「緑のたぬき」に救われた「もり・かけ」安倍のお粗末

2017.10.24.15:51

 衆院選、議席がどうやら確定したようですが、安倍政権は選挙直前でも支持より不支持率の方が高かったのにこの結果で、オウンゴールの「小池サマサマ」が本音のところでしょう。自民大勝の「陰の功労者」が小池百合子であったことは間違いありません。まあ、彼女の「(民進議員を丸ごと)受け入れるつもりはさらさらない」「排除いたします」発言のおかげで、立ち位置の明確な立憲民主党が誕生し、大躍進を遂げたことはめでたいので、僕は別に怒ってはいないのですが、あそこまで嫌われなければ同じ右翼政党として自民票をもっと食って、自民の議席をあと五十ぐらい減らせていただろうにと、それは残念です。そうなると自民内部からも安倍の責任を問う声が高まり、彼の「3選」は完全に消えた可能性が高いのです。

 この点、安倍晋三の「悪運の強さ」は認めざるを得ないでしょう。敵と味方という違いはあるが、金正恩とトランプ(オバマと違って安倍と相性がいいというのはよくわかる)という、ロクでもない海外の二人の政治指導者に助けられ、今度は「もり・かけ」のピンチを新たな「悪党」、「緑のたぬき」こと小池おばさんに救われることになったのです。憎悪、バッシングの対象も、すっかり小池百合子に移った観がある。「初の女性首相」どころの話ではないので、都政運営も多難が予想され、何とかその任期を務め終えたところで、政治家としてはジ・エンドになってしまいそうです。最初のあの颯爽たる登場ぶりからは考えられない急転直下の落ち込みぶりで、諸行無常の鐘の音、ですかね。お遍路姿になって四国八十八ヶ所巡りをする小池氏の「密着取材」番組を、僕らはいずれテレビで目にすることになるかも知れません(民進の菅直人元首相も、そんなことしてませんでしたっけ? 彼が今回当選できたというのは僕には驚きでしたが、立憲民主党の災いとなるおそれがあるので、いい加減軽挙妄動は慎んでもらいたいものです)。

 今や「絶望の党」と化した「希望の党」が今後どうなるかは知りませんが、「小池のせいで負けた」という怨嗟の声が関係者の間には広がっているようなので、それも元をただせば「小池人気にあやかりたい」という浅慮からくっついたにすぎなかったのだから、現金なものですが、「小池党首」が売りになるどころかマイナスにしかならないとなれば、「小池外し」に動いたり、党を解体して別の党を作るなどの動きが出てくるでしょう。どのみち「プチ自民」にすぎないのだから、どうとでも好きにして下さいという感じですが、内紛が続いてニュースになることが多くなれば、選挙後も安倍自民を利することにしかならない。だからそれもほどほどにしてもらいたいと思います。

 大躍進で55の議席を獲得した立憲民主党は、山尾志桜里など無所属で当選した議員も取り込んで、60には達するでしょう。それはかなりのプレゼンスなので、共産・社民などとも協力しつつ、かつ世論にうまくアピールすれば、安保法制見直し、安倍自民の戦前回帰的憲法改正反対の世論を強化することができるでしょう。安倍は、「今年5月に『2020年の改正憲法施行を目指す』と発言したことについては『議論を活発化させるためだった』と説明(嘘つくな!)。『スケジュールありきではない』と語り、丁寧に議論を進める姿勢を示した」(毎日新聞)そうですが、これまでのようにロクな議論もないまま強行採決に突っ込むというようなことは断じて許すべきではないので、憲法改正問題でもしそれをやったら、安倍政権だけではなく、自民党自体が吹っ飛ぶ結果になるでしょう。今の日本はネトウヨや日本会議の天下ではないということを今回の立憲民主の躍進は示したと見ることができるので、彼らの活躍に僕は期待しています。

 一時「緑のたぬき」が話題を独占したとはいえ、「もり・かけ」問題も全然片づいていない。「アベの内輪鍋」や「ネトウヨ改憲そば」など食えたものではないということを、一般有権者によくわからせるような国会論戦をやり、マスコミもそのあたり、きちんと掘り下げた記事を書いてもらいたいものです。

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田原総一朗のデタラメ会見

2017.10.14.14:52

 かねてから無責任なたわごとの多いじさまだとは思っていましたが、何考えてこんな時期にこんな会見したのかと、読んでしんから呆れました。

ジャーナリストの田原総一朗氏が会見(全文1)全党がリベラル、保守党がない

 これ、続けて読んでゆくと、(2)の表示が出てくるので、それをクリックすれば全部読めますが、記者も大した質問はしていないし、全体に杜撰が服を着て歩いているような漫談(昔から彼はそうなのですが)です。彼はだいぶ前に、安倍に「政治生命を賭けた冒険をしてみないか?」とある秘策(※)を授けたようなことを言って世を騒がせましたが、結局何も起こらなかったので、これはその人騒がせの続きのようなものかも知れません。

