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「コロナ超連休」に思う

2020.04.27(09:15) 714

 先日4月25日から来月6日までの12日間を東京都の小池知事は「ステイホーム週間」と命名したそうですが、その動きは全国規模のものになっているので、田舎でもそこらじゅう休業だらけです。緊急事態宣言の全国拡大を受けて、小中高の公立学校のほとんどはまたもや休校に入っていて、学校から塾通いなども自粛するようにという指示が出ているようなので、すでに一部休講にしていたわが零細塾も、全面休業に踏み切りました。

 今のところ、5月7日から再開予定ですが、緊急事態宣言が解除されるかどうかは疑わしいので、それに合わせて学校が休校を延長したら、それに右へ習えしなければならないので、新規入塾もない(たまに面接の問合せがあっても、今しばらくお待ちいただくしかない)し、まるっきり商売にはなりません。これが7月になってもまだ続くようなら、うちを含めて廃業に追い込まれる同業者は少なくないでしょう。下手に対面授業を続けてクラスター発生なんてことになっては傍迷惑でもあるので、感染者が少ない地域でも自粛せざるを得ない状況(検査が一部しか行われていないので、どこに感染者がいるかわからないのも困る)です。都会では大手はオンライン授業に切り替えているところが多いようですが、それでどの程度学習効果が上げられるかは疑問で、全部がそれで代替できるわけではない。

 感染者が増えていない田舎の学習塾ですらこれです(図書館などは5月末まで閉鎖で、その後も未定という)。町を見て歩いても、飲み屋さんは全面休業、食堂、レストラン、ラーメン屋さんなども休みか時短営業というところが多くなっている(開けていても、客が来ないのでしょう)。ホテルや新幹線はガラガラ、飛行機は便数が8~9割減、長距離バスも運休、イベントはスポーツ関係も、文化的なものも全面中止と来ているので、その影響にはすさまじいものがある。早く終息させないと、コロナ感染による死者よりも、倒産や失業による自殺者の方が多くなってしまうでしょう。アメリカはコロナ感染による死者がすでに5万5千人に達しているそうですが、これに「経済死者」が今後多数加わるだろうことを思うと、世界大戦並の死者数になりかねない(アメリカの場合、コロナの死者数だけですでに朝鮮戦争時の死者数を上回ったという話です)。

 塾教師としては、これで来年の入試がどうなるのかも気になるところで、間が悪いことに、来年からはセンターが廃止されて、ケチのつき通しのあの大学入試新テストがスタートするわけですが、それでなくとも混乱が予想されるのに、そこに「コロナの脅威」が新たに加わったのです。この新型コロナは「熱と湿度に弱い」らしいので、それが正しいとすれば梅雨明けの7月半ばには一応の「終息宣言」が出されると思われますが、それで消えてなくなるわけではないので、冬になると今度は「第二波」に襲われる可能性大です。そうなると入試なんかできる状況にはならないでしょう。効果的なワクチンがそれまでにできていれば大丈夫なわけですが、間に合うのかどうか…(スペイン風邪は1918・19・20年と三年連続で日本でも大流行した。累計感染者数は当時の全人口5500万に対して約2380万、死者数は39万人弱。致死率はなぜか二年目が飛び抜けて高かった)。

 田舎では「感染多発地域」からの流入者を食い止めさえすれば、ここまで用心しなくてもいいのではないかという気もしますが、人の出入りを完全に規制することはできないので、どこかでクラスターが発生すると…ということで、「過剰警戒」的にならざるを得ないのでしょう。始末に負えないのは、このコロナ、潜伏期間中でも他者に感染させる力があるということで、自覚のない「元気な感染者」が意図せず感染を広げてしまう可能性がある。確度の高い検査法があって、それを全員に受けさせ、陽性者はしかるべき期間、全員隔離とでもすれば早い解決が見込まれるのではないかと思いますが、今のところはそれほど検査精度も高くなく、かつ、物理的にも実施は不可能ということになると(日本の場合、それでも検査の絶対数が少なすぎるが)、ひたすら接触を避けて感染者が一ケタレベルにまで減るのを待つしかない、ということになって、こうなるのでしょう。軽症者が85%なんて数字もありますが、かかった人の話を記事などで読むと、一様に「きつかった」と言っているようなので、インフルエンザよりはるかに重篤な症状が出るのはたしかなようです。あの「習近平のポチ」と綽名されるテドロス事務局長(インターネットの辞任要求署名が100万に達した)のおかげですっかり信用を失ってしまったWHOによれば、根拠ははっきりしないが、致死率はインフルエンザの10倍だとか。また、一度感染して抗体ができても、それはいわば「不完全な抗体」で、また罹患するリスクがあるのだという。

