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正気の韓国と狂気の韓国

2019.10.14.16:36

 時期遅れの大型台風が東日本を直撃して大きな被害が出たようですが、自然には勝てないとしても、事前の準備や連絡で被害は最小限に食い止められたようで、50年も前なら、死者・行方不明者はたぶん数倍に達していたでしょう。河川の氾濫で水没した田畑や家屋は今後の後始末が大変だし、農家はせっかく育てた作物の全滅に胸を痛めているでしょうが、事前の対応が奏功して多くの人命が助かったことは喜ばしいことです。

 お話変わって、またもや韓国問題です。もういい加減に他のことにしたいのですが、次の記事は「なるほど」と腑に落ちるものだったので、根本認識としてそう了解して、後は黙って見ていればいいかと、区切りの記事としてこれを書くことにしました。

「本質は韓国の共産化」文在寅を暴走させた社会に潜む学生運動家、チョ・グクは枝、根本は…… 元韓国陸軍中将インタビュー

 冒頭の映像の演説は韓国人らしい派手なものですが、インタビューの中で語られていることはいたって冷静で、文政権に対する見方は僕のと大体同じです。トランプ政権が問題の一つを作り出していることにも触れられている。末尾の、

 最後に日本国民にお話ししたいのは、いま皆さんの前には2つの韓国があるということです。ひとつは、日本との友好関係を築き、同じ自由民主主義という価値観を信じて市場経済で発展してきた「これまでの韓国」。もうひとつは、韓国国旗を掲げながら、実態は北朝鮮化する「文在寅の韓国」です。
 文在寅政権が倒れれば、また日本やアメリカと同じ価値観にたつ、これまでの韓国が戻ってきます。大多数の国民は元の韓国に戻すべく頑張っています。もう少しの間、愛情を持って待っていてください。


 という言葉は、そのまま受け取るべきでしょう。イデオロギー先行の反日歴史教育が続く以上、日本人には受け入れがたい性質の「反日」勢力は生産され続けるでしょうが、今の文政権の「反日」ほどきちがいじみたものではなくなる。そうすると日韓関係改善の糸口も見つかるでしょう。前にも書いたようにおかしなファンタジーにとりつかれた「左翼過激派」が政権を取るなんてことになったから、ここまでこじれたのです。ここはそれを「中道」に戻す、韓国民の良識に期待したいと思います。

 もう一つ、同じ文春オンラインには、前に「二人の文」と書きましたが、文在寅の思想的“師匠”、文正仁・統一外交安保特別補佐官(68)へのインタビューのさわりも出ています(詳しくは文芸春秋11月号を見なさいということ)。

文在寅大統領の特別補佐官が大反論! 「日本は韓国に8億ドルを支払い、6800億ドルの利益を得た」

 僕はこの男を「諸悪の根源の一人」と見なしていますが、2ページ目にこういう話が出てきます。

 さらに文氏は、日本は請求権協定によって韓国に支払った8億ドルよりもはるかに多い金額を韓国から稼いできたことを指摘した。
「率直に言いますと、1965年から2018年まで50年以上もの間、韓国は一度も日本に対して貿易黒字になったことがないのです。逆に日本が韓国から稼いだ貿易黒字は6800億ドル。単純計算して、韓国に供与したお金の850倍の利益を日本が得たということです。インフレ率を考慮しても、100倍以上にはなります。私たちはずっと日本企業を信頼してきた。なのに日本政府がこんな政治的判断をしてしまったので、韓国は本当に怒っているのです」


 その前の「『補償』と『賠償』は別モノ」という屁理屈も問題なので、「六五年体制の基本枠組み」自体、「植民地支配の不法性」についての両国の解釈の違いを棚上げして結ばれたものです。国家間の取り決めは、国内世論を納得させるために双方が都合のいいことを言える「玉虫色」の部分を残すのがむしろふつうです。それをあの判決は否定した。自分の言い分だけが絶対的に正しいと言い出し、前の「補償」は当然のものとして受け取るが、新たに「不法性についての賠償」を要求するのは当然だというわけです。それは「当然」ではない。それならあらためて国家間で交渉をやり直さなければならないが、文在寅は「それは民間企業に賠償を求めただけなのだから、国家は関与しない」として、無責任にもほったらかしにしたのです。どこの世界にそんな無責任、勝手な政治指導者がいるか。それでは相手国が怒るのはあたりまえだということをこの独善家は全く理解していない。左翼過激派にはよく見られる自己絶対視の表われでしかない。それは「師匠直伝」の愚かさなのです。

 次に、上記の引用箇所ですが、これはトランプの言い分などとも似ている。トランプは貿易して赤字になれば、それはイコール「不当なディール」だと解釈するのです。経済学の基礎知識さえあれば、それはそんなに単純なものではないとわかるはずですが、馬鹿だからわからないのか、わかりたくないからわからないふりをしているだけなのかはともかく、この「もう一人の文」も同じようなことを言っているわけです。日本相手の貿易が赤字になっているのは、「不当な搾取」が続いてきたからだとでも言いたげなニュアンスです。

 わかりやすいたとえをしてみると、たとえば僕があなたと取引して、僕はあなたにAというものしか売らないが、あなたはBとCを僕に売ったとして、それが似たような値段のもので個数も同じなら、僕はあなたに対して大きな「貿易赤字」になります。しかし、それは僕があなたに搾取されている証拠にはならないので、僕は自分に必要だからBとCを買っただけで、それ自体としては不当でも何でもないのです。別の人とは関係が逆になって、「黒字」になることもある。貿易や売買というのはそういうものです。韓国がアメリカや中国相手には黒字になっていたとしても、それはアメリカや中国が日本と違って“善良”だからそうなっているというわけではないのです。

 そもそもの話、賠償と貿易という別の問題を一つにつなげるということ自体、無理がありすぎるので、再びたとえを用いると、僕があなたの車にはねられて多額の賠償金を得たとします。それを元手に僕は商売を始めて、あなたとも取引したが、あなた相手の取引では売るより買う方がずっと多く、慢性的な赤字になって、何十年かするとその累積額が元の賠償金額の10倍になってしまった。それで僕が「これは不当なことで、あのときの事故の追加賠償しろ」とあなたに要求すれば、あなたは僕は頭がおかしいと思うでしょう。なぜなら、それとこれとは別の話で、別にあなたが僕相手にアンフェアな商売をしたわけではないからです。

 韓国の場合、あの日韓請求権協定での賠償金が「漢江の奇跡」と呼ばれる韓国の爆発的な経済成長につながった(その際、韓国政府は個人補償に回すべきものもネコババしたのですが)ことは、「二人の文」には気に入らないかもしれないが、事実です(カネだけでなく、民間の技術支援もあった)。その後も韓国は得になるから日本と貿易したので、もはや「植民地」ではないのだから、朝貢貿易を強いられたわけではないのです。それは上のたとえ話と同じです。だから、日本の貿易黒字を持ち出してとやかく言うこと自体が筋違いです。この左翼の詭弁家はそんなことには知らんぷりして、無知な人間は数値だけ出せば「科学的な議論」だと錯覚するだろうからというので、こんな奇怪な屁理屈をこねる。頭が悪いのか、人間が腐っているのか、そのいずれかです。

