FC2ブログ

タイトル画像

興味深い世論調査結果

2021.06.07(13:41) 838

 日本人の国民性がよく出てるなと思いました。

東京五輪「開催」50%、「中止」48%…読売世論調査

 これだけ見ると、「開催」に肯定的な人が増え、政府支持が増えたのかと思いますが、そうではないらしいので、

菅内閣の支持率、発足以降で最低の37%…読売世論調査

 ということで、元々読売は安倍政権時代、「日本版人民日報」と呼ばれていたくらいで、自公政権寄りの新聞なのですが、にもかかわらず、グラフにもある通り、政権支持率は菅政権発足以来「最低」を記録しているのです。最初の74%から37%に落ちたわけで、かっきり半分に“激減”したのです。

 ここでも興味深いのは、

 政党支持率は自民党が33%(前回37%)で、菅内閣発足以降で最低となった。立憲民主党は5%(同7%)で、無党派層は48%(同44%)だった。

 とあるところで、自民の支持層も減ったが、最大野党の立民もさらに支持を減らし、無党派層が48%に増えていることで、これは今の日本政治に完全に愛想をつかした人がいかに多いかを示しています。だから政権支持率も3割台を割り込まずに済んでいるのでしょう。もしも信頼できる野党がいれば、ガースーは支持率1割台に落ちて、次の選挙で政権交代が起きることは確実になっているでしょう。というのも、どこで話を聞いても、18歳で選挙権を得た高校生あたりでも、「あれはただのバカな頑固爺さん」と思っている人がほとんどで、いくら自民に人がいないと言っても、あそこまでひどいのはめったにないだろうと考える人が増えている印象だからです。反応は、失笑する人と、「ニュースであの顔を見るだけでも腹が立つ」と言う人に二分されている感じですが、他の反応がほとんどない。

 にもかかわらず、オリンピック開催支持が増えている(「『中止』を求める声は、前回(5月7~9日調査)の59%から11ポイント減った」)というのは、ガースーは国民がどんなに反対しようと頑なで、ワクチン接種も進むことだし、開催されるのはほぼ確実と見て、日本人特有の「仕方がない」思考が前面に出て、反対しても無意味だから、消極的賛成の現実追認に回る人が増えたということなのでしょう。だから、「海外から来る選手や関係者への感染対策は、十分だと「思わない」が63%と多数を占め」るというようなちぐはぐなことになっているのです。

 ついでに、ガースーの師であり、ブレーンの一人だとされるあの竹中平蔵が、例の内閣参与の高橋某のさらに上を行く次のような発言をしたと報道されています。

竹中平蔵氏 五輪は「やる」開催か中止議論自体が不毛「世論はしょっちゅう間違ってる」

「なんでやるか、やらないか、あんな議論するか、私は分からない。だって、オリンピックってのは、世界のイベントなんですよ。世界のイベントをたまたま日本でやることになっているわけで、日本の国内事情で、世界に『イベント(五輪)やめます』というのは、あってはいけないと思いますよ。世界に対して、『やる』と言った限りはやる責任があって」

 こういう、思考停止に認知症的な破綻だらけの屁理屈がついただけの「考え」は、実はガースーとその取り巻きの自民政治家たちのものでもあって、一部には「よく言った」と評価する向きもあるかもしれないので、民意との隔絶を示すそうした自称「現実的思考」で彼らは動いているということです。「いざ開催となれば、国民はテレビの前に釘付けになって、拍手喝采を送るだろう。国民というのはその程度のものであって、それが成功裏に終わると、かつて大反対していたことはケロッと忘れて、『やっぱりやってよかった』と思い、支持率も戻して、総選挙で大勝とはいかないまでも、絶対多数は維持することができ、今まで反対が多かった反動で、それをものとせず突き進んだ菅総理の『判断の正しさ』が光って、政権基盤はかえって盤石なものとなるだろう」と考えているのでしょう。

「世論は間違ってますよ。世論はしょっちゅう間違ってますから」という竹中の自信に満ちた態度の裏にある強固な愚民観は、ガースーも共通してもっているもので、だから彼らはその反民主的な態度を頑として崩さないのです。げんに、いくら反対しても開催されそうだとなると、開催支持もそれに応じて増えてきているではないか。こういうふうに、長い物には巻かれろ、強い側には従え、というのが主体性のない、日本国民の特性であって、いちいち「世論の動向」など気にしていたのでは、何もできないのだと、そう考えているのです。

