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さよなら、トランプ

2020.12.08(05:59) 783

 彼の場合、完全に精神病理学の範疇に入るレベルなので、この記事も「異常犯罪」のコーナーに分類しておくことにしますが、来年の1月20日正午以降は、この老狂人に世界が振り回されることも少なくなりそうだという喜ばしいニュースです。

トランプの陰謀論の拡散、ツイッターの警告ラベルに抑制効果

 ツイッターは各国のリーダーたちの投稿について、規約に反する場合でも閲覧可能な状態にしておく特例を認めている。それは、大半の人たちは自国のトップの発言の内容をそのまま知りたいだろうと考えるためだ。そして、トランプも現在、そうした特別な扱いを受けている。

 これまでトランプがとがめ立てされることなく、新型コロナウイルスや先月行われた大統領選などについて、いくつもの陰謀論を広めたり、(抗議デモの参加者による暴動の発生を受けて)「略奪が始まれば射撃が始まる」など暴力を示唆する発言をしたりすることができたのは、同社のこの方針のためだ。

 だが、ツイッターの広報担当者がフォーブスの取材に対して明らかにしたところによれば、トランプに対するそのような特例措置が適用されるのは、来年1月20日の正午までだ。それ以降、トランプは一般のユーザーたちと同じガイドラインに従うことになる。

 つまり、トランプがその後もツイッターの規約に繰り返し違反すれば、利用を禁止されるかもしれないということだ。


 全く、「やれやれ…」という感じです。「トランプのツイートへのユーザーの反応は非常に大きいものの、ツイッターは内容が誤った投稿はその大半について、真偽検証を行ってきた。フォーブスが確認したところでは、投票日と翌日のトランプのツイートは、50%に警告ラベルが付けられている」という有様だったのだから。

「類は友を呼ぶ」で、嘘つきの周りには嘘つきが群れ集まってくるものなので、例のQアノンをはじめ、元議員だの、弁護士だのまで登場して、次々新たな陰謀論デマを作り出し、それにトランプ自身がリツイートするというかたちで、その後も騒動は拡大したのです。日本でも一部の著名人までがそのデマに乗せられ、「選挙で大がかりな不正があったのは明らかだ。これは民主主義の危機だ!」などと言って、少し調べてみればトランプこそが「民主主義の危機」を生み出した張本人であることは明らかなのですが、それで引っ込みがつかなくなって、今後言論人商売の存続が危ぶまれる人までいるようです(尤も、日本人は健忘症なので、憶えているのは僕のような性格の悪い人間だけかもしれませんが)。

 ついでなので、BBCに便利なまとめサイトがあったので、全部を網羅してはいませんが、その「まことしやかな嘘」がどう検証されて、どういうふうに「嘘」認定されたのか、興味深い記事なので、ご紹介しておきます。「BBCリアリティーチェックチーム」によるものです。

【米大統領選2020】 検証:投票について色々なうわさ 投票の数や投票機など

 通常の場合、これだけ嘘が多ければ、その人は病的な虚言症として誰からも相手にされなくなります。しかし、トランプとトランプ応援団の人たちは、そうした虚偽の指摘には何も答えず、また新たな陰謀ネタを思いついて、ときには無関係な写真まで「証拠」としてくっつけて、「大がかりな不正があった!」と騒ぎ続けたのです。

 トランプは元々「超利己的な、頭のおかしな幼児人格」です。そう断定していいだけの十分な証拠を彼自らが提供してきたのですが、そう言うと、「あんたはトランプが嫌いだから、彼の主張を何でもデマ扱いして片づけようとするのだ」などと反論されるのです。彼がビジネスマン(実業家)としても全く信用の置けない人間であるという「本物の証拠」を伴った情報は、僕自身は何度も見てきました。「詐欺師まがいの悪徳不動産屋」という僕の評言は何ら不当なものではないのですが、「トランプが嫌いだからそう言っているだけ」と片づけられては唖然とする他ない。

 試しに、これは僕も最近見つけたのですが、アマゾン・プライムの会員になっている人は、無料で見られるドキュメンタリーの中に、『ユーブ・ビーン・トランプド・トゥー(You've Been Trumped Too)』というのがあるので、これはトランプ物の中でも地味な方ですが、トランプとその息子たちのビジネスのあくどいやり口や、2016年、彼が大統領選に出馬するにあたってどういう差別的言動を繰り返してきたか、よくわかるものなので、一度ご覧になればいいと思います。「トランプ財団が弾圧しようとした絶賛の映画」なんて説明がついていますが、あまり見る人がいないらしく、今でもコメントはゼロです。彼が大統領を4年間やって、「善と正義に目覚めて」民主主義の“希望の星”に変身したという証拠が何かあるのか、僕はゼロだと見ていますが、それが常識的な判断というものでしょう。中国共産党政府と対立する「大紀元」や「看中国」といった中国系のネットメディア(どちらも宗教がらみ)は、なぜかデマ拡散の片棒を担いでトランプを熱烈応援していますが、習近平が国家主席の任期を撤廃して終身独裁への布石を打った時、それを批判するどころか、うらやましがるツイートをしていたのもトランプなのです(僕はそういうことはちゃんと記憶している)。彼はウイグル人弾圧にも進んで「理解」を示している。トランプは実際は独裁や弾圧にきわめて親和的な人間なので、それは彼の人となりからしてむしろ当然のことなのです。彼が不動産屋としてどれほど弱い立場の人を踏みつけにしてきたか、よく見てみるといいのです(実の息子二人も、揃ってロクでもない)。こういうのはデマではなく、ちゃんとした証拠があるわけです。

 トランプの最大の功績は、ファクトチェックの機能をもたない今のネット社会では、恥知らずの異常なデマゴークにいかに人々が翻弄されやすくなるかをよく示したことかもしれません。その最適の培地になっているのは政治や経済システムの機能不全によってもたらされた社会の閉塞感や、経済のグローバリズムの割を食って沈んだ人たちのやり場のない不満や怒りです。彼らにはMake America great again!のフレーズを繰り返し叫ぶトランプの姿は、空手形を出す詐欺師の口上ではなく、「約束の地」(皮肉なことに、これはオバマの羊頭狗肉的な自伝のタイトルですが)へと導いてくれるモーゼのように見えるのです。彼の反知性主義丸出しの品位のない言動や左翼への罵倒も、彼らには逆に心地よく聞こえる。悪いのはお高く止まって既得権益をむさぼるだけの連中であり、トランプはそれに戦いを挑むヒーローなのです。実際の複雑に入り組んだ社会の利権構造を理解することなど、彼らにはできないし、する気もない。トランプはわかりやすくていいのです。トランプとしても、ウォール・ストリートを敵に回したのでは勝ち目はない(そのときこそ本物の陰謀が動き出して、葬り去られる)が、左翼なら攻撃しても安全だということがよくわかっているのです。そのセコさが、彼らにはわかっていない。

 かつてヒトラーは民衆の間にある「経済を牛耳るユダヤ人の陰謀」説をうまく利用しました(ナチの宣伝相ゲッベルスなど、若い頃からユダヤ陰謀説にとりつかれていた)。それがユダヤ人迫害につながったのですが、目の上のタンコブだった共産党も「左翼の陰謀説」を煽って、国会放火事件を彼らのせいにして潰すのに成功した。たしかに一部のユダヤ金融資本が戦争まで利用する「死の商人」として暗躍してきたことは事実としてあるようですが、ナチスはそれを拡大解釈して、全ユダヤ人に適用したのです。共産党も、彼らはたしかに共産主義革命を夢見ていたが、あくまで当時最も先進的な憲法とされていたワイマール憲法下の民主的な手続きに則って勢力拡大していたにすぎなかった。しかし、それも「邪悪な陰謀」視されたのです。ナチスはそうした各種の陰謀論を最大限に利用して恐怖を煽り、敵対勢力を駆逐し、授権法によって憲法を完全に無効化することによって恐怖の独裁体制をつくり上げた。「偉大なドイツ帝国の栄光を取り戻す」と称して。トランプ一派の寝言と、どこか似ていませんか?