※ 具体的には、トランプ米大統領と会談し、6カ国協議復活の条件を聞き出し、中国やロシア首脳とも協議。その上で、関係各国の了承が得られれば首相は訪朝し、金正恩朝鮮労働党委員長に伝えてはどうかという提案をした。「首相は『ぜひやりたい』と答えた」という。(産経9.8記事より)

 少し順番に見ていきましょう。この中で田原氏は、安倍は北朝鮮問題に対処するために解散したのだと言っていますが、別に解散しなくてもそれはできるはずです。むしろこの時期に政治的空白を作る方が危ない。「年末から年明けにかけてアメリカが武力行使をする可能性がある。日本としてはそのために態勢をつくらなきゃいけない」というのですが、何で総選挙をやった後でないとその「態勢」がつくれないのか?

「もり・かけ問題」で野党から攻めまくられるから? じゃあ、選挙で小池流に言えば「リセット」すれば、「もり・かけ問題」は完全終了したということになって、心安んじて北朝鮮問題に「集中」できるということになるのか? 今のままでは政府に対応能力はないと。そう解釈するより他はありません。

 全体、田原氏の「安倍評」は、床屋政談レベルのものでしかありません。「もり・かけ問題」も僕は全然違う見方をしているので、森友学園の深刻さは、ここで言われている八億円の値引きもさることながら、ああいう時代錯誤の教育勅語教育に妻のアッキーが「熱烈感動」して設立認可に介入し、安倍もその思想に共鳴していた、というところにあるので、日本会議はじめ、安倍の応援団の異常な体質、それを彼らと共有している彼の「戦前回帰」感情、ネトウヨ性にあります。そういう男の「憲法改正」に危険なにおいを感じとるのはあたりまえの話なのです(安倍は「妻は騙された」と言っていますが、あの幼稚園でのアッキー講演の録画など見れば、そんな言い訳が通用しないのは明白です)。

 このじさまは昔から問題を何でも妙に矮小化してしまう悪癖があって、読み進むと(2)にこういう箇所が出てきます。

田原:小池さんの希望の党が憲法改正に賛成なので、私は憲法改正に手を付けると思う。ここで1つ大事なことを申し上げる。実は去年9月に安倍さんに会った。もちろん〓イ***イッテネ 00:56:08〓。そのときに、衆議院は与党で3分の2を取る。この間の選挙で参議院も3分の2を取った。いよいよ憲法改正だねと言いました。もう言ってもいいと思いますが、実はそのとき安倍さんが、実は田原さん、大きな声じゃ言えないけど、憲法改正する必要がまったくなくなりましたって言われた。なぜと聞きました。
 そしたら、実は集団的自衛権の行使を決めるまで、アメリカがやいのやいのとうるさい。アーミテージやなんかが声高に叫んでいます。日本でも岡崎久彦、北岡伸一、中西寛たちが集団的自衛権をやるべきだとさかんに言ってました。読売新聞や産経新聞もさかんに言ってました。ところが、集団的自衛権の行使を決めたらアメリカはまったく何も言わなくなった。満足したのでしょう。だから憲法改正をする必要はない。ただ、このあとがいい。ただ日本の憲法学者の7割近く、実は63%が、自衛隊は憲法違反だと言う。だから、憲法に自衛隊の存在を明記したいと思う。


 これだと、「アメリカがうるさいから憲法改正しなけりゃと思ってたけど、実はアメリカが言わなくなったから、自衛隊明記だけでよくなったんです」と安倍が本心から言ってるみたいで、それ以前に、安倍がやけに大人びた現実的政治家みたいな扱いです。

 ともちん(稲田)の防衛相起用一つ見てもわかりますが、安倍はそういう男ではない。ともちんの「色香」に彼が迷ったというのなら話はまた別ですが、彼には強いネトウヨ傾性があって、ともちんもそこが同じで、安倍応援団が熱烈に彼を支持するのも、そのためなのです。それは僕の偏見ではないので、それを証拠づける資料はいくらでも見つかるでしょう。安倍の「美しい国」の中身がどんなものなのか、少しは考えてからものを言ってくれ。百田尚樹あたりは正直にそれを語っていますが、安倍の「国家思想」も似たようなものなのです。

 要するに、安倍はこのじさまにはそういう対応をしたというだけの話でしょう(先の「政治生命を賭けた冒険」の話といい、「もう言ってもいいと思いますが」なんて勿体づけはこの人のお得意ですが、全体が田原氏の純然たる「主観」の産物という疑いもある)。自衛隊を明記して、それではい、おしまいというような話ですむはずがない。その次の、