 ついでに言うと、「武漢ウイルス研究所元凶説」がアメリカを中心に再び注目されるようになっているようです。WHOはむろん、これを強く否定しており、あれは「動物由来であることは明白」だと言っていますが、反論にはなっていない。誰もそうでないとは言っていないからで、その「動物由来のウイルス」を使って実験していたところが、研究者が未熟で、管理も杜撰だったから流出してしまったのではないかと疑われているわけです。遺伝子操作というのは「無から有を作り出す」のではなく、「自然のもの」を素材に、その一部を組み替えるなどして行なうのだから。中国は、しかし、武漢のウイルス研究所への立ち入り調査を頑なに拒んでいる。外部に知られるとまずいことがそこにはたくさんあるのではないかと、WHOがどう言おうと、人々は疑うのです。これは法廷用語でいう reasonable doubt であって、「道理にかなった疑問」と言えるでしょう。次のような記事もありました。

WHOもテドロスも、そして中国も「詰み」だ…米政府発表の重大な意味

 この記事にどの程度信憑性があるかはわかりませんが、筋は通っている。中国ではすでに、武漢市民が「政府は危険な伝染病だという事実を認識した後も、それを隠蔽し、市民に知らせなかったから家族が感染して、ロクな治療も受けられずに死んだ」として訴訟を起こす動きが出ているという話です。むろん、一党独裁下の中国で裁判所がそのような訴訟を認めるわけはないので、却下は必至ですが、「こんな理不尽なことがあるか!」という怒りが渦巻いているのでしょう。また、習近平政府はいかなる理由によるのか、しばらく事態を傍観し、武漢封鎖に踏み切る際にも、富裕層の市民がその前に脱出する時間的余裕を与えたと見られています。それでなければこれほど感染が拡大することはなかったわけですが、こうしたことを含む一連の中国政府の対応をテドロスは絶賛したので、「習近平の飼い犬」と呼ばれるのもむべなるかな、です。「パンデミックにはならない」なんてボケたことも、彼は言っていたはずです。事実はこうなった。

 今後注意しなければならないのは、中国はテドロスの母国エチオピアなど貧しい国々に多額の投資をして、衛星国、属国を増やそうとしているのみならず、WHOのような国際機関にまで手を伸ばし、そこの長や重要メンバーに裏金や便宜を供与して手なずけ(テドロスの場合、事務局長選で中国が当選するよう支援したと言われる)、都合のいい下部機関に変えようと目論んでいるらしいことです。今回はテドロスの三文役者ぶりが際立ったため、完全に失敗したわけですが、「公正中立」の外観を取るそうした国際機関をスポイルして自国に好都合なアナウンスをさせることには大きなメリットがあると考えているのでしょう。むろん、国際機関の信用性や真の国際協力の進展という観点からして、こういうのは最悪の破壊工作ですが、経済大国化したあの巨大な独裁国家は、そういうことも戦略の一つにしているのではないかということです(国家権力と中国の一般庶民とを同一視するべきではありませんが)。今の中国は「成功した、巨大な北朝鮮」みたいなもので、その情報統制と監視国家ぶり、人権蹂躙のさすまじさには驚くべきものがある。そのあたり、日本は中国のこうしたやり口を批判するアメリカ側にはっきりついた方がいい。そして台湾や香港の味方をした方がいいので、習近平の顔色を見すぎないよう気をつけるべきです。ほんとはおたくのやることには納得しかねているんですがねえ…というところをチラチラ見せた方が交渉上も賢明でしょう。迎合すると舐められるだけ(コロナで右往左往させられている今も、中国軍は各所で領海・領空侵犯を続け、むしろそれを活発化させているとのこと)。そういう腹芸の出来る政治家が今の日本にどれくらいいるのか、心許ない気はしますが。

 ついでのついでに、北朝鮮のあの「偉大な将軍様」についても、「重体説」が流れたりしているようです。「世界から最も死去が望まれている残忍な独裁者」として、彼の右に出る者はいないと思われますが、130キロのあの肥満体ではどうせ長生きはできないので、「ポスト金正恩」についての憶測記事が多数見られます。またガセネタかもしれませんが、遠からずその日は来るとして、ミサイル発射と自国民の処刑虐殺しか能のない男ではなく、もう少しマシな後継が決まってくれればと思います。

 話があちこち飛びましたが、そういうわけで僕もヒマになっているので、この時間を利用して、もう一冊新たな翻訳を手掛けておこうと思ってそれに着手しかけています。内容的には面白く、「最悪の世界を生きる人たちのための幸福論」といった趣の本なので、一定の需要はあるだろうと踏んでいるのですが、そのまま訳したのでは難読すぎて売り物にはならない本なので、いったん一通り訳した後、かなりの部分で内容は変えずに別の日本語文体に移し替える作業(意訳のレベルを超える)をしないといけないだろうなと思っていて、手間がふつうの本の倍かかりそうなので、気が重く、作業は遅々として進まないのですが、これが今の自分にできる最大限のことだと思って、自分を叱咤しています。「どんな時間にも使い道はある」という言葉があるそうですが、強いられた「コロナ巣ごもり」の、それが僕なりの時間活用法です。