 幸いなことに、当時のドイツ社会と較べれば、今のアメリカにはまだ余裕がある。公正を旨とするチェックシステムも機能しているので、トランプの「選挙不正」の主張は大半が証拠のないもので、訴訟の大部分が門前払いされたのは当然の措置だと、大多数のアメリカ人は見ているわけです。ヤフコメなど見ていると、「アメリカの有権者の7割はそれが不正な選挙だったと思っている」などという、トランプの主張と同じで何の根拠もないたわごとまでありますが、世論調査でもトランプ支持よりバイデン支持が明確に上回るようになった。「トランプよりはマシだ」ということでバイデンに投票したにすぎない人が多かったということからして、積極的支持は元から弱かったことを考えれば、トランプの嘘つきぶりを人々があらためて再認識して、見切りをつける人が増えていることを示すものでしょう(そもそもの話、これこそ陰謀ですが、トランプは2016年の選挙で、ロシアのプロパガンダ組織によるSNSを悪用したヒラリーに対するネガティブ宣伝の恩恵を受け、個人的にプーチンの世話にもなっている。これらは証拠のあることなので、陰謀論者たちはなぜそのことは言わないのでしょう? プーチンは善玉で、陰でロシアの支援を受けることはアメリカ大統領としては当然の話だとでも言うのでしょうか?)。

 4年後、トランプは再び大統領選に立候補すると言っていて、共和党が彼に対して及び腰の対応なのはそれを恐れているからだという報道もありますが、それはおそらくないでしょう。今後の4年間で、各種の裁判などを通じて彼がどんな醜悪な人間であるかが白日の下にさらされれば、もはや熱狂は戻らないだろうと思われるからです。第二のトランプが出てくる可能性はありますが、トランプ自身はすでに終わった。アメリカの政治はきわどいところで破滅を免れたわけで、それはアメリカのためにも、世界のためにも慶賀すべきことであると、僕は思います。トランプのような異常な人間を大統領に選んでしまう結果を生んだ、アメリカが抱える深刻な問題がそれで解決したわけではないので、今後も道のりは困難なものになるだろうことは確かですが、とにかく「最悪の事態」だけは免れたわけです。

 さよなら、トランプ。


【追記】これをアップする前にグーグルのニュースサイトをたまたま見ると、同じ見立ての記事があって、読んでみると面白かったので、こちらもURLを付けておきます。

トランプ風船がしぼむ時

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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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首から上と下半身は別人格~ソウル市長自殺事件に思う

2020.07.13(21:14) 739

 僕はブラックユーモアの名手である、映画監督テリー・ギリアムのファンですが、その傑作の一つ『バロン』の中に、名優ロビン・ウィリアムズ(実は対人関係が苦手な超がつく繊細な人で、先年自殺が報じられた)演じる「月の王様」のそういうセリフがあったように記憶しています。首から上は知的この上なく、つねに高尚なことを考えているが、首から下は下品の極致で、「がっはっは!」と言いながら、よく邪魔な頭を取り外して(それが可能なからだの作りになっている)女あさりに熱中し、たいていは誰かとベッドの上にいる。そのコントラストと、下半身の暴走が止められない「首から上の苦悩」が面白おかしく描かれていて笑えるのですが、不謹慎ながら、僕は先日の韓国ソウル市長自殺事件でそれを思い出してしまいました。

 何でも、あの朴元淳(パク・ウォンスン)氏は三期にわたって韓国の首都ソウル特別市の市長を務め、連続在任記録を更新中であり、次期大統領の有力候補でもあったという話です。文大統領とは弁護士時代からの盟友で、二人とも人権派弁護士として名を馳せた。とくに朴氏はセクハラ裁判で初の賠償を勝ち取った弁護士としても有名だそうで、今なお儒教的男尊女卑意識の強い韓国で、女性の味方、フェミニストとして誰知らぬ者がないほどだった。例の従軍慰安婦問題でも、激しく日本の対応を批判していた。チョ・グク前法相はあまりにもスキャンダルが多すぎて、ご本人が批判してやまなかった「腐敗した社会」の甘い汁を私生活ではたっぷり吸っていたことが判明したので、いくら文氏の覚えがめでたくとも、次期大統領の目はなくなったと言えるでしょうが、この朴ソウル市長は、国民的な人気もあって、次期大統領の最有力候補の一人と目されていたのです。

 それがあろうことか、元秘書に破廉恥なセクハラを働いていたとして刑事告発され、被害者は他にもいるというのだから、面目丸潰れの事態となった。「パク市長は物理的な接触のほか、テレグラムなどを利用して個人的な写真(猥褻画像)を数回送ってきたとAさんは陳述している」(朝鮮日報日本語版より.Aさんは秘書の名前)というのだから、かなりヘンタイ的です。明確な物証がなければ、相手が有名な政治家であるだけに警察が真面目に取り合うことはないはずですが、訴えを受理して動き出していたことからして、その「個人的な写真(自分の裸体写真?)」などの証拠もあって、クロと判定されたのでしょう。

 だから彼は生き恥をさらすことを恐れて自殺を選択した。結局、こうなると「被疑者死亡」で告訴は取り下げになる。被害者救済どころか、「おまえのせいで市長は自殺した!」とかえって被害者バッシングが起きかねない状況になって、実際その元秘書はSNSなどで一部の現政権支持者たちからひどい誹謗中傷にさらされることになったという話ですが、ご本人が生きていて、それが他人の身の上のことなら、おそらく朴氏は「利己的で卑怯な逃避だ」とその人を批判していたことでしょう。ソウル市は朴市長の葬儀をソウル特別市葬として行うと発表したそうですが、通常の死とは性質が違うので、それはおかしいのではないかという声が上がるのは当然です。

 しかし、韓国ではなぜかこの手の事件が多い。次は時事通信の記事です。

ソウル市長自殺に衝撃 韓国、相次ぐ与党首長セクハラ

 韓国では地方自治体の与党系首長によるセクハラ事件が相次いでおり、革新系の大統領有力候補と目された忠清南道の安熙正知事(当時)が18年に秘書への性的暴行で辞任。その後起訴され、実刑判決を受けた。今年4月には文在寅大統領に近い呉巨敦釜山市長(同)も市職員へのセクハラ問題で辞任している

 と最後にあるとおり、近年、リベラルが売り物の左派、つまり今の与党系の有力政治家のそれが目立つのです。三人の中でもとくに「革新系の大統領有力候補と目された忠清南道の安熙正知事(当時)」のそれは悪質で、朝鮮日報によれば、その中身は次のようなものでした。

 2018年に安前知事は随行秘書のキム・ジウンさんへの性的暴行を理由に道知事を辞職した。当時、安知事は与党の有力な大統領候補として名前が挙がるなど、人気は急上昇していた。17年の大統領選挙当時、文在寅(ムン・ジェイン)大統領と競争し、結果は2位に終わったが、中道・保守層からの人気の高さを改めて確認し、共に民主党の次期大統領候補とまで呼ばれていた。ところが随行秘書だったキムさんが18年3月、メディアを通じて被害の実態を暴露し、事件が注目を集めるようになった。裁判所は安前知事が17年7月から18年2月まで、キムさんに対して4回にわたり性的暴行を加え、6回にわたりセクハラを行った容疑を認めた。大法院(最高裁に相当)は昨年9月、安前知事に懲役3年6カ月の実刑を宣告した原審を支持し、判決が確定した。(7/10付記事より)

 だからこの元知事は現在「服役中」のはずですが、朴ソウル市長の場合、レイプに及ぶほど悪質なものではなかったとしても(それもあったのかもしれませんが)、自他ともに認めるフェミニストがそれでは立つ瀬はなくなるので、次期大統領どころか、社会的自殺に等しい愚行だったわけです。冒頭の映画の月の王様のセリフではないが、「首から下のやらかしたことには私は関知しません」とも言えないわけで、自殺したくなる気持ちはわかります。氏は1956年生まれだそうで、僕と同世代ですが、初老のおなかの肉がぶざまにはみ出した醜悪な自分の裸体写真を秘書に送りつけ、「ねえねえ、君の素敵なヌード写真も送ってくれない?」なんてメールを添えていたら、気持ち悪いことこの上なしで、ふつうの人間でも恥ずかしくて街を歩けなくなるでしょう。

