夏休みの変容~勝手に遊べなくなった今の子供たち

2017.07.22.12:07

 今回は煩わしいアベ政治(早く退陣してくれれば書かずにすむのですが…)のことはひとまず忘れて、夏休みの話です。

 今日は22日ですが、僕の記憶では、高校に入った頃は一学期の終業式が24日から20日に繰り上がって、夏休みは昨日からだったような気がします。すでに期末テストが終わった段階で授業は午前中だけの「短縮授業」というのに切り替わっていて、午後は毎日下宿近くの広い川(海まで数百メートルで、潮の干満で深さが変化した)で泳いでいたものですが、この日になるともう奥熊野の実家に帰っていて、今度は渓谷の淵でアマゴ(ヤマメの兄弟分)なんかを追いかけ回していたわけです。

 夏休みはだから、高校時代は42日間、小中学校では38日間あったわけです。しかも、その前の10日ほどは半ドンで、午後は好きなだけ遊べた。この「短縮授業」なるものは、昔の学校にはクーラーなんてものはなかった(ふつうの家にもなかった)ので、お勉強はまだ涼しい午前中に済ませて、あとは海や川、好きなところに行って泳ぐなり、魚とりをするなり、勝手にしろということだったのでしょう。いわば「夏休み前の肩慣らし期間」で、子供たちは喜んでその仰せに従っていたのです。

 60を過ぎた今でも、僕は夏場になると全身の細胞が活性化したみたいで元気になるのですが、これは子供時代のそうした幸福な記憶と関係している。昼間は川で好きなだけ遊んで、夜は夏休み用に楽しみにとっておいた西洋の長編小説(むろん、翻訳で)なんか読む、というパターンが定着していたので、夏になると自然に読書量も増えるのです。

 お勉強の記憶の方は、残念ながらほとんどない。小中学校の頃は、夏休みの間に登校日というのが2回ほどありました。朝礼とホームルームだけで終わりなのですが、これは学校が生徒たちの無事を確認するという趣旨のものだったのでしょう。そこで子供たちは「宿題やった?」「いや、丸残り」というような会話を交わして、「よかった! やってないのは自分だけじゃない」というので、「赤信号みんなで渡れば…」心理を強化することになり、心安んじてサボり続けることができたのです。その宿題も、今思えば1日30分か1時間もあれば終わる僅かなものだったのですが、それすらちゃんとやれなかったのです。

 そういうわけで、農家などでは家の手伝いもたまにはやらされたのですが、当時の子供にとって夏休みというのは、長期間心おきなく丸々遊べる、まさに「地上のパラダイス」でした。じっさいあんな嬉しいものはなかったので、当時はまだ日本中が貧乏でしたが、自然は豊かで、子供たちが好きなクワガタも、川の魚も、ウジャウジャいたから、そこで遊ぶのにお金はいらなかった(今は絶滅状態に近くなってしまったニホンウナギなど、信じられないくらいたくさんいたのです)。よく朝から川に出かけて、夢中になっているうちにおひるを食べに帰るのも忘れて、夕方腹ペコで帰って、大目玉を食ったものです。昼食を食べに戻ったときは、おなかがもつので、帰りが夜の8時になってしまうこともあって、またしても怒られる。そんなことの繰り返しでした。

 今は田舎でも、地域の年齢層の違う小中学生ぐらいの子供たちが川で群れて遊んでいるなんて光景を見ることはめったにありません。土日に家族連れを見かけることはありますが、昔は子供の中に大人の姿を見つけることは稀で、子供たちだけで遊んでいるのがつねでした。大人たちは皆仕事で忙しかったから、子供同士、勝手に川や海で遊んでいたのです。

 それがいつから始まったのかは知りませんが、当時は自主運営の子供会が健在で、月1ぐらいで地域の公民館に集まって会議を開いていた。メンバーは小3くらいから中3までだったと記憶しています。選挙で三役を決め、その時々の議題について討議するのです。お盆や正月前には、「道普請(みちぶしん)」というのがあって、大人たちと一緒に地域の共有道路の草刈りや清掃を行う。他に家々を回って空き瓶回収を行うこともあったので、それをリヤカーか何かで2キロほど離れた町場の酒屋までもっていって、代金をもらうのです。道普請でも大人から子供会への金一封が出た。そういうのをプールしておいて、「茶話会(さわかい)」と呼ばれる中3卒業生の送別会(数人ずついくつかのグループに分かれ、皆で買い出しから調理までやって、公民館ですき焼きやカレーを楽しんだ。そのときは終わり頃、大人の誰かが火の元の点検に来てくれました)などに使ったのです。山奥で近くに高校がなく、当時は中卒で就職する子が多かったので、その送別会は子供たちにとって大きな意味をもっていたのです。

 夏前、梅雨明けが近くなると、子供会でその年の「泳ぎ場」というのを決めました。大水が出ると川の流れが変わってしまうことが珍しくなくて、川はその都度姿を変えたのですが、今年は川のどの淵が地域の子供たち共通の「泳ぎ場」にふさわしいか、3つほどの候補の中から投票で決めるのです。このときにはA派、B派、C派というふうに分かれていて、自分の支持する場所に賛成が増えるように、事前の「多数派工作」なども行われて面白かったのですが、民主的に一番票が多かったところに決まるのです。そしてそれが決まると、いついつの日曜、そこに全員集合という付帯決議が行われる。皆でビーバーよろしく石や流木を組んでそこに堰(せき)をつくり、少し深くして、その淵がいっそうプールらしくなるようにするのです。そしてその淵のそばの河原には、先端に黄色い旗をつけた棒切れが立てられる。それは毎年学校から子供会長に渡される旗で、そこが「公認の泳ぎ場」であることを示すのです。

 むろん、子供たちは他でも泳いでいたのですが、「公認」なので、泳ぎがメインの目的の場合はたいていそこに行く。面白いのは、浮き輪をもった小さい子をそこに預けに来る親もいたことです。「頼むね」と言って、親はさっさと帰っていく。二、三時間するとまた連れに来るのですが、そこで遊ばせていれば、年かさの子供たちが注意して見ていてくれるので、親としては安心なのです。じっさい、そこは深いところは二メートルをゆうに超えるので、泳いでいて溺れかける子も出る。そういうときは泳ぎの達者の子がすぐ飛び込んで助けてくれるから、水死者などは一度も出たことがなかったのです。子供はそういうのを見ながら育つので、自然に年齢に応じた役割がどういうものか学習する。

