つかまえてみたら犯人はPTA会長だった、という話

2017.04.17.14:23

 こういうのはたしかに子供をもつ親御さんたちにとっては「衝撃」でしょう。例の千葉県我孫子市で、地元の公立小に通うベトナム国籍のレェ・ティ・ニャット・リンちゃん(9歳)の遺体が見つかった事件です。自ら志願して保護者会(PTAと実質的に同じ)会長になり、登下校時の「見守り」活動にも熱心に参加していた二児の父親が、同じ学校に通う小3のいたいけな女の子を誘拐し殺害、遺棄した犯人だった(まだ確定ではありませんが、警察は十分な証拠を握っているのでしょう)というのですから。「もう誰を信じていいのかわかりません」となるのは必定です。

 たぶん逮捕された「不動産賃貸業」渋谷恭正容疑者(46)は病的な小児性愛者の一人だったのでしょう。この「不動産賃貸業」というのも親の遺産をそのまま引き継いだもので、実態は体のいい無職だったようです。ヒマがたくさんあって、妄想を膨らませた挙句の犯行だったと見れば何ら不思議はないのですが、こういう「内部の犯行」は防ぐのが難しい。前にもセキュリティ万全のマンションに住む若い独身女性が行方不明になり、犯人は隣の部屋に住むIT関連の企業で働く技術者だった(逮捕されるまではマスコミの取材にも応じ、「こわいですねえ」などと素知らぬ顔で話していた)というケースがありましたが、それと似たような話です。

 学校の教師にも小児性愛者は混じっているし、こういうのは難しいなと思います。「人を見たらヘンタイと思え」と子供に教えるのでは教育上よろしくない。別に変態ではない、子供好きのオトナは昔からいるものですが、今だと知らない人は全員「不審者」です。

 前にスーパーの前で、僕はよちよち歩きの可愛い男の子が何かウワウワ言いながらこちらに近づいてくるのに出くわしたことがあります。僕に何か言っていることはわかるのですが、それが何なのかはわからない。実にフレンドリーな幼児で、足元まで来たので抱き上げて、「どうしたの?」ときくと、手をのばして人のほっぺたを触ったりしながらまた何か言う。依然として内容は不明ですが、上機嫌です。これぐらいの年齢の子は目の白い部分がうっすらと青みを帯びていて、いかにも“新品”という感じがするのが可笑しいのですが、にしても、この子は一体どこから来たのか…。そう思って見ていると、駐車場の方から母親らしき人が小走りに駆けてきて、「すみません、すみません!」と言いながら、その子を僕の手からひったくりました。そのお母さんの目には野球帽にジーパン姿の中年男の僕が「危険な不審者」としか見えなかったのは明らかで、苦笑したのですが、仮に僕がその子を抱いたままスーパーに入って、アイスなど買ってあげたりしていれば、行方不明の知らせを受けて駆けつけた警察官に誘拐犯扱いされてしまったことは確実でしょう。

 せちがらい世の中になったと嘆いても仕方がない。今の子供たちは多くの危険にさらされていて、親たるもの、それからわが子を守らねばならない(と思っている)のです。しかし、PTA会長が最も危険な変質者だったということになると、途方に暮れざるを得ない。世間の常識からすれば、そういう人は「安全」だということになっているからです。

 要するに、そういうステレオタイプな人の見方が間違っているわけで、PTAの役員だから信用できるというわけでも、部外者の子供好きはみんなヘンタイというわけでもないのは、考えてみればわかりきったことです。そこらへんは個別に人柄を判断する他ない。

 むろん、「個別に人柄を判断する」といっても、それも容易ではないわけで、うかつに「あれは要注意だよ」なんて言うと、「みだりな中傷」ということになりかねない。後で問題が起きて、「あのときは失礼なことを言う人で、そういう偏見で人を見てはいけないと思ったんですが、やっぱりそうでした。何でわかったんですか?」と言われたことが僕は過去に何度かあります(むろん、その「問題」は殺人ではない)が、そういうのは言葉では説明しにくいので、英語で言うweirdな印象を受けないかぎり、いくら口が悪くても僕もそんなことは言いませんが、そういう人もたまにはいるのです。学歴とか社会的地位とか、愛想がいいとか悪いとか、そういうのは関係ない。だから子供がまだ小さくて、そういう人が周りにいれば、僕はそれとなく警戒するでしょう。日雇い労務者風の気のいいおじさんとか、悪ぶってるが根は善良なヤンキーとか、そういうのは一目で大丈夫とわかるので、そういうことで人を差別したりはしていないつもりです。

 前に東京にいて短期間サラリーマンをしていた頃(まだ三十代でした)、仕事帰り会社の人たち何人かと山手線に乗ったら、僕は混んでいるのが苦手で、どういうわけだか空いているところが見えたので、「あっちに行こう」と言って移動したら、そこにいかにも日雇い労務者風のおじさんがいて、缶ビール片手に何かわめいている。口の周りに泡がいっぱいついているのがユーモラスで可笑しかったのですが、周りの乗客たちはそれを遠巻きにしていて、だからそこだけ空いていたのです。

 僕は「おじさん、どこから来たの?」とたずねました。おじさんは話相手が見つかったので大喜びで、大阪のあいりん地区から来て、今は山谷にいるが、東京の日雇い労務者は堕落している、とご立腹でした。大阪には自由があったが、山谷の労務者たちは暴力団の何とか組に牛耳られていて、独立不羈の気概を失っていると嘆くのです。僕は大いに共感して、耳を傾けましたが、話が結構面白かったのです。

 池袋で別れの挨拶をして降りたのですが、ホームを歩いている時、会社の同僚の女性が「大野さんはああいう人の扱いに慣れてるのね」と呆れたように言いました。僕には一目でその人が善良な人だとわかったから話しかけたので、恐れる方がどうかしているのです。こういうのとは反対に、いかにもエリートサラリーマン然としているが、まっ黒なオーラを発している人間もいるので、僕はむしろそちらに警戒する。ところが、そういう場合には平気で皆さん、そばに立っているのです。人間に本来備わっている第六感が退化しているとしか思えない。僕は文明人ではないので、まだそういうものを幾分か残しているのです。

 こういう事件もその第六感が働けば、それとわかって防げるような気もするのですが、どうなのでしょう? 僕はアッキーなんかと違って十分に論理的な人間のつもりですが、そうした直感は大事にしているので、太陽神経叢(これは大体みぞおちのあたりに位置します)に寒気が走るような人間には警戒します。渋谷容疑者は偽装に長けていたのかも知れませんが、見る人が見ればすぐにそれとわかるものをもっていたのではないでしょうか?

 いずれにせよ、人は個人単位で、しかも見かけや肩書に頼るのではなく、見なければならない。PTAの会長がヘンタイだったなんてことはめったにないと思いますが、風体の怪しげな人も大方は危なくないのです。だから神経質になりすぎるのも考えものなので、登下校の「見守り」なるものも、交通安全の観点からすれば意味をもつでしょうが、変質者はそこらにゴロゴロいるわけではないので、誘拐防止のためにそれをやるというのは行き過ぎでしょう。今回の件などは、警戒に当たっている当の大人たちの中に犯人がいたわけで、彼はそれを悪用して子供の通学パターンなどを頭に入れ、犯行に及んだのです。システムがかえってあだとなった。保護者会の会長がそんな人間であるはずがないという「常識」も盲点の一つになったのです。

 彼の友人や一緒にボランティア活動をしていた人たちの中には、その危険性を感じ取っていた人もいるでしょう。問題はそういう場合、どういう手立てがとれるかです。小児性愛者でも殺人にまで及ぶことはそうないだろうから、うかつに「あいつは危ない」なんて言うと、名誉棄損で訴えられかねない。人間関係のもつれから、別に危なくない人を危ないと言って排除しようとする人だっているでしょう。そこらへんが悩ましいところですが、病的な傾向、異常性を察知したときは、それを他の人にも伝えて、それとなく警戒することはできるでしょう。犯罪的傾向をもつ人間はそういう空気には敏感なものなので、それは抑止力にはなる。疑われていると知れば、厚かましくPTA役員に立候補などもできなくなるでしょう。

 こういう問題はケース・バイ・ケースで、単純な解決策などあるはずもありませんが、女児には妙にベタベタし、男の子には平気で暴言を吐くなどの行動が観察されていたようだから、こういうのは「おかしい」にきまっているのです。この手の人間には必ずそれ「くささ」が伴うものだと思うので、周りの大人たちはそのあたりもっと敏感であってしかるべきでした。「地元の名士」だったという報道もありますが、ロクでもない自称「名士」はいくらもいるものなので、そういうので信用する方がどうかしているのです。

 ちなみに、最近は「PTA無用論」もよく聞かれます。僕は以前、知り合いの小学校の年配の女性の先生から、「親睦」と称して見るに堪えない下品な宴会(男性教諭によるストリップの出し物まであるのだという)をやったり、不倫(教師と親、ときに親同士)の温床になっているあの集まりは無用の長物で、ない方がマシ、という話を聞いたことがあります。今回は別の面でその「最悪の結果」を示してしまったわけで、何ともはや、です。

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そんな仏像、韓国にくれてやったら?