 こんなことを言うと真面目な人たちには叱られるかもしれませんが、社会的地位からしてもカネはたっぷりあったのだろうから、そんなに自分の下半身問題に悩まされていたのなら、愛人でも囲えばよかったのです。奥さんにバレたら血の雨が降るかもしれませんが、それだと他に被害は及ばない。地位や職権を悪用して秘書や職員にセクハラするなんてのは、男として最低です。その程度の美学もなくてよく生きているなと、同じ世代の人間としては思うわけです。

 とはいえ、この「下半身の問題」は男性にとっては“普遍的”な問題であるようで、僕はこのブログで、自分もその著書を何冊か訳したことがあるクリシュナムルティの“間男スキャンダル”を暴露した本と、世界的ベストセラーとなった『チベットの生と死の書』の著者で、西洋に多数の熱烈な崇拝者をもっていたソギャル・リンポチョというグルの信者への性的虐待、レイプについて書かれた長文の英文記事の翻訳、紹介をしたことがあります。

 クリシュナムルティの場合は、財団運営を中心となって担ってきた親友の妻に間男を働いていた(中絶をさせたことも複数回ある)というもので、クリシュナムルティが若い美人に夢中になってしまったのを彼女が嫉妬して、それがきっかけで夫にその長年の不倫関係を告白したところ、当然夫の方は激怒して、それが二人のその後の深刻な対立に発展したというものですが、この場合、「世界教師」としてはあまりみっともいいものではないとしても、人的被害としては大きなものではなかった。ソギャルの方は、被害者が多数いて、権力乱用も度を越したものだったので、ダライ・ラマから事実上の破門を宣告されるにいたったのです。アメリカでは、多数の信者を集めていた日本人ゼン・マスター(禅匠)が長年にわたる常習的セクハラで告発されるという事件もあった。日本でもいっとき「現代の聖人」として大人気だったインドのグル、サイババの場合は、小児性愛と、あの物を“物質化”させる「奇蹟」の楽屋裏が暴露され、一気に名声を失ったのです。

 こういう文脈に置いてみると、ソウル市長のセクハラもべつだん珍しくもない話だということになりそうですが、問題はその「下半身処理」の仕方で、権力者や有名人となると、周りに自分を仰ぎ見る信者や支持者が多数いて、そうなると「下半身の悪魔」が「やっちゃえ、やっちゃえ。どうせ減るものじゃなし、おまえの権力と名声があれば、バレてもそれをうまく闇に葬ることはできるはずだ」と囁くのかもしれません。それで、ちょっとやってみたところ、相手がその権勢を恐れて沈黙したままなので、次第に病みつきになり、手段もエスカレートして、犯行が大胆化した後、誰かが声を上げて、ついには一連の醜行が世間の知るところとなる。「まさかあんな有名な人が…」とナイーブな人たちは驚くが、その名声や権力ゆえに、被害者は沈黙を強いられて、事態はそこまでひどくなったと考えることができるのです。その意味では意外でも何でもない。

 このブログの読者には男性も多くいるだろうと思いますが、あなたや僕が無事で済んでいるのは、幸か不幸か無名で、権力もカネもないからなので、そういう誘惑の機会自体が少なく、「下半身の悪魔」がそう囁いても、説得力がないからなのです。それでも中には強引なセクハラ行為を働く人もいますが、打算的に考えても全く割に合わない。もう一つ、人間関係的に非常にめんどくさいことになるので、僕がクリシュナムルティの件で呆れたのも、何だって彼は右腕と頼む親友の妻に手を出すようなヘマをしたのかということでした。それで無責任な言い逃れに終始する他なくなって、よけいこじれたというのだから、目も当てられない。心理学者ユングの場合には、患者や女弟子に次々手を出しながら無事だったので、さすがプレイボーイだけのことはあると、彼の思想よりむしろそちらの手腕に僕は感心したほどですが、そういうハンドリングに自信のない人はうかつなことはしない方が賢明なのです。

 女性の側からすると、むろん、この問題は自分が「性の道具」扱いされたことに対する怒りが中心になります。セクハラが人格の尊厳を害するものなのはたしかで、だから性的接触において同意または合意が重視されるのは当然なのです。女性の側のモーションに反応しないと、それはそれでまた侮辱と解されてしまうのでややこしいが、そういう場合、女性が男性を「襲う」ということはまずないので、問題にはならないわけです。女性政治家がお気に入りの男性秘書を襲って手ごめにしたと訴えられたなんて話、聞いたことがありませんからね。あの豊田議員のようなパワハラはあったとしても、です。

 何にしても、この「首から上と下半身は別人格」というのは、いわゆる「霊と肉」の複合体である人間には程度の差はあれ、避けられないことで、稀に完全なプラトニック・ラブというものがあって、その場合、男性の方は相手を天使か女神かと思い、その女性相手にだけはなぜか肉体的欲望が消滅してしまうという不思議なことが起こるのですが、そういうのばかりでは人類は絶滅してしまうから、自然は強い性的衝動、「下半身の優越」を人間に与えたのです。

 そういう純然たるプラトニック・ラブの場合、「人格尊重」の視点では、相手を完全に神聖視しているのだから、女性を最大限の高みに置くものと言ってよいでしょう。そのときは「首から上と下の不一致」は存在しない。僕も高校生の頃、そういう恋愛を経験したことがあったので、卒業の少し前だったかと思いますが、彼女の叔母と看護師の姉がよからぬことを企て、僕は彼女と二人、同じ布団で一夜を過ごす羽目になったことがあります。東京と大阪で、二人は離れ離れになる運命だったので、それを不憫に思ってかどうか、そういうとんでもないことを本人たちではなく、周囲のオトナが仕組んだのです。「あんたたちは今夜この布団で一緒に寝るのだ」と、二階の部屋に二人を案内した彼女の叔母さんはいわくありげに言いました。泊まっていけと言われたのはこういうことだったのかと初めてわかったのですが、彼女に拒絶する様子はなかったので、上着を脱いでその布団に入ると、僕は恐る恐る彼女の手を握らせてもらって、文字どおり「天にも昇る心地」で眠りました。むろん、僕は性的不能でも何でもなかったので、相手が彼女でなければ決して無事では済まなかったでしょうが、誓って何事も起きなかったのです。翌朝目覚めたとき、「ずっと(手を)握ってるって言ったけど、途中で離してたね」と彼女に皮肉を言われましたが、それはその後の運命を暗示するものだったのです。それを仕組んだオトナ二人は、そういう結果になるのを見通していたのか、それとも別のことを考えていたのか、僕は当時親元を離れて下宿していて、その町にはその後一度も行く機会がなかったので、その答を知らずじまいです(その四、五年後、僕は風の便りに彼女が結婚したという話を聞きました。僕が彼女の幸せを願ったのは言うまでもありません)。

 男女関係がそのようなものばかりなら、セクハラだの性的暴行だのが起きるわけはないのですが、あいにくなことにそうではない。昔、アメリカでクリントン大統領のモニカ・ルインスキー事件というのがありました。モニカさんも今ではすっかりおばさんになっているようですが、当時僕は彼女の写真を一目見て、その性愛的魅力は明らかだったので、クリントンが狂ったのも無理はないなと、いくらか彼に同情したものです。それは相互的な関係だったようで、通常のセクハラスキャンダルではないが、中年の既婚者大統領が若い実習生に手を出したということで、権力者のそういう関係には潔癖なアメリカでは大スキャンダルになったのです。クリントンは妻のヒラリーさんに、冒頭の月の王様よろしく「下半身のなせる業」だと言い訳したでしょうが、そういう事件は跡を絶たないのです。

