「麻布」が一流の学校である理由

2018.02.15.09:51

 最近このブログの更新がないというので、何かあったのではないかと心配してメールをくれた人がいますが、幸いにと言うべきか、残念ながらと言うべきか、僕はいたって元気です。大学入試シーズンに突入して、生徒の過去問答案の添削やら小論文の直しやら、授業にプラスしていつもより仕事が増えている上に、試験を受けるのは受験生ですが、コーチ役の塾教師も無意識レベルでエネルギーを使ってしまうというところがあって、いくつか書いてみたいことはあったのですが、いずれもかなりの長編になりそうで、そこまでの余力はないなと思っているうちに時間がたってしまったものです。

 悪いことに、今年はこれに冬季オリンピックが加わっているので、ほとんど見ないテレビも多少は見るということで、なおさら時間がない。「日本人は集団になって妙な応援の仕方をして、選手に『日の丸を背負って』式のつまらないプレッシャーをかけすぎるから、逆効果になってメダルが減る(またはメダルのランクが下がる)のだ」というのが僕の持論ですが、幸い選手たちは頑張って、金はこれを書いている段階ではまだないが、七つのメダルを獲得しているようです。スキーのジャンプなんか、それでなくとも厳寒の中、選手のことは考えず、何だってあんな深夜にやるのだと思ったら、放映権料を出すテレビ局の都合でああなっているのだそうで、ビジネス最優先の今の文明社会のえげつなさにあらためて腹が立ったりするのですが、こういうことだって、掘り下げて議論したりすると長い話になってしまうので、片手間には書けないわけです。

 そういうわけで、当分はまだ書けそうもないので、今回は前回書いたこととも関連しそうな記事のご紹介だけ。

 僕はこの校長先生の意見に全面的に賛成です。麻布は言わずと知れた東京の私立の名門で、各界に人材を多く輩出している中高一貫の男子校です。よりすぐりの秀才ばかり集めているからそれでも秩序が保てるので、フツーの学校でそんなことができるか、と反論する人もいるでしょうが、僕は「できる」と考えています。愚劣な管理統制教育ばかりやって生徒から自由を奪い、自主独立の気概を育てないから、大勢順応型の小粒の保守主義者ばかり大量生産してしまうのです。僕は関西のふつうの公立高校の出身ですが、昔は生徒の自由の度合いがずっと大きかった。今は社会の方は創造力・突破力と明確な個性をもつ人材を必要としている(でないとこのまま全体が沈没する)時代になっているのに、学校教育の方は逆行しているのです。それが深刻な問題であることに気づいている人が少ないらしいことに、僕はいつも呆れています。中でも学校の先生たちが一番その自覚に乏しい。

 それは「ヤバい」ことなので、このインタビューを読みながら、「教育は何のためにあるのか?」あらためてよく考えていただきたいと思います。コメントしたい箇所はたくさんあるのですが、それは機会があればまた他日ということにしたいと思います。

茶髪も私服もOK、校則のない「麻布学園」校長が語る「自由」を育てることの大切さ

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「実用的な思考力」とムーミン

2018.01.16.17:23

 大学入試センター試験は13日、全国695会場で2日間の日程で始まり、初日は地理歴史・公民、国語、外国語の順に試験があった。地理Bの問題にアニメの「ムーミン」、日本史Bには各地の自治体のPRを担う「ゆるキャラ」が登場。教科書に載っていない題材を使った問題を、基礎的な知識を生かして解く「実用的な思考力」を試す近年の傾向が今年も見られた。(毎日新聞)

 このうちムーミンについては、「舞台は架空のムーミン谷であって、それがフィンランドにあるとの確証は何もない」という指摘がネットにあふれ、「大阪大大学院のスウェーデン語研究室は15日、ムーミン谷がどこにあるかは原作に明示されていないとして『舞台がフィンランドとは断定できない』との見解を明らかにした。正解とされたフィンランドの在日大使館は『皆さんの心の中にある』としている」(日経)という騒ぎになっているようですが、いい年したおじ・おばが“柔軟な”ところを見せようとして無理するとこういう結果になる、という見本みたいなものです。

