それでも原発をやめない理由

2016.11.07.16:32

 昨夜、半月ぶりにテレビを見ました。次の番組です。

NHKスペシャル 廃炉への道 膨らむコスト~誰がどう負担していくか

 ご覧になっていない方は、11月12日(土) 午前0時10分から再放送とあるので、そちらを見ていただくといいと思いますが、大体そんなものだろうとは思っていたものの、あらためてそのひどさには溜息が出ました。ろくに報道もされないまま、安倍政権下で東電の「免責」と天文学的な数字の各種後始末費用(合計13兆なんて数字が出ていましたが、それは最低で、今後もっと増えるのです)の国民負担強化が着々と進んでいるわけで、それでもなお原発再稼働は進めるということなのだから、政策というものは安倍政権がよく使う「国民の安全」だの、経済的合理性だのとは無関係に、強大なシステムがいったんできたら、それを解体することはできず、自動運動のようにして、既成システムの存続論理に基づいて決定される、ということでしかないのだろうということがわかります。

 そういうやり方はモラルハザードをひき起こすだの、合理性は全くないだのと言っても無駄です。不都合なことは全部棚上げして、「脱原発なんて言っても、日本中の原発を全部廃炉にしたら、どれほどの費用がかかるかわかってるんですか?」などと別のことを言いかねない(それでも、全部合わせても福島原発事故一つの後始末よりずっと安く上がるはずなのですが)。具合の悪い既成事実は、先に作ってしまった方が勝ちなのです。

 前にも何度か書きましたが、原発の皮肉な「取柄」は、そのおかげでわが国が「戦争のできない国」になってしまったことです。核ミサイルではなく、ただのミサイル(それは相応の破壊力をもつものであることは必要ですが)を原発めがけて打ち込めば足りる。北朝鮮でも中国でもいいが、二発ほど命中させれば、それでジ・エンドになるので、日本は阿鼻叫喚の地獄の中、滅亡することになるのです(ミサイルなど使わずとも、工作員を送り込んで稼働中の原発を機能不全に追い込み、人為的に事故を誘発する方がかんたんだという説もありますが)。

 いや、だから防衛力を強化して、早く自衛隊を軍に昇格させて、アメリカにも媚びを売って、おたくがやらかす戦争には協力して兵を出しますから(イラク戦争の際もわが国は真っ先に支持を表明して、戦闘員としてではないが、自衛隊を送りましたぞ!)、万が一攻撃された時はよろしくお願いします、ということにしておかないといけないのだと言うのですが、「ミサイル迎撃システム」なんてものも実際は絵に描いた餅でしかないようだから、全体にナンセンスに近い(大金をかければそれが百発百中になるというような迷信話を僕は信じません)。それ以前にまた大地震が起きて、せっかく再稼働した原発が「想定外の事態」でまたぞろメルトダウンし、他国からの攻撃を待たずして国家崩壊に至る危険もなきにしもあらず、ですが。

 危機管理というものは、最悪の事態を想定して、そこから作り上げるものですが、原発に関しては、この「最悪事態の想定」というものが無間地獄の様相を呈するので、初めからこんなものは作るべきでないという結論にならざるを得ず、それはそのまま原発否定につながるというので、見積もりはつねに甘いものになるのです。福島第一原発の事故が証明したのはまさにそのことだったのですが、わが国の政府とエスタブリッシュメントはそこから何も学ばなかった。「未曽有の」「想定外の」天変地異はめったに起こるものではないから、そんなことは忘れることにしようというので、例の「国土強靭化計画」なるものでも、原発事故の想定は外されているのです。何でも、それは「計算不能」だからだという。ほとんどマンガみたいな話ですが、運頼みの希望的観測にすがるのはオカルトまがいの成功本の読者だけではなく、政府そのものがそうなのです。靖国神社だの伊勢神宮だのに行って、安倍総理は何を「お祈り」しているのでしょうか? 私の首相在任中は大地震が起きませんようにとか、北朝鮮のミサイルが“間違って”本土かその近くに着弾し(但し、原発の近隣は除く!)、憲法改正に弾みがつきますようにとか、その類でなければ幸いです。