 私は安倍さん、それは誤解だよ。実は憲法学者の63%、確かに朝日新聞の調査で自衛隊は憲法違反と言っている。しかし、だから憲法改正をしようと言っているんではなくて、逆です。今の自衛隊は軍事力世界第7位。当然ながら交戦力も戦力もある。だから今の自衛隊は憲法違反。だから軍縮をすべきだっていうのが憲法学者の意見、という話をしました。

 にいたっては、完全に意味不明です。要するに、その63%の憲法学者たちの大部分は、自衛隊は違憲だと言いながら、事実上それを黙認している。それはロジカルに考えればおかしな話で、ずるいと批判する人がいるわけですが、改憲して自衛隊を合法的存在にすると、それが「蟻の一穴(いっけつ)」みたいになって、ことに総理大臣が安倍みたいなネトウヨだと、なし崩しに軍国化の方向に行ってしまう恐れがあると考え、だから「違憲」状態の今のままの方が好ましいと思っているのです。少なくともそれがホンネでしょう。

 対外的にもその方がやりやすいと、従来は自民の政治家たちの多くも考えていた。軍を派遣しろというアメリカの要請にも「いやー、うちにはおたくからいただいたあの平和憲法というのがあって、あれがあるからどうにもならんのですよ」と言いつつ、のらりくらりとその要請を拒否できるというメリットがあったのです。現実政治家としては、そちらの方が賢いと、僕は思いますが。安倍はその口実を自ら捨て去って、「もちろん、出しますとも。ボクは男です!」と言えるようにしたいわけで、戦地に行くのはむろん、安倍ではなくて自衛隊員ですが、彼の呆れるほどのアメリカ追従ぶりを見ると、アメリカの要請を「毅然として断る」なんてできるわけがないので、いずれ確実にそうなるわけです(ついでに言うと、「親日派」と呼ばれているあのアミテージなんて、最悪です)。

 他は、自分が司会を務めていたあのつまらない八百長じみた『朝生』と、「私は3人総理大臣を失脚させてます」(ホントかよ)というたわいもない空自慢の類で、コメントする価値もない。こういう御仁に「ジャーナリストを目指す人々に対してアドバイスをお願いしたい」なんて、きく方が間違いでしょう。

「日本をどうこうする問題ではなくて、実につまらない問題」だという「もり・かけ問題」に話を戻すと、「かけ問題」は田原氏によれば、こうです。

 加計の問題も安倍さんは賄賂も何ももらっていない。あんなものは簡単で、委員たちに加計孝太郎は40年来の友人である。だけど友人だからといって、甘くするなと。きつく審査しろと一言言えばこれで全部オーケーだから。彼は神経がたるんで、めんどくさいと思った。だからまったく知らなかったと言う。この間閉会中審査で、初めて知ったのは今年の1月20日だと言った。去年だけでも7回加計孝太郎と飯を食い、ゴルフをしている。これを知らなかったというのを信じろというのは無理です。

 他の漫談と同じで論理の体をなしていませんが、誰も安倍が「賄賂をもらった」とは言っていない。「加計孝太郎は40年来の友人である。だけど友人だからといって、甘くするなと。きつく審査しろと一言言えばこれで全部オーケーだから」と言うのですが、逆に「友人だから甘くしろ」と言ったと疑われているわけで、だから通ってしまった。

 安倍はかねてからその度の過ぎた「お友達人事」が問題視されているわけですが、「神経がたるんで、めんどくさいと思った」で全部片づけてすむような話か、ということなのです。「めんどくさい」割には、彼はそのあたり、妙に“積極的”だからです。

 質問で取り上げられている「メディアへの圧力」に関しても、安倍官邸は驚くべきマメさを発揮してきた。気に入らないものには何でも「偏向報道だ!」と難癖をつける。そのため異様なまでに「自主規制」が進んでしまったわけで、上がフヌケすぎるというのはその通りですが、ここまでメディア規制に熱心な政権はこれまでなかったことも事実なのです。それは「小さな問題」ではない。戦前戦中の「翼賛メディア」に近づけようとしているのです。

 この人の話は万事この調子で、支離滅裂な語りで事を妙に矮小化してしまうのですが、それでも彼は「大御所」扱いされているのだから、こういうタイミングで、こういう無責任なことを言ってもらっては困る。全体として見ると「野党はつまらない『もり・かけ問題』を追及するしか能がない。北朝鮮問題が喫緊の大事で、安倍政権はそれに真剣に取り組もうとしている」みたいなトーンになっているので、自民の援護射撃を頼まれもしないのに自ら買って出ているのと同じになっているのです。

 こういうのに騙される人もいるだろうから、彼の話が実にいい加減なものであるということを説明しておきたくなったのですが、最後に会見冒頭の「政治家としての安倍の特徴」についての話に、一言コメントしておきましょう。田原のじさまはこう述べる。

