないのは残念です。出してもらえませんかね。個人的に宣伝しまくりますけど。

 二十代初めの頃、僕は夏でも上下黒で決めて、真っ黒なサングラスをかけて長髪をなびかせ、新宿周辺をうろつき回っていたことがあって、風体からしてふつうでないので、皆さん道をあけてくれてたいへん歩きやすかった記憶があるのですが、今にして思えば恥ずかしい。そういうのも、しかし、似てもいない原田芳雄の真似みたいなところがあって、それで喫茶店に入って、ヴァレリィの小林秀雄訳『テスト氏』かロープシンの『蒼ざめた馬』でも読んで、ボブ・ディランかカルメンマキの曲でも流れていれば文句なしみたいな感じでした。西新宿の家賃一万円のオンボロアパートに住んでいて、なぜかあの周辺はオカマが多いので閉口でしたが、超がつく貧乏学生で、アルバイトに多忙で大学の講義になんか出ているヒマはなくて(飲み会の方は皆勤だったというのは矛盾していますが)、母親の「世界の終わり」みたいな顔を見ずにうまく中退する方法はないものかと、あれこれ思案をめぐらしたりしていましたが、「後は土方でも何でも、おまえの好きにしていいから、とにかく卒業だけはしてくれ」と言われて、やむなく五年半も籍を置いた挙句、戦時中の遺物であり、当時は不良学生の救済に使われていた、九月卒業というのを利用して、何とかあの筒に入った厚紙をせしめたのです(卒業式なんてものは、もちろん出なかったので、受付時間が過ぎて閉めかけている事務室に駆け込んで、「卒業証書、残ってますか?」とバーゲン品の残り物を探すみたいな口調できいて、「ああ、これこれ」と確認して受け取り、そのまま田舎に郵送したものです。何の感慨もなかった)。

 しかし、今にして思えば、あれも青春だったわけで、「何とかしてこのインチキな、クソ面白くもない社会をぶちこわしてやりたい」と思いながら、なすすべもなく無茶の三乗みたいな生活を送っていたとき、タバコをくわえてウイスキーの水割りを傾ける原田芳雄のあのクールな姿は、感情移入の対象としてはまさにピッタリだったのです。

 思うに、原田芳雄という人はそんな70年代の鬱勃たる雰囲気をずっと身にとどめていた。「面倒見のいい不良の兄貴分」みたいな感じが、彼にはあったようだからです。お説教なんて柄ではないが、何とも嘘くさい、胸糞の悪いこれは社会だと、思いながらずっと生きていたというところがあったのではないでしょうか。それが地味というには存在感がありすぎ、かといってこっぱずかしくてメジャーになんかなるのは願い下げだ、という感じのたたずまいとなって表われていた、そんな感じがするのです。

 七十一歳の死というのは、今の時代では少し早すぎる。しかし、最後まで好きな仕事をやって、作品の完成を見届けて身罷ったというのは、幸せな最期ではないかと思います。大型台風と共に去りぬ、というのが、いかにも原田芳雄らしい感じです。

 遺作の『大鹿村騒動記』、田舎ではレンタルDVDになってから見るしかないと思いますが、楽しみにしています。ついでに『鬼火』ももう一度見てみたい。健さんの『夜叉』はあったが、あれは果たしてあるかな、と思うのですが…。
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大野龍一

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