 結局、こういうのはどうすればいいのか? さっきも言ったように、僕やあなたは無事でしょうが、その種の誘惑にさらされがちな権力者は、悪魔のささやきに乗せられず、「首から上」との最低限の連絡を怠らないようにすることでしょう。また、あのソウル市長の場合、「クリーンなフェミニスト」という評判が独り歩きして、ご本人が性道徳的にも厳格で、それが強い抑圧として働いたから、かえって無意識がおかしな具合に活性化して、ヘンタイ的になるという倒錯が生じたのかもしれません。是非善悪の批判なく自分の「下半身のどうしようもなさ」をまず受けいれた上でそれをモニターしている人は、車のハンドルでいえば遊びが大きいので、無意識におかしなものが蓄積することも少なく、それをコントロールするのがそれだけ容易になる。セクハラの類が女性にどれだけ大きな心の傷をつくるかも理解できるから、その精神的ゆとりが助けになるのです。いわゆる不倫の類も、世間道徳の支配が強い人にとっては強烈な背徳感情を生み出すので、かえってそれが誘因として作用してしまうことになるのではないでしょうか? 道徳的に高尚だからではなく、「めんどくさいからしないだけ」という人の方が、そういうのにはまることは少ないものです。それが人間心理のパラドックスです。タブーが多すぎると、逆にそのタブーに足を取られて、健康な精神の自由を失ってしまう。動物学的には、そもそも一夫一婦制自体に無理があるので、その「無理」を認識せず、人為的な道徳でそれを抑え込もうとするから、かえってその「無理」に対応することが下手になるのだと考えられるのです。

 韓国の場合、それも儒教の影響かと思われますが、日本以上にホンネとタテマエの乖離が甚だしく、「名分」という観念的な理想論を振りかざして、要するにきれいごとばかり並べ立てて政敵を非難し、しかし、自分がやってることは表向きの言論とは全く別ということが多いので、追い込まれても平気で嘘がつけるサイコパス的な人間には好都合ですが、両者の食い違いを意識せざるを得ないまともな人はそれで葛藤を自ら強化することになりがちなので、そういうストレスフルな社会風土もこういうみっともないスキャンダル続発には関係しているのかもしれません。少なくともこの市長の場合、そういう「まともさ」をまだ保持していたからこそもう嘘はつけないと思い、自死へと追い込まれたのでしょう。



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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診断名ソシオパス~「正義の味方」挺対協・元代表、尹美香の正体

2020.05.13(16:40) 719

 前々回の続きです。朝鮮日報が関連記事を続々載せていて(中央日報も批判記事を出していますが)、どれも興味深い。欲をかきすぎて、国会議員にまでなり上がったのが彼女の運の尽きだったと言えそうですが、社会正義の見地からすれば、おかげで正体が暴露されることになって、韓国社会がこれをどう受け止めるかはまだ分かりませんが、挺対協=正義連がどういう団体であったか、疑惑の目を向けられることになって、韓国内部における信用は大幅に低下し、それは今後の日韓関係改善にはプラスに働くでしょう(文政権は内心、まずいことになったと思っているでしょうが)。

 前々回、ご紹介した彼女の嘘は――尹美香率いるこの団体が、2015年の「最終的かつ不可逆的な解決」を謳った日韓慰安婦合意を反故に追い込んだ――詳しい話を事前に韓国政府関係者から聞いていながら、「核心的なことは何も聞いていなかった」「慰安婦側の意向を無視したもの」と主張していたのに、実はそれは嘘で、伊本人は詳しい説明を受け、日本政府が拠出する10億円の基金についても、ちゃんと知っていながら、慰安婦たちには故意に伝えなかったというものです。これが元慰安婦の李容洙さんから暴露されると、「いや、ちゃんと伝えた」と言ったが、伊は「何も聞いていない」とその当時マスコミ向けに嘘をついていたのだから、何をかいわんや、ということになるのです。都合の悪いことを指摘されると、その都度違った嘘をつく。それが前の嘘とは矛盾するのだから、笑えるのです。

 伊・元代表は、立候補時に「李さんが支持してくれている」と語ったが、これも真っ赤な嘘だったとのこと。

慰安婦団体の前理事長 比例立候補時は疑惑提起の被害者が「支持」と主張

 尹氏によると、比例代表に立候補する前は李さんらと議論できず、立候補した後に李さんに話したところ「よくやった」と言われ、「支持を受けて飛び上がるほどうれしかった」という。
 だが、その後、尹氏がメディアとのインタビューで「李さんが私を支持してくれた」と発言したことについて、李さんが尹氏に電話をかけ「(慰安婦問題を)解決してから(政界に)行け。死ぬまでに解決しなければならないのにどこに行くのか」と話したという。
 尹氏は李さんに「喪失感、名残惜しさ」があったとして、「この問題を解決するため(政界に)行くと話しても受け入れてもらえなかったと思う」と述べた。


 何を言いたいのかよくわかりませんが、この件、嘘をついていたのが李さんではなく、尹美香の方だったということだけははっきりわかります。「元慰安婦の支持を得ている」と言わないと選挙に不利だから、嘘をついたわけです。

 また、この団体は元慰安婦たちをダシに、事あるごとに寄付や募金を募り、それは莫大な金額に達しているのですが、前々回も見たように、実際はそのうち僅か18.5%しか元慰安婦たちの手には渡っていなかった(中央日報によれば、過去3年間では10%未満)。一方、尹代表は、自分の娘をアメリカのUCLAの音楽学部に留学させていた。日頃反米のアジ演説ばかりぶっているにもかかわらず、何でその目の敵にしているアメリカに娘を留学させるのだという批判の他にも、申告している自分の所得額は僅か(それに関しては後述記事)なのに、どうして多額に上るはずの留学費用が捻出できたのだ、という疑惑が出てきたのです。

 これに関しても、尹美香は嘘をついていた。次は5/11の朝鮮日報の記事です。

発言が変化した尹美香氏「娘の留学費、夫のスパイ事件の補償金で」

 初めは「奨学金を支給してくれる大学を探して進学した」と言って、娘が優秀だから大方は奨学金だけで賄えている、みたいなことを言っていたわけです。しかし、それは嘘だとバレそうだと思ったのでしょう、今度は、

「『兄妹スパイ団事件』の再審で一部無罪の判決を受けた夫の刑事補償金などを使って、娘の留学資金を準備した」と党に釈明

 することになったのです。この「兄妹スパイ団事件」とは何か?

「兄妹スパイ団事件」とは、1993年に反戦平和運動連合研究委員の金三石(キム・サムソク)氏とデパート従業員だった妹の銀周(ウンジュ)氏が北朝鮮のスパイに抱き込まれ、工作金の支援を受けるなどの活動を行ったとして起訴された事件だ。金三石氏は尹氏の夫だ。翌年、大法院(最高裁判所に相当)は兄の金三石氏に懲役4年、妹に懲役2年(執行猶予3年)の確定判決を下した。
 しかし、金三石氏と妹は、スパイ行為をしたことはないとして再審を請求し、大法院は2017年5月、金三石氏にはスパイ容疑はないとして、不法拘禁など国の不法行為があったと判断した。
 ただし国家保安法違反は認められ、金三石氏に懲役2年(執行猶予3年)が言い渡された。一部無罪となった結果、金三石氏は1億9000万ウォン(現在のレートで約1700万円、以下同じ)の刑事補償金を受け取った。また、18年7月にソウル高裁は、金三石氏と家族らが「スパイという烙印(らくいん)を押され、苦痛を受けた」として国を相手取って起こした損害賠償訴訟で、国に対し、金三石氏の母親、尹美香氏、尹氏の娘に8900万ウォン(約780万円)を支払うよう命じた。夫の金三石氏は05年に京畿道水原でインターネットメディアを創刊し、運営している。(※夫のその会社に当該慰安婦団体が不可解な業務委託をしている疑惑もある。)
 家族が受け取った賠償・補償は総額2億7900万ウォン(約2400万円)に達する。尹氏が党に釈明した娘の留学費用の内訳は、総額8万5000ドル(約920万円)ほどだ。


 親北朝鮮の文在寅政権の成立と同時に「一部無罪」判決が言い渡され、刑事補償金と、それとは別に損害賠償訴訟を起こし、夫の一家は「総額2億7900万ウォン(約2400万円)」を手にしたという話です。すべてがその夫のものになったわけではないはずですが、とにかくそれで「娘の留学費用…総額8万5000ドル(約920万円)」を賄ったというのです。

 むろん、これも本当かどうかは疑わしい。5/12の朝鮮日報社説「飲み屋で1日3339万ウォン使った慰安婦団体、寄付金の内訳公開は拒否」は、そのあたり端的にこう指摘する。