 そして、その「泳ぎ場」の上流と下流には、泳ぎに飽きて魚とりを始めた子供たちの姿が点々とつながっている。そこでも小さい子は大きい子に、魚とりの方法を教わったりしているのです。晴れた日にはそういうわけで、子供たちは男の子も女の子も、全員川に出払っていた。そこにはのけ者にされた子は一人もいなかったので、中には知的な障害をもつ子もいましたが、そういうことも一緒に遊ぶには関係なかったのです(自然は面白いもので、そういう子供が構えた網に、とんでもない大物が飛び込んだりして、「えっ、おまえがそれとったの?」なんて周りがびっくりすることもあるのです)。

 今でも子供会というのは存在するようですが、それは親がかりです。部活も親がかりなら、遊びに行くのも親がかりで、「子供が外で勝手に遊べる夏休み」は事実上、消滅した。夏休み自体が今は短縮傾向にあるようで、静岡県の吉田町というところではそれが16日間にまで削減されるというので、子供たちが「町長のバカヤロー」と憤慨しているなんてニュースもありましたが、どのみち今の子供たちは背中の皮が三回むける(日焼けでそうなってしまうのです)まで夏休みに遊び倒すなんてことはできなくなっているわけです。

 見ていると、今でも地方には子供たちが遊べそうな場所は町から近いところにいくらもある。しかし、大人の地域共同体が崩壊してしまったのと同じで、子供のそうしたコミュニティも今は消えてしまったのでしょう。僕は子供の頃、山や川であやうく死にかけたことが何度かあります(むろん親には内緒)が、そうした経験もないので、自然とのつきあい方がわからず、子供たちだけで遊ばせると事故がこわいということもあって、学校や親が禁止しているのかもしれません。

 実際、水の事故は多くなっているようです。僕がこのブログに名前を借りている祝子川なども、下流は遊泳禁止になっています。水死者が毎年のように出るからです。このブログもかなり危険ですが、本家の祝子川もなかなかにこわい川なのです。にもかかわらず、僕は息子が小学生の頃、何度も一緒にそこで泳ぎました(母親には内緒でしたが)。そこが危険とされる理由の一つは、水量が多くて流れが見た目以上に強いというだけでなく、河原と川の境目がなだらかではなく、急に深くなっていることにもあるのでしょう。河原がすぐそこだから、もう足が着くだろうと思っても、ズボンといってしまうのです。どんな川でも、地形や流れなどに癖があるので、そのあたり心得ておく必要がある。プールと川や海は違うのです。足がつったときの対処法なども、昔は年上の子からふつうに教わったものですが、今はそれも知らない子が多いでしょう。

 しかし、こういうのも時代の流れで、いい悪いの問題ではありません。昔と違って進学率が上がった今はお勉強もしなければならない。中学生たちは部活の他、塾の夏期講習があるだろうし、小学生でも、中学受験をする子供たちは夏も大忙しなのです。高校生ともなればなおさらで、大学受験に備えて夏は猛勉しなければならない。今はふつうに学校の夏課外というのもあるから、少なくとも7月いっぱい学校は続く。塾の生徒に昔の高校生の夏休みは42日あったのだというような話をすると、一体それはどこの国の話ですか、みたいになるのです。

 まあ、僕みたいに子供の頃遊んでばかりで全然勉強しなかった人間は立派な大人になり損ねるということはあるかも知れないので、ほどほどには勉強もした方がいいと思いますが、楽しかった夏休みの思い出はいつまでも残るものなので、回数はそう多くなくても、親御さんたちは子供を川や海に連れて行くなどして、丸一日腹いっぱい遊ばせてやることは、やはりした方がいいでしょう。複数家族で出かけると、子供には遊び仲間がいるからなおいいということがある。彼らがガヤガヤやっている様子を見るのは、それ自体愉快なものです。すでに見たように、子供たちが勝手に遊べる時代ではなくなったから、意識的にそうする必要が出てきたのです。

 僕自身は、自分が遊びたいというのもあって、子供が小さい頃、事情が許すかぎり家族で川や海に出かけました。あれこれ魚とりの方法なども伝授したのですが、彼はすぐそれに夢中になったから、子供は昔も今も同じなのです。中学の頃は部活(熱烈野球少年だった)の関係で、お盆をはさんだ五日ぐらいしかまとまった夏休みがありませんでしたが、そのときは連日鮎とりで、高校になってもそれは続いた。高3の夏も日曜になるたび出かけていたので、そのために車を出さねばならない母親は「受験生で他にこんなことしてる子がいる?」と呆れ顔でしたが、「気分転換が必要である」という父子の主張が勝って、それは続いたのです。後で本人に聞くと、「あれは最高に楽しかった」そうなので、幸い受験もうまく行ったから、良質の気分転換になっていたのです。

 だから、それはお勉強とも両立するわけです。僕は「小中学生の頃は落ちこぼれさえしなければ学校の勉強はどうでもいい」と考えていて、中学になっても小学校時代の「家庭学習30分」が変わらないという母親の嘆きは笑って聞き流し、わが子の勉強にはノータッチでした。勝負は高校に入ってからで、それも別にガリガリやる必要はないので、落ちこぼれないようにしつつ、少しずつペースを上げていって、競馬でいうと最後の直線に差しかかったあたりで猛烈な追い込みをかければ、それまでの遊びや読書で培われたパワーがものをいう、と考えていました。先行逃げ切りタイプの馬もいますが、それでは面白くないので、途中までは目立たない位置につけておいて、最後に外から回り込むようにしてすーっと前に出て、そのまま先行馬をごぼう抜きにするというのが一番カッコいいわけです。

 むろん、中には、その直線で思うように伸びないこともあるでしょうが、先行していても息切れして次々抜かされてしまう馬もいるのだから、そのときはそのときなのです。とにかく早くから勉強していればいいというものではない(高3になって初めていくらか勉強し出すというのでは間に合わないでしょうが)ので、とくに「遊びも勉強のうち」という年頃では、しっかり遊ばせてあげた方がいい。All work and no play makes Jack a dull boy(勉強ばかりして遊ばない子は駄目になる)という英語の諺は真実なのです。