 こういう手合いを“師匠”にして、その珍説に従って勝手な文句ばかり言っていれば、関係が悪くなる一方なのはわかりきった話で、やはり「文政権が退陣するのを待つしかない」といういつもの結論になってしまうわけです。ほんとに呆れた連中です。

【追記】「チョ・グク電撃辞任」というニュースが入りました。上の文春記事はそれに合わせてタイトルを変えたようですが、アドレスは同じなので、そのままにしておきます(あんなもの、そもそも法相に任命する方がどうかしていたわけです)。

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日韓対立に尽力する在韓お困り日本人学者の特殊性

2019.10.03.14:05

 またもや「韓国ネタ」ですが、日韓対立はエスカレートしこそすれ、緩和の方向に向かう兆しはありません。日本もテレビではおかしなことを言うコメンテーターが「嫌韓」を煽っていると批判されていて、もっと考えてものを言ってくれと僕も思いますが、韓国は輪をかけてひどいようなので、前にここでも「もっと公平な議論をしろ」と、ハンギョレに寄稿文を書いた法政大教授・山口二郎氏を批判したことがありますが、例の「韓国は敵なのか」という意味不明サイト(その声明文の支離滅裂についてもコメントした)を作った中心人物の和田春樹・東大名誉教授など、ああいう論点のズレたことを言う日本人しか、韓国の新聞には登場しないのです。そして日本人一般の姿として、排外主義的なネトウヨでいっぱいになっているかのような憶測をもたせるようなことばかり書いて「反日」を煽り続けている。ことに最悪なのは文政権御用新聞のハンギョレですが、新たにこういう「日本人研究者」へのインタビュー(9/30)が出ていました。

『反日種族主義』批判の日本人学者「朝鮮人が貧しくなったのに収奪・搾取なかった?」

 それ以前の朝鮮は豊かだったという話は聞いたことがない(両班による常習的な「収奪・搾取」に庶民はあえいでいたことに、この手の人は決して触れない)ので、この見出しそのものがミスリーディングではないかと思いながら読みましたが、一通り全部読んだ後、この鳥海豊博士(57)なる人物を僕は知らなかったので、グーグルで検索してみました。

「それでも少しずつ変化する部分が確実にある。日本の右派と多くの論争をして、そうなることを感じた。彼らが日帝の朝鮮支配は良いことだったとか言う時、それに対して私がそうではないと言えば、非常に強い反発が噴出する。これについて彼らの話を聞き込み、一つ一つ反論していく。もちろん彼らの中の70~80%は、変わることなく自分の意見に固執するが、側にいる人は「あなたのおかげで考えが大きく変わった、そんな観点でも見ることができるということを知った」という話をしてきた。それを見て、相手が悪いと言って敵として扱い無視するのではなく、彼らと話し合い、粘り強く少しずつ進まなければならないということを知った。あまり難しく重々しく考えると耐えられないので、少しずつ歩んでいかなければならない」

 最後がこう結ばれているので、僕が知らないだけで、その筋ではかなりの有名人だろうと思ったからです。しかし、予想外の結果が出た。僅かしかヒットしないので、これならまだ僕の方がマシなくらいです(笑)。「日本の右派と多くの論争をして」いるのなら、こんな結果はあり得ないので、それは嘘なのです(右翼と論争すれば、有難くないことにネトウヨの攻撃記事も一気に増えてしまうから、それとわかる)。

 ところが、その検索で意外なことがわかった。最初に出てくるのはアマゾンの記事で、『証言「脱会屋」の全て―監禁250日』(光言社 1994)という本が著書として出てきます(この段階では同一人物とは断定できない)。その内容紹介にはこうあります。

 強制的な改宗・脱会を職業的に行う宮村峻らの「脱会屋グループ」らによって250日にも渡る拉致・監禁の拘束を受けた著者の、信仰を賭けた闘いの総てを再現した魂のドキュメント。

 さらに見ていくと、次の記事が出てきて、これを覗くと、ハンギョレ記事の写真と、この「全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会」というサイトに出ている写真が同一人物のものらしいのに気づきます(後者は2012/1/8のもの)。一番下に(講師紹介)が出ていて、生年からしても現在57歳というハンギョレの記述と一致する。同時に、上の「信仰を賭けた戦い」の「信仰」が何だったのかもわかるのです。

鳥海豊氏による拉致監禁対策講座を開講

●鳥海豊(とりうみ・ゆたか)
1962年、東京生まれ。早大在学中、原理研究会に入会。大学卒業後、合同結婚式に参加。1991年4月宮村峻らの強制改宗グループにより拉致監禁され強制棄教を迫られる。8か月間にわたる説得を受けながらも自力で脱出した。


 つまり、ハンギョレ記事の人物はあの文鮮明によって創設されたカルト、統一教会の筋金入り信者なのです(原理研はその下部機関で、学生サークルの装いを取る)。僕も学生の頃、高田馬場の駅前で、見知らぬ青年に「宗教と科学を統一する究極的な真理」に興味はないかとたずねられ、「ある」と答えると隅っこの方に連れて行かれて、レクチャーされたことがあります。何でも彼はその「究極原理」を知っているのだという。それは凄いと、僕は真面目にその話を聞こうとしましたが、話は妄想じみて支離滅裂としか思えず、この人は科学や宗教の基本的な知識すらないのではないのかとがっかりしました。しかし、根が親切な人間なので、逆にレクチャーしてあげることにして、近代科学それ自体がキリスト教と無関係ではなかったので、たとえばニュートンのあの『プリンキピア』は、ニュートンとしては「神の存在証明」のつもりだったのだというところから始めて、デカルトの神の存在証明が失敗に終わらざるを得なかったのはなぜなのか、そして当時文系学生でも関心をもって読むことが多かったシュレディンガー(波動方程式で有名)の生命論や、ハイゼンベルクの不確定性原理などに言及し、話がこれから佳境に入るというところで、「もういいです!」と叫んで、その男は雑踏の中に姿を消しました。とても「究極的な真理」に関心をもつ人間の態度とは思えない。後で友達に話したら、それは原理研だよ、という話で、おまえみたいなのをつかまえるとは、そいつも人を見る目がないなと笑っていましたが、そのとき初めて僕はそういう団体が存在するのを知ったのです。

 統一教会の信者だからといって言うことが出鱈目と決めつけるのはよくないでしょうが、ハンギョレの記事がそういうことに全く触れないのはどう見てもフェアではない。彼らが熱烈な文鮮明信仰=それと結びついた親韓の強烈なバイアスをもっているのは確実なので、当然それは資料の扱いや解釈にも影響するでしょう。この人物が日本で日韓関係の歴史の研究家としてほとんど認められていないことにも、ハンギョレは当然触れません。記事の最後の彼の言葉を見ると、あたかも日本国内で右翼を相手に堂々の論陣を張っているかのようですが、そんな事実は全くないと見られるのです(記事の彼の著書だという『日本人学者が見た植民地近代化論』なる本も、韓国で出版されたハングル版しかない。とうの昔に絶版になっている『東大生に語った韓国史』という韓国人著者の訳本が一冊あるだけです)。