 元正義連理事長の尹美香(ユン・ミヒャン)共に市民党当選人夫妻は、その所得税の納付額から推定される年収が2人合わせて5000万ウォン(約440万円)にしかならない。ところがその娘は1年の学費が4万ドル(約430万円)に達する米国の大学でピアノを勉強している。生活費まで合わせると年間7000万-8000万ウォン(約620万-700万円)はかかるはずだ。留学費用の出所について疑惑が指摘されると、尹当選人はインタビューで「娘は1年の全額を奨学金として支援される大学を選んで行った」と説明した。しかし米国の州立大学が外国人に全額奨学金を支払うケースはほぼないとの指摘もある。すると尹当選人は「スパイ捏造(ねつぞう)事件で一部無罪判決を受けた夫の刑事補償金などで留学費用を工面した」と説明を変えた。「全額奨学金」が「刑事補償金」に変わったのだ。「全額奨学金」がうそだったのであれば「刑事補償金」は本当なのだろうか。   ※ 前回僕は「私立」と書きましたが、UCLAの場合はこの記事のとおり「州立」が正しい。

 いい加減きわまりないのです。次は本日5/13付の社説です。

【社説】元慰安婦の「だまされた」発言を「親日勢力の攻勢」と主張する韓国与党勢力

「慰安婦被害者支援団体という正義記憶連帯(正義連)の寄付金使用の内訳が不透明」だと批判されると、「疑惑の当事者である尹美香(ユン・ミヒャン)『共に市民党』当選人も『私に対する攻撃は保守メディアと統合党が作った謀略劇』『親日勢力の不当な攻撃』と主張した。『6カ月かけてごっそり暴き立てられたチョ・グク元法相を思い出す』とも発言した」というのですが、都合が悪くなると、全部「敵側の謀略」のせいにするのはあのチョ・グクと同じだとの指摘です。この中にも、

・正義連が飲み屋で実際にはおよそ430万ウォン(現在のレートで約38万円。以下同じ)使ったのに「3300万ウォン(約289万円)使った」と申告していた疑惑

・元慰安婦らの葬儀を受け持ってきた互助会社に1170万ウォン(約102万円)払ったと言っていたが、同社は「無料で行っただけで、お金を受け取ったことはない」と主張した。そのカネはどこに行ったのか


 といった不審点が次から次へと出てくるのです。この互助会社も、善意で無料でやっていたのに、正義連がカネを払ったことにしていたのにはびっくりしたでしょう。韓国と日本ではいくらか法律も違うでしょうが、「正義の財団」である正義連は営利法人ではなく、NPO扱いされているはずで、税制でも優遇されているはずが、その帳簿は出鱈目そのもので、「使途不明金」がたくさんあるということです。次のような話も呆れる他ない。

 正義連は、元慰安婦女性らをたたえるとして立ち上げた奨学金も仲間内で分け合っているとの批判を受けている。故・金福童(キム・ボクトン)さんが「在日朝鮮人学生のために使ってほしい」として寄付した資金から始まった奨学金は、金福童さんの生前は在日学生らに支払われた。ところが昨年金福童さんが死去すると「正義連理事」だった関係者や市民団体、民主労総、農民団体などの関係者の子息らが支給対象となった。北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長を「偉人」とたたえ、駐韓米国大使館の塀を乗り越えて無断侵入した「大学生進歩連合」に所属する2人の大学生も奨学金を受け取った。それでも正義連は「おばあさんの遺志」と開き直っている。これは故人を利用しているのではないのか。

 慰安婦団体に入ってくる資金はそのほとんどが国民の寄付だ。使い道がはっきりしていて、会計が透明であれば国民に隠す理由はない。ところが正義連は「企業には(使い道の公表を)なぜ要求しないのか、あまりにも過酷だ」として公開を拒否した。企業は国民から寄付を受け取っているのか。詭弁(きべん)を弄(ろう)して寄付金の使い道を隠そうとするべきではない。ところが正義連は疑惑を提起した国民に向かって「反省してほしい」と逆に声を荒らげている。正義連はこのような形で「正義」を独占してきた。しかしその背後では被害者女性が「だまされるだけだまされ、利用されるだけ利用された」と訴えている。「正義」「公正」「民主」「人権」を掲げる集団の破廉恥さとネロナムブル(自分のことは棚に上げて、他人を非難すること)は今や国民の誰もが知っているが、「正義連」の場合は慰安婦女性たちの苦しみを利用したという点で度が過ぎている。
(前出社説「飲み屋で1日3339万ウォン使った慰安婦団体、寄付金の内訳公開は拒否」)

「元慰安婦を食い物にしている」と批判されるのは当然で、今後も「ああ言えばこう言う」で、嘘の上塗りを重ねるのでしょうが、そのボスである新国会議員、尹美香のツラの皮の厚さは半端ではありません。嘘はつき放題で、何一つ釈明にはならないことを平然と並べたてながら、「こうしたことはすべて親日派の謀略だ」主張して、とかえって攻撃に出ようとする。

 僕の診断は「ソシオパス」です。説明が面倒なので、何か代わりに説明してくれているサイトがないかなと思って見ると、こういうのがありました。ご参照ください。

ソシオパスを見分ける方法

 とくに「方法3」のところをご覧ください。尹美香には申し分なく当てはまることがお分かりになるでしょう。これが「虐げられた元慰安婦のおばあさんたちのために戦う」と自称し、激烈な日本非難を繰り返してきた団体のトップを務めてきた“正義の味方”の正体なのです。国会議員になって、さらなる日本攻撃に出ようとした矢先、自ら馬脚を露わしたことは、日本にとっては幸いなことでした。朝鮮日報や中央日報には今後も頑張っていただきたいと思います(ハンギョレなどは率先して「親日派の謀略論」を唱えていますが、数々の嘘がそれで正当化できるわけはないので、自社の信用を損ねるだけになるでしょう)。


祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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一句献上

2018.11.20(13:20) 613

・日産に 一足早い 除夜の鐘

 ゴーン、というわけで、なかなか秀逸ではありませんか? 報道によれば、

 ゴーン容疑者と代表取締役のグレゴリー・ケリー容疑者(62)は共謀し、平成22~26年度の5年間にゴーン容疑者が受け取った役員報酬は計約99億9800万円だったのに、計約49億8700万円と過少に記載した有価証券報告書(有報)を関東財務局に提出したとして19日に逮捕された。(産経新聞)

 のだそうで、他にも余罪があると見られていて、同じ産経の別の記事によれば、

 ゴーン容疑者らには私的な目的での投資金支出や経費支出などの疑いも浮上しており、高井弁護士は「それが事実であれば、会社法の特別背任罪や横領罪にあたる可能性もある」との見方を示す。

 というような話です。日本企業の経営者の報酬はアメリカのCEOなどには珍しくない異常な高額報酬と較べると安く、それは「正常」だということですが、カルロス・ゴーン氏は「アメリカ並」なのに、それでもまだ不満だったのかもしれません。

 いずれにせよ、「人間の欲にはキリがない」という古人の指摘は正しかったわけで、額が大きいと税金も高くなるから、何とかしてそれを減らして、私的な経費も会社のカネで落としたかったのでしょう。ひとくちに言えば「セコい」のですが、ゴーン氏のご面相を見て、その作りが一風変わっているだけでなく、何か動物的な印象を与えるなとかねて思っていた人には、「やっぱり…」という感想が思い浮かぶかもしれません。僕はかなりの部分、人を人相で判断しますが、この人には元から「大人(たいじん)」の風格がなかったのはたしかです。

 しかし、そんなに意地汚くカネを溜めて、彼は何をするつもりだったのでしょう? それが自己目的化しているのでなければこんなことにはならなかったはずで、やり手だか張り手だか知らないが、あまりにもアホすぎます。カス・ロス・ゴーン?