 前にここに書いた「父親よ、もっと子供と遊べ」という一文は幸い多くの人に読んでいただけたようですが、子供とコミュニケーションがうまく取れないという人は、小さい頃子供の遊び相手をしてあげなかったことも関係するのではないかと思います。僕自身、子供の頃、山仕事で多忙な父にモドリというウナギとりの仕掛けを作ってもらったことがあって、これは入口を竹細工で編んで作ったりして、結構精密な作業を要するのですが、目を皿のようにしてその作業を眺め、後で不器用ながら自分でもそれを作ったことがあります。父はそれを1、2週間田んぼの泥の中につけてくさみをとり、それを川の中にもぐって仕掛ける実演までしてくれたのですが、翌朝その筒の中にはかたちのいいウナギが8匹入っていた。父の偉大さが強く印象づけられたもので、他にも、ツケバリという仕掛けをするときの、時期による場所のシフト(同じ夏でもウナギの餌あさりのルートが変わる)の仕方とか、釣り針の糸の結び方、春先のアマゴ釣りのコツなど、その当時教わったことは今でもほとんど全部憶えているのです。男の子にとってはとくに父親に相手をしてもらうことは嬉しいので、それが先々の人間関係の土台となるのです。僕の父親は一本気な恐ろしく不愛想な人間で、大方は怒られてばかりだったのですが、それでもそういうところがあって、子供にはそれが嬉しかったのです。子供というのは、そういうものです。

 そういう自分の経験があるものだから、小さい頃、わが子にも遊びの相手はできるかぎりしてあげようと思いました。僕は怖い父親ではなく、自分の父親ほど多忙でもなかったので、その分多く相手ができたのですが、母親と較べて父親は子供と接する機会が少なくても、そうしておけばコミュニケーションに問題は生じにくいのです。遊び相手をしていれば子供の性格もよくわかるから、成長段階に応じた的確なアドバイスもそれだけできやすくなる。わが子の場合、「子供時代、十分遊べなかった」という不満はゼロのはずで、人間にとってそういう“納得感”というのは人格形成上、案外重要な意味をもつのです。

 だから、地方から都会に出ている人はお盆休み、おじいちゃん、おばあちゃんに孫の顔を見せに帰省する人が多いでしょうが、その際は子供に自分が昔やっていた魚とりの方法を教えるとかしてあげれば、子供たちはただ家でスイカを食べているよりずっと喜ぶでしょう。そうでない都会育ちの人も、家族で自然と直接触れ合えるキャンプなどされてはいかがでしょう? どちらの場合も、そこに無神経にゴミなど捨てないよう、「公徳心」教育もちゃんとしていただきたいのは言うまでもありませんが(前に神奈川県かどこかで、上流の山の方が大雨になっているのに、そのまま河原でキャンプしていて、増水した水に流されて死者が出るという事故があったので、そのあたり必要な予備知識はちゃんと備えておいていただきたいと思いますが)。


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「加戸」証言で「加計」認可正当化はどだい無理だという話

2017.07.20.16:00

 自民、民進両党は19日、学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画をめぐる安倍晋三首相出席の予算委員会集中審議について、衆院は24日、参院は25日にそれぞれ5時間ずつ開催することで合意した。両党が対立していた衆院予算委での質問時間の配分は、与党が1時間半、野党が3時間半と「与党3割、野党7割」で決まった。
 自民党の小此木八郎、民進党の笠浩史の両国対委員長代理が19日、断続的に協議し、確認した。
 参考人については「互いに呼びたい人を招致する」ことで一致した。民進党は獣医学部新設を促したと指摘されている和泉洋人首相補佐官と「行政がゆがめられた」と主張する前川喜平前文部科学事務次官、自民党は「ゆがめられた行政がただされた」と文科省の過去の対応を批判した加戸守行前愛媛県知事らをそれぞれ招致する。(産経新聞7.20)


 この記事の「加戸守行前愛媛県知事」は安倍にとってほとんど唯一と言ってよい「頼みの綱」で、同じ産経が喜色満面でインタビュー記事を載せています。

加戸守行前愛媛県知事インタビュー「四国4県ともとにかく獣医がほしいんだ!」「さすが民主党と思っていたら…こん畜生!」

 これ、見出しにしてからが紛らわしく、最後までお読みになればわかりますが、「さすが民主党と思っていたら…こん畜生!」は、「お笑いだけど、民主党政権がひっくり返って、今度は自民党政権に戻ったら進まない。こんちくしょう、と思ったよ」なのです。民主党政権に働きかけて、それでうまく行きそうだと思ったら、「今度は民主党が民主党獣医師議連を作ってしまった」りして、邪魔が入りかけたところで、自民に政権が戻り、すると話が進まなくなってしまった。今の安倍政権が強力プッシュするまでは、という話なのです。

 この前知事の「証言」、お世辞にも明快とは言いかねるのですが、それを整理すると、こういう話です。僕が話をねじ曲げているかは、記事と照らし合わせてご判断下さい。

 まず、今治市には初めから獣医学部新設に対する「熱い思い」があったわけではないということです。「都市再開発の構想が十何年も眠っていたまま」で、「高等教育機関を引っ張ってきて学生の街にしよう」という「都市学園構想」が浮上、「地元の松山大学が手を挙げて進めたが、経営学部の設置構想もできた段階で学内の左翼グループ教官の猛反対にあい、潰されてしまった」という前史があったのです。「学内の左翼グループ教官の猛反対にあい、潰されてしまった」という理由が、前知事の主観によるものか、客観的事実なのかは知りませんが。

 そこに、某県議が加計学園の獣医学部新設の話をもってきた。それに知事は「飛びついた」というのですが、「少子高齢化に悩む今治市にとってみれば、若者が来て、街が活性化すればよかった。ただ、愛媛県は学園都市よりも獣医学部が欲しかった。獣医師が欲しい、感染症対策をやってもらいたい、という思いだった」という話にすり替わってゆく。

 どうして「すり替わった」なんて言うのかといえば、「獣医学部」という話を聞いて、「愛媛県は学園都市よりも獣医学部が欲しかった」と思ったと言うのは、順序がヘンだからです。獣医学部を作ってくれる大学はないかというので必死に探していたら、加計学園が手を挙げた、というのなら話は分かりますよ。そうではないのだから、この前知事の話は眉に唾をつけて聞く必要があるのです。