 どうせなら、『統一教会信者である特殊な日本人学者が見た植民地近代化論』としてもらいたいが、韓国の人たちはそういうことは全く知らないまま、この記事を読むわけです(韓国内ですら統一教会信者と聞くと「何?」と思う人は多いでしょう)。「東京で生まれ育った鳥海豊博士は、日本の早稲田大学経済学科を卒業(1986年)後、職場生活を過ごし、2000年に一歩遅れて韓国史に関する勉強を始めた」とは書いても、「在学中、原理研究会に入会。大学卒業後、合同結婚式に参加」という事実は伏せるのです。せっかく「日本人研究者にもこう言う人がいる(だからハンギョレの反日史観は正しい!)」と印象づけようとしているのに、そんな余計な情報を入れたのでは逆効果になる。そういうことなのでしょう。ついでに言うと、統一教会が「霊感商法」の名を有名にした問題カルトであることは有名ですが、これから分派した「摂理」という強姦教祖のお粗末カルトまである。次は「日本脱カルト協会」のそれに対する注意喚起記事です。

・キリスト教福音宣教会(摂理)に関する声明と注意喚起

 韓国発のロクでもないカルトに日本は迷惑をこうむっていると言えば、「ヘイト発言だ!」と叱られるかもしれませんが、カルト規制の甘い日本は、韓国発カルトにとっては資金を吸い上げるのにもってこいの、便利な「植民地」みたいなものなのです(他にも韓国人が日本で始めたカルトを僕は知っていますが、知人に教祖の著書を一冊読まされてその無内容な愚劣さには呆れたものの、べつだん目立った被害はまだ出ていないようなので、名前は出さないでおきます)。

 こういうおかしな「例外的日本人」が「反日」強化に韓国メディアで利用される。その特殊性は全く紹介されないままで。次のデイリー新潮の記事(9/29)の「日本人学者」もそれと似たようなものです。

安倍首相は第2のヒトラー…… 著書でこう主張する“韓国人”政治学者の正体

 僕は安倍とそのネトウヨの取り巻きを好みませんが、それとこういうのとは「別次元」の話なので、以下は「9月19日付韓国の『毎日経済』電子版」の、彼の新刊の内容を紹介した記事の「要約」だそうですが、その「極端さ」には唖然とさせられます。

〈韓日問題専門家の保坂祐二教授は、安倍政権が1945年以前の大日本帝国を復元するため、そのシナリオを進めていると主張する。安倍政権は、大日本帝国を復活させるために、「独裁」の道へ突入、残酷な侵略と戦争を起こす可能性があるという。保坂教授はこのような兆候を数年前から強く感じていた。嫌韓デモを主導する極右集団が現れ、安倍晋三という極右政治家が長年の間、総理の座に居座るという異常な現象が日本で日常化してしまった。そして、大日本帝国の復元を実現する第一段階として、韓国を脅かし始めていると主張する。ヒトラーがユダヤ人を敵と見なし、ドイツ人の怒りと不満の噴出口にしたように、安倍政権は韓国をいけにえにして日本国民の怒りと不満を噴出させようとしている。強制徴用工問題が解決されても、韓国を敵と見なす安倍政権の態度は簡単に変わらないだろうと保坂教授は見ている。日本の極右勢力にとって、大日本帝国を復活させるのに、安倍ほど適した人物はいない。安倍総理は、第2次世界大戦のA級戦犯として逮捕された日本極右派の元祖・岸信介の外孫だ……〉

 僕も安倍政権には「戦前回帰」志向が強く、言論統制に向かう危険な性格があると書いたことがあって、韓国の度の過ぎた「反日」がネトウヨを元気づけて、その追い風になっているので日本国民としては迷惑この上ないと言いましたが、「安倍政権は、大日本帝国を復活させるために、『独裁』の道へ突入、残酷な侵略と戦争を起こす可能性がある」「大日本帝国の復元を実現する第一段階として、韓国を脅かし始めている」「ヒトラーがユダヤ人を敵と見なし、ドイツ人の怒りと不満の噴出口にしたように、安倍政権は韓国をいけにえにして日本国民の怒りと不満を噴出させようとしている」となると明らかにふつうではない。精神病院に入ってもらわないと困るようなレベルと思われますが、文在寅自身が「安倍政権は政権維持のために嫌韓を煽っている」とズレすぎたことをかねて言っているので、それはこういう狂人を「ブレーン」にしているからではないかと、妙に納得してしまうのです。そうではない、今回のことは安倍政権がどうのという以前の問題なので、一般の日本人が怒っているのは、次から次へと韓国が国家間の信義を踏みにじるようなことを平然として、にもかかわらず、全部日本が悪いと言って日本非難をエスカレートさせるからだと説明しても、こういうお困り日本人学者が「日韓間で何かあるたびにテレビに呼ばれ」、「昨今の緊迫した日韓関係では、もう引っ張りだこ」という状況では、「日本の民意」が全く伝わらないのはあたりまえだ、ということになるでしょう。

 今の日韓関係の深刻な悪化は、日本の「右傾化」とは直接関係がない。山口二郎や和田春樹(ハンギョレが言うように別に「日本で尊敬」されてはいない)といった人たちが安倍政権と無理にからめておかしなことを言い、それに加えて、この手の、どう見てもまともとは思えない、日本では無名の「日本人研究者」の「反日言説」しか韓国のマスコミでは取り上げないので、彼ら自身の「正義」妄想が強化されるだけでなく、歪められた日本像しか伝わらなくなっているのです。

 僕自身は日本人としては標準的な史観(ネトウヨのそれではない)をもつ者だと思っていて、その史観は韓国の学校で教えられている歴史のそれよりはずっと「客観性」のあるものだと思っていますが、それにも間違いはあるだろうから、日韓でもっと研究が進むのは大歓迎です。しかし、今の文政権下の韓国でそれが進む気配はなく、その独善的「ファンタジー性」がさらに強化される方向への言説ばかりが称揚され、それにおかしな日本人学者が加担して事態をさらに悪化させるのでは困るなと思うのです(韓国のそうした「偏向」が極端すぎて、『反日種族主義』のような内部からの批判も出てきているわけですが)。

 ことに上に見た二人の「日本人歴史家」のような人たちは問題なので、「どうせ韓国のやることだから…」という態度を取らず、正面からそれを批判してくれる日本人歴史家が出てきてくれるのを僕は期待しています。そうすれば、彼らを担ぎ出す韓国メディアも次第にいい加減なことは言えなくなって、もう少しまともな対日報道が期待できるようになる。それとも、彼らの言うことは正しいので、反論できないのでしょうか? 真実を愛する僕はそれなら仕方がないと思いますが、そんなことはおそらくないでしょう。

 ハンギョレは日本語版があることからして、日本語ができるスタッフがいるのでしょう。それならブログで「鳥海豊氏は統一教会信者だが、その事実を伏せるのはどうしてなのか?」と疑問を呈している日本人がいるので、今度はそれに答える記事を書いたらどうかと、本社に伝えてくれませんかね? あらためてインタビューして、その「信仰」とこうした「歴史研究」の関係について聞いて、僕が疑っている「極端なバイアス」が存在しないことを明らかにする必要があるのです。ウィキペディアの「統一教会」の項にはこう書かれています。

