ワセダは省庁と仲良し?

2017.01.23.16:40

 この件に関しては、僕が見たかぎり東京新聞の次の記事が最も包括的かつ詳細です。

大学再就職 5年で49人 文科省天下り問題(1.21朝刊)

 要は早稲田だけの問題ではなく、文科省は「組織ぐるみ」でOBの大学への再就職斡旋をはかっていたということですが、「本紙の調べでは早大は2015年までの五年間に省庁出身者が10人再就職しており、他校に比べて多い」とされており、文科省にかぎらず、霞が関のお役人が大学に天下るケースは多いが、早稲田はその中でも目立つ大学だということです。

「早大側は『そのことで大学の独立が脅かされたことはない』と」言っているという話ですが、こういう話は額面通りには受け取れないもので、「直接」ではなくとも「間接的」な影響はあるでしょう。それで「省庁受け」がよくなると、補助金を始め、何かと好都合だと考えられるからです。それで「匙加減」が変わるということはある。

 昔の大学と今の大学は違います。今は「財務状況」や「就職率」が重視されるので、ビンボーで、やたらと留年や中退が多く、就職する気のない学生がたくさんいるなどという大学は、受験生とその保護者からそっぽを向かれてしまうのです。

 昔のワセダはまさにそういう大学でした。ビンボーだからかどうか知らないが、一切広告を出さず、それはたぶんデマだったでしょうが、日大(当時最大のマンモス大学)から金を借りていて、大隈講堂がその抵当に入っているなんて話がまことしやかに囁かれていたのです。学生たちはそれはありうることだと思っていた。慶応と違って貧乏で、OB、OGにも金持ちは少ないから、寄付金の集まりも悪いと聞いていたからです。ワセダというのはヘンな大学で、学生も卒業生も母校の悪口ばかり言っている。そのあたり、元々お金持ちのボンボンが多い慶応が「母校愛」に富み、三田会の「鉄の結束」を誇っているのと対照的です。

 今でもまだやっているかどうかは知りませんが、新入生は大学の入学式(全体と学部別の二つがあるのですが)で、『巨人・大隈重信』という大昔の白黒映画を見せられる。配給元は大映か何かだったと思うのですが、主だった役者はたいがいがワセダのOB、OGなのです。この映画の中で大きな笑いが起きる箇所が二つあって、一つは「謀反人」の大隈が専門学校を作ったというので、「よからぬことを企んでいるのではないか?」と緊急閣議が開かれ、その席上閣僚の誰かが「(国家権力にとって危険だから今のうちに)潰してしまおう」と発言するところです。もう一つは、大隈が入学式か何かの席上、「希望者は全員入学させる!」と力を込めて言うところで、当時は浪人がむやみと多く、実質倍率も10倍前後あったから、ブラック・ジョークみたいに聞こえたのです。

 学部にもよりますが、遺憾なことに今以上に「東大落ち」は多かった(だから彼らは優秀だったというのは都市伝説の一つにすぎません)。「良家の子弟」が意外に多いなという感じもあったのですが、当時はまだ地方色も豊かで、「何かといえば権力や権威に楯突きたがる田舎の反抗的な若者に好まれる大学」という指標があったとすれば、たぶんそれではトップだったでしょう(二位には立命館あたりが来たはず)。それで講義には出席せず、そういう連中は元々がビンボーなので、学費未納で除籍処分を食らう、というのが、ワセダにおける「出世の王道」とみなされていたのです。当時はシュウカツに勤しむなんてのは自慢できないことで、こっそりそれをやって、大企業や公務員に就職先を決めた連中は、聞かれもしないのに、「内部から改革を行う」という抱負を語ったりしたもので、あたかもそれがやましいことであるかのような雰囲気があったのです。

 こういうのは「今は昔」の話で、そういうのでは保護者からすれば危険きわまりなく、受験生にしても、それでは一生フリーターで終わってしまうのではないかと、敬遠の対象にしかならないのです。だからオンボロ建物もモダンなものに変え、昔より面倒見がよくなり、管理的になった。学生の気質も変わってきたので、公務員志望の学生や、上場企業への就職者も増えた。全体に「反権力」ではなく「親権力」に変わったので、教員に省庁からの天下りが増えるなんてのも、現場の元エライさんからアドバイスが受けられるという意味で、学生にとってはむしろウェルカムなのでしょう。