 この前知事も加計学園から鼻薬をかがされていたのではないか?というのは邪推のしすぎかもしれませんが、常識的に考えてヘンだとは誰でも思うでしょう。ま、その「疑惑」はさておき、前知事のおしゃべりをしばらく拝聴しましょう。

 私の知事時代には鳥インフルエンザが発生し、米国では狂牛病が発生した。22年には口蹄(こうてい)疫が発生したが、獣医師が足りず大わらわだった。
 調べると、県庁への志望者が不足しているゆえに公務員獣医師を採用できない。そのため、鳥インフルエンザや狂牛病やらで獣医師が手いっぱいなのに人手が足りないのだ。
 しかも、愛媛県だけでなく、四国4県すべてがそうだった。定年の人にも定年延長して残ってもらって、悲鳴をあげている状態だ。農家が牛や豚が病気になったら頼りにする家畜衛生試験所の技師も獣医師だが、そこも人が埋まらない。
 調べてみたらなんてことはない。獣医学部の入学定員は、神奈川県以東が8割、岐阜県以西が2割となっている。私立大学のほとんどは東京にあり、圧倒的なシェアを持っている。
 だから、こっちで獣医学部を作るものなら、学生を奪われることになるから、「俺たちの縄張りを荒らされる」と反発するわけだ。


 加計学園の獣医学部構想の話を聞いてから、知事さんは俄然熱心になり、あたかも昔からそれを考え続けていたかのようになったのですが、「こっちで獣医学部を作るもの(ママ)なら、学生を奪われることになるから、『俺たちの縄張りを荒らされる』と反発するわけだ」なんて、そこらのおっさん並の憶測にすぎません(私学であっても、伝統ある獣医学部が田舎の新設大に学生を奪われるなんて、ありえませんよ)。それなら地元の農学部のある国立にそれを作った方がいいのは、学費の点を考えても明らかです。私大の獣医学部の初年度納入金は大体250万程度、次年度以降も年額200万を下回ることはありません。国立なら初年度約82万、次年度以降は54万です。これは薬学部平均より高い。そして医学部と同じ六年制なのだから、貧しい地方の一般家庭にはしんどい。勢い、東京を初めとする大都市の富裕層の子弟が増え、彼らは卒業して獣医師資格を取得すると帰ってゆくでしょう。地方の国立医学部ですら、他学部と較べて大都市圏からの入学者が多く、地元の医師不足が解消されないと嘆いているのです。だから地域枠推薦制度なんてものを作ることになった。

 だから、加戸前知事の主張はほとんどナンセンスなのです。それで四国に獣医師が増えるという保証は何もないのだから。日本獣医師会は獣医は全体として足りていると言います。ペットの数も減っているし、畜産業も衰退しているから、全体として獣医需要は減少しこそすれ、増えてはいないのです。待遇が悪いから居つかないだけ。鳥インフルエンザや口蹄疫などの伝染病対策は重要でしょうが、質の高い獣医教育を行うには教員が足りていないという問題もある。率直に言って、160人もの大定員の加計獣医学部に、それに見合った質と量の教員が確保できているのかどうかは大いに疑わしいので、設備だけ新ピカでも、そちらが揃わなければまともな教育はできないのです。例の「獣医学部新設の4条件」は加計学園の認可のためにどこかへ行ってしまったわけでしょう? いい加減な話です。

 だから、次の言葉など、デタラメそのものだと言えるでしょう。

 国立大学はかなり充実した教育をしているが、1つの大学でも30人程度しか養成していない。獣医師不足を解消するには、獣医師をもって来る、しかも私立大をもって来るしかないとなった。

 ヤブでも何でもいいから、手っ取り早く獣医を増やせ、そしたら他では雇ってくれないから、地元に居着くだろう、みたいにしか聞こえないので、しかし、そんなヤブ獣医、ものの役には立たないでしょうよ。「しかも私立大をもって来るしかないとなった」は意味不明ですが、良心の欠落した私立学校経営者なら、「教育の質」にはこだわらず、大量養成してくれるからいい、ということなのでしょうか? しかし、すでに見たように、高い学費を支払えるような親は四国あたりには少ないから、卒業後地元に残る者は少なくなる。現実政治家としてそのあたりのことも考えていないというのは、いかがなものでしょう?

 安倍は「岩盤規制をぶち破るためにやった」と説得力のない主張を繰り返しているわけですが、この前知事も同じことを言います。

 加計学園の話が来て、四国4県の知事が連名で「四国に獣医学部を作ってくれ」「認可してくれ」と動いたわけだ。
 すると“壁”にぶちあたった。今度は獣医学部の定員を増やせないという。僕らは怒って「もし、薬剤師や医師や看護師は8割を東京で養成して、関西で2割しか入学定員がなかったら、暴動が起きるよ」と言ったら、ケンカが始まっちゃった。
 ところが、構造改革特区で申請してもはねられ、文部科学省に行っても「農林水産省がうんといわない」、農水省に行くと「いや、獣医師会が反対で」と言う。
 これまた、なぜなのか調べてみると何てことはなかった。日本獣医師会の政治団体「日本獣医師連盟」が自民党の獣医師問題議員連盟に政治献金し、パーティー券を買っていたんだ。


 正体見たり、既得権益!というわけです。巨大な「圧力団体」としての日本獣医師会が自民に献金し、行く手を阻んでいる…。そういう図式ですが、獣医師会にそれほどの力があるのなら、全体に獣医の待遇はもっと良くなっているでしょう。

 また週刊文春が都議選の直前、加計学園の秘書室長が元文科相の下村博文に200万円分のパーティ券の売却代金を届け、報告書への記載を怠っていたというスクープ記事を出しましたが、あれなど、巧妙にも加計自身は「購入」せず、とりまとめ役を行っていただけ、というだけになおさら、怪しさは募るのです。獣医学部新設で大活躍したと伝えられる萩生田が落選中、加計の千葉科学大で客員教授のポストをもらい、苦境を救われていた、なんておまけもある。安倍自身もしょちゅう加計理事長にはおごってもらっていたわけです。日本獣医師会の献金は、この手の各種業界団体には「ふつう」のことでしょうが、加計のこちらは「ふつう」とは言えない。

 むろん、当時の愛媛県知事はそういうことはご存じなかったのでしょう。このインタビューを受けた頃も、下村の件はまだ知らなかった。知ってても、次のように言うくらいだから意に介さなかったかも知れませんが。