 日本のセミナー等で、『原理講論』(註:これが根本経典とされる)で説かれる堕落の経緯と復帰の歴史を説明される際に、韓国はアダム国家、日本はエバ国家とされ、先に堕落したエバがアダムに侍(はべ)ることは当然であると説かれている。朝鮮を植民地支配し民族の尊厳を踏みにじった日本はエバと同じであり、韓国に贖罪しなければならないとされているのである。合同結婚式では、日本人女性・韓国人男性のカップルが多く生み出されており、結婚した日本人女性は韓国人の夫や家族に尽くすことが求められる。

『原理講論』それ自体、ロクな裏付けもない文鮮明の「壮大なファンタジー」の所産にすぎないのだろうと僕は思いますが、そういう「教え」が鳥海氏の心の中に核としてあって日韓史を書けば、結論は初めから決まっているのだから、中身がどんなものになるかは想像に難くない。歴史は信仰告白ではない。これは「日本は神国」だとする「史観」の逆ヴァージョンですが、そのどちらも困るのです。そういう「信仰」次元から歴史を云々していたのでは、永遠にまともな歴史理解に達することはないでしょう。当然、日韓の和解もないわけです。

「チョ・グク事態」の今後

2019.09.20.17:59

 この「…事態」というのは、韓国の新聞記事の日本語版を読んでいると割とよく見かける表現ですが、日本語だと「…問題」に、「非常事態」のニュアンスが加わった感じでしょうか。ともあれ、韓国ではこの「タマネキ法相」に対する非難が、いかにも「火がついたら止まらない」韓国らしく、日増しに激しさを増しているようです。次のかなり激烈な弾劾文は本日付の中央日報の社説です。

墜落する文大統領の支持率…独走と独善から抜け出せよという警告だ

 青瓦台(チョンワデ、大統領府)をはじめ、与党では「チョ・グク政局」から一日も早く抜け出したい気持ちが強いだろう。だが、チョ長官への辞退要求は野火のように広がる模様だ。「チョグク氏の任命で社会の正義と倫理が崩れた」という声明に署名した全国教授の数字が日々急速に増加している傾向だ。昨日はソウル大学や延世(ヨンセ)大学、高麗(コリョ)大学の学生たちがチョ長官の辞退を促すろうそくを同時に手にした。
「文在寅大統領の傲慢と独善に厳しく警告する」という時局宣言文は法曹界に広がった。「最小限の法曹人の資格すら備えていないチョ・グク法務長官の任命に羞恥心と侮辱感を越えて込みあげる怒りを耐えられない」というのが宣言文の趣旨だ。複数の世論調査で立証された一般市民の民心も少しも変わっていない。
 常識通りならチョ長官はすでに退くべきだった。この政権発足後に起きた数多くの要人惨事の責任者であり、毎日のように明るみに出ている偽善や虚飾で彼が法務長官職についてはならない理由があふれている。何よりも朴槿恵(パク・クネ)政府は側近一人のせいで没落したが、長官一人のせいで政権が大きな危機に追い出されたことだけを見てもそうだ。だが、知らん顔する長官に「我関せず焉」の政権だ。


 この社説はついでに、「莫大な税金をつぎ込んで急造した高齢者アルバイトが増えたことを『雇用状況が量と質の両方で明確に改善されている』と包装するのは現実から目をそらした不通だ」と、文の「すべてはうまく行っている」という経済政策に関する“超ポジティブ”な自己評価、要するに大嘘を弾劾しているのですが、朴槿恵前大統領によく用いられた「不通(たしか読みはプルトンだった)」という非難用語が復活しているのも興味深い。

 同じ中央日報の別の記事によれば、

 この日(9/19)「社会の正義を望む全国教授会」は青瓦台(チョンワデ、大統領府)の前で記者会見を行って教授時局宣言署名運動の中間発表を行った。司会を務めた全南(チョンナム)大学歯医学専門大学院のイ・ウンジュ教授は「教授会は一週間前に時局宣言文を作成して署名を受け始め、わずか6日で290大学3396人の前・現職教授が参加した」と明らかにした。教授会側は時局宣言に参加した教授のリストは本人確認作業を経た後、来週公開する予定だ

 として、「時局宣言」というのはいかにも韓国らしく大げさですが、大学の先生たちも加わって非難の大合唱になっているのがわかるのです。こうした学生・教授たちの行動は、韓流歴史ドラマによく出てくる儒生たちの「王様、どうぞ王命を撤回して下さい!」という直接陳情を思い出させます。

 しかし、韓国の場合、こういうのも「バスに乗り遅れるな」心理がかなり強く働いていそうなので、彼ら教授先生たちが皆「まとも」だからそうしているのだとはかぎらない。9/18付のNEWSポストセブンの記事で、呉善花氏は、インタビューに答えてこう述べています。

曹国法相と韓国社会 「虚言と欺瞞」はなぜ蔓延するのか

──韓国は超学歴社会で名門校に入り、財閥企業に就職できなければお先真っ暗ともいわれているが。

呉:教育に関する不正が多く見られるのも、韓国特有の特徴かもしれません。2015年11月、韓国の大学が、過去に例を見ない一大スキャンダルに揺れ動きました。全国50大学の教授200人が、本の盗作で軒並み検挙されたという前代未聞のスキャンダルでした。この200人の教授たちはみな、他人が書いた本を、なんと表紙だけすり替えて自分の著書として出版していたのです。その動機は「研究者としての実績を上げたい」という出世欲です。韓国の私立大学では、国内で本を1冊出すと教授の研究実績表に5点加算されるからです。

 2018年1月には、あきれ果てた論文不正事件が起きています。韓国政府が大学等の研究者7万人の発表した論文を調査した結果、子どもや親戚を共著者として記した論文不正が29大学で82件あったことが発覚しました。ソウル大学や延世(ヨンセ)大学などの著名な学校も入っており、なかでも、ソウル大学での1人の研究者は、数十本の研究論文すべてについて、まだ高校も卒業もしていない息子を共著者として記していました。なぜこんなことが起こるかというと、論文の共著者とすれば、その者は論文作成に貢献した実績があることになり、有名大学への進学がかなり有利になるからです。これは氷山の一角であり、海外留学の際にも不正が見つかり、2016年6月には米国留学に絶対必要な試験であるSATも開始直前に中止されたこともあります


 唖然とさせられる話ですが、これが本当だとすれば(本当なのだと思いますが)、チェ・グク氏の娘の「高校時代の二週間のインターン体験で、専門的な医学論文の第一著者」というインチキは、韓国では親が有力者だとべつだん驚くべきことではないのだということになります。「子どもや親戚を共著者として記した論文不正が29大学で82件あった」というのは、多くが「随時募集」と呼ばれる韓国の大学推薦入試で有利な箔をつけるために行なわれたのだろうから、この種の不正は常態化しているわけです(他にも色んな不正があるようですが)。チョ・グク氏とその妻にとっては、「両班仲間でふつうにやっていることをやっただけ」なのに、タテマエではいけないことになっているからといって、何でそんなに非難されなければならないのか、わからないというのがホンネでしょう。

 上の段落の、「この200人の教授たちはみな、他人が書いた本を、なんと表紙だけすり替えて自分の著書として出版していたのです」という話からすれば、多くの教授たちはわが子以前に、自分の保身と出世のために盗作を行ない、それを恥としていないのです。こういうのは三流大の先生にはとくに多いということなのかもしれませんが、その人数の多さには度肝を抜かれます。

