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コロナで脳も崩壊しつつある?

2021.06.12(22:11) 841

 最近毎日のようにこれを更新していますが、理由は、しばらくこれをお休みにするつもりだからで、その事前穴埋めみたいな気もあるからです。われらがガースー政権は、今頃中止を言い出しても「遅すぎる!」と言われて支持率の回復にはつながらないので、大地震などの大災害でも起きないかぎり東京五輪を強行しそうです。前に友人とした賭けの話を書きましたが、彼の五月予想は外れて、六月中に中止が決まれば僕が勝つわけですが、そうなりそうもないので、「勝者なし」の結果になる。相変わらず何の説明もなくて、民意も道理もへったくれもない恐ろしい政権ですが、その五輪が終わる頃までは、このブログはお休みになるでしょう。その間は、前にも書いたように、そんな気分ではないのでテレビで五輪も見ないので、自分のしたいことにだけ没頭して静かに過ごすことができると思いますが(コメントやメールの類は、ブログ会社からこちらに通知が来るので、その場合だけ対応します)。

 前々回の記事で書いた話に合わせて言うと、今の世界はどんどん悪夢の様相を強めて、かつコントロールの利かなさが甚だしいものになりつつあるようです。コロナも、中国の武漢ウイルス研究所流出説が再燃して、前のときはトランプ支持者の妄想的陰謀論とセットになっていたから信用を失ったのですが、次のニューズウィーク誌の記事など読むと、これはネットを駆使した民間人グループの追跡の執念が実ったという話ですが、その信憑性はきわめて高そうです。

「研究所流出説」を甦らせた素人ネット調査団、新型コロナの始祖ウイルスを「発見」!

 実に読み応えのある、面白い記事です。最後まで辿り着くと、後編もクリックしてかんたんに読めるようになっているので、まだの方はそちらもお読みいただきたいのですが、ふつうならこういうのは各国の政府系諜報機関やメディアがやるべきことで、それを仕事は別にもっている、ネットでつながった国も年齢・職業も異なる自発的に連帯した民間人グループが全くのボランティアでやって、真相に肉薄したわけです(これはたぶん後で映画の題材になるでしょう)。それが表に出て、諜報機関やメディアがそれを後追いするというパターンです。逆に言うと、諜報機関員やジャーナリストの側は、それで給料をもらいながら、果たすべき仕事を満足にしていなかったことになるので、何のために彼らが存在するのか、疑わしいことになってしまっているのです。

 専門の研究者はと言えば、「自然界の病原体について大規模な国際調査を行う非営利の研究機関、エコヘルス・アライアンスの代表」であるピーター・ダザックは、「他の26人の科学者と連名で2020年2月19日、医学誌ランセットで公開書簡を発表。『新型コロナウイルス感染症が自然な発生源を持たないことを示唆する陰謀論を、私たちは断固として非難する』と宣言した」のです。ランセットは世界的に権威のある医学誌で、そこに専門家たちが連名でそんな書簡体の記事を載せたとなると、僕ら素人は、「やはりあれは根も葉もない陰謀論だったのだろう」と思ってしまう。それをきっかけに「メディアに頻繁に登場するようになったダザックは、研究所流出説を『不合理』『根拠に欠ける』『完全なでたらめ』と一蹴した」のです。ところが、それは彼が自己保身のために画策したことで、その主張は公正でも科学的でも全くなかったことがのちに判明したのです。彼のこうした一連の行為自体が隠蔽工作だった。学者の風上にも置けない男だったのです。

「習近平のポチ」と呼ばれるテドロス事務局長率いるWHOは、一年以上もたってから中国に調査団を派遣し、それで問題が解明されると思った人はおそらく一人もおらず、中国のアリバイ工作に加担するだけが関の山だろうと予想されていましたが、果たして、

 中国に派遣した調査団の報告書を公表し、動物から中間宿主を通じて人に感染したとの仮説が最も有力と発表した。一方、武漢の研究所からウイルスが流出したと疑う説は「極めて可能性が低い」とほぼ否定した(時事通信3/31)

 ということになったのです。この種の問題で一番重要な役割を果たすべきWHOは終始一貫、ほとんど機能していない。そんな無意味な報告書を作るためにわざわざ大金をかけて調査団を派遣したのかと呆れるので、その信用は完全に地に堕ちたのです。

 全体として見たとき、今の世界で起きていることは、僕らが夜間寝て見る夢以上に出鱈目なことになっていることがわかるでしょう。虚偽とナンセンスのオンパレードで、だから人々は政府もメディアも、専門家も信用できないということになって、ネットの怪情報や陰謀論にはまる人が多くなっていると言われるのですが、今見たニューズウィーク誌の記事によれば、自己保身のために武漢研究所流出説を断固否定して自然発生説を唱えた「権威ある専門家」ダザックたちの方が陰謀を企てたに等しかったのです。

 シェイクスピアの有名な悲劇『マクベス』の冒頭に、「きれいは汚い、汚いはきれい」という魔女たちのコーラスが出てきます。これは原文では、Fair is foul, and foul is fair だそうで、foul はゲームなどのファール、反則・逸脱にもこれを使うので、逆にルールに則った、公正なものが fair です。公的な機関や権威ある専門家の言うことなら fair で、怪しげなネット情報ならfoul だというのがこれまでの社会的コンセンサスのようなものでしたが、上のニューズウィークの記事によれば、真実を解明しようと調査を続けて真相に迫ったのは素性も知れぬ怪しげな民間ネット調査団で、専門家や公の研究所の方が虚偽を語ったり、不正な隠蔽を重ねていたことが判明したのです。Fair is foul, and foul is fairという魔女の言葉どおりの逆転が生じているので、マクベス劇のあれは不吉な予言のようなものとして出てくるのですが、今僕らの目の前にある現実はこれを地で行っているのです。