 歴代首相は、政治家はそうなんですが、政治家になるときになんのために政治家になるのかということを考え、そして政治家になる決意をしました。彼はそういう決意をまったくしていない。おじいさんもお父さんも政治家だった。だから彼は家業を継ぐように政治家になった。そのことが彼の良さでもあります。割に誰の言うことでもちゃんと聞きます。普通の人です。

 最後の三文以外は、僕も大体同意します。祖父は岸信介、大叔父は佐藤栄作、父親はかつて「自民のプリンス」と呼ばれた安倍晋太郎。いずれも東大卒で、ことに岸信介などは学生時代、有名な民法学者の我妻栄と競い合うほどの大秀才だった。しかし、シンゾー君はどうにも出来が悪かった。東大生の家庭教師を雇っても、どうにもならない。努力も嫌いで、エスカレーター式で進学した大学でも全然勉強しなかった。そこらへんは妻のアッキー(こちらはふつうなら上がれるはずの付属先の大学にすら上がれず、専門学校になった)とも共通していますが、典型的な「毛並みがいいだけのボンボン」だったのです。

 それで、家業の政治家を継いでみたものの、自信はなく、コンプレックスに苦しめられた。別に学歴がなくても、自分なりに努力して何か自信をつけられるようなものがつかめればよかったのですが、そういうのが何もなかったのです。それで、アッキーが途中で「自分探し」に出て、妙な国粋主義とごっちゃになったオカルトにはまったのと同じで、辛抱強い勉強は不要な「わかりやすい」ネトウヨ思想(これは自然な自己肯定感に乏しい人たちにはしばしばアピールする)にはまってしまい、「戦後の左翼的自虐思想でダメになった日本を救おうとする国士」に、いつのまにかなってしまったのです。それが日本会議を初めとする「左翼全盛時代に恨みをもつ」右翼団体や、戦前回帰のメンタリティを強烈にもつ人々の目には「ダメになった日本を変えてくれる希望の星」として映り、「熱い支援」を集めることにつながったわけです(あの籠池理事長などもそうした安倍ファンの典型でした)。

 だから「危ない奴」だと僕は見ているので、そこらへんが田原のじさまあたりとは全く見方が違う。憲法改正も、彼はあの「偉大な祖父」もなしえなかったそれをやって歴史に名を残したいのだろうと思うので、外部的な事情がどうのというのは付け足しなのです。心理学でいう「コンプレックスの補償」が、彼の憲法改正実現願望の背後にはある。僕はそこに彼のもう一つの病的な「公私混同」を見るので、動機がそれではロクなことにはならないと懸念しているのです。

 田原氏には、しかし、こういうのは全然問題にならないわけです。そもそもそういう問題意識は初めからない。彼は一種のニヒリストです。思想などというものは信じず、ただ政治に駆け引きと打算のせめぎ合いだけを見る。だから歴史の転換点で思想や心性が果たす働きの恐ろしさというものも過小評価してしまうのですが、あまり物事を深く考えない人には、彼のそうした言説が現実的で、大人びたものに見えることもあるのでしょう。

 幸いもうお年なので、しばらく我慢していれば、この人のやたら穿ったように見えて平板すぎる支離滅裂な思いつき話も、聞かなくてすむようになるだろうと思いますが、結構まだ影響力はあって、有害に思われるので、「世のため人のため、そろそろ引退をお考えになってはいかがでしょう?」と申し上げたくなるのです。

戦略的投票のすすめ

2017.10.12.14:33

 マスコミ各社の世論調査結果が出ていますが、全部大体同じで、安倍自民はほとんど議席を減らさず、楽々「単独過半数」を確保する情勢のようです。希望の党は不評に沈み、よくて60前後(公示前、議席をもっていた候補者は57)、野党で一番勢いがありそうなのは希望の党に「排除」された議員が集まった立憲民進党だというのだから、皮肉な話です。

 日本人はこうした「排除」のような言葉に敏感です。都議選の時、安倍は例の「こんな人たち」発言で不評の上塗りをして、「歴史的大敗」に追い込まれたわけですが、小池百合子もやってしまったわけで、元々民進党のリベラルとあの「別の自民」の希望の党が政策的に合致するわけはないから、丸呑みすると正体不明になってしまうので、僕は当然だろうと思いましたが、「言葉を間違えた」のです。

 おまけに、将来抱き込みを図りたい公明党の候補や自民のお友達議員のところには対抗馬を立てず、立憲民進党候補には必ず刺客を送る、なんて不可解なことをし始めたものだから、「一体この新党というのは何なんですか?」ということになったわけです。安倍自公政権の暴走にストップをかけるのかと思いきや、そちらは置いといて、野党潰しの方に熱心では、「安倍のお友達」の一人でしかないことになってしまう。そこらへん、ただの「頭の悪いおばさん」でしかないのではないかと疑われてしまったので、「小池旋風」なんて吹くはずがない。何でそのかんたんなことに気づかなかったのでしょう?