 上の「時局宣言文」に署名した「290大学3396人」の先生たちは清廉潔白なのかも知れませんが、自分はバレていないから「高潔アピール」するためにそれに署名したという教授も、韓国両班の特性からして、きっとかなりいるだろうと僕は思うので、文在寅の激しい日本批判と、その裏返しの自己批判の完全な欠落を示す臆面もない自画自賛(長くなるので書きませんが、経済政策のみならず、彼は自分が「自由な言論の守り手」であるとまで言っているのです! 朝鮮日報に対するあの露骨な恫喝などは、では何なのか?)からしても、「自分のことはきれいに棚に上げて、他人のことのみ非難する」のは、韓国の知識人や政治家には珍しくないメンタリティであるように思われるのです。

 僕はこのブログで何度も「韓国は李氏朝鮮時代から何も変わっていない」と書いていますが、そのあたりのことにも、呉氏は触れています。

──それでは曹国氏の娘の件も全く不思議ではないと。

呉:韓国は世界的に見てもかなりの不正・腐敗大国ですが、その前身の李朝はといえばそれどころではなく、もはや不正・腐敗が慣習として根付いているといっていいほど酷いものでした。李朝末期には多額の金銭と有力な権力者のツテがなくては、官職にありつくことが事実上不可能でした。それどころか、管理の資格を得るための試験である科挙(高級官僚登用試験)の合否までが、金とツテのあるなしで大きく左右されたのです。
 こうした傾向はとくに18世紀から盛んになりはじめ、国王自らが官職、官位、学位(科挙及第資格)を公然と売ることが行われました。それに大臣たちが倣い、しだいに当然の慣習として根付いていったのです。今回の曹氏の一件も、韓国の歴史を遡れば、さもありなんといわざるをえません。


 見解が一致した(笑)。安倍の加計学園獣医学部新設ゴリ押し事件など、韓国社会的な不正のレベルに照らせば、「微罪」でしかないと言えそうです。僕は当時、それを「韓国並の情実社会化」だと批判しましたが、認識が甘すぎたようです(だからといって、「韓国基準」で居直られては困りますが)。

 そういうわけで、「チョ・グク事態」なるものは、韓国社会のありようからすれば本当は「ありふれたこと」だったわけですが、冒頭の中央日報の社説にもあるように、「文大統領は就任辞で『機会は均等で、過程は公正で、結果は正しい社会』を約束した」がために、「裏切りだ!」という若者や庶民の怒りを招き、韓国のいつものパターンで、「正義の旗は今はこっちだ」ということで、両班たちも白黒問わず、それに声を合わせ始めたのです。韓国の野党(保守派)はもちろんそれを非難していますが、彼らは「腐敗まみれ」だと一般に思われているので、若者の間ではとくに「おまえたちの非難には同調しない」という声が根強く、思うように野党の支持率は上がってくれないようです。

 こうなってくると、文政権の逃げ道は一つしかない。それは言わずと知れた「反日」で、今、韓国はWTOに提訴していますが、「日本に勝った!」という宣伝材料を何としてでも手にして、そちらで「文政権すごい!」の評価を上げて、支持率の低下を食い止めるしかないのです。それも難しいとなると、今度は手の平返しで、「日本との関係修復」を模索することもありうる。それは中道層の支持を取り付けるためで、「現実的な外交能力」をアピールしようとしてですが、いずれにせよ、文政権のそれは「自己都合」から出た方便にすぎないので、そこに誠実さは全くないと見ておくべきです。

 ひどい言い方だと思われる読者がいるかもしれませんが、これは真実です。あの政権がこれまでやってきたことを総体的に見れば、これは言い過ぎでも何でもない。従軍慰安婦問題でも、徴用工問題でも、彼らは日本と結んだ約束を一方的に反故にしたのですが、それは一部の日本左翼が誤解しているような、慰安婦や徴用工の人たちに対する強いシンパシーのなせるわざなどでは全くなくて、保守の朴親子政権や日本に対する憎悪と、彼らの異常なイデオロギーのためなので、それが外交関係上、何を意味するかなどは全く考えていなかったのです。むろん、日本人一般の心理など、顧慮しているわけがない。福島のあの原発事故まで政治利用しているので、その対応の薄汚さは限度を超えている。他方、北朝鮮への恋慕は熾烈なもので、あの異常な独裁国家に呑み込まれての「統一」が彼らの隠し持った「夢」だと見て差し支えないでしょう。中国の異様な「共産党一党独裁下での資本主義」がたぶん彼らの現実的モデルになっているので、独裁を正当化する道具にすぎなかった金日成の「主体(チュチェ)思想」こそが彼らの理想なのです。

 要するに、この政権は初めから「現実離れ」していたので、今回の「チョ・グク事態」であらためてあぶり出された韓国社会の常態化した不正と腐敗に対する絶望感の裏返しで、韓国民は自分たちにとっても危険極まりないこういう政権を誕生させてしまったのです。しかし、悲しいかな、実態は何も変わっていないことが暴露された。看板が右から左に変わっただけの話で、しかも文政権は経済運営に完全に失敗し、外交関係も破綻させ、孤立に追い込まれかねない事態となったのです。このまま素直に(?)潰れてくれればまだしも、任期いっぱいまで粘られると、延命と人気挽回のために次々ロクでもない策動をして、日本としても厄介事が増えるばかりになるでしょう。

 先にも書いたように、文政権は早く「反日カード」を使い過ぎてしまったのと、安倍政権の強硬対応のために、それでは成果が上げられないと見て、今後は戦略を変え、「融和」ポーズを見せるようになるかもしれません。その兆しはすでにありますが、日本が全く応じないと、「日韓関係悪化は日本政府のせいだ」と非難して、自分の立場をよくするのに利用するのです。彼らにとって日韓関係は初めから「関係」ではなく「手段(方便)」でしかないのですが、韓国は宣伝は巧みなので、強硬一辺倒で行っているとはめられてしまう。日本政府はそのあたりよく考えて対応しなければならないので、今の韓国政府に誠実さはないのでそのへんは信用してはいけませんが、第三者の立場から見て良識的と解される対応を取らないと、国際社会的に分が悪くなってしまうので、賢く対応しなければならないのです(どのみちまともな関係は次の政権になってからでないと作れませんが)。

 チョ・グク氏は辞任に追い込まれるのかどうか、しばらくはそれが韓国政局の焦点になりそうですが、いまだに一定の支持があるというのも、上に見たような韓国社会の李氏朝鮮的腐敗体質が続いていて、ホンネからすればそれは「ありふれたこと」だからなのでしょう。野党も、頭丸刈りパフォーマンスなんかしても、元々がそのズブズブの腐敗ぶりが嫌われて支持を失ったので、「おまえらが言ってもなあ…」というところが韓国民の間にはあるのかもしれません。お粗末な話で、前に「朝鮮民族ほど為政者・支配層に恵まれなかった民族も珍しい」と書きましたが、今もそれは同じなのです(李氏朝鮮など、それで民衆反乱が起きて対応できなくなると外国の軍隊に頼って鎮圧しようとしたので、無責任極まりないのですが、そういうことを学校の歴史でちゃんと教えているのですかね?)。

やはり結論はそういうことになるか…

2019.09.17.14:28

 次の近藤大介氏の記事を面白く読みました。稀にインタビュー記事を装って自分の主張を書く(つまり、中身は創作)人がいますが、これはそういうものではないと解した上でのことですが…。ともかくこれによれば、日本人にとってのみならず、まともな韓国民にとっても、今の文政権は「悪夢に近い」ものになっているということです。

ある韓国人外交官が明かした「文在寅政権と外交部の意思不疎通」

 笑いごとではないが、笑ってしまう箇所もいくつかある。たとえば、次のような箇所です。

――日本から見ていると、あれだけ多くの疑惑を抱え、妻が在宅起訴までされている人物が、法務長官(法相)に任命されること自体が信じられない。ソウルでは、納得して受けとめられているのか?