「厳密な思考力」の持主はかえって迷うかもしれないわけで、結局のところ、この「実用的な思考力」なるものは、「出題者の意図を忖度する能力」ということでしかないでしょう。将来官僚や政治家になって、安倍晋三のような幼児人格のボスに仕えることになった場合、その「忖度」能力が重要になってくるから、早いうちからそれを養成しておきましょう、というようなものです。

 国語の現代文なんかは「出題者の考え」をどう見抜くかが一番重要になってくるわけで、僕も時たまセンターの国語も解いてみることがあるのですが、150点を切ることはまずないものの、一番失点が多いのは解きやすいはずの現代文なので、古文や漢文ではあまり落とさない。現代文はそれだけ微妙な解釈にわたることが多くて、「全部違うような気がするが、自分の解釈に一番近そうなのはこれかな」というのでえらんだら、それが間違っているわけです。学校の国語のテキストには「作者の意図・心情を読み取る」なんてコーナーがありますが、あれにしても、作者のそれというより、テキスト編集者が解釈した「作者の意図・心情」なので、作者本人に聞けば、「へえー、私はそういうふうに思ったわけですか?」というようなことになりかねない。げんに、「入試問題に使わせてもらいました」というので、作家のところにその問題が送られてきたので、作者本人が解いてみたら、多くが不正解だったなんて実話もあるのです。

 今年のセンターの英語でも、僕が間違えた大問3のBなど、大学生の議論にしては型にはまりすぎた平板な議論(いくら何でも程度低すぎでしょ?)が展開されるわけですが、映画といえばふつうはフィクションで、なのに大学生が作るものだからか、ドキュメンタリー制作の提案で始まり、ドキュメンタリーなのかフィクションなのかは曖昧なまま最後まで行っているように思われるので、㉚は1か3か迷うし、㉜は1か4で迷うことになるのです。こういうのは、むしろ「実用的な思考力」がある人ほど疑問に思うところではないかと思うのですが、いかがなものでしょう? 迷わせるにしても次元が低すぎる。「作成者の意図」からして、あれが正解だということはわかるとしても、です。いずれにしても、どうでもいいようなことに頭を使わされるだけで、こういうのは「英文を的確に読み取る能力」や「考える力」とはほとんど関係がないのです。大問5も、僕には笑えて面白かったが、昨日塾で生徒たちに聞くと、「タコ型宇宙人」が出てくるとは「想定外」で、途中でわけがわからなくなって、その動揺が尾を引き、いつもは全問正解できる大問6でまで失点してしまった、という生徒が複数いたので、予期せぬエイリアン登場(しかもタコ型というのは火星人の実在が信じられていた頃の話で、非科学的すぎる上に、今の若い子にはあんまりな話でしょう)でダメージを受けた受験生は相当数いたようです。あのへんは全部6点で配点が大きいので、そこで合わせて4~5問も落とせば、「死にました」となるのは当然です。そういう受験生は文字どおり「タコにされた」と諦めるしかなく、二次か私大の一般入試で「復活」してもらうしかない。今度は幽霊が出てくるかも知れない(実際、過去にその例はある)ので、今度は落ち着いてもらわねばなりませんが。

 ちなみに僕もムーミンがどこの国かは知りませんでした。作者はトーベ・ヤンソンで、北欧だということは知っていたが、それ以上のことは知らない。「フィンランドにきまってるでしょ、そんなことも知らないわけ?」とあるおばに呆れられましたが、世代が違うので、僕ぐらいのおじは『チロリン村とくるみの木』の世代なのです。おばはそんなものは知らないという。それで僕は、昔NHKの子供向けの人形劇にそういうのがあったのだと説明しました。『ひょっこりひょうたん島』の前がそれだったのだと言うとようやくわかってもらえましたが、当時はムーミンなんか子供の世界にはまだいなかったので、知らないのです。日本史か何かで、「ようやくテレビが庶民の間にも普及し始めた頃、NHKで放映されていた人形劇は次のどれか?」というような問題が出ることはありませんかね。たんなるクイズのレベルですが、それなら「ゆるキャラ」も同じでしょ? 受け狙いで、あんまり程度の低い迎合はしない方がいいように思うのですが…。