 子供たちも、夏休みはお盆休みを除いて今年はなくなりそうですが、3月2日の全国一斉休校以来、2ヶ月以上通常授業ができない状態(連休明け以後も続けばなおさら)になっているので、その程度では追いつかない。宿題はたくさん出ているようですが、僕が子供ならやらずに遊んでしまうと思うので、自学自習の習慣がある子供と、それ以外とで、ずいぶん学力差がついてしまうでしょう。受験生の場合、とくにそうです。ある塾生いわく、「もういっぺん同じ学年をやり直せばいい」そうですが、たしかによい考えながら、下がつかえているので、そうもいかないでしょう。来年の入試ができなければ、2学年分一緒に受験ということにならざるを得ないが、大学側の都合上も、定員を倍にすることはできず、そうなると再来年の入試は激烈な競争倍率になってしまう。効果的なワクチンが早期に開発され、あるいは封じ込めに成功して、無事入試が行われることを祈るしかありませんが、そうなればなったで、長すぎるコロナ休暇をうまく活用できたかどうかの差が顕著に出てしまうわけです。今の子供はぜんたいに読書量が不足しすぎて、それが国語力、学習力の低下にモロにつながっているところがあるので、本もできるだけたくさん読んどけばいいと思いますが、うまく自己管理して、時間を有効活用して下さい。

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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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入試戦線終わる

2020.03.15(21:00) 697

 株価は2万円を割る程度ではすまず、一時は1万7千円を切って、さながら「大恐慌前夜」の様相を呈していますが、そういうのは置いといて、先週金曜の夜、うちの塾では高3の「お別れ会」のようなものをやりました(何でも、LINEに塾の3年用のグループができていたそうで、一人に言っとくと流してくれるので、今は便利です)。全員ではないが、延岡高校の9人が集まってくれて、途中で「何か食べようか」ということで、近くのファミレスまで行ったところ、金曜夜なのにやはりかなり空いていて、10人分の席を確保するのに何の苦労もなかった。そのとき僕は何も考えなかったのですが、後で話を聞いた親御さんの中には「危険極まりない行為」だと思った人もいるかもしれません。宮崎でも感染者はすでに出ていて、延岡にもあの新型コロナウイルスは“上陸”しているはずだからです。

 今年は大学の入学式がとりやめというところも多いようです。とくに規模の大きい都市部の大学ほどそうでしょう。コロナのせいで、卒業式も3年単独だったし、何だかちょっとかわいそうです。進学先が決まった生徒たちの中には呑気にカラオケ(最も感染の危険性が高いとされる)なんかに行ってる子もいるようですが…。

 今年のわが塾の入試結果については、前期が駄目で後期にずれ込んだ生徒が二人(厳密にはもう一人前期落ちがいたが、学費の問題を除けばこちらの方がいいかな、という私立の押えがあったので、後期は受験しなかった)いて、二人ともそちらは大丈夫でしょうが、一人は行く気がないので、浪人確定です。この前ここに書いたように、今年はセンター最後の入試で、浪人を回避しようという動きが変則的なパターンを生み出して、国立大学・学部の倍率にいつもはないようなムラができ、それが低い方にではなく、高い方に当たった生徒が多かったので心配したのですが、3倍台の生徒はほぼ合格して、浪人が決まったのは5倍を超える倍率に当たってしまった生徒です。今年、その大学のその学部は阪大から流れた層がかなりいたと見られるので、そこにこの倍率ではなおさら厳しかった。伸びしろは十分ある生徒なので、理数を強化すれば、来年はよいしらせをもらえるでしょう(ちなみに、塾生のセンター英語は、久しぶりに8割以上が半数を超えた)。

 今年は延岡高校の他に、日向高校の生徒が二人いて、MARCH狙いの子が届かず浪人になったので、浪人は計2人。推薦組(3人いた)もカウントして、現役進学率を出してみると、84.6%で、不本意進学は少ないと思われるので、僕が心配したほど悪い結果にはなりませんでした。今年は該当者が1人しかいなかったものの、塾の「旧帝大不敗神話」も守られた。夏前ぐらいまでは、「今年は3人ぐらいはいけるかな」と思っていたのですが、「センター最後の年」であるにもかかわらず、全体に今年の生徒は呑気で(キャラは面白かったのですが)、その後の伸びが今イチだったことと、センターの数学難化の影響を受けて、そうなってしまったのは塾教師としてはいくらか残念です。

 延岡高校全体を見ると、今年は広島大の合格者がとくに多かったのが特徴です。これは今年特有の「安全志向」とセンター平均点低下が関係していて、九大から流れた層がかなりいたはずです。昨日、週刊朝日の特集号を見たら、10人になっている。全部現役かどうかは知りませんが、たぶんほとんどがそうでしょう。その記事によれば、九大も7人になっている。生徒たちから聞いた話では、推薦かAOで受かっていた子が2人いて、前期一般入試の合格者は4人だったそうなので、残り1人は浪人なのでしょう。受験者はその3倍ぐらいいたらしいので、合格率はよいとは言いかねますが、人数的にはここ二、三年の不振を振り払って、元に戻ったと言えそうです。今年は、旧帝大では他に北大が一人いるという話。尚、国立医学部では地元宮崎大の地域枠の合格者が2人。