 昔、いくらか滑稽に思われたのは、教授たちが東大を目の敵にしていたことです。こちらがライバル視しても、向こうがしてくれなければ意味はないだろうと学生たちは苦笑していましたが、今は教授陣を自校出身者で固めるという愚かな「純血主義」政策(だから「教員三流」と言われた)もやめたようで、教授に東大出身者も増えたことから、あれはあれで面白かったのですが、そういう意味でも「反体制気質」は薄れたことでしょう。

 つまり、今のワセダには「在野精神」なんてものはすでにないわけで、大体が、今はそういうのは売り物にならないのです。むしろ、それが災いして「親エスタブリッシュメント」の慶応に水を開けられたと言えるので、省庁や大企業幹部のOBを多く受け入れて、そのへんを挽回したいというのが大学のホンネなのではないかと思われます。

 僕にはそれをいいとか悪いとか言う気はありません。こういうのも時代の流れです。今の時代で一番「古き良き時代」の自由な雰囲気と野放図さを残している大学は京大だろうと思いますが、今回の「国家公務員法違反」でワセダに天下りした文科省の元局長は、京大法学部出身だったと聞いて、僕は思わず笑ってしまいました。京大の中でも法学部は例外的に「権力志向」が強い学部だとはいえ、個性と自由を看板にする(あるいはしていた)代表的な二つの大学が、今回のそれに反する事件に関係していたというのは、ある意味象徴的です。僕はどうせ東大法学部出身者だろうと思っていましたが、「東大的見地」からすれば文科省は二流省庁で、だから東大出身者の比率もあそこは高くないのかもしれません。

 まあ、しかし、お役人たちは法律ぐらいは守りましょうね。中国や韓国と較べると、わが国の官僚はずっとクリーンですが、組織ぐるみでセコい脱法行為を働いて、口裏合わせまで依頼していたというのでは示しがつきません。学校行政のトップに立つ文科省の場合、どの面下げてエラそうに指図しているのだと子供たちにまで思われるので、面目丸潰れです。

 ワセダも教員採用は公募で、公明正大にやった方がいい。この件に関する早大ホームページの記事には「元高等教育局長が高等教育に関する高い識見および著作権制度についての優れた教育・研究業績を有しており、本学教授(任期付)としてふさわしいと判断し、採用を決定」したのだとありますが、「オープンにやるので、あらためて個人で応募してください」と突き返すぐらいの度胸とプライドはあってしかるべきでした。選考を内々でコソコソやってるから、そこにつけ込まれてこういうことにもなるのです。「在野精神」はもはや売り物にならないからといって、権力追従の牙を抜かれた家畜同然になっては、ワセダの存在価値はゼロになってしまうでしょう。
スポンサーサイト

「サル化」する人たち

2017.01.18.15:25

 サルとヒトではDNAは僅か2~3%しか違わないという話ですが、その僅かな差が大きな違いを生んで、今のこの文明があるわけです。サルとヒトの大きな違いの一つは、「こうすればこうなるだろう」という推理推論に基づいてシミュレーションができる能力と、全体的な視野から物事を把握し、再考できる能力にあると思われますが、最近はこうした能力が欠落した、「サル返り」の人が増えている気がします。病的に独善的、一方的、一面的で、そうした自分の考え、というよりは思い込みに基づいて短絡的な行動を取り、近視眼的・自己中心的だから、「こうすればこうなるだろう」という全体的視野からの未来予想もできないので、周りからの反応に狼狽して、また混乱した行動に走ることになるのです。

 最近の韓国がそうだし、トランプを選出して、「何でこんなことになったのか?」と困惑している今のアメリカなんかも未来予見能力のなさの好例に見えます。一般世間でも「この人は何を考えて生きているのだろう?」みたいな近視眼的な行動・反応を示す人が増えているように思われるので、善良か悪辣か以前に、思慮が足りていないのです。行動する前に、立ち止まって考えてみることができず、そのときそのときの思い込みや気分だけで動いてしまうので、それによって生じるであろう周りの反応や他人の迷惑などは「思慮の外」なのです(そういう人は、それで困ったことになっても真摯な自己反省には向かわないので、失敗が教訓にならず、成長しない)。

 次のニュースなんかもその典型に見えます。

・「不正を罰する」威圧ジャンパー問題で市謝罪

生活保護受給者の自立支援を担当する神奈川県小田原市の複数の職員が、ローマ字で「保護なめんな」とプリントされたジャンパーを着て各世帯を訪問していたことがわかった。
 ジャンパーは職員が自費で作り、「不正を罰する」といった受給者を威圧するような英文も書かれていた。市は17日、記者会見を開き、「受給者に不快な思いをさせてしまい深くおわびする」と陳謝した。
 ジャンパーの胸には「HOGONAMENNA」のローマ字や、×印が付いた「悪」の漢字をあしらったエンブレムがある。背中側には「我々は正義だ」「不当な利益を得るために我々をだまそうとするならば、あえて言おう。カスである」という意味の英語が書かれている。(読売新聞1.18)