 日産はこれを機に、守銭奴CEOではなく、現場で働く社員の待遇をよくしてあげるといいでしょう。利益が上がっても潤うのは投資家と会社役員だけ、というアメリカの後追いをしてはいけません。



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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オウム事件、麻原処刑に際しての感想

2018.07.14(14:58) 585

 教祖の麻原はじめ、オウム事件の死刑囚計七人の刑の執行が7月6日午前中に行われました(同日は「亡国の」という枕詞を附けて呼ばれる例の「カジノ法案」が参院本会議で審議入りした日ですが、それが偶然なのかどうかは知りません)。

 日本中を震撼させたあの一連の事件もどうやら「過去の歴史」の一コマとなったようですが、今の高校生などは当時まだ生まれていなかったし、今二十代後半の人でも幼児か小学生で、記憶自体がほとんどないでしょう。

 麻原と同い年で、宗教に少なからぬ関心を寄せていた僕には、あれは申し分なくショッキングな出来事でした。まさか宗教団体が一般人相手に無差別殺人を企てるようなことがあるとは、夢にも思わなかったからです。

 麻原の遺骨の引き渡しをめぐって、彼の家族の間には対立が生まれているようですが、被害の甚大さを思えば、いくら「肉親の情」とはいえ、そういうことで揉めていられるような立場か、という感じは否めません。三女などは事件への父親の関与をできるだけ少なく見積もりたいようで、それに同調する有名人たちもいるようですが、一連の裁判を通じて一番責任転嫁に熱心だったのは教祖の麻原で、途中でおかしな様子を見せ始めたときも、だからこそ詐病を疑われたのです。もとより実行犯の幹部たちには責任があり、だから死刑という極刑判決が下されたのですが、「善良な教祖が知らないところで幹部たちが勝手に行動をエスカレートさせた」などということは裁判記録に照らしてもおよそありそうもない話で、最大の責任が教祖の麻原にあるのは明白です。

 親と子供は別人格です。親が凶悪犯でも、子供に罪はない。そうは言っても、世間はそう見てくれないし、子供自身が「あの親の子供」ということでどうしても自責の念に駆られてしまうのでしょう。そこから先どう進むかで、三女と四女の対応は分かれた。自分が彼らの立場だったならどうかと考えると心境は複雑ですが、麻原自身にそうしたことへの想像力が少しでもあれば、そもそもあんな事件は起こさなかったでしょう。それは自分の身内の今後を思うからではない、殺されたり重い後遺症を負わされたりした多くの人たちが同じように家族をもち、家族への強い愛情をもっていることがわかるから、そんなひどいことはできなくなるのです。

 戦争の場合でも同じです。何万、何十万の兵士が死ぬとき、それを嘆き悲しむ家族はその何倍もいるのです。悲嘆の声がそこらじゅうに満ちる。一人一人の人間はその場合、戦争ゲームの駒か統計数字の一つになってしまい、生きた人間の姿は消されてしまうのです。人々がそのことに深く思いを致すようになれば、政治家や軍人がいくら旗を振ろうと、誰もそんなことには協力しなくなって、この世から戦争は消えるでしょう。

 現代文明人は皆、多かれ少なかれ観念的です。それは生の切実さを失ったからですが、宗教というのは本来、人をその切実な生の現場に立ち戻らせるためにあると言っていいほどです。オウムの場合はそのあたり、逆になってしまっていた。バブル景気に沸き立つ不実で空虚な社会現実に背を向けようとしたまではよかったが、さらに悪い幼稚なファンタジーへの逃避になったのです。オウムの高学歴幹部や信者たちの多くは、ノストラダムスの大予言だの、ユリ・ゲラーのスプーン曲げ超能力だのになじんで育った世代だったと言われますが、修行というのは超能力目当てにするものでもなければ、悟れば何でもわかるとか、何でも自由にできるとか、そんなマンガチックなものではない。それは見失った「あたりまえ」のこと、あるがままの現実を再認識して、そこから生活を再構築するためにあるのです。それでカネが稼げるとか、病気にならなくなるとか、超能力が身につくとか、そういう馬鹿げた話ではない。超能力の類は、昔から妖怪狐狸の領分だと言われているので、そんなもの目当てにあれこれやっていれば、注文通り悪霊にとりつかれるのが関の山なのです。

 麻原は殺人を「ポア」と好都合に言い換えた。自分に服さない者、敵対する者は生きる価値のない人間で、それを殺すのが慈悲だと、身勝手にも考えたのです。徹頭徹尾「観念的」でもあって、それはユダヤ人は撲滅されるべき「劣等人種」で、アーリア人種のみ高貴で尊いとしたヒトラーの病的な妄想とえらぶところがない。仏教の「死の勧め」なるものは本来、妄想の根源たる自我に対して死ねという意味なので、それは自己に向けられたものです。どんなことでも曲解はできる。たとえば、オウムの内部は性的放縦に満ちていたようですが、そういうのもタントラ仏教の秘法の伝授と言いくるめたりできるのです。幼稚な人間の集合体では似たような詐術が横行し、集団で自己欺瞞にいそしむことになる。赤信号みんなで渡れば…みたいなものです。

 当時僕に理解し難かったことの一つは、教団外部の文化人、知識人、タレントなどにも麻原を持ち上げる人が少なくなかったことです。ああいう一目でそれと分かる宗教詐欺師を何でそんなふうに思ったのか? 彼らもまた無自覚に「メシア待望心理」のようなものに突き動かされていたのか?

 そのあたり、僕には今でもよくわかりませんが、彼のような元々が規範意識に乏しいサイコパス的な人間は、しばしば人たらしには長けているものなので、自尊心をうまくくすぐるなどして、あっさり取り込まれたのかも知れません。この手の人間は不都合なことを指摘されたりすると表情を一変させ、訊かれたことには応えず、相手の些細な落ち度を激しく攻撃したりするものですが、そうでない場合には、しみ入るような微笑を浮かべて相手を魅了することもできるのです。真に自由な人間と、モラルの全面的欠落ゆえにそう見えるだけの人間とは質的に違いますが、中途半端に知識だけある人間は本能的な直観力に乏しいので、そのあたりの区別がつけられないのかもしれません。

 貧しい家庭に育ち、視力のハンデがあった彼は、子供の頃から異常なほど金銭的執着が強かったそうですが、教団施設に警察が踏み込み、隠し部屋に大量の札束を抱えて隠れている彼のみじめな姿が発見されたとき、その人たちは何を思ったのでしょう。以来、彼は自己弁護と弟子たちへの責任転嫁に終始したのです。「最初にして最後の最終解脱者」の最低ぶりがいかほどのものであるのか、彼は身をもって世に知らしめたのです。

 当時は既成の宗教団体が駄目だから、「心の受け皿」がなく、あんなとんでもないカルトに若者が行ってしまうのだ、という意見も聞かれました。たしかにそれには一理あります。仏教やキリスト教はもとより、かつては「新興宗教」であった天理教や創価学会のようなものまで完全に「社会システムの一部」と化していて、おそらくその内部は、一般社会以上に保守的で俗っぽい世界になっているでしょう。今どきの若者にアピールするような教義も備えていない。オウムの場合だと、若い仲間もたくさんいて、そこに入って激しい修行に打ち込めば、悟りが開けて自由になり、超能力も身につくし、世界を救うこともできるのです。

 むろん、それは嘘っぱちですが、それは若者特有の自己顕示欲や誇大妄想癖、理想主義にうまくマッチしたのです。昔の学生運動世代は共産主義革命を夢見、それによるユートピアの実現を夢見た。久しい以前にそれは崩壊したので、作家のミヒャエル・エンデは「ポジティブなユートピアがないのが現代という時代の特徴」だと言いましたが、味気ない現実に耐え、その中での不毛な椅子取りゲームに終始して人生を終えるというのでは、あまりにみじめです。そんなことのために自分は生まれてきたのではないはずだ、と考える若者はたくさんいる。そしてその一部を、オウムは吸収したのです。

 麻原や僕は学生運動の熱狂が過ぎ去った後の世代です。それで、安保闘争世代が「あの頃はよかった」なんて懐かしげに言うのを聞いて、その感傷性に侮蔑心を抱くことも少なからずあって、それで左翼嫌いになる者が多かった(それ以前にも、日教組の活動家の教師と対立したりしたことがあったかも知れない)。僕もそういう青年の一人でしたが、今の若者の多くのように、そのまま自民党支持の保守派になるのではなく、反・反体制だが、体制支持でもないという、身の置き所のなさを強く感じたのです。それで、「この腐った社会を何とかしなければならない」なんて、一人リキんでみたりもするが、何をもってそれに対抗すればいいのかがわからないのです。

