ふしぎの泉~20年前に書いた童話

2015.05.05.13:22

 塾に一人、絵の上手な男の子がいて、前に学校の先生の似顔絵を見せてもらったのですが、他の生徒たちによればそれは「そっくり」だそうで、特徴をとらえるのがうまいのです。しかし、先日彼がかいた馬の絵はヘンテコでした。本体はいいが、背中にトンボみたいな先が丸っこい羽根がついていて、一体それは何なのかときくと、ペガサスのようでした。君ねえ、と口の悪い僕は言いました。あれは鳥の羽根でないと駄目なので、君のそれだと、まるでフタコブラクダのコブか、ステゴザウルスの背中のイボイボみたいに見えるじゃないか? すると、彼は「そうか…」と笑ってそこをすぐに直して、立派なペガサスらしくなったので僕は満足したのですが、そう言えば…ということで、昔書いたペガサスが登場する童話のことを思い出しました。どこかのキリスト教系の団体が童話を募集していて、一等賞金が10万円だったので、童話で10万ならオイシイと、いたって不純な動機からそれに応募することにしたのです。書き上げて、これで一等賞は間違いないと自画自賛して、いつもながらの「謙譲の美徳の欠如」を咎められたのですが、予期に反してそれはたんなる佳作にとどまり、賞金はたったの5千円、しかも一割源泉徴収で引かれて、4500円の郵便為替か何かが送られてきただけなのでがっかりしたのですが、この種の応募者のつねとして、一等になった作品より、自分の作品の方がはるかよいものに思われました(佳作は作品も掲載されなかったのです!)。見ると、そこには審査委員長の「講評」なるものが載っていて、「他の神話など、キリスト教とは無関係な題材を持ち込んだ心得違いの人もいた」と書かれていて、それは僕の作品のことなのだろうと可笑しかったのですが、童話なのだから、そんな原理主義者じみたキ●タ●の小さいことを言ってはいけません。

 この作品には、しかし、もう一つ隠れた出典があって、ユング派の心理学者のロバート・A・ジョンソンの Owning Your Own Shadow(『自分の影をもつこと』)という本の序文冒頭に、次のような記述があります。

「ユング博士お気に入りの話は、次のようなものだったと言われている。いのちの水が、地表で自分の存在が知られるようになりたいと望んで、掘り抜き井戸から湧き出し、こんこんとあふれ出た。人々がやってきて、その魔法の水を飲み、力を与えられた。それはとても清潔で、澄んで、滋養があったのだ。しかし、人間はこれをエデンの園のような状態にしておくことに満足しなかった。やがて彼らは井戸の周りをフェンスで囲い、料金を徴収し、そのあたり一帯の所有権を主張し、誰が井戸の水を飲みにくることができるかについて法規を整え、門に鍵をかけるようになった。ほどなく、その井戸は有力者とエリートたちの所有物となった。いのちの水は怒り、気を悪くした。そして湧き出るのをやめて、他の場所から出るようになった。最初の井戸の所有権をもっていた人たちは、自分たちの権力と所有にうつつを抜かしていたので、水が消えてしまったことには気づかなかった。彼らはもはや存在しない水を売り続けた。そして、水の本当の力が消え失せてしまっていることに気づく人はほとんどいなかった。しかし、不満を抱く人の中には、勇気を出して水を探しに行き、新しい井戸を見つけ出す人もいた。またしても、その水は金持ちの支配下に置かれるようになり、前と同じ運命が繰り返された。いのちの泉は他の場所に移り…というわけで、これが有史以来ずっと続いているという。」

 当時僕はまだユング心理学の影響下にあって、そのうち疑問を抱くようになって、ある時期を境に関心を失ってしまったのですが、ともかくその頃、この本を買って読み、そこからわが童話は着想を得ていたのです(たぶん訳は出ていないでしょう。これは「心の暗い側面の理解」とサブタイトルにあるように、人間の影の側面を扱ったもので、途中までは非常に面白かったので、ついでに訳してしまえと、僕は訳を作りかけていたのですが、どうもなあ…というところが出てきて、第一部を訳し終えたところでやめてしまいました。今読み直せばまた別の感想をもつかも知れませんが)。

 前置きが長くなりましたが、そのような背景があって書かれた、これは童話です。茶ばんだ紙には書かれた日付がついていて、それは「94.10.11」とあるから、今から20年と半年ほど前、30代最後の年の作となります。ご笑覧ください(ここに載せるにあたって、ほんの少し手を入れました)。
「こどもの日」に合わせて公開することにしたので、お母さんたちがこれを子供に読んであげてくれたら嬉しいなと、ひそかに思っています。少し道徳臭が強いのが欠点かも知れず、「みみずくとミミズ」と題した、もっと違うコミカルなテイストの作品(森の生きものたちが大同団結して各種のトンデモ技を駆使し、人間の破壊行動を阻止する!)も書いたことがあって、それは息子が生まれてからで、幼いころ読んで聞かせたことがあったのですが、そちらはかなりの“長編”なので、打ち込み直すのが大変です。