 面白いのは竹中平蔵の相変わらずさで、彼が小泉政権のときやったことは大部分が今日的観点からも非難、批判の対象になっていて、ボロクソ言われているのですが、カエルの面にションベンみたいなもので、彼は時の審判というものを認めず、頑なに自分は正しかった、そして自分の言うことはつねに正しいであろうと思い込んでいるらしいことです。当時から彼は「アメリカ資本の使い走り」とみなされ、「マック竹中」などと揶揄されていたのですが、「この道しかない」という彼の信念はいつまでたっても揺るがないのです。

 竹中を師と仰ぐガースーもこれに学んでいるわけで、この愚民観とセットになった独特の唯我独尊観念(ほとんどサイコパス並と言ってよい)が今や自民党のレガシーとなっている。二階や麻生も全部これで、何のかんのと言っても自民は国会で絶対多数を誇っているのだから、愚かな国民は自分たちを支持するしかないのだと高を括っているのです。

 今回のオリンピック騒動も、結局は開催にまでもって行けば、国民はそれに沸いて、終わったとき一部のマスコミが書き立てていたような「感染爆発」にもならなかったということが示されれば、むしろ左派マスコミにとどめを刺す格好の機会を提供することになるだろう。尾身が「普通はない」なんて言っているが、それが無事終われば、学者連中も信頼に値しないことを示すことができる。彼らも以後は政権の言いなりになるだろう。ついでにあの学術会議も解散に追い込んでしまえばいい。だから、五輪を成功させることができさえすれば、一種の独裁体制を自分たちは確立することができるのだと、彼らは考えているのでしょう。もはや敵はいなくなるのです。

 むろん、それでこの日本社会がよくなることはない。格差はさらに拡大し、既得権益層の利益だけは守られ、「失われた三十年」は「失われた四十年」になる。愚民扱いされても怒ることを忘れた日本国民は貧困の度を深めるが、諦めが彼らを支配する。そうこうしているうちに、とどめを刺すかのように南海トラフ大地震か首都圏直下型地震が起き、大混乱に陥って、それから先は…というようなことになるのです。

 この国は一体何なのでしょう? 戦後76年目、日本は深く完全に、没落のループにはまり込んでしまったように見えます。僕は今回のオリンピック、開催されても一切見ないと思うので、おかげで自分の仕事ははかどりそうですが、元々このオリンピック、コロナ禍の下で世界的に見てもお祭りムードとはほど遠い中、さっさと中止を決断すれば済んだ(それは不可能でも何でもなかった)ものを、思考停止状態に陥ったガースーが頑なに固執したから、それで大問題になってしまったわけです。その前には、安倍の「二年延期の方がいいのではないか?」と言われたのに一年で押し切ったという愚かな判断があったことも災いしているのですが、馬鹿の二連発で事態をさらに悪化させたのです。政治が社会を動かすのではなく、かえって停滞と困窮に追い込み、そういう連中に税金から高い議員歳費を支払っている国というのは何なのでしょう? しかも、かつてないほどの愚民観をもち、民意無視を平気で決め込む政権と来ているのです。北朝鮮や中国を全然笑えない。ほんとに深刻な事態だと思います。


スポンサーサイト




祝子川通信 Hourigawa Tsushin


タイトル画像

アルマゲドン? すでに起きているのでは…

2021.05.28(14:32) 834

 耄碌したじさまがいつまでも権力を手放したがらず、老害を垂れ流して社会や組織の健全さと自浄能力を失わせるのは、何も日本にかぎった話ではないようで、次の発言は有名人たちからも激しい批判の対象になっています。

IOC最古参委員パウンド氏また爆弾発言 アルマゲドン以外は五輪やる 大会中止「基本的に選択肢としてない」

 このアルマゲドン、日本ではふつう「ハルマゲドン」と表記されますが、英語では Armageddon (発音はアーマゲドンが近い)なので、今回はそのままカタカナに移したのでしょう。これはいわゆる「善と悪の最終戦争」で、世間的な意味の善悪ではなく、根源的な善と悪の力の間で行われる決戦だと、僕は理解しています。ついでに、手元にあるCOD(コンサイス・オックスフォード英語辞典)の定義を紹介しておくと、新約聖書に出てくる言葉の意味として、the last battle between good and evil before the Day of Judgement.となっています。つまり、「最後の審判の日の前に善と悪との間で行われる最終戦争」のことです。