 憲法改正より先に、まず原発問題で国民投票を行うべきでしょう。既成事実に弱い日本人の習性(それが「オトナの現実主義」だと妙な自慢をする人もいる)からして、存続派も一定数いるでしょうが、7割方は原発廃止に投票するだろうと僕は見ています。それがわかっているからそんなことはしないのだというのが見え見えですが、役立たずのアベノミクスなどより、脱原発技術投資の方が長い目で見て経済活性化にもずっと貢献するでしょう。ナショナル・セキュリティ、国家安全保障の見地からも、その方が有効なのです。
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原発再稼働は次の原発事故まで続く

2016.09.05.16:45

 だろうな…と、次の朝日新聞電子版の記事を見てあらためて思いました。

九電、川内原発停止要請に応じず 三反園知事「遺憾」

 ポイントは、「経営安定に原発が欠かせない九電は、知事に原発を停止させる法的な権限がないほか、応じれば全国の他の原発の稼働にも影響を与えかねない、などとも考慮し、停止要請を拒む方針を固めていた」というところでしょう。

「経営安定に原発が欠かせない」というのは、長年かけてそういうシステムを作ってしまったからで、たとえていえば、オモテとウラの顔をもつある企業家ファミリーがいて、オモテの顔はカタギだが、裏稼業は泥棒マフィアで、そのウラをやめると経営が成り立たなくなる、というようなものです。泥棒のたとえはよろしくないと言われるかもしれませんが、国策として続けられてきた原発には多額の税金が投入されています。原発の建設と維持(立地自治体への補助金バラマキも含めて)、さらには廃炉にかかる費用を全額電気代に転嫁して回収しているわけではない。そうなると原発が割高なのは明白になってしまうからで、そのあたりは各種の名目で税金が使われるので、その点では税金を「泥棒」しているのと同じです。

 こういうのは何も電力業界にかぎらない。自動車産業などでも、その普及・販促に必要な道路整備は国と自治体の税金で賄われる。その費用をメーカーが負担しているわけではないから、車の値段はそれを含んだものではないのです。大企業が多額の政治献金するのはそういう見返りがあるからで、ゼネコンの場合などは公共事業目当てだからそのあたり露骨でわかりやすいが、中には関係が見えにくいものもある。

 原発の場合はとくに、事故が起きると悲惨なことになるので、この前の福島原発の事故の場合、あれでもまだ運がよかった方で、「東日本壊滅」も十分ありえたと言われています。いくつもの幸運な「偶然」が重なってあの程度ですんだという話ですが、それでも「収束」とはほど遠く、損害賠償額も天文学的な規模に達するので、ふつうの対応をすれば、東電はとうの昔に潰れているはずです。それがそうならないのは、「ふつう」でないインチキが行われているからで、マスコミはその「インチキの詳細」を暴いて、「こういうふうになっているんですが、こういうことが許されていいのでしょうか?」という問いかけを国民に行うべきでしょう。2020年の東京オリンピック誘致運動の際、われらが安倍総理は「アンダー・コントロール」と力強くお叫びになり、見事誘致に成功したわけですが、「そんなことやってる場合か!」という声は当時根強くあったはずが、最近はそんな声もほとんど聞かれず、五輪関係の土木事業のせいで、資材の値上がりと人手不足が起き、被災地の復興が思うように進まないという批判も片隅に追いやられ、オリンピックの主催国になることは「子供や若者に夢を与える」みたいなアホダラ経ばかりが幅を利かせているのです。

 話を戻して、長期間原発が全面停止し、にもかかわらず電力供給には支障がなかったことから、あんなものは「なくてすむ」ことが明らかになりました。いや、そのせいで火力発電に頼り過ぎたから、原油輸入が増えて電力会社は赤字に苦しむことになったのだ、と言われるかもしれません。しかし、その火力発電も、今は発電効率を飛躍的に向上させる技術が開発されているのだという話で、同じ税金を使うなら、新型火力発電所の建設など、そちらに使えばいいのではないかと思うのですが、そうすると原発維持派には都合が悪いものだから、それはしないのです。これに太陽熱、風力、地熱、潮力発電など、うまくミックスし、従来からある水力発電も活用すれば、何も問題はなくなるはずです。日本人の「世界に冠たる技術力」をそちらの方面に投入すれば、経済活性化にもつながる。税金も正しく使われれば、誰も文句は言わないのです。あの「夢のプルサーマル計画」なんて、途方もない額の税金を投入して、成果はゼロに等しいわけでしょう? 迷夢もいいとこです。