2017.01.28.04:43

 25日、著書『帝国の慰安婦』で元慰安婦の名誉を傷つけたとして在宅起訴され、検察に「懲役三年」を求刑されていた朴裕河(パク・ユハ)教授への第一審判決(ソウル東部地裁)が下されたそうで、無罪となった由。「問題の再考を促す真摯な研究書に対し、民事で多額の損害賠償を課すだけでは飽き足らず、懲役刑まで求めるのか!」と、僕はこの件には半端でなく腹を立てていたので、その理由づけはともかく、よかったなと思いました。韓国にとっても、「感情論理がつねに理性に優越する国」として世界に恥をさらさなくてよかったと言うべきでしょうが、原告側は控訴する構えを見せているようなので、まだこの件も片付いたわけではないようです。

 その次にはこんなニュースがありました。朝日新聞1月26日付。

 長崎県対馬市の観音寺から韓国人窃盗団に盗まれた仏像について、韓国の大田(テジョン)地裁は26日、仏像を保管する韓国政府に対し、韓国中西部・忠清南道(チュンチョンナムド)にある浮石(プソク)寺に引き渡しを命じる判決を出した。14世紀に日本の海賊「倭寇(わこう)」に略奪されたとする浮石寺の主張を認めた形で、日韓関係はさらに悪化しそうだ。韓国政府側は即日控訴した。
 問題の仏像は、長崎県指定有形文化財「観世音菩薩坐像(ぼさつざぞう)」。対馬市の観音寺から2012年に盗まれ、13年に韓国で窃盗団が検挙された。仏像はその際、韓国政府が押収。観音寺や日本政府は返還を要求し、日韓の外交問題になっていた。
 訴訟では倭寇によって略奪されたかどうかが争われ、仏像の検証や専門家の証人尋問などが行われた。
 判決は、仏像の中から見つかった「結縁文」から1330年ごろに浮石寺に奉納するためにつくられたとみられると判断した。1352~1381年まで5回にわたり、浮石寺がある地域を倭寇が襲った記録があり、仏像自体にも焼け跡などが残っていると指摘した。
 これらを踏まえ、「浮石寺の所有であることは十分に推定できる」とし、贈与や売買など正常な方法ではなく、「盗難や略奪によって観音寺に渡ったとみるのが相当だ」と結論づけた。
 韓国政府は提訴される前の14年に専門家らを交えて仏像が日本に渡った経緯を調べた結果、「倭寇による略奪の可能性は高い」としたものの、断定はしていなかった。
 浮石寺の円牛住職は26日、記者団に対し、「日本には確認されただけで韓国の文化財7万点が不法流出している」とし、今回の判決について「文化財の返還の出発点になってほしい」と述べた。(大田=東岡徹)


 うーむ。2012年に日本の寺から盗んだのは韓国人窃盗団(素晴らしい同胞ですね)だが、それは大昔、六百年以上も前に、倭寇が韓国の寺から奪い去った疑いが濃厚なので、所有権は韓国の「浮石(プソク)寺」とやらにあるという判決なのです。裁判官と浮石寺の住職はおそらく並外れた霊能者なのでしょう。七世紀も昔のことであっても、それがどういう経緯で日本に渡ったのかを正しく判断できるというのですから(近代国家のふつうの裁判常識では、「状況証拠」だけで結論を下すのは差し控えるべきことと考えられています。説というだけなら、倭寇ではなく、「李氏朝鮮による仏教弾圧を逃れるため、島に持ち込まれた」と対馬では伝えられているそうなので、そちらの可能性も否定できないのです)。

 それはともかく、この論法で行けば、今のアメリカなど、原住民から丸ごと土地を奪い取ったようなものなので、それも即刻返還してしかるべきだということになって、トランプなんか、「不法移民は出ていけ!」なんて大きな顔して言ってるわけですが、出ていくべきなのはおまえら白人の方だということになるでしょう。大昔のことを問題視してやまないこの浮石寺の住職は、アメリカに出かけていって、従軍慰安婦像(というより少女像)なんて史実的には怪しげなものを建てて回るのではなくて、もっと大きな問題があるのだから、土地を奪われ、迫害されたネイティブ・アメリカン像をあちこちに建て回って、「アメリカ白人は出ていけ!」運動でも大々的に起こしたらどんなものでしょうか? だって「正義の味方」でしょ? 大体、これは「倭寇事件」なんかよりずっと新しくて、まだ二百年ちょっとしか経っていなくて、史実も明確なのです。オーストラリアに行って、アポリジニの聖地奪還運動に一肌脱ぐのもよろしい。

 それから、朝鮮半島は日本による占領以前、むやみと気位だけは高いが、申し分なく無能かつ利己的な支配階級のために混乱し、民は困苦に喘いで、こんな汚いところがあるのかというような状態だったそうですが、日本の右翼がよく恩着せがましく言うように、日本統治下でインフラ設備が進んだという側面はかなりあるようで、そのことはかの国の歴史家たちも認めているようだから、誇り高い朝鮮民族としては、「よけいなことを言わせないために」その費用を現代の金額に換算して日本に支払い、日本の右翼たちに思い知らせてやってはいかがでしょう? 何せ、七世紀も昔のことまで蒸し返して、その当時の権利関係が今のそれに優先するのは当然だとのたまうのですから(こう言えば、「侵略」したのは日本なのだから、そんな義理はないと言うでしょうが、それならなぜ日本の保護下に置かれるような羽目になり、西洋帝国主義諸国もこれを是としたのか、その自慢にならない朝鮮の前史についても「客観的に」論じる必要が出てくるでしょう。「韓流教科書」ではそのあたり、どう書かれているのか知りませんが)。

 ISなんかも、サイクス・ピコ協定がそもそもの悪だと言っているのだから、これにも韓国のその手の人たちは大いに共感するはずで、一緒に「中東を『帝国主義的分割』以前の状態に戻せ!」運動を起こしてあげてはどうですかね? ISは大いに気に入ってくれるはずで、アメリカやヨーロッパ諸国の機嫌は損ねてしまうでしょうが、韓国でイスラム過激派による自爆テロなんかは決して起きないでしょう。

 上の朝日の記事によれば、「浮石寺の円牛住職は26日、記者団に対し、『日本には確認されただけで韓国の文化財7万点が不法流出している』とし、今回の判決について『文化財の返還の出発点になってほしい』と述べた」そうですが、この際だから、それを徹底的に検証して、その中には昔、両国関係が良好だったとき贈られたものも含まれているはずですが、うるさく「盗まれた」と相手が主張するものは、全部突き返して差し上げたらどうかと思います。それは「韓国外交の勝利」ではなく、モンスター・クレイマーのお相手はキリがなくて疲れるので、「縁切り」のために行うのです。

 そうするとサバサバしていいのではないかと僕は思うのですが、いかがですか? それで国際社会に対しては、その間の経緯を全部詳細に明らかにする。そうすればわが国は何も不利益をこうむらないでしょう。僕は真面目にそう思います。

 別の新聞記事でその仏像の写真を見たことがありますが、あんなもの、と言っては失礼ながら、専門学者にとってはどうでも、それほど有難がるほどのものではないでしょう。韓国の寺側の主張が仮に正しいとすれば、それは二度盗まれたものです。そして今、政争の具になっている。そういうものに真に平和な霊は宿りません。人間の汚い心のエネルギーを大量に吸着して、それはグロテスクなエネルギーを発するものになっているはずです。ない方がマシなのではありませんか? たとえ返ってきたとしても、それは韓国・浮石寺の住職の強烈な「恨(ハン)のエネルギー」を宿らせたものなのです。功徳などあるはずがない。

 韓国政府は従軍慰安婦像の件でも難しい立場に追い込まれて苦慮しているようですが、この仏像の件でもややこしい立場に置かれたわけです。僕はそれには同情しますが、いつ果てるとも知れないこの手の韓国人のしつこい言いがかりにはほとほと呆れているので、こういう難しい隣人と付き合うのはほんとに大変です。最低限のおつき合いだけにとどめるべきで、日本の右翼も言質(げんち)を取られるような不用意なことはこれ以上言わないでもらいたいと思います。「専守防衛」に徹して、関わりをできるだけ減らすような手立てを講じるのが一番賢い。

 それでは仲良くなんかなりっこありませんが、あの国と仲良くするのは今は無理ですよ。そういうやり方をして国際交流がうまく行くかどうか、韓国の人たち自身がいずれその結果を見るようになるでしょう。まともに対応して話し合おうとしても、万事に感情的・一方的で、それが通用しない相手はいるものです。それがわかれば、わかった時点で対応をすっぱり変えた方がいい。それが結局は愚かな相手のためでもあるのです。

 次期韓国大統領がいずれ近いうちに「それしかない」ということをわれわれ日本人に痛いほど思い知らせてくれると思いますが、今後は「冷韓」という態度で接すべきでしょう。韓国は“お家芸”の「事大主義」で、中国の方を見たり、アメリカの方を見たり、北朝鮮との関係も二転三転して、一貫性のないことを今後も続ける(そうして行き詰まると、歓呼して新大統領を迎えた民衆は、いつものとおり「手のひら返し」で罵倒する)だろうと思いますが、それらにいちいち反応せず、距離を保ったまま落ち着いて対応すべきです。うかつに約束などもせず。でないと振り回され、いりもしない内紛にまで巻き込まれて、それではわが国のいわゆるナショナル・セキュリティまで危うくなってしまう。

 仏像の件は、だから「勝手にもってけ」ということでもう終わらせてはいかがですか? こういう言い方をすると、韓国の人たちはまた侮辱されたと怒るでしょうが、相手である長崎のお寺や町の人たちの感情は何も考えようとしないわけで、被害者意識に凝り固まった利己的人種の、それが特徴なのです。つねに自分が正義で、納得などできようはずはないが、大昔の「倭寇への恨み」(じゃあ、自民族の先祖はそんなに清廉潔白だったのかと皮肉の一つも言いたくなりますが)まで持ち出して、あまりにしつこいから手放すことにしたのだと、それぐらいはわかるように表現しておくべきだと思ったまでです(妙に集団的なくせして、現代のその韓国人窃盗団の行為を民族の恥と感じて、対馬の人たちに詫びようなんて気はさらさらないらしいのも不思議です。謝るべきはつねに相手なのか?)。