〈ふしぎの泉〉

 むかし、むかしのお話です。
 その国には百年に一度、ふしぎな泉がわく、という言い伝えがありました。
 その泉の水を飲むと、病気はなおり、長生きができ、お金持ちになるといわれていました。
 けれども、その泉がどこに出るのかは、だれも知りませんでした。五百年前はある山の中腹に出たといわれていました。三百年前は田んぼのまんなかに、そして百年前は、へんぴな村はずれにあるちいさな小川の岸辺から、ちょろちょろわき出したといわれています。
 そのたびに病気が奇蹟のようになおり、人びとは健康になり、土地の人たちはゆたかになりました。うわさをきいておおぜいの人びとが遠くからもやってくるようになり、泉のまわりにはお店や旅館が軒(のき)をならべるようになって、たいそうはんじょうしたからです。

 そのうち、泉はまわりを石でかこわれ、屋根がつけられ、豪華(ごうか)にかざりたてられるようになりました。はじめただだった泉の水も、ねだんをつけて売られるようになり、そのねだんもだんだん高くなりました。泉のもちぬしがだれかというあらそいもときどき起きました。たいていはその地域でいちばん力のある人のものになりました。
 けれども、今はどの泉のあともさびれて、くずれかけた建物や石のかべが草ぼうぼうのなかに立っているだけになっています。五百年前の泉のあとはもちろん、百年前の泉のあとも、今はしげった草におおわれてあれはててしまっています。
 泉の水がかれてしまったり、水のききめがうすれて、ふつうの井戸水と同じになってしまったりしたからです。泉のもちぬしやまわりで商売してる人たちは、泉のききめをせんでんしつづけましたが、たいていは二十年もするとだれも来なくなってしまいました。それで、そこにはもうだれも住まなくなってしまうのです。

 けれども人びとはまた泉がどこかからわき出るのを信じていました。かっきり百年目に見つかるときも、九十九年目に見つかるときも、百二年目に見つかるときも、いろいろあったといわれていましたが、とにかく泉はこれまで必ずあらわれていたからです。
 そこで、九十五年目あたりから、泉のことは国のあちこちでよく話題にのぼるようになりました。学者のなかには、これまで泉があらわれた場所をしらべて、こんどはどこにあらわれるかを予測する人もいました。あるお金持ちがその学者にお金を出して、調査をえんじょするといううわさもありました。
 多くの町や村でも、新しい泉を見つけだすための計画が立てられるようになりました。
 こうして、国をあげて、おおぜいの人たちやグループが、泉さがしにあちこちを歩きまわるようになりました。野原や森や川はもちろん、きけんな岩場から洞くつのなかまで、さまざまな場所で泉さがしがおこなわれました。泉さがしのためのいろいろなつえや棒も考え出され、それらは飛ぶように売れました。

 そのうちとうとう百年目になりました。ふしぎな泉はまだ見つかっていませんでした。これまで泉は何度か見つかったものの、どれもあのふしぎな、奇蹟の泉ではなかったのです。それらはどれもただの水とかわりはなく、探しあてたと思った人たちはみな、そのたびにひどくがっかりしました。
 そんなある日のこと、大きな町に住むひとりの占い師の老婆(ろうば)が、夢のなかで、ある山あいの貧しい農家の畑から泉がわき出すのを見ました。老婆はさっそく親しい泉さがしの男をよび出して、こっそりこの夢の話をうちあけました。
「今度ももしウソだったら」と男はすごんで言いました。「おまえのいのちはないぞ!」
 男はこれまで何度もこの老婆のところにやってきて、泉の出そうな場所をうらなってもらっていたのです。けれども、一度どろ水が出ただけで、いつもはずれでした。
「心配はいらん」と、老婆は欠けた前歯を見せて、にっと笑いました。「今度は神さまのお告げだでな。そのかわり…」
 そのかわり、泉が見つかったときは、その泉を売るけんりの半分はじぶんにあるとやくそくするよう、老婆は言いました。
「いいさ」と、男はせせらわらうように言いましたが、老婆のそのようすから、今度はほんとに泉が見つかるような気がしました。
 そこで、男は、老婆からくわしい話をききだしました。まわりの山や谷のようすから、畑がいくつあって、そのかたちはどうか、など。
「家はのう、いまにも倒れそうな、ちいさなボロボロのあばら屋じゃ。東側に馬小屋があって、やせた黒い馬が一頭、そこにおる」
 老婆はそう語りながら、夢に見た風景をこまかく絵にかきました。男はその紙をひったくると、すぐ外に飛び出しました。やくそくをわすれんようにな、という老婆の声があとをおいかけました。