 とにかくこれで「希望の党」なるものは完全に終わってしまったので、「保守票を食って自民の大幅議席減を実現してくれるかも」という僕の期待はあっさりしぼみました。今回の小池騒動の唯一の評価できる点は、立ち位置の明確なリベラルの立憲民主党を誕生させたということだけでしょう。前に「民進のリベラル派は新党を作ればいい」と書いた僕としては、その点にだけは満足です。

 にしても、「希望の党と立憲民主の票の食い合い」なんてマスコミが書いているのは、あれは何なのでしょう。そういうことをすると自民が「漁夫の利」を得ることになるわけですが、希望の党は保守なので、その中身からして「自民との票の奪い合い」になるのがロジカルな帰結でしょう。希望の党を「リベラル」だの「革新」だのと勘違いする人が誰かいるのか? 初めから支持層は違うはずなので、この二つを並べた場合、「どちらにするか迷う」のが本来おかしいのです。

 こうも不人気ではもはやその期待はできませんが、僕は希望が自民の票を食って議席を激減させてくれることを期待していました。そうすると自公政権は変わらずとも、安倍は確実に退陣に追い込まれる。総裁3選の目は完全に消え、拙速な憲法改正も阻止できる。彼の「お友達優遇」の韓国並情実政治の拡大にも、これ以上つき合わされなくて済むのです。現段階では、それは望みうる最良の結果です。

 しかし、小池新党、希望の党が野党のリベラル勢力相手に戦い、混乱した有権者の票を二分して、組織票で固めた自民候補の当選を容易にするということになると、不人気な安倍政権の延命を手助けすることにしかならないわけで、「衰弱した安倍政権への助け舟」以外の何ものでもなくなってしまうのです。よっぽど頭が悪いか、小池=安倍の密約でも裏にあるのか、そのどちらかでしょう。

 こういうのは好意的に見ても「合成の誤謬」でしかありませんが、それ以前に希望の党が戦略を間違えたのは明らかで、「私たちは保守だが、今の腐った安倍自公政権とは違うので、それと正面から戦う。必要ならそのために野党とも連携する」と宣言して、自民との対決の構図を鮮明にすれば、こうはならなかったでしょう。ところが、そこが逆だったのです。「敵は本能寺」とばかり、自民ではなく、いちいち立憲民主の候補には刺客を送って、この世から左派やリベラルは撲滅しましょう、なんてことをやって何とする。

 結局、安倍政権の暴走を止めたい有権者はどうすればいいのか? 自民、希望の党、立憲民主の三つ巴になっている選挙区では立憲民主に票を集中させて当選させる。自民と希望その他零細野党の構図のところでは、自民候補に一番勝てそうな候補者に投票する。自民の議席を減らすのが目的なのだから、希望の候補が勝てそうなら、リベラルの人でもそれに入れるのです。逆に保守派でも、安倍政権の存続を望まない人は立憲民主に入れて当選させるとか、戦略的に行動するのです。どのみち今回の選挙で自公政権そのものは存続するのだから、野党に政権が移ってしまうことはない。保守の人もそれは心配しなくていいのです。

 一番憂鬱なのは、僕がいる宮崎2区みたいに、野党の有力候補がゼロのところです。当地では選挙の公示の段階で、自民の2代目政治家に「当確」が出ている。国会での存在感は恐ろしく稀薄な御仁ですが、父親の代からの後援会組織がしっかりしていて、「腰が低い」と地元では評判がよいらしいので、僕は毎回死票を投じに投票所に出向いている始末です。これまでのところ、野党で「これは」という候補者が立ったことは一度もない。共産党も、年功序列か何か知らないが、こんな年寄りではなく、もっと若くて見栄えのする候補はいないのかといつも思うので、今回はこれに「幸福実現党」なる、例の「霊言教祖」率いる当選者ゼロの記録を更新し続けているカルト政党の候補者が加わるという恐ろしさです。比例の「清き一票」が何とか活かされたかと自分を慰めることしかできない。スーパーみたいに、僕のようによく考えて選挙に出向いている人間の票は「ポイント10倍」ということにしてくれませんか?