 ここまで次元が低いのも珍しいので、「世間の目」を過度なまでに気にする、慎重なお役人のやることとはとうてい思えない。誰かがこういうものを「提案」しても、それが非常識であることは歴然としているので、職場の賛成を得られず、「何を馬鹿なこと言ってるんだ」で終わってしまうでしょう。ところが、そうではなかったのです。

 こんなことを考えた理由は何か? 別の読売の記事によれば、

「受給者に対する差別意識を持っている職員はいない」「内部に対して『生活保護(担当を)なめんなよ。みんな頑張っているんだ』と訴えたかった」。市役所で行われた会見で、市福祉健康部の日比谷正人部長らはこうした説明を繰り返し、職員の連帯意識を高めることが目的だったと強調した。
 ジャンパーは2007年、生活保護の受給を巡って職員が切りつけられた事件をきっかけに、有志の職員が作ったという。1着4400円で、その後に配属された職員も含め約10年間で計64人が購入。複数の職員が受給世帯の訪問時にも着用していたという。


 という話で、「受給者に対する差別意識を持っている職員はいない」「内部に対して『生活保護(担当を)なめんなよ。みんな頑張っているんだ』と訴えたかった」というのは大嘘だと思いますが、「職員が切りつけられた事件をきっかけに」始まったというのも解せないので、ヤンキーや暴走族が同じド派手な刺繍なんかをあしらったジャンパーを着て強がり、対抗グループや一般市民を威圧しようとするのと心理的には同じなのです。

 しかし、相手はそれでなくとも「心苦しい」思いをしている生活保護受給者ですよ。いや、「不正受給」を強く疑われる相手にだけこれを着用した、ということなのでしょうか? おそらくそうではないはずで、無神経の極みです。

「何や、おまえ、そのジャンパーは?『悪』て何のことや? ゴチャゴチャ横文字で書いとるのも、きっちり日本語に訳してみんかい!」そう、「不正受給」の暴力団の組員もどきに脅されたら、ビビってそれで終わりなのではないですか? 大体、あの手の連中をいくらかでも知っている人間なら、そういうのは逆に相手につけ込む材料を与えるだけだとわかるはずです。頭が悪すぎるので、それで結果として、そうでない善良な受給者を不当に貶めるだけになるのです。別に自分の財産を相手に与えているわけではなく、自分も税金から給料をもらっている身なのに、ですよ。

 僕も過去に、その手の“もどき”から「不正に」三度ばかり脅迫されたことがありますが、一度は完全無視で、残りは言いがかりとしか思えないそのふざけた言い草に激怒してしまいましたが、その反応を見て、「こいつはやばい」(今頃気づくな!)と思ったらしく、早々に退散して下さったので無事でした。別にジャンパーやイレズミ(大阪市の職員にそういうのがいるというニュースが前にありました)なんかはいらないので、そもそもの話、そんなものは何の役にも立たないのです。

 要するに、まともな人を不快にさせるだけで、何のメリットもない。市の上の方から、「受給者が増え続けて困る。何とかしてそれを抑えろ!」という命令が出ていて、「不正受給は許さない」というアピールをするために、また、個人としては弱々しいのが揃っているので、何とかして強がりたいとそんなものを考えついたのでしょうが、それがどういう効果、反応を引き起こすか、全く予見していなかったのです。そこらへんの思慮の乏しさは「サル的」と言う他はない。

「自分はひょっとしてサルではないのか?」と、たまには自省してみたらどうですかね? 僅か2~3%の差しかないのだから、油断するとヒトは容易にサルに戻ってしまうのです。コマギレの知識・情報の類をいくら集めても、それはヒトのサル化を防いでくれるものではない。むしろ情報洪水の中で自己を顧みることが少なくなったために、「サル化」は加速していると見るべきでしょう。

慶大「広告研」集団強姦事件に思う

2016.10.16.11:05

 金曜の夜、仕事の帰りに本屋で週刊誌を立ち読みしたら、この事件を文春、新潮が揃って大きく取り上げていたのに、ちょっとびっくりしました。そして以前(調べてみるとそれは2003年のことだったようですが)、早稲田の学生、和田某(まだ刑務所にいる由)という腐れが首謀者で起こした、スーパーフリー事件というのを思い出しました。

