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団塊の世代+高齢化率ワースト県出身の菅総理はこの問題をどう考えているのか?

2020.10.19(21:11) 766

※ 10/20、註を追加しました。

「余裕こいて、何を下らんことばかりやってるんだろ…」

 国が問題山積の中、菅政権についてそう感じている有権者は多いでしょう。学術会議新会員の任命拒否事件といい、中曽根元総理の葬儀に関して国立大や最高裁に「半旗掲揚」の要請(言うことを聞かなかったらこの先どんな不利益があるかしれないぞと脅しているようなもの)をひそかにしていたことといい、どちらも政治の本筋からすれば「余計なこと」としか思えないもので、それで「陰湿な権力乱用のやり口だ」と反感を買って支持率を下げているのだから、世話はないのです。

 政治家が実務より思想統制の類に熱心になるというのは、思えば奇怪なことで、そうしないと尊敬してもらえないとでも思っているのでしょうか? そもそもの話、学術会議は提言はしてもそれには政府への強制力はないのだから、その中に反対派の学者がいても差し支えはないはずだし、死者を悼むのは個人の内面の問題なので、大学だの裁判所だのが半旗を掲げて追悼の意を示さないと気に食わないというのは、一種の病気です。「そんなこと、ほっとけ」と大方の人は思うでしょう。大体、中曽根氏(十分すぎる長寿を保って大往生した)の葬儀に国費で9600万も支出するという根拠は何なのか、今は葬儀の簡略化が進み、世間では家族葬が主流になりつつあるのに、時代がかった自民党政治家たちが自己満足のためにそういうことをしているだけなのです。故人の意思とは無関係な政治イベントにすぎない。大時代な復古主義の日本会議あたりだと考えそうなことですが、今の政権はそういう特殊なイデオロギー団体の傀儡になり下がっているのでしょうか?

 こういう愚かしい政権に「改革」なんて果たしてできるのか? 「脱ハンコ」については、そんなこと大急ぎでやらねばらないほどのことか、優先順序を間違えているという批判が出ていますが、例の携帯料金値下げについても、問題を理解せず「40%」という数字にだけこだわって頭ごなしのおかしな無理強いをやりかねず、この前(10/9)ここに引用した法林岳之氏も言っていたように、逆らえないから関係各社は見かけだけそう見えそうな妙なことをやって、実質的には下がっていなかったり、サービスが低下したりといった問題が後から出てくる可能性大です。とにかく菅義偉という政治家は、自分に反対する者には我慢がならないようで、こういう人間が権力を持つとその独善性がさらに募って、とめどがなくなり、「改悪」事例を山のように残して去るだけになりかねない。人の上に立つ器なのかどうか疑わしいのです。

 この政権になって、国民間の分裂・対立は安倍政権時代以上に強まっています。しなくてもいい無意味なことを次々やって、国内に不和を作り出すからです。国をまとめるどころではない。自分の色に染めて、そちらで「統一」したいということなのかもしれませんが、そんなこと成功するわけはないし、また、成功されては困るのです。この手の人間の一番困るところは、いくら指摘されても聞き入れないことで、「実務政治家らしく堅実にやるだろう」と有権者が期待したこととはまるで反対になっているのです。

 今の日本の深刻な問題はコロナの他にも色々あって、その中の最大のものの一つは高齢化に伴う問題です。定義上、65歳以上の高齢者人口の割合が全人口の21%以上を占めるようになった社会を「超高齢社会」と呼びますが、現在の日本はその比率が28.7%となっており、毎年「新記録」を更新しています。これは歴史上人類が経験したことのない事態ですが、少子化と重なっているから、当然人口も減っている。次はNHK のニュースサイトの記事です。

 ことし1月1日現在の日本人の人口は1億2427万人余りで、11年連続で減少しました。減少数もおよそ50万人と、6年連続で過去最多を更新しました。
 ことし1月1日現在の住民基本台帳を基に総務省がまとめた日本人の人口は1億2427万1318人で、平成21年をピークに11年連続で減少しました。
 減少数は50万5046人で、昭和43年の調査開始以降最も多くなり、6年続けて最多を更新しました。(2020年8月5日「日本の人口1億2427万人余 11年連続で減少」より)


 要するに、生まれてくる子供より、死者の方がはるかに多くなっているということですが、「2025年問題」というのが囁かれていて、これは最も人口ボリュームの多い、1947~1949年生まれのいわゆる「団塊の世代」(その三年間だけで806万人!)が揃って75歳以上の後期高齢者になる年だと言われています。今の段階ですでに医療費、介護費などは天文学的な数字に達していて、健康保険料、介護保険料の負担は驚くほど上がっていますが、これがさらに暴騰すると見られているのです。

 菅総理はこの世代のど真ん中に当たっており、かつ彼の郷里の秋田県は高齢化率全国ワーストで、37.9%に達しており、2045年には50%を超えると見られています。おかしな思想統制に憂き身をやつすヒマがあったら、当事者の一人としてこちらの問題に真剣に取り組めと言いたくなるところで、彼発案のあの問題の多い「ふるさと納税」制度などは、税収の落ち込みが激しいそうした地方自治体のためにやったのだと言われそうですが、そういうのは根本的な解決にはならないわけです。

 僕も当年65歳で、高齢者入りを果たしたのですが、介護保険料の通知書を見て、その金額に驚きました。65歳を境に通常の税負担は減るが、「おまえも当事者だろ」ということでこちらが一気に高くなるのです。貧乏人からもそんなに取る気かと呆れたのですが、調べてみると、近年猛烈な勢いで上がっているのです。生活保護や住民税非課税の世帯は低く抑えられているが、それ以外は一気に高くなって、かつ、貧乏人ほど所得に対する比率の高い「逆累進性」がそこには見られるのです。具体的に言うと、こうです。これは僕が住んでいる延岡市の例ですが、