2018年度センター英語は…

2018.01.14.02:40

 去年平均点予想を大きく外して、わがカンピューターも当てにならないことを暴露してしまったので、今年はやめとこうかと思いましたが、あえて立てると、たぶん120点ぐらいでしょう。僕の得点は大体いつもと同じです。発音の③と、映画を作るという話のところの㉜を落としました(4をえらんでいた)。㉚も、最初は3にしていたが、流れからしてこれは違うかなと思って直したので、かろうじて失点を免れたのです。「話がさっぱり面白くないな…」と思ってやってると、決まってこういうことになる。うちの塾生の過去最高点は196点で、発音アクセントの失点が一つで済めばそれを上回れると思うのですが、毎年必ず他で失点するのでそれが果たせないままなのです。

 今年は、しかし、大問の5がセンターには珍しく、ひねりの利いたユーモアが入っているもので、非常に面白かった。「イカは墨を吐くけど、タコも吐いたっけ?」と、ヘンなところがちょっと気になりましたが、後で調べるとちゃんと吐くのだそうで、僕はこの年になるまで、「墨はイカが吐くもの」と思い込んでいたのです。いずれにせよ、あそこに来てやっとタコみたいな宇宙人が海中を探索してとやかく言ってるらしいのがわかるので、あれは昔のタコ型火星人のもじりでしょうが、真面目すぎる人は???となったかもしれません。「宇宙人と言えば、今はグレイが主流のはず! 許せません!」と怒っている人がいるかもしれません。

 ちなみに、あそこの reservation の意味は、大方の受験生が間違えたでしょう。うちの塾の生徒たちも、「人に会う約束はappointment、座席の予約がreservation」と、そればかり教えていたので、裏を掻かれて失敗したなと、申し訳なく思いました。文脈からすればconcern と判断がつくかなと思いますが、選択肢に expectation も入っているので、「懸念・心配」の意味もあるのだと承知していないと、あれは無理でしょう(単語集にはちゃんとそちらの意味も載っている?)。

 しかし、他はやりやすかったと思われるので、「父熊料理教室」のところも素直な設問だし、余分な文を削除する問題は、今年のは文脈に外れているのがすぐわかるので、続きを読まずに「これだ」と確定して、後は読まずに済ませて時間を節約できる。文法は、相変わらずかんたんなものばかりです。