 以上、こんな国はアホらしくてやっとられんなと思いつつ、書いてみました。

「加計学園監事」から「最高裁裁判官」に“出世”した木澤克之氏

2017.10.10.16:32

「そういえば、そういう人がいたよな…」と、衆院選と同時に行われる「最高裁裁判官国民審査」の新聞記事を見て思い出しました。これは信任しない判事には×を付けるだけのかんたんなもので、過去それで実際に罷免された最高裁判事はいないという話ですが、ネットを見ると、今回この人には相当注目が集まっているようなので、ひょっとしたら過去最高の×票を獲得するかも知れません。

 加計学園獣医学部の問題では、お友達ゆえの「忖度」だの「えこひいき」だのは一切なかった、ずっと前から何度も申請を却下されていたのが、国家特区の「公平厳正な審査」で通っただけだというのが安倍の「釈明」ですが、国家特区という恣意的運用のしやすい制度を作ったからこそ、お友達への便宜が図りやすくなり、これ幸いと圧力をかけてその件を通してやった、というのがほんとのところでしょう。

 安倍は何にでも手を突っ込んで、そこらじゅう「お友達だらけ」にしないと安心できないという狭量小心な公私混同男(女房のアッキーはそれを見習っただけ)ですが、この木澤克之氏の最高裁判事任命もその疑いが濃く、この人物は加計孝太郎理事長と同じ立教出身で、彼のお友達、加計学園の監事を2013年から務めていて、その後2016年7月に、安倍内閣によって最高裁判所判事に任命されたのです。安倍の「政治の私物化」がピークに達しかけていた頃、この御仁の「最高裁入り」も決められたわけです。

 調べてみると、別に目立つほどの業績がある人とは思えない。但し、この人は日弁連が「弁護士枠」用に推薦した何人かの候補には含まれていたようで、当時は「日弁連にも責任がある」という声が聞かれましたが、安倍にとっては「その中から選んだら、たまたま加計さんの友人だっただけ」という申し開きができるので、好都合だったわけです。加計の獣医学部の件で、「前からずっと申請は行われていた」と言うのとどこか似ている。

 ちなみに、最高裁判事の任命権者は「内閣」なので、時の内閣に好都合な人物ばかりえらぶのを防止する明文法規は元来ありません。それでも暗黙の了解のようなものはあって、法曹各界から推薦で名前の挙がってきた人の中からえらぶという慣習はあります。上の弁護士出身者枠への日弁連推薦もその一部で、それが時の政権から一定の「独立性」を保つのに役立ってきたと言われているのですが、上の木澤氏の件は「推薦された人からえらんだ」と言い訳できるものの、実は安倍はそうした「慣例」も無視しているのです。

 これを書くのに、ネットで関連記事を検索していたら、次のようなものにぶつかりました。

 今年1月13日、内閣は弁護士出身の大橋正春判事の事実上の後任に、同じく弁護士出身の山口厚氏を任命した。「弁護士枠」を維持した形ではあるが、山口氏は日本弁護士連合会が最高裁を通じて示した推薦リスト7人には入っていなかった。
 その6日後。日弁連の理事会で、この人事が話題に上った。中本和洋会長は「政府からこれまでより広く候補者を募りたいとの意向が示された」「長い間の慣例が破られたことは残念だ」と語った。
 それまで最高裁判事の「弁護士枠」は、日弁連が示した5人程度のリストから選ばれており、最高裁で人事を担当していた経験者も今回の人事について「明らかに異例だ」と語る。一方、別の官邸幹部は「責任を取るのは内閣。内閣が多くの人から選ぶのは自然だ」と意に介していないようだ。(朝日新聞2017年3月2日)


 要するに、推薦名簿に都合のいい人がいればそれからえらぶが、そうでなければ勝手に決めさせてもらうということなので、「慣例を尊重して木澤氏をえらんだ」とは言えないわけです(ちなみに、この山口厚氏というのは、法曹界ではマイナー中のマイナーである立教卒の木澤氏とは違い、東大法卒→そのまま東大法学部助手、助教授→東大教授〔定年後、早稲田の教授〕という絵に描いたような学者エリートで、弁護士としての経歴はごく僅かです。大方は安倍ブレーンの一人の「お友達」だったか何かでしょう)。

 何にせよ、こうした手法で最高裁判事に登用された人物は、それを恩義に感じて「政府に優しい」裁判官になるであろうことは容易に想像されます。元々最高裁は「時の政権寄り」だったのが、そのあたりいっそう露骨になる恐れがあるのです。むろん、それこそが何より自制のない安倍の欲するところで、彼はそうして「翼賛体制」を構築すべく、多方面で「お友達人事」実現に身をやつしてきたのです(NHKの籾井会長なんかはあまりにひどすぎて長続きしませんでしたが…)。

 この意味で、北朝鮮の金正恩なんかも、安保法制拡大、憲法改正推進には不可欠な「悪役」なので、安倍にとっては「お友達」以上に大切な存在と言えるでしょう。国内においてはお友達による「翼賛体制」を作って「忖度」による「なしくずしの独裁化」を図り、外には北朝鮮や中国など「敵役」を作り、その脅威を強調して、自己の妄想実現を容易ならしめようとする。それは周到な計算によるというより、半ば無意識的な行動で、彼個人の歪んだ内面による「必然」の産物のようなものだろうと僕は見ていますが、ご本人は「国事に身命を惜しまず奔走する愛国者」のつもりなのです(アッキーが「神様のお導き」のつもりで無責任な行動に突っ走るのと同じで)。