 安倍晋三首相と加計学園の理事長が友達だと知ってたら、直訴してでも10年前に獣医学部を作ってますよ。安倍首相に「あんた、加計学園の友達でしょ。やってくださいよ」って。50年も東京の私学を守るために、獣医学部を地方に作らせないなんてふざけた話があるのかって直談判してましたね。

「加計学園の友達」だから認可しろって、ムチャクチャな話ですが、「われに正義あり」とこの御仁は思い込んでいるから、そんなことは気にしないのです。地方の獣医学部新設を認めないのは、「東京の私学」と日本獣医師会、その献金を受けている議員連中、そして農水省、文科省がグルになった既得権益団体の「岩盤規制」のせいだと信じている。自分自身、加計の獣医学部構想を聞くまでは、べつだんそんなことに関心はなかったのでしょうが…。

 もう一つ、付け加えておくと、産経は「民進またまたブーメラン」なんて冷やかし記事をよく書きますが、この記事にもその意図があるようです。

 21年に民主党政権になって、愛媛で白石洋一氏が民主党から衆院議員に当選した。彼に「自民党ができなかったことをやれば民主党の点数が上がるぞ」って言って、一緒に文科省に陳情に行った。彼が四国の議員らに声をかけてくれて、獣医学部を作るべきだと国会質問もやってくれた。
 そしたら、今までは構造改革特区で「対応不可」だったのが、鳩山由紀夫政権の終わりの頃には「実施に向けて検討」となった。
前に進んだよ、さすが民主党、と思っていたら、今度は民主党が民主党獣医師議連を作ってしまった。日本獣医師連盟は玉木雄一郎衆院議員(現民進党幹事長代理)に100万円の献金したとか…。お笑いだけど、民主党政権がひっくり返って、今度は自民党政権に戻ったら進まない。こんちくしょう、と思ったよ。


 産経はお得意の論法で、「民進の議員が元は加計の獣医学部新設のために運動していた。なのに、今は安倍政権攻撃に使っている。しかし、こうした過去を振り返れば、それはまたしてもブーメランなのだ!」とやりたいのです。

 しかし、いいかどうかはともかく、地方選出議員がその地方への利益誘導のために熱心に運動するのはありふれたことです。そしてそれが正常なプロセスを踏んで成功した場合には、一応は問題ない。今回問題なのは、安倍政権がそのプロセスを加計学園認可のために大きく歪めた、ということです。森友の件でもそれは同じなので、常軌を逸した「戦前回帰」教育を首相夫妻が賞讃し、とりわけ妻のアッキーは熱心で、100万寄付したのみならず、国有地格安払い下げや、小学校新設スピード認可を後押しした。籠池元理事長が言うように、明らかに「神風が吹いた」のです。森友では妻のアッキーの関与が大きく、加計では夫の晋三の関与が大きかった。僕が「韓国並の情実政治への堕落」だというのは、そこのところです。

 加戸守行前愛媛県知事の言い分は、すでに見たとおり、ご本人の主観によるところが大きく、説得力には乏しいと僕には思えます。が、それを論破するのは野党の議員先生たちの仕事です。今までの自民では駄目だったのに、安倍政権では進んだ。これは「岩盤規制打破」の「革新的」な安倍政権の手柄だ、と彼は主張しているわけですが、その「規制」には確たる理由があって、必ずしも規制が悪いとは言えない。そもそも加計の獣医学部新設で四国の獣医師不足が解消する保証は何もないのだし、安倍のその「岩盤規制打破」がたんなる名目上のもので、お友達への「便益」をはかるのが裏の真の目的だったという見方を崩すには、前知事の話は根拠薄弱であるということを示せばよいのです。

 それはそんなに難しくないでしょう。今度の集中審議でこの腐れ政権にとどめを刺してくれるよう、僕は期待しています。これ以上、こういう程度の低い政権に悩まされているゆとりは今の日本にはないはずです。早く安倍を退陣させて、先に進みましょう。

トランプと安倍の「不人気」競争

2017.07.18.14:26

 退陣までにどちらがより多く支持率を下げるか、という競争になってきたようです。最新世論調査の結果は以下の通り。

・トランプ 支持=36%   不支持=58%(ABCニュース/ワシントンポスト 10~13日)
・安倍  支持=29.2%  不支持=54.5% (報道ステーション 15~16日)

 トランプのこれは、「歴史的記録」だそうで、就任6か月後の支持率としては、1975年2月にフォード大統領が記録した39%がこれまでの最低だったとのこと。それを楽々「突破」したのです。しかし、彼は例によって強気で、almost 40% is not bad at this time(ほとんど40%近いのだから、この時期としては悪くない)とツィートしつつ、この調査自体が the most inaccurate poll(最も不正確な世論調査)だと非難しています。つまり、トランプによれば、こういうのもフェイクニュースの一つなのです。

 塾の英語教師としては、38~9%ならともかく、almost の用例として、こんなのあるかな?(しかも今後さらに下がることが予想される)と思ってしまうのですが、大胆な「四捨五入」も almost のうちにしてしまうところが、いかにもトランプ流なのです。

 片や安倍はどうか? 2割台の支持率はこれで2度目ですが、同じ時期に行われた共同通信の世論調査では、支持は35.8%、不支持は53.1%でした。「第2次安倍政権発足後最低」は同じですが、支持率はまだ3割台あって、トランプのそれとほぼ(almost)同じなのです。トランプの場合は新たにジュニアの関与が明らかになったロシア・ゲートと、メディカルケアの問題、安倍の場合は「もり・かけ」問題ですが、どちらも根底に「人物が信用できない」があるところは共通しています。これは致命的で、「人間として信用できない」と思われてしまえば、政策がどうの、内閣の顔ぶれがどうのといったことでは、支持率が元に戻ることはまずありません。

 尤も、トランプの場合は大統領就任時から元々支持率は低かった(大統領選の得票率それ自体はヒラリーが上回っていた)ので、その意味では「やっぱり」という感じで、ダメージはその分小さいと言えますが、安倍は下がり方が極端で、「首相が信頼できない」が不支持理由のトップに来るようになったことからしても、事態はいっそう深刻です。ここ数日は、国民を悪く刺激しないようにと、鳴りを潜めていて、そうすれば自分に対する悪感情も薄れ、内閣改造で「変わった」ことをアピールすれば、支持率も4割台に戻せるだろうと計算しているのでしょう。都議選では「歴史的大敗」を喫したが、国政レベルでは、都民ファーストに匹敵するような人気野党は存在しない。民進の支持率は、これほどの政権不人気にもかかわらず、自民と一緒に下がっているほどなのです。国会審議中は民進の不人気を意地悪く何度も揶揄していた彼ですが、今ほど「弱い民進党」を有難く思ったことはないでしょう。政権がまだもっているのは、全くもってそのおかげなのです(貴重な創価学会の組織票をもつ公明党にも、都議選の恨みは忘れて、思いきりゴマをすっておかねば)。

 トランプはあの性格からして、弾劾にかけられそうだとか、もうこれ以上は政権がもたないと思えば、あっさり政権を投げ出してスタコラ逃げ出すだろうと見る向きが多いようですが、安倍は第一次政権でみっともない投げ出し方をしたので、あれがトラウマになっていて、そういうことはできにくいでしょう。だからここ当分は「反省」「謹慎」のポーズを見せて、支持率アップを狙い、ブレーンに何か新味のある経済政策を提案させて、「やっぱりアベノミクスでしょう」とPRしつつ、支持率を4~5割に戻したところで、「政権禅譲」のかたちを取りたい。北朝鮮の金正恩がこれまでになく危険なミサイル発射をしたり、中国が尖閣その他で挑発行為をエスカレートさせてくれれば、「だから言わんこっちゃない。憲法改正を急ぐべきだ!」ということで、お仲間の日本会議やネトウヨの熱い声援を背に、政権寿命を延ばし、妄執と化した憲法改正(より正確には「改悪」)が可能になるかも知れないので、彼にとってはそれが一番ハッピーでしょう。われわれ日本国民にとってはそれは最悪の展開ですが、そうならないことを祈るのみです。

 しかしまあ、アメリカ国民にしても、日本の有権者にしても、学習能力はあるわけで、トランプも、彼の暴言を「改革者」のそれとして善意に解釈しようとする動きは当初あったので、ロシアによる「ヒラリー中傷情報支援」のおかげもあったとしても、だから大統領になれたのです。安倍が加計問題で連発した「岩盤規制の突破」にしても、彼とその子分たちの加計理事長との「ズブズブの関係」が表に出ていなければ、額面通りに受け取ってそれを肯定する善意の有権者は多かったはずです。しかし、そうした裏が明らかになり、アベノミクスの幻想も消えた今、彼の「改革者」としての資質、ヴィジョンを信じる人は産経と読売の一部の読者ぐらいで、馴れ合いの「お友達政治」、公私混同の韓国並「情実政治」を恥じることなく推進する、時代錯誤の国家主義的理想にとりつかれた危険で幼稚な三代目政治家という理解が一般的になったのです。彼の「憲法改正への熱意」は本物だと言う人が多く、僕もそう思いますが、だからこそ「最悪」なのです。誰もネトウヨに、その思いが「純粋」だからという理由で国政を委ねようとは思わないでしょう。それと同じです。

 大統領当選後、トランプのもとにまっ先に拝謁に駆けつけて、「信頼できる政治家」だと持ち上げて見せたのは安倍でした。トランプも「彼とはウマが合う」と返した。アッキーが会食の場で酒を飲みすぎたのはご愛嬌でしたが、二人がいずれ一国のリーダーの地位を追われた後、再び会食すれば、「肝胆相照らす」ことは間違いのないことでしょう。その節は安倍の「腹心の友」、加計理事長もご一緒にどうぞ。

劉暁波氏、中国共産党的虐待のうちに死す

2017.07.14.16:42

 これは世界的に大きなニュースになった(中国メディアは沈黙、と伝えられていますが)ようです。以下はそれについての毎日の記事。

劉暁波氏 死去61歳 中国の民主活動家、ノーベル平和賞

「私には敵はいない」がモットーだったそうですが、ダライ・ラマと並んで、中国共産党政府にとってはいくら憎んでも憎み足りない「体制の敵」だったことでしょう。笑うしかないのは氏は天安門事件後「反革命罪」で逮捕、投獄され、死の直前までは「国家政権転覆扇動罪」で十一年の懲役判決を受け、刑に服していたことです。天安門事件は大学生たちが中心となって「民主化」を求めて起こした事件でした。なのにそれが「反革命」と呼ばれるというのは、あの異様な独裁体制が「革命政権」を自称しているからで、当局によれば、今なお「革命」は「進行中」なのです。

 マンガみたいな話だと、笑う自由は当時も今も中国にはありません。「国家政権転覆扇動罪」にしても、ネットで中国政府批判をぶっただけでそれに該当してしまうので、恐ろしいことこの上なしです。習近平が敵とみなしている共産党幹部のスキャンダルなど流したのであれば、「正しい革命勢力」と認めてもらえるのかもしれませんが…。

 その点、日本はお気楽な国です。「安倍晋三は腐った馬鹿だ」と、それは事実だと僕は思っていますが、書いても逮捕・投獄されることはなくて済むからです。大手メディアの場合には脅しがかかるとしても、逆らったところで別に命の危険があるわけではない。官邸に人事を握られた(これはそれ自体、問題なわけですが)役人たちにしても、干されるか左遷されるかするだけで、別に大したことはない。「その程度」なのに保身にかまけて言いなりというのがいかにも情けないところで、中国の人権活動家たち(それはたくさんいる)とは「鍛えられ方が違う」のです。

 だから日本も苛烈な弾圧が行われた戦前の特高時代に戻せと言っているわけでは、むろんありません。それに戻りたくなければ、きちんと批判すべきは批判、阻止すべきは阻止して、権力の暴走を許さないようにしないと、あとで後悔しても始まらない、というだけです。

 僕に奇怪に思われるのは、産経などの右翼メディアはやたら中韓批判に熱心ですが、彼らが妄想する「神の国」は、同種の独裁・情実政治を実現して、社会を同性質のものにbackslideさせてしまうのがなぜわからないのか、というところです。いや、中国のような独裁軍事国家に対抗するには、同じ性質の国家でなければならない、ということなのかも知れませんが、頭が悪すぎると批判されてもまともな反論はできないでしょう。おかしな国家主義に同調しない連中は日干しにされたり、弾圧されて当然だというのでは、中国共産党の独善性、暴力性と何ら変わりはないのです。幼稚な安倍の「美しい国」というのは、まさにそういう国のことなのですが(森友学園幼稚園のあの運動会みたいなものが日常化する光景を想像すればよい)。