 そういうわけで、僕の予想平均点は120点。平均点は低かった方が助かるので、115~120あたりに収まってくれればオンの字です。

阪大入試ミス問題に寄せて

2018.01.09.13:43

「犬ではないのだから、妻の腕には噛みつかないように…」

 これはDVで逮捕された元“アベ友”のネトウヨ経済評論家への助言ですが、そちらはこれだけで終わらせといて、阪大の入試採点ミスの話です。

大阪大入試ミス 外部指摘を学内で共有せず、対応半年遅れに

「弘法も筆の誤り」で、阪大の先生をしているくらいなのだから、すこぶる頭のいい人たちなのでしょうが、誰でもミスはします。僕も塾で英文法のプリントを作るとき、巧妙な引っかけ問題を作ってやろうと腐心するあまり、この前それで失敗して、あの三年前からセンターに出るようになったⓐ-ⓑ-ⓐというふうに組み合わせをえらぶ形式のものですが、正解が二つある問題になってしまって、生徒に謝罪する羽目になりました。辞書を調べた生徒に、「先生、このイディオムにはこれに合う意味もあるんじゃないですか?」と言われて、自分でも確認して、「たしかに…」と認めざるを得なかったのです。イディオムを二つ組み合わせて、こちらを使うと次が不自然になるという仕掛けにしたつもりだったのですが、入試にはその用法ではあまり出ないが、しかしその意味もちゃんとある、というもので、これは明らかな「出題ミス」です。阪大のそのミスは物理の問題で生じて、正解は三通りあったということですが、すでに6月に最初の指摘があったのに、なぜそのままにしてしまったのかといえば、作った先生のプライドもあるのでしょうが、人間は最初にこうだと思ってしまうと、その考えに縛られてしまって、異見を容れにくくなってしまうということがあるからでしょう。正解にしていたその答そのものは正しいのだから、なおさらそれに固執して、別解はできれば認めたくないという心理になったのかも知れません。次の問題はそこで得られた数値を基にして解を求めるというもので、配点はそれぞれ3点と4点の計7点だが、2問目は別の2つの解にすると答は出せないものだったというから、7点差がつくことになってしまう。「これはおおごとになる」という自己防衛心理が働くから、なおさら認めがたかったのでしょう。

 それで追加合格者を今頃になって発表する羽目になったのは遺憾ですが、ロイター記事によれば、それで採点し直すと、今度は不合格になっていたであろう受験生が同じくらいの数いるという話です。その30人が7点加点されると、逆転が起きるわけです。むろん、今さらそちらを不合格にするわけにはいかないから、追加合格だけ出すということになったようです。

 最低点近辺にいる受験生たちの場合には、こういう問題が起きてしまうわけです。入試は1点、センターが圧縮換算される場合には0コンマ何点で合否が分かれることもあるから、ボーダー近辺の受験生の場合、ほとんど学力差はないことになる。しかし、どこかで明確に線引きしないといけないので、それで天国と地獄が分かれるというのは、運以外の何ものでもありません。二次の場合は記述だから、極端なことを言えば、たとえば英語長文の下線部訳で10点満点中8点になったか7点を付けられたかで、合否が分かれてしまうこともあるわけです。そう考えると恐ろしい。

 むろん、最低点より50点上で受かったのと、50点下で落ちたのとでは、100点の開きがあって、学力差は歴然ということになるわけですが、ボーダースレスレの受験生は受かっても落ちても、実質的な差はないということです。僕は推薦入試のよくわからない基準より、当日のペーパー一本で決まる試験の方が客観性はあり、潔くていいのではないかと思っていますが、そのあたりになるとほんとに「時の運」なのです。

 今は情報公開の時代で、多くの大学が申請していれば自分の入試時の得点を教えてくれるので、僕も塾の難関大の合格者には後でそれを連絡してもらっていますが、余裕の成績で受かっているケースが多い。過去二人いた阪大合格者もそうで、彼らは優秀だったということですが、僕がそれを聞くのは、「これぐらいの出来具合だと、この大学の二次では大体これくらいの点は期待できるな」という感触を得ておきたいからで、それは今後の指導に役立つだろうと思うからです。元々はああいうのを始めたのは早稲田あたりで、それは不合格者だけに教えるというもので、その意図は、見込みのない受験生が多浪して人生を棒に振るようなことにならないようにという老婆心によるものだった、というような話を聞いたことがあります。スレスレで落ちたのなら見込みはあるから、もう一度頑張って下さい、みたいなものだったのでしょう。

 尤も、その早稲田の国語の入試問題なんか、マーク方式ですが、予備校によって正解が全部違っている問題が実際にあったりして、大学側は「正解」を発表していないから、何がそこは正解なのか、「永遠の謎」だったりすることもあるのです。まあ、8割方は予備校の解答も一致しているから、ボーダー近辺の受験生の場合、その謎の箇所で大学側が正解としているものを選んでいたら運がよかったということになるわけでしょう。

 全体、僕の印象では入試は8割は実力、残りが運です。私立は実力の部分が7割に低下するかもしれませんが、ということは、やはり予測可能な部分が多いということで、メンタルが弱くて、実力が出せなかったという場合は別として、そんなに大きな番狂わせは起こらないものです。センター判定は、センター段階だけのものでしかないから、二次の比重が高い大学の場合は「参考程度」でしかありません。A判定で落ちて、D判定で受かっても、それは二次力の差が逆転を生んだので、別にそんなに不思議ではなく、運だけによるものではないのです。やはりかなりの程度予測は立つ。