 こういうのは、「善も悪も所詮は相対的なものにすぎんのじゃ、ムニャムニャ」の日本人には割と理解されにくいもので、これは西洋的な二元論宗教から出てきたものです。二元論が最も顕著なのはゾロアスター教とマニ教ですが、キリスト教もイスラム教も、この仲間です。最も根源的なものは善ですが、後のどこかの段階で悪が発生して、いずれにせよ両者は今の世界の出現以前から存在するリアルなフォースまたはエネルギーと理解されている。だからどちらも、リアリティの度合いから言えば、この世界よりも“根源的”なので、それはただの観念にすぎないものとは思われていないのです。僕流に説明しておけば、ですが(大体、デビルや、サタンの訳語に使われた「悪魔」という言葉は本来仏教のもので、お釈迦様の伝記には悟りを妨げようと彼がしつこくつきまとった話が書かれていますが、そこでも悪魔はリアルな実体、霊として登場するのです。いつも失敗して肩を落として去ってゆく姿はいくぶんユーモラスですが)。

 IOCは「カネの亡者だ」と批判されていますが、会長のバッハはじめ、幹部たちがロクな面相をしていない。「人間、四十を過ぎたら自分の顔にも責任をもたねばならない」と言ったのはリンカーンですが、ハートのなさがその顔ににじみ出ていて、言ってることにまるで人間味がないのも面相と一致しているのです。「平和への願い」も「アマチュア精神」もクソもない、スポーツを食い物にする国際運動会団体になり下がっているのは明らかで、それは彼らが“悪の使い走り”であることをよく示しています。

 もう一つの悪は、むろんアホな日本政府です。前首相の安倍は、東北大震災、福島原発事故の余韻もまださめやらぬ頃、IOCの総会で「アンダーコントロール」と言ってのけた。「これのどこが一体アンダーコントロールなんだ!」と日本人でも心ある人たちは憤りましたが、「ここは一つ景気づけにパーッと」と、国民の目を目の前の現実から逸らせて、お祭り騒ぎでそれを忘れさせようとしたのです。結果、五輪関係の各種工事で、建設資材は高騰するわ、労働者は足りなくなるわで、東北の復興はかえって遅れることになり、あのときの国民の脱原発への思いは、今の五輪反対より強かったのですが、それも完全無視され、いつの間にか再稼働に舵を切って、何事もなかったかのように元に戻ってしまった。まだ原発事故の後始末は見通しすら立っていませんが、それには天文学的な費用がかかるので、オリンピックの比ではありません。

 それで誘致に成功して、浮かれ騒いでいたところにこのコロナで、延期してカネがさらにかかった上に、去年とは比較にならないほど事態は悪化しているのに、よりにもよって政権は安倍よりさらに無能で頑迷なガースーに移っていて、「何としてもやる」と言い張り、事ここにいたっているのです。これは天の見地からすれば「バチが当たった」のであり、何度でも言いますが、福島原発事故が「関東壊滅」の大惨事に至らなかったのは、稀に見る僥倖のためで、それに感謝して居ずまいを正すのがまともな人間のすることであったのに、逆の軽薄な愚行に走って、このようなお粗末な結果になってしまったのです。裏で画策している悪魔(その恐るべき本体の顔を見た者は誰もいない、と『異端カタリ派の哲学』の著者、ルネ・ネッリは書いていますが)にしてみれば、それによって生じた国民の分断、混乱、悲鳴や絶望はしてやったりの快感そのもので、「破滅へのプレリュード」としては申し分のないものでしょう。

 もちろん、世界的には臨界点に差しかかっている地球温暖化や環境破壊、それに伴う発展途上国での飢餓や難民化、今や悪魔の一の弟子にまで成長した共産党独裁国家、習近平中国の暴走など、同時進行で数えきれないほどの“悪魔プラン”が進行中なのです。要するに、「アルマゲドンでもないかぎりは」ではない、それはすでに始まっているのです。悪魔の使い走りにすぎないパウンドにはその自覚がないだけの話。