 今の韓国の場合、ロジックはつねに自己愛と利己感情のはしためとしてそれに奉仕しているだけで、客観性はもたないし、もたせようともしない。そういう例を重ねて見せられるうちに、僕のような元は「親韓」の人間まで、ついに愛想をつかしてしまった。その程度のことは韓国の人たちもよく認識しておくべきでしょう。竹島に慰安婦像を設立する募金活動も進んでいるという話(珍しく「挺対協」は反対している)ですが、それが「実現」すれば、両国関係はほぼ完全にアウトでしょう。今となっては、そうなった方が逆に始末がつけやすくなっていい(そこまで行けばさすがのアメリカも呆れて何も言えなくなるはず)と考える日本人が増えていることさえ、韓国はご存じないようですが、勝手に行くところまで行って、自分で墓穴を掘るがいいのです。右も左もない、「もう知らん!」というのが、今の大方の日本人の心情でしょう。

※尚、この記事、考えた結果、「政治」ではなく「異常犯罪」に分類しておきます。理由はお察し下さい。

悪霊に憑依されない方法

2016.07.30.14:51

「憑依(ひょうい)」は英語ではpossessionです。これはpossess「所有・占有する」という、大学受験には必須レベルの動詞の名詞形なので、当然「所有・占有」の意味があって、むしろそちらがふつうなのですが、これに「憑依」の意味があるのは、おかしな悪霊の類に人間が「所有・占有」されてしまうのが憑依という現象だからです(ユングは「人が無意識をもつのではない、逆に無意識が人を所有するのだ」とどこかに書いていましたが)。

 今のような「科学の時代」には表向きそんなものは存在しないことになっていますが、僕は自分の体験に照らして、それが存在することを確信しています。そしてそれに無警戒・無関心な世の中の人たちにかねて驚いているので、「そういう考えで、そういうことばかりしていたら、いずれおかしなものに乗っ取られますよ」と警告して、それが受け入れられるような社会環境ができるのが望ましいと考えています。

 何を念頭にこういうことを書いているのかは、読者にはすでにおわかりでしょう。神戸の酒鬼薔薇事件や、オウム真理教事件のときにも、僕は背後に「この世のものではない」不吉なものの影を感じましたが、今回の神奈川県相模原市の障害者施設で起きた陰惨きわまりない無差別集団殺人事件にも同じ印象をもちました。自首した犯人の植松聖は入所者19人を殺害し、26人に重軽傷を負わせたそうで、「平成以降最悪の殺人事件」だと報じられていましたが、こういうのはたんなる精神病の所産ではありません。愚かなこの男は何年もかけて自ら悪霊の棲家にふさわしい内面をつくり、準備してきたので、憑依はおそらく段階を追ってなされたのでしょうが、今年二月に例の「手紙」を衆院議長公邸に届けようとした(その後の報道によれば、同趣旨の手紙を首相宛にも出すつもりでいた)頃には、その憑依は「完成」していたのです。

 そういう深刻な状態がわずか十二日間の「措置入院」などで「改善」するわけがない。例の手紙は議長公邸から警視庁に送られ、さらに神奈川県警にも行っていたようですが、警察は措置入院時に彼を診断した二人の精神科医にその手紙の写しを見せていなかったのでしょう。もしそうしていれば、別に憑依説など信じていない医者でも、よほど目が節穴でないかぎり、事態の深刻さは認識できたでしょう。「反省の言葉」を口にしたから信じましたなんて、ナイーブにもほどがある。「正直な悪霊」なんてものは存在しないので、嘘つきが彼らの本性なのです。

 テレビのニュースなどでは一部の紹介だけだったので、以下にその手紙の全文(ハフィントンポストより引用)をご紹介しておきます。これは「読解力のテスト」です。


衆議院議長大島理森様

 この手紙を手にとって頂き本当にありがとうございます。
 私は障害者総勢470名を抹殺することができます。
 常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為(ため)と思い、居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。
 理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。
 私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。
 重複障害者に対する命のあり方は未(いま)だに答えが見つかっていない所だと考えました。障害者は不幸を作ることしかできません。
 今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛(つら)い決断をする時だと考えます。日本国が大きな第一歩を踏み出すのです。
 世界を担う大島理森様のお力で世界をより良い方向に進めて頂けないでしょうか。是非、安倍晋三様のお耳に伝えて頂ければと思います。
 私が人類の為にできることを真剣に考えた答えでございます。
 衆議院議長大島理森様、どうか愛する日本国、全人類の為にお力添え頂けないでしょうか。何卒よろしくお願い致します。

    文責 植松 聖

 作戦内容

 職員の少ない夜勤に決行致します。
重複障害者が多く在籍している2つの園を標的とします。
 見守り職員は結束バンドで見動き、外部との連絡をとれなくします。
 職員は絶体〔正しくは絶対〕に傷つけず、速やかに作戦を実行します。
 2つの園260名を抹殺した後は自首します。
 作戦を実行するに私からはいくつかのご要望がございます。

 逮捕後の監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせて下さい。心神喪失による無罪。
 新しい名前(伊黒崇)本籍、運転免許証等の生活に必要な書類。
 美容整形による一般社会への擬態。
 金銭的支援5億円。

 これらを確約して頂ければと考えております。
 ご決断頂ければ、いつでも作戦を実行致します。
 日本国と世界平和の為に、何卒(なにとぞ)よろしくお願い致します。
 想像を絶する激務の中大変恐縮ではございますが、安倍晋三様にご相談頂けることを切に願っております。

植松聖 (住所、電話番号=略)



 悪霊に憑依された人間はしばしば能弁です。弁舌さわやかと言ってよいほどで、いかにもロジカルな語り口ですが、全体としては支離滅裂で、身勝手きわまりないという特徴を示します(酒鬼薔薇事件の時もそうでした)。

 この文章にもそれがよく表われているので、「常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為と思い、居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります」「今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛い決断をする時だ」などと、いかにも「世のため人のため」を思っているかのようです。彼は「日本国と世界平和の為」やむにやまれぬ思いから、かかる極悪非道の殺人を決行するのだと言うのです。

 しかし、その同じ口で、「逮捕後の監禁は最長で2年までとし、その後は自由な人生を送らせて下さい。心神喪失による無罪。新しい名前(伊黒崇)。本籍、運転免許証等の生活に必要な書類。美容整形による一般社会への擬態。金銭的支援5億円」を平然と「要望」するのです。尤もらしい衣装をまとって「神」のふりをして見せるが、足はと見るとブーツをはき忘れたらしく、ヒヅメが丸出しで、衣装の下からは妙な尻尾がのぞいているのです。

 こういうのが悪霊に憑依された人間の特徴です。妙に利口ぶって見せるが、本性は丸出しなのです。植松はあんまり知能は高くないと見えて、その論理も稚拙ですが、もう少し頭がよければ、悪霊はその「論理」をもっと緻密なものにできたでしょう。しかし、基本構図は変わらない。どうしようもなく感情的に浅薄で、利己的なところは絶対に出てしまうので、見る人が見ればはっきりそれとわかるのです。憑依を見分ける重要なポイントはこのあたりにあります。精神的に混乱した誠実な人も論理的な混乱を示しますが、そういうのとは全体のトーンが全く違う。植松のこの文には「苦悩」の影は全くありません。妙にペラペラと、能弁に語るのです。そして彼が事件前に周囲の人に対して示したように、「何かおかしいのではないか?」と言われるとただちに逆上する。悪霊にとりつかれたから独善的になったのか、元々独善的すぎるから悪霊にとりつかれたのか、たぶんその両方でしょうが、それもこの手の人間の特徴の一つなのです。

 この種の事件を「常識」の線から「理解」しようとするのは基本的な間違いです。彼は父親と同じ小学校教師になり損ねて、失意のまま事件を起こした障害者施設に勤めた。そこで仕事の大変さに悩んでかかる妄想に取りつかれるようになったのだろう、などと。

 仕事上、十分な意思疎通ができないことに苛立ったり、ときに死んでしまえと思うようなことがあったとしても、ふつうはこういう飛躍は起きません。その間には大きな断絶があるのです。同様に、高齢者人口がかつてないほど増大して、それで医療保険や年金支払いの負担が増えたのは老人が多くなりすぎたせいだと腹を立てる人がいたとしても、一方では誰が悪いわけでもないと思うし、ましてやだから高齢者を集団殺害しようなどとは考えないでしょう。僕の母親は次男(僕の弟)から、「大体、今の年寄りは長生きしすぎや」と言われたというので、「優しい息子や」と笑っていましたが、彼は三人の息子の中で一番善良で親思いなので、口で言っていることと実際の対応はまるで違うのです。父親譲りで口が悪いだけなので、ふつうはそういうものなのです。

 植松はかなり前から大麻をはじめとする薬物に中毒していたという話ですが、その影響はあったのでしょうか。それはあったでしょう。それによって精神的荒廃が加速化したのです。大麻それ自体には殺人を誘発する要素はありません。それは意識下にあるものを表面化させるだけです。それが強烈なネガティブなものなら、バッド・トリップになる。飲酒でもそのあたりは同じですが、大麻であれ、アルコールであれ、それは意識のコントロール力を弱めるので、その繰り返しの摂取は意識的精神の支配力を弱め、ネガティブな感情を多く抱え込んだ人間の場合、精神的な荒廃を募らせ、悪霊による憑依の最良の培地を用意することになってしまうのです。

 元々の彼の素質はどうだったのか。精神医学には「精神病質人格」という概念があります。これは実はかなり曖昧なものですが、子供の頃の植松は「明るい目立ちたがり屋」だったという。妙に愛想もよかったようです。この手のタイプには、しかし、非常な精神的脆さを感じさせる人が珍しくありません。何か大きな精神的挫折でも経験すると、どういうふうに転がってしまうかわからないなという危うさを感じさせる子供や若者がたまにいるのです。その「明るさ」には何か不自然なものがあって、それは内気で神経質で繊細だが、芯の強いところがある子供とは正反対の印象を与えるのです。ふつうは後者の子を周りの大人は心配し、前者については懸念がもたれることは少ないようですが。