 これは、調べればまだ余罪がかなり出てくるかも知れません。慶大当局は最初、このサークルに「未成年飲酒」を理由に解散命令を出したようですが、両週刊誌はそれを「姑息な真相隠蔽」だと非難して、この記事を出したわけです。

 慶応側はこうしたメディアの動きに、大学ホームページで次のように反論、「報道されているような事件性を確認するには至りませんでした」と述べました(10月12日付)。

 さる10月4日、公認学生団体「広告学研究会」の解散を命ずる告示文を学内掲示およびウェブサイトで公表しました。
その後、告示文に明記した解散事由以外にも違法な行為があった、と一部報道がなされております。今回の解散処分にあたっては、複数回にわたり関係者に事情聴取を行う等、大学として可能な限りの調査を行いましたが、報道されているような事件性を確認するには至りませんでした。
 もとより、捜査権限を有しない大学の調査には一定の限界があります。一部報道にあるような違法行為に関しては、捜査権限のある警察等において解明されるべきであると考えます。大学としては自ら事件性を確認できない事案を公表することはできず、したがって、一部報道されているような情報の「隠蔽」の意図も事実もありません。
 なお、事件性が確認されるような場合には、捜査等の推移を見守りつつ、厳正な対処を行うというのが、従来からの慶應義塾の方針です。


「力強いお言葉!」という感じですが、仮に集団強姦が事実なら、被害に遭った女子学生とその家族にとっては屈辱の上塗りになるでしょう。女子学生の方は直接大学に相談していたそうなので、これが意味するのは、たしかにそういう訴えはあったが、レイプ犯を疑われる学生たちに聞いたら、「やってない」もしくは「同意の上だった」ということだったので、「事件性は確認できません」と結論した、ということになります(そこで「性行為があった」ことまでは確認済みだという)。

「さすが、スマートな慶応さん、ものわかりいいっすね」という感じですが、週刊誌に書かれているのはそんな呑気な対応をしていられるようなレベルの話ではないので、これはやっぱり「隠蔽」の意図はあったと見るべきでしょう。「常習的な未成年飲酒」なら世間的な体面もそう悪くはない。しかし、集団レイプ事件となれば、激しいバッシングと大学のイメージダウンは避けられないからです。

 僕自身は、これは週刊誌の方に分があると見ています。細部はともかく、報道されているようなひどいことは確実にあったと判断したということですが、レイプは親告罪で、被害者本人が訴え出ないと表面化しないので、このサークルでは前にもその種のことはいくつもあったと見た方が妥当でしょう。

 早稲田はかつてあの「スーパーフリー事件」で大ダメージを受けました。それに関係した大学の学生は早稲田だけでなく、慶応、明治、東大…と多岐にわたりましたが、「ワセダのスーパーフリー」というので有名になったので、以来2ちゃんねるなどでは、早稲田は「和田」と揶揄されるにいたったのです。

 これはもとより、OB、OGにとっては不快きわまりなかったので、僕なども「そんな腐れ、叩っ殺したらんかい!」と思ったほどでした。父親が「出所したら自らの手で殺す」と言ったそうなので、それに期待(?)してますが、元々がアホが多い大学なので、多種多様なアホはいてもいいが、ああいう奴だけは許しがたい。生かしておく価値があるとは、今でも思えないのです。

 大体が、レイプというのは卑劣ですが、それを酒を食らって集団でやるというのは最悪なわけで、こういう連中は一体どういう女性観をもっているのでしょう? 僕には不思議でならないので、人をモノ扱いするという時点ですでに「生きている資格なし」です。仮に若い頃知り合いにそんな目に遭ったという女性がいれば、警察を通すことなしに、木刀持参で自分で始末しに出かけていただろうと思います。その方が女性の名誉を傷つけずにすむし、刑務所にぶち込むより効果的な懲罰が与えられると思うからです。その手の人間を半殺しにしてもわが良心は痛まない。幸い、そんなことをする必要に迫られたことはありませんでしたが。

 別にいい人ぶるつもりはありませんが、僕は酒席でのセクハラも許したことはありません。酒にまぎれてドサクサまぎれそのようなふるまいに及ぶというのが癇に障るので、だから僕が同席したところではその種のことはゼロだったはずです。僕の見るところ、この種のことに対して潔癖なのは案外不良や元不良に多いので、学生時代の知り合いに「素手の喧嘩をやらせたら、関東で三本指に入る」と言われている元ヤクザ(当時三十代)がいましたが、その人も、そういうところは潔癖そのものでした。彼らはそのあたり、美学において共通していたのです。