 そこらへん、現代文明人の鈍感さには驚くべきものがあって、今は専門家と名のつく人は大量にいて、それぞれのタコツボの中であれこれ言っているのですが、その専門の話もしばしばいい加減な上に、トータルに全体を見る視点が欠けている。何より感じる力が鈍磨しているのは深刻で、それがなまじあると神経衰弱になったり、うつになったり、深キョンのように適応障害になったりするのです。こういう状況があと二十年も続いたとすれば、元気なのは超鈍感な馬鹿だけになり、馬鹿が集まってもロクなことにはならないから、悪魔の地上支配・破壊戦略はサクサクと順調に進み、人類は断末魔の状況を迎えるでしょう。つまり、the Day of Judgement が現実のものとなるのです。

 だからパウンドに言ってやりたいのは、「アルマゲドンはすでに始まっている。だから馬鹿なこと言っていないでさっさと中止しろ」です。



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


タイトル画像

いざとなったら辞任で逃げればいいという話ではない

2021.05.26(16:54) 833

 これまでも無能な総理大臣はいくらもいました。しかし、ガースーほどそれに加えて病的に頑固で態度の硬直した総理大臣は、少なくとも戦後はいなかった。そのためコロナ対策は進まず、いたずらに混乱とストレスが強まるばかりで、国民にとってはコロナ以上にこの政権の存在が深刻なストレス因になっていると言っても過言ではないでしょう。

「菅総理は五輪やる」複数の関係者が証言 中止なら決定時点で「辞任」予測も

「仮に中止、延期は想定していないにしても、そうなった場合のシミュレーションは内々に作っておくもの。今回は議論になったこともないというのです。つまり、同じ理屈で、開催期間中に例えば選手村でクラスターが勃発して競技が中断した場合、政府がどう対応するかなどのシミュレーションもできていない。それは、日本オリンピック委員会(JOC)と東京都が決めることと高をくくり、政府としては何も想定していないというのです」

 一事が万事、菅政権の対応はそうだ。「仮定の質問には答えられない」のではなく、「仮定そのものがないのではないか」とすら疑ってしまう。


 見通しも計画もシミュレーションもなく、何から何まで自分の甘い希望的観測による「運頼み」なわけです。だからこの政権は行き当たりばったりの「混乱製造機」になる。ゴーツーから東京五輪強行開催まで、全部そうです。コロナ対策はそのときそのときの思いつきで泥縄式の対応を繰り返しているだけ。緊急事態宣言なるものを出しながら、水際対策はいい加減で、だから変異株はおかまいなしに入ってきて、PCR検査もきちんとしていないからその実態はわからず、またぞろ緊急事態宣言を繰り出すが、効果は疑わしくて感染は拡大する。そこらの素人のおっさんがやってもガースー程度のお粗末な対応なら誰でもできると皆が思ってしまうのです。

 いや、素人でもふつうの常識と危機管理意識をもっている人間なら、とうの昔に五輪中止を決断している。「諸般の事情」に鑑みても、です。そうすれば、コロナ対策におかしな条件なしに集中できたわけで、手当をしなければならない問題は他にたくさんあるのに、ゴリンゴリンで浮足立って、それにばかり気をとられて朝令暮改の一貫性のない指示を連発して社会を無駄に混乱させる一方、そちらは完全にほったらかしなのです。

 やってることにおよそ整合性がないのは、

「7月末までに高齢者のワクチン接種を終える」がお題目のように唱え続けられている。無論、早く接種を終えるのに越したことはないが、他の世代へのワクチン接種は始まってもいない。

 というところにも出ていて、「五輪は7月23日に開幕するので、実質的に菅政権では五輪開催とワクチン接種は何も関連性なく進んでいる」と言われてしまうのですが、彼の頭の中ではそれが「安全・安心な五輪開催」の根拠となっているわけで、自分でも何が何やらわからなくなっているのでしょう。

 もし7月までに新型コロナのまん延、拡大が収まらず、東京の緊急事態宣言を解除できなかったら、どうなるのか。複数の政府関係者、与党関係者に取材したところ、いずれも「それでも菅総理は五輪はやる」の一点張りだ。「中止や延期の選択肢は、絶対にあり得ないのか?」と畳みかけると、大多数が「ない」と回答。ある関係者は「理由が何であれ中止・再延期が決まれば、その時点で菅総理は辞任されるでしょう」と語った。