「われわれのオフィスでも、正直言って、『それはないだろう』と考えている官僚が多い。口では言わなくても、ソウルの官庁街にはそういったムードが漂っている。
 だが、よく考えてみてほしい。現在、曹国新法務長官について言われていることはすべて、あくまで『疑惑』であって、確定した犯罪ではない。
 では確定した犯罪は、誰によって定められるかと言えば、裁判所だ。だが裁判所は現在、文在寅政権が完全に掌握している。
 裁判所に被疑者を持って行くのは、検察だ。だが文在寅政権は、『検察改革』を掲げて、徹底的に検察を弱体化させようとしている。
 そうなると、曹国法務長官の疑惑は裁かれるだろうか? むしろ、すべての疑惑に『無罪判決』が下されて、曹国長官が『疑惑はすべて晴れた』と、胸を張る日を迎えるのではないか」


 これは今の「文在寅の国」では十分ありうることです。それで、「裁判で潔白であることが証明された」ということで、チョ氏が堂々と次期大統領候補に名乗りを上げ、左翼市民団体や労組などの組織を結集して、選挙に勝ち、次も左翼政権が続けば、文在寅は大統領退任後逮捕されることはなく、安心なわけです。むろん、その場合には、韓国は左翼洗脳独裁政権の国であることが明らかになって、ある意味「終わった」ことになるのですが…。

――それでも、あの「タマネギ男」が次期大統領候補など、日本から見ていると、とうてい理解不能だ。

「もちろん私も、個人的には理解不能だ。だが文在寅政権には、日々仕えていて実感しているが、正直言って理解不能なところがある政権なのだ。
 例えば、ある外交政策について、われわれが青瓦台から『提案を出すように』と指令を受けたとする。するとわれわれは習慣として、最低二つの案を持参する。『A案がベストと思います。なぜなら……だからです。しかし、もしA案がお気に召さなければ、B案という選択肢もあります。その際には……という展開になります』。こんな調子で、青瓦台へ行ってプレゼンテーションを行う。
 だが、結果はどうなるか? 思いもよらないC案が青瓦台から降ってきて、『これでやってくれ』となるのだ。そのC案とは、われわれが内部で『最悪のケース』として、絶対に青瓦台に上げなかったような類いのものだ。そんなことが、この2年あまりで、もう何度も起こっているのだ」


 これも爆笑ものですが、文政権のあの相次ぐ度外れな「非常識対応」からして、これは官僚の言い訳ではなく、事実そうなっているのでしょう。近藤氏が、日本でも民主党政権時代、同じことがあったと合いの手を入れていることはよけいに思われますが、たしかにあのカン・ハト政権時代などはかなり恐ろしい感じではあったので、あの二人がいなければ、もっと成功していたかもしれません。

「外交安保分野で文在寅政権の最大のキーパーソンは、文正仁(ムン・ジョンイン)統一外交安保特別補佐官だ」という言葉も重要で、彼のこのインタビューにも出てきているような「ありえない発言」はすでにニュースになって出ていますが、彼が前に仕えた政権はもっと主体性をもっていたが、文在寅はその言いなりになっているだけらしいので、それで従来の外交関係の基盤が破壊されても、「望むところだ」という感じなのでしょう。そこから先をどうするかは、イデオロギーに頭をやられた観念家の見通しはつねに甘いので、大混乱を巻き起こしてややこしいことになり、一貫性もヘチマもないこれまで以上の韓国の「狼狽外交」に周辺諸国も付き合わされることになるのだろうと思いますが、「二人の文」は韓国外交官たちにとっても頭痛の種になっているわけです。

 昔、小説家井上ひさしの『ブンとフン』というナンセンス小説がありました(調べてみると、今でも文庫で出ている)。売れない小説家のフン先生が、超能力をもつ大泥棒のブンを主人公にした小説を書いたところ、これがどういうわけだかヒットして、現実世界にそのブンが出てきてしまって大混乱に陥るという筋立てでしたが、今の韓国は「ブンとブン」で世界に大混乱を惹き起こそうとしているわけです。こちらは諷刺ナンセンス小説ではなくて、二人の主人公にはユーモアのかけらもなく、大真面目なので、それがいっそう恐ろしい。

 話を戻して、このインタビューの最後がまた何とも言えないのです。

――最後に、日韓関係を好転させるには、どうすればよいのか?

「結論はただ一つ。2022年5月10日まで、じっと待つことだ。この前日に、文在寅大統領が青瓦台から出ていくことが決まっているからだ。
 つまり、文在寅政権が続く限り、韓日関係が好転することはないだろう。せめてこれ以上悪くならないよう、韓国と日本の外交当局者同士が、意思疎通を図っていくことが大事だ」


 韓国の外交関係者自身が、文在寅が大統領をやめるまで待つしかないと言っているのです。「明けない夜はない」と言いますが、この「悪夢」も、文が大統領の間だけの辛抱だということで、日本側は韓国と文政権を同一視せず、韓国のまともな人たちとのコンタクトを失わないようにして、「悪夢(=文政権)」以後に備えるべきだということなのでしょう。

 やはり、結論はそうなってしまうのか、という感じです。

日本と韓国の「社会的公平度」の違い

2019.09.16.00:57

 ハンギョレ日本語版に珍しく「まともな」記事が出ていました。たしかハンギョレは、チョ・グク氏の法相任命に反対する声に対して、「感情論」だと非難していたはずです。文政権の御用新聞としては当然の反応ながら、ダブル・スタンダードだと批判されていて、おそらく韓国内でも非難の声が大きかったのでしょう。それでこれではまずいと方向転換したのか、それとも同じハンギョレでも、若手記者には反発があって、それでこんな記事を書いたのか、そのあたりはよくわかりませんが、これは熟読に値する気合の入った記事です。

若者たちがチョ・グクをめぐる議論に憤慨した理由とは

 この記事が焦点を当てているのは、次の点です。

 多くの疑惑の中で、何よりも若者たちが挫折感を覚えたのは、チョ長官の娘をめぐる「入試特恵」の論議だった。チョ長官一家が社会的地位と“コネ”を利用して、娘の高校と大学時代に“スペック”(進学や就職などで重視される能力や経歴、保有している資格のこと)を身につけ、これを大学進学と医学専門大学院入学に活用したというのが論争の主な内容だった。このようなスペックを身につけられる環境が整っていない若者たちの怒りと挫折、剥奪感が特に大きかった。

