空虚なキャッチフレーズばかり振り回すな!

2011.03.30.16:26

 オリンピックやワールドカップとなると、「皆様のNHK」ではきまって「応援メッセージ」なるものが募集され、「こんなものに一体何の価値があるのか?」と思われるようなそれが、放送途中に度々紹介されます。民放もそれに準じるようですが、「こんな気持ちの悪いことをなぜするんだろう? 勝手に応援する人はしてればいいじゃないか」と僕などは思ってしまいます。そういうのが「視聴者参加」なのだとでも思っているのでしょうか。

 選手たちも「国民の皆さんのご声援のおかげで」と言い添えることを忘れません。それを言わないと「配慮に欠ける」「傲慢だ」ということになるのです(むしろ傲慢なのは、「プレーで感動や勇気を与える」というそちらの発想の方で、「おまえらにいちいちそんなもの、頼っていないよ」と、僕は言いたくなるのですが。じっさい、そんなものに「元気をもらう」なんて、かなりヤキが回っている証拠ではありませんか)。

 僕はプロ野球のヤクルトスワローズのかなり熱心なファンで、ヤクルトが勝って、嫌いな巨人(元から嫌いでしたが、この金満球団はぺタジーニの次はラミレスと、札束にモノを言わせてヤクルトの四番を順々にかっさらってくれました)が負けたときなどは、スポーツニュースをはしごして見るくらいです。実に気分がいい。しかし、僕は勝手に応援しているので、「応援メッセージ」なんてものは、頼まれても送らないでしょう。そういうのは「個人の勝手」にさせてもらいたいからです。

 これがスポーツだけなら、押しつけがましくて不快でも、まだ何とか我慢できる。しかし、今度は大震災に、とんでもない原発事故が重なったところに、「被災地の皆さん、頑張ってください!」「応援してます!」の大合唱です。センバツ高校野球の選手宣誓の男の子まで「がんばろう、ニッポン!」と叫んで、彼はいい声してるなと、そのことには感心しましたが、それが繰り返しニュースで流されるのです。テレビではこれに被災地で見つけた「感動話」が加わる。「見ましたか? お気の毒でしょう、同情しましょう!」「困難の中で、人々は深い愛をもってこんなふうに助け合っているんです。感動しましょう!」みたいな、率直に言えば悪趣味きわまりないニュースもどきのオンパレードです。そういうのは被災者の人たちが一応落ち着いた生活ができるようになってからするのが礼儀ではないかと思うのですが。

 そういうことをするヒマがあったら、なぜ物資が届かないのか、その理由をよく調べて問題点を提示する掘り下げた報道をするなり、原発事故のもっとまともな解説をなぜやらないのかと思いますが、後者については「大本営発表」みたいな原子力安全・保安院(一体何を「保安」している機関なのか、皆目わかりませんが)なるものの、断片的な数字を並べるだけの不要領な記者会見を垂れ流した上で、それに解説にも何にもならない「解説」を申し訳程度に添えるのみで、報道機関として期待されていることはろくすっぽしないで、他には「各地で支援の輪が広がっています」といった、「そんなことはわかりきったことだろ」と言いたくなるような話ばかりなのです。

 北朝鮮になってしまったのか、戦時中に逆戻りしてしまったのかと、だんだん僕は薄気味が悪くなってきました。大体NHK(民放はCMが嫌いなので、よほど見たい番組がないかぎり見ません)なんか、僕がふだん見るのは日曜夜七時半の動物番組「ダーウィンが来た!」と、大河ドラマなるものは飛ばして、九時からのドキュメンタリーがせいぜい(今はニュースもインターネットですませるから、平日はかぎりなくゼロに近い)なので、それで視聴料を取られるのは馬鹿らしいなと思っているのですが、「未曾有の大災害」で珍しくよくテレビを見るときに、必要な情報がロクに提供されないのです。東電と一緒に潰してしまえばいいのではないかと思うほどです。それとも、NHKだけ入らないテレビを開発して、それを持っている人は視聴料を払わなくていいようにしてくれませんか。そしたら、その分を被災地への寄付に回せます。

 仕方がないので、目下の最大の関心事である原発事故情報は、インターネット頼りです。僕に一番タメになったのは、この前ここに書いた広瀬隆さんや、元東芝の原子炉技術者、後藤政志さんの解説、先日は大前研一さんのもYoutubeで見つかったので、広瀬さんのは三種類、後藤さんのは二種類、大前さんのも二つ見つかりましたが、三者三様のそれらを全部見て、おかげである程度事故の全体像をつかむことができたのです。そういうのをアップしてくれた人たちには、僕はほんとに感謝しています。意味のある情報だからです。あとは放射能の害について、良心的な専門家が説明してくれている記事が見つかったので、そういうのを読んだりして勉強しています。口の悪い広瀬隆さん(僕もひとのことは言えませんが)によれば、テレビなんかに出てくる御用学者たちは無責任な「極悪」な奴がほとんどだという話ですが、情報をあれこれ総合すると、それは真実に近いなと思わざるを得ません。