 もはや何を信じていいのかわからなくなった。Fair is fair, and foul is foul の原則は、fair の側に立つ人間は相変わらずそうだと主張するが、事実上は完全に崩壊してしまっているのです。僕も塾で、生徒たちの話を聞きながら、「君らの学校の先生は頭が完全にイカれているね」と呆れて言うことが少なくないのですが、それは彼らの感受性や意見の方がまともだと感じることが多いからで、教育者としての人間的誠実さがどこにあるのかと疑わしく思うことがしばしばなのです。今は社会のあらゆる領域で同じようなことが進行しているのではないのか? 健康な組織や機関は稀なものになっているのではないかと思うと、背筋が寒くなってくるのです。

 言うまでもないことですが、習近平の中国共産党政府がコロナウイルス武漢ウイルス研究所流出説を認めることは決してないでしょう。彼らはそれは「中国を陥れるための悪質な陰謀論」だと、ずっと主張しています。今後も同じはずで、今の状況証拠としてはそれは真っ黒ですが、決定的な証拠がないかぎりシロだと言い続け、そしてその証拠となるものは彼らが握っているので、疑わしきは罰せずで「有罪宣告」は免れるのです。それが人道的な目的で行われていたと信じることもできない。それは中国の生物兵器開発のための研究と確実にリンクしているのです(でなければ何で人に感染しうるものに改変する実験など行なう必要があるのか?)。

 不正はただされず、正義は行われない。昔、今はもう八十代も半ばになった年の離れた従兄が僕にはいるのですが、その善良この上ない従兄(継父はいたが、実父は戦死していた)は僕の両親にとっては実の弟のようなものだったので、お盆や正月に帰省すると、必ず遊びに来て、泊まっていくこともよくあったのですが、自分が家庭で父権を発動するのはテレビで時代劇の『水戸黄門』を見るときだけだと言って皆を笑わせたことがあります。そのときだけはチャンネル権を絶対に譲らない。どうしてなのかときくと、あれは必ず正義が勝つという筋書きになっていて、実際の世の中は理不尽に満ちているが、かなり単純な勧善懲悪のあの時代劇では必ず正義の裁きが下されるので、安心して見られて、胸のつかえがおりるからだという話でした。従兄は苦労人で、働きながら夜間高校を卒業して、その当時は大手ガス会社で現場の仕事をしていたのですが、ままならないサラリーマン生活の苦衷と持ち前の強い道徳感がそこには反映されていて、そのとき自分が高校生だったのか大学生だったのかは忘れましたが、話を聞いて笑いながらも、僕にもその気持ちはよくわかる気がしたのです。

 しかし今は、時代はさらに悪化して、昔ならとうの昔に倒れていたはずの政権が倒れず、民意に真っ向から逆らう五輪開催の強行なんてことをしているのです。海外からも疑問視する声は日増しに高まり、誰も得はしない(IOCは除いて)のに、何のためにそんなことをしなければならないのか、説明は皆無のまま、「前に決まっていたから」という理由だけでそれは変えられないというのです。正気の沙汰とは思えないが、オリンピックなんか楽しむ気には到底なれない中で、「皆さん、あれで盛り上がって元気になりましょう」と言う。そんなんで元気になんかなるわけあるか、アホ、と思いますが、ひとりガースー自民とその取り巻きだけはそう思わないのです。正しくないとしても、中国が武漢ウイルス研究所流出説をムキになって否定する理由はよくわかるが、こちらはその理由すらわからない。それだけに理不尽さ、不気味さは一層募るのです。

 こういうのは全体、悪夢を見ているのと同じです。「そんなの、ありかよ」と思うようなことがそこらじゅうで頻発していて、何か何やらわからなくなり、意識が混濁してくるような気がする。ひょっとしたら自分は夢の中でそれとは知らずこんなものを書いていて、これを読んでいるあなたも、たんなる僕の個人的な夢の登場人物でしかないのではないか? だんだんそんな気がしてくるのです。あのガースーも、僕の無意識の中の「不条理」が夢に投影されてああいう人物として造形されたにすぎないので、本当はあんなもの(失礼!)は全然実在していないのかもしれないのです。おかしなものを食べ過ぎて胃腸が不調になったまま寝ると、ときに僕はおかしな夢を見ることがあるのですが、これはその一つなのではないかと。

 最後に、話はかなり変わりますが、ヤフーのニュースサイトでこういう記事を見ました。

「タバコを吸う人は悪人」コロナ後の世界では健康管理はモラルに変わる

 喫煙者の僕はこれを面白く読んだのですが、下にコメントがかなり出ているので、ついでにそれも見ていたら、???という感じがしてきて、こういうのもヤバいなと不気味になったのです。上の記事をクリックしてお読みになればわかりますが、最後の、

 さあ、これを読み終わったら、今日から1時間ほどのジョギングをはじめよう。あなたが健康になることは、あなたにとってだけでなく、みんなにとって喜ばしいことなのだから。

 というのはむろん皮肉なのですが、それをそうと解せず、全体の趣旨を180度取り違えて「批判」しているコメントがいくつもあって、そういうのに「いいね」を押している人もたくさんいるのです。また、文の趣旨とは関係なしに、自分の勝手な「意見」を書いているだけだったりして、全体に見当はずれのものが多く、読んで書いているとは思えない。

 この文章は今の日本社会に対して感じている筆者の「不気味さ」を、そういう言葉は全く使わず表現している点でうまい文章だなと僕は思ったのですが、そこを「正解」した上でのコメントは僅かしかない。要するに、多くは自分の誤読に基づいて批判したり、「賛成」(それは全然賛成にはなっていないからカッコに入れたのですが)したりしているので、そのリテラシーの低さを自覚するということはないのです。文章は自分の好きなように読めばいいのだと思っている。それで誤読に基づいて勝手な「批判」をするのも自由だと思っているのです(この種の人たちは同じ「仲間」がいるとわかると勢いづくらしく、しばしばその誤読に基づく「批判」もヒートアップする)。

 なるほど、これは考えさせられる文章だなとそこで立ち止まって考えるならそれは実りのある結果につながるのですが、この種の人たちはそういうことは全くしないので、それでは賢くなることもないでしょう。こう書くと、「おまえは利口ぶって人を馬鹿呼ばわりするのか!」と食ってかかられそうですが、それでは人の話も聞けないから、無用な人間関係のトラブルをつくり出したり、本や雑誌の文章を読んでも正しく読解することができないから、思慮深い人間になることもないでしょう。そのくせ、誤読に基づいて相手を「短絡思考」だの「価値観の押しつけ」だのと決めつけたりはするわけですが。

 思うに、この文章を書いた筆者(御田寺さん)は、こうしたコメント群を見ると脱力感に見舞われるのではないでしょうか。理解した上での批判なら学ぶことができるし、理解した上での賛同なら心強く感じるかもしれませんが、たんなる無理解に基づくものなら、反対も賛成も困惑や苦笑をひき起こすものでしかないからです。何より、書いた甲斐がない。これはプレジデントオンラインの記事なので、原稿料はもらえているのだと思いますが。

 今の社会の薄気味悪さには、こういうのも付け加わっているのです。上も下も、あっちもこっちも、同じように出鱈目で、わけがわからなくなっている。こういうのを見ていると、僕のこのブログなんかも、どんな読まれ方をしているのかわかったものではないなという気がしてくるのです。日本国内だから日本語は通じていると思ってはいけない。実際は全然通じていないのかもしれないのです。

 それでは、また今度。この最後のくだりが災いして、ここが「炎上」などしていないことを祈っています。


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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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UFOは実在するが、宇宙人はいない?

2021.06.06(10:32) 837

 次のAFP電の記事を読んで、思わず笑ってしまいました。

米UFO報告書、宇宙人の「証拠なし」と結論か 正体は依然不明

 最後に、「報告書は今月25日に米連邦議会に提出される見通し」とあって、これには「一般公開されない機密文書が添付される予定」だそうですが、あまり期待できないかもしれません。どうしてそこまで警戒するのか、多くの人々をパニックに陥れる恐れがあると過剰に心配しているのでなければ、知られるとまずい極秘の研究が軍内部の特殊な部署で行われていて、実際、墜落して回収された実物のUFOの機体を研究して、生き残った宇宙人乗組員の助力も仰ぎ、地球製のUFOも制作されているというような報告もあることから、そういうのが外に漏れてしまうことは是が非でも避けたい、というような事情もあるのかもしれません。また、エネルギー関係の大企業が、UFOが利用しているエネルギーのことが知られると大打撃を受けて不利益を被るというので、妨害工作をやっている(彼らと政府は癒着しているので)といった裏事情もあるのかもしれません。こう言えば、「それは為にする低俗な陰謀論の類だ」と嘲笑されるのは承知で書いているのですが。

 この方面に関する一般日本人の関心はいたって低く、この記事はヤフーのサイトにも出ているので、その下にコメントもたくさんついているのですが、僕はそれをざっと読んで、その程度の低さにはしんから驚きました。マックの『エイリアン・アブダクションの深層』訳出の際、最後の参考文献のところ、日本語訳が出ているものはそれも付けるべく、かなり詳しく調べたのですが、他の分野のものはたくさん見つかったのに、UFO関連の本の日本語訳は異様に少なく、いかに日本では紹介がなされてこなかったかにあらためて驚かされました。訳者あとがきでも触れた『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』(スーザン・A・クランシー)なんて箸にも棒にもかからない出鱈目な三流の冷やかし本の訳は出ているのに、です。少し前に、UFO研究家として有名だったジャック・ヴァレの訳書を調べたとき、昔文庫で読んだことがあるハイネクとの共著の『UFOとは何か』の他一冊だけで、向こうの文献では言及されることの多い、Passport to Magonia や The Invisible College の訳すらなく(前者はある方が私家版で訳されているようですが一般には入手できない)、それはなぜなのだろうといくらかショックを受けたほどです(余技のようなものだった小説には一冊だけ訳がある)。

 話を戻して、僕が笑ったというのは、「過去20年間にあった120件以上の目撃情報に関する調査を経ても、飛行物体の特異な加速や方向転換、急降下の能力などの不可解な動きについては説明できなかった」し、「米国防総省の極秘技術の産物でないことは確認できた」が、「宇宙人の技術である証拠もないが、その可能性を完全に否定することもできない」というわけのわからない言い方になっていることです。「中国やロシアが極超音速技術を実験している可能性」もあるとしているのですが、そんな高度技術を彼らがもっているとすれば、アメリカはお話にならないほど時代遅れの航空技術しかもっていないことになり、「だから軍事費を増やせ」と要求する口実にはできるが、そこまで後れを取っているのなら今みたいに安閑とはしていられないはずで、説得力に乏しい。そもそも、中国やロシアがそんな技術を獲得したとすれば、それはアメリカ自身がやっている(認めないが、そうだと言われている)のと同じ、UFO技術のパクリによるものでしょう。

 合理的に考えるなら、驚くべき技術をもっていると思われる説明不能の飛翔体がプロのパイロット(民間航空機の機長によるそれも多く報告されている)に幾度となく目撃され、レーダーにもそれがしっかり把捉されたとすれば、それは目の錯覚の類ではないわけで、何らかの高度な知性体がそれを作ったと考える他なくなる。いや、そうではない可能性もあって、それは謎めいた宇宙の神秘の産物、あるいは電子機器にも明確な反応をひき起こすほど強烈な人間の共同幻想の産物なのだというのは、それこそオカルト的迷信と言うべきでしょう。UFOには色々な形態があるようですが、多くはメカニックな外観をもち、自然発生的にそんなものができたとは考えられない。僕も一度無音で飛行するUFOの編隊らしきものを目撃したことがありますが、それは鳥なんかとは全く違う外観のもので、互いに内部的な連携を取って動いているらしいところは渡り鳥の群れに似ていましたが、その形は明らかに人工的なものと見えた。ちなみに、僕は異常に目がいいと言われていて、最近は老眼で物が二重に見えたりするようになりましたが、当時は両眼共に2.0だったのです。ほんとは5.0ぐらいあるのではないかと皮肉を言われたこともあるぐらいで、遠くのものもかなり細かいところまで見えた。高度からしても、そんな巨大な鳥が存在するはずはなかったのです。

 僕はUFOや宇宙人が人類の「安全保障上の脅威」だなどとは考えていません。脅威は人間それ自体なので、彼らは人類のように攻撃的でも、アホでもない。大体、彼らの高度技術をもってすれば、人類を叩き潰すなんて赤子の手をひねるような容易なことでしょう。そのつもりがあれば、とうの昔にそうしているはずです。彼らはこのジコチューで攻撃的、かつ尊大な地上の一生物が科学技術を発達させて、環境破壊を激化させ、やたらあれこれ打ち上げて宇宙をゴミだらけにし、核兵器や生物兵器みたいなものまで自慢げに開発していることを懸念していて、それで「ええ加減にせんかい」と言いたいが、どうやって驚かせずにその愚かさを自覚させるか、苦慮しているのでしょう。それで小出しに姿を見せて、受け入れ態勢ができるのを待っている。そんな感じかなと思います。

 そもそもの話、「自分たちほど知的な生物はいない」という人類の自惚れほど馬鹿らしいものはありません。地上の他の生物と比較しても、ヒトほど愚かな生物はめったにいないでしょう。僕は小学生の頃、近所の犬や、自分の家で飼っている黒牛や猫の目をじっと見て、その瞳の奥に底知れぬ知恵と愛が隠されているように感じて、尊敬と信頼の念をもつと同時に、コンプレックスを感じました。川で石の間からその黒っぽい、受け口の長い顔を出すウナギののんびりした様子を見ているときですら、どうもこれは自分より上等な生きものだなという感じがいつもしたもので、おかしな思惑で心をいっぱいにした人間ほど不潔な醜い生物はいないと思ったものです。そんなふうに思ったこと、ありませんか? 基本的に、僕は今でも同じ感覚をもっています。これの一体どこが「万物の霊長」なんだか…。

 再び話を戻して、そういうわけで今度出る報告書もあまり期待できそうにありませんが、アメリカの軍関係者のこの方面の証言集には、前にも紹介したことがありますが、『ディスクロージャー』という本があります。本の帯に「直接証人69人のインタビューを収録」とありますが、実に驚くべき内容で、こういうのが皆思い込みやでっち上げの産物だとはとうてい思えない(個々の証言の信憑性は読者が判断するとしても)。こういうのは「宇宙人がいるかどうかわからない」なんて頼りないレベルの証言ではないので、関心のある方はぜひ一読をお勧めします。そしたら日本人の間でのこの方面の認知も少しは進むでしょう。編著者の元救急医、スティーブン・M・グリアも、僕と同じで、「危険なのは宇宙人ではなくて人間、とくに重要事項を隠蔽して秘密裏におかしなことを進めている連中と、この方面への無知を恥じることもなく、UFOや宇宙人なんているはずがないと頭ごなし決めつけて、それを嘲笑する俗衆の方だ」と考えているようです。アマゾンのURLをつけておくので、ごらんになって下さい。

『ディスクロージャー― 軍と政府の証人たちにより暴露された現代史における最大の秘密』(廣瀬保雄訳 ナチュラルスピリット 2017)



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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社会的弱者を見殺しにする社会

2021.05.17(23:39) 829

 グーグルのニューサイトの「ピックアップ」の一番上に、次のような記事が出ていました。それだけ多くの人にこれは読まれた、ということなのでしょう。

ホームレス女性の死から半年 食料配布の列にいた彼女 報道されない「試食販売」の闇

 あの、夜間泊まるところがなくてバス停のベンチに座り続けていたというホームレスの女性が何者かに殴打されて亡くなったという事件は、コロナ禍の暗い世相を反映したものとしてかなり大きな話題になりました。そこらの不良少年の集団がやったのかと思いきや、何と近所の住民(46歳の男)だったというのも驚きだったので、本人はその自覚がないでしょうが、相手がホームレス女性で最も弱い立場にあるから、報復を恐れずにそういうことができたと言ってよいので、最近はこの手の自己不全感から生じた悪感情を弱者に振り向けて、それをはけ口にするクソがいくらか多すぎるように思われます。男は「邪魔だったので、痛い思いをさせればいなくなると思った」と供述しているそうですが、素手でならまだしも、石とペットボトルを詰めた袋で殴ったのだというのだから殺意を認定して差し支えないので、殺人犯として裁かれるべきです。何であの人はああいう境遇になってしまったのだろうと同情して話を聞きに行くというのならわかるが、そういう人は誰もおらず、「邪魔だ」と言って殺しにくる奴しかいないとは、何というおぞましい社会でしょう。別にその女性は騒いでいたわけでは毛頭なかったのです。

 NHKは埼玉県に住む大林さんの弟に取材して、大林さんの経歴を紹介している。
 大林さんは広島で生まれ育った。広島では市民劇団に所属してミュージカルなどに出演していたことがわかった。若い頃はアナウンサーや声優になる夢を持ち、活発で社交的な性格だったという。番組で放送された当時の彼女が芝居をする声は伸びやかなで張りがあるものだった。
 20代で上京、結婚するが1年で離婚。夫によるDV(ドメスティック・バイオレンス)が原因だったという。
 その後、大林さんは数年おきに転職を繰り返した。
 50代以降はスーパーでの試食販売員をやっていた。1日およそ8000円の給料で不安定な生活を繰り返し、4年前に住んでいたアパートを退去した。
 その後は公園やネットカフェを転々とする路上生活をしながら試食販売員を続けていたと思われる。4年前までは埼玉に住む弟にクリスマスカードや近況を伝えるハガキなどを送っていたことまでは判明しているが、住居を失いホームレスになった頃から便りがぷっつりと途絶えている。


 僕はふだんテレビを全く見ないので、記事で言及されているNHKの番組も知りませんが、ネットに出ていた次の記事は見ていました。

ひとり、都会のバス停で~彼女の死が問いかけるもの

 コロナ禍がこの人から完全に仕事を奪った。「亡くなった時の所持金は、わずか8円だった」とありますが、完全な孤立状態の中で救いの神はどこからもやってこず、代わりに腐れ男の姿を取った死神が彼女を襲ったのです。NHKのこの記事によれば、多くの人がその存在に気づいていて、声をかけようかと思った人も中にはいたが、結局そのまま放置されてしまった由。映画『男はつらいよ』の世界に描かれた東京庶民の人情の世界なら、こういうことはありえなかったでしょう。気の毒な人を見ると居ても立ってもいられなくなって、強引に家に連れて帰ってご飯を食べさせるような人は、かつては都会にも田舎にもいた。そういう人たちは別に重苦しい道徳的義務感からそんなことをしていたのではなくて、そうしないではいられなかったのです。

 僕は前に母親から次のような話を聞いたことがあります。子供時代からの親しい知り合いの一人が、夫も亡くなり、都会に住む息子夫婦の家に引き取られることになった。そのとき、子供夫婦から、「お母さん、ぜったいよけいなことはしないでね」と何度も念を押されたというのです。その人は善良この上なく、泣いている子供や困っている人を見るとほうっておけない性分で、誰彼構わず連れて帰って面倒を見たりする。だからその家では、よその子が一緒に夕食を食べていたり、裕福でもないのに人の面倒を見て、着る物をあげたり、その仕事探しに奔走するなんてことは珍しいことではなかった。息子夫婦が一番恐れていたのは、母親が他人に余計なおせっかいを焼いてトラブルになることで、たとえば、仕事をもつ母親が保育園を見つけられず、困っているなどという話を聞くと、すぐ「私が預かる」なんて言いかねない。しかし、それで何か事故が起きたり、食べさせたものが原因でその子が食中毒などになったりすると、賠償責任を問われる。今は昔とは違うので、他人にそんなことをしてはならないのだと言われて、それができないのがつらいと、母に電話をしてきたそうで、「私は自分にやれる範囲のことをしたいだけやのに、何でしたらあかんと言われるんかいな」と嘆くことしきりだったというのです。

 今は個人ではなく、NPOが色々な活動をしていて、それで救われている人たちはむろんたくさんいるわけですが、社会のベースとして著しく人情味がなくなっていることはたしかで、去年僕は塾の生徒の受験候補の大学の小論文の過去問を見ていて、その課題文に、今はバス停だけでなく、公園などでも、ホームレスの人たちがそこで横になって寝られないように、細長いベンチなども座の部分を狭くして、途中に仕切り板も付けられたりするのだという話が書かれているのを読んで驚きました。行政の側からしてみれば、それは「市民の要望」によるので、ホームレスなどの「危険な不審者」がそこにいついたりすると、子供を安心して遊ばせることもできない、というわけです。大方のホームレスの人は無害なので、要は妙に底意地が悪くなっているだけの話でしょう。仮にホームレスが増えたとすれば、それはそうなってしまう原因が社会にあるということなので、ほんとはそちらに目を向けなければならない。それはしないで、人を差別することだけ強化しているのです。頭が悪いと言って悪ければ、根性が腐っているわけです。

 前にスーパーの駐車場の前で、よちよち歩きの男の子(こういう小さい子を英語では toddler と呼ぶ)が上機嫌で何かウワウワ言いながら近づいてきて、その幼児語は僕には判読不明でしたが、目の前に来たので抱き上げ、それにしてもこの子はどこから来たのだろうと思って周りを見回していると、母親らしき人が「すみません、すみません!」と言いながら小走りに駆けてきて、ひったくるようにしてその子を受け取って足早に去ったことがありました。別に僕は誘拐犯ではなく、その子は何を言いたかったのだろうと、それがわからなかったことだけ残念でしたが、今は見知らぬ人間はみんな危険な不審者なのです。延岡のような田舎ですらそうなっている。

 話を戻して、この大林三佐子さんの場合、去年全国民に一律支給されたはずのあの10万円もホームレスなので受け取れなかったのでしょう。住所をなくしたそういう人たちにも何としても渡すという気は政府にはなかったようです。彼らも元からホームレスではなく、過去には税金もきちんと納めていたはずですが、それは問わないのです。彼女には国民健康保険もなかったはずです。僕もかなり昔ですが、深刻な窮乏に陥ったとき、それが払えなくなって未納が続いたら、健康保険証を取り上げられてしまったことがあります。そうなると病院に行くと10割負担です。それまで長いこと高い保険料(独身で相応の収入があればかなりの額になる)を支払っていて、かつほとんど病院にも行かなかったのですが、そういうことは全く考慮されず、貧窮して体調も崩しているときにかぎって今現在の未払いを理由に医療は受けられなくなってしまうので、役所から脅迫状も届くし、これはかなり恐ろしい国だなと思ったものです(ちなみに、そういうときは住民税なども払えなくなっているわけですが、かなり高い延滞料金がついて、どこに転出しようと、しつこく最後まで追いかけられる羽目になります)。

 こういうことは社会の設定した枠の中からはみ出たことのない人にはわからない。上の記事からわかることは、独立心や責任感が並外れて強い大林さんの場合、誰にも苦境を打ち明けず、ホームレスになってしまったところに、コロナが直撃して万事休すとなってしまったということです。一般に独立心の強い、人に迷惑をかけたくないと思う人ほどやせ我慢を続けて、助けを求めるのが遅れるので、苦境を募らせることになりがちです(この種の人は生活保護を受けようというような考えはもたない)。大林さんはその典型と言えますが、DV男と結婚してしまって心に深い傷を負い、一人で生きるにしても若い頃夢を追い求めたツケで不安定な仕事にしか就けなくなって、年齢と共に歩ける道はどんどん狭くなり、その果てがこういう悲劇になったのです。ホームレスでも女性となれば、ほうってはおけないと思う人が多いはずですが、先にも見たように、実際に行動に出たのは邪魔だと思って追い払おうとする一人のクズ男だけだったのです。

 コロナ禍以後、女性の自殺者がとくに増えているというのも、女性には低賃金の不安定な非正規雇用やサービス業関連の仕事の人が多いからでしょう。独り身でアパート住まいの人ほど困窮の度合いは高くなる。NPOなどと協力すれば、そういう人たちがどれほど出ているか、政府が把握することは可能だと思いますが、そんな努力をしている形跡はない。野党も政府対応を非難しても、自らそういう調査に乗り出すことはしないので、今の政治が駄目なのはこういうところにも出ています。業界団体の要望ではなくて、権力をもたないそういう人たちに目を向けないと有効な援助対策も立てられないと思いますが。

 今のガースー政権、報道各社の世論調査の結果が次々発表され、内閣支持率はいずれも「過去最低」を記録し、不支持との差が拡大しているようですが、ある意味それはわかりきったことで、この前ここで“プロクルステスの寝台”にたとえた「東京五輪開催のためのコロナ対策」という菅政権の本末転倒ぶりが国民のイライラを募らせているわけです(ANNの最新世論調査では五輪の中止または延期を求める声がついに82%に達したとのこと)。もっと早い段階で中止を決断していれば、こういうことにはならずに済み、政治は本来取り組むべき問題にもっとフォーカスできるようになっていたでしょう。

 そういう問題の一つが、コロナによって深刻な困窮に陥っている人たちへの早急な救済対策であるわけです。今の日本社会は互助、共助の精神がかつてないほど薄れている。かつてはあった草の根の“自然な”セーフティネットはもはや存在しないので、政治がもっとそちらに力を入れる必要があるのに、それについては何も手を打とうとしない。政府がそうした対応に乗り出せば、国民の意識も「自分だけ助かればいいというものではない」という方向に変わるのではないかと思いますが、菅政権にかぎらず、強者の利益保護に偏した今の自民党政府にそれを期待するのはどうも無理そうです。

 これを書いていて思い出したのは十代の頃聴いた次の歌です。皆さん、ご清聴下さい(ジェンダーの問題はありますが、そこは細かいことをおっしゃらずに)。

鶴田浩二 傷だらけの人生




祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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理論物理学者・加来道雄のエイリアンについての見方

2021.04.24(11:25) 823

 ヤフーのニュースサイトに「理論物理学者ミチオ・カクが語る『エイリアンに接触するなんて、とんでもない』」という見出しの記事が出ていて、びっくりしました。これは、それだけ見ると、「エイリアンなんか存在するはずがない。だからそれに接触するなんて話はナンセンスだ」というふうにも解釈できるからです。

 今度出るジョン・マックの『エイリアン・アブダクションの深層』にはこの加来道雄(日系人学者なのでミチオ・カクではなく、漢字で表記しましたが)の本からの引用がかなり出てきます。それなのに、英語圏ではかなり有名らしいこの理論物理学者がエイリアンについて上記のような「エイリアン否定」解釈をしているなら、マック教授は“不正な”引用の仕方をしているのだと非難されかねないからです。

 内容をよく見てみたら、「何だ…」という感じで、全然そういう意味ではないので、元のサイトのクーリエ・ジャポンを見てみると、見出し自体が違っている。「しよう」が「する」に変えられ、最後の「考えです」もヤフーはカットしていて、サブも表記されていない。元々のものだと誤解は生じないでしょう。

理論物理学者ミチオ・カク「エイリアンに接触しようなんて、とんでもない考えです」(おそらくフレンドリーだけど「慎重に」)

 ミチオ・カクはニューヨーク市立大学シティカレッジの理論物理学教授で、ひも理論(弦理論)の提唱者だ。だが、それと同時にテレビに出演したり複数のベストセラー書籍を出版したりして、科学の普及者としても広く知られている。

 カクの新著『神の方程式』(未邦訳)は、アインシュタインの一般相対性理論と量子論を組み合わせて、宇宙のあり方の「すべてを説明する包括的な理論(万物の理論)」を確立しようとする取り組みを、明確かつ親しみやすい形で取り上げている。


 と紹介した上で、そこからインタビューになっているのですが、エイリアン云々の話が出てくるのは後ろの方です。

──今後1世紀以内に、人類は地球外文明と接触すると考えられています。懸念していることはありますか?

 もうすぐウェッブ宇宙望遠鏡が軌道を飛行するようになり、何千もの惑星を見られるようになります。そのため、地球外文明と接触する可能性は極めて高いと考えています。彼らに接触を試みるべきだという科学者仲間もいます。けれど私は、とんでもない考えだと思っています。何百年も前にアステカ王のモンテスマ2世がメキシコで征服者のコルテスに出会ったあとどうなったのか、は誰でも知っています(コルテスに捕らえられて人質となる)。

 ちなみに、個人的には地球外生命体は友好的だろうと思っています。だからといって、そうであるほうに賭けるわけにはいきません。ですから、人類は地球外文明と接触すると思いますが、その際は非常に慎重になるべきです。


 要するに、今後「地球外文明と接触する可能性は極めて高い」だろうが、今の人類がエイリアンと接触するのは、あちらの方がずっと進んだ知識とテクノロジーをもっているだろうから、自分は「個人的には地球外生命体は友好的だろうと思ってい」る(ちなみに僕もそう思っています)けれども、仮にそうでなかった場合、とんでもないことになりかねないから「非常に慎重になるべき」だと言うのです。むしろ明確に「存在する」派だと言ってよい。

 インタビューの最後は、これだけでは何のことかよくわかりませんが、興味深いものです。

──ご自分のことを、神の存在の有無は証明できないとする「不可知論者」と呼んでいますね。研究を通じて、設計者としての神という概念に近づいていますか。それとも遠ざかっていますか。

 スティーブン・ホーキングは神を信じない理由を「ビッグバンは一瞬にして起こり、神が宇宙を創造する時間はなかったことから、神は存在し得なかった」としています。

 ですが、私の見解は違います。私の両親は仏教徒なのですが、仏教には涅槃(ねはん)というものがあります。それは時間の区切りがない境地で、始まりも終わりもありません。一方で両親は、私を長老派教会に入れたため、私は毎週、日曜学校に通い、創世記や宇宙が7日間で創造されたことを学びました。

 現在の多元宇宙論の概念をもってすれば、この2つの正反対の枠組みを融合することができます。ひも理論によれば、ビッグバンはたびたび発生しています。こうして話しているあいだにも、宇宙のどこかで創世がされているのです。そして、宇宙は膨張の末にどうなるのでしょうか? 涅槃にいたります。11次元の超空間は涅槃なのです。

 ですから、仏教とユダヤ・キリスト教哲学を一つの理論に内包することができるのです。

 このあたりのことが今度の『神の方程式』(未邦訳)では詳しく説明されているのでしょう。この人の著書は、2006年以降、日本でも数点が翻訳――斉藤隆央氏(東大工学部卒)によるものが多い――されていて、『エイリアン・アブダクションの深層』の参考文献のところでもその邦訳書の紹介はしておいた(マックの本に引用されている本の邦訳はないと見られる)のですが、こちらも訳していただけませんかね? 面白そうなので、僕はきっと買うと思います。



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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ジョン・E・マック著『エイリアン・アブダクションの深層』刊行に寄せて

2021.04.17(22:31) 821

 書店に並ぶのはまだ少し先ですが、版元のナチュラルスピリットのホームページに近刊予告が出て、アマゾンでも予約が可能になったので、おしらせしておきます。

エイリアン・アブダクションの深層 ―意識の変容と霊性の進化に向けて―

 発売日は5月8日になっていますが、こういう日付は遅めに付けるので、実際の配本はもう少し早くなるかと思います。連休前に出てくれるのが一番いいのですが、今の時期は印刷所も立て込むらしいので、そのあたりは微妙です。何にせよ、お待ちいただいた方に「やっと出ます」とご報告できるのは嬉しいことです。

 アマゾンは前とは表示の仕方が変わって、目次が下に出てこないので、内容がわかりにくいかもしれません。表紙(うまくイメージを捉えていて、原著のそれより迫力がある!)の写真のすぐ下の「イメージを見る」の箇所をクリックすれば、目次の画像も一緒に出てくるので、詳しい内容を知りたい方はお手数ですがそちらをご覧ください(尚、表紙の表記に一部不備があって、現段階では前の画像が出ているようですが、実物は修正されています)。

 下の「出版社より」のコーナーの説明文は、ランダムにあちこちから抜き出したものらしく、相互につながっているわけでもないし、これではちょっとわかりにくいだろうと思います(「本文より」とあるのに、訳者あとがきからの引用が混入していたりもする)。僕はいくつか、広告文用によさそうなものをピックアップしていたので、本体関係(帯や本の見返し)にはそれを使ってもらえたようですが、ここに入れるのによさそうなものとしてえらんだ文はなぜか入っていない。それを以下に再録しておきます。

 これまでのUFOをめぐる議論は主に、それが厳密に物質的な意味でリアルなのかどうか、そしてその存在が伝統的な科学の手法で証明できるのかどうか、という問題に焦点を当てたものだった。同様に、アブダクションに関しても、関心は、人々がエイリアンによって身体的に空中の宇宙船に連れて行かれたのかどうかという点に向けられていた。これらは込み入った問題である。しかし、アブダクティたちと十年近く一緒に研究してきた後、私は、これらはアブダクション現象が提起する最重要の問題ではないという見解に達した。私たちの文化にとって最も重要な真実は、アブダクティたちの体験の途方もない性質とその力、これらの体験が開く他のより深いリアリティの次元への端緒、そしてそれらが私たちの文化と人類の未来にとってどんな意味をもつか、というところにあるのではなかろうか。(最終章冒頭より)

 ということで、この本は、アブダクションの物理的証拠を並べ立てて、それが「客観的現実」であることを強調して読者を説得しようとするものでも、テレビのバラエティ番組によくあるような、エイリアンやUFOとの遭遇の異様さをセンセーショナルに(あるいは面白おかしく)伝えようとするようなものでもないということです。著者は、アブダクティまたは体験者と呼ばれる人たちの話に深く耳を傾けて、それがその人たちの生活と内面にどんな影響を及ぼし、自己理解や世界観にどういう変化が生じたか、それを詳しく紹介しようとします。そして、その異様な体験(色々な角度からそれは検討されます)を通じてひき起こされたアブダクティ個人の深い自己変容が、そうした体験とは無縁の一般の人たちにとっても意味のあるものになりうるかどうか、考察しようとするのです。

 むろん、「ぶっ飛んだ」話はいたるところに出てきます。問題の性質上、そうならざるを得ない。想像力の豊かな人なら、読んでいるうちに窓の向こうやベランダからETたちがこちらを覗き込んでいるのではないかと心配になってくるかもしれません。客観的・物理的証拠があろうがなかろうが、体験者たちは不定期にエイリアンの訪問を受けたり、彼らに連れられて壁を通り抜け、青いビームに吸い上げられて空を飛んだり、宇宙船の中の台のようなものに乗せられて検査を受けさせられたり、エイリアン妊娠なるものを体験したり、中にはエイリアンの愛人がいると主張する人さえいるのですが、そういうのがリアルそのものの体験として語られるのです。エイリアンにもおなじみのグレイの他、爬虫類型や、金髪型、おでこに大きなでっぱりのあるものや、外見は人間とほとんど変わらないものまで、多くの種類がいるようで、形態のみならず、大きさも様々なようです。

 ETたちはほぼ共通して、地球の深刻な生態学的破壊に憂慮を示していて、アブダクティに様々な情報を与える。それがきっかけで環境保護活動家になった人もいるくらいで、ノーテンキな人類よりエイリアンの方が地球の環境破壊を心配しているというのは妙な話ですが、この本を読むかぎり、どうもそれは事実であるようです。

 この本には北米、南米、南アフリカの個性豊かなシャーマンが三人登場して、八、九、十章がそれに該当します。それぞれが遭遇体験者で、彼らにとっては宇宙人は自明の存在で、彼らの文化はそれを組み込んだものとして存在してきました。先住民の間には先祖が「星から来た人」だという伝承をもつ部族もいて、そういうのはべつだん珍しい話ではないようです。太古の昔から彼らは地球を訪問していて、文明や時代によっては彼らと「共生」していたときもあったと信じる人たちもいる。知識やテクノロジーも彼らに教わったのかもしれないので、だから漸進的文明発達史観からすると、説明不能な超高度技術が大昔にあったことも、それが正しいなら「ありえない」話ではなくなるでしょう。