 僕はこの問題を、「昔の両班政治と同じ」韓国社会の前近代性を示すものだと前に書きました。チョ・グク氏の不正というのは、「違法」かどうかではない、両班=特権階級がその地位・身分を利用して不正に蓄財したり、わが子を特別扱いさせてきたりしてきたことで、それが「合法的にできる」社会システムそれ自体が問題なのです。李氏朝鮮時代の悪弊がそのまま続いている。「積弊清算」を表看板にする文在寅がその「旧悪」の甘い汁を吸っていた男を法相にするというのはブラックジョーク以外の何ものでもありませんが、その皮肉をいっそう強烈なものにしているのは、この法相候補者は表向き、そうした不正な社会システムを批判して「改革」を叫び、人気を博していたことで、表向き言ってることと、自分が私生活でやってることが違い過ぎる、並外れた偽善者であったことです。

 しかも、ハンギョレ自身がその一部だったのですが、同じ左翼の「両班仲間」がこれを必死に擁護した。同じ穴のムジナだから当然と言えば当然ですが、そのことも韓国の若者たちを絶望的な気分にさせたのです。

「陣営の論理」にはまった86世代の単線的思考が、対立の溝をさらに深めているという指摘もある。ザ・モアのユン・テゴン政治分析室長は「入試問題をめぐり、チョ・グク個人の道徳性の問題と共に、進歩エリートらの二面性など複合的な争点があるのに、86世代は陣営の論理にこだわり、『どうしてチョ・グクを守るべきか』という質問に『自由韓国党が悪いから』と答える」とし、「申し訳ないと謝罪するのではなく、居直ってむしろ若者を戒め、声を荒げる彼らの態度が、若者の怒りを誘った」と指摘した。

 記事の最後はそう締めくくられていますが、「陣営の論理」も両班政治時代の「同族意識」の遺物なら、「進歩的エリートの二面性」もそうなので、彼らはかつて、同じ伝で朝鮮国家の崩壊を先導したのです。昔と何も変わっていない。空理空論をもてあそぶ彼らはむやみと気位だけは高く、その間、庶民はひどい貧しさの中に放置されたのです(そのためロクなインフラもなく、近代的な産業も育っていなかったので、日本占領時代にその整備が進められたというのは必ずしもネトウヨ史観の捏造ではなく、事実そうだったのです)。

 日本でも今は格差が拡大して、「階級化」が進行しつつあると言われますが、就職などでは権力者や有名人の場合、「親のコネ」は大いにモノを言うものの、少なくとも大学入試レベルでそれがまかり通っているということはない。そういう事例が発覚すれば、それはその権力者、有名人の命取りになるからです。就職の場合も、一部でコネはあるとしても、それがないと有名企業には就職できないという事実はない。「学歴フィルター」という言葉があるように、どこの大学の学生かで差別されることはあるが、どの大学に入れるかは本人の努力と学力次第なので、家柄は関係ないのです。

 ただ、こういうことはある。特定の高校による「寡占化」が進んでいる東大にとくにそれが顕著ですが、高校別ランキングでトップ10に入っているのはすべて中高一貫の私立(国立の筑駒含む)だということで、彼らは中学受験をした子たちで、中学受験にはカネも手間もかかるから、それは「意識の高い」富裕層の子供が大部分で、かなり早い段階から「庶民の世界」からは切り離された環境で教育を受けることになり、それが独善的な「階級」意識の強化につながりかねないということです。

 それで、東大では出身校がどこかも重視される。たとえば、サークルなどの自己紹介では、出身高校も名乗ることになっていて、「○○高校」と言うと、それが大量に合格者を出している有名校の場合、おーっという声が上がったりする。合格者10人程度の「マイナー」な高校の場合、それでも地方などではそれは大変な名門校なのですが、「肩身が狭い」のです。今どきの若者らしい軽薄さだと言ってしまえばそれまでですが、笑い話のようなそういう話を、僕は実際に聞いたことがあります。

 そうして育ったおかしな「階級意識」がこの先日本社会にとっての大きなマイナス要因になるのではないかと僕はいくらか懸念していますが、それでも入試自体は公正に行われているので、どこかの山奥や離島の高校出身者でも、実力さえあれば入れるのです。

 推薦入試が、韓国の上のような事件ではしばしば問題になり、韓国ではそれは「随時募集」と呼ばれているそうですが、僕に意外だったのは、ペーパーテスト一本の日本のいわゆる一般入試より、そちらの推薦入試で入る生徒の方がずっと多いという話です(2017年の韓国の新聞の別のある記事では、「ソウル大は来年度の新入生の78.5%を随時募集で選ぶ」とあるほど)。そしてこれが前近代的な韓国の情実社会では、「金の箸とスプーン(富裕層)」の子供の入学に有利に働いているとされ、今回もそれが問題になったのです。

 日本でも推薦枠は拡大しつつあります。国立大協会は全体で推薦入学者の割合を30%にまで上げる方針だと言うし、私立では一般入試による入学者より推薦組の方が多くなっている大学はいくらもある。代表格の早慶ですら、一般入試組はすでに5割台にまで下がっているので、早稲田は何年か前、「推薦入学者を段階的に6割にまで引き上げる」と総長が発表して騒ぎになったほどです(きれいごとはともかく、少子化が進む今、昔のような一般入試中心の募集だと定員枠が大きすぎて偏差値が暴落してしまうので、推薦を増やしてその分一般枠を削ることで、それを防ごうとしているのでしょう)。

 日本の場合、これが親の社会的地位や権力・財力による不公平な入試差別につながることはあまりないだろうと思いますが、選考基準が不明確なことはたしかで、実際なぜこの子は受かってこの子は落ちたのか、推薦入試では疑問に思うことは少なくないのです。よく「美人は受かりやすい」と言われ、前に塾のある生徒が、その高校からではまず受からないと言われている国立難関大にAO推薦で合格した生徒について、「あの先輩の場合はぜったい顔ですよ!」というのを聞いて笑ったことがあるのですが、逆に看護など教員に女性が多い学科では、面接のおばさん教員がその美貌に嫉妬して落とす、なんてこともありうるわけです。面接官が三人で、両側のオジサン教員がうっとりしているのを見るとなおさら腹が立つ。それであんな生徒は駄目ですと、よけいに難癖つけるわけです。

 これは半ば冗談なので、そんなことはない、もっと厳正にやっていますと大学は言うでしょうが、とにかくその基準はかなり曖昧で、学力も関係なさそうなことが多いので、参考の一つにされる内申書も、昔のような相対評価ではなく絶対評価なので、先生に気に入られる生徒で、提出物などちゃんと出してさえいれば、定期試験はたいてい範囲の暗記試験なので、高得点を取ることは難しくなく、かなりかんたんに5が取れるのです。だから評定平均4.8なんてのはザラにいるので、逆に4以下の生徒を探す方が難しいほどです。大学に提出する志望理由書の類も、本人が書いていると思ったら大間違いだったりするので、僕もそれを代作したことが何度もあります。添削を頼まれて、あまりに下手だと、君が売りにできるのは何なのと、あらためて聞き取りをやって、話に少し潤色して、それらしい「生徒文体」でまるごと書き換えてしまうのです。それがどの程度奏功したかは知りませんが、成功率は高い(しかし、その推薦に小論文試験があると、見比べられるから、バレてしまうでしょう)。面接も、型にはめるだけの学校の「指導」に盲従したのでは駄目だから、こういうふうに対応すればうまく行くだろうと教えることがある。