 僕はそれで、自分たちの世代を「精神的複雑骨折世代」なんて自嘲的に呼んでいましたが、当時はソ連のお寒い内幕(いわゆる「赤い貴族」が共産党独裁をいいことに勝手なことをやっていた)も知られるようになっていて、僕自身はアナキズム(無政府主義)に一番シンパシーを感じましたが、いずれにせよ政治イデオロギーに夢を託せるような状況ではなくなっていた。「カニは甲羅に似せて穴を掘る」と言いますが、どんな理想社会を構想しようと、人間の中身が変わらなければどうしようもないのです。

 そうすると、自然に心理学や宗教、精神病理学といったものにまで首を突っ込む羽目になって、その場合、当然ですがまず自分の内面が問題になるわけです。儒教では「修身斉家治国平天下」と言いますが、先に自分の問題を片付けておかないと話にならない。大袈裟に、かつ宗教的に言うと、「悟り」が必要になるのです。

 麻原の場合、そこらへんどうなったのかは知りませんが、熊本県八代市の貧しい畳職人の家の七番目の子として生まれた彼は、「先天性緑内障のため生来、左目がほとんど見えず、右目の視力は1.0程度だった」(ウィキペディア)のと、家庭の貧しさのため、県立の盲学校に入れられて、そこの高等部を、通常の高校の場合と比べて二年遅く、1975年3月、二十歳で卒業した。彼のその目の障害は水俣病の影響によるのではないかと言われ、僕もそう思いますが、戦後の高度経済成長が始まったとされる年に生まれた彼は、劈頭(へきとう)からその「負の側面」を身に負うかたちで人生を始めることになったのです。

 年譜によれば、盲学校卒業の年、「東京大学文科Ⅰ類受験を目指すため」上京、とありますが、半年もたたないうちに実家に戻り、翌年には長兄が熊本市で経営する漢方薬局の手伝いをしたりした。そして「1977年(昭和52年)春(22歳)に再上京し、代々木ゼミナールに入学」するが、結局ものにはならず、諦めて翌78年、その代ゼミで知り合った一人の女生徒と結婚、「千葉県船橋市湊町に新居を構え、そこに鍼灸院『松本鍼灸院』を開院。同年9月15日『松本鍼灸院』を廃し、同市本町に診察室兼漢方薬局の『亜細亜堂』を開業。同年12月、船橋市新高根に新居を購入し移住」(以上、ウィキペディア)という目まぐるしい動きを見せるのです。

 そして、「1980年(昭和55年)7月、保険料の不正請求が発覚し、670万円の返還を要求される」「1981年(昭和56年)2月、船橋市高根台に健康薬品販売店『BMA薬局』を開局、1982年(昭和57年)に無許可の医薬品を販売し四千万円を稼いだものの、『効き目がないどころか下痢をした』などと告発され同年6月22日に薬事法違反で逮捕、20万円の罰金刑を受ける」というふうに、生来の規範意識の乏しさが如実に出る事件を立て続けに起こしています。

 にしても、僕が感心するのは彼の不思議な「経済力」です。貧しい家庭に育ち、なかば口減らしのようにして盲学校に入れられた彼に、どうして上京して浪人生活ができるような「ぜいたく」ができたのか? ウィキペディアによれば、「金への執着が強く、同級生への恐喝によって卒業するまでに300万円を貯金していた」そうですが、当時の300万と言えばかなりの大金です。とても二十歳の若者がもてるような額ではない。その後も、上記薬事法違反の犯罪などにしても、罰金に比して稼いだ額が半端ではない。彼のライフ・ヒストリーを見ると、生まれつき強い犯罪性向をもった人間だったと思わざるをえませんが、手段はどうあれ、彼は「稼ぐ力」には秀でていたのです。

 ここで対比的に僕の場合はどうだったかという話をさせてもらうと、僕は彼より二年早く、高校を卒業して上京しました。彼と同じく、大学受験浪人として上京したのですが、元々は高卒段階で就職するはずだったのが、高3のとき気まぐれを起こして、大学に行くと言い出したのです。僕の実家はひどい山奥で、近くに高校がないので、親は高校進学させるにも子供を寮に入れるか下宿させるかして、仕送りしなければなりませんでした。実家は兼業農家で、父はきこりをなりわいとしていた(この「きこり」はすでに死語になっているようで、前に塾の生徒に、「僕らはそんなの民話でしか聞いたことがありませんよ」と笑われてしまったことがあります)。麻原の実家ほど貧しくはなかったでしょうが、財産があるわけではなく、働き者の両親は三人の息子を高校にやるだけで手いっぱいのはずでした。

 当時の田舎は、今の子供たちには想像が難しいほど貧しかった。僕の中学時代の同級生は70人いましたが、そのうち高校に進学したのは十数人にすぎず、それは子供自身の学力とは無関係でした(勉強好きで成績優秀な女子二人が「家庭の事情」のため高校進学を断念するのを見て、義憤のようなものを感じたのを今でも覚えています)。これはむろん、実家から通える範囲に高校がなかったという僻地の特殊事情も関係しますが、中卒の子供たちが「金の卵」と呼ばれ、集団就職列車で都会に向かったのは過去の話ではなく、げんにまだ集団就職列車は走っていたのです(最後のそれは、麻原が上京した1975年だった由)。

 僕の場合は、だから、大学進学は親に無理を言うことでした。それでどうしようかと迷っていたとき、担任の先生から新聞奨学生の応募書類を、「こういうのがあるぞ」と言って見せられた。僕はそれに応募して、ここと決めた大学があったので、生意気にも推薦の話は全部蹴り、周囲の予想通り受験に失敗して、東京の新聞販売店で住み込みアルバイトをしながら浪人生活を送ることになったのです。それで、卒業式の翌日、夜行寝台列車に乗って上京し、右も左もわからない田舎者なので、電話して店の人に最寄り駅まで迎えに来てもらって、早速翌朝から新聞配達の見習いを始めた。

 麻原や僕の時代はそういうものだったのです。ある意味、高度経済成長は元が貧しかったから可能になったのです。当時の田舎は、自然は本当に豊かでした。それにまつわる幸福な楽しい思い出が僕にはたくさんあるのですが、他の面では貧しかったので、今ある「文明の利器」の多くは存在しなかったか、存在しても貧しい庶民の手が届くようなものではありませんでした。僕の家に白黒テレビが入ったのはようやく小3になってからのことだったし、自宅に電話がある家は稀だった。冷蔵庫が入ったのもかなり遅く、自家用車などはむろんありませんでした。僕は小3まで川を隔てた向かいの山の上の分校に通ったのですが、そこに通う子供たちの中には、まだ電気が通っていない集落の子たちもいたほどです。昭和30年代とはそういう時代でした。小学生の頃、ときどき祖母にこっそり作ってもらって飲む砂糖水が何ともおいしく感じられた。そういう時代だったのです。

 麻原に話を戻しましょう。彼は権力志向が強く、東大法学部→政治家→総理大臣という誇大妄想的な夢を当時抱いていたと言われます。僕に興味深く思われるのは、現総理大臣、安倍晋三も同い年だということです(生年が一年ずれるのは、麻原が早生まれだからです)。安倍は祖父も父親も「東大法卒」の政治家の家に生まれましたが、ご本人はお勉強の方はからっきしで、エスカレーター進学で、さほど名の知られていない私大に入った。それでも家柄のおかげで父の跡を継いで政治家になり、総理大臣にまでのぼりつめたのですが、そうした「親の七光り」など全くない麻原の場合、野望の実現には「東大法卒」の肩書が必要だと考えたのでしょう。実家は貧しく、彼には目のハンデまであった。当時、ふつうの高校の授業ですら、難関大の入試には何の役にも立たないと言われていたのに、盲学校の場合はなおさらだったでしょう。麻原がとくに学業優秀だったという話もない。それは初めから実現可能性はほとんどない話だったのです。