 その週刊朝日の記事では、京大、阪大、東北大に1人ずつ合格者がいましたが、現役組は残念だったという話を聞いているので、たぶん浪人なのでしょう(訂正:阪大は外国語学部に現役合格者が一人いました。失礼しました)。僕の記憶では、2013、14、15年あたりは輝かしい戦績を残していたので、それと較べると見劣りしますが、公立高校の場合、年度によって生徒の学力にかなりのムラがあって、たまたま何人かとび抜けた生徒がいると、それに引っ張られて上位層のレベルも上がるという現象が起きるので、そういうことも関係するのかなと思います。

 今は少子化で、国立大のハードルも下がっているので、地方の下位国立の場合、むろん医・獣医・歯・薬学系等を除けばの話ですが、科目数が多いのを我慢しさえすれば、センターの平均点(大体6割)以下でも入れるところはかなりあって、その意味では楽になっています。前に元塾生が就職の報告に来てくれて、研究室の先生が「学生の学力低下」をよく嘆いていたという話を聞いたことがありますが、それは熊本大学だったので、そのレベルでも今はそうなのかと少し驚いたので、それなら後は推して知るべしです。東大や京大ですら、上は前と変わらないが、下は大いに変わると言われているほどなので、全体に昔ほどではなくなっているのです。

 そうは言っても、「受かってあたりまえ」の高校入試と違って、大学入試では原則「落ちるのが多数派」なので、1・2年生は甘いことは考えない方がよいでしょう。センター(来年からは新テストですが)でトータル5割台前半も怪しいようだと、国公立で受験できるところはまずない。うちの塾で過去最低は43%で、この時は僕の「想定の範囲内」でしたが、学校の担任が県立大をそれでも受験するように言ったというので、「君の先生は小学校の算数もできない人なのかね?」と笑いました。その意味は、過去の合格最低点から逆算して、二次が小論文だけで200点の配点なのに対し、その生徒が合格するのに必要な点数は230点だったからです。どうやって満点以上を取るのか? その生徒の場合は押えにほとんど奇蹟的に(僕は本人が持ってきた本番の英語と国語の試験のチェックをしながら、その出来栄えに驚き、神に感謝を捧げたほどです)合格していたので、それでも無事に済んだのですが、でなければエラいことになっていたのです。

 延岡高校の場合には、前に学校が「国公立現役進学率が70%になった」と自慢しているという話を聞きましたが、その年はとくに推薦入学の生徒が多かったからで、たいていは6割強かなと思います。上に見たような事情で国立の敷居が下がっているとしても、これは明らかにいい方なので、最大の課題は難関大一般受験(医学部含め)の合格率が低すぎるので、これを何とかすることです。旧帝大レベルだと、それにも大学によってかなり差がありますが、センター(新テストはセンターよりは難化すると見られていますが)で8割以上を確保しておけば、後は二次勝負に持ち込める。二次の配点が高いから、その出来次第になるわけですが、こちらが弱いから成功率が低くなってしまうのでしょう。

 こういうのは、過去問を早めに見ておくことはもちろんとして、塾でも学校でもいいが、その答案の添削をしてもらって、それにどういうまずい点があるのかを指摘してもらうのが効果的かもしれません。それで、その都度修正を重ねていけば、本番の得点力はずっと上がるはずです。難関大を受けるほどの子なら自己修正能力も高いはずなので、これが一番の早道でしょう。

 あまり言う人がいませんが、模試の採点と本番の採点ではかなり違っているはずで、英語の場合だと、全体的な視点を重視する。僕はよく、「自分で読んでも意味が分からないような支離滅裂な訳文を絶対に書くな(その代わり、意味が合っていれば訳し方の幅はかなり広く認める)」とか、英作文だと、冠詞が抜けたり、綴りミスが一つ二つあったというだけならまだしも、文法的に成立しない構文を平気で作ったり、前後の文がつながらない不自然な英文を書き並べたりすると致命的で、「command(使いこなす能力)なし」と判断されてほとんど点はもらえないだろうから、そういうのだけはやめてくれと言うのですが、アルバイトを使った模試の採点だとそういうのでも部分点が結構来たりしているようなので、そこらへんの急所を押さえた指導が、たぶん不足しているのでしょう。自分で過去問だけやっても、そこに必要な修正が加わらないと、意味はあまりないわけです。元々の学力差というより、そういう視点のあるなしが大きく影響しているのではないか。そんな気がするのです。

 あとは地方の県立高校の場合、学校が忙しすぎて、それとうまく付き合わないと、自分の勉強にまで手が回らないということもあるでしょう。とくに宮崎県みたいに、朝夕課外で学校授業の拘束時間がブラック企業並の長さになっているところはそうです。逆に言うと、それでも難関大に現役合格する生徒がいるということの方が凄いかもしれない。