 家庭環境については現時点では詳しいことはわかっていません。犯行時、彼は凶行の現場となった施設からわずか五百メートルほどの実家に一人で住んでいた。父親は小学校の図画工作の教師(そんな職種があるのを僕は初めて知りましたが)で、元は母親と三人暮らしだったが、両親は東京の八王子に引っ越していたという。『女性セブン』2016年8月11日号のネット記事によれば、

「家族3人暮らしでしたが、4、5年前から親子げんかの声が頻繁に聞こえるようになりました。近所まで響くぐらいの。その直後にご両親は八王子市のほうに引っ越しされ、聖くんが1人、戸建ての自宅で暮らすようになりました」(近隣住民)

 措置入院が解除された時、その条件の一つは「家族との同居」だったが、それは守られていなかった。彼の入退院については施設側は何も知らされていなかったというのも杜撰すぎますが、警察も市も事態を甘く見ていたのでしょう。いつもの「平和ボケ」パターンです。

 ネットでは「すでに大学時代(これが帝京大だったことはすでに産経新聞の記事にも明記されていたから、大学側は頭を抱えているでしょう)から入れ墨を入れていた」というのが騒がれているようですが、それで公立小学校の教諭になろうというのがすでに矛盾したことで、型のごとくそれには失敗して、上記女性セブンの記事によれば、「夢を絶たれた植松容疑者は大学卒業後、大手飲料メーカー関連の配送会社に勤め始める。配送車を運転し、缶やペットボトルを自動販売機に補充する仕事をしていたが、『給料が安い』と半年で辞めた」とのこと。それからしばらくして事件の「やまゆり園」に勤務し始め、三年余りたった今年二月、「障害者は殺すべきだ」なんてことを口走って、「自主退職」となったのですが、すでに見たように、その頃はすでに(僕の解釈では)「悪霊による憑依」は完成していたのです。

 今のいわゆる「マイルドヤンキー」の間では入れ墨がはやっているのでしょうか? 僕は大学生の頃、入れ墨を入れている人を個人的に複数知っていましたが、それは現役のヤクザか元ヤクザでした。その高校生の娘さんから、父親が入れ墨(それは極彩色の見事なものでしたが)を入れた頃、それが化膿するので、薬局でメンタムを大量に買ってきて、毎日それを背中に塗らされたという話を聞いて、「へえー、ああいうのも結構大変なんだね」と苦笑したことがあるのですが、昔はカタギが手を出すようなものではありませんでした。それはそれ自体、裏街道に生きるという宣言文みたいなものだったので、それでふつうに就職できるなんて考える方がどうかしているのです。

 今はファッション化しているのかも知れませんが、いずれにせよそれで公立学校の教師は無理にきまっているので、その段階ですでに彼の精神は破綻をきたしていたのでしょう。ヤンキー仲間に加わって強がりたかったのかもしれませんが、弱い者いじめは腐れチンピラの特性なので、その方面でも彼に未来はなかったものと思われます。親がそういうのに気づかないとか、放置するというのも異常に思われますが、かたちだけの「仮面家族」はすでに早い段階からのことだったのかも知れません。精神の荒廃が進むにつれて彼の方が愛情を拒絶するようになったのか、親が経済的支援は与えても、子供が満足できる成果を見せないというので愛情を失ったのか、そのへんのことはわかりませんが、「愛なき孤立」の状態に落ち込んで、薬物乱用で正気を失ううち、元々精神的な脆さをもっていた彼は、悪霊に支配されることが多くなっていった。そう考えても、別に無理はないのです。

 人はどのようにすれば悪霊に憑依されるのか、今回の事件はそのモデルケースの一つになるように思われますが、こういう見方は「悪霊の憑依による心神喪失」を犯人に主張させる(すでに彼は手紙で「心神喪失による無罪」を主張していました)だけになるのではないかと言われるかもしれません。

 これについては「飲酒による酩酊状態によって生じた心神喪失」の主張が裁判でどう扱われてきたかが参考になる。飲酒による交通事故や暴行の場合、本人が「心神喪失」を主張しても、それが容れられることはない。どうしてかというと、飲酒すればどういう状態になるか、それを予見することはできるからです。いわゆる「予見可能性の法理」で、「こうすればこうなる」ということは予見できたにもかかわらずそうしたのだから、それを回避しなかった責任が当人にはあると認定されるのです。

 憑依の場合も同じで、彼は時間をかけて、悪霊に憑依されるような内面の状態を自ら準備し、つくったのです。その意味で明白に責任能力はある。おそらく死刑判決が下されるでしょうが、ついた悪霊もろともあの世(もちろんあまたの悪霊が集まるあの場所です)に行くしか手立てはないでしょう。とりついた人から引き離され、豚の群れに乗り移る許可をイエスに求めた聖書に出てくる悪霊は、「われはレギオンなり」と名乗ります。レギオンとは「軍団」のことですが、彼らは団子みたいに多数の悪霊が群れ固まった状態で存在するのです。有難くないことに、これで団子のコブがまた一つ増えたことになる。

 最後にあと二つ。彼は「障害者は抹殺すべし」というナチスばりの歪んだ優生学思想をもつにいたったようですが、日本には全く違った障害者理解があることを書き添えておきたいと思います。

 何からそういう話になったのかは忘れましたが、僕は若い頃、母親からこういう話を聞かされたことがあります。彼女はこんなことを言いました。お金持ちの旧家などには障害をもつ子が生まれることが割とよくある。そういう場合その家族は、その子をこの上なく可愛がり、大切にする。それは、その子が一族のカルマ的な悪いものを皆に代わって引き受けてくれていると考えるからだ、というのです。自分たち一族の繁栄はこの子のおかげで維持されているのだと、そんなふうに解釈して感謝し、その子を慈しむというのです。

 西洋哲学と心理学にかぶれていた僕は、なぜだか「なるほど」と思いました。それは「オカルト的」で科学的ではないが、非常に人間的で、好感のもてる理解と思われたのです。ついでに思い出したので書いておくと、やはり僕が若い頃の話ですが、母はあるとき、霊能力のあるマッサージ師から、一人の女性があなたのそばに見えるが心当たりはあるかときかれました。母はそれを聞いて驚きましたが、特徴を言われて、それが誰なのかはすぐにわかりました。何年か前に亡くなった障害をもつ一人の女性だったのです。僕もその人のことはよく憶えていました。小学生だった僕は言葉がよく聞き取れない、姿勢も歩き方もギクシャクしたその「ヘンな人」を少しこわがっていました。その人は通学途中などで会うと、いつも大げさな身振り(そうしないと声が出せなかったのだろうと後で思いましたが)でお母さんは元気かとききました。母はその人にいつも親切だったので、たいそう母を好いていたのです。母の方もその人の善良さを愛していたようでしたが、障害があってからだが弱かったので、気の毒に早くに亡くなったのです。にしても、「何で家族のところではなく自分のような者のところに…」と母にはいくらか不気味に思われましたが、マッサージ師はその霊は何ら害になるものではなく、あなたを守ろうとしているように見えると言いました。

 そういうことが関係するかどうかは知りませんが、母は二度、あわやという目に遭ったことがあります。一度は山から薪を背負って帰るとき、計算するとそれは僕が九歳の頃(その女性はまだ存命だった)のことですが、バランスを崩して薪を背負ったまま、右側に倒れ、坂の急斜面を転げ落ちたのです。それは僕の目の前で起きました。おなかには下の弟が入っていました。驚いた僕は必死で道を駆けおりて、途中横に走った径があったので、どこまで落ちたかわからないものの、落ちたあたりを探そうと走ってゆくと、その幅一メートルほどの細い道の上に、薪を背負ったままの母がちょこんと正座しているのを見つけました。どうしたのかと聞くと、くるくる回転しながら落ちて、なぜだかこういう姿勢でここに止まったのだと言いました。怪我はなく、流産もしませんでした。上から二十メートルはありました。

 もう一つは、それから数年後、今度は切り立った崖の上から岩だらけの斜面をやはり二十メートルほど下まで落ちました。当時は副業で養鶏をやっていて、途中まで父が車で上げた飼料(一袋二十キロ)を、一度に二つほど一輪車に載せて狭い径を運ぼうとして、やはりバランスを崩したのです。それも手伝っていた僕の目の前で起きました。一瞬、僕は母は死んでしまったと思いました。頭の方から転落したので、岩に打ちつけたらひとたまりもないからです。母によれば、落ちる途中はスローモーションのように感じたそうで、ボンボンとからだがはねるのを感じながら下を見て、「ああ、今度あの岩に当たったら死ぬな」と思いながら落ちていたそうですが、不思議と毎回その間をすり抜けたので、擦り傷だけで骨折もなしにすみました。僕は帰るたびにその崖を見下ろして(今は危険なので落下防止柵が設けられている)、こんなところを落ちて、母はどうして無事だったのだろうと不思議に思うのです。上のは斜面が草地だったからまだしも、こちらはほとんど奇蹟です。

 人間は誰に、何に守られているかわからない。そのとき僕はこれは氏神様のおかげだろうと思いましたが、あるいはその障害をもつ女性のおかげだったかも知れない。僕らは人を目に見える能力、役に立つかどうかで価値の上下を無意識につけていますが、ほんとのところは植松が「無価値」と見た障害のある人たちの見えない大きな力がこの社会と人々を助けてくれているのかも知れないのです。それは神のみぞ知るで、現代人はそうした「目に見えない力」への畏怖を忘れている。狭い利己的な料簡で勝手な理屈をつけて、この人は役に立つとか立たないとか、幸福だとか不幸だとか、決めつけているのです。この世界というものはそんな単純なものではないということを忘れている。

 宗教的な伝説の類では、神が貧しく無力な人や病人、ときにライ病者の姿をとって現われることがあります。それによって対応する人の人間性が試されるのです。そこには深い仔細があるのではないかと僕は思います。