 辞任して済む話かと思うのは僕だけではないでしょう。彼は際限もなく無用な混乱をつくり出して日本人及び日本社会を疲弊させているので、そもそもこの馬鹿者は総理大臣の仕事は自分の愚かな我を通すのが仕事だと心得て、国民の代表としてその利益のために権力を付託されているのだという自覚が全くないのです(理由を明示できずに終わった、初めのあの学術会議新会員任命拒否事件からして、権力におごった彼の我意に基づくものでしかなかった)。

 コロナが沈静化しないと不利益を被るのは国民なので、ごく一部のノータリンは除き、各自それなりの用心をして感染が広がらないように気をつけるでしょう。そしたら、ガースーはそれを自分の手柄のようにして、望まれてもいない五輪開催に利用し、そこで感染者が出てトラブった場合には、「何とかしろ!」と準備も何もないまま、またわめき散らして周りの官僚や関係者(多数の五輪ボランティアも含む)を右往左往させて疲労困憊させるだけになるのです。どこの民主主義国にそんなアホなリーダーがいるでしょう。

 たとえオリンピックが開催されても、僕は一切テレビ観戦もしないつもりです。こんなアホな国のアホな政治によって強行されるオリンピックなど見る気にはさらさらなれないからです(僕はスポーツ観戦は本来好きなのですが)。国民の良識より一民間組織でしかないIOCの意向を尊重する政府なんて、日本にしかなく、世界へのこの上ない恥さらしです。ガースーだけでなく、彼の暴走を支えてきた自民・公明も同罪なのだから、日本の有権者は今度の選挙で明確な意思表示をしないと、この国は腐り切ってもはや手の施しようがなくなるでしょう。野党が頼りなくても、いったんこの自公支配を断ち切らないと未来はない。そういう自覚を高めてくれたことが、このお粗末政権の唯一の功績と言えるかもしれません。



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


タイトル画像

日本への渡航中止を呼びかける米国務省の意図

2021.05.25(14:39) 832

 次のような興味深い記事が出ています。

米国務省、日本への渡航中止勧告 「新型コロナのレベルが非常に高い」

 米国務省は5月24日(現地時間)、日本での新型コロナウイルスの感染状況が極めて高いため、日本への渡航警戒水準を最高レベルの「Level 4:Do not travel」(渡航中止)に引き上げたと発表した。(中略)

 米疾病対策センター(CDC)も同日、日本への渡航情報を更新し、感染状況を4段階で最高レベルの「Very High」に引き上げた。「日本の現状では、ワクチン接種を完了した旅行者でも新型コロナの変異株に感染し、広めるリスクがあるため、日本へのすべての旅行を避けるべきだ」としている。


 われらがガースー政府は、ワクチン接種を大慌てで進めているわけですが、それがうまくく行ったとしても、7月中に高齢者への接種が終われば御(おん)の字というもので、若い世代はそれから先です。当然、東京五輪には全然間に合わない。

 ところがこの記事では、「ワクチン接種を完了した旅行者でも新型コロナの変異株に感染し、広めるリスクがある」として渡航中止を呼びかけているわけで、「ワクチンを打っていても危険だ」と言っているのです。ワクチンさえ打てば「安全安心」になるという日本政府とはそのあたりも全然違うわけで、科学的に正しいのは前者の方でしょう。そしてアメリカ政府としては自国民を守る責務があるので、「日本への渡航警戒水準を最高レベルの「Level 4:Do not travel」(渡航中止)に引き上げた」わけです。

 日本の場合、コロナ戦争のさなか、わざわざ海外から人を呼び寄せて、さらなる危険に自国民をさらそうとしている(他国への変異株伝播の促進策ともなって、後で非難を招く可能性も十分ある)わけで、こんな馬鹿な政府は他に存在しないでしょう。国民の大多数が猛反対しているのだから、「民意」でそうなっているというわけではさらさらない。医師と看護師をそれぞれ200人、500人ずつ五輪のためにボランティアで募ったが、参加選手、関係者のために万が一に備えて病床も確保しておかねばならない。国内患者を犠牲にしてもそうせざるを得ないので、IOC会長バッハの「これ(東京五輪)を可能にするためには、いくらかの犠牲(some sacrifices)は払わなければならない」というあの言葉は、それ以外には解釈できないので、日本人に犠牲を強いる権利をIOCはもっているのだと公言したのです。日本の総理大臣はバッハの下僕にすぎないので、唯々諾々としてその指示に従う。