 むろん、そうして脱原発に舵を切ったところで、すでにして大量に蓄積され、どこにも行き場のない「高レベル放射性廃棄物」の問題はそのまま残ります。が、原発再稼働はそれをさらに増やすわけで、増やし続けてそれをどう始末するのか、何も考えていないらしいのは驚くべきことです。

 僕に何より不可解なのは、今は地震の活動期に入っていて、今後大地震が起こる確率は高まるばかりで、従って事故の発生確率も高まると見込まれますが、それがわかっていて原発再稼働は「経済的利益にかなう」なんて、どうして言えるのかということです。安倍は「わが国の国民の安全を守る」なんて馬鹿のひとつ覚えみたいに言ってますが、原発の存在はそれを直接脅かしているのです。福島原発事故はその警告でした。それを警告と受け取らず、再稼働を続けてまた悲惨な事故が起きれば、自業自得だと言われても仕方がないでしょう。そういう愚かな人間は、神ですら見捨てる他ないのです。

 上の朝日の記事に、「九電は避難計画見直しへの支援や、情報発信の強化などには応じる姿勢だ」と書かれていますが、福島の原発事故の教訓の一つは、「避難計画」がどうのという以前に、事故が起きてメルトダウンにつながるような事態になってしまうと、もう終わりだ、ということです。それはむしろ枝葉の問題に属する。それによる直接の死者は少なくてすんでも、原発事故は長期的かつ深刻な、責任の取りようがない問題を惹き起こすからです。

 原発事故の恐ろしさはそこにあって、「人的被害を最小限に食い止めればいい」というような話ではない。それがわからない、あるいは、わかってもそのことには頬かむりするという安易さ・鈍感さ、なあに、大地震だの津波だの、そんなものはめったやたらと起こるものではないさ、起きたらアウトだけど、それはまたそのとき言い繕えばいい、的な感性が、原発それ自体と同じくらい危険なものであることを、どうして認識しないのでしょう? 「原発マフィア」という言葉がありますが、ほんとに連中はマフィアです。国家権力とマスメディアは永遠にその使い走りを続けるつもりなのでしょうか?

福島第一原発に新たな危機?

2015.05.01.00:52

 僕はこれをさっきYahooのニュースサイトを見て初めて知ったのですが、大騒ぎになってしかるべきが、そんな様子がないのはガセネタだからなのでしょうか?

 記事を一読した印象では、どうもそんなふうには見えないのですが、僕同様、ご存じなかったという方はぜひご覧ください。こんなところで「情報統制」したり、マスコミが報道を「自粛」したりしているのだとすれば、愚民政策もきわまれりで、この国はもう終わっているでしょう(数値の急上昇が記録された後、「福島県は、すぐに40ヵ所ものモニターを“機器調整中”とし測定を止め」たというのも、ほんとだとすれば信じられない対応です)。「お気に入り」に登録している小出裕章さんに関するサイト(「小出裕章・非公式まとめ」)を見ても、これに関するコメントは何も見当たりませんでした。

 記事は順に、4月27日、28日のものです。

周辺地域で線量が1000倍に急上昇! “フクイチ”で何かが起きている!?

“フクイチ”で新たな恐怖! 海外の研究者や政府関係者が不安視、苛立つ最悪の「地底臨界」危機進行中?

原発避難民 賠償金という名の麻薬

2014.08.03.02:30

 これは先週の『週刊新潮』(7月31日号)の特集記事についての話なのですが、僕はその記事を見て驚いた者の一人なので、一週遅れながら書いておきます。こういう話、マスコミなんかにはほとんど出てきませんよね? 僕が知らなかっただけなのでしょうか?