 犯人の植松聖は、「聖」という名前にもかかわらず、ただの一ぺんもそんなことは考えたことがなかったのでしょう。言葉の真の意味での「罰当たり」とは、そういう人間のことを言うのです。だからロクでもないものにとりつかれてしまう。

 もう一つ、僕が言っておきたいと思うことは、社会や時代の雰囲気によって、悪霊がはびこりやすくなったり、善霊が力を発揮しやすくなったり、するのではないかということです。それは人間の側の心がけによってコントロールできる。ドブ川には清流に住む魚はいないのと同じで、外見だけいくら小ぎれいにしていても、悪霊を喜ばせるような醜悪な内面の持ち主ばかりになれば、この社会はドブ川に等しくなるのです。心にウジをわかせているような人が多いところに、よいものはやってこない。そうするとそこら中に目には見えない悪霊がはびこるようになって、それにとりつかれる人もまた増えるわけです(人間の「自由意志」なるものは多くが幻想で、何に操られているかわかったものではないと思ってたまに自分を省みるのは、精神的健康を保つ上ではたいそう有益です)。

 その意味では、この社会全体にも責任がある。植松のような男はその「犠牲者」だということになるからです。僕がここに書いてきたことは全部「迷信」ですが、科学的世界観とやらもまた、別種の「迷信」かも知れないのです。問題は、どちらの「迷信」の方がマシか、価値があるかです。それはお読みになった人たちの自由なご判断にお任せします。

出版業者・見城徹氏の「裏切り」と元少年A

2015.09.13.22:23

 先日、延岡の書店で初めて『絶歌』という本を見かけました。言わずと知れた「元少年A」のあの本です。とっくに賞味期限切れになっていて、今頃こんなもの買う人いるのかなと不審に思いましたが、逆に言うと、売れ行きが落ちてからでないと田舎には回ってこないということなのでしょう。

 そしたら一昨日、仕事帰りにこれまた二、三日遅れで届く週刊誌の棚を見たら、文春が「元少年A」から届いたという長文の手紙(他にも同じものが複数の週刊誌や新聞に送り付けられた由)を「大公開」していて、これは長すぎるから買って読んだ方が早いなということで、購入。何ともはや…という内容でした。

 ネットで彼が自分のホームページを立ち上げているというニュース記事もちらっと見たことがありましたが、そんなものニセモノに決まっていると思っていたら、文春によればあれもホンモノなのです。「元少年Aのホームページ」で検索するとすぐ出てきますが、「ナメクジ」尽くしの相当に薄気味の悪いもので、それをモチーフにしたとおぼしき多数のイラストに写真、加えて自分のヌード写真まで入っているという、ヴィジュアル的には相当凝ったものです。

 文春の記事にはそのAからの長文の手紙の大半が引用されているという触れ込みですが、彼はかつてはあこがれ、崇拝した幻冬舎社長、見城徹氏の「裏切り」にひどく腹を立てていて、大部分はそれを「告発」する内容のものだったようです。文春はかつて6月27日号に見城徹氏の「独占インタビュー」なるものを掲載したのですが、そこで語られていることには「許しがたい嘘がある」というのです。

 これはたぶんAの言っていることの方が正しいのだろうという印象を僕は受けましたが、見城氏の記憶違いということもあるだろうし、政界にも顔を利かせている(安倍の大事な「お友達」の一人)という人なのだから、元々が申し分なく世俗的な人で、場面によって言うことが都合よく変わったりするのは、この手の人のつねです。

 しかし、妙な具合に潔癖なAにはその俗物ぶりが許せない。何でもAは「2010年1月に放映されたBSの番組で見城氏を初めて知」り、「その魅力にとりつかれた」のだそうで、「『もし死ぬまでに自分の本を出したいと思うことがあったら、頼めるのはこの人以外にはあり得ない』そう直感しました」ということで、見城氏に“熱烈なラブレター”にも似た手紙を書いたのです。そうして両者は対面したのですが、それは「2013年初頭」のことで、「Aが幻冬舎に赴くと、見城氏と編集者三名の『プロジェクトチーム』が待っていた」のです。そうして約1年後の、2013年末、Aが願望した原稿は完成し、その後見城氏や編集チームとの間で細かな修正のやりとりが重ねられて、2014年末、最終稿ができた。

 それは出版のめどが立たないままでしたが、今年1月、週刊新潮がAの手記出版計画があるのをすっぱ抜いたところから、事態は動き始めた。次はAの手紙からの引用。

 この記事を受け、僕自身、「本当にこの本を出すべきだろうか?」と自問自答するようになりました。いろいろ考えた末、手記の出版をきっぱり諦めようと思い、編集チームにその旨をメールで伝えました。

 これで終わっていたのなら、一連の手記出版騒動は起きなかったわけですが、その四日後に「編集チームのメンバーから電話があり」、

「見城は、うちから出すのはもう難しいけど、でもやっぱりこの本は世に問うべきだと思う、『このまま出版を断念すれば活字文化の衰退になる』とまで言っています。(中略)見城は太田出版の岡社長と親交があり、Aさんさえ良ければ、太田出版からこの本を出してもらえるよう、岡社長に話すつもりのようです。(後略)

 という展開になってゆくのです。見城氏は文春のインタビューで、「太田出版を含めた三社を彼に提案した」と言っているが、それは嘘で、Aによれば、「おそらく見城氏は、出版のために彼自らが積極的に動いた事実を隠すために、『三社を提案してAに任意で選ばせた』というイメージを世間に植えつけたかったのでしょう」という解釈になるのです。

 その程度の「嘘」なら目くじら立てるには及ばないと思いますが、

「百匹の羊の共同体の中で一匹の過剰な、異常な羊、その共同体から滑り落ちるたった一匹の羊の内面を照らし出すのが表現だ。そのために表現はある」
 そう言ってのける彼のことを最高にかっこいいと思っていました。自分のような異端者にとって、彼こそはメシアであり、家の創った幻冬舎は、呪われた異端者たちにとってのノアの箱舟である、と信じて疑いませんでした。


 …とまで思い込んでいた彼には幻滅以外の何ものでもなかったのです。さらに悪いことに、見城氏の「嘘」はなおも続き、文春のインタビューでは、最後の打ち合わせでAに「手記を出せないことを通告するつもりだった」と答えているのですが、幻冬舎から出せないことはAも先刻承知していて、

 何より僕自身、「手記の出版を諦める」という意向を伝えたまま、再び出版を決意したことを見城氏にもチームの誰にも話していませんでしたので、わざわざここで改めて僕に「手記を出せないことを通告する」必要がどこにあるのでしょうか。実際は、「太田出版から手記を出すように何とかAを説得するため」に設けられた打ち合わせだったのです。

 ということになるのです。実際は「諦めた」と言うAをそそのかして翻意させるようなことを言っていたのだから、見城氏のこの「嘘」は少々悪質ですが、Aが事件を起こした地域に里帰りした際に撮った多くの写真を、「少年Aと一緒に友が丘を歩くという臨場感を読者に味わってもらうために、この写真はすべてカラーで載せてほしい」と本人が要望した時も、これはそれ自体、「何を考えているのだ?」と言いたくなるようなノーテンキぶりですが、見城氏インタビューでは、「『これはやめた方がいいな』という写真だったから、案の定、『絶歌』でも載せていないね」となっているものの、実際には、「カラーで挿入するのは難しい」と言う編集チームのメンバーに対し、「文章と同時進行で掲載しないと効果が半減するだろう。写真を挿入するページだけ四色刷りにすればいい」などと大いに乗り気だったというのだから、何をか言わんやです(Aによれば、「これはやめた方がいい」とはっきり言ったのは太田出版の社長)。

 こういうのは全部、見城氏の保身心理から出た「嘘」で、世間的には「ありがちなこと」かもしれませんが、見城氏を英雄視し、崇拝していたAにはそれではすまなかったのです。元々Aはこの手記執筆の際、幻冬舎から生活費(四百万を超える?)の援助を受けていたのであり、見城氏側からすれば、それを「回収」する意味からも出版はしてもらわなければ困ることだったのだという見方も成り立ちますが、センセーショナルな出版で仕掛けがうまい(百田尚樹のあの『殉愛』なんかも、一方的なとんでもない嘘が満載されているというので話題になりましたが、おかげでたくさん売れたのです)見城氏の「異端」は、昔朝日新聞なんかは「商売としての反体制」と揶揄されたことがありましたが、元々が「商売としての異端」でしかなかったのです。だから、「見城さん、この僕の悔しさ、惨めさがあなたにわかりますか?」と言われても、「これは売れる」というのと、世間的な風当たりの性質・強さの両方を天秤にかけて、その独特の商売カンから、これはやめておいた方がいいという判断に傾いたのであろう見城氏にとっては、かなり迷惑な話でしょう(かつてのリンゼイさん殺害事件の犯人、市橋達也の手記で大抗議を受けたことも関係するのでしょうが)。

 それにしても、見城氏がAに送ったものだという、次のようなメールは、相当考えさせられるものです。

 君は現実の踏み絵を踏みぬいた。
 共同体的な善悪の判断は別にして、三島由紀夫も奥平剛士も踏み抜いた。
 僕は踏み抜けなかった。40年前のあの日、あの時、踏み抜くチャンスは幾らでもあったのに、踏み抜けなかった。
 君は踏み抜いたうえで生き残った。
 そこには彼我の差があります。
 僕はこの吐き気を催す現実世界と、いとも簡単に表面的なシェイクハンドができたのです。
 つまり、僕はたべて過酷にならない夢を今日まで生きてきたのです。


 見え透いたおべっかも、編集者のスキルの一つなのかも知れませんが、市橋達也なんかもこの手で口説いたのでしょうか? 中学生だったAは幼い子供たちを残酷に殺害し、一人の子の頭部を切断して校門にさらすということまでやったのですが、それが「現実の踏み絵を踏みぬいた」ということなのか? 卑劣な変態殺人も、独裁や強権政治に対する市民のレジスタンスも、「共同体的な善悪の判断」から自由な見地からすれば大した違いはないということになるのでしょうか? 僕にはそのあたり、理解不能です。