 来年からの新テストがどういうものになるか、数国の記述と、英語の民間試験は見送りになりましたが、英語の場合、従来の発音・アクセント、文法の単独問題は消えて、長文のみになり、併せてリスニングの配点が等価になるというので、大きく変わるのはたしかです(リスニングの高すぎる配点については、それは適切な対応と思われますが、小さくして評価すると発表している大学が多い)。僕が懸念しているのは、それで学校がそれでなくとも不満足な文法の授業をさらに減らし、生徒もそれを後追いすることになると、長文読解にしても、英作文にしても、はたまたスピーキングにしても、ちゃんとした文法理解の土台あってのものなので、英語の学力低下に拍車がかかってしまうのではないかということです。それを阻止するために塾で文法を教え直すにしても、毎日課外があって、宿題もどっさりということになると、生徒のキャパシティを超えてしまいそうだし、二次用の英語長文対策などはどのみちこちらでやらなければならないので、時間の関係でそんなにたくさんはできないということになる。英作などは今でも、センターが終わってから本格的な添削に取りかかって何とか間に合わせる感じになっているのに、週2回の受講を義務付けることにでもしないと、責任はもちかねるという状況になりそうです。

 いったいどうしたものか…。様子を見ながら、そのあたりは対応を考えるしかありません。3年生がどっと抜けて、今はたいそうヒマになっていて、コロナの影響か、新入塾の問い合わせもないし、商売上がったりなのですが、これは今のうちにそこらへんの構想を練っておけということなのかもしれません。



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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今年は逆に浪人が増える可能性

2020.03.02(14:51) 694

 それがあるかもしれないと、僕は思っています。理由は、センター試験廃止→新テスト移行で、その新テストも批判続出で、英語の民間試験導入や国数の記述式が見送られたことから、どうなるかわからないというので、なおさら受験生は「浪人を避けたい」と安全志向になったのですが、それがいつもとは違う動きを生み出して、倍率が低すぎたり、逆に高くなりすぎたりといったムラができて、低くなった大学・学部に当たった受験生はラッキーだが、高くなった大学・学部を受けた生徒は不運で、後期になるとランクをだいぶ下げなければならないので、「それなら浪人しよう」と考えている受験生がかなりいるように思われるからです(うちの塾にもそういう生徒は何人かいる)。

 上に「大学・学部」と書きましたが、これは同じ大学でも、学部によって動きが違っていたからです。同じ大学でも学部によって大学ランキング全体に対する位置取りが違うからで、この学部はその大学の中でもとくに難しいと思われたところは敬遠されて減少し、易しめと思われたころは増加するといった動きが起きた。そして減った分は、それよりランクが下と見られる大学に流れて、今度はそちらの倍率が予想外に高くなる。入試倍率には「隔年現象」というのがあって、前年度高すぎたところは低くなるといったことが起こるものですが、そうした動きが加わったので今年は複雑になり、必ずしもそうはならなかった。そのあたり、非常に読みにくかったのです。

 たぶん、そういう動きの影響を一番受けにくかったのは東大と京大でしょう。志願者が減ったといっても大した割合ではないので、この二つの大学は第一志望率が元々とくに高いからです。落ちたら浪人してでもという受験生が多いので、影響を受けにくい。二次の比重が高くて、センターでも新テストでも、配点比率は低いからなおさらです(そもそも、そのレベルの試験で苦労するような受験生がほとんどいない)。尤も、京大は、今年は数学が難しかったようで、それによる「波乱」が囁かれていますが、それこれとは別の話です。

 要するに、政府と文科省がいい加減すぎる入試制度いじり(実際のところ、あんなものは「改革」の名に値しませんが)をやろうとしたことから、大混乱が生じたのです。今は昔と違って「記念受験」組は少ないので、受かる見込みが全くなさそうな受験生の受験は少ない。ということは、倍率が二倍ちょっとから倍になれば、大激戦になって、いつもなら受かっていたはずの受験生が落とされることになるのです。倍率に大きなムラが生じたということは、妙な言い方をすれば、ふつうは均等になっていた合否率が、そうではなくなったということです。そしてそれが順当な結果ではなく、例年と違いすぎるということになると、納得が行かない受験生がそれだけ多くなって、浪人も増えるのではないか、ということです。

 医学部の場合は、例年かなり複雑な動きを見せますが、今年はそれが全体に広がったと言ってよいかもしれない。少しランクを下げて「安全策」をとったつもりが、逆にそちらの方がずっと高倍率になってしまった、ということがかなり起きたのです。それで落とされたのでは割が合わないと憤慨する受験生たちは浪人を選択することになる。四月になってみないとそこらへんはわかりませんが、その可能性はかなり高そうです。

 今年は実際、結果がかなり読みにくい。僕はふだん、塾の生徒なら、八割方は読めると思っていますが、今年は蓋を開けてみないとわからないなというのが正直なところです。全員受かっていてほしいと思うのは人情ですが、大方は倍率が僕の予想よりかなり高くなっているので、ほんとにわからない。それほど高くないところでも、「上から降りてきた」受験者がどれくらいいるかわからないので、安心できないのです(今年は旧帝大レベルでも、東北大→北大、阪大→神戸か九大といった移動が起きているでしょう)。

 無責任な制度いじりでこういうことになってしまった。それがまともなものなら仕方がないが、そうではないので、釈然としないのです。緊張感がないのは新型コロナウイルス対策だけではない。まあ、結果が出るのを今は待つしかないのですが…。



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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何たる大騒ぎ!