 話を劉暁波氏に戻して、僕は氏の思想については何も知りません。その非暴力を通じての徹底抗戦の姿勢、「私には敵はいない」の思想(英文著作にNo Enemies, No Hatredというのがありますが、それはこれのことでしょう)からして、「中国版ガンジー」という感じですが、この際だからそのNo Enemiesでも取り寄せて読んでみようかと思っています。それの翻訳かな、というのが一冊ありますが、日本語への翻訳点数は少なく、これは氏は獄中生活が長くて多くの本は出せなかったのも関係するのだと思いますが、その少ない日本語訳も絶版だったり、品切れだったりするからです。ウィキペディアの記事によれば、氏はあのアホなブッシュによるイラク戦争も支持したそうですが、独裁制への強烈な嫌悪からバイアスがかかっていたか、不十分な情報しか得ていなかったからでしょう。

 にしても、安倍政権は中国政府の「覇権主義」をとやかく言う割には、ノーベル平和賞(それは皮肉なことに、中国にとっては初のノーベル賞でした)まで受賞したこの「内側からの民主化」をはかろうとする反体制詩人には冷淡だった。今回もアメリカやドイツは治療を申し出たのに、中国政府の逆鱗に触れるのを恐れてか、そのような動きは全くなかったからです。これは「安全地帯でばかり吠えたがる」安倍政権の駄犬ぶりを示すと共に、体質的に、安倍はこの手の人物が嫌いだということも関係するのでしょう。

 前に人権派弁護士が一斉逮捕されたというニュースがあったときもちょっと書きましたが、世界にとって一番望ましいのは、中国内部の民主化勢力が増大し、「内側からの革命」が起きることです。覇権には覇権をもって対抗するというやり方をしていたのでは、いずれ第三次世界大戦は避けられなくなる。中国政府が最も恐れているのも、この「内部の反体制分子の増大」なのです。だから異様なまでに神経質になっているが、それは逆に共産党権力のアキレス健がどこにあるかを“告白”する結果になっているのです。

 こう言えば、あの「アラブの春」の事例にも見られるように、安易な「民主化」はかえって混乱を深刻化させるだけだと言う向きもあるでしょう。しかし、それは旧体制の積弊が混乱の主因となっているのだと見た方が正確なので、そのあたりの困難を乗り越えるには時間がかかるというだけの話で、方向そのものは間違っていないでしょう。北朝鮮も、中国も、ああいう異常な独裁体制は崩壊してくれた方がいい。

 にしても、共産主義(=中国)といい、主体思想(=北朝鮮)といい、理念とその現実との落差たるやすさまじいもので、政治イデオロギーというのはブラックジョークにしかならない運命をもっているかのようです。民主主義について、かつてチャーチルは言いました。

It has been said that democracy is the worst form of government except all the others that have been tried.

 これは有名です。「民主主義は最悪の政治形態だと言われている。これまで試されてきた他のすべての政治形態を別とすれば、だが。」

 政治体制というのは所詮そのようなものでしかないということを、僕らは忘れるべきではありませんが、皮肉屋の彼の格言にはまた次のようなものもあるそうです。

You have enemies? Good. That means you’ve stood up for something, sometime in your life. (君には敵がいるって? よろしい。それは君が人生で時には何かのために立ち上がったことがあるのを意味しているのだ。)

 むやみやたらと喧嘩するのはただの馬鹿ですが、この世は天国ではないので、ときには立ち上がって戦わねばならないこともある。望むらくは、それが利己的な目的のためでも、未熟な主観や偏見に根差すものではないことで、その場合は敗れても、劉暁波氏のように天に嘉(よみ)される存在になることでしょう。若者にはとくに、それは覚えておいてほしいと思います。

いつまで入試制度の“改悪”を重ねれば気がすむのか?

2017.07.12.17:08

 こちらも書いておきたくなったので、異例ながら連投します。

 以下は、「新大学テストでの英語 受験生の負担増が心配だ」と題された7月12日付毎日新聞社説の全文です。

 3年後にスムーズな大学入試改革を実現するため、なお検討を重ねるべきだろう。
 大学入試センター試験に代わって2020年度に実施する「大学入学共通テスト」の実施方針を文部科学省がまとめた。
 英語は23年度までの4年間、現在のマークシート式と、英検やTOEFLなど、民間の試験を併存させることになった。
 大学がどちらか一方を、または両方を利用できるようにする。24年度からは民間試験に完全移行する。
 20年度から民間試験に一本化する案も検討されたが、急な制度変更を懸念する高校などの声に配慮したということだろう。だが、試験制度が複雑になるため混乱が生じないか、不安がつきまとう。
 まず心配なのは、受験生の負担増だ。両方の試験をどう使うかは、大学が選択する。志望する複数の大学が民間試験とマーク式の異なる試験を課せば、受験生は両方の準備が必要になってしまう。
 試験結果の公平な評価を、どう確保するかも課題となる。大学で両方の試験の選択型を採用した場合、もともと性質の異なる2種類の結果を比較しなければならないからだ。
 民間試験も課題は残されている。文科省が例示する民間試験は8種類ある。たとえばTOEFLは留学を、TOEICはビジネスを想定した試験だ。目的や内容、難易度も一律ではない。
 入試に際しては、実施団体が採点し、国際基準の「CEFR」(セファール)の6段階評価に当てはめる。だが、得点がどの段階に当たるのかは各団体が決める。やはり公平に評価できるのかが問題になる。
 民間試験の場合、受験料の負担や、試験会場などで受験機会に格差が生じる懸念もある。環境整備に早急に取り組む必要がある。
 国語と数学では記述式問題の導入が決まった。だが、採点基準など詳細を詰めるのはこれからだ。
 文科省は11月に5万人規模のプレテストを実施して、問題点を洗い出していくという。
 大学側には、新制度が円滑に始動できるか、なお不安が根強い。見切り発車にならぬよう、しっかりとした検証と計画の策定が欠かせない。


 駄目な役所の特徴は、何かしろと言われて、軽挙妄動し、明確な見通しもないまま、何が何やらわからない中途半端なことをして現場に混乱をもたらすことで、文科省のこれなんか、その典型でしょう。