 文春の記事はいたって見城徹氏には同情的で、Aの異常性を強調する内容になっているのですが、この件を受けての見城氏の「今日は凹んでいます。国語力は人間力だと思ってますが、僕の言葉が不完全だったせいか、手痛い裏切りに遭いました」(トークフアプリ755)という弁明は、どう見ても説得力のあるものだとは思われません。何でも商売ネタにしてしまう「言葉の商人」が墓穴を掘ったという程度のことでしかないと感じられるのです。

 Aが暴露している「見城氏の嘘」はこれだけではなく、Aを大田出版社長に引き合わせた後、「それ以降、Aとは連絡を取っていない」というのも真っ赤な嘘なら、新潮記事が出てAが出版を諦めかけた頃、「なんだよ? そんなものなの? ここまで身を削るようにして書いておきながら、“その程度のこと”で諦めちゃうの? 君の想いなんてそんなものだったの?って」思ったのだと、A相手に煽りの熱弁をふるったことは知らんぷりで隠すという「語らぬことによってついた嘘」などもあったようですが、こういったことが全部事実だったとして、たぶんそうなのだろうと僕は推察しますが、ずいぶんとこの人は「罪つくり」なことをしているのです。「手伝ってやったのだから、少々の嘘で文句は言うなよ。こっちだって自分の身を守らなきゃならない事情はあるんだ」というのが見城氏のホンネなのでしょうが、「自分だけ正義漢ぶって、よくここまで掌を返せるものです」とAは憤るのです。

 出版社と著者の間のいさかいそれ自体は珍しいことではないでしょう。個人的なことながら、僕も何年か前、「とてもこういう人とは仕事はしかねるな」と思って、何年か続けて翻訳の仕事をさせてもらっていた零細出版社に、「増刷の際の訳文の手直しは別として、これで貴社との仕事は最後にさせていただきます」と告げたことがあります。おかしなことが一つや二つではなく、相手の人間性そのものを疑うまでになっていたので、堪忍袋の緒が切れてしまったのですが、その後僕がその中のお粗末のいくつか(全部ではない)を暴露したことから、相手は憎悪を募らせたらしく、「性格に問題があったから、こちらから縁を切った」などと大嘘をついているらしく、おまけに、僕は経営が大変なことを知っていたから、そのうち三冊の本に関してだけ今後は増刷の際印税をもらい受ける(他はいらない)旨申し出て、相手も了承したのですが、該当訳書にその後増刷されたものがあったにもかかわらず、一銭も支払いを受けていないのです(直しが多くなってカネがかかると文句を言うので、こちらがその費用を負担した本まであったほどですが、おかげでそれすら回収できていない始末です)。こういうのは民事犯罪で、訴訟でも起こせば一発で決着がつくのですが、その後売れそうな本も出しておらず、既刊書の比較的売れ行きのいいものだけにすがって自転車操業しているのだろうと同情して、黙っているだけの話なのです(読者はだから、そこから出ている僕の訳書を買ってくれても、僕には何の恩恵もないのだということをご承知おきいただきたいと思います)。

 いつぞや芥川賞作家の柳美里氏が「貧困」に陥っていて、雑誌「創」の原稿料も未払いになっていて、督促を続けているという話を読みましたが、こういうのは「自分に大恥をかかせたあいつなんかに払ってやるか」という心理も重なっているので、それならさっさと僕の訳書を絶版にすればいいのではないか(どのみち一銭も入らないのだから、こちらとしては痛くもかゆくもないのです)と思いますが、売り上げが減って損なのでそれはしないというのがいかにもその人らしいセコさ(それでいて「エゴの消滅」を人にお説教なんかしたりするからスゴい)なのです。

 話を戻して、Aと見城氏の場合も、互いに互いのやったことを「裏切り」だと思っているので、それでこういうことになるわけですが、ふつうに考えるなら、Aは「残忍な人殺し」以外の何ものでもないので、それが見城氏を道徳的に非難するのは、感覚的に大いにズレていることは否めないところです。彼のHPを見ると。まるで前衛芸術家のそれみたいで、彼は「異端」を自任するアウトロー作家のようですが、見城氏が「君は現実の踏み絵を踏みぬいた」なんておかしな具合におだてるから、彼のカン違いにはなおさら拍車がかかってしまったのかもしれないのです。そこには「『絶歌』出版に寄せて」と題された彼の自画自賛の広告文もあって、

 2015年6月11日、少年A初の自叙伝 『絶歌』(太田出版・刊)を上梓しました。
 少年A事件に関する書籍はこれまでにも数多く出版され、ほとんど出尽くしている感がありますが、少年A本人が自分の言葉で語ったものは、この『絶歌』が最初で最後です。
 事件、被害者、家族、社会復帰後の生活について、これまで誰にも明かせなかった胸の内を、包み隠さず、丹念に、精魂込めて赤裸々に書き綴りました。
 事件から18年。『冷酷非情なモンスター』の仮面の下に隠された“少年Aの素顔”が、この本の中で浮き彫りになっています。
 「少年Aについて知りたければ、この一冊を読めば事足りる」
 そう言っても差支えないほどの、究極の「少年A本」です。
 一人でも多くの方に手に取っていただければ幸いです。


 …と書かれているのです。その上には略歴も記されていて、

  1982年 神戸市生まれ。
  1997年 神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)を起こし、医療少年院に収容される。
  2004年 6年5ヶ月の収容生活を終え社会復帰。


 …とあって、まるで学歴や社会的功績を誇るかのように、児童連続殺傷事件の過去が紹介されている。身長、体重、視力、血液型に加えて、「大動脈心臓部に雑音あり」なんてことまで書かれているので、そのナルシシズムは半端なものではないのです。

 今後、彼は何をするつもりなのか? とやかく見城氏を非難してみても、そのおかげで彼は手記を世に出すことができ、3千万という印税を手にしたので、今までのように3Kバイトで疲労困憊しなければならない心配もなくなったのです。成人なら最低でも無期懲役は免れない犯罪を起こした男が、少年法ゆえにそれを免れ、大金を手にして、実名や現在の容貌は隠したままなので、事実上どこにでも出入りできる(文春記事によれば、今は「都内に居住していると見られる」そうですが)。

 これはおそらく「モラル・ハザード」の最たるものでしょう。彼の異常かつ病的な「感性」が「治った」とはHPを見た限りではとうてい思えず、

 かつて己の全存在を賭して
 幼い牙で必死に咬みついたこの世界に
 ものの見事に懐柔され
 ズルズルと生きながらえてきた自分を本当は恥じているのだろう?
 有無を言わさず権力によって抹殺される程の教委になれなかった自分を
 心のどこかで恥じているのだろう?(手紙の一節)


 などと書いている男が、事件の被害者や遺族に「贖罪の念」をもっているとは想像しにくい。かつてのマスコミ宛の声明文に見られたのと同じナルシシズムと自己顕示欲が、むしろ今回の手記出版で増幅されたようなかたちで表われているのです。

「手痛い裏切りに遭」ったと嘆く見城徹氏がほんとに後悔の臍(ほぞ)をかまなければならなくなるのは、次にAが恐ろしい犯罪を再び犯した、そのときかも知れません。

「元少年A」の手記発売に思う

2015.06.14.15:59

「酒鬼薔薇聖斗事件」として知られる、神戸市須磨区で1997年に起きた連続児童殺傷事件の犯人(32)が手記を出版したことが、議論を呼んでいます。

 彼に殺された、土師(はせ)淳君(当時11歳)の父親と、山下彩花ちゃん(当時10歳)の母親は「何のためにそんなことをするのか?」とこれに抗議する趣旨のコメントを発表している由。遺族としては当然の反応と思われます。

 一般の反応も手厳しく、ほとんど非難一色という感じです。アマゾンのレビューなど、それ自体が僕には異常に思えるのですが、恐ろしい数の否定的レビューが出ていて、非難罵倒の嵐といったところです。同じようなことなら書く必要はないと思えるが、うっぷん晴らしのいい材料にされているのでしょう。「正義の鉄槌」を下すことに酔い痴れているその姿は、おぞましい群集心理のなせるわざだと言えば、怒る人がいるでしょうか。

 それにしても、「元少年A」は、事件から十八年たった今、なぜこういうものを書きたいと思ったのでしょう? 僕はこの事件には関心をもち、かなりの関係文献を読みましたが、これは典型的な「病気の犯罪」で、つかまらなければ彼はその後も断続的に犯行を続けていただろうと思います。アメリカのシリアルキラー(連続殺人鬼)などにも共通していることですが、彼はいわゆる「変態性欲」の持ち主で、最初はナメクジやカエルなどの生きものを殺すことに性的快感を覚え、それが次には猫に発展し、最後は人間の殺害というところにつながっていったのです。彼のような人間にとって、殺人はセックスやマスターベーションの誘惑と同じなので、それに抗することは難しい。医療刑務所での治療やカウンセリングでは、殺人と性的快感との倒錯した結びつきを切断することに大きな努力が払われたのでしょう。

 出所後、彼が殺人事件を起こしていないところを見ると、その治療は功を奏したと言えるだろうと思います。しかし、生き辛さはどんどん募っていった。その手記の末尾には、「自分の過去と対峙し、切り結び、それを書くことが、僕に残された唯一の自己救済であり、たったひとつの〈生きる道〉でした」と書かれているそうですが、「書くことが唯一の自己救済」と感じられたというのは本当でしょう。

 罪もない子供を五人も殺傷しておいて、「自己救済」もヘチマもあるか、という批判が出てくることは避けられないでしょうが、犯行につながった「生の途絶感」(日常に生のリアリティが感じられないというところが彼には明白にあった)から回復した後は生きたいと思うようになり、しかし自分が殺人という十字架を背負っていて、身元は隠していても、「許しがたい変態殺人鬼」だと世間にみなされていることはひしひしと感じるので、どうしていいかわからなくなってしまった、というのがホンネのところなのでしょう。