2020.02.28(17:34) 693

 昨夜帰宅してパソコンをつけたとき、このニュースを見てかなりびっくりしました。次の記事は日経のものです。

全国の小中高、3月2日から臨時休校要請 首相

 首相は「子どもたちの健康、安全を第一に考え、多くの子どもたちや教員が日常的に長時間集まることによる感染リスクにあらかじめ備える」と述べた。「全国すべての小学校、中学校、高等学校、特別支援学校について3月2日から春休みまで臨時休業を行うよう要請する」と語った。幼稚園や保育所、学童保育は対象から外した。

 これ、寝耳に水で、全国の学校関係者は大慌てでしょう(感染者がいない県の方がまだ多いのに)。昨日、塾の高1に聞いたら、高校の卒業式は3年生とその保護者だけで行うことがすでに決まっているという話で、この日も職員会議で授業は早く終わったと言っていました。そこに、新たに「臨時休校要請」が加わったわけです。

 子供たちは大喜びかもしれません。外で遊び回っていると怒られるかもしれませんが、休みが増えるのはウェルカムで、僕はわが子が小学生の頃、台風で学校が臨時休校になるようテルテル坊主ならぬ、目のとがった「雨降らし」「雨鬼」「風鬼」(いずれも本人の命名)というのを作って、母親の表現によれば、「南洋の土人みたく」儀式を執り行なっていたという話を思い出しました。彼が学校で好きなのは、「給食と昼休みと体育」だけで、他は「全部いらない」とつね日頃言っていたからです。竜巻が発生して近くに大きな被害をもたらしたときは、なぜそれが自分が通う学校の建物だけを狙い撃ちしなかったのか、残念でならなかったようです。

 これ、うまくすれば、「春休みまで臨時休業」ということは、そのまま春休みに突入ということなので、一ヶ月あまり実質的な春休みがあることになるわけです。ウラー! 勉強嫌いの子供にとってはパラダイスが突如出現するのです。新型コロナウイルスのおかげで。

 もちろん、オトナたちはこれを「深刻に受け止め」ているわけで、学校の方としても、カリキュラム上、授業のやり残しが増えて、困ったことになると考えているでしょう。共働き家庭(今はそちらの方が多い)では、そのせいで仕事を休まなければならなくなるから困ると言う人たちもいる。しかし、小学生ぐらいだと、子供の方は単純に喜んでいるというのが実情なのではないでしょうか。

 習近平に忖度して、中国人の入国を早く禁止しなかったことや、「感染拡大機」と化して世界中から激しい非難を浴びたあのクルーズ船の一件で、安倍首相は焦ったのでしょう。結果としてどちらも国内感染の拡大に「貢献」してしまったからです。それでなくとも「桜を見る会」の問題や、黒川検事長定年不正延長問題で追及を受け、消費税値上げによる経済の深刻な落ち込みもあって、旗色が悪くなっている。そこに来て、この問題で「危機管理がなっていない!」(かつて安倍は民主党の原発事故対応をエラそうに批判していたのですが)と連日非難を浴びて、このままでは東京オリンピック開催さえ危ういと言われるようになっているのです。また、今頃になって、森友学園問題で次のような痛すぎる記事も出る始末です。

籠池泰典が初めて明かした「100万円事件」の真相と「昭恵さん」のこと

 当時からそうだろうと言われていましたが、これがあのお粗末な事件の「真相」だったのはたしかでしょう(健全な民主主義社会なら、あれだけで政権は倒れていた)。ほとんど絶体絶命と言えるので、直近の世論調査では時事・共同通信いずれもで不支持が支持を上回りましたが、今度調べたら支持率はさらに下がっているでしょう。何とかしなければならないというので、自分が「子どもたちの健康、安全」をいかに重要視しているかをアピールするために、いくらか大げさすぎると思えるこの「一斉休校」政策を打ち出したのです。小中学生たちに選挙権がないのは残念!

 コンサートや各種イベントの類も中止、プロ野球のオープン戦も無観客試合ということで、ひたすら暖かくなって自然に終息するのを待って、何とか東京オリンピックが中止またはロンドン代替開催になるのだけは避けたいというのがホンネなのでしょう。高校入試や大学入試(国立後期はこれから)は影響が大きすぎるので中止しろとは言えないが、今できるパフォーマンスとしては学校の一斉休校ぐらいしかない。そう考えたのでしょう。

 今現在で国内にどれだけ感染者がいるかは不明です。自分で疑わしいと思った人たちが検査をすぐ受けられるようなシステムもできていない。作る気もなさそうです。だから広がってしまうだろうから、今度は先手を打って全部の学校を休みにしておけば、学校内感染が起きてバッシングされるのだけは避けられる。その程度の話なのだろうと思います。総合的な封じ込め戦略の一部だとか、そういうものではない。そんなものは何もないのです。