 男は家に帰ってしたくをすると、その日のうちに北にむかって旅立ちました。いろいろな地方を、布の行商や泉さがしのために旅したことのある男は、すぐに場所の見当がついたのです。
 二日、三日と、男は占い師の老婆がかいた絵を見せながら、たずね歩きました。
「さあな…。そんなところはこれまで見たことがない」というこたえばかりでした。
 そのうち男は、いつのまにかずいぶんへんぴな山奥まで入りこんでいることに気づきました。だれかにきこうにも、出会う人そのものがまれになりました。
「おかしいな…」と男はひとりごちました。「こんな地形はほかのところにはそうあるもんじゃない。が、ここから先、もう人が住んでいるようすはなさそうだし…」
 ちょうどそう言って顔を上げたときでした。
「あった!」
 男は思わずさけんで、とびあがりました。
 谷をへだてたむこうの山のふもとのあたりに、老婆がかいた絵とそっくり同じような畑と家、馬小屋が見えたのです。
 ちょうど日が暮れかかっていたこともあり、男は宿を乞(こ)うふりをして、ようすをうかがうことにしました。
 谷をわたり、からまった木の根をたよりに岩をよじのぼりながら、男の頭にはつぎつぎとよからぬ考えがうかびました。
 本当にあの老婆が夢に見たとおりの場所があったからには、泉もきっとあの畑から出るにちがいない。そしたらおれさまは大金持ちだ。あのばあさんには少し金をわたしてだまらせることにしよう。問題は、あの農家から、どうやって土地をせしめるかだ。うまく追い出す方法はないもんかな…。

「おじさん、どうしたの?」
 とつぜん、そういう大きな声が上から落ちてきたので、男はギクリとしました。
 見ると、上のこみちに木の葉を手にした七、八歳の男の子が立っていました。そのかたわらにはやせて小さな、馬というよりロバのような動物の黒っぽいすがたも見えました。
「いや…」と、悪だくみを見すかされたような気がした男は、ずるそうな、こわばったほほえみをうかべてこたえました。「ちょっと道にまよったようでね…」
「だったら、今夜はうちにとまるといいよ。すぐそこだから」
 少年はしんせつにそう言いました。
 男は岩をやっとのぼりおえると、愛想よく少年に問いかけました。
「ぼうやは、そこのうちの子かい?」
「うん」
「その黒いロバもぼうやのうちのかい?」
「そうだけど…」と、少年はおかしそうに笑いました。「これはロバじゃなくて馬だよ。ペガサスっていうんだ」
「はっはっは。名前だけはりっぱな馬だね。ところで」と、男はチラリと少年の手に目をやって言いました。「手にもった、その木の葉はなんだね。めずらしい葉のようだけど…」
「あそこの大きな高い木の葉っぱ。おとうさんの胸の病気にきくんだ。いつもこうしてペガサスといっしょにとりにくるんだよ」
「おとうさんの病気?」
 男は思わずきき耳を立てました。
「うん」と、ペガサスのおしりをたたいて、歩き出しながら、少年は言いました。「おとうさんはもうながいこと病気で、いつもこの葉のしぼり汁で胸に湿布(しっぷ)をするの。そうすると楽になるんだ」
「それできみの家族は…」と、男はさぐるように、しかしあやしまれないようになにげない調子をよそおいながら、さらにたずねました。「おかあさんはいるの? お兄さんや、おねえさんは?」
「おとうさんと、おかあさんと、ぼくの三人だけ」
 そう言うと、少年は馬といっしょに、あかりのもれる家のほうに走り出しました。
「先に行って、おかあさんにお客さんだって言っておくから!」
「ああ、ありがとうよ」
 とってつけたように男はそうこたえながら、これはうまくいきそうだと、ひとりほくそえみました。

 その晩、男はその家で質素(しっそ)な夕食のもてなしを受けたあと、用意された部屋にとまることになりました。
 もっとも、男は顔つきこそあいそよくしていたものの、内心はひどく腹を立てていました。うすいコーンのスープに、畑でとれたというにがい、食べたこともない野菜、それにパンはカチカチで、ひどくまずかったからです。客にこんなもてなしがあるものかと、男は腹を立てていたので、パンもスープも、少年とその家族が自分たちの分をむりにへらして差し出したものであることになど、気づきもしませんでした。
 部屋とベッドについても同じでした。じつは、そのせまい家には、人がねとまりできる部屋は二つしかなく、男のために一家三人はせまい方の部屋にスシづめになって眠らねばならなかったのです。ベッドも、男に出されたのは父親が使っているがんじょうなほうのベッドで、その夜は少年と母親がねるベッドに病気の父親がねて、少年と母親はじかに床にねることになったのです。しかも、男に自分たちのふとんを新しいシーツをつけて差し出してしまったので、二人は穴だらけの古毛布にくるまっていたのです。
 そんなこととは知らない男は、ベッドにいやなにおいがするとか、ふとんがうすっぺらであたたたかくないとか、さらに、となりの部屋からゴホゴホゼイゼイいうせきがきこえるとか、腹立たしいきもちでいっぱいでした。
「なんてびんぼうくさい、みじめな一家なんだろう!」と、男はひとりつぶやきました。「あの男は病気ですぐにくたばるだろうし、女とチビの二人じゃ、どうせたいしたことはできやしない。泉がみつかったら、さっさと連中をここから追い出してしまおう」