 ネットで検索してみると、この種の話は大量に出てくるので、僕が無知なだけだったのかもしれません。その新潮記事に関連するのが、Youtubeのこれ(←クリック)です。おかしな中傷ではないので、見ても大丈夫です。

 原発避難民の場合、たとえば4人家族なら、赤ん坊からお年寄りまで、全員一律に10万(体育館などの集団避難所の場合は12万)ずつ、毎月「精神的損害賠償」金が支払われていて、それだけで毎月40万円になるという話です。これに加えて、「就労不能損害賠償」というのもあって、「震災前の収入は自己申告すると全額補償」ということになるので、仮にそれ以前の月収が夫が30万、妻が10万なら、合わせて80万になる。

 むろん、自宅や田畑などの賠償金はこれらとは別なので、新潮の記事に出てくる「楢葉町から避難してきた60代の男性」の場合、そちらの賠償金は約2000万だったとか。この人は、「夫婦と息子の家族を合わせて7人」で「借り上げ住宅に避難」したそうですが、精神的損害賠償金だけで70万、「一時は月収が200万近くにな」ったとか。

「なおかつ、家賃は無料、医療費は免除され、所得税や地方税も支払う必要はない」(この最後のは住民票を移さなければ、ということのようで、実際移さない人が多いようですが)

 それで避難先の土地住民と軋轢が起きている、というのですが、それは起きるでしょうね。税金も医療費もタダで、必死に働いて税金を納めている人たちより、何もしなくても数倍は収入があって、ということなのですから。

 避難民の多い福島県いわき市では、そんな“避難民効果”で宝飾店の売り上げが伸び、高級外車も飛ぶように売れるようになり、彼らが買うことから、不動産まで大幅値上がりして、地元のサラリーマンなどには手が出せなくなっているとのこと。当然ながら水商売も繁盛し、キャバクラ嬢が言うには、「豪勢なおカネの使い方をするのは、だいたい避難民です」ということになるのです。パチンコ屋も大盛況で、「ここら辺の大型パチンコ店の売り上げは、どこも全国トップ10にランク入りするほど」なのだという。

 うーむ。賠償が必要なのは当然ですが、何か腑に落ちない。僕なんかは、東電が払う賠償金なんて微々たるもので、自分の家も仕事も奪われて、貯金を取り崩しながら明日も見えない絶望と闘いながら日々を懸命に生きている、というのが避難民のイメージだったので、正直、唖然とさせられました。原発関係の交付金でおかしくされていたのは、事故後も同じだったのです。

 これはむろん、東電から「原発避難民」と認定された人たちにかぎっての話なのでしょうが、そこらへんの報道がほとんどなされないのは、ほんとにおかしな話です。同じ震災の被災者でも、原発と直接関係がなければ事情は全く異なるはずで、苦境と必死に戦っている人は実際にたくさんいるでしょう。どういう立場の人はどういう補償を受け、という具体的な話をなぜ大手メディアは報じないのでしょう? そしたら、「ここらあたりはバランスが悪すぎる」ということで、被災者間のおかしな「格差」の是正にもつながるだろうと思うのですが。

 避難先のいわき市の地元民も、最初は避難民に同情したようですが、こういう実態を知るにつれ、「同情して損した」と思うようになったようですが、それは無理からぬことです(ある年配の避難民女性は、スーパーのレジ待ちの列に割り込んで店員に注意されると、「私は被災者よ! なぜ優しくできないの!」と逆ギレしたそうですが、そんな勘違いオバハンまでいるとなると、なおさらでしょう。こういうのは単純に頭が悪いだけ、という見方もできなくはありませんが…)。

 新潮の記事はこう結んでいます。

【東京電力の原発避難民への補償金は、原子力損害賠償支援機構からの交付金によって賄われている。いずれ、原発をもたない沖縄電力以外の全国の電力会社で返済しなくてはならず、その分が電気料金に転嫁されることは自明だろう。
 惜しげもなくジャブジャブと注ぎ込まれる補償金のツケは、国民全体に回ってくるのだ。】

 仮に回ってきても、それが理にかなった有意義なものなら仕方がありませんが、こういうおカネの使い方は人をスポイルするだけです。かえって自主的な生活再建への意欲を削いでしまう。

 ネットを見ていたら、「『30km圏利権』という罠」というタイトルで、次のように書かれているブログがありました。

【先日、某新聞社記者から電話があって、「川内村がいち早く帰村宣言をしたが、今の気持ちと村の現状を聞かせてほしい」という。
 逆にその記者に、「本当のことを書けるのですか?」と訊いた。
 テレビでは「除染が完全に済んでいないのに帰れない」といったことを言う「避難者」が映し出される。それを見て視聴者は「汚染された村に帰れだなんて、村長は人殺しか」などというトンチンカンなコメントをネットに書き散らす。
 全然違う。
 放射能汚染はもはや関係ない。最初から、村の中心部の汚染は避難先の郡山市などより低いということをここでも何度も書いている。
 帰れないのは、帰ると補償金がもらえなくなるから。
 非常にシンプル、かつ切実な理由からだ。】