 すでに株価は暴落していますが、今まで安倍政権というのは薄気味が悪いほど運に助けられていたのが、今度は逆の展開になっているわけです(素人なのでよく知りませんが、今は年金基金の相当額を株に注ぎ込んでいるので含み損も拡大しているでしょう)。どうすればいいのかわからなくなって、安倍官邸はパニックになりかけているのではないかと思います。マスクや消毒用アルコールが売れるというだけで、経済の冷え込み要因が無数に重なっている。弱り目に祟り目のウイルス襲来だったのです。

 中国も傍迷惑なものをばらまいてくれたものです(「人工ウイルス説」を僕はまだ疑っています)が、乱暴な強権独裁体制が幸いして、中国が真っ先に「終息宣言」を出すようになるかもしれません。韓国も感染者が2千人を突破したそうですが、一体日本にどれぐらい感染者がいるのかわからないというのは困りもので、今現在の感染者の場合も、多くが感染ルート不明というのはどうしてなのか。だから恐怖心が広がるのです。

 学校だけ休校にしても、親が会社や満員電車の通勤途中でウイルスを拾ってくれば子供たちも感染は免れないので、政治パフォーマンスの色合い濃厚な今回の措置ですが、目には見えない微細なウイルス一つでキリキリ舞いさせられる。この先、熱帯雨林の奥深くや、氷に閉ざされたところに潜んでいて外に出なかった未知の強力なウイルスが、森林消滅や温暖化の進展で人間世界に侵入してくるようなことがあれば、たちまちにしてこの「グローバル化したIT文明」は崩壊の危機にさらされるでしょう。何十億年も生きてきた「最も小さな生物」に、「万物の霊長」を自任する、地球史的見地からすれば「成り上がり者」にすぎないヒトという種はしてやられるのです。人間の見地からすればそのようなウイルスは「悪」ですが、大自然の見地からすれば、調子に乗りすぎて地球上の他の生物を虐待してやまない人間こそが「悪」なので、善悪は逆転する。

 パンデミックになったとしても、今回のウイルスによる死亡率はインフルエンザを少し上回る程度でしかないようなので、それ自体に大騒ぎするのではなく、これを教訓として、僕ら人類は今少し行いを慎んだ方がいいという警告と受け止めるべきなのかもしれません。中国政府は今回の問題を契機に、野生動物を勝手に食べる中国人の「野蛮な習慣」を禁止する方針を打ち出したそうですが、中間宿主の候補の一つに挙げられているセンザンコウなんて、絶滅危惧種の最たるもので、自然的見地からすれば、それを珍味だと喜んで食っているアホな連中よりはるかに貴重な存在です。前に塾でこの話をしたら、生徒たちは笑いましたが、真面目にそうなので、愚かしい人間中心主義ゆえにそれがわからなくなっているだけなのです。

 安倍政権がどうなろうと僕の知ったことではありませんが、センザンコウにしても、キクガシラコウモリにしても、このまま行けば絶滅必至の貴重な動物なので、彼らが絶滅しないよう、僕は願っています。

 目下、それより僕に気になるのは、国立前期試験の結果なのですが、このまま行けば今年は大学の入学式がどうなるのかも怪しいので、無責任な新テスト導入(あれも安倍政権の責任が大きい)に振り回された世代でもあるし、何だか彼らがかわいそうです。



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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倍率が高くてビビったという人に

2020.02.07(17:22) 688

 今はインターネット出願がふつうになって、願書締切日の翌日には倍率も確定するので、味けないといえば味けないが、便利と言えば便利です。尚、次の駿台のサイトは親切です。

2020年度 主要大学入試出願状況

 僕はこれで生徒たちの志願先の倍率を見て、ひとりで「よしよし」とか、「ヤバいな…」とか言っているのですが、予備校の事前の「動向分析」とは、そういうのも見て受験生は志願先を決めるので、実際はかなり違ったものになることが多い。「激戦になる」と書かれると、それを避けて平凡な倍率になったり、「指数が大きく下がっている」と書かれたりすると、逆に前年並に戻したりするので、前に「高倍率になる」と書かれて、生徒が「どうしましょう? ヤバくありません?」と言うので、「大丈夫、予備校のあの予測のおかげで減るから、そのままにして変えないようにした方がいいよ」と言ったら、そのとおりになったというケースがありました。今年も、リサーチの成績分布を見ると、センターの平均点が20点前後下がったにもかかわらず、上位層が多く、ボーダーが全く変わっていない某有名大の学部があって、不気味そのものだったのですが、結果として倍率は前年度より下がったので、生徒と「ラッキー」なんて言い合ったのが一つあります。むろん、そこをやめて他の学部にしたとか、志願先の大学を変える受験生がかなりいたとしても、「少数激戦」であることはたしかなのですが。

 今は私立ですら「記念受験組」が激減しているので、それで倍率が高いと、かなりしんどいことになります。昔は、実質倍率が10倍を超えても、受かる可能性があるのは3倍ぐらいまでで、あとは「お客さん」という感じだったのですが、今は事情が違うので、私立も例の「定員厳格化」で合格者数を大きく減らしているから、なおさらのことです。