 そして翌日になると、男はなにくわぬ顔で、一夜の宿のお礼に畑をたがやすお手伝いをしたい、と申し出ました。
「まあ、そんな…」
一家はおおよろこびでした。力のいる仕事は、あるじの病気のせいでなかなかはかどらないようすだったからです。
 そこで男は、めざす畑にやってくると、もうながくあれたままでかたくなっている土をけんめいにほりだしました。少年と母親も、いっしょに手伝いました。一家のあるじの、少年の父親は、庭に出てニコニコしながらそれを見守っていました。
 仕事はどんどんはかどり、畑はおひる前には八分目たがやしおわりました。一家はおおよろこびでしたが、男の顔はけわしくなるばかりでした。
「もっとふかくほらなきゃならんのかな…」と、男はつぶやきました。
 と、そのときのこと、
「あれーっ!」
 少年の大きな声がひびきました。ふらつきながら少年がくわをふりおろして、カチンと石にぶつかる音がしたしゅんかん、ピューッとふん水のように水が弧(こ)をえがいて上にふきだしたのです。
「やった! 奇蹟の泉だ!」
 男は思わずそうさけんでしまいました。
「まあ、これがあの泉ですの。ミヒャエル」と、母親は少年にむかって言いました。「おとうさんをここへ。神さまのおかげで病気をなおしていただけるのよ」
「いかん! だめだ! そんなことはおれがゆるさん!」
 男はどなりつけるように、そう言いました。
「これはおれのものだ! だれがただでやるもんか!」
 そのしゅんかんでした。いきおいよくふきだしていた水は、ぱったりとだえました。
「たいへんだ!」と、男はさけんでそこにかけより、土のなかをのぞきこむようにしました。「どうした、出てこい! ちくしょう、いったいどうしたんだ?」

「もう、泉は出ません」
 手でひっしに土をかきわけている男の上から、おちついた女性の声がひびきました。
 ふと顔をあげた男は、そこに立っている姿を見て、思わずあっと息をのみました。
 そこにいるのは、みすぼらしい身なりをした、あの農夫の妻ではなかったからです。それがだれなのか、男にはわかりませんでした。
「これで、泉の秘密がわかったろう?」
 今度はものしずかな男性の声がひびきました。男は庭のほうを見ました。そこには病気のやつれた農夫ではなく、白いローブをまとった、いげんのあるひとりの男の人のすがたがありました。
 男はまるでかみなりにうたれたかのように、その場にこおりついてしまいました。そのとき、どこからか馬のいななきがきこえ、つづいてもうれつな風がふきつけました。
 男は目の前に、つばさのはえたりっぱな白馬のすがたを見ました。かわいらしい少年が、それにまたがっていました。
「おじさん」と、ゆうべ岩の上で耳にした声が言いました。「ふしぎの泉は、ほんとはいつでも、どこにでもわき出すものなんだよ。人の心がそれにふさわしいとき…」
 ふたたび風がおこり、白馬が宙に舞ったと見るうち、ゴーッというものすごい地ひびきがきこえました。

 しばらくたって、風も音もやんで、男がおそるおそる顔をあげたとき、そこには畑も、家も、人かげもなく、見えるのは草のしげった、さびしい一面の荒れ地だけでした。
(おしまい)
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厳粛な視点

2013.02.15.04:29

 人生とは壮大な徒労、もしくは一瞬の火花である。

 世人は、しかし、そうした視点のみがこの世の生に厳粛さ(僅かなものだが!)を付与するものであることを認めない。

 恐れて逆にそれを忘れんがため、ひまつぶしの手段(娯楽はその一部でしかない)を数かぎりもなく発明し、それを“前向き”と称して恥じず、首尾よく多忙になってその忘却に成功する。鹿爪らしい真面目顔。

 視点の抹消。それが存在すること自体の忘失。素晴らしき新世界!

 無価値と価値は反転し、価値は無価値を宣告され、無価値が価値となって、それが洪水のごとく押し寄せる(その押しつけがましい顔ときたら!)。

 自覚なきニヒリズム。それこそがニヒリズムの完成というものだ。
プロフィール

大野龍一

Author:大野龍一

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