 しかし、ボーダー近辺の受験生は「運次第」を免れないので、それが試験というものです。阪大の出題ミスは、その辺に位置する受験生を直撃した。それで7点差がついてしまうというのは実際の入試ではかなり大きいので、「運が悪かったと諦めて下さい」ではすまない。やはり大学は念には念を入れた問題作成が求められるわけです。

 受験生としては、しかし、この時期ともなればそんなことは気にせずに、思い切って行くだけです。結果はあまり気にせず、とにかく持てる力を出し切れさえすればいいという気持ちで臨むのが、一番いい結果を生むように思います。誰も「完璧な準備」ができている人はいないのだから、焦らず自分を信頼して、「運の部分は神様にお任せ」というスタンスで臨むといいのです。4日後はセンターですが、そういう心持ちで、受験生諸君は頑張って下さい。

大学の今後

2018.01.06.17:03

 今年、2018年のセンター試験は「史上最速」の1月13・14日です。受験生の中には「こんなのありですか!」と怒っている人もいますが、「あり」なので、それは「1月13日以後の最初の土日に行う」というセンター試験の実施規定があって、今年は元旦が月曜日に当たったためこうなってしまったのです。「何日分も損した!」と言う人には、国立二次の日程が2月25日からなのは変わらないので、その分二次試験までのゆとりはいつもより多めにあるのだ、と言っておきましょう。「ええい、間に合わんわ!」と焦っている人は、「その分二次で挽回できる可能性がアップした」と前向きに考えましょう。

 何事もものは考えようです。たとえば、頭がハゲたお父さんは、「これで寝癖を直すとか、ヘアースタイルに悩む必要がなくなった」と考えることができるし、僕のような年齢になると、「このうっとうしい世の中からも、あと10年から20年ぐらいの間に解放されるのだ!」と思って幸福感を覚えることができるのです。認知症による物忘れなどでも、よけいな思いに煩わされなくてすむようになったのだと考えれば、大きなメリットと受け止めることができるでしょう。

 たとえがあまり適切でなかったかもしれませんが、このセンター試験も寿命はあと僅かで、2021年度からは新試験が始まります。「紛らわしいことはやめて、あの大学入試センターごと全部廃止しろ。大学別の個別試験だけで足りる!」と僕は前から主張しているのですが、全然聞き入れられないのは、「安倍は駄目だから、さっさと交代させろ!」という正しい主張が無視されてしまうのと同じです。既成事実のみ優先されて、良い意見は聞かれないというのが、今のこの「残念な日本社会」の特徴なのです。原発なんかでも、福島のあんな恐ろしい事故があって、どこからどう見てもよろしくないということが証明されたので、いくらなんでもこれでもうやめるだろうと思ったら、いつのまにか再稼働に戻っているのだから、理性や論理というものが全く働いていない。センターに代わる新試験は「論理的思考力重視」なのだそうですが、「そんなもの、この世界に出番はないんじゃありませんか?」と皮肉の一つも言いたくなってしまうのです。げんに見てみなさい。日本は安倍とアッキー夫妻で、アメリカはトランプ、北朝鮮は金正恩、韓国は文在寅なんてのが大統領なのです。近場を見ても「論理的思考力」がとくになさそうなのばかりが政治リーダーを務めているので、なまじそんなものがある人は現実世界の理不尽に憤死しそうになるのです。

 というふうに書いていると、いつまでたっても本題に入れず、「論理的思考力の欠如」を指摘されそうなので、強引にそちらに話を移すと、「安倍御用新聞」ぶりが露骨すぎて部数を減らしているという読売に、次のような記事(12/31)が出ていました。