 詳しくはこちら(←クリック)を見ていただきたいのですが、要は「一人当たり10万」の先の賠償金のことなのです。

 同じ被災者でも待遇に差がありすぎるようなので、国会でもそのあたりはきちんと突っ込んだ議論がなされるべきでしょう。マスコミも「被災者の苦しみに寄り添う」みたいな偽善的なお涙頂戴の報道ばかりせずに、こういう暗部はちゃんと伝えるべきです。それをしないと、こういう話はネットで拡散しているようなので、福島だというだけでロクな補償も受けていない人たちを一緒くたに扱って、二重に傷つけることにもなるでしょう。

 それにしても、原発というのはどこまでも罪つくりな存在だなと、あらためて思います。

「皆様のNHK」は「安倍様のNHK」になった?

2014.01.30.16:06

 NHKというところは「公共放送」だというので、国民から視聴料を強制徴収しています。払っていない人もたくさんいるようですが、僕のようにCMが嫌いな人間は、CMがないだけまだマシかな、ということで渋々支払っています。ところが、最近は自社番組の愚劣なCMがやたら多くて(番組の名を借りて見るに耐えないお手盛りのヨイショをやることもしばしば)苛々させられることが多く、その“恩恵”すら疑わしくなっているのですが、先頃はいかにもそこらにいそうな無教養なオヤジを新会長に選んで、就任記者会見で「不適切発言」を連発し、「何なんだ、この“戦前感覚”のおっさんは!」と心ある日本人を呆れさせました。

 この件に関しては、法政大教授・元テレビディレクターの水島宏明氏のこちらのコラムに批判が出ているので、それに譲るとして、今度は次のような記事が出ていました。「NHK『脱原発発言やめて』東洋大教授がラジオ降板」と題された中日新聞(1月30日 11時24分)の記事です。

【NHKラジオ第一放送で30日朝に放送する番組で、中北徹東洋大教授(62)が「経済学の視点からリスクをゼロにできるのは原発を止めること」などとコメントする予定だったことにNHK側が難色を示し、中北教授が出演を拒否したことが分かった。NHK側は中北教授に「東京都知事選の最中は、原発問題はやめてほしい」と求めたという。
 番組は平日午前5時から8時までの「ラジオあさいちばん」で、中北教授は「ビジネス展望」のコーナーでコメントする予定だった。
 中北教授の予定原稿はNHK側に29日午後に提出。原稿では「安全確保の対策や保険の費用など、原発再稼働コストの世界的上昇や損害が巨額になること、事前に積み上げるべき廃炉費用が、電力会社の貸借対照表に計上されていないこと」を指摘。「廃炉費用が将来の国民が負担する、見えない大きな費用になる可能性がある」として、「即時脱原発か穏やかに原発依存を減らしていくのか」との費用の選択になると総括している。
 中北教授によると、NHKの担当ディレクターは「絶対にやめてほしい」と言い、中北教授は「趣旨を変えることはできない」などと拒否したという。
 中北教授は外務省を経て研究者となり、第1次安倍政権で「アジア・ゲートウェイ戦略会議」の座長代理を務めた。NHKでは、2012年3月21日の「視点・論点」(総合テレビ)で「電力料金 引き上げの前に改革を」と論じたこともある。
 中北教授は「特定の立場に立っていない内容だ。NHKの対応が誠実でなく、問題意識が感じられない」として、約20年間出演してきた「ビジネス展望」をこの日から降板することを明らかにした。
 <NHK広報局の話> 中北さんに番組に出演していただけなかったのは事実です。詳細は番組制作の過程に関わることなのでお答えを控えます。】

 どうとでもつくのが理屈というものですが、いくら都知事選で「脱原発」が争点の一つになっていると言っても、これには無理がありすぎます。記事から判断するかぎり、それは都知事選とは無関係な「原発の経済性」に関する客観的な議論で、しかもあまり多くの人が聴かないラジオ番組でしょう? 信じられない対応です。