 事件当時、彼は十四歳の中学生で、少年法ゆえに「寛大な措置」で死刑や無期懲役になるのを免れたのですが、日雇いアルバイトや3K職場を転々とするといった世間的な苦労の他に、重い十字架を背負っていてそれから逃れる「自由」は死ぬまでないということが、彼には耐えがたいことのように感じられてきたのかも知れません。刑務所と違って、娑婆には犯罪者は原則いないということになっているので、殺人の前科をもつ人間がその中で暮らすのは、想像以上にきついことでしょう。しかも彼は、成人なら当然強いられたはずの長い獄中生活を免れたので、「服役による罪の償い」もしていないとみなされるのです。

 正気の人間にとっては、人を殺すということは恐ろしいことです。僕は昔、人を殺す生々しい夢を見たことがあって、殺した後慌てて死体を押し入れに隠し、「どうしよう!」と思ったところで目が覚めたのですが、あまりにリアルだったので、目が覚めてからもしばらくはそれが夢だとは感じられませんでした。いや、あれは夢で、自分は殺していないのだとわかったときの深い安堵感! 人の命を屁とも思わない殺人鬼は別として、ふつうの人間なら、それは自由感を根こそぎ奪ってしまうものなのです。

 治療を受けて、彼は「正気」になった。どの程度かはともかく、自分がしでかしたことの深刻さ、取り返しのつかなさはわかるようになったのです。逃げ出したくなるでしょうが、逃げることはできない。一生かけて償う他はないと言われるのです。彼は若く、その先には長い時間がある。どうやってそれを持ちこたえればいいのか? ふつうの若者にとってはそれはつらいこともあるだろうが、やましさなく自由に切り開いていける希望に満ちた未来です。しかし、非道残忍な二件の殺人を犯した彼にはそれはない。その罪は彼に貼りついて離れず、心がしんからの安らぎを覚えることはないのです。

 ある意味、それは死刑よりしんどい刑罰かもしれません。苦しさの中で彼はいろんなことを考える。たとえば、あの残酷な殺人事件を起こしたのは、今の自分とは別の人格で、その罪を今の自分が背負わされているだけなのだとか、家庭環境や自分の体質、脳の特殊性があのような犯罪に自分を導いたので、この肉体の中に住まう魂は一種の被害者なのだとか、どうにかして自己肯定感を得ようと、心理学で言う「合理化」の悪戦苦闘を続けるのです。

 僕はあの事件のとき、あれには悪霊による憑依現象が関係しているのではないかと、そのような可能性まで考えました。彼は小学生の時「光のかたまり」のようなものを見ていて、それはやがて「バモイドオキ神」という神の崇拝に発展するのですが、この名前は意味深長で、読み替えれば「バイオモドキ」、つまり「バイオもどき」となって、「生命と似て非なるもの」という意味になります。それは悪魔の名前としてはまことにぴったりするもので、彼の一連の犯行はその神にささげられた「聖なる儀式、アングリ」であったのですが、このアングリも、angry、生命憎悪の「怒り」のようなものだと解釈できます。彼の母親が書いた手記も僕は読みましたが、生真面目善良でありながら、何とも言えない一種独特の鈍感さをもつ人で、息子Aの発する危険信号が全く読み取れないだけでなく、わが子が「霊感体質」みたいなものをもつ刺激にとくに反応しやすいタチなのに、「そりゃあ失敗するわ」と言いたくなるような硬直した対応ばかり(善意と「教育的配慮」から)しているのです。

 そうした中で彼はどんどんおかしくなっていき、日常に生のリアリティが感じられなくなり、感情鈍麻が深刻化するうちに、本格的におかしなものにとりつかれてしまった。ふつうの精神状態ではそんなものが入り込むことはないし、できないが、そういう強い「生からの疎外感」があったところに、霊媒体質をもつ子供だったから、たやすく悪霊の憑依の餌食となった。そういうこともありうると、僕は当時考えたのです。

 よく新興宗教の類では「除霊」と称してアホな儀式をやって人を死なせてしまったりするので、こういうことは軽々しく言うべきことではないと承知していますが、当時の彼の犯行には妙な冷静さと周到さが伴っていて、何かよからぬものが彼を操っていたのではないかと見ても、それはそんなに不自然なことではないのです。そんな悪霊だの何だの、非科学的で馬鹿馬鹿しいと言う人には、わらうべき妄想としか思えないでしょうが、オウム事件などでも、僕は背後に何かとんでもない力(通常の秘密結社の類ではなく)が加勢していたのではないかと思うので、人間の自律性や自由意志など、あまり過大評価しない方がいいのではないかと思うほどです。この世界には干渉、介入する人間には未知の力が存在する。僕自身「一体この世界はどういう構造になっているのだ?」と感じるような薄気味の悪い体験を過去に何度かしているので、「何に使われるかはあなた次第(だから自分の責任を免れることはできない)」なのですが、現代の文明人はそういう要素を頭ごなし否定してしまったがために、かえってそういうものに対して無防備になってしまっているのではないかと思うのです。

 話を戻して(今の話で読者はだいぶ減ったと思いますが)、「元少年A」自身が上に述べたようなことを言えば、それは「許しがたい責任転嫁」だということになってしまうでしょう。責任転嫁は人のつねで、僕らはしょっちゅうそれをやっているのですが、殺人犯にはそのようなことは許されないのです。

 彼の手記にはおそらくそうした心理的合理化や責任転嫁も含まれているでしょう。それでまた非難されるわけですが、そこらへんはある程度寛大になる必要があると思われます。カウンセリングの場合、そういうとき、「いや、それは違う」といちいち咎め立てすることはしません。本人の洞察と自己認識が深まってゆけば、虚偽の合理化や責任転嫁には自分で気づいて、修正されてゆくからです。

 彼が書くことを通じて、自分のよりよい内面の理解に進んでゆくことができれば、それは望ましいことでしょう。「悔悟」とかんたんに言うが、それはそうかんたんなことではありません。僕ら通常の人間は、幸い人は殺していないから、そうした反省も要求されず、大方はだから、薄っぺらな意識の表面で生きていて、「生命の尊さ」など身に沁みて知っているわけではないのです。他の人のことは知りませんが、僕自身は「うっとうしい世の中だな。早くあの世からお迎えが来ないかな…」と思っているくらいで、切実に「いのちの大切さ」など感じて生きているわけではありません。

 他の人も似たりよったりではないかと思うので、しかし殺人者の場合、それと同じでは「奪ったいのち」に対する深い贖罪の念など生まれてくるはずもなく、もっと深い生命の感得が要求されるのです。それをいわば強いられる。

 話は少々脱線しますが、僕は前に美達大和氏の本に関する感想をここに何度か書いたことがあります。特に最初のものはこのブログ記事の中でも最もアクセスの多いものの一つになりましたが、僕はそれらを全部消してしまいました。「消す」とだけ書いて、その理由は書きませんでしたが、ついでにそれを書いておきます。

 美達大和氏は二件の計画殺人の犯人で、無期懲役の判決を受けて服役し、仮釈放を望まず、一生刑務所で過ごすと宣言している人です。僕が書評を書くきっかけになったのは、知人に彼と文通している人がいて、その人から「読んでみて」と一冊の本を手渡されたことです。その殺人事件の詳細は今も不明ですが、それは押し込み強盗の類ではなく、美達氏本人にとっては「許しがたい」背信行為があったからだと、少なくとも本人はそう言っています。

 背信行為程度で人を殺すのはやり過ぎです。しかも間を置いて二件も殺人事件を起こしているというのは明らかにふつうではない。しかし、彼の本を読んで思ったのは、彼は偏狭なまでの潔癖な道徳観、美学の持ち主で、それが独特の「知行合一」主義とも相まって殺人に行き着いたのだろうということでした。そういうのは僕にはわかる気がするので、そういう解釈のもとに、同情的・好意的な書評を書いたのです。

 それ以来、彼は出る本を僕にもくれるようになったのですが、父親をモデルにした『夢の国』という本を読んだとき、彼を殺人に導くことになった特異なパーソナリティ形成の原因は、彼が思慕し、敬愛してやまないこの異常な父親の異常な子育て(母親にも事実上遺棄されている)にあったのだなと、はっきり感じたのです。しかし彼は、精神的になおもその父親から分離していない。むしろその暴力的なありようを讃美しているのです。これでは先には進めないのではないかと思い、「父子関係の悲劇」と題した文を書きました。

 問題はそこから先で、次に美達氏は『塀の中の運動会』と『牢獄の超人』を出しましたが、僕はそれを酷評しました。そこには著者自身の分身と思しきカッコよすぎる人物が登場し、そのナルシシズムに閉口させられたからです。こうした自意識のありようと、自分が犯した殺人の罪に対する「贖罪の思い」がどうすれば両立するのか? 父親との病的な関係の「清算」ができていないだけではない、彼の犯罪には、そうしたナルシシスティックな自意識、過度な自尊心も明らかに関係していたのです。