 近いところでは法務省と法曹団体によるあの「司法試験制度改悪」が想起されるので、訴訟大国アメリカの猿真似でロースクールを作って合格者を大幅に増やしたものの、弁護士余りが甚だしく、食えないというので、今度は昔通りの700人に減らせ、と言い出す始末です。しかも、無駄にカネと時間ばかりかかるというので、それを避けられる予備試験の受験者が激増(ロースクール入学希望者の方は激減)し、その予備試験経由の合格者がすべての大学のロースクールを押えてトップになり、判検事の採用でも、大手法律事務所の採用でも、予備試験組が一番優秀だというので優遇されるようになっているというのだから、ほとんどマンガです。その“成果”は学部にも及んで、法学部の不人気と偏差値低下を招き、経済学部などに文系優秀層が逃げてしまう現象まで起きているのです。現実的なシュミレーションができない馬鹿の集まりが法務省と法曹団体トップなのかと、笑いものになっています。

 センター試験について言えば、そもそもその前身の「共通一次」導入が失敗だったのです。それ以前は一次と二次に分かれた試験は東大だけで、他は大学別の個別試験だけだった。しかも、共通一次より東大の一次試験の方がずっとレベルはましだった。それは機械的な丸暗記に頼らなくて済むものだったからです。

「マーク馬鹿(思考の緻密さと深さがなくなる)」という言葉が生まれて、それは名称は変わったが今のセンター試験も同じで、僕は毎年、パソコンで試験当日深夜にその年の英語問題を解くのをつねとしていますが、全くもってあれは眠たい試験です。あんなもので、語学力の適正診断など出来るわけがない。端的に言えば、センター9割でも二次の記述の得点は3割以下ということになっても何の不思議もないようなものなのです。

 まあ、昔も受験者がむやみと多かった多い私立は記号問題中心にせざるを得ず、わが母校の問題など低級知能パズルのできそこないみたいで、何たるクソ問題かと思えるようなものでしたが、幸い受験生の多くはそんなかったるいものばかり「対策」でやっているわけではなかったので、その弊害も和らげられたのです。

 とにかく今はこの「二重制度」のおかげで、受験生はセンター対策と二次の個別試験対策の二つを同時にやらねばならなくなった。これはそれ自体、余計な負担です。その分忙しくなって、ロクに読書なんかしているひまもないということになると、大学入学後モノを言う生きた学力の方は必然的に低下せざるを得ないでしょう。駅弁国公立の理系の場合、二次は英語がないところも少なくないのですが、センター英語だけで英語力を判定することは無理なので、昔の個別試験一回きりのときは当然英語も試験科目に含まれていたわけだから、そちらの方がよかったのです(これはあのセンター国語も同じです)。

 まともな大学は、今でも入試問題作成には力を入れています。自力でまともな入試問題一つ作れないような低レベルな大学は潰れてしかるべきなので、ゴチャゴチャおかしなことをやるより、センター試験=統一試験そのものを廃止してしまえばいいのです。シンプル・イズ・ビューティフル、なぜそうしないのかと不思議でなりません。その方が税金の節約にもなる(TOEFL、TOEIC対策なんて、今はふつうにどの大学でもやってますよ。その段階では遅すぎるということはない)。

 当時聞いたところでは、あの共通一次=センター導入に際しては、高校の先生たちのおかしな「要望」が大きかったのだそうで、彼らは大学の入試問題は難しすぎる、これは高校の現場教育をないがしろにするものだと文句を言ったのです。つまり、学校の授業をちゃんと聞いてさえいれば6、7割はとれるような試験にすべきだ、そしたら生徒たちも真面目に授業を受けるようになるだろう、ということだったのです。

 これも現実的思考力の欠落をよく示すもので、それでは差がつかないから、二次試験を重視して、そこで難しい問題を出題してふるいにかけるということにならざるを得ないので、受験生にとっては、新たにセンターの負担が増えただけ、という結果になったのです。

 要するに、高校教師のつまらないプライドが事態を複雑にした。ワリを食ったのは受験生たちだったのです。昔は「ふつうの」学校授業は入試の役には立たなかった。しかし、それはそれでいいので、大学、特に難しい大学を受ける連中は入試との「落差」を埋めるために自分で勝手に勉強した。それで何が悪いのかと思いますが、それでは学校教師の立場がないというのでおかしな共通テストを導入させ、結果として難関大の二次は相変わらず「学校レベル」を超えているので、受験生にとって負担は増えたが、「役に立たない」のは今も同じなのです(有名進学校のそれは別でしょうが、ここは「ふつうの公立高校」の授業を念頭に置いて言っているのです)。

 今は国公立も推薦枠を拡大しています。私立の前例に見られるように、推薦入学者の学力が低くて、その占有率が大きくなると大学の信用自体が低下してしまうというリスクはありますが、そうなると困るのは大学の方なので、当事者だからそうならないように対策は自然に講じるようになるでしょう。げんに講じているのを僕は知っているので、文科省がとやかく指図するには及ばないわけです。

 だから、改革のディティールがどうの、方向性がどうのというより、いらんことをしなければいいだけなのです。大学毎の個別試験だけに戻し、推薦制度なども独自に考案させればよい。それが受験生にとっても、大学にとっても、一番いい解決策でしょう。

 大体あの、何とか審議会とか諮問会議というのは何なのでしょう? 有識者だの文化人だの企業家だのを集めてどうのこうの言わせても、所詮は名誉欲とプライドだけ無駄に高い素人の集まりで、誰もグランド・デザインをもっている人はいないのです。そこでやることはといえば、大方は他国、とくにアメリカの猿真似(統一試験を2種に分けるなんて、完全にそれですよ)で、いじればいじるほど制度を悪くしてしまう。愚の骨頂とはこのことです。

 政府も文科省も「いらぬお世話」から手を引け。僕が一番言いたいのはそのことです。とくにノータリンの安倍政権になってからのズレた「教育制度」いじりは目に余るので、大学の文系学部潰しだの、企業の下請け化だの、僕は腹の立てどおしです。幸いあの政権はもうじき潰れますが、この際だから、こういうのは全部白紙に戻してしまえばいいのです。僕はセンター全廃主義者ですが、下手にいじり回して複雑にするよりはまだ今のままの方がマシ、と考えています。同じ意見の人は、教育関係者には多いだろうと思うのですが。

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