 そういえば、こういうこともありました。仲間の一人にえらく可愛い、美人の妹をもつ奴がいて、その妹に会った連中の話では、「とてもあいつと同じところから出てきたとは思えない」ほどだというのですが、その妹を学生証をちらつかせてナンパしようとしたアホが同じ大学の別の学部(政経)にいて、妹に「お兄ちゃんの大学の学生って、程度低いねー」と言われてしまったというのです。たしかに程度が低すぎる。そういう恥さらしをのさばらせておくのは大学の名折れなので、「おまえの妹はまだそのアホの顔を憶えているか?」ときくと、「だろうと思うけど」という話だったので、「じゃあ、今度おまえの妹を連れてきて、そいつを探させよう」と僕は提案しました。「どうするつもり?」と言うから、「そいつに灸を据えておく」と答えると、「あかん! そんなことしたらうちの妹が逆恨みされてどんな目に遭わされるかわからんやろ!」(大阪出身だったので、関西弁になる)と不安げな面持ちなので、「心配せんでもええ。そんなことしたら今度は殺されると思うようなやり方でやっておくから、任せといてくれ」と答えたのですが、彼は頑として応じず、「そんなアホより、おまえに会わせる方がうちの妹にはよっぽど危険やわ」と言われてしまいました。仲間を信じないというのは嘆かわしい話ですが、とにかくそれで「正義の懲罰」は実現しなかったので、残念に思われたのですが、「学生証ナンパ」ですら恥さらしで、頭の悪すぎることだという良識が当時は大学生の間にも「共通認識」としてあったので、今回のような事件とは千里の距離があるのです(大体そういう馬鹿は、相手の女性の方が「偏差値の高い」大学の学生だったらどうするのでしょうかね?)。

 この手の連中はふだんモテなさすぎるから鬼畜の行為に走りやすくなるとも解釈できるので、容姿端麗で、女性への気配りに富む、絵にかいたような慶応ボーイなら、そのような愚かなことは決してしないでしょう(実際、そういう慶大生を僕は一人知っていましたが、彼は志操堅固でいくら女の子に騒がれても見向きもしないという風情でした)。スーパーフリーの和田某の場合なども、写真から判断してモテない条件をすべて具備している印象でしたが、今の大学はそういう学生向けに『異性に好かれるためのマナー講座』というのでも設けるべきかもしれません。ついでに喧嘩の仕方も教えておいた方がいいかも知れない。というのは、座が乱れておかしな雰囲気になりかけたとき、「やめんかい!」と一喝して黙らせるぐらいの迫力がないと、集団の暴走を止めることはできないからです。昔は親が、「酒は飲んでも、酒に飲まれるようなみっともない真似はするな」と教えていたものですが、今の教育ママパパは、お受験には熱心でも、そういうことは教えない。だからこの手のモラルのかけらもない馬鹿が出てくることになるのです。

 こういうのは病気で、調べれば脳の微細な器質的障害が見つかるだろうと言う人もいます。要するに、ある種のブレーキがこわれているのだということで、たしかにあの和田某などにはそう感じさせるものがありましたが、脳は柔軟性に富む組織なので、仮にそういう欠陥があっても、後天的な教育で修正が利くものでしょう。何でもそういうところに還元してしまうのは危険で、それは都合のいい言い訳材料にされてしまう。

 にしても、慶大当局のこの対応は解せないので、常識的に考えて、そういう被害者からの直接の訴えがあったのなら、適当な聞き取りだけで「事件性は確認できなかった」などとは言わないでしょう。大体、関係学生に聞いても、正直に答えるわけがない。それが最も悪質な、人倫にもとる行為だということは、連中も頭ではわかっているのだから。大学の社会的体面を守るのに必死で、「確認できなかった」というのは、その女子学生の訴えが嘘だったと結論づけているに等しいことには気づかなかったのです。そのハートのなさには恐れ入るので、こんな大学に娘をやるのは考えものだと、良識ある親なら思うでしょう。