 その「不可能な野望」を放棄した後、麻原は宗教に向かった。彼に特徴的なのは、利己的な立身出世願望と「悟り」や「世界救済」願望が一緒になっていたことです。そのライフ・ヒストリーからして、彼が反社会的精神病質人格、サイコパスであったことはほぼ疑いないと思いますが、宗教団体というのは、彼の虚言癖、誇大妄想的傾向、詐欺師的性格を隠すのにはうってつけだった。いわゆる「悟り」というものは、悟っていない圧倒的大多数の人間にとって想像するしかないもので、何を言われても嘘かほんとかわからないからです。彼は自分の目のハンデも巧みに利用した。それは彼の神秘性を高める道具となったのです。

 僕は虚言症の人に遭遇したことがありますが、彼らの特徴は自分がつくり出した妄想の中に入り込んでしまって、その中のヒーローを自ら演じ、ディティールも手が込んでいて、小道具までわざわざ買って周りの人を信用させてしまったりすることです。通常、嘘をつく人はそれが嘘だと自覚しています。しかし、彼らはそうではなく、そのつくり話を自分も信じ込んでしまう傾向が強く、真に迫っているので見破りにくいのです。

 僕が遭遇したケースでは、違う話を先に聞いていたのでおかしいなと思ったのですが、周りが全部それを信じ込んでいるので、自分が聞いていた話は間違いなのかなと思ってしまったほどです。しかし、嘘のストーリーがどんどんエスカレートして、ある時点に達したとき、どうもこれはおかしいなと思って、調べてみました。すると、自分が先に聞いていた話の方が正しく、彼が話していることはすべて出鱈目だと判明した。相変わらず架空の物語のヒーローを自信たっぷり演じている彼を僕は別室に呼んで、悪いけど調べさせてもらったよ、と言いました。そして事実はこうなのだろうと言うと、彼はひどくしょんぼりしてしまいました。僕はそれを見てかわいそうに思いました。自分の惨めな現実から逃れようとしてその妄想を発明し、周りを信じ込ませるのにも成功したので、心の奥底ではまずいと知りつつも、そこから出られなくなってしまっていたのです。

 麻原もこれと似ているなと思います。自分の妄想の中に深く入り込んでしまって、そこから出られなくなった。彼は1990年2月の衆院選に、真理党代表として東京4区から立候補し、例の自分を模した着ぐるみや、「ショーコーソング」で話題になったものの、僅か1783票しか取れず、落選しました。これに関して彼は、「選挙管理委員会を含めた大がかりなトリックがあった」と主張しました。あまりにも馬鹿げているから見向きもされなかっただけだとは思わなかったので、ウィキペディアには「小学部5年時に児童会長、中学部在籍時と高等部在籍時に生徒会長、寮長に立候補するが、全て落選している。後の真理党の時のように先生の陰謀だと言い出したこともあった」とあるので、彼のそういうところは何も今に始まったことではなかったのです。

 この落選をきっかけに、「『今の世の中はマハーヤーナでは救済できないことが分かったのでこれからはヴァジラヤーナでいく』として、ボツリヌス菌やホスゲン爆弾による無差別テロを計画する」ようになったとウィキペディアにはありますが、子供時代の「落選」も自分の人望のなさが原因だったのに、それを認めず、架空の「先生の陰謀」説をつくり出したのと同じで、彼は実現不可能な「麻原王国」の妄想に魅せられ、それが頓挫するのを認めることができず、妄想が妄想を呼ぶという悪循環の中にはまり込んでしまったのです。これ以前に、すでに坂本弁護士一家殺害事件などを起こしていますが、それも自分の妄想が破られるのを防ごうとしたためで、内部では「教祖の絶対化」に成功していたので、手足のように幹部を使ってそれを行うことができたのです。

 子供時代の「人を支配したい」という願望が、のちの東大を出て総理大臣になるという妄想につながり、それが潰(つい)えた後、宗教カルトを創設して、その内部で「神」扱いされることに成功すると、再びそれを足掛かりにして「国家の王」になろうという妄想が生まれた。そう見てもあながちこじつけではないでしょう。そして「グルへの絶対的帰依」を旨とするオウム内部ではその妄想が共有されることになったのですが、衆院選での惨めな敗北は、その妄想が全くの砂上の楼閣であることを強く感じさせた。ふつうならそこで現実に戻るが、彼は一段と妄想への執着を強め、自作自演の「ハルマゲドン」を構想するにいたったのです。地下鉄サリン事件は序の口で、計画にあったロシア製軍用ヘリによる首都圏サリン散布なんてことが実現していたら、恐ろしいことになっていたのです(そのとき信者たちは自家製の自動小銃で一斉蜂起、自衛隊内部のオウム信者もこれに呼応することになっていた)。

 何とかに刃物と言いますが、虚言症サイコパスにカルト宗教だったのです。

 にしても、と僕は思います。彼が熊本県の片田舎の子だくさんの貧しい畳職人の家ではなく、裕福な世襲政治家の家に生まれていればどうなったかと。彼は相応に弁は立つし、子供の頃はともかく、何らかのカリスマ性を備えるにいたったので、別に東大に入れずとも政治家にはなれ、支配欲、自己顕示欲とないまぜになったひどく独善的なものだったとはいえ、「世を救いたい」という願望は強くあったのだから、総理大臣も夢ではなかったかもしれません。しかし、環境に恵まれなかったため、それは「妄想」で終わらざるを得ず、その実現不可能性ゆえに無理をして、弟子に命じて殺人を重ねる羽目になった。サイコパスでも、境遇が違い、無理なくそれが実現できるようなものだったなら、敵を陥れるために卑劣な策略は用いたとしても、それを守るのに殺人までする必要はなかったのです。

 むろん、だから彼にも同情の余地は大いにある、という意味ではありません。規範意識の乏しい、少々怪しげな人間でも、踏み越えてはいけない線ぐらいは心得ている。彼の場合、自分の神秘体験の意味を誤解したのか、絶対者として信者たちの前に君臨するうち本格的に狂ってしまったのか知りませんが、暴走への歯止めがなくなってしまったのです。

 僕はこの事件をそのように理解しています。死刑執行後、オウムの残存団体内部で麻原が神格化されるおそれがあると言う人がいますが、仮にそういうことをする病的な連中なら、たしかにそれは危険な集団です。あの事件から何も学ばなかったということなのですから。

 しかし、そんなことはないだろうと信じたいところです。イエス・キリストの磔刑とはまるで性質が違う。麻原は思想信条や宗教活動のせいで迫害されたわけではなく、純然たる殺人指揮のために死刑判決を受けたのですから。細かい部分に疑いはあると言っても、根本的なところではそれは揺るがない。かつて大本教や天理教も国家による弾圧を受けたことがありますが、そういうのとはまるで性質が違うのです。その程度の分別はもってもらいたい。

 金儲けや権力欲の充足が目当てとしか思えないような詐欺的教祖を戴くカルトは他にもあるし、今後も出てくるでしょう。社会的不平等が拡大し、閉塞感が募る一方のこの世相では、経済的にも精神的にも困窮する人は増えるばかりだから、カルトが付け入る隙はたくさんあるのです。しかし、殺人を正当化するような教義を振りかざしてその「実行」を弟子たちに強要するような凶悪カルトは、麻原のような抑制を欠いた反社会的精神病質人格がリーダーになるときのみで、そうそう起きることだとは思えない。麻原の三女も四女も、その点では一致して、残存団体Alephの解散を望んでいるようですが、事件のことはほとんど何も知らないまま、日毎に麻原の写真の前で礼拝する若い信者たちが、教祖は悪しき国家権力と悪しき社会によって冤罪を着せられて殺されただけ、なんて出鱈目な説明を受けると、自分の社会への無意識的な怨恨も重なって、尖鋭化して危険なことになりかねないのはたしかです。どうせなら麻原とは無関係に、彼の写真を掲げるなどの愚劣なこともやめて、新しい出発をすればいいのではないかと、僕も思います。

 そもそもの話、「グルへの絶対的帰依」など求める宗教は、あまりにも時代錯誤で、馬鹿げたものとしか僕には思えないので、健康な宗教なら逆に「依存」を排して、自分の背骨で立つすべを教えるでしょう。「自灯明、法灯明」という言葉が仏典にはありますが、人を導くなら、そのように導くのが正しいのです。それでは宗教団体は商売にならないのかも知れませんが、ドグマや階層制に基づくその種の団体はすべて病的だと、言い切って差し支えないのではないかと思うのです。



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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