 やがて彼は人の手を借りてブログも開設しました。そこの文章も僕には感心できませんでした。彼は俗世間にいたとき、ビジネスの成功者でしたが、それについて語りながら人に人生指南のようなことをするなんてのは、その一方で彼は殺人事件を起こしていたのだから、釈然としない話なのです。ビジネスで成功した自分は善で、それは殺人を犯した自分とは別物だと言うのでしょうか? 多重人格者ではないのだから、それは無理な相談なので、それはこういう世界観、こういう窮屈な思考の枠組みの中で生きていると、他方で殺人を起こすことにもなりかねませんよ、ということなのです。自分を過度に鞭打ち、「さらなる高みを目指す」その余裕のない息せき切った生き方が、自分を追いつめて、殺人という自滅行為の中に落ち込むよう仕向けた一因でもあったのです。どうして彼は相手が絶命しても何度も何度もナイフを突き刺すようなことができたのか? それは積もり積もった抑圧がそれほど大きなものであったからで、その苦しさは自分に僅かな甘えも許さず、絶えず自分を鞭打つ彼の生き方から生まれたもので、それはビジネス成功の大きな一因でもあったのですが、同時に彼を冷酷な殺人行為に追い込む原因ともなったのです。そしてその背後には、「勉強でも喧嘩でもつねに一番でなければならない。でなければ自分の息子ではない」とする、申し分なく暴力的でもあった異常な父親の姿が見えるのです。なまじ彼はその期待に応えられる子供だったから、人一倍親思いの子供だったこともあって、その呪縛から逃れられなかったのです。これはノスタルジーを誘う「濃密な親子関係」などというきれいごとですむ話ではない(精神科医の香山リカは『夢の国』に無責任な推薦コメントを寄せていましたが)。それはやがて殺人へとつながる悲劇の序曲をなすものなのです。

 僕のブログ記事は全部その知人を介してコピーが彼の元に届けられていたようですが、途中までは「私は批判大好き人間です」などと余裕を示していたのが、途中で一転してブチ切れたらしく、かなり激しい調子の怒りの手紙が届きました。僕の方はそれを読んで怒りは全く感じませんでした。彼は論理は達者だが感情的には幼いという、男性族の代表選手のようなところがあって、その文面に現れた幼さには少々驚きましたが、何より最初から言っていることが彼には何も伝わっていないらしいことにがっかりさせられたのです。

 ここで先の話ともつながってくるのですが、同時に僕は相手に勝手に無理な要求をしていたのではないかと反省させられました。不幸な親子関係の清算なんて口で言うのはかんたんでも、それはパーソナリティの解体に等しいことなので、辛抱強い一流のセラピストでもそばにいてくれないかぎり、ふつうはできることではないでしょう。僕が「父親の責任」と言うとき、それは責任転嫁の意味では全然ないのですが、だからこそそれはもっと深刻な精神的動揺につながりかねないものなのです。強いナルシシズムの指摘も、彼にはカチンと来るものだったでしょう。それは彼の自己イメージを著しく傷つけるもので、僕が言いたかったのは、そんな次元でウロウロしていたのではいつまでたっても埒が明かないのではないかということだったのですが、彼は「過度の自尊心」が殺人に関係していたことは意識の上では認められても、その自覚を深い部分に及ぼすことには苦労していたのです。僕の見るところ、その原因となっている硬いパーソナリティは父親による事実上の虐待に対する防衛機制として出現・発達したものなので、今も孝行息子であり続ける彼にはなおさらその克服は難事なのです(彼本来の「善良で柔らかな心」は、その下に、抑えつけられたものとして今もあると思うのですが…)。

 僕自身、四十歳前後の数年間、ひどい鬱に苦しめられましたが、一時は死んだ方が百はマシだと感じられたので、そこを切り抜けられたのは家族や友人の手助けと、「神の恩寵」のおかげだったと言えるほどです。別に深刻な犯罪という重荷を負っていなくても、それまでの内面のありようを変えることを強いられるときはそれほど大変なのです。殺人という十字架を背負っている彼のような人の場合はなおさらでしょう。そこらへん、僕は安易に言いすぎたのです。

 殺人事件の場合何よりつらいのは、殺した相手の人生は永遠に失われてしまったということでしょう。それは文字どおり「取り返しのつかない」ことで、ふつうの意味では償おうにも償いようがないのです。それは絶対的な事実です。いかなる慰めもない。

 美達大和氏の場合には、そのことに関しては償いようがないから、遺族に謝罪を続けるのはもちろんとして、何とかして人の役に立つようなことをしたいと思っています(彼は印税から養護施設などへの寄付もしていると聞いています)。その善意は僕には信じられるのですが、本が出て、読者ができ、賞讃の言葉も寄せられるようになると、ついつい己惚れ心がもたげてきて「人を教え導く」みたいなスタンスになってしまい、自意識もまた膨張するということで、ついつい「方向が違うでしょ」と言いたくなってしまったのです。自分の精神的な清算がついてからならまだしも、それは上に見たとおりまだなのですから。

「元少年A」の場合には、美達氏ほどのレベルにはなく、何より社会からの承認欲求が先に立っているのではないかと思いますが、版元の太田出版は、アマゾンのレビュアーたちが非難するような「汚い金儲け」ではなく、内容的に出版するだけの価値があると判断したから承諾したのでしょう。長崎の女子高生、名古屋大の女子大生の事件と、同種の陰惨な「病気の殺人」事件が相次いだ今、十八年前のこの事件の犯人が過去を振り返って書いたこの手記は、社会がこの種の犯罪をどう理解するかの手掛かりになるかもしれない。それがたんなる「観念のいじくり回し」ではなく、よく考えて書かれたものなら、同種の事件防止の手立てを考える参考にもなるわけです。

 世間を騒がせた異常な事件の犯人の手記だから初版10万部にもなって、「元少年A」が多額の印税(通常は定価の一割だから1500万だが、それよりは少ないという)を受け取るというのは、他でもない自らが起こしたその非道な犯罪行為のおかげなので、ビジネスとしてはフェアでなく、モラルハザードをひき起こす原因になりかねないが、彼はおそらく、その大部分を被害者遺族への賠償に回すなど、「まともな」対応を考えているでしょう。3K仕事に疲れ果てたから、楽に金儲けしたいというのではないはずです(その場合には皆さん思う存分非難していい)。太田出版も、それで稼いだお金で、たとえば売れずに赤字になるのが確実な僕が書いた本または訳書を出すなど、すればいいのです。

 それで彼がいい気になって、名士気取りで講演に飛び回るというようなことにはならないでしょう。そもそも、そんなことは世間が許してくれない。

 問題は、彼が書くことを通じて人としての自己理解と反省を深められるかどうかです。それができるのであれば、社会はそれを許してあげていいのではないかと、僕は思います。殺人は重い罪です。通常の怨恨がらみでもそうなのに、彼のような罪もない子供を犠牲にした猟奇的な殺人ならなおさらです。普通人のような生活や安楽が彼に許されないのは当然です。一生かけて罪を償わなければならない。

 一番難しいのは被害者遺族の感情で、許せないのはあたりまえだと僕は思います。仮に自分の家族が殺されたら、僕は根が血の気の多いアンタッチャブルな人間なので、万難を排して犯人を殺そうとするでしょう。それを忍耐して法の裁きに委ねる人たちは立派だと思いますが、それでも割り切れない感情は必ず残るはずです。犯人を殺せば死んだ子供が帰ってくるわけではないにしろ、殺したいと思うのが人情でしょう。この点、「元少年A」が「自己救済」などという言葉を安易に口にしているのはいかにも配慮が足りない感じで、遺族なら「うちの子の『救済』の方はどうなったのだ?」と怒りの言葉を返したくなるでしょう。彼の考えがいまだに甘いのは明らかです。骨身に徹しているとは思えない。

 そのあたりは悩ましいところですが、だからといって世間が一緒になって非難しても、それでどうなるというものではない。問題は同種の事件をどうやって防ぐかということで、頭ごなしの否定ではなく、手記を読んで足りないところは指摘してあげて、彼の自己省察の深まりを助けてあげるという親切さはあってもいいのではないかと思います。殺人者に共通する特徴の一つは、何とも言いようのない一種独特の「感情の浅さ」です(だから論理は達者でも、言葉にとってつけたような妙な上滑り感が伴う)が、書くことを通じて心の深い部分とのつながりがもてるようになり、それが真の悔悟へとつながるなら、それは殺された被害者や遺族にとっても、慰めになるのではないかと思います。

 先にも言ったように、しかし、それは一朝一夕にはいかないのです。浅い感情ゆえに彼らは殺人者になったのであり、どうしてそうなったかといえば、深い感情を妨げる何かがそこにはあって、その「何か」を取り除くことは容易なことではないからです。

 翻って考えるなら、彼がかつて悩んだであろう「生の不全感」は多かれ少なかれ現代人共通のものです。それはもう百年も前にイギリスの作家D・H・ロレンスが指摘していたもので、僕は先日、ふと思い立って若い頃読んで強い感銘を受けた井上義夫著『ロレンス 存在の闇』(小沢書店 1983年)を本棚から引っ張り出して読み返してみました。これは鬱の頃、生活も滅茶苦茶になって貧乏して蔵書を大方売り払ってしまったときも愛着があって残しておいたものの一つなのですが、あらためて名著だと感心したので、ロレンス(とその作品を通じて「生」を考えようとする著者)のまなざしは驚くべき深みにまで達しているのです。

「元少年A」の場合、倒錯した性衝動は不幸にして「生の否定」につながってしまったのですが、生命から遊離、離反して「空虚な断片」と化した現代人の「生」は「バイオもどき」になっており、それが行き着く先がそうした病的な倒錯になるのは、そんなことについて書き出すとまた長くなってしまうのでやめておきますが、なかば必然であるようにも思われるのです。「生の確認」行為が「生の抹殺」のかたちをとって表現されるという病理。そこには「過剰な観念」という媒介があって、生の途絶感がそちらの方に向かって、それが妄想を膨らませ、無残な「自己復讐(殺人は間接的な自殺です)」へと行き着くのです。

 ある意味、敏感な人間ほどそうなりやすい。彼らは人一倍、強い生との結びつきを求め、「生きた感情」がもてないことに苛立ち、問題解消の方途が見つからないままおかしな方向に行ってしまうのです。「生」を求める心が逆に「生」の否定に行き着いてしまう。そうした病的かつ不毛なメカニズムに、「元少年A」は今は気づいたのでしょうか。そうならいいのだが、と思います。
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