 しばらく前には東大生五人による似たような事件があって、うち三人が起訴、有罪判決が下されましたが、偏差値秀才(慶応の場合は幼稚舎からのエスカレーター組がかなりいるので、みのもんたの息子みたいな、秀才とはほど遠いのも混じっていますが)たちのこの種の事件の賑やかさは、お勉強以外の部分がやせ細って、「並以下」になっている連中がいかに多いかを印象づけるものです。せめて「並」ではあってもらいたいものですが、世間がちやほやするために、なまじ有名な大学であればあるほど、こういう勘違いした馬鹿が出やすくなるのでしょう。学問的な意味でも、たかが高校レベルのお勉強ができたくらいでは何も大したことはないのですが、頭が悪いと、そうした「正しい自覚」ももてないのです。

 大学側はどうやってこの事件の収拾をつけるのか?「一部報道にあるような違法行為に関しては、捜査権限のある警察等において解明されるべきであると考え」ているそうですが、警察はすでに捜査に着手しているようです。その結果、犯罪性が明らかとなった場合には「厳正な対処を行う」そうなので、関係学生たちは退学等の処分を受けることになるのでしょう。その際、「隠蔽」に等しい対応でお茶を濁そうとした自身の姑息さは、「捜査権限を有しない大学の調査には一定の限界があ」ったためだとして、合理化されるのでしょう。被害女子学生が警察に届を出さず、週刊誌に書き立てられることもなければ、彼女の直接の訴えにもかかわらず、「未成年飲酒」がサークルの解散理由ということで内々に処理されたわけで、それが意味するのは「大学の体面を守るため、トンデモ学生は保護しても、その餌食にされた女性たちには泣いてもらう」ということです。慶応のOB、OGたちはこういう大学側の対応をどう見ているのか? そのあたり一度聞いてみたい気がします。

祝 ボブ・ディラン、ノーベル文学賞!

2016.10.14.00:48

 村上春樹が今度こそ受賞するかと話題になっていたようなので、僕個人はとくに村上春樹に関心はありませんが、仕事から帰って「あの件はどうなったかな?」とニュースサイトを見ると、何とディランが受賞していた!

 彼がノーベル文学賞の候補になったのは、今回が初めてではありません。かねて詩人としての評価も高かったのです。ディランのファンなら誰でも知っていることですが、今頃まさかねえ…という感じで、若い頃彼の熱狂的なファンだった(今でも中年期までのものをよく聴いている)僕には、嬉しい驚きです。ちょっと古いが、やったぜ、ベイビー!

 ボブ・ディランというのは不思議な人です。舞台のパフォーマンスなんか、これだけ有名で、これだけ垢抜けしない人も珍しいなという感じで、引きこもりが無理してステージに上がったみたいな趣だし、声はカラスの声が潰れるとあんな感じになるかなと思わせるようなもので、僕は「ジプシーの音楽」と勝手に呼んでいるのですが、流浪の旅芸人みたいなマイナーさというか、異端の雰囲気がいつまでも残っていた(このあたり、いかにも人気を博しそうなビートルズの音楽とはずいぶん違う)。世に「プロテスト・ソング」と言われる種類の強烈なものもあるかと思えば、素直なラブ・ソングもあって、不敵な大胆さと人見知りの強い内気さが同居している。どうも生身の個人としては相当つきあいにくそうな人間だなと思わせるところがあって、しかし、そういうのも全部ひっくるめて彼の魅力なのです。

 僕はノーベル賞なんてクソ食らえ側の人間ですが、今回はちょっといい気分です。

のべおか薪能「道成寺」を観る

2016.10.09.01:04

「そうか、言われてみれば、そういう格調高いものが延岡にはあったのだ!」ということで、今回で二十周年だという、その「のべおか天下一薪能」(←延岡観光協会オフィシャルサイト)を僕も見に行きました。延岡にもう十四年も住んでいながら、鮎とりだの山菜とりだのには熱心でも、こういう文化の香り高い、「幽玄」の世界には触れないというのでは、いかにも片手落ちです。

 しかし、「幽玄」とか「雅(みやび)」とかとはほど遠い僕のような人間が見に行くと、よくないことが起こるということはありうるので、それは延岡城址の「千人殺し」という恐ろしげな名のついた巨大な石垣を背景とした迫力満点の野外会場で行われたのですが、果たして開始前にはまだ曇りだったのが、途中から雨が降り始め、メインのお能「道成寺」が始まる頃には、ほとんど土砂降り状態になっていて、舞台上に雨がピシピシと勢いよく跳ねるのが見えました。