 一番かたいのは私立の指定校推薦です。これは校内選考さえ通れば、ほぼ100%合格するからです。生徒の側からすれば、これは最もおいしいシステムなので、一般入試ではほぼ絶対に受からない大学に進学できる。推薦入試というのはそもそも、東大・京大の厳格な条件のそれを除けば、国立であれ私立であれ、実力では無理な大学に入る最も強力な手段なのですが、指定校の場合にはこれに「確実性」が加わるのです。

 稀には、この子は一般受験でも十分通るだろうなという生徒もいますが、それは例外なので、ふつうは一般入試では無理そうな大学に入るために推薦を受けるのです。塾教師としては、生徒を大学に合格させるのが目的なので、実力より下の大学に推薦で入りたいというのには反対するが、そうでなければ積極的に支援する。自分の子供にだけは、「受験は一般入試のガチンコ勝負一本で行け」と初めから言っていましたが、これは僕の個人的な好みで、よそ様の子供はいいが、通過儀礼の一つとして、わが子にだけは正面突破してもらいたかったのです。チョ・グク氏とは、そのあたり考えが反対だったわけです。

 推薦といっても、AO入試などにはかなりハードルが高いものもあるわけですが、全体として見ればそれは「楽な方法」で、悪く言えば「ズル」なわけです。しかし、韓国のように、そこに親のコネがからんでくることは、絶対にないとは言えないが、可能性としては非常に低い。その意味では「平等で公平」なシステム運用が行われていると言えます(ちなみに、僕は無考えな推薦枠の拡大には反対です。従来のペーパーテストは「知識偏重」だと言うが、それはそれしかやっていないガリ勉受験生にあてはまるだけで、推薦組が彼らより「知識」以外の面を豊かにもっているかどうかは甚だ疑問だからです)。

 韓国では、しかし、それが「社会制度的な不正」の温床になっていて、「リベラルで民主的」を自任するおっさん世代が、自らそれをわが子のために悪用していることに若者たちは怒っているわけです。そういう連中に「社会改革」なんてできるわけがないと。

 それは正しいと僕には思われますが、日本はずっとマシだとは言えないところもある。それは次のような箇所です。

 専門家らは、チョ長官をめぐる議論で若者たち感じた“失望感”が大きいと分析する。イ・テククァン慶煕大学教授(グローバルコミュニケーション学部)は、「ソウル大学生はソウル大学生同士では平等でなければならず、高麗大学生は高麗大学生同士では平等でなければならないが、ソウル大学や高麗大学の学生たちと地方大学の学生たちが平等である必要はないと考える世の中を作ったのは86世代」だとし、「重要なのは、そのような86世代に、特権を捨てて現場に入り、民衆と共に歩むという精神がもはやないということが暴露された点だ。86世代は、選挙工学的な計算を立てているだけで、過去の大義は振り返らない」と指摘した。政治コンサルタントのパク・ソンミン氏は「どの時代でも50代は社会の最上層を構成し、既得権を持つことになるが、86世代は既得権に加え、20代から互いに築いてきた人的ネットワークで強力かつ緻密に結ばれている。しかも、政治にも長けた世代」だとし、「若者たちは進歩か保守かではなく、エリート層の既得権争いと見ているが、50代は互いに相手がより大きな悪だと主張している。若い世代を無視し、啓蒙しようとする行動が、若年層の怒りを増幅させた」と分析した。

 この何度も出てくる「86世代」というのは、記事の途中に説明が入っているように、「80年代に大学生で、民主化宣言まで学生運動に参加していた現在の50代」のことですが、文政権はメンバーがそれで構成されているわけです。僕は彼らのイデオロギー的偏向ぶりからして、「日本で言えば左翼過激派の革マルか中核派みたいなもの」だと言っているのですが、それが民主化の流れの中、ここ何十年かの韓国社会では重んじられ、そのまま社会に食い込んだ。そして既得権への貪欲さでは保守派と何ら違いはなく、「うまい汁を吸う」ことを何ら恥としなくなったのです。

 それはともかく、ここで興味深いのは、「ソウル大学生はソウル大学生同士では平等でなければならず、高麗大学生は高麗大学生同士では平等でなければならないが、ソウル大学や高麗大学の学生たちと地方大学の学生たちが平等である必要はないと考える世の中を作ったのは86世代」「重要なのは、そのような86世代に、特権を捨てて現場に入り、民衆と共に歩むという精神がもはやないということが暴露された点だ。86世代は、選挙工学的な計算を立てているだけで、過去の大義は振り返らない」といった記述です。要するに、彼らは出身大学による「特権階級意識」をもち、新たな「両班階級」を作ったのです。

 日本でも、ネットのいわゆる「学歴板」などには、「東大と慶応だけが一流、他は三流」なんて得意げに書き込みをしている低能がたまにいますが、先にも見たように、子供の頃からお受験で庶民から隔絶されたいわゆる「ハイスペック」の私立に入り、そのある意味特殊な環境から有名難関大に進学し、卒業後もその人脈を維持して「階級」を形成するようになると、彼らはその仲間内の利益しか考えないようになる可能性はあります。彼らは「弱きを助け、強きを挫く」のではなく、「強きを助け、弱きを挫く」悪い意味でのエリート層になるのです。それでは韓国の「両班社会」ぶりを嗤えなくなる。

 今となっては笑い話ですが、僕が大学生の頃はまだ「組織の歯車」という言葉が生きていて、大企業に就職が決まった奴が、「自分は内部から改革する」なんて、こちらが何も言ってないのに言い訳したりするなんてことがありましたが、それは「体制の軍門に降る」ことを恥ずべきことだとするような心理がまだどこかにあったからでしょう。学生運動の後の世代で、左翼的な政治革命幻想は消えていましたが、「この腐敗した社会」を変えねばならないという誇大妄想的な自負心は心の中に残っていることが多かったのです。しかし、韓国の「86世代」と同じで、当時の仲間は皆出世して、既得権益層になってしまった。その前の左翼学生運動世代にしてからがそうだったのです。そしてその子供の世代には、おそらくそうしたどこか屈折した心情や違和感自体がない。そうではないかと思うのです。

 韓国のような前近代的なひどいコネ社会でない点はマシだが、社会正義や変革への意欲が乏しい点では似たようなものだということで、若い世代にそれがなおさら顕著だとすれば、大学生が抗議のろうそくデモをしている韓国の方がまだ健全だということになりかねない。彼らのそれが日本社会よりずっとひどい社会の後進性に対する抗議だという点は割引する必要があるでしょうが、意識が極度に内向きになって、椅子取りゲームで自分が座る席を血眼になって探し、いい席がとれた者を羨ましがるだけというのでは、今後の日本は尻すぼみになるだけではないかと懸念されるのです。

 要するに、お粗末な文政権の韓国よりはまだマシだが、日本も未来を楽観できそうな状態にはないということです。そうなってしまったのも、親世代の偽善(これまた韓国ほどには露骨でないかもしれませんが)のせいなので、若い世代は自分の利己心に“正直”になっているだけなのだと、言えば言えるかもしれません。何にせよ、若者、とくにエリートと見なされる若者が、特別扱いを要求するつまらないプライドのみあって、高い志はなく、社会に後ろ向きに適応しようとするだけの国になったのでは、明るい未来はない。いや、自分はそうでないとこれに反論してくるような若者がたくさんいてくれれば、嬉しいのですが。

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