 にしても、こういう警告を発したアメリカ政府は、選手団をそれほど危険な国に送り出すことはどう見ているのでしょう? オリパラ選手もアメリカ国民の一人です。選手村と競技場だけで、外部とは一切接触しないということは事実上不可能です。また、内部で感染が起きるということも十分ありうる。これはだから、一種のサジェスチョン(示唆)で、もう今回の五輪は取りやめにしたらどうかと言っているのだとも解釈できます。他の国も同じような日本への渡航禁止勧告を出すようになって、「今回の五輪は危険すぎる」という国際世論が高まれば、選手団派遣を取りやめるとどこかが言い出して、そうなると一斉に他もそれに同調して、「実施は不可能」ということになり、IOCも諦めざるを得なくなる。

 実はガースーもそうなるのをひそかに期待しているのではないでしょうか? そうなれば日本政府は明確な決断なしに、かつ責任を問われることなく中止を発表できるからです。これは究極の「責任逃れシナリオ」と言えますが、今頃になって中止を決断しても「遅い!」と罵倒されるだけで支持率の回復は見込めないので、彼は意固地にならざるを得ず、神風特攻隊みたいな心境になっているのでしょう。「玉砕」になるのは目に見えているので、おそらく夜もろくに眠れなくなっているはずですが、各国が派遣を取りやめると言ってくれれば、この窮地から脱することができる。それが彼の隠れたホンネではないかと思います。

 これはバイデンが親愛なるヨシに差し伸べた「愛の手」かもしれない。そう解釈するのはうがちすぎというものでしょうか?



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


タイトル画像

国民の「当たり前」を総理大臣が妨げる国

2021.05.23(14:02) 830

 本屋に行って、新書のコーナーを見ていたら、菅義偉著『政治家の覚悟』(何とも御大層なタイトルですが)がまだ置いてあって、その帯の広告文を見てブラックジョークかと思わず笑ってしまいました。

 “国民の「当たり前」を私が実現する”

 東京五輪の中止または再延期は、メディア各社の世論調査では8割を超えているものが複数あり、内閣支持率が31%(不支持率は59%)と最低になっている最新の毎日の世論調査でも、中止と再延期合わせて63%という数字が出ているようです。 詳しくは、

 東京オリンピック・パラリンピックについては、「中止すべきだ」が40%で最も多く、前回(29%)から11ポイント増加した。「再び延期すべきだ」は23%(前回19%)で、「中止」と「再延期」を合わせて6割を超えた。海外からの観客を入れずに開催する現在の方針について、「妥当だ」は20%(同34%)で、「国内の観客も入れずに無観客で開催すべきだ」は13%(同14%)、「わからない」は3%(同4%)だった。(毎日新聞 5/22)

 要するに、IOCと政府の今の方針を支持すると答えたのは僅か20%でしかないのですが、それでもやるのだという。状況に鑑みて、最も現実的なのは損切りして中止にする(再延期では損失が拡大するだけでなく、次のオリンピックとの間がなくなる)ことだと思いますが、その意見が最も多いということで、これが良識ある民意ということでしょう。ガースーのいう「国民の『当たり前』」がこれなのですが、その逆を彼は「実現する」というわけです。

 海外の有力選手が次々不参加を表明していて、それだけでも東京五輪のメダルの価値は下がりそうですが、何よりオリンピックは“祭典”であり、祝福気分の全くないところで行なっても意味はありません。僕はもちろん会場に見に行ったりしませんが、テレビで見るのもやめようかなと思っているくらいです。とうていオリンピック気分ではないからで、IOCの醜さもすっかり暴露されたし、国民の大多数が反対したのに何でやるのかという思いが強いので、競技観戦を楽しむ気分にはなれないからです。アスリートたちもその雰囲気を鋭く感じ取っているので、日本人選手はとくに、メダルをとっても素直に喜べないでしょう。

 いや、そんなことはない。いざ始まれば国民は夢中になって見て熱い声援を送るはずだし、やっぱりやってよかったと思うに違いない、なんてアホなことを言っているテレビ文化人もいるようですが、そういう国民はごく一部の「何も考えてない」ノーテンキな連中だけでしょう。「パンとサーカス」でいくらでもいいように操れる民衆は古代ローマの昔からつねにいたもので、これはそれ自体が災いの種だったのですが、長引くコロナ不況で明日の生活もままならないという人たちのことはほうっておき、かつ医療が逼迫して、自宅待機のまま亡くなるコロナ患者が跡を絶たないなんてニュースを見ながら、「さあ盛り上がりなさい」なんていくら言われても、馬鹿と白痴しかそんな煽動には乗れないのです。