 それで観客たちはそれぞれ合羽を出して、ということになったのですが、そんなものは用意していないという大胆な(見方によっては不用意だとも言えますが)人たちはずぶ濡れになってしまったので、にもかかわらず、誰も「何で会場を室内にしなかったんだ!」などと文句は言わず、ひたすら舞台上の役者さんたちやスタッフ(ボランティアの子供たちも大活躍でした)を気の毒がるというあたりが、いかにも善良な延岡人らしいのです。

 僕も「あの衣装はン千万レベルのものだ」と聞いていたので、大丈夫なのかなと大いに気になったのですが、「自分のような場に不似合いな者が見に来たからこうなったのではないか?」という疑念をひそかに抱かざるを得ませんでした。僕は日頃自転車通勤しているのですが、家を出る少し前と授業中は雨が降っているが、行くときと帰りはなぜかやんでいるということがよくあって、天気の神様は自分の味方だと感じているのですが、ふつうでない行動をとるときは、そのような加護は及ばず、かえって荒天になるのかも知れないのです。

 しかし、帰る道々、連れ合いとも話したのですが、能は元々は神事で、浄めのために行われていたものなのだから、あの雨はそういう性質のものだったのかも知れません。にわか雨ではそういう効果はなさそうだが、あれだけ景気よく降れば邪気も祓われる。そのための雨だったのだろうと、解釈したのです。

 演目の「道成寺」もそれにふさわしい。僕はたまたま和歌山県の出身ですが、あれは舞台が紀州のあるお寺です。子供の頃、祖母から安珍清姫の話は何度も聞かされたものですが、それを題材としている。

 これをなかなかの名調子になっているウィキペディアの「安珍・清姫伝説」の項から引用させてもらうと、

 時は醍醐天皇の御代、延長6年(928年)夏の頃である。奥州白河より熊野に参詣に来た僧がいた。この僧(安珍)は大変な美形であった。紀伊国牟婁郡(現在の和歌山県田辺市中辺路:熊野街道沿い)真砂の庄司清次の娘(清姫)は宿を借りた安珍を見て一目惚れ、女だてらに夜這いをかけて迫る。安珍は参拝中の身としてはそのように迫られても困る、帰りにはきっと立ち寄るからと騙して、参拝後は立ち寄ることなくさっさと行ってしまった。
 騙されたことを知った清姫は怒り、裸足で追跡、道成寺までの道の途中(上野の里)で追い付く。安珍は再会を喜ぶどころか別人だと嘘に嘘を重ね、更には熊野権現に助けを求め清姫を金縛りにした隙に逃げ出そうとする始末である。ここに至り清姫の怒りは天を衝き、遂に蛇身に化け安珍を追跡する。
 日高川を渡り道成寺に逃げ込んだ安珍を追うものは、火を吹きつつ川を自力で渡る蛇の姿である。渡し守に「追っ手を渡さないでくれ」と頼んでもこれでは無意味であった。よんどころなく、梵鐘を下ろしてもらいその中に逃げ込む安珍。しかし清姫は許さず鐘に巻き付く。因果応報、哀れ安珍は鐘の中で焼き殺されてしまうのであった。安珍を滅ぼした後、清姫は蛇の姿のまま入水する。


 昔版「女ストーカー」ですが、「田辺市中辺路(なかへじ、と読む)」は僕の郷里の「ご近所」です。大体が僕の田舎には「蛇身をもつ女性」の昔話はかなり多く、たとえば、僕の実家の近くには「姫や滝」という名の途中にコブ(出っぱり)がある滝があるのですが、小学生の頃、祖母から聞いた話では、昔、そのコブのところに腰を下ろして、笙(しょう)を奏でる美しいお姫様がいた。それに一目ぼれした若者が乞うて逢引を重ねるようになったが、「私の後をつけてはいけません。でないと二度とお会いできなくなるでしょう」と言われていた。しかし、募る恋心から、ある日若者はその後をつけていった。小道を外れて山深く分け入る美しい娘を「こんなところに家があるのだろうか?」と訝りながら追っていた若者は、娘が滝の真上の深い淵(これは実在するので、子供の頃、僕は好奇心から苦労してそこに行ってみて、「こんな小さい谷に、こんなに広くて深い淵があったのか!」と驚いたことがあるのです)を見下ろすところまでやってくると、そこに身を投げるのを目撃した。「あっ」と叫ぶ若者。しかし、その深い淵に飛び込んだそのものは、もはや若い娘ではなかった。アナコンダのような(祖母はアナコンダを知らなかったので、これは僕がつけた形容ですが)巨大なヘビと化していたのです。凍りつく若者の姿に気づいた大蛇は、彼を悲しげな眼で見ると、やがて水中に姿を消した。以来、「姫や滝」に美しいお姫さまの姿はなく、若者は病に臥せって、やがて死んでしまった。そういう話です。