 今は日本中でミネラルウォーターや電池が売り切れたり、ホウレンソウが売れなくなったりしているそうですが、そういうのはただの馬鹿です。先日僕はホウレンソウの大きな束が99円でスーパーに積まれているのを見て、喜んで買ってきて、おひたしにして食べました。実にうまかった。僕が住んでいるのは九州の宮崎県で、たしかに放射能は北半球全体にすでに広がっているのでしょうが、ほとんど何の影響もないのは明白です。水道水も同じで、なのにミネラルウォーターがこんなところでも売り切れるとは信じがたい。こういうのもしかし、情報を正直に出さず、「人体にただちに影響はない」なんて、深刻な影響が長期的には出るのが明白なことについてまで専門家と称する人たちや政府が言っているから、「全部信用できない」ということで、なおさらそうなってしまうのでしょう。いわば“逆オオカミ少年”的な展開になっているのです。今回の事故では、マスコミや専門家の信用も完全に地に墜ちた。正直な事実報道、まともな解説やコメントをしないからです。それでなくてもテレビ離れが進んでいるので、今後まともな人は誰もテレビを見なくなってしまうかも知れません。ニュースですら、見る価値がないのですから。英国のBBCなんかは、同じ国営放送でも、もっとずっとマシなのではありませんか。人畜無害も、ときと場合によっては大いに害になるのです。

 話を「同情しよう、みんなでがんばろう、応援しよう!」の大合唱に戻します。そういうのは全くよけいなお世話です。いちいち被災民の人たちの姿を映して、「どうですか、お気の毒でしょう?」と強調されなくても、そんなことはわかっています。
 これは24日付の日刊ゲンダイの記事ですが、救援に駆けつけてくれた外国の医師団に、日本の医師免許がないからという理由で、「許可」がおりるまで六日も医療行為をさせなかったとか、海外から高齢の被災者のために寄付された薬品を、当局の承認がないから届けることができなかったとか、「日本の船会社が湾岸地域に救援に向かうコンテナ船をヘリの着陸用に提供すると申し出たが、政府は船会社に正式な資格がないことからこの提案を断った」とか、他にも官庁の認許可の関係から、とっくに東京の倉庫には届いている大量の物資を、被災地に届けることができず、業者がイライラしながら待っているとか、「この非常時に何をやっているのだ?」と呆れるような話はたくさんあるようです。

 断末魔的な状況になった今になってやっと救援を“お願い”するにいたった東電本店が、つまらないメンツから、あるいは隠した情報の開示を余儀なくされるのを恐れて、当初はアメリカやフランスからの緊急技術支援の申し出を断っていた、などという話もありますが、こういう「早急に解消」される必要のある事柄についての報道は何もなくて、「現地では大変な状況の中、皆さんこんなに頑張っておられます。私たちも応援しましょう!」なんて、センチメンタルな御託ばかり押しつけられても、何の役にも立たないのです。そんなことは、報道機関のやることではない。

 こういうのもふだん記者クラブのお仕着せ情報ばかりに頼って、取材力というものがまるでなくなっているからではないかと思いますが、ほんとに役立たずのメディアだなと、あらためて感心させられます。責任感、使命感のカケラもなく、無能それ自体です。

 ついこの前までは宮崎県が「同情」の対象でした。口蹄疫、鳥インフルエンザ、新燃岳の噴火と相次いで、「宮崎県民はかわいそう!」ということにされていたのです。そのときは「がんばろう、宮崎!」というのが合言葉みたいになっていて、宮崎県民の一人である僕は正直「気持ち悪いな」と思っていたのですが、幸か不幸か、比較にならない大災害のおかげで、そんなものはどこかに消し飛んでしまったようです。

 大体、そういう空虚なキャッチフレーズで何がどうなるわけでもないのです。少なくともオトナなら、誰でもそんなことはわかっているはずで、言葉ではなく実際的な支援は有難いとしても、地道な自力救済の努力と個々の具体的なアイディアの実践によって、好転をはかるしかないのです。地方自治体の経済対策などもむろん重要ですが、そうした中、ほとんど満足な仕事はしないまま、知事の重責を投げ出して、今度は東京都知事選にご出馬遊ばせられる、というのが東国原です。虚栄心以外何も持ち合わせない幼児人格の権力亡者、というのが僕の東国原評ですが、都民の皆さんには楽しみなことでしょう。