 むろん、五輪クラスター発生の可能性は常にある。最悪なのは五輪が変異株の展覧会みたいになって、それが世界中に拡散するきっかけになり、後で日本が非難されることですが、幸いそれは避けられたとしても、無観客でも選手含め8万人の関係者が来日し、「外部との関係は一切断つ」なんてできるわけがないし、そんな窮屈な思いをしてまでなぜ五輪が開催されなければならないのか、関係者にも理解できる人はほとんどいないでしょう。何より開催国の国民に歓迎されていないのです。菅政権とIOC、テレビ局、各種スポンサーの利益のために、開催が強行されたというだけの話なので、資本主義の論理に民主主義が完全屈服させられた例としては面白いかもしれないが、それは今の世界がどんな悲惨な世界になっているかを世界に示すだけで、自慢にも何にもならないのです。

 日本は長らく「アメリカの属国にすぎない」と揶揄されてきましたが、大国アメリカに逆らえないだけならまだしも、たんなる“国際運動会”興業団体でしかないIOCにすら物申せないことが今回明らかになったのです。これのどこが主権国家なのかと、世界中の笑いものになっているはずで、菅政権はそれに追従するために「国民の『当たり前』を無視する」決断をしたわけです。実は日本政府はIOCの下部機関にすぎなかった。それなら先にそう言ってくれ、それがわかっていれば自民党に投票するなんて馬鹿なことはしなかったのにと思っている人は少なくないでしょう(僕個人は自民や公明には元から投票していませんが)。そういう政治屋たちをなぜ税金で養わねばならないのか、理由を説明してもらいたいものです。

 大のスポーツ好きで、球団まで所有しているソフトバンクの孫社長がこう言ったという話です。

五輪「誰が何の権利で強行するのか」 孫正義氏が投稿

 ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長が22日、自身のツイッターを更新し、今夏に予定される東京五輪の開催について、「今、国民の8割以上が延期か中止を希望しているオリンピック。誰が何の権利で強行するのだろうか」と疑問を呈した。

 孫氏は21日にも、新型コロナウイルスについて、「いつの間にか日本も変異株だらけになってしまった。入国管理を厳格にしなかった事の責任は重いと思う」と投稿。18日にはオーナーを務めるプロ野球のソフトバンクホークスについて、福岡県の緊急事態宣言中に主催する試合を無観客とすることを正式決定したともツイートしていた。


 これがまともな感覚というものでしょう。「国民の『当たり前』」が何かわからなくなり、「五輪を成功させれば政権の不人気も一気に挽回できる」という妄想にとりつかれているガースーの方が異常なのです。

 次のような記事はそんなガースーの癇にいたく障るもので、許しがたいと思われるでしょう。今頃は、「この真壁とかいう奴、早く学術会議から除名しろ! 何、会員ではないって? それならわが母校の法政大に命令して即刻解雇させろ!」なんて執務室でわめいているかもしれません。取り巻きの茶坊主たちはこの手の記事は首相の目に触れないよう細心の注意を払って遠ざけているので、知らない確率の方がずっと高そうですが(茶坊主たちいわく、「だって、そうしないとヒスを起こして、無理難題を言って私らを怒鳴りつけるだけなんですから」)。

日本経済を襲う「五輪強行開催」のツケ 観光業壊滅、株価大暴落の悪夢も

 大阪をはじめ、医療崩壊が現実のものとなっているにもかかわらず、菅政権は7月から予定される東京オリンピック・パラリンピックの開催を強行しようとしている。国会答弁や会見でも、菅義偉首相は「選手や大会関係者の感染対策をしっかり講じ、安心して参加できるようにするとともに、国民の命と健康を守っていく。これが開催にあたっての私の基本的な考え方」という発言を繰り返すばかりだ。

 思えば、2020年に予定されていた東京五輪の延期を発表した安倍晋三首相(当時)は、「今後人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝った証として、完全な形で東京オリンピック・パラリンピックを開催する」と発言していたが、現状では「コロナに打ち勝った証」は見えず、「完全な形」とはほど遠い状況にある。