私立大112法人が経営難、21法人は破綻恐れ

 これは塾業界などの人間には周知のことで、今さら驚くようなことではないのですが、印象深いのは記事に添えられたグラフで、18歳人口は見事な「右肩下がり」です。むろん、こういうグラフの作り方には問題があるので、早とちりしやすい人は一番下の目盛りが95万人になっているのを見落として、「日本人が消滅する!」なんて思ってしまいかねませんが、とにかく子供の数はこれからどんどん減って、2032年にはついに100万人を割り込んでしまうのがわかるのです。かつては下限が150万で、第二次ベビーブーマーの頃は200万を超えていたことを思えば、すさまじい減り方です。

 だから、大学はこれからどんどん潰れる。とうに潰れていて不思議でないところまでまだ残っているのがむしろ不思議なので、僕はこの仕事を長くやってきて、年々入試のハードルが下がってきているのを感じます。東大や京大のような大学でさえ、上の方は変わらないでしょうが、下はレベルが下がってきているのはたしかだと思われるので、他は推して知るべしです。僕の体感では、今の中堅国立は、昔の下位国立と同じレベルです(現にそう言って嘆いている教授がいるという)。私立となるとなおさらで、今は有名難関大でもAOやら推薦やらの乱発で、一般入試の定員を昔の半分以下、甚だしい場合には三分の一にまで絞って、なのに偏差値は昔より低くなっているのです。万年定員割れの地方私立と来た日には、目も当てられない。

 僕は第二次ベビーブーマーが大学受験に差しかかった1990年前後、現場にいたので、そのときの入試の大変さもよく知っています。かつては「誰でも入れる」と思われていた東京の某下位私大の偏差値が55~60になるなんて怪現象まで起きていたので、差し障りがあるので大学名は挙げませんが、あそこは今はどうなっているのだろうと調べたら45前後です。少なくとも今より10ポイントは高くなっていたわけで、「今の受験生は大変だな」と当時は同情したものです。

 そういうのは「今は昔の物語」で、18歳人口の激減に伴って受験生数も減ったのに、大学の総定員をそれに合わせて減らすことはしなかった。ぴったりそれに合わせるのではなく、緩やかに減らして無理のない数に誘導すればよかったのですが、それすらしなかったから受験者より入学定員の方が多くなってしまい、私大の4割が定員割れを起こすような事態になったのです。今は国立ですら公立高校入試並の低倍率になっているところは珍しくないので、「選考の多様化」と称して推薦枠を増やし、一般入試の枠を減らして、何とか一定の競争倍率を保とうとしているのですが、ネームバリューのないところはやはりしんどいので、国立でも今後は存続が危ぶまれるところが出てくるでしょう。いわんや私立においてをや、です。

 上の読売記事によれば、「2019年度末までに破綻の恐れ」が21校、「2020年以降に破綻の恐れ」は91校、「経営悪化の兆候が見られる」が175校です。合計287大学が「潰れる心配がある」で、「経営状態に問題がない」は373大学。例の加計学園が経営する大学などは全部この「潰れる恐れがある大学」に含まれているわけですが、そういうのは国の補助金(原資は国民の税金)と、新興私立には立地自治体が安易に「町おこし」のつもりで誘致したものが多い関係から、自治体の援助でもたせているにすぎないものなので、それがなければ大半がすでに潰れている計算です。

 そんなことをして残す必要があるのかといえば、「ない」が正解でしょう。卒業生たちにとっては「母校がなくなる」というのは悲しいことかも知れませんが、すでに小中学校や高校など、少子化や過疎化によって統廃合されて母校が消えたという経験をした人はたくさんいるので、田舎の出身である僕なども、小学校から高校まで、昔の形で残っているものは一つもないのです。大学だけは今のところ潰れる心配はなさそうですが、それも話を聞くと、昔とは学風も中身も相当変わってしまったようだなと感じられるので、いつか消えても「諸行無常がこの世の習い」と心得ているので、さほどショックは受けないでしょう。