 それにしても、名門ハーバード大の教授ともあろう者が、一体どうしてそんなトンデモ話を真に受けて十年もその研究に没頭するようなことになったのか? 大方の人はUFOや宇宙人は認めるとしても、この本に書かれているような様々な異常としか思えない出来事は信じがたいと思うでしょう。通常なら病的な幻覚か妄想として片づけられそうな話のオンパレードなのです。著者はそれまで精神医学の本流を歩いていて、ピューリッツア賞を受賞したこともある有名な学者です。気でも狂ったのかと言われても不思議ではないので、げんにハーバード大医学部の同僚の中には、精神病理学の研究対象としてならともかく、そんなものをまとも扱いするのはけしからんと大学に告発状を出す者がいて、マック教授は査問委員会にかけられてしまったのです。彼らにしてみれば、それは「大学の品位を汚す」こと以外の何ものでもなかったのです。

 著者がそれを研究するようになった経緯は第一章に詳しく述べられていますが、その人たちの大部分には心理検査の結果、何の異常も発見されなかったし、ふつうに社会の中で元気に働き、活躍している人たちで、職業も年齢も様々ですが、中には五人の子供をもつ主婦までいるのです(全体として女性の比率が高い)。その部分だけ「異常」だというのは道理に合わないので、著者の精神科医としての長年の経験に照らしても、面接していて彼らが病気だという印象は受けなかった。知的レベルが低いとか、科学的思考能力に乏しいということもないので、学者やサイエンス・ライター、医者や看護師などもこの本には登場します。彼らは通常の近代西洋的、合理主義的な「知のパラダイム」からすれば、とんでもないことを言っているのですが、だからといって他に何ら病的な兆候もないのに、それを病気や妄想として片づけてしまっていいのか?

 ここで彼は人間として、医者として、学者として、その誠実さを問われたのです。そこで、「私には、明らかに彼らにふさわしくない枠型に適合するようクライエントを強制し続けるより、自分の世界観を修正することの方が論理的で、知的にも誠実であるように思われた」(第一章)ので、先入見を排除し、真剣な研究に乗り出したのです。

 読者もそこは同じで、通常の世界観を保持したままではついていけません。そこでは時間や空間の観念も変更を迫られ、まず自分がここにいて、その外部に空間があり、そこに様々のものがある(いる)といった通常の主客相対的な世界理解も疑問にさらされます。アブダクティたちはよく「自分を木っ端みじんにされた」と言いますが、それまでもっていた価値観や考え方のすべてが崩壊させられてしまうような恐怖を(少なくとも最初は)体験するのです。

 人間にとって、それは最も恐ろしいことです。なぜかといえば、自分とは通常、その価値観や世界理解だからです。もしもそれが崩壊させられれば、自分もそれと共に崩壊する。アブダクティたちにとって、エイリアン・アブダクション体験とは禅の公案のようなものです。それはそれまでの価値観、世界観をもったままではいくら考えても理解できない。謎は深まるばかりになってしまうのです。そこでどうするか? それらをすべて手放して目の前の現実に向き合うしかなくなる。それは通常の自己の死を意味します。

 アブダクション体験者と「共にいる」ときほど、精神科医として大きなエネルギーを要求されることはないと、著者は言います。トラウマや解き得ない難問を抱えたクライエントを相手にするとき、精神科医やセラピストは「全存在をもってそこにいる」ことを要求されます。もしもそれが自分の考えや、精神医学、心理学の教科書には適合しないというので、妄想や錯覚、病気として直ちに斥けてしまうなら、それが自己防衛心理から逃げ腰になった二流の精神科医やセラピストのやることですが、対話も交流も成立しなくなる。

 著者は本の扉に「私の先生であった体験者たちに」という言葉を掲げています。これは社交辞令の類ではないので、彼らと共同作業した結果、著者自身が知のパラダイム転換を経験し、人間精神の新たな可能性を発見したのです。袋小路に陥った今の文明からの脱出口になりうる力強い何かを、この人たちはつかんだのだと著者は感じた。思いがけないことに、それは先住民文化や、古代的な叡知とも通底するもので、それに新たな生命を吹き込むようなものでもあったのです。

 あれこれ書くとキリがなくなるのでこれくらいにしますが、これで大体のイメージはおわかりになったでしょうか? 断固として自分の個人的信念や世間的な固定観念を守りたいという人には不向きな本なので、オープンな心をもたない人は、途中で挫折するか、腹を立ててしまうかのどちらか、あるいは両方になるでしょう。それなら初めからお読みにならない方がいいのです。

 しかし、今の文明世界に暮らしていて、何かおかしい、ここには何か根本的に間違ったところがあるのではないかと感じている人は、この本から得られるものがあるでしょう。また、そもそも自分というのは何なのか、この世界は全体どういう構造になっているのかといったことに関心をもつ人たちにも、興味深く読んでいただけるだろうと思います。別にエイリアンに興味はない人たちも、一個の人生体験の書として読んでいただければ、得られるものはきっとあるだろうと思います。

 訳者として、楽屋話はたくさんあるのですが、そういうのは今回は無用にします。予想よりずっと遅れた出版になったのですが、この前もちょっと書いたように、アメリカ政府はまもなく、これまで機密扱いにしてきた国防総省内部のUFO情報を公開すると見られているので、期せずしていいタイミングの訳書出版となりました。この本は題材にもかかわらず、かなり硬派の研究書なので、そう楽には読めず、出版は難しいかなと思いましたが、出せたのはナチュラルスピリットの今井社長の英断のおかげです。売れなくて社に損害を与えるのは避けたいので、できるだけ多くの読者に買っていただければと思います。このボリュームでこの値段はかなりお買い得だと思うのですが、いかがなものでしょう?



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


未分類
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