 前年度の所得金額(必要経費を差し引いたもの)が120万円未満で、88,500円
        同上             が120万以上160万未満で、95,580円
        同上             が160万以上200万未満で、102,660円


 というふうにだんだん上がっていくのですが、一番上が、

 前年度の合計所得金額が800万以上で、152,200円

 となっているのです。年間所得が800万以上もあれば、15万程度、痛くもかゆくもないでしょうが、年収が120万未満で9万近いということなら、90万でも同額なのだから、その負担額はほぼ年収の1割になるのです。年収800万の人の場合、それに対応する金額は0.2%にすぎない。これで「逆累進的」という意味がおわかりいただけるでしょう。むろん、これは「介護保険料」であって、「国民健康保険料」は別途徴収されるので、それはむろんのこと、それよりも高いので、その収入レベルでも合わせて22万程度にはなる。年収90万でそれなら、4分の1それでもっていかれて、68万で1年間暮らしなさいということになる。毎月5万6千円で生活しろということで、「その代わり、老人なので市民税・県民税の方はお安くしときましたから」と恩着せがましく言われても、喜ぶ人がどこの世界にいるのかということになります。生活保護世帯の場合には、健康保険料免除、医療費タダで、介護保険料は2万1240円ということになっていて、毎月の支給額は地方のそれでも10万は超え、ほとんど引かれるものがないのだから、そちらの方が倍近い“金持ち”だということになるわけです(但し、窓口でのあの屈辱を忍ばねばならない)。

 こんな馬鹿げた話、世界のどこにあるのかと思ったら、日本にあるのです。年金というのは丸々もらえると思っている人は甘いので、こういうふうに介護料が今は新たに加わっているのです。非国民の僕の場合、「あんなものはただの余分な税金で、前はある程度ゆとりがあるから払っていたが、今はビンボーだから払わない。国に面倒を見てもらう気はさらさらないから、ゴチャゴチャ言うな」と言って、途中から払うのをやめて、社会保険事務所から派遣されたパートの督促員に「口座を差し押さえますよ!」とよく脅迫されていたのですが、あの期間短縮のおかげでもらえる部類に入った(それも当局は厚生年金の方を全く把握していなくて、後からわかったものがいくつもあったのだからお粗末の極み)ものの、雀の涙です。それでも、多少は助けになるかと思っていたら、何のことない、それで介護保険料と健康保険料を賄いなさいという意味だったらしく、残るものは雀の涙から蚊の涙に縮小したのです。もらえる実質で言うと、自分が払った分を取り返すには90近くまで生きないと無理でしょう。全く働かなくなって他に収入がなくなれば(それでは年金に頼れない、あっても国民年金だけという人は生きていけないわけですが)非課税になって、介護保険料も一気に下がるので、もう少し早く回収できるでしょうが、全くもって馬鹿馬鹿しい感じです。

 この介護保険制度というのは、調べてみると2000年4月に導入されたもので、それまで介護サービスは全額国庫負担だったのが、政府は保険にして国民に負担させることにしたのです。それで国庫負担分を25%に削ったので、費用暴騰のほとんどの部分を国民におっかぶせるのに成功した。どんどんそちらを上げていけばいいと、実際にそうしているので、実態は新たな税金に他ならず、保険を装った姑息な増税手段にすぎなかったのです。

 元々がそういうものなのですが、これは40歳から徴収されるようになっていて、それは健康保険料に混ぜられています。しかし、65歳を境にどんと上がる仕掛けになっているので、まだの人は覚悟しておいた方がいいのです。上に見たとおり、今後は団塊の世代の後期高齢者入りに伴って費用は暴騰し、健康保険料ともども、上がる一方でしょう。老人が増え、受給額が増大してきつくなる一方の年金保険料の方はすでに限界近くに達しているので、国民年金で見ると、2007年に月額14,000円を超えたあたりから上がり幅はゆるやかになっています。今は16,540円ですが、この金額自体が異常で、1970年=450円→1975年=1,100円→1980年=3,370円→1989年=8,000円と驚くべき勢いで上昇したのですが、今はデフレなのに、あのバブル経済時代の倍以上になっているわけです。手取り10万程度のアルバイト青年(非正規率が高くなっているのは周知のとおり)にそんなもの払えと言う方が無理(他にも払わねばならないものがたくさんある)なので、国民年金にしても、厚生年金(あれは企業と折半だから天引きされている額の倍支払ったことになるわけですが)にしても、今の80代以上の老人が支払った保険料の累計額と、今の現役世代が払うそれとでは、金額が違いすぎることになって、むろんそれは物価の変動では説明不能です。世代間不平等が甚だしすぎると若い世代が怒っても、それは無理からぬことなのです。百歳超えが8万人に達したというニュースをしばらく前にやっていましたが、今後もそんなに長生き老人が増え続けたのでは困ると、大方の人はホンネでは思っているでしょう【註】。敬老が成り立たない国になっているのです。

【註】ついでに付言すると、国民年金制度(自営・フリーランス対象)が始まったのは1961年で、今80~90歳の人は21~31歳で、当時は35歳を境に150/100と金額が分かれていて、それ未満なので納付月額は100円でした。100倍すれば15,000、10,000円ですが、国民年金対象者ではありませんが、生活実態を見るために援用すると、当時の大卒初任給(公務員)が12,900円、高卒初任給(公務員)は8,300円でした。その頃、ラーメンは50円で、喫茶店のコーヒー代が60円、週刊誌が40円 新聞購読料390円、映画館が200円だったとのこと。給与で見てもその上げ幅は20倍に届かず、物価は10倍前後ですが、国民年金保険料だけは100倍を超える上昇を見たのです。そして当時は収入が増えて生活が楽になる高度経済成長期に当たっていた。ちなみに、大学生のアルバイトの時給など、彼らに話を聞くと僕が学生だった1970年代後半とほとんど同じです。そのあたり、40年前とあまり変わらないということですが、その間、国民年金保険料は3,370円から16,540円へと5倍に暴騰したのです。公務員・民間企業サラリーマンの厚生年金保険料も、元がそれほど安くなかったので上げ幅こそ国民年金よりは低いが、金額は大きいので、今は18.3%で、月給30万の人で月額27,000円(自己負担分)に達する。他に健康保険料、国税、住民税と、諸々かかってくるので、“酷税感”は免れないことになっているのです。

 こうなったのも、国がその場しのぎの弥縫策しか講じなかったからで、先を見越して手を打つことは何もしてこなかったのです。政治家も役人も、誰一人責任は取らない。年金制度など、いずれ破綻するということは1980年頃にはすでに指摘されていましたが、政治や行政は保険料を上げ続けることと厚生年金と国民年金を合体させること以外、何もしなかったのです(上に見たとおり、実質はすでに保険料負担の大きすぎる世代間不公平によって破綻している)。で、介護費用については先に見たように、保険という名の増税を考えつき、かつ逆累進性の高い「貧乏人いじめ税」にしたわけです。

 これを一体どうするのかというのは、一人養うのに年間一億もかかっている(それに見合った仕事をしているとは到底思えない)カネ食い虫の国会議員の先生方にはぜひとも考えてもらわねばならないことです。今は大学受験でもお勉強さえできれば医学部に、みたいな風潮がありますが、医師の高い給料も高い保険料負担にあえぐ庶民の犠牲の上に成り立っているので、あんまり威張れた話ではないでしょう。そして健康保険制度が崩壊すれば、その高給も失われる運命なのです。

 健康保険制度にしても、介護保険制度にしても、「助け合い」の名目で導入されたものです。どちらも税金は半分(介護保険の場合は自治体が25%程度負担する)入っていますが、それも国民が別のかたちで支払ったものです。政治家先生や役人が恵んでくれたものではない。とにかく総費用の半額が保険金によって賄われるわけですが、その保険料がこんなに高くなったのでは制度が立ち行かなくなる。早い話、若い人には「こんなものなくて、10割全額病気になったとき病院の窓口で支払った方がよっぽど安くつく」と思っている人が多いでしょう。大病をしたり、大きな手術を受けたりしないかぎりは明白にそうです。昔はサラリーマンは1割負担だったのが、小泉政権のとき3割負担に変わったので、なおさらです。そもそもの話、風邪を引いたり、胃腸をこわしたり、少し頭痛がするといったとき、大方の人は薬局で薬を買って済ませる。むろん、それは10割負担で、保険に入っているのに、それは使わず、別に自腹で薬代を払っているのです。病院に行くと、老人で溢れていて(中には社交場と勘違いしている老人までいる)、長く待たされる上に、病院が点数を稼ぐための意味不明のいらない検査まであれこれ受けさせられる。そんなものにつきあっているヒマはないからです。保険料が月数千円なら助け合いだからということですませられるが、大した収入でもないのにそれだけで毎月2万も持っていかれるというのでは、生活を圧迫されているのだから、助け合いというより犠牲を強いられていると感じてしまうでしょう。

 それであなたが20年間、医者にはほとんどかからないまま、ずっとそれを払い続けて、失職し、うつになって家賃も支払えない窮状に立ち至ったとしましょう。そのときは元サラリーマンも国保に切り替わっているわけですが、当然その保険料も支払えない。そうすると、保険証は取り上げられ、医者にかかれば全額自己負担になるのです。前にたくさん払って協力してきたはずで、独身だったし、まあまあの給料だったからそれはかなり高かったんですけど、なんて言い訳は通用しない。そんな過去の納付記録なんてない。今現在支払っていないことだけが問題なので、一番困ったときに助けが得られなくなるのです。あるとき救急車で運ばれたら、それだけで10何万の請求書が来た。今まで徴収されたあの何百万もの保険料は何だったのか? そういうことになるのです。全く、素晴らしく優しい制度です。

 話を少し戻して、こんなに保険料が高くなってしまったのは、老人の急激な増加と長寿化、医師の過剰診療が原因です。これでは支える側が疲弊して、かえって若い世代にも病人が増えるという皮肉な結果になりかねない。思えばもっと平均寿命が短かった昔は、認知症の老人も少なく、周囲に惜しまれつついい頃合いで死ねた人が多かったと言えるわけです。今はメンテナンスが徹底しているおかげで、なかなか死ねなくなり、そのうち認知症になって正体不明に陥っても、さらに5年、10年と生き続けねばならなくなった。本人にとってもそれは全然幸福なことではないわけです。現役世代はそれを見てきて、自分はそんなに長生きしたくないと思う人が増えた。だから、ある生保会社がアンケートを取ったら希望寿命の平均が78歳だった、というようなことになるのです。それぐらいまでなら何とか健康寿命が保てそうだと、多くの人が思っているからでしょう。それ以上はいらないと。

 今は一定の年齢になるとやたら何とか検査の無料受診票なんてものが送られてきます。それはむろん、本人はタダでも、病院がボランティアでやっているわけではなくて、受診すれば費用は保険料から支払われるわけです。余計なお世話だと思っている僕はそんなものは受診しませんが、本格的に具合が悪くなって、病院に運び込まれたら、手遅れの癌だったという方がむしろ好ましいので、痛みを軽減するためにモルヒネでも打ってもらって、そのままあの世に行くというのがむしろ望ましく思われるのです。それだと早く死ねる。前にも書きましたが、僕にとって死は何ら恐ろしいものではありません。自分らしく機能できなくなって、それでもまだ生き続けることの方が恐ろしい。認知症になって人格交代が起き、「まだ死にたくない」なんて言い始めたら最悪です。

 そこらへん、ただ長生きすればいいというものではないので、高齢者医療も考え方を見直すべきでしょう。老人になるとその最大の課題は「いかにうまく死ぬか」ということになるので、積極的に医療殺人をやられては困るが、その思いを反映したものに切り替えられるべきです。死ぬのがただ恐ろしいという人には、宗教哲学などの「死の準備講座」のようなものでも開けばいい。それは医療よりある意味ずっと高級だし、安上がりです。

 一つ、僕が面白いと思っているのは、あの悪名高い経済学者兼政商の竹中平蔵氏が菅政権のブレーンとして返り咲いて、「月7万のベーシックインカム」を言い出したことです。僕は元からこの制度の支持者で、それだと労働力世代の賃金奴隷感が減って、それにプラスして短時間のバイトでも生活を成り立たせられるので、思い切ったチャレンジが可能になり、それで成功すればそこからこれまでにはなかった仕事なども生まれて、社会の望ましい変化や活性化に役立つのではないかと思うからですが、竹中氏の場合はこれまでのことからしても何か裏があるのだろうと勘繰る人が多いようです。

 これはむろん、生活保護や年金など諸々の制度の廃止を含意していて、制度がシンプルになるから、関連するよけいな行政コストも不要になる。世代間不公平の問題もなくなる。マイナンバーカードで収入・財産の把捉を容易にして、そこに税金をかけるということのようですが、悪用されなければそれはいい考えです。社会保障財源もそこからまとめて出すというふうにすれば、残りは自分で好きに使える。母子家庭などは除き、子供は月7万もいらないから、金額は減らすとして、成人は一人全員7万支給される。夫婦だと月14万になるから、そんなに悪くないでしょう。他に収入のない人にもひっくるめた税金が実は月7万かかるということになれば詐欺ですが。それで人が怠惰になって働かなくなるということは、これまでの社会実験からないということが確かめられている。人間心理からしてそれはむしろ当然で、人は活動したがる生きものなのです。持続可能な社会の観点からも、もっと建設的、文化的な活動が増えることが期待できる。

 おそらくこれも最も反対しそうなのは「既得権益層」で、老人の場合、国民年金の受給者は満額でも月7万もないから文句はないでしょうが、元サラリーマンなどの厚生年金の受給者はこれでは「損する」わけです。それで、団塊の世代を中心に大反対が起きそうですが、今は親となっている自分の子供世代の窮状をよく理解する人は、また違った考えをもつかもしれません(ちなみに言うと、今は大学進学でも世代的に資産形成しやすかった祖父母からの援助が大きいというケースは少なくない。塾をやっているとそういうこともよくわかるので、どういう祖父母をもっているかということも、今の子供の教育環境にはかなり影響しているのです)。

 何にせよ、今のままでは健康保険(介護保険も含めて)制度も年金制度も立ち行かないので、それに代わる別の制度が必要になっていて、このベーシックインカムはその代わりになる有力候補の一つではないかということです。菅政権はこの現状に対して何をするか、あるいは何もしないか、注目されるところです。

 尚、次の記事をご参考に。これは問題点をうまく要約したいい記事だと思います。

竹中平蔵氏の「月7万円」ベーシックインカム論が炎上…導入は本当に不可能なのか?



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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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なんじゃ、そりゃ?

2020.10.16(00:51) 765

 新たにこういう記事まで出ていました。

弔意表明を最高裁に依頼、内閣府 中曽根元首相の合同葬

 上はヤフーのニュースサイトのものですが、さすがに呆れた人が多いようで、下に「正気か?」という趣旨のコメントがたくさん並んでいます。全く同感ですが、権力をカン違いしたこんな思い上がった頭の悪い政権、早く潰さないととんでもないことになりかねません。コロナよりはるかに危険で、この前の任命拒否事件といい、あたりまえのようにそういうことを平気でやらかす神経が何より恐ろしい。この調子だとまた似たようなことをやらかすでしょう。かんじんな政治をないがしろにして、何を馬鹿なことばかりやっているのかと、有権者の大半はすでに呆れているはずで、何のためにこの政権はこんな「自爆テロ」みたいなことばかりやっているのでしょう? 菅義偉は実は重度の認知症を患っていて、悪霊にでもとりつかれ、わけがわからなくなっているのか? そういう疑いも出てくるほどで、早く選挙をやってこの政権を潰しましょう。こんなものに国政を委ねていたら、日本国は滅亡します。


【追記】この記事、笑えます。

菅政権、行き着く先は陰湿な警察国家

 最後が秀逸です。

 菅氏と杉田氏の組み合わせは、悪代官と越後屋のようだ。…(中略)…この時代劇コンビの悪だくみこそ菅政権の本質といえよう。「お主も悪よのお」などと言い合いながら、目障りな存在を次々に葬り去っていく。慣例を無視し、法律を骨抜きにし、さらには憲法までも意に介さない。行き着く先は陰湿な警察国家だろうか。

 水戸黄門はいない。なにせ、「悪代官」を国政のトップに据えてしまったのだから…。


祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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韓流検事ドラマ『秘密の森2』とリアルな現実

2020.10.15(16:38) 764

 最近これがNetflixで配信され、最初のシーズンが面白かったので時間はかかるが見てみたのですが、これは今韓国で揉めている検察と警察の捜査権争い(かんじんなところでは検察がすべて決定権を握っていて、その恣意的な運用が問題視されている)の問題なども取り込まれていて、よくできたドラマでした。『愛の不時着』みたいな荒唐無稽なおとぎ話とは設定が違うので、ひねたオヤジの鑑賞にも耐えるのです。同じNetflixには日本のドラマ『石つぶて』が入っていて、あれも見応えのある秀作でしたが、そういう系統のものが好きな人には面白いでしょう。紹介は次のサイトに委ねます。

秘密の森2

 ちょうどそれを見終えたところで、朝鮮日報の次の記事を読みました。あそこの記事は一週間ほどで消されてしまうので、少し長いが、URLではなく、コピーしておきます。

・【社説】捜査対象の李盛潤ソウル中央地検長に「ファンドゲート」の捜査は任せられない
 (10/14(水) 17:01配信)

 金融監督院が今年5月、オプティマスファンドの詐欺師らに対する捜査を求めると、大検察庁はソウル南部地検金融犯罪担当部署に事件を割り当てようとした。ところが、李盛潤(イ・ソンユン)ソウル中央地検長は自分から捜査を願い出たという。そして、李地検長は権力型の不正事件を捜査する反腐敗部ではなく、一般の告発事件を捜査する調査部に事件を割り当ててしまった。事実上「権力不正」には手を触れるなというに等しい。捜査を願い出たところから事件の割り当てまでもみ消しを念頭に動いたように見える。

 調査部は6月末、オプティマスの内部対策文書を入手した。青瓦台と与党を相手にロビー活動を行ったという内容が盛り込まれている。7月にはオプティマスの理事(取締役)が「政府および与党関係者が(ファンドの)受益者として参加」「権力型ゲート事件化を懸念」と書かれた文書を追加で提出した。政権の不正を暗示する重要な手掛かりだったが、まともに捜査しなかった。ファンド代表が「虚偽」だというと、供述調書も残さずにもみ消したという。捜査班は文書を李地検長に報告したという。ところが、李地検長は尹錫悦(ユン・ソクヨル)検察総長に報告しなかった。隠蔽したのだ。

 ファンド関係者は金融監督院局長ら政官界に対するロビー活動を行ったと供述した。ファンド詐欺犯の妻である青瓦台民情首席秘書官室の行政官がオプティマスの株式を他人名義で所有しているのを隠していた事実も明るみに出た。行政官が筆頭株主となっている別のオプティマス関連企業にファンドの資金500億ウォン(約46億円)が流れた後、資金が蒸発したという供述や資料も出てきた。それでも全てをもみ消した。その間にオプティマス側のブローカーは大半が姿をくらましたという。ここまで来ると、捜査ではなく、隠蔽犯罪と言うほかない。捜査を指揮した李地検長は当然責任を負うべきであり、捜査も受けるべきだ。

 李地検長は文在寅(ムン・ジェイン)大統領が検察に植え付けた手足のような人物だ。政権の盾の役割を自負している。チョ・グク前法務部長官の捜査では、「尹錫悦抜きで行こう」と言い、尹総長がチャンネルA事件を独立捜査本部に委ねようとすると、露骨に反旗を翻した。青瓦台が介入した蔚山市長選挙工作事件の捜査は6カ月以上進展がなく、チョ・グク裁判担当の検事を大幅に減らすよう指示した。「無罪」にするという意味だ。朴元淳(パク・ウォンスン)前ソウル市長が告訴された事実を漏えいした疑惑もある。2カ月前に政権による「虐殺人事」に抗議して退職した文燦晳(ムン・チャンソク)前光州地検長は李検事長について、「検事だとは思わない」と語った。間違っていない。

 尹総長はこのほど、オプティマス事件の捜査班の大幅な増員を指示した。しかし、重要なことが抜け落ちた指示だと言える。重要なことは言うまでもなく、「李盛潤排除」だ。これに先立ち、秋美愛(チュ・ミエ)法務部長官の息子に対する捜査でも政権側の検事が捜査班を補強すると言い、「補佐官による請託」という供述を調書に盛り込まなかった検事を再び招き、でたらめ捜査ショーを繰り広げた。結果は全て免罪符だった。検事の数を増やしたとしても、李地検長が捜査を指揮している限り、結果は見るまでもない。捜査をもみ消した李地検長と検事を完全に排除した独立的な捜査本部を設置し、捜査を委ねなければならない。さもなくば国民の信頼は得られない。


「事実は小説よりも奇なり」と言いますが、「現実はドラマよりすさまじい」のです。尹錫悦(ユン・ソクヨル)検察総長は韓国でも高潔な人物と見なされ、実際そうであるようですが、「自分は法に仕えるのであって、政権には仕えない」と公言して、文政権は今さらクビにもできない(そうすれば自ら不正な政権であることを認めてしまうことになる)ので、その直属の部下を左遷させたり、あのタマネギ男の後任に秋美愛(これまた息子の問題で火だるまになっている)をもってきて、あれこれ人事をいじらせ、検察の独立性を骨抜きにしようと画策してきたわけですが、「腐敗検察」の代表のような李盛潤という男をソウル中央地検長に据えて「政権の盾」としているのも、その方策の一つだということです。それで政府要員やお仲間の不正についての捜査を妨げ、それをもみ消すことにこれまで成功してきた。

 検察が「権力の狗(いぬ)」であることは、これまでの韓国社会の常態で、むしろ尹錫悦検察総長のような人が例外なのではないかと思いますが、それで政権の不正は隠蔽されたままどんどん膨れ上がるから、政権交代すると、大統領とその親族、関係者は片っ端から逮捕されるというようなことにもなるのでしょう。これはそれ自体、権力の腐敗を助長するあり方ですが、そこにあるのは李氏朝鮮時代からずっと続いてきた前近代的な両班政治の同族団結メンタリティで、前にも僕はここに、韓国人には公正客観的なものとしての「公」の観念がそもそも欠けているのではないか、と書きましたが、彼らの正義というのは多くの場合、事の是非善悪を問わず「身内を守ること」なのです。だから御大層な理屈はこねるが、それは身内を守るか、敵対する勢力の追い落としを図るためであって、その「正義」はほとんどの場合、そのための道具で、タテマエ的なものでしかない。その典型はあのチョ・グクで、彼は言ってることとやってることがまるっきり反対でしたが、責め立てられて苦境に陥ったものの、それは内面的な深い葛藤から出たものではないので、「バレたからまずかったのだ」程度の思いしかないのでしょう。

 言行不一致はどこの国の誰にでもあって、それは韓国の専売特許ではありませんが、いささかそれが極端で、そこに深い葛藤や恥の感情が伴わないことが、あの国の政治家やインテリの最大の特徴であるように見えます。「あれだけ激しく人を非難しておいて、自分が裏でやってたことはもっと浅ましいものだったんですか?」というようなことが珍しくないのです。あの慰安婦問題を悪用した尹美香なんかもその典型ですが、それでも文政権はお仲間だから彼女を守るのです。検察はそれを察してか、それとも圧力がかけられているのか、世論の反発をなだめるためにお茶を濁す程度の捜査しかしない。あれが敵対する勢力のメンバーがやったことなら、容赦のないものになっていたことでしょう。

『秘密の森』の主人公の寡黙な検事や、その相方の人間味たっぷりの女性刑事は、そうした異様な韓国の集団・組織文化(ついでに言うと、韓国の上下、序列関係というのは儒教的な観念の支配が根強いのか、いまだに日本などよりはるかに厳格に保たれているようです)の中で、その圧力をはねのけて「正しいこと」を追求しようとするもので、そのあたり、韓国の人たちもそれが大きな問題であるということはわかっているわけです。

 こういうのは個人主義的なヨーロッパ人の目から見ると封建的な王政と集団的な「東アジア的稲作文化」の遺物で、中国などもいまだにそれが色濃く、日本にもそれは残っているのですが、最近の自民政権のやることなすことを見ていると、よっぽど「昔はよかった」と思い込んでいるのか、どんどん前近代的、党派的な方向に退行していて、このまま行くと韓国を追い抜いてしまうのではないかと懸念されるのです。むろん、そんなこと、自慢にも何にもならない。近代的な法治国家の理念を放棄して、権力者への忖度を当然視する人治国家へと後退するとき、そこに出現するのは閉鎖的で不活発な、公正の観念が欠落した腐敗社会でしかないからです。

 今回の学術会議任命拒否事件で、僕に一つ不思議なのは、自民党内部からの強い批判が全くと言っていいほど見られないことです。大方の議員は高等教育を受けてきた人たちなのだから、おかしいのは常識でわかるでしょう。石破議員なんか、「うしろから鉄砲玉を打つ」と党派的メンタリティ丸出しの非難を自党の議員たちから受けて、もっと政権に忖度しないと総理の座は夢のまた夢でしかないと方向転換したのですかね? それとも、「やっぱり日本学術会議には問題がある」と言うのでしょうか? そういうのはまた別の問題であるということぐらい、これまでの彼の言動からしてわかっているはずだと思うのですが、僕が見たこの件に関する彼の発言のニュースは一つだけです。「『(任命)拒否権までは否定しない。なぜこの人はだめなのかが分からないと、次の人の任命のしようがない』と述べた(産経新聞10/12)そうですが、野党は街頭に出てもっと騒ぐべきだと言いつつ、自分は自民党内でだんまりを決め込んでいるわけでしょう? 今度は「かんじんなときには役に立たない奴だ」と言われて、一般の支持まで失ってしまうかもしれませんよ。


祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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元警察官僚が学術会議新会員任命拒否の主役を演じたことの意味

2020.10.13(16:20) 763

 怪談の季節はすでに過ぎましたが、この分では戦前の特高警察の復活もそう遠くはないだろうと思わせるようなぞっとするニュースでした。すでにいくつものメディアが報じていますが、次のものは「官房副長官が首相に任命除外事前報告 日本学術会議」という見出しの、日刊スポーツの記事(10/12)です。

 日本学術会議の会員任命拒否をめぐり、杉田和博官房副長官が菅義偉首相に対し、内閣府の提案に基づき、任命できない人が複数いると口頭で報告していたことが12日、分かった。政府関係者が明らかにした。

 推薦された105人のうち、6人が任命されなかった。関係者によると、杉田氏は具体的な人数は事前に首相に報告しなかったが、決裁時には口頭で任命されない6人について説明し、首相も理解を示したという。首相はこれまで「学問の自由は関係ない」としながらも、任命しなかった理由は明確にしておらず、今後説明責任が問われる。

 安倍政権で文部科学事務次官を務めた前川喜平氏は「杉田氏が身辺調査を指示し、首相と相談して6人除外を決め、内閣府に起案させたのではないか」と指摘した。

 一方、政府は12日、首相が人事を決裁した際の文書に会議側が推薦した105人全員の名簿が添付されていたと明かした。首相は9日のインタビューで「推薦段階の(105人の)名簿は見ていない」と明言しており、説明が矛盾する。加藤勝信官房長官は会見で、名簿は「参考資料として添付」され、首相は「詳しくは見ていなかった」と苦しい釈明をした。共産党の小池晃書記局長は「菅氏の周りがうその上塗りをしている」と非難。野党は首相の発言の矛盾を追及する。


 毎日新聞などもほぼ同じですが、この記事によれば、杉田和博官房副長官が実質的にこの件を仕切ったと解釈できます。この御仁は元警察官僚で、1941年生まれという大変なじさま(当年79歳)です。ウィキペディアによれば、

 警察ではほぼ一貫して警備・公安畑を歩み、警備局長を経て内閣官房にて内閣情報調査室長、内閣情報官、内閣危機管理監として政権中枢で公安と危機管理を担った。2004年に退官。2012年12月26日、第2次安倍内閣において内閣官房副長官に就任

 とあって、安倍政権時と同じポストに就いていることからしても、「アベ政治の承継」のシンボル的存在です。それが実質上、あの6人の学者の排除を決めたのです。菅総理は「見ていない」と言ったが、「決裁時には口頭で任命されない6人について説明し、首相も理解を示した」「名簿は『参考資料として添付』され」ていたというのだから、それは通用しない言い訳だということになります。

 次は時事通信の「菅首相、『6人排除』事前に把握 杉田副長官が判断関与―学術会議問題」という見出しの記事(10/12)の1節です。

 今回の人事を首相が最終的に決裁したのは9月28日。関係者によると、政府の事務方トップである杉田副長官が首相の決裁前に推薦リストから外す6人を選別。報告を受けた首相も名前を確認した。首相は105人の一覧表そのものは見ていないものの、排除に対する「首相の考えは固かった」という。

 この杉田副長官はこれまでの経歴からしても、公安警察の大ボスで、それを自分の手足のように使って会員候補者の「身元調べ」をしたのでしょう。学問的業績がどうのというようなことは彼らにわかるわけはないから、それはもっぱら「政権に対してどういう政治姿勢をとってきたか」という点に向けられたもので、もう一つ公安警察の恐ろしいところは、低級週刊誌並に私生活の細かいところまで調べて、場合によってはそれをマスコミにリーク(むろん、正体は明かさず)して信用を棄損し、邪魔な人間を失脚させることまで目論むことです(冒頭記事にも出てくる前文科省事務次官・前川喜平氏の「風俗通いスキャンダル」なども、完全な失敗に終わったとはいえ、ほぼ間違いなく彼らのしわざだったでしょう)。だから、その名簿に載った人たちは、私生活面まで細かく調べられていると思った方がいい。

 前にも書いたように、この問題に対する世論の反応は概して鈍く、個別の質問では任命拒否が「不適切」という意見は過半数を超えているものの、支持派も4分の1近くいて、全体として菅政権の支持率は70%を超えるという不可解な結果になっている(10/5付JNN世論調査についての記事)ようですが、問題の深刻さを理解していない人が多いからこういうことになってしまうのでしょう。昔から公安警察はずっとそういうことをしてきたのですが、その大ボスが政権の中枢にいて、重要な機関の人選に直接タッチし、首相の任命権を代行する(今回の場合、実質的にそうです)ようなことはしばらく前まではなかった。ましてや学術会議の場合、その首相の任命権は形式的なもののはずで、またそうあるべき十分な理由があるのに、そんなところにまで首を突っ込み出したのです。

 この「任命権は形式的なものであるべき」だという点についてはすでに何度も触れましたが、それでも納得できないと言う人たちは次の記事をご覧ください。条文まで出した、ずいぶん周到な議論です。

学術会議問題、菅内閣の任命拒否は「制度論」で見ればおかしい理由

 僕が思わず笑ってしまったのは、筆者の室伏謙一氏を検索しようとしたら、「室伏謙一 左翼」というワードが一緒に出てきたことです。こういうのはネトウヨたちが気に入らないということでおかしな中傷文を書いたりしているからでしょう。しかし、前にも書きましたが、こういう問題に左翼も右翼もないので、法と良識に照らして正しいかどうかなのです。今回のこれは、どう見てもまともな政府がやることではない。

 そして問題なのは、その選別を公安畑を歩いてきた元警察官僚の79歳の老人が中心になってやったということです。実質的な選別権がないものにまで嘴を入れてこういうことをやらかすとすれば、ふつうに任命権のある機関のメンバー選出ではなおさら、「思想・信条による差別」は当然視されているのでしょう。

 その方面のことをよく知らない人のためにかんたんに説明しておくと、「特高」というのは「特別高等警察」のことで、最近またリバイバルして多くの読者を獲得している『人生論ノート』や、『パスカルに於ける人間の研究』、デカルトの『省察』のすぐれた訳などで有名な哲学者の三木清などもこれによって投獄されて獄中死した(そうでなければ戦後どれほど活躍してくれたことか)のですが、「国体護持のために無政府主義者・共産主義者・社会主義者、および国家の存在を否認する者や過激な国家主義者を査察・内偵し、取り締まることを目的とした日本の秘密警察」で、「第二次世界大戦後の1945年に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の指示により廃止された」のですが、その「国家組織の根本を危うくする行為を除去するための警察作用」の部分は公安警察に受け継がれ、今に至っているのです(カッコ内はウィキペディアからの引用)。

 戦前戦中、この特高が社会の恐怖と閉塞感をどれほど強めたかは有名ですが、安倍政権以来、公安警察上がりの杉田のじさまのような人が政権中枢で重要な地位を占め、今回の学術会議新会員の人選でも、中心的な役割を果たしたということなのです。菅総理はそうするよう指示していたと見られるので、全くもって危ない政権です。

 それにしても、一体何が「拒否」の理由なのか? 今回の6人の学者のうちでおそらく一番一般的な知名度のある人は『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』や『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』(共に朝日出版社)がベストセラーになった加藤陽子・東大教授でしょう。これらはイデオロギー的な硬直さを感じさせないもので、だから多くの読者を得たのですが、ウィキペディアを見ると「新左翼」だと批判する人がかなりいるようで、

・2014年、立憲デモクラシーの会の呼びかけ人に名を連ねた。
・特定秘密保護法に反対する学者の会に参加。


 といったところが、公安的見地からすると許しがたいもので、「国家組織の根本を危うくする行為」と認定されたのかもしれません。一般的な知名度が高いというのも好ましくないところで、東大にあいつをクビにしろとは今の社会の雰囲気ではまだ言えない(大変な騒ぎになってしまう)が、新たに日本学術会議会員という栄誉を与えることは何としても避けなければならないと、菅政権は考えたということなのかもしれません。何とも陰湿でキンタマの小さい話ですが、公安警察が政権中枢まで入り込むと、こういうことになるのです。

 こういうのを黙って見過ごしているとこの先どうなるかわかったものではないと僕は思うのですが、コロナ不況の折柄、そんな些末なことはどうでもよろしいと多くの国民が考えているとしたら、僕にはその方がもっとこわいと感じられるのですが、どんなものでしょう? 政府が任命する各種組織の人選には、全部公安のチェックが入るのです。今回の学術会議の任命拒否を見ても、その選別基準は偏狭きわまりないものなのがわかりますが、思想統制や恐怖政治というのはこういうかたちで始まるのです。それで活力ある社会になると思っている人がもしいたとすれば、それはずいぶんとお幸せな人であると、僕は思います。



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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エラそうに改革を説くなら、まず自分を改革してからにしろ

2020.10.11(07:46) 762

 この件についてはもう言うだけのことは言ったと思っていたのですが、ここに来てまた「何?」というような話が出てきました。まずは次の郷原信郎氏の文をご覧ください。

日本学術会議問題は、「菅首相の任命決裁」、「甘利氏ブログ発言」で、“重大局面”に

 首相が任命を決裁したのは9月28日で、6人はその時点ですでに除外され、99人だったとも説明した。学術会議の推薦者名簿は「見ていない」としている。

 これは多くのメディアで報じられていることです。そうなると、

 もし、首相が任命を決裁した段階で、6人の学術会議の推薦者が既に除外されていたとすれば、誰がどのような理由で、或いは意図で除外したのかが問題になる。そして、6人の任命見送りの問題表面化直後に、菅首相が任命決裁の際に学術会議の推薦者名簿を見ていなのに「法に基づき適切に対応」と発言したとすると、この「適切」というのは、どういう意味だったのかが重大な問題となる

 わけです。作家の平野啓一郎氏もこのことを「支離滅裂だ」とツイッターで批判したそうですが、いかにも支離滅裂で、官邸の茶坊主官僚か誰かが勝手に6人をあらかじめ「除外」して、そのリストを菅総理に渡し、それを機械的に承認して、「法に基づき適切に対応」したのだと称しているとすれば、その勝手に除外した人間が「法」だということになって、無批判に総理大臣がそれを受け入れることが「適切」だということになる。むろん、その誰かは任命権者でも何でもないのだから、擁護派の議論の根拠も崩れ去ることになる。

 昔の中国の王朝ドラマでも見ているようです。品性下劣で邪悪な宦官が「虎の威を借る狐」そのままに王の威厳を借りて勝手なことをやらかし、無能な王はそれをそのまま追認しているだけ、というような(当然ながら、そういう国は腐敗が進むだけでなく、すぐれた人材もいなくなって、早晩大混乱の中で滅びるわけです)。

 だから、もしこれが真実であるなら、6人を勝手に名簿から削った者が誰なのか、菅政権は明らかにすべきです。そして彼に、どうしてそんなことをしたのか、きっちり申し開きさせる。やった本人なら、その理由もわかっているはずです。「名簿も見ていない」総理大臣に説明のしようがないのは明らかなのだから。

 それもできないというのなら、菅氏は即刻総理大臣を辞任した方がいい。部下が越権行為も甚だしいことをやらかし、それを処分することもできないまま、責任だけひっかぶってバッシングに耐えることが総理大臣の甲斐性だと思い込んでいるとすれば、この先どんなことが起こるか知れたものではないからです。そういう無責任かつ無法な宦官政治に耐えなければならない義務は、日本国民にはない。

 上の郷原氏の記事によれば、甘利明衆議院議員も今年8月、ブログで根拠のない学術会議批判をして、そのフェイク記事が拡散して、学術会議非難に使われるようになっていたのだという。たしかにこの話はよく見かけるものなので、衆院議員自らが「名誉棄損」に該当するようなデマの発生源になっていたのです。

 甘利氏は、自民党税調会長であり、過去に経産大臣、経済財政担当大臣等の主要閣僚を務めた自民党の大物政治家である。ブログ発言によって、日本学術会議に関して、根拠のない非難を行ったとすれば、法的、政治的責任が問題になる

 というのは正論です。今回の件でも、「だから学術会議はいかがわしいのだ」という理由付けにそれがよく援用されているので、学術会議の体質問題と今回のことは分けて考えるべきだと僕は前に書きましたが、おかしな任命拒否の正当化にそうしたガセの「甘利情報」も悪用されているのです。

 重大なことは、菅首相が、6人の会員の任命見送りについて、誰がどのように判断したのかと、甘利氏のブログ発言とが関連している可能性があることである。自民党の有力政治家である甘利氏のブログ発言が、その後、自民党内や政府内部での、日本学術会議の会員任命問題への議論に影響を与え、今回の任命見送りの背景になったとすれば、甘利氏は、日本学術会議に関するブログ発言について、一層重大な説明責任を負うことになる。

 確かにそういう側面はありそうです。してみればこの件に関して、菅総理には対処すべき最低限二つのことがある。一つは誰が名簿から6人を排除したかを明らかにして、その人間に申し開きを(あくまで国民に対して)させること、その上で処分すべきですが、もう一つは甘利議員にブログに書いたフェイク記事の撤回と、謝罪を命じることです。それは「言論の自由の侵害」ではない。フェイク情報の発信は保護されるべき「言論」ではないからです。間違った風説を垂れ流した場合、その訂正と謝罪の義務は誰にでもあるのです。それは「言ったもの勝ち」のフェイク情報全盛の折柄、一罰百戒の効果をもつでしょう。

 菅総理及び自民党政府がそのあたりどの程度自覚しているかわかりませんが、今回の件でも顕著なのは、異様なまでの政治の次元の低さと、不都合なことをごまかすための党派的議論のお粗末さです。まず「改革」が必要なのはその点で、自らは無法とごまかしに終始しながら、やれ既得権益がどうの、縦割り行政がどうのと言い、民間企業には努力と真剣さが足りないとお説教してみたところで、説得力はゼロでしょう。菅義偉のどこに、「叩き上げ」特有の厳しさと迫力があるのか、僕にはさっぱりわかりません。政治家というのはゆるくて甘い商売なんだなと、ただただ呆れるばかりです。


祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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