 新しい大学でも、コンセプトが明確で、それに見合った中身をもたせ、成功した大学はあります。公立では秋田県の国際教養大、私立では大分県の立命館アジア太平洋大学がその代表です。東北と九州のかなりの僻地で、どちらも立地はよくないが、グローバリズムも追い風にして、ちゃんと成功している。魅力があれば学生は集められるということで、なければ慢性定員割れになってやがて消滅、というのは、健全な競争原理に基づく道理にかなったことではないかと思われるのです。民間の場合には、税金による支援など当て込めません。大学は教育機関だから例外だというのは、どこまで通る話なのか、疑わしいところです。多すぎるのだから、自然淘汰の原理が働くに任せ、魅力に乏しくて学生が集まらないところは潰れるようにした方が、大学全体の質の向上にも役立つでしょう。

 今は手取り足取り、面倒見がいいという大学が人気のようです。これも大学側の危機感の表われの一つということなのかも知れませんが、僕のような昔人間は話を聞いていて馬鹿馬鹿しくなることがあるので、過剰管理の中で育って、大学に行ってもそれというのでは、若者はいつ自立するのかと思います。昔はほったらかしにしてくれるのが大学の一番の魅力で、ことに文系学生は、下らん大学の授業なんか聞いているより勝手に本を読んだ方が早いし、仲間と遠慮のない議論を戦わせる方が身になると感じていたものです。自分は世界的な大思想家たちを直接相手にしているのだから、大学の教員なんぞよりエラいのだと思い込んでいる始末に負えない自信過剰学生も一定数いて、「就職対策セミナー」なんてものが開かれると聞くと、人を馬鹿にするのかと怒り出すのです。むろん、「将来の生活設計」なんてものは、考慮に値しない些事として、何も考えていないので、後でしなくてもいい苦労する羽目になるわけですが。

 今はそういう放任主義、放し飼いで学生を遇する大学は激減したようで、そんなポリシーを表明すると、よほどの有名大学は別として、「お客さん」が集まらないのです。受験生も親たちも、先ず大学のホームページで就職先をチェックする。次に、「きめの細かい指導」が行われているかどうかを確認する、というわけで、「うちのカリキュラムは一応こうなっていますが、学生たちはあまり出席しないので、それはあまり気にしないでください。勝手にやれる若者を歓迎します。就職先も一覧を掲げていますが、留年したり、卒業後も就職せず、行方不明になる学生が毎年2割ぐらいいます」なんて書くと、なんて恐ろしい大学なんだと、受験生とその親たちを戦慄させるに十分なのです。

 僕のような人間から見ると、それも大学の魅力のうちなのですが、時代の趨勢として、そういうのは今は受けないので、セールスポイントにはならず、「指導のきめの細かさ」や「少人数授業」「手厚い就職支援」をアピールする大学が増えたのです。「国家試験合格率№1」は売りになっても、「アウトサイダー輩出率№1」なんてのは自慢にならない。

 またもや「論理的思考力」に疑いがもたれそうな脱線に及んだので、話を戻して、要するに、大学は受験生の数に照らして多すぎるのだから、潰れる大学が続出するのは避けられないことで、そしてそれは別に悪いことではないということです。その大学の関係者にとっては職場を失うのだから大問題でしょうが、それは必然的な理由でそうなるのだから、仕方がないと観念して、新しい職場を探すしかないでしょう。それは親方日の丸の公務員は別として、世間の人が誰でもする苦労なのです。

 残るのは結局、老舗の私大と、新興でも勢いがあって人気のある個性的な大学だけでしょう。不人気大学より評判のいい専門学校もあることから、上の記事の調べに基づけば、私大は373校と、そういう特色ある専門学校だけが受け皿として残ることになる。それで足りるならそうなるしかないので、見込みもないのに無理に存続させて、在学生がいる状態で倒産というのでは学生に二重に迷惑なので、そのあたりの見切りは早くつけるのがかえって親切というものでしょう。

 諸行無常の鐘の音。諦めがかんじん、ということも世の中にはあるということです。むろん、受験生はまだ今頃諦めてはいけませんよ。こういうのはそれとは別の話なのです。

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