 清姫の話とはベクトルが反対ですが、女性と蛇の連結は、紀州の昔話では珍しいものではないので、安珍清姫の話もその一ヴァージョンなのでしょう。それはともかく、能の「道成寺」もこれをモチーフとしていて、出だしに一人の白拍子(今風に言えば、女性ダンサー)が現われて、舞を献上するので、再興した大釣鐘を拝ませてほしいと頼む。お寺は「女人禁制だから」と断ろうとするが、懇願に負けてそれを許す。それで白拍子は舞を舞いながら、鐘楼に近づくと、一瞬の隙を突いて鐘を引き下ろし、その中に消えてしまう。地震のような今の大音響は何かと騒ぎになり、実はこういう妙なことが起きまして…と話すと、住職は何事かを悟ったかのように、昔語りを始める。それが、上記ウィキペディアの引用箇所です。

 むろん、これで終わりではないので、住職の解釈によれば、それは清姫の執着・怨念が白拍子の姿をとったものなのです。クライマックスで、住職は祈念し、その法力によって鐘は浮き上がって動き出し、僧侶たちも一緒になって読経を始める。やがて鐘の中から姿を現したものは、もはや先の可憐な白拍子ではない。能の舞台ではお面が般若に変わっており、恨みと怒りを表わすかのように赤い髪がその上にたなびいている。衣装も蛇体を表わすかのようなものに変じて、このあたりのやりとりは映画『エクソシスト』に似ていますが、押しつ押されつの果て、ついには住職と僧侶たちの必死の祈りが勝利を収め、蛇体の清姫の怨霊は自ら吐いた炎に身を焦がしながら退散、元いた日高川へと戻ってゆく。

 観劇の際にもらったパンフとも照らし合わせると、最後は大体そんな感じなのですが、何だかこれでは清姫がかわいそうな気もします。追い払われただけで、まだ日高川に巨大アナコンダとして恨みを抱えたまま暮らしてます、みたいになるので、元はといえば、安珍にもまんざら気がなかったわけではなさそうなので、優柔不断で嘘つきの彼の方にも相当問題があったのです。清姫が怒るのも無理からぬところがあるといえば、清姫シンパシーが強すぎると言われるでしょうか?

 しかし、ウィキペディアを見ると、続きはこんな話になっているのです。

 蛇道に転生した二人はその後、道成寺の住持のもとに現れて供養を頼む。住持の唱える法華経の功徳により二人は成仏し、天人の姿で住持の夢に現れた。実はこの二人はそれぞれ熊野権現と観世音菩薩の化身であったのである、と法華経の有り難さを讃えて終わる。

 どうもこれでは「おめでたすぎる」感じで、飛躍も大きすぎるし、法華経の宣伝臭が強すぎて「どうもな…」というところは否めないので、とても舞台劇の題材にできるようなシロモノではない。僕としては、こう解釈したいところです。清姫はたんに追い払われたのではない、お経というのは無差別の慈悲を旨とするので、それを通じて怨念の炎(ほむら)も焼き尽くされ、清姫の霊はそれから解放されて成仏したのだと。彼女は抵抗したが、それは心理学的に言えば「受容の中で抑圧を外された清姫の感情がダイレクトに表現された」ことを意味し、それによって恨みも消散へと導かれるのです(通常の心理療法でも、まず内奥の抑圧されて悪情念と化したものを外に引き出さないと始まらない)。

 思えばあの雨は、清姫の深い怨念を消すべく降った浄めの雨だったのです。別にお邪魔虫の僕が見に行ったためではない。雨はこれを書いている今もまだ降り続いていますが、それは清姫の無念と怨念がいかばかりのものだったかを物語っているので、それをすっかり消すには大量の雨を必要としたのです。

 雨はおそらく朝まで降り続けるでしょう。それがやむ頃、清姫(とそれが象徴する人たち)の霊も成仏する。そうなれば、安珍の方も無事成仏できるのです。「道成寺」で雨が降ったのはそういうわけだったかと、僕は一人でナットクした次第です。演者や観客がずぶ濡れになったことぐらいは、それに照らせばよしとしなければならないでしょう。それはめでたい「神事」だったのです(主催者には「ズレた解釈を書くな!」と叱られるかも知れませんが)。
プロフィール

大野龍一

Author:大野龍一

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR