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父子鷹ならぬ父子ネズミ

2021.02.23(13:19) 808

 総務省の計12人の職員が接待を受けており、会食数はのべ38件で、手土産などを含む総額は53万4000円、また首相お気に入りの山田真貴子内閣広報官(前にNHKに「総理は怒ってますよ!」と、インタビューで台本にない学術会議問題に関する質問をしたキャスターがいたというので“お叱り電話”をかけたことで一躍有名になった、早稲田のオフィシャルサイトにも登場する「日本はこうあるべき、という自分の素朴な正義感を大事にする」女性→こちら)も、総務審議官を務めていた19年11月に、首相長男らから約7万4000円の飲食の接待を受けていたとのこと。

課長から局長まで“接待漬け” 首相長男と総務省「密な関係」

 昔、子母澤寛(しもざわ・かん)の歴史小説に『父子鷹』(勝海舟とその父親・子吉がモデル)というのがあって、映画やドラマにもなりましたが、今回の菅首相長男の違法接待事件は、国が大変な時に、しかもコロナ禍のさなかに、よくもそんなアホなことやってましたねとしか言いようがないお粗末で、父子揃ってロクでもないなと国民を唖然とさせているのです。今どきの若者の表現を借りるなら、「脱力感ハンパない」ということになるでしょう。接待を受けていた役人がこんなにたくさんいるというのも驚きで、昨日たまたま電話で話をした元公務員の弟(政治的信条としてはどちらかといえば保守で、どちらかといえばリベラルな僕とはふだん意見が対立することが多い)によれば、どこであれ役人になると最初に訓示されるのが「民間人相手に絶対にタダ酒は飲むな」ということで、前に大蔵省(現財務省)の「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」があって以来、ことにそのあたりは役所関係では厳しくなっていたはずだということです。

 単純に「ありえない」としか思えないという話で、彼自身、一度昼食を「民間人(知り合いの税理士)」と一緒に食べて、食事代が千円だというので五百円は払わせてもらうと言って出して帰ったら、あとで上司に呼び出されて注意されたという。そういう通報がどこからかすぐ来るのだそうで、おたくの若いの(人物も特定済み)が誰それと飯を食って、五百円しか払わなかったと、そのあたりのことまで細かく把握してクレームが来たらしいので、その程度のことでも叱責の対象になりえたのです(むろんそのとき先方が関わっている会社の利害に関わるような話をしたわけではない)。だから、当時のことを考えると、綱紀がそこまでゆるむとはどういうことなのか、想像すらできないほどひどい話に思えるということでした(彼は勝手に送られてくる盆暮れの贈答品も自腹で送料を負担して全部送り返していて、そういうことをしているうちに来なくなったという)。タダで飲み食いさせてもらった上に、おみやげ(一体いくらなのか知りませんが、「高級食パン」なんてセレクトはヘルシーで泣けます)とタクシー代まで渡されているのです。

 とくに審議官なんて、下に説教する立場の人間で、通常は絶対そんなことはしないはずだという。大体、そんなことはすぐ発覚することなので(下っ端役人ですら上のようなことがふつうにあるのだから)、バレたらどうなるか、単純に自分の損得だけ考えても引き合わないのがわかるはずで、彼の想像によれば、東北新社は菅義偉と前からつながりの深い会社で、実は長男以前からそういう接待をやっていて、総務省の役人たちには悪くそれが“慣例化”していたのではないかという。たしかに、それはありそうな話です。でなければいくら「総理の長男」とはいえ、ここまでほいほいと接待に応じることはなかっただろうというのが彼の推測で、長男はそれに乗っかるかたちで接待攻勢をエスカレートさせたにすぎないのではないかと。もしも元からやっていたのだとすれば、モロに権力者である菅義偉とのコネを利用した会社側の接待だったということになって、それはそれで大問題です。何にせよ、今回の役人たちのだらしなさすぎるそれは、彼の感覚では懲戒免職になっても不思議ではないレベルのもので、信じがたいの一語に尽きるという話でした。

 大体、下心なしに何かくれるなんてことは大人の世界ではまずないわけです。塾みたいな利権とは結びつきにくい隙間産業ですら、昔、私立高校の塾相手の説明会なんてのがあって、そこに行くと、ジュースとサンドイッチぐらい出るのは何でもないとして、交通費と称する五千円入った封筒(電車やバスなら往復千円もかからない)と、ワイン一本と他に何か入った紙袋を渡されるなんてことがあって、学校によって「おみやげ」は違う(交通費と合わせて計一万の範囲内に収められていた気がする)のですが、タダで帰されることはまずなかったので、そういうのは「いい生徒をうちに回して下さい」ということなのです。官民の関係ではないので、法には触れないとしても、長くて二時間もかからない説明会(塾側も情報を仕入れるために仕事で行っている)なのだからいかがわしいのは確かで、僕は学校の進学実績や内実をシビアに見て、商売柄、色々な評判も自然に耳に入ってくるので、そういうのも考慮して、「おみやげ」ごときには関係なく、生徒の利益第一でやっていたつもりですが、許認可の大きな権限をもつ役所となると、利益が大きいだけに、当然こういうのとはスケールが違ってくるわけです。だから「瓜田(かでん)に履(くつ)を容(い)れず」で役所はとくに厳格になっているはずが、上が率先してそれをやっていた。腐り切っているわけです。

 どうもこれが「菅政治の本質」なのだろうなという気がします。舞台が、自分が所管大臣を務めて、強い影響力をもつ総務省だったというあたりも象徴的です。二階と仲がいいのも道理で、彼の典型的な利権政治屋の体質が出ているので、父親の手で大臣秘書官になって直接その仕事ぶりに学んだ長男も、それが悪いことだという感覚はほとんどなかったのでしょう。権力は公器ではなく、私利実現の手段としてあるのです。「世襲はしない」そうですが、こんなのが二代目になったら最悪なので、そんなことされたらたまったものではありません。

 もう一つ深刻なのは、先の弟の話ではないが、役人の堕落ぶりで、安倍政権時代の森友事件では文書改竄や証拠隠滅に抵抗した真面目な公務員が自殺に追い込まれたわけですが、そのうち、コネや袖の下がなければ何も通らない国になって、ルールの公平性なんてものはたんなる見かけだけになってしまうでしょう。権力を握った人間が自立心とモラルを失った忖度役人を従えて、一族やお友達企業の利益最優先で、政治や行政の私物化がとめどなく進む。悪代官が仕切る社会で、新しいものは何も生まれず、古い利権構造だけが温存されて社会は活力をなくし、前近代的な完全な三流国家になり下がるのです。ドラマ『水戸黄門』なら最後に黄門様が出てきて正義の鉄槌が下るが、最高権力者が忖度と黙従を要求する当の悪代官なのだから、お話にならない。それが菅義偉です。僕はかねて二階俊博と竹中平蔵を「和歌山県の恥」と呼んでいますが、菅義偉は「秋田県の恥」です。彼の政治家人生をスタートさせた地ということでは「横浜の恥」でもある。

 菅とその長男は「父子鷹」ならぬ「父子ネズミ」で、じっさい彼の顔はネズミに似ている気がしますが、家の柱をかじったり、蔵の米俵に穴をあけてしまうネズミか、元気のない野党に恰好の攻撃材料を与えたという点でネギをしょった親子ガモです。株だけ意味不明に上がっていますが、実体経済はさっぱりなので、こんなアホな政権は問題山積の今の危機的な社会の状況とは全く釣り合わない。あのしょぼしょぼした目も虚ろな顔を見ているだけでイラついてくるという人は少なくないでしょう。何用あって今時分、コネ入社のアホな息子まで出てきて、二流会社のセコい利益のための違法接待事件なんか起こして騒ぎになっているのか? それで本来もっとまともな議論に費やすべき国会が空転して、議員歳費がまた無駄になる。それ自体が災いなので、たんなる無能ではなく、この政権は社会に大きなマイナスを生み出しているのです。取り巻きも無能なイエスマンばかりで冴えたのが全くいない(器量が小さいからそうなるわけです)。

 僕の周囲では、菅政権の支持率はついに零パーセントになりました。前は15%程度あったが、今は消極的支持すら消滅した。何の未来ヴィジョンも力強さもなく、海外に出しても、みすぼらしさをさらすだけで、語るべき政治哲学なんてものもゼロなわけです(脱炭素社会なんて、トレンドだから官僚に言われて口にしているだけで、具体的な実現の見通しが立っているわけでも何でもない)。身内のセコい不正で突き上げられて右往左往しているだけの総理大臣なんて、海外の首脳は誰もまともに相手にはしません。自民党内に危機感が乏しいのも驚くべきことで、国が駄目になるときというのはこういうものなんだろうなと、過去の歴史(世界史)に照らして納得する部分もあるのですが、日本国民の一人としては他人事ではない。この夏のオリンピックはどうしてもやるのだと言うが、それ自体が努力の向きをはき違えているので、ほんとにどうしようもないなという感じです。いつまでこんな三流政治屋に政権を預けておくのか、自民がもはや公党の体をなしていないのも、見ていればよくわかります。今度の総選挙で思いきり灸を据えてやらないと、ほんとにこの国は終わってしまいますよ。


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祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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作話と事実の間~元従軍慰安婦・李容洙さんの場合

2021.02.20(13:46) 807

 このおばあちゃんはよくニュースに登場します。トランプ大統領(当時)をもてなす文大統領主催の晩餐会に出席して「抱きつきパフォーマンス」を演じたり、国会議員に当選した挺対協改め正義連の代表、尹美香を激しく「批判」したことなどは記憶に新しいところです。あらためて過去のニュースをチェックしてみると、ご本人自身が、2012年、韓国の国会議員選挙に民主統合党の比例代表候補として出馬すると表明したときは、尹が「他の元慰安婦たちが嫌がっている」と言って引き留めようとしたが、耳を貸さなかった(中央日報)なんて話も出てくる(結果は、自分まで回ってこなくてあえなく落選)。元々かなりの野心家で目立ちたがり屋なので、だから尹美香への批判は「自分を差しおいて、どうして尹が…」というやっかみも大きく関係していたのでしょう。「(尹は)慰安婦問題を解決しないまま国会議員になってはいけない」と言ったのですが、自分はそのために国会議員になるのだと前は主張していたわけです。どちらも慰安婦問題を自分が成り上がる道具に使おうとしたという点、同じ穴の貉なのではないかと思えてくる。

 あの件では、その「告発」をきっかけに挺対協の慰安婦問題の露骨な政治利用や不正会計が次々明らかとなり、韓国内での特権的地位は失われたのですが、尹の方も「1992年に初めて電話をかけてきた時、蚊の音ほどの声で震えながら、『私ではなく、私の友達が…』と話し出した当時の状況を昨日のことのように覚えている」と応酬して、ほんとは慰安婦のニセモノだと言わんばかりの態度を取って、互いのボロを暴露し合う結果となったのでした。

 それで今回もまた主役然として登場したのですが、それはあのハーバード大教授の慰安婦論文をきっかけにしたものでした。次は韓国「中央日報」日本語版の記事です。

「慰安婦問題をICJに…」 李容洙さんの訴えに…韓国女性家族部「意見聞く」

 李さんは「日本が過ちに気づいて反省するように、ICJの判断を仰いでほしい」とし「政府が積極的に動いて、国際法で日本の罪を明らかにしてほしい」と涙で訴えた。

 李さんは17日、米国ハーバード大学オンラインセミナーを控え、韓国極右志向メディア「メディアウォッチ」が李さんの証言を拒否するよう求める内容のメールを主宰側に送ったことに対しても「歴史の生き証人がこのように生きているではないか」とし「何度も申し上げなくても(何が真実なのか)ご存知だと考える」と話した。

 また、旧日本軍慰安婦は売春婦だったという論文を発表して議論になったハーバード大学のジョン・マーク・ラムザイヤー教授の論文に対しては「(日本は)開き直って韓国の裁判所が国際法を違反したと言い張っている。今も米国でハーバード教授に嘘をつかせている」とした。


 ということで、お得意の「涙の訴え」を行なったのですが、元慰安婦の中で最も有名になったのはこの人ですが、同時にその話に最も信憑性がないのもこの人なので、「『歴史の生き証人がこのように生きているではないか』とし『何度も申し上げなくても(何が真実なのか)ご存知だと考える』と話した」そうですが、「何度も」話すたびに話がコロコロ変わっているので、一体そのどれがほんとの話なのか、それとも全部が嘘なのか、受け取る側にも判断が困難になっているほどです(だから韓国内からも「李さんの証言を拒否するよう求める」動きが起きてきたのはむしろ健全)。たとえば、少し前のものですが、次の記事の指摘(これはたんなる中傷文の類ではないので、明確な根拠が示されている)。

トランプに抱きついた「元慰安婦」李容洙の正体

 ここまで短い間に話が大きく変わると、それはたんなる自然な「記憶の変遷」のレベルではないので、虚言症の部類に属します。英語版ウィキペディアを見ると、そうした彼女の「証言」のいい加減さには全く触れられていないので、正確さの観点からもあれは改められるべきものですが、日本語版ウィキペディアの「李容洙」の方はこれとはほとんど正反対で、むしろそこにフォーカスしている。よくまとまっているのは、次の箇所です。

・秦郁彦は雑誌記事で李容洙の1992年挺身隊対策協議会への証言および2007年アメリカ下院公聴会での証言から、慰安婦になった経緯は民間業者の甘言、朝鮮人による騙しによるものであり官憲による強制連行ではないとし、家出が正しいとしている。また、週刊新潮の取材に対して、「彼女が初めて元慰安婦として公の場に出たのは92年。当時は、慰安婦にされた経緯を“満16歳の秋、国民服に戦闘帽姿の日本人男性から赤いワンピースと革靴を見せられ、嬉しくなった。母親に気づかれないように家を出た”と語り、米国の公聴会でも同じことを喋っているのですが、これまで何度も来日している彼女は、今年も日本で数回、会見を開いています。で、2月には“日本兵が家に侵入してきて、首を掴まれ引きずり出された”と言い、3月には“軍人と女に刀をつきつけられ、口を塞がれ連れ出された”などと内容が変わっている。要するに、家出と強制連行と、2つの話があるわけです」「連行された時の年齢が、14、15、16歳と、実に“3種類”。時には「44年、16歳で台湾に連行され、慰安婦の生活を3年間(1944-1947年)も強いられた」と語るのだが、それでは終戦後も慰安婦として働いていたことになってしまう。」と、その証言に疑問を示している。

 率直に言えば、「作話能力に長けた、口の達者なおばあちゃん」なのです。上の記事にもあるように、韓国では「反日宣伝」のためもあって、慰安婦問題は聖域扱いされていて、とくに挺対協には好都合な存在だったので、看板に押し立てられ、その証言の甚だしい矛盾をとやかく言うことはタブーになっていた。慰安婦に彼女のような十代半ばの少女はめったにいなかったことは当時の資料からわかっているようですが、その「超若手」だった彼女にしても今は92歳(それも正確なところは不明)なので、かつての彼女を知る人はほとんどいない。どんな嘘を並べても、それが彼女言うところの「生き証人」によって反証される恐れはほとんどない(これまでもそんなことは「親日派の悪意によるもの」として大バッシングを浴びるのでできなかった)わけです。

 察するに、それまで日陰の身だったのが、挺対協によって「発見」され、舌がよく回るというので推し立てられ、あちこちでVIPや大勢の聴衆の前でスピーチするうちに、スポットライトが当たる快感から、作話もどんどんエスカレートしてしまったのでしょう(後で慰安婦時代に受けた拷問話なども付け加えられた)。もはや何が「真実」なのか、彼女自身にもわからなくなっている。そうではないかと思われるのですが、そんな人が事あるごとに出てきて、「私は生き証人だ」と叫び、韓国で広まっている反日ステレオタイプの「慰安婦話」に異を唱えるのは許しがたい冒瀆だと憤慨してみせるのです。

 彼女は「私が頑張らないと、先に亡くなった元慰安婦のおばあさんたちに申し訳が立たない」式のことをよく言い、自分が主人公の“悲劇のヒロイン”役を演じ続けるのですが、慰安婦になった経緯ですら、言うことがコロコロ変わって、そのたびにそれはより「劇的」なものになる人なのです。その背後に働いているものは何なのか? この人の場合、この種の言葉は深い道徳性に発するものではなく、別の個人的動機に根差すものと解するのが妥当でしょう。あの世に行ったら、他の元慰安婦の霊たちに「よくもあんたはあんなに嘘をついたものね。尹美香との仲違いだって、元はあんたたちが私たちをそっちのけにして騒いでいただけで、ほんとは私たちのことなんか考えてなかったじゃない。自分が国会議員に立候補しようとしたのだって、ほんとの動機がどこにあったのかはお見通しよ」と言われてしまうのではないかと思うのです。李さんはそのとき「私は寂しかったのよ。注目を集めたくて、居丈高にふるまえるのが嬉しくて、無意識にあんなふうになってしまっただけなのよ」と言い訳するのでしょうか。どうも確実にそうなりそうです。

 こういうのは酷な言い方だと思う人がいるかもしれません。何であれ一年程度だったかもしれないし、経緯も「強制連行」の類では全然なかったかもしれないが、彼女が慰安婦になったのは確かで、辛い思いをしたのは事実なのだろうからと。しかし、それは嘘の正当化の理由にはならない。彼女はその真偽も定かでない自分の「証言」を一般化し、挺対協はかつて「20万人の少女が強制連行されて慰安婦にされた」という根も葉もない話を世界に広めていたのですが、それに真実の外観を与えるのに与って力があったのです。しかも、今回彼女が繰り返している、「当時、朝鮮は無法地帯でした。日本の巡査が長い刀を下げて歩き回りながら、何でもやたらと奪っていき、言うことを聞かなければ刺して殴っていた時代です」「日本政府の行動は、その当時と変わらない」」というのもお粗末な誇張なら、「日本政府はこれまで公式に謝罪していない(今回はさすがに「賠償もしていない」とは言わなかった)」「(問題解決への)何の進展もない」というのも、それは彼女の勝手な主観に基づくので、事実に反する嘘と言うしかありません。そのあたり、挺対協の尹美香と言っていることは同じで、「何の進展もない」のは、日本側の努力を無にするような活動を自分たちが行なってきたからなのです(あの村山政権時代の「アジア女性基金」は「受け取るな」と妨害し、朴槿恵政権時に結ばれた慰安婦合意の一方的な反故も彼女たちの活動の成果)。

 今回のハーバード大教授の論文についても、『反日種族主義』『反日種族主義との闘争』の共著者、李宇衍氏は次のような擁護文を書いています。

性奴隷説を否定した米論文にぐうの音も出ない韓国

 韓国の地上波MBCテレビのニュースは、「ラムザイヤー教授は『金髪の日本人』だ」という一部の韓国人による人種差別主義的な非難を、引用という形ではあるがそのまま報道した。ラムザイヤー教授は今も「親日派」「日本の戦犯企業三菱からカネをもらっている」などと罵倒されている。それこそ「メッセージに反論できなければメッセンジャーを殺せ」という言葉にぴったりの報道だった。

 これは韓国における政治的な戦術の一つだ。論争で勝てないなら、メッセンジャー(発話者)のふだんの考え方やプライベートを非難するのだ。そこから、発話者の専門性に疑問を持たせ、公正さや偏向性の問題にまで発展させる。つまり「メッセンジャーには道徳的な欠点があるから考え方も偏向的だ。だから主張は間違っている」となる。とにかく、しばらくの間、「反日種族主義」の渦がすべてのニュースをのみ込むというこっけいな状況が演出された。

 韓国の報道記者たちは論文を読んでいないか、読んだとしても要旨を把握できていない、と私は確信している。恐らく前者である可能性が高い。この論文に対する初期の報道内容はほとんどどれも同じだった。韓国の通信社「連合ニュース」が配布した記事を全メディアがほぼ丸写ししているからだ。とはいえ、これも韓国では極めて一般的な慣行だ。このような人たちに「論文を読んでみろ」と要求する私が愚かなのかもしれない。

 ということで、『帝国の慰安婦』の著者、朴裕河さんなども、文脈や論の全体は無視して、「言葉尻だけ捉える」方式で、挺対協と季さんたち一部の慰安婦から「許しがたい冒瀆」として訴えられた(実際には慰安婦たちへの深い同情が感じ取れる内容)のですが、同じことをまたやっているわけで、むろん、李さんも中身なんか読めるはずはなく、「今もアメリカでハーバード大の教授を使って嘘をついている」として、自分の嘘はきれいに棚上げして頭ごなし非難しているわけです。

 結局、この李容洙さんという人は何を意図しているのか?

 いつまでこんなにいがみ合うのですか。(国際司法裁判所に行って)判決を受けて、完全な解決をした上で、仲良くなりましょう。そうしてこそ、私たちの子孫も安心して生きることができるのではないでしょうか。私は隣国と敵になりたくありません。解決して往来しながら親しくなりましょう。〔「もはや方法がない」被害者・李容洙さんが’慰安婦’問題のICJ付託を日韓政府に訴え~徐台教氏の記事「李容洙さん呼びかけ文」からの引用〕

 というのですが、自身の身の上話ですら異常に嘘が多く、デマや誇張を平気で振り撒いて、日韓関係を挺対協と一緒になってとことんこじらせた上で、そうのたまうのです。マッチポンプの最たるもので、その言葉を素直に信じることはできかねる。要は自分を目立たせたいだけなので、自己欺瞞もここまでくれば完全な病気です。

 どなたか彼女に、挺対協に吹き込まれたその一面的で歪んだ政治的主張の方はもういいから、これまでの彼女のコロコロ変わった「慰安婦になった経緯」話の記録を示して、このうちのどれが真実なのかを質問し、せめてその「証言」を確定してもらえませんかね。僕はかつて、その詳細を極めた話が全部嘘だったという例を身近で見たことがあります。それは真に迫っていて、話が詳しく、小道具まで登場して、周りの者はみんな騙されてしまったのですが、そこで僕だけ、以前に違う身元に関する情報を聞いたことがあったので、何かおかしいなと思ったのですが、だんだん自分が聞いていた話の方が間違っていたのかと思うようになったほどです。それほどその作話はリアルだったのですが、もしもそれが嘘なら、本人にとって深刻な不利益を結果することになると思って、作話が新展開を見せ始めたとき、思い切って調査に乗り出したのです。

 それは電話一本であっけなく片が付きました。先方が調べてわかり次第おしらせしますと言ってくれて、後で電話をもらったのですが、その年齢から所属まで、全部嘘で、最初に僕が他から聞いていた話の方が正しかったことがわかったのです。詳細は省きますが、これは実話ですよ。それで、次に会ったとき、本人を別室に呼んで「嘘はバレたよ」と言って、あるところに問い合わせたことを告げたところ、直前まで意気揚々とそのファンタジーのヒーローを演じていた姿はどこへやら、青菜に塩状態になってしまい、それは他に深刻な害が及ぶようなものではなかったので、「そんな芝居やってる場合じゃないだろ」と叱りはしたものの、かわいそうに思ってその家族にもその話はしなかったのですが、数は多くないとはいえ、世の中にはそういう人もいるのです。

 そのとき、僕は彼がどうしてそんな大嘘をついていたのか、心情は理解できました。彼は希望がもてない状況(そちらを変えるべきなので、その後僕はそのための手助けはできるかぎりしたつもりですが)に置かれており、ファンタジーの中に逃げ込んだのです。周囲は面白いようにその嘘に騙されたので、それはどんどんエスカレートして行った。周りが驚嘆と敬意のまなざしで自分を見るようになったので、それが嬉しくて、その中から出られなくなってしまったのです。どうして周りが騙されたのかという理由は、彼自身がそのファンタジーに没入して、偽りの人生を真実だと信じ込もうとしたところにあります。僕にしても、違う情報をもっていなければ騙されていたでしょう。それほど真に迫っていた。話のディティールも、実に活き活きとしたものだったので、その作話能力には驚くべきものがあったのです。

 俳優が役柄や劇中のシーンに合わせて泣いたり笑ったり自在にできるように、この種の人たちもそれは見事にできます。彼らは嘘によって人を食い物にしようとする邪悪なサイコパスではない。その動機にはいじらしいものがあって、だからかわいそうに思ってしまうのです。しかし、時と場合によっては、それは本人のみならず、周囲にも深刻な害悪を及ぼすでしょう。

 先に引用した「トランプに抱きついた『元慰安婦』李容洙の正体」の中の、彼女自身が語ったとされる経緯話の引用部分のところだけでも、もう一度お読み下さい。実に描写が活き活きとしていて詳しく、しかもその内容は互いに大きく異なるのです。これを見ると、彼女は自分が作ったファンタジーの中に容易に入り込める素質をもつ人であるのがわかります。最初の話がほんとだったように思われますが、どちらも嘘であった可能性も排除できない。彼女の派手なパフォーマンス好きもその裏付けとなる。尹美香は李さんの虚言体質に気づきながら、うまくそれを利用しようとしたのかもしれません(攻撃された時、うっかりホンネを漏らしてしまった)。

 仮に彼女がそもそも慰安婦でも何でもなかったとしたら、どうなるのか? そうでありながら、いつのまにか「慰安婦の代表」のようにふるまっていたとしたら…。つねに自分にスポットライトが当たるようにふるまうのを抑止できない彼女を見ていると、この人は自己顕示欲の強い、そして自然な自己肯定感に乏しい、天性の嘘つきである可能性がかなりあるのではないかと、僕は思ってしまうのです。

 僕はたとえば、伊藤詩織さんの事件などは、彼女が嘘をついているとは全く思っていません。あの事件の場合、十分な証拠もあって、嘘をついているのは卑怯な山口敬之の方だと思うので、こういう意見を勝手に一般化してもらいたくないのですが、この李容洙さんの場合は非常に疑わしいということです。慰安婦問題は反日政治イデオロギーの一部として利用されるようになり、その証言の大きな矛盾にもかかわらず、それをとやかく言うのは韓国内ではタブーとされ、何より李さんの話はお涙頂戴の悲劇には適したものだった。それを利用しようとする人間と、日陰の身からヒロインになれる誘惑とが重なって、彼女の作話もどんどん膨らみ、改変されていった。そしてその作話に自己同一化して、ご本人にも真実と作話の境界がわからなくなっていった。挺対協と共同で作り上げたそのファンタジーから出るのは、彼女には文字どおり「死ぬよりつらいこと」になったのです。

 自称92歳の老人にこんなことを言うのは酷ですが、先にも言ったように、その経緯話はあまりに食い違いすぎて、たんなる「記憶の変遷」の範疇を超えている(一貫した、信頼に値する証言をした元慰安婦や関係者は他にはいるので、そちらは尊重すべき)。彼女の場合、それは「証言」にはなりえないので、その真偽を問うことを怠るべきではないと、僕は韓国の人たちに言いたい気がするのです。15歳なら、今の日本の中3くらいに相当しますが、それについての記憶ははたちの頃と今とで、僕の場合ほとんど変わっていません。ふつうは皆さんそうでしょう。ましてや強い印象を残す出来事についての記憶ならなおさらです。しかし、季さんの話は短期間にコロコロ変わっているので、そこに嘘が入っていることは明らかです。「慰安婦の代表」のような顔をするのは、どれが本当で、どれが嘘だったのか、自らそれを明らかにして虚偽については謝罪してからにしてもらいたいので、仮に彼女が望むように国際司法裁判所で裁判となったら、日本側は非難を恐れずその「証言の信憑性」について問いただすことから始めるべきでしょう。通常、こんなに話が大きく変わる人の話なんて誰にも信用されないのですから。こういう人が「聖女」扱いされること自体、この問題の異様さを物語っています。



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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「民間人」菅首相長男が掘った「権力の墓穴」

2021.02.18(22:54) 806

「うーん。凄いな…」

菅首相長男“違法接待” 総務省局長「国会虚偽答弁」の証拠音声

 週刊文春第二弾のこの記事を見て唸った人は少なくないでしょう。事前に接待会食が行われる店をキャッチし、そこに部員複数を客として潜り込ませて、音声を録音させ、ノイズを取り除いて、会話を復元したというのだから、スパイ小説顔負けの対応と技術です。

 これを後に取っておいたというところも凄いので、菅政権とお役人たちは結託して虚偽の答弁をするだろうと予測して、「たしかに接待と認定されても仕方はないが、実際は同郷者の懇話会のようなもので、疑われるような話は何も出なかった。騒ぎ過ぎでは?」という印象操作を行なったところで、「じゃあ、この会話は何ですか?」と“動かぬ証拠”を突きつけたのだから、政権と接待役人たちは「万事休す」となったのです。

 今の野党はほんとに喧嘩の仕方が下手(蓮舫なんか無駄に自分に酔いすぎるからああなる)ですが、これだけサポートしてもらえば、政権を追い詰めることができるでしょう。今は事前に質問内容を文書化して提出し、相手に答弁の準備をさせるという“八百長慣行”が記者会見でも国会質疑でも行われているという話で、それがそもそも問題ですが、それでも相手の答弁に応じて相手が予期しなかった方向への斬り込みはできるだろうから、前にここで辻元清美の追及が一流芸だったと書きましたが、菅首相は権力を盾にした密室での恫喝は専門らしいが、公開された場での丁々発止はからきし駄目なようなので、自らの下手な答弁によって自壊させることはそう難しくないでしょう。そのあたり、期待したいところです。NHKあたりは、国民から強制的に受信料なるものを徴収しておきながら、政権に忖度するばかり(何でも菅総理を「台本にない質問」と怒らせたキャスターは降板させ、「政権に優しくない」Nスぺは放送中止になったとか)で、「国民の利益」に直結する政権に不都合なシーンはニュースでも流さないようですが、今はYoutubeにすぐ出るので、僕らはそちらでとくと視聴できるわけです。

 2ページ目の菅首相長男の“礼儀正しい”拝みながらのお辞儀姿もほほえましいものです。「総理の長男である私が、ここまでしてるんだから、当然わが社の利益に沿った対応はしていただけるんでしょうね」という思いが痛いほど伝わってくるので、彼は元ミュージシャンだそうですが、一体どんな音楽作ってたんでしょうか? 『利権ワールド』とか『忖度ソング』とか、『この世は接待』とか、『コネだらけの人生』とか、そういうのを作って売り出せば、「さすが総理の長男が作っただけあって歌詞が真に迫っている!」というので、大ヒットするかもしれません。統括本部長だの子会社の社長だのやってるより、気苦労も減って、ずっと儲かるかもしれない。

 他人には「自助」を説きながら、わが子は権力で秘書官にし、その後はコネのある会社に入社させ、息子の方は「権力者の長男」ゆえの就職も出世も当然と受け止め、あたりまえのように「父の威光」を使って役人を接待に応じさせ、うまく行くかと思ったら、そうは問屋が卸さなかった。同情の余地のない情けない親子で、どこが「叩き上げ」なんだと、国民は皆呆れているわけです(あの実弟の件も同じですが)。「実直な東北人」のイメージも一緒にぶちこわしにした。およそ天下国家を語れるような器ではなかったわけで、報道ついでに総理の奥さんの熱烈な教育ママぶりも明らかになりましたが、孫まで“お受験”させようとして、長男本人が「自分は楽しくなかったから」それに反対しているのだとか。たしかに、親の威光にすがって生きることしかできないような人間になり下がったのでは、それは失敗なわけです。韓流ドラマさながらなので、いつか菅家をモデルにした映画やドラマができるかもしれません(コメディの味付けでもしないと観るに堪えないものになるでしょうが)。

 今やこの政権が存続しているのは、他にまともな総理候補がいないからという消極的な理由しかないというのは、何ともはやです。今の日本に人材がいないというわけではないと思いますが、悪しき慣行によって、有能な人材が権力から遠ざけられたり(上の会話で「「どっかで一敗地にまみれないと、全然勘違いのまま行っちゃいますよねぇ」と言われた小林史明衆院議員あたりは、「潰すべき人材」の一人と目されているのでしょう)、あるいは見切りをつけられて向こうから離れてしまったとか、発掘する努力を怠っているとかで、いるべきところに人がいなくなっているからこうなってしまうのでしょう(こういうのは会社でも同じですが)。国が駄目になるときというのは歴史に照らしても、いつもそういうときです。外部的な要因は二次的なものでしかない。今の日本を襲っている最大の危機はそこにあるのではないかと思います。その代表、シンボルが、「不適材不適所」の菅義偉その人であるわけです。そもそもの話、老害の最たるものである二階のごとき利権政治屋が絶大な党内権力を握って、その後見人になっているというあたりで、すでに終わっていたということなのかもしれませんが…。



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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そのうち人類は「憂慮すべき害虫」としてエイリアンに“駆除”される?

2021.02.13(17:27) 805

 次の記事を興味深く読みました。

「宇宙人の船は地球を訪問済み」 米ハーバード大の天文学者が新著

 ローブ氏は新著「Extraterrestrial: The First Sign of Intelligent Life Beyond Earth(地球外生命:地球以外の知的生命の初兆候)」の中で、オウムアムアは宇宙人の創造物だという説を展開している。

 オウムアムアは、ハワイの言葉で「使者」を意味する。2017年10月、天文学者たちは超高速で移動する物体を観測した。その速度から、他星系から飛来したとしか考えられず、観測史上初めて太陽系外からの飛来天体と認定された。

 だが、通常の岩石質天体ではないように見えた。というのも、オウムアムアは太陽の周辺で急激に軌道を変えて加速したのだ。彗星(すいせい)のようにガスやちりを放出していれば説明がつく動きだが、オウムアムアにガス噴出は確認できなかった。

 また、この物体は奇妙な回転パターンを持っていることが、天体望遠鏡による観測で明るさが大きく変化することから推察された。明るさも非常に強く、明るい色の金属でできている可能性が考えられた。

 こうした現象を説明するため、天文学者らは斬新な仮説を繰り出さざるを得なかった。ローブ氏は、「オウムアムアの特異性を説明するために考え出されたアイデアには、必ずこれまで見たことのないものが含まれている」と指摘。「それなら、なぜ造られたものだと考えてみないのか」と疑問を呈する。


 尤もな考えです。あの物体はとても「自然物」とは思えない不可解な動きを見せた。それが説明できないので、科学者たちは「斬新な仮説」、つまり無理なこじつけで合理化しようとしたが、artificial なものだと考えれば、たやすく説明でき、それが一番合理的ではないかと、ローブ教授は主張しているわけです。これまでも何度かこのハーバード大教授の説はニュースになっていましたが、学界の非難に屈せず、ついに本まで出したのです。拍手! 「私たち(人類)が唯一無二の特権的な存在だと考えるのは、傲慢(ごうまん)だ」と語ったというのも、全くその通りだと思います。そしたら、

 天体物理学者イーサン・シーゲル(Ethan Siegel)氏は、米誌フォーブス(Forbes)への寄稿でローブ氏を批判。「かつては尊敬を集めた科学者」だったが、自説で科学界を納得させることに失敗したため大衆に迎合するようになったと評した。

 という展開になるのも、おなじみの光景です。「自説で科学界を納得させることに失敗したため大衆に迎合」と言いますが、彼らは昔のキリスト教カトリックの神学者と同じで、自分の拠って立つ世界観(人類以外に高度な知的生命体は存在しない)を絶対視し、それを揺るがされるのを恐れて、初めからそういう議論は受け入れる用意がないのだから、石の壁相手に話しているのと同じになって、ローブ先生がウンザリし、もっと柔軟性のある一般人に向けて本を書いた方がマシだと思ったのは、それこそ「合理的な選択」なのです。

 手前味噌になりますが、拙訳で今度出ることになった『エイリアン・アブダクションの深層』(これはあくまで僕の付けたタイトルで、出版社がそれをそのまま使ってくれるかどうかはわかりません。原題は Passport to the Cosmos)の著者、ジョン・マックも名門ハーバード大学の教授でした(専門は精神医学)が、「おかしな連中の言うことを真に受けた!」というので、大非難にさらされたのです。詳しくはその本の訳者あとがきに書いておいたので、出たらそちらを直接お読みいただきたいのですが、第一弾の Abduction (邦訳『アブダクション』南山宏訳 ココロ 2000)が出たとき、その本に不快を感じた同じハーバード・メディカル・スクール(日本式に言えばハーバード大医学部)の一部の同僚によって彼は告発され、査問委員会にかけられて、あやうく職を追われそうになったのです。

 その同僚の一人は、その告発状を出した際、「楽しげな口調で」彼にこう言ったとのこと。君があの本の中で、その発見は「リアリティについての既存の見解に変化を要請」するものだなどとほのめかしたりなどせず、「その原因がまだ明らかになっていない新たな精神医学的病態」を発見したと言っていれば、面倒なことにはならずにすんだだろうにと。

 つまり、エイリアンに遭遇したと言う人たちを新種のパラノイア(妄想患者)扱いして、「病気」だと言って片づけていさえすれば、彼ら同僚が気を悪くすることはなく、「大学の品位を汚した」と告発されることもなかったのに、そんな話を真に受けて研究書など出すから馬鹿を見るのだと、言われたということです。UFOもエイリアンも存在しない。なぜかと言えば、存在するはずがないからで、そんな可能性を考えること自体が「非科学的・非学問的」な、馬鹿げたことだというのが彼らの確信するところだからです。なぜそう思うかって? わかりきったことではないか。存在するはずがないものは絶対的に存在しないのだ! それが「学界のジョーシキ」というもので、それが神聖犯スベカラザル原理だということが、君にはどうしてわからないのかね?

 しかし、その人たちは心理検査をしてもどこにも他に異常は発見されていないし、まともな生活を営んでいる人たちなので、長年の精神科医としての自分の経験に照らしても、彼らが病人だという判断は無理がありすぎるように思えたし、物的証拠や第三者の証言などもかなりの程度あるので、「彼らが嘘を言っているとは思えない」と考えて研究したんですがと言っても、「ありえないから、ありえないんだよ!」と主張する彼らにはそれは通じない。そのあたり、割と幼稚な人たちなので、彼らが目論んだマック教授の追放または研究の強制中止作戦は幸い失敗したのですが、よほどそれを恨みに思っていたらしく、著者の死後(彼は映画『アラビアのロレンス』で有名なT・E・ロレンスの伝記的研究でピューリッツア賞を受賞したことがあって、その縁でロレンス協会に招かれ、渡英中にロンドンで交通事故に遭って亡くなった)、今回の訳書の原本を標的にした「超低級」な中傷本を若手に書かせ、ハーバード大学の出版局から出版するなんてことまでしたのです。

 僕が驚いたのは、実はその中傷本の日本語訳の方は、某大手出版社からすでに出ていたことです。それはすでに絶版になっていたので、古本で取り寄せて読んでみたのですが、そのあまりのお粗末さには絶句させられたので、あとがきで著者になり変わってそれに批判を加えておきました。読者はそれを読んで、どちらがまともか判断していただければいいのですが、ピューリッツア賞受賞歴まである良心的で真摯な研究者が、ヤフコメに時々登場する低レベル投稿者に等しい、学者を装ったチンピラにこんなことまで言われねばならないのかと、僕は深く同情したのです。

 話を戻して、エイリアンに誘拐されたなんて話と較べれば、ローブ教授のオウムアムアが宇宙船だったかもしれないという話などはずっと“マイルド”なはずですが、それでも上に見たようなことまで言われて攻撃されなければならないのが今の「科学界の現状」で、この手のことはとにかく感情的反発が大きいようです。何で宇宙船や宇宙人がいてはまずいのか、僕などにはさっぱりわからないのですが…。上の記事はヤフーのニュースサイトにも出ていて、下のコメントを見るとローブ氏に肯定的な意見が多いので、世間の人はそれほど頭は固くないのがわかるのですが、今の保守的な科学者サークルはそうではないわけです。

 僕は社会的地位も何もない、一介の塾教師で、翻訳屋なので、身分を気にせず言いたいことが言えるのですが、この方面のことをある程度調べれば、常識的な判断能力のある人なら、UFOも宇宙人も存在し、それはすでに地球を繰り返し訪れているということは認めざるを得ないでしょう。中にはたんなる妄想に類したものも混じっているとはいえ、説得力ある著作や綿密な聞き取り調査に基づくドキュメンタリーの類はいくらもあるのです。その人たちは精神病患者でも神経症でもない。彼らが示し合わせて嘘の証言をしているとか、集団幻想にとりつかれていたなどということはおよそありそうもないので、この前のモノリス騒動なんてマンガじみたものなら一発で見抜けるが、そういうのとは信頼度が違うのです。日本の場合、UFO研究家を自称する人の中にはミソもクソもごっちゃにしてしまう程度の低い人がかなりいて、テレビに出てアホなこと言ったりするから、全部嘘みたいに思われてしまうのです。その安易さがかえって問題の信憑性を失わせているのだということに気づかない。ああいうのは困ったものです。