 朝鮮半島問題に早期の平和的解決がもたらされたのでは、安倍の宿願は成就しない。だからその方面の外交努力は何もしないのです。相手が応じるか応じないか以前に、その気がそもそもない。日本本土をミサイルが直撃するのを、ほんとは彼は期待しているのではないかと、僕は疑っています。自分の無意識への洞察力が欠落している彼は、それはとんでもない濡れ衣だと言うでしょうが、これまでずっと彼を観察してきた僕はそう見ているので、本当に危ない人間というのはそういうものなのです。彼には自己の病的な無意識についての自覚が何もない。

 だから、何度も言いますが、早く彼を退陣させないと、安倍自身が「危険な国際情勢」の一部なので、危機はかえって強化される。公私混同の幼児的ナショナリスト、亡国総理の退陣を迫るに足る結果が出せるかどうか、その意味では今回の選挙は重要です。思えば「もり・かけ問題」で彼が躓いたのは幸いなことでした。アッキー流に言えば「神様のおかげ」ですが、そのチャンスが活かせるかどうか…。

 最高裁判事の話から脱線しましたが、今回の選挙ははからずも加計学園元監事の最高裁判事任命を問う選挙にもなっているということです。大方の人はそんなことは忘れているでしょうが、思い出す人が多ければ、木澤克之判事に付けられた×の数は過去最高を記録するかもしれません。それが過半数になることはまずないだろうから、木澤氏が罷免されることはないでしょうが、その数がどれくらいになったか、結果は公表されるはずなので、そちらにもご注目ということです。

立憲民主が「一見民主」なら、公明は「向迷」ではないのか?

2017.10.08.18:33

 まずは、産経の次の記事をお読み下さい。安倍は「傲慢だ」とか「調子に乗りすぎ」と非難されましたが、旗色が悪くなって、創価学会票ほしさに公明べったりになると、今度は公明のこの山口という御仁がカン違いし始めたようです。

【衆院選】立憲民主は「一見民主だ」 公明・山口那津男代表が皮肉、野党批判炸裂

 この記事で笑えるのは、「野党の皆さんは混乱、瞑想(めいそう)続きだ」と、記者のおつむのレベルまで併せて披瀝されているところです。たんなる漢字の転換ミスなら、わざわざルビを振ったりはしないので、これは文脈からして「瞑想」ではなく「迷走」に決まっているのですが、それにすら気づいていないのです。その意味でもこれは素晴らしく「痴的」な紹介記事になっている。

 かつて公明党は「創価学会の政党」として、創価学会員以外からは白眼視され、万年野党にとどまっていました。ところが、「権力の蜜の味」を味わうようになった昨今では、そのあたり様変わりして、マスコミも創価学会員はあらゆるところに浸透しているので、その報復を恐れ、「政教分離の憲法規定に反するのではないか」というような批判も全く書かなくなったのです。「忖度」はそんなところにも働いている。

 それにしても、昔の生長の家(安倍の強力応援団の日本会議は当時の生長の家の学生信者たちが中心になっていると言われます)なら、安倍のような戦前回帰のタカ派政権を支援するのはわかるが、公明党がコバンザメみたいにそれに引っついているというのは理解に苦しむ。「いや、安倍政権の暴走を私たちは止めているんです」と言い訳しそうですが、少なくともこれまでのところ、そんなことをした形跡はない。今は安倍が不人気なおかげで、創価学会票が重要な意味をもち、安倍は露骨なおべんちゃらをつかっているので、発言力も増したと言えそうですが、連立から外されたくないというのが先にあるこういう政党は信用できないと見る方が健全でしょう。「公明」ならぬ「向迷(迷いに向かう)」党なのです。野党を「ご都合主義的だ」と批判できるようなご立派な存在ではない。違いますか?

 小池新党、希望の党は、公明党=創価学会のご機嫌を損じたくないから公明党の候補者がいる選挙区には自党の候補者を立てないという話です。小池氏は、いずれ公明を取り込んで連立政権を作ろうという腹なのでしょう。彼女のマキャベリストぶりは色々なところに示されていますが、こういうのもその一つです。僕がこの新党を「歓迎」しているのは、それが安倍自民の票をかなり奪って、自民の議席を減らしてくれる可能性があると見るからで、こういうのも一種のマキャベリズムですが、「原発ゼロ」も票集めのためのアドバルーンでしかないようだし、「花粉症ゼロ」にいたっては、ほとんどマンガです。

 都議選と違って今回「希望の党ブーム」は起きず、それも大して期待できそうもありませんが、仮にそれが維新や公明を取り込めば過半数になるというようなところまで行けば、公明はまた日和って、小池党首と「固い握手」なんかするのではありませんか? まあ、そうはなりそうもないから、その変節ぶりを批判されずに済み、「向迷」のそしりは免れるだろうというだけの話です。