 国立の場合は、学部によって都会の有名私立に流れてしまうので合格者を少し多めに出すというところは結構ありますが、医歯薬系などはとくにそういうことはほとんどないので、そのままの倍率になって、こういうのはほんとの「激戦」になってしまう。合格最低点が確実に上がることになるのです。

 今年は二転三転したおかしな入試制度いじり(結局、実態は今の時点でもわからない)のおかげで、浪人回避心理が例年にも増して強く、非常に読みにくかった年ですが、発表された倍率を見ても、受験生の不安心理が反映され、予想以上に高倍率・低倍率が入り混じっている印象です。国や文科省も罪作りなことをしてくれたもので、その責任は感じてもらわないと困ります。

 何にしても、結果は「二次の出来次第」ですが、倍率が高いとハードルがその分上がることは確かなので、国立で倍率が4、5倍を超えた受験生は、掛け値なしの「厳しい戦い」を強いられることになるわけです。まあ、倍率2倍でも、半分は落とされるのだから厳しいのは同じですが、倍率が高いと確実に最低点が上がるので、いつもなら滑り込めていた受験生もハネられてしまうというシビアな現実があるのです。1点、2点の重みがあらためて痛感されることになる。

 しかし、「まさかの高倍率」になってしまった受験生も、これは自分の「運命」だったと観念して、残る2週間余り、ベストを尽くすしかありません。そして、自分にできる最高のパフォーマンスができれば合格できると信じる。「こりゃあ、無理だわ」と思って気が抜けてしまうと、その時点で戦いから脱落してしまうのです。

 入試には「執念の勝利」というのが実際にあって、これは去年のケースで、私立を第一志望にしていた生徒の話ですが、東京のある老舗女子大の生活科学部(管理栄養士のコース)というのに固執していて、栄養学関係では他にも評判のいいところがいくつもあるから、そちらも受けたらとアドバイスしたのに、ほとんど受けなくて、失敗してしまった生徒がいました。直前にマンツーマンでやってほしいというので、そうしたのですが、なぜか合格最低点が異常に高くて、英数2教科で受験でき、数学は他の塾に行っているが、そちらは苦手で得点が期待できないので英語で何とかしたいということだったのですが、数学でどれくらい取れそうかと聞いて計算してみると、英語で最低8割5分は必要になるということになって、これはちょっと厳しいのではないかと思われました。そしたら、果たしてその通りになって、他の僕が「お勧め」として教えたところは実は受けていなかった(がーん!)ということで、一気に暗雲が垂れ込めたのですが、心配になった僕は本屋で「今からでも出願できる大学特集」が載っている週刊誌を買って候補の大学に赤ペンでマルをつけ、本人を呼んで渡しました。わけのわからない大学(こう言えば失礼ですが)には行かせたくなかったので、「このあたりまでなら許容範囲」というところだけ印をつけたのですが、3月の国立前期発表の頃、電話がかかってきて、「受かりました!」と言う。どこに受かったのかと聞くと、その第一志望で、コースも希望通りのところだったというのです。何? 後で知ったところでは、僕が印をつけたところは一つしか受けておらず、懲りずに最後の第Ⅲ期で同じところを受験していたのです。後で調べてみると、合格者は2人しかいなかった(倍率は6.5倍)。ふつう、募集人数が多いⅠ期(こちらは3倍台だった)で落ちたのなら、高倍率になる最後の回期はなおさら無理です。大学のランクを下げるか入りやすい学科に変えるしかない。なのにまた同じところを受けたのかと、僕は呆れましたが、それに合格していたのです。

 可笑しかったのは、電話の背後からその子のお母さんの雄叫び(そういうキャラの、明るい人でした)が聞えていたことで、後で挨拶に見えたとき聞くと、家族も到底無理だと思ったが、本人が頑として聞かないので、仕方なく受験させたという話でした。「でも、今度は、英語もほんとによくできていたんですよ」という話でしたが、受験戦略上、無茶苦茶な話です。おじいちゃんおばあちゃんも「あんなに行きたがっているのにもどぎー(方言で「むごい」「かわいそう」の意味)」と言っていたそうなので、そういうのに加えて、ご先祖様の霊が助けてくれたのではないかと僕は冗談を言ったのですが、ふだんおとなしい子なのに、なぜかそこだけは決して譲らなかったのです。お母さんは、この話を「遠慮なく書いてください」と言っていましたが、生徒にそんな受験ばかりされたのでは僕の神経はもたなくなってしまうので、そうそう話したり、書いたりできるものではない。しかし、実際にそういうことはあったので、悪条件でも強い意志が合格を引き寄せるということはあるのです(むろん、学力を上げる地道な努力は必要なので、念力だけでは無理ですが)。

 ということで、倍率が低いからと言って油断してはいけませんが、高くても諦めずに粘れば運命の女神が微笑んでくれることはあるということです。体調管理にも気をつけて、もうしばらくの間、受験生は心を強くもって頑張って下さい。



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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  3. 今年は逆に浪人が増える可能性(03/02)
  4. 何たる大騒ぎ!(02/28)
  5. 倍率が高くてビビったという人に(02/07)
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