 SF映画には宇宙人が地球を侵略するなんてものがたくさんありますが、ああいうのはたんなる人間の側の恐怖心理の投影の産物で、彼らのテクノロジーをもってすればそれはかんたんなことだろうと思われるので、その気があるのならとうの昔にそうしていただろうと思います。姿かたちは奇異に見えても、基本的に彼らは“善玉”なのだろうと僕自身は考えています。おそらく彼らが一番気にかけているのは、人類が地球の他の生物を巻き添えにして自滅してしまうことで、今度出る先ほどのマックの訳本にも、彼らが地球の環境破壊の深刻さを心配していて、警告を発しているという話がたくさん出てくるのですが、エイリアンたちは人類の近視眼的なジコチューのふるまいを「深く憂慮」しているのです。

 自分が高度な知性と知識、テクノロジーをもつ宇宙人で、今の地球を訪れたと想像してみて下さい。この前もここで、今の地球環境がどれほど悲惨なものになりつつあるかということに触れましたが、このままではなかば人為によって引き起こされた天変地異が相次ぐ中、人類は貧窮の度合いを強め、大混乱に陥って、貧すりゃ鈍するの言葉どおり、判断力を失った人々が無責任なロクでもないデマゴーグを政治指導者に選んで、核ミサイルを撃ち合ってジ・エンドということにもなりかねないのです。

 今のわが国の政治レベルの低さは半端ではありませんが、これは日本にかぎらないので、韓国(支離滅裂の文在寅と較べれば朴槿恵政権の方がまだマシだった)や北朝鮮はそれに輪をかけてひどいし、あの習近平の中国と来た日には、「病気か?」と言いたくなるような時代錯誤の覇権的・侵略的な態度を強めています。おそらく習近平は「皇帝」化するうちに自分でも歯止めが利かなくなってきた(セラピーが必要なレベル)のだろうと思いますが、アメリカもあのトランプで国内の相互不信と分断はピークに達し、バイデンに政権が移ったと言っても、その根深い不満ゆえにトランプ当選を生み出した、機能不全の政党政治に戻ったというだけの話にすぎません。EU諸国も内情は安泰とはほど遠いし、独裁者プーチンのロシアは疲弊の度を加え、中東諸国は何が起きるかわからない不安定さを抱えている。アフリカはいつ大規模な飢餓が起きても不思議ではない状態です。

 宇宙人であるあなたはこうした状況を冷静に観察している。地球温暖化対策は遅々として進まない。それぞれの国は政治の劣化を進める。多国籍企業や金融資本は目先の利益のためにやりたい放題。民衆レベルではわが身を守るのに必死で、他者の運命には無関心。この前ミャンマーで関係政党が選挙で惨敗したのを受けて、軍幹部が「選挙で大がかりな不正があった」とトランプと同じようなことを言い出し、何のことはない、それは既得権益を失うのが不満でそんなことを言ってるだけの話ですが、クーデタを起こして、スーチー氏を再び軟禁しました。それで日本にいるミャンマー人たちが国内でデモをすると、「自分の国でやれ」「コロナ下でのデモは迷惑」「日本とは無関係」なんて、よくもそういうことが平気で言えるなというような冷たい反応が出てくるのです。そういう態度はいずれ自分に跳ね返ってくるという、昔の日本人なら大方がもっていたような知恵すらない。政治家たちも自己本位なら、国民も自己本位なのです。

 宇宙人であるあなたはこういうのをじっと見ている。地球史上第六回目の生物大量絶滅(それが一個の支配的生物によって引き起こされたものとしては初)は容赦なく進行している。同胞に対してすら同情心をもたないのが、他の生物を虫けら同然としか思わないのは当然の話です。それであなたは考えます。「こういう度外れのジコチュー生物を果たして放置しおいていいものだろうか?」と。自分たちがそれで滅びるのは自業自得として、他が巻き添えにされるのは迷惑です。こういうのを座視するのは正義に反するのではないか?

 それであなたは銀河評議会に戻って、観察結果を報告します。人間がどんなことをして、何が起きているかを詳細に報告し、その際は「事実」と「意見」をもちろん明確に分けて報告するのです。報告を受けたエイリアン種族たちは「うちの調査員たちからも同じような報告が届いている」と口々に言い、「万物の霊長を勝手に僭称しながら、その行いは鬼畜にも劣る。こういう有害無益な生物に貴重な一惑星を支配させておくのは宇宙正義に反するのではないか?」と、あなたが下したのと同じ結論を下すのです。

「唯一の気がかりは…」と、人間に化けて身元証明のいらない塾教師として人間社会に潜入し、長年子供たちを見てきたある調査員は言います。「人間の子供たちはそれほど邪悪ではないことだ。彼らは概して人間のオトナよりずっと善良で正直であることからして、これは彼らの教育なるものが最悪であることをよく示している。子供たちだけ救い出して、グロテスクな成体(オトナ)だけを根絶やしにする方法はありませんか?」と。

「一理あるが」と長老格のあるエイリアンは言います。「全員というのは宇宙船の収容能力からしても難しいので、とくに善良な資質をもつ子供たちだけに限定せざるを得ないだろう。そうして彼らを別の惑星に運び、そこで新たな生活をわれわれの指導の下、われわれが目下育てているハイブリッドたちと一緒に、送らせることにしよう。他は、気の毒だが、愚かなオトナたちのせいで絶滅させられることになるだろう」。

 6500万年前のあの巨大隕石の衝突事件も、手がつけられなくなった恐竜たち(進化のフロントランナーとしては図体も大きすぎるし、「不適切」と思われた)を絶滅させるために、実は彼らが仕組んだことだったのですが、今回はもっと手の込んだやり方が必要だろうということで、宇宙評議会では「審議」が続いているのです。

 以上、これは僕の空想ですが、それもありえないことではないなと思われるので書いてみたのですが、宇宙人たちはもうちょっとだけ、この「人類駆除」の実施を先延ばししてくれるかもしれません。あのオウムアムアも、「私らはちゃんと存在して、しっかりあんたたちのやってることを見てるんだから、あんまりいい気になって勝手なことばかりやりなさんなよ」というメッセージを発しているのかもしれません。だからわざと自然物とは違う動きを見せてデモンストレートしたのに、それを正しく読み取った学者を孤立させて、嘲笑するなど、「科学者と称する連中はとくに頭が固くて程度低すぎ」だと、彼らは嘆いているかもしれないのです。




祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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あの池上彰先生まで「炎上」させるネット社会のおぞましさ