 今回のことであらためて思ったのですが、日本という国のいわく言いがたい「異常さ」というのは、何かあると一色に染められてしまう、「みんなで力を合わせよう!」と唱和して、全員に無理にでも同じことを言わせ、同じポーズをとらせようとする、この全体主義的な偽善体質です。それが、僕には気持ち悪く、不快なのです。

 戦時中、「この戦争に正義はないし、必ず負ける」と言う人は、「一億火の玉となって皆がお国のために力を合わせているときに、それは何だ! 大体、戦場で命がけで戦っている兵隊さんたちに失礼だと思わないのか!」ということで袋叩きにされたわけです。暗愚かつ腐敗堕落した軍上層部には、これは好都合な話でした。杜撰きわまりない「軍事戦略」なるものに基づいて、兵士の命を弊履のごとく扱い、次々英雄話をでっち上げて、それを新聞、ラジオに流させていれば、それですんだのですから。そして「大本営発表」の大嘘を暴くメディアなど存在しなかったのです。

 戦争と災害では違うとはいえ、何かしらよく似た感じがあるような気が、僕はしているのです。国民の「知る権利」などはどこへやら、「感動話」を垂れ流すだけで、「パニックを誘発するおそれがある」として当局の情報隠蔽をそのまま追認し、国民をつんぼ桟敷に置く。そうしておいて、何も知らない高校球児にまで「がんばろう、ニッポン!」と叫ばせて、“善行”をしているような気になるのです。

 僕にはこういうのは道徳的腐敗の極みのように思われるのですが、こういうお粗末なことばかりやっていて、言葉の真の意味での「復興」がほんとにできるのでしょうか? 僕はだんだん心配になってきたのです。今のわが国には本当に大人と呼べる人が果たしてどれくらいいるのか、それが疑わしく思われるのです。

 なすべきことは、空虚なキャッチフレーズを振り回し、人に押しつけることではなく、各人が各人の持ち場でやるべきことをやることでしょう。いちいちこれ見よがしにポーズをとったり、鹿爪らしい顔つきをする必要はない。マスコミは事実の冷静な報道と、必要な対応を考えるための参考となる、問題点の摘示に努めればいいので、センチメタルなだけで無意味な「応援メッセージ」もどきを撒き散らすことではありません。義捐金だって、それが今後何にどう使われるかわかったものではないので、そういうことを監視し、伝える準備と能力が、今のこういうマスコミにあるのでしょうか?

 いい加減にしてくれと言いたくなったので、書かせてもらいました。

【付記:今回の原発事故の現実を知ろうとインターネットであれこれ調べるうちに、平井憲夫さんという方の「原発がどんなものか知ってほしい」という文章を見つけました。すでに亡くなられた方のようですが、死ぬ前に書き残しておこうと元現場技術者が心魂こめて綴った落ち着いた誠実な文章で、原発現場や原発行政のひどい実態がよくわかります。こういうことを、僕ら一般人はほとんど何も知らされないまま、今まで来たのです。グーグルで検索すればすぐ出てくると思いますので、ご存じない方はぜひお読みになって下さい。僕は一読して衝撃を受けました。】
【付記2:『週刊現代』4月9日号の「原発事故特集」は内容もボリュームもあって、読み応えがありました。この件に関しては、週刊誌も妙に元気がないなと思っていたのが、これで払拭されました。この中の「外国人記者が見た『この国のメンタリティ』」という記事は、僕がここで言いたかったことと通底しているように思われます。】
【付記3:これも貴重な情報だと思うので、グーグルの「ピックアップ」のところに出ていたからご覧になった方もいるでしょうが、付け加えておきます。それはInsight Now!というサイトに出ている大阪芸大教授・純丘曜彰氏の「東電のカネに汚染された東大に騙されるな!」と題されたコラムです。「寄附講座だけで東電は東大に5億円も流し込んでいる。一方、長崎大学はその買収的な本性に気づき、全額を東電に突き返した」で始まるこの文は、世間の知らないところでどのように“癒着(学者の飼いならし)”が進行しているかということと、野放図に行われるようになった企業による大学への「寄附講座」の危険性をよく教えてくれるものです。こういう問題はいっぺん全部洗い出す必要がありそうなので、誰か気骨のあるジャーナリストがそれをしてくれないかなと思います。】 
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