 枝野新党、立憲民主党は、右だか左だかよくわからない旧民進党よりはずっとマシです。希望に外されたのは左派のリベラルが多いから、おかげでカラーが前よりずっと鮮明になったのです。少なくとも公明党よりは立ち位置が明確なので、公明ごときにとやかく言われる筋合いは何もないでしょう。

 話は変わりますが、昨今かまびすしい安全保障をめぐる議論は僕を憂鬱にさせます。北朝鮮はあの有様だし、中国は「習近平の軍隊」の色合いを強めつつ、軍拡に余念がないという話です。また、サウジが「ロシアの最新鋭の地対空ミサイルS400を含む約30億ドルの兵器提供に合意する見通し」という次のような記事もありました。

・サウジ国王、プーチン氏と会談 兵器売買合意へ(毎日新聞)

 世界的に経済が思わしくない(資本主義は「終焉」しかけているので、次のシステムを見つけなければならないという見解は僕は正しいと思います)中、偏狭なナショナリズムが国を問わず人気を博して強化され、軍拡競争もそれに歩調を合わせるようにして進む。他方、地球温暖化の深刻な影響が顕著になり、今後も異常気象の類は頻発すると見られるので、世界経済はさらなる打撃を受けることになるのです。

 どこのどんな問題が発火点になるかはわかりませんが、いずれ第三次世界大戦は起こるでしょう。そして、また大量の死者が出る。核爆弾は使用され、これに原発の破壊も加わると、悲惨なことになる恐れがある。その惨禍はこれまでの世界大戦の比ではないでしょう。

 前にも書きましたが、今は地球の歴史上、第六番目の生物大量絶滅の時期に入っていると言われています。科学者はそれに警告を発している。前回、五番目は6500万年前の恐竜が滅びた時代です。今回とそれまでが違うのは、今回のそれは、主に「人為的な要因」によるものだということです。生物の多様性がすさまじい勢いで失われている。別に戦争がなくとも、このままではいずれ人類は生存基盤を失って絶滅に近い状態に追い込まれるのです。

 旧態依然たる近視眼的な思考に基づいて、国家安全保障のための軍事力強化が必要だなんてつまらないことを議論しているヒマはほんとはなくて、世界が一致協力して地球温暖化対策や貧民救済に当たり、資本主義ではない別の経済システムを模索する必要がある。共通の問題を認識して、それに英知を結集して立ち向かい、協力し合うことが必要なのです。しかし、昔滅びた幾多の文明と同じで、生態学的無知により経済基盤が崩壊に向かうと、「貧すりゃ鈍する」とばかり、利己性はかえって強化されて、戦争によるぶんどり合戦が激化し、逆に解決を遠ざけて寿命を縮めてしまう羽目になるのです。

 この点、ハイテクITの時代にもかかわらず、人類は進歩するよりむしろ退歩している。今の日本は「安全保障体制を強化」すべく、「ふつうの国」になれるよう憲法も改正して、という議論の流れになっていますが、低能の観念右翼、安倍のような戦前回帰主義(彼はそれを十分自覚していないようですが)は論外としても、自称現実主義者たちが言うところの、日本国憲法の「空想的平和主義」はむしろ新たな意味を帯びてきたと見ることもできるのです。

 今後はおそらく、「北朝鮮や中国の脅威」をダシに、アメリカの国力も低下してることだし、日本は「自前の十分な軍事力をもたねばならない」という方向に進むでしょう。「抑止力」の観点から、核武装も必要だということにそのうちなって、世界的に進む軍拡競争の中にすっぽり入ってしまうのです。そして、世界経済が不振を続け、それに温暖化、異常気象の頻発が重なると、北朝鮮のような経済的困窮をきわめた独裁国家や、国民の不満を吸い上げて政権を握った極右ナショナリストが牛耳る国家が「暴発」し、それが連鎖反応をひき起こして第三次世界大戦に発展してしまう。

 ひょっとしたら、主要な国家は深刻な放射能汚染で生き残った者も長く後遺症に苦しみ、数世代を経ずしてほとんど絶滅状態になり、無事ですむのはどこか辺鄙なところの密林に暮らす未開民族のみ、ということになってしまうかも知れません。そして彼らはその未開状態の中からあらためて気が遠くなるような文明化の歩みを始めることになるのです。

 それは暗い見通しですが、そうならない保証はないなと、僕は今の世界情勢を見て思うのです。自称「万物の霊長」、実質「利口馬鹿」の人類の、それは避けられない運命なのでしょうか? いくらか想像力を働かせて、そういうこともお考えになってはいかがでしょうか? 最近は「世界核戦争の脅威」はほんど語られなくなりましたが、それは例の「ゆでガエル」のたとえと同じで、慣れすぎると生物の警告装置は作動しなくなるという理由によるものでしかないのです。

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