 肝心のコロナ対策もおぼつかないなかで菅政権が五輪開催を強行しようとするのはなぜか。最も大きな理由は、「これまでに費やしてきたお金と時間を考えると、簡単には引き下がれない」という行動経済学の「サンクコスト(埋没費用)」の回収にこだわっているからではないだろうか。

 大会組織委員会は昨年末、総額1兆6440億円の大会予算を公表。これ以外にも、会計検査院は、「国は既に関連経費を含めて1兆600億円を支出した」と指摘。東京都の負担額まで合わせると、総額で3兆円を超える莫大なコストがかかるとされており、これまでの五輪で最もお金のかかる大会となる見通しなのだ。


 だから意地になっているというのですが、この後の「コンコルド効果」の話が面白い。

 1960年代に英仏が共同開発した超音速旅客機「コンコルド」は当初から収益化が難しいと言われてきた。だが、ここまで莫大な開発費をかけてきたからには今さら後戻りできないという思惑で運航を続けた結果、ついには2000年に墜落事故を引き起こす。それが引き金となり、運航停止に追い込まれた。この時の教訓から“わかっちゃいるけどやめられない”という心理を「コンコルド効果」と呼ぶようになった。

 今後は「コンコルド&ガースー効果」と呼ばれるようになりそう(そうなると彼は歴史に名を残すことになる)ですが、その後に訪れそうな悲惨な日本社会の末路を予想しているので、それはかなりの高確率でそうなりそうなものです(詳しくは2~3ページをお読み下さい)。

 思い出されるのはあの福島原発事故です。当時の原子力委員会の班目(まだらめ)委員長は、「水素はあっても爆発はしません」と力強く請け合ったものの、その直後に建屋が爆風で吹き飛び、「あちゃあ!」と叫んだという話で、「マダラメではなくデタラメだ」と言われました。その他の原子力ムラの専門家たちも「メルトダウンなんて起きるはずがない」と断言していて、にもかかわらず、見事なまでのメルトダウンを起こしていて、原子炉のぶ厚い底部もやすやすと貫通して手の施しようのない状態になっていることがその後判明したのですが、馬鹿の一つ覚えのように「安全安心な大会の実現」を繰り返すガースーの場合、初めから誰も信じる人はいないのです。福島原発事故も、奇蹟的な幸運がいくつか重なって「関東壊滅」が避けられただけだったのですが、われらがガースー総理はその程度では満足せず、神風が吹いて五輪の「一点の曇りもない大成功」が実現し、その頃はコロナも終息に向かっていて経済は回復軌道に乗り、それまでの悪評は嘘のように消え、一気に支持率は戻るはずだと考える。そこを見計らって総選挙に打って出れば自民は大勝し、菅政権は長期政権になることが確実だとソロバンをはじくのです。見よ、私の先見の明を!

 その可能性はゼロではない。しかし、そうなったとすればそれは「奇蹟的な僥倖」の産物にすぎないので、危機管理のプロは最悪の事態を想定してそこから発想して物事を決めていくのに対し、彼の場合は宝くじの当選をアテにして浮かれ騒いで後で払いきれない借金を残す手合いと同じ発想なのです。そういう最低限の判断能力さえもたない人間を安んじて総理に選ぶ愚かな国民が世界のどこにいるでしょう。

 政府は「コロナ対策」と「五輪開催」の“二兎”を追っている場合ではない。まずは「コロナ対策」を徹底して“一兎”を追う。いまほど冷静に適切な判断を下すことが重要な局面はないはずだ

 という真壁教授の結論は、多くの良識ある日本国民の考えと一致しているはずです。ガースーの最大の弱点は、それは二流の人特有のものですが、「この私が…」という頑固でナルシシステックな思いが強すぎることです。それが「失敗の条件」の筆頭に挙げられるものであることを、彼は知らないのでしょうか?



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


政治
  1. 興味深い世論調査結果(06/07)
  2. アルマゲドン? すでに起きているのでは…(05/28)
  3. いざとなったら辞任で逃げればいいという話ではない(05/26)
  4. 日本への渡航中止を呼びかける米国務省の意図(05/25)
  5. 国民の「当たり前」を総理大臣が妨げる国(05/23)
次のページ
次のページ