 これは、しかし、安倍政権のお得意の「おともだち人事」が早速功を奏したものだと言ってよいでしょう。NHKにもこういう小役人じみたヘタレだけでなく、気骨のあるジャーナリストはいるでしょうが、新会長が「政治との距離」について聞かれ、「『(政府と)相談しながら放送していく必要はないが、民主主義に対するわれわれのイメージで放送していけば、全く逆になることはない』との認識を示した」(毎日新聞)と言ったのを受けて、その「民主主義に対するわれわれのイメージ」とは籾井氏ご本人の勝手な「イメージ」でしかないのですが、早速それに擦り寄る姿勢を見せてトップへの恭順ぶりを示したのです。

 心理学ではこういうのを「過剰適応(適応過剰)」と言います。これは日本人に最も顕著な心理特性の一つで、必死に空気を読み、上の意向を推しはかり、しなくてもいいことまで率先してしてしまうのです。これは社畜特有の保身根性というよりもっと根深いもので、打算でそうしているというより、そうしないと罪悪感のようなものすら感じてしまうのです。そうしなければ「和」は保てず、それが保てないのは道徳的な罪悪に等しいと思ってしまうのです。

 冷静に考えれば、これは実に馬鹿げたことです。それで組織が自閉的な病的なものになり、その組織全体が反社会的なものになってしまうことも珍しくないのですが、彼らにはほんとの意味での「公」の観念はないのです。それは明確な「個」というものをもちえないからそうなってしまうのですが、かつて西洋史学者の阿部謹也氏が指摘していたように、日本人には「世間」はあっても「社会」の観念はない。それは頭の先だけのもので、そしてその「世間」とはしばしば自分が所属しているムラでしかないので、本当の「公共」の性質をもつものではないのです。子供から老人まで、日本人はそれぞれのムラに住んでいる。貧弱な個しかもてない日本人にはそれに対する強い恐怖心理が働くので、そのムラを超える視点はなかなかもてず、社会的な問題に関する議論であっても、それはそれぞれが自分の所属するムラの代弁をしているにすぎず、だから議論は実りあるものとならないのです。

 NHKのこの担当ディレクターの対応も、ムラの村長が代わって、安倍総理のおともだちになったからには(がさつな人間のようだからよけい睨まれたらコワい!)、忠勤に励んで、自民党に不利なことは何としても避けねばならないという心理が強力に作用したものでしょう。むろん、意識の上ではご本人は、「皆様のNHK」は「不偏不党」でなければならないから、「選挙に影響する恐れ」のあるものは排除しなければならないと思っているのです(その都知事選、殿こと細川氏は公式会見を再三延期したり、宇都宮候補との一本化もできなかったし、選挙演説も何か中途半端なようで、舛添氏圧勝が予測されているから、ラジオ番組で一度「脱原発の必要性」が語られたぐらいでは何の影響もなさそうに思えるのですが、にもかかわらずここまでするというのが過剰適応の過剰適応たるゆえんなのです。それとも選挙後、期間中の番組を細かくチェックされ、その「非協力」姿勢を咎められて降格されるのを恐れているのでしょうか?)。

 おそらく、今後NHKのニュース報道はこれまでにもまして“消毒の効いた”ものになるでしょう。安部晋三は過去にも自分の政治信条に反するというのでNHKの番組にクレームをつけたことがありましたが、今後はそういうことのないよう、新会長の「われわれのイメージで放送していけば、逆になることはない」というポリシーに忠実に、“危なげのない”番組づくりに精出し、政府ににらまれる恐れのある報道番組の類は極力減らして、娯楽路線を強化し、愚にもつかないそれらのCMを番組の間ごとに垂れ流して、「国家権力に優しい」北朝鮮か中国の国営放送のようなものになってゆくでしょう(“先進国”だから娯楽番組だけは多い?)。

 有無を言わさず視聴料を取られている国民こそ、いい面の皮です。昔、わが国が無謀な戦争に突っ込んでいったときも、マスコミは率先してそれを煽り立て、まともな異論・反論は表に出ないようにしてしまったのですが、似たようなことになる日もそう遠くないかもしれません。進歩しない国民、なんでしょうかね?
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