2021.02.11(00:47) 804

 再びネッシーの東スポ記事ですが、これは前にも芸能人の誰それが批判したとかいう記事が別の媒体に出ていました。池上彰氏というと、知情意兼ね備えたバランスの取れた紳士で、かつ選挙特番などでは鋭い突っ込みを忘れないということで、一般視聴者の人気・信頼度共に非常に高い人だと思いますが、僕のようなあまりお行儀のよくない者から見ると、いくらか教科書的、学校の先生的な感じがして、「あなたは悪い子ですね」と叱られる子供が覚えるような“畏れ多さ”を感じてしまうのですが、その池上先生にしてこうなってしまうというのは、今のネットはほんとにこわいなと思います。

池上彰氏がトランプ前大統領めぐり大炎上! 釈明動画も火に油…低評価率は89%

 発端は先月30日放送のテレビ朝日系「池上彰のニュース そうだったのか!!」でトランプ前大統領とバイデン大統領を比較した「バイデン大統領は中国の人権問題に関心がある。新疆ウイグル自治区で強制収容所に入れられているといったことや香港民主化運動による逮捕とか、トランプ大統領はこれまで(人権問題に)何にも言ってこなかった。人権問題に関心がなかった」という発言だ。

 というのですが、池上先生といえども人の子なので、たまには間違ったことも言うでしょう。しかし、この発言の場合、そういうものとは思えない。僕はその通りだと思うので、それのどこが問題なのかと不思議だったのですが、

 しかし実際には中国のウイグルに対する人権問題でジェノサイドと認定したのはトランプ政権。また、トランプ前大統領は2017年に国連の演説で「北朝鮮は13歳の少女を拉致した」と拉致問題に言及し、北朝鮮の非情さを訴えているなどの実績があり、ネット上では池上氏に対する批判が殺到した。

 ということらしいのです。でもねえ、トランプにまともな人権感覚などなかったのは、その数々の妄言で十分証明されているし、「トランプ政権」がしたことと、トランプ自身の考えとはイコールではない。あの「2017年の国連演説」にしても、当時「ヘイトスピーチではないか」と批判されたほど(北朝鮮、イラン、シリア、ベネズエラを一緒くたに「ならず者国家」「この惑星にとっての災い」だとして激しく非難)ですが、二年後、板門店で金正恩と会談したときなどは、手柄顔でそれを吹聴したので、そのときは前はボロコソに言っていた金正恩に対する評価もコロッと変わっていたのです。要するに、ただのご都合主義オヤジでしかなかったわけで、こういうのは全体を見ずに、都合のいいところだけ取り上げて、池上氏にからんでいるだけとしか思えないのです。だから池上氏が、

 自身の発言の真意についても、トランプ「政権」は人権問題に対して厳しい態度を取っていたが、トランプ氏は違ったと主張。実例としてトランプ氏が習近平国家主席から「新疆ウイグル自治区の教育施設を建設している」と説明された際に「いいことじゃないか。どんどんやってくれ」と発言したことや、トランプ氏が香港の民主化運動について質問された際に「香港のことなんかに俺を巻き込むな」と言ったというボルトン前米大統領補佐官の証言を引用して説明した。

 というのは、しごく尤もな話なのです。一体これのどこが間違っているのか? なのに、氏のユーチューブチャンネルにまで押しかけて、わざわざそれを言い募り、そのことについての「釈明動画」も、「10日午後6時現在、高評価1200に対して低評価が1万を超えている。低評価率は何と「89%」にのぼる」というのは、クレイジーもいいとこです。

 僕もいっとき日本でも騒がれた「トランプは陰謀の犠牲者」みたいな話に、「そんな馬鹿な話はないよ」と言ったら、「あなたはトランプ、嫌いだから」と言われたことがありますが、順序が逆なので、彼の言動・ふるまいに問題がありすぎるのを見てきたからこそ「トランプ嫌い」になったのです。たんなる自分のフィーリングや好みで、いいだの悪いだのと言っているわけではない。emotion だけで logos が働いていないことほど危険なものはないので、前者にただ理屈をこじつけただけなのが「トランプは正義の味方」論者には多いと見受けられるのです(ロゴスと屁理屈は似て非なるものです)。

 コメント欄に「自分の考えと違ったとしても一意見として受け入れれば良いのに」というのがあるそうですが、こういうのは悪しき相対主義の典型で、その「考え」にもまともなのと愚劣なのとがあるので、それが同価値であるわけはないのです。君の言ってることは浅はかすぎるといって、その理由を懇切に説明されると、感謝するどころか怒り狂って逆恨みする人さえいますが、そういう人は永遠に成長できないでしょう。しかし今は、その手の幼稚な人が「私の意見を尊重しろ!」と騒いで、同類を寄せ集めて騒ぎ立てたりするのです。つまらない「自分の意見」を否定されたからと言って、相手がその人の人格そのものを否定したわけでも何でもないのですが、幼稚な考えと幼稚な人格が一体化しているから、それがわからないのです。

 そもそもの話、池上氏が嘆くようなこういうしつこい非難コメントを集団で寄せるのは、どこかにそれを煽っている邪悪な人間がいるからなのかもしれません(トランプが支持者に議事堂襲撃を煽ったように)が、彼ら自身、「自分の考えと違う」意見にいかに狭量であるかを示しています。しかも、上に見たように、池上氏の見解の方が正しい。まともな人を、幼稚な連中がよってたかって攻撃しているのです。その身勝手な独善性はトランプと同じか、それ以下だと言わねばなりません。

 僕が思うに、ネットのコメント欄などは、他愛のないものはいいとして、それが非難の類である場合、本名でないと受け付けないようにすべきかもしれません。昔のいやがらせ電話の頃からそれは同じなのですが、彼らは匿名を隠れ蓑にして、誹謗中傷の類を重ねてきたのです。本名を名乗れば、それに対する責任を取らなければならなくなる。無意識的にはそれが卑劣なことであることがわかっていて、かつ相手に切り返されたらそれに反論できなくなるという恐れも作用しているのです。そういうのは最低のカスのやることなので、相手の姿は見えているが、自分の身は隠して、卑劣な行為に耽って喜んでいるだけなのです。

 人間、そういうことを平気でやるようになったらもう終わりです。前に警視庁のポスターに、「人間やめますか、覚醒剤やめますか?」というのがありましたが、これにはそれと似たところがある。中にはしつこい誹謗中傷を続けて、相手を自殺にまで追い込んでしまう輩もいるわけですが、後で警察が捜査して、発信者が特定されて逮捕されると、「まさかこんなことになるとは思わなかった」なんて太平楽なことを言うのです。何をボケたことを言っている、おまえが相手ならどういう気がするかということさえ想像できなかったのかとどやしつけたくなりますが、そういうのは本物の人間のカスなのです。いまのネット社会は人を誘惑してそういう堕落を生み出しやすい性格をもっている。このブログの読者にそんな人はいないと思いますが、自分をほんとに大切にしたいのなら、そういう卑劣な真似は決してしないことです。



祝子川通信